ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
なんだよ……やりゃあ一日で書けるじゃねぇか……(夏休み中)
今回は『終わりの始まり』のエピローグ。
そして、終幕への始まり。
土砂降りの雨が降る。
漆黒の暗雲から落ちる雫は地へ向かって注がれる。
天からの恵みか、神からの試練なのか。
それは地面で横たわる一人の男を無情にも打ち付けていた。
「……」
善立テルは思考する。
自分にはまだ、やらなければならないことがあるのだと。
たとえ身体が動けないほどの重傷を負っても、
明日のわが身の安全など保障できなくても、
男と男が交わした約束だけは、守らなければならないと。
「ぐ…ふぅ……」
顔だけ上げようとしたテルを激痛が襲う。
身体には地面が見えるほどの大穴が空いているのだ。
出血など、とうに抑えられるものではないし、放っておけば彼はこのまま息絶える。
それは確かなことだ。
意識が次第に薄れていく。
そのなかで、テルの中で何かが崩れていく音が聞こえる。
それは彼の大切なものが消えていくように。
頭の中から欠落していく『一人の少女』に関する記憶が変化していく。
まるで本来の記憶の光景を無理やり『書き換えられ』て、それがあたかも自分のモノのように錯覚させるものだ。
何が起きているのかテルには理解できない。
だが、一つだけ言えること。
このまま何もしないでいたら、自分は黒羽舞夜のことを間違いなく忘れてしまうだろうということだ。
(……そうか、なんとなく)
分かった気がする。
とテルは致命傷で息も絶え絶えながらも小さく嗤った。
黒羽が無理して笑っていた意味が、
黒羽が自身の父に何を願ったのか。
(なんて奴だよ……こんなバカげたことが出来ちまうヤベェ奴が、黒羽のパパだなんて……ショッカーのボスでも出来ねぇぞこんなの)
『世界そのものを組み替える』。
漫画の世界の、しかもボスキャラの如き力を持った敵がいるなど、相手にしたテルは笑いしか出てこなかった。
そしてカウントダウンが始まる。
テルが意識を手放す、本格的なカウントダウンが。
意識を手放したら最後、テルは黒羽の事をもう思い出せない気がした。
しかし、なにもできない。
抗う術をテルは持たない。
伊澄ならばどうにか出来たかもしれないが、テルがこうなっているなど知る由もないだろう。
完敗だ。
完膚なきまでに、その絶対的な力の差に。
だけど、
「やれる、事は……やってやる…!!」
諦めが悪いのが彼の取り柄だ。
本来ならば、動かすこともつらいはずの手で自身のポケットを探るように突っ込むと、
震える手で自身の携帯を取り出した。
文面など、考えている時間はなかった。
ただ自身の思いを素直に、
文字が間違っていないかも確認しないまま文字をひたすら打ち込む。
「……いけ」
テル指が、乱れることのない動きでスマホの『送信』ボタンを押したその直後。
深い深い闇へと。
テルの意識は沼のような暗い底へと落ちていくのだった。
エピローグ:~遠方のあなたへメッセージを~
善立テルは起床する。
執事としての起床時間を30分ほど過ぎたのを時計で確認して飛び起きながら。
執事服へ着替え、
顔を洗い、
歯を磨き、
いざ三千院家のキッチンへ。
「おはよ――――」
「テル君、1時間も遅刻した上に堂々とキッチンで私と顔を合わせようとする度胸を私は褒めるべきなのか叱るべきなのか……
それじゃあ、私のマスケット銃でこれからテル君の後頭部に風穴を作り出すか、
両目の内の一つをこのステンレス製の錐でくり抜かれるのどっちがいいです?」
キッチンの扉を開けた瞬間、
まるでロアナプラの戦闘メイドの如き赤い瞳を揺らしたマリアがマスケット銃と錐を構えてるのを見て神速の土下座をするのはいつものことだ。
メイド長である彼女からの咤句を朝一のご褒美……もとい、きつけとして受け取ったテルの仕事は続いていく。
「おいぃ! 私のデザートのメロンに納豆とケチャップを掛けたヤツ誰だァ!」
「お嬢、どこからどう見てもそれは至高のパフェ……」
「お前かァァァア!!」
いつものように、主であるナギから自分が出した至高の料理を覚えたてのスピニングバードキックで顔面と一緒に蹴り飛ばされ。
「あっ、やべ。 宿題やるの忘れた……」
「えっ、あの宿題たしか朝一で回収するって言ってましたよ」
「マジ?お嬢、ハヤテ。 俺の分を時間まで仕上げてくれ」
「お前が時間まで宿題を借りて頑張るという意志はないんだな、わかった」
いつものように、テルとナギとハヤテの
その通学路を歩く人数が3人だということに少し違和感を抱きながら。
「よーしーだーてーくーん?宿題忘れるのこれで何回目ー?最新話投稿するのに長期間置いたのこれで何回目ー?」
「桂先生、最新話の更新が遅れたのは作者が他の作品に現を抜かしたのと、
毎日夜遅くスマホで超次元テニスと美少女勇者ディフェンスゲームやってたからです」
「善立くんはなにしてたの?」
「歴戦王ネルギガンテをソロハンマーで攻略してました」
「よーし分かったこれから体罰行使すんぞー、異論はないなー」
いつものように、教室にて宿題を忘れたテルが担任の雪路に暴力という名の『補修』を与えられて。
だけど教室には何故か一つだけの空席があることに、誰も疑問を持たなかった。
ちなみにその補修で生徒会三人娘がセットなのもいつものこと。
「てーるーくーん?」
「なんだよ会長、姉妹そろって似たような口調で……オウムかなんか?」
「正座」
「まな板―――」
「斬るわよ」
いつものように、生徒会室で木刀・正宗を手にしたヒナギクが雪路に怒られたテルを注意という名の説教で脅されながら正座させられて。
「桂先生に怒られたら、ヒナギクにも怒られる――――何この確定の2コンボ。
待ちガイルもびっくりな精度のコンボなんだけど」
口ごたえをすれば灰皿ソニックならぬカップ皿ソニックが飛んでくる。
出禁確定待ったなし。
「学校生活やっぱつまんねぇんだけど、ハヤテ」
「テルさん、もう少し真面目に生きてみません?」
いつものように、テルのくだらない愚痴を同じ使用人仲間のハヤテがカフェテリアで聞いてそれを窘めて。
いつものように。
言い方を変えれば、様式美。
変わることのない、不変不動のもの。
予め決まっているかのような、まさに日常を謳歌する者たちの世界がここにある。
テルにとっては不都合に塗れた理不尽な日々こそが日常で、
それこそが平和の象徴なのだと、彼は理解しているはずなのに。
何かが抜け落ちている気がしてならない。
思えば、自分の隣。
もしくは、このカフェテーブルに腰を掛けてるは自分とハヤテだけでなく、
どこかで脳を弄られていない限り、この記憶は本物のはずだ。
なのにテルの中にある意志はこの光景を、
平和な不変不動の日常を否定している。
『この日常は偽りで、お前が感じている平和は嘘で塗り固められたものだ』
そんなことを思っている自分が居た。
「なぁハヤテ……」
「なんです?」
「俺たちがいるこの世界って……醜くないか?」
テルが意味深に口にした一言にハヤテは間を置き、
「どうしたんです、いきなり歴史の管理者の首領みたいなこと言いだして……」
「例えば、なんだが……なんか最近、物足りなく感じないか?
そうですねぇ、とハヤテは顎に手を置いて、
「そういえば僕たちの職場の長って最近いないなーって気がして……名前なんでしたっけ、グラディウスさん?」
「いやちげぇよ。 アレだ、アレ。 炎を操る魔術師の―――」
イノケンティウスでもない、クラウスだ!しかもそれ人の名前じゃないし!
という突っ込みがどこからか聞こえた気がした。
「あ、でも僕……今日の朝、間違って屋敷の空き部屋の方に入って行っちゃったんですよ」
「……」
「オカシイですよね、何でか分からないんですけど誰もいないって分かってるはずの部屋なのに、
人がいると思って入っちゃったんですよ……”起きてますかー”って謎の挨拶までしちゃって」
「恥ずいなソレ……っていうかもうホラーだろソレ。
お前の人生の積もりに積もった因果がホラーを呼び寄せたんだ。ちょっと魔界騎士呼んで来い」
どうにもふに落ちない違和感を感じ名がながらテルは三千院邸に帰宅した。
しかし、違和感を感じていたのはどうやらテルだけではなかったらしい。
「あら?私ったら、また……」
「どうしたんですマリアさん」
屋敷のキッチンにて首を傾げているマリアが居た。
テルが見ると、テーブルの上にカップに盛られたアイスがある。
その数は4つ。
ナギはもう部屋で眠っているため、使用人はテルとマリアとハヤテの3人の筈だ。
明らかに一つ多い。
「最近変なんですよね、この前も知らない間に皆さんに出すコーヒーとかお茶を4つ用意してましたし……」
「疲れてるんですよマリアさん。
俺がその余分に出した分、食べておくんで。もしまたやっちゃったら俺にください」
さらっと行われた今のやり取りにも、テルは違和感を覚えた。
どこかで同じやり取りをしたような、既視感……デジャヴというやつだ。
「そういえばナギが……」
マリアが呟いた。
「ナギが言ってたんですが……自分の部屋に知らないヴァンガードのデッキとニコ生視聴用に用意した椅子が何故か二つあるって……」
「デュエリストはよく一人で二つのデッキを操り一人でデュエルをするみたいですけど、椅子はよくわかりませんね、俺が片付けますか?」
「私もそうしますか?って聞いたんですけど、そしたらナギが怒るんです……”ダメだっ!”って」
自分の思い通りにならないことにナギが怒るのはいつもの事だが、
こうして真っ向からマリアに強く言ったりすることなど滅多にない。
「変ですねぇ、奇々怪々です……メイド服も私のとは別のサイズのものが置いてあったりしますし……
来週からミコノスに旅行だというのに、不吉です」
「……」
お祓いでもしましょうか、とマリアが嘆息を漏らす一方で、
テルは皆が感じる違和感に疑問を抱きながら、余っていたアイスを食するのだった。
「えっと……バッグとパスポートはっと……」
テルの自室。
絨毯でしかれた8畳程度の部屋の床には物が散乱している。
キャリーバッグやらトートバッグ、しまいには麦わら帽子とアロハシャツなどの色柄のシャツが散乱している惨状。
テルは現在、来週から始まるゴールデンウィークの旅行へ行くための準備をしていた。
必要なものは持ってはいくがなるべくリュックの容量を圧迫しないコンパクトなモノが欲しい、と無い物ねだりをする。
「ふぁ……こんなもんでいいだろう」
パスポートや何故か飛行機に乗るのに交通安全のお守り、
自分の武器である伸縮自在の鉄パイプなど一通り用意したテルは大きく伸びをした。
もう時計の針は十二時を超えている。
明日の学業と仕事に差し支えるのはよくない、と目を擦った時だ。
「……ん?」
不意に自身の机に視線が入り、その机の上に無造作に置かれていた『黒い石』があることに気付く。
咄嗟にその石を手にとっては、
「どこかで拾ってきちゃったのかねぇ……覚えはまったくないんだけど」
手にある黒い石は磨かれたかのように表面が黒光りしていた。
とても河川敷にあるようなフツーの石ころとは思えないような異質さがある。
その良く分からない石を、
テルの主観からしたらただの石ころにしか見えないそれを、
「ま、いっか……寝よ寝よ」
捨てることもなければ、机に戻すことなく、
世界は回る。
回り続けていく。
誰かが定めたわけでもなく、当然の自然の摂理の如く地球というものは流転していく。
少年少女たちはそれぞれ残された違和感を持ちながらも特に深く考えることなく、
ただひたすら時は無情にも過ぎていくのであった。
そして1週間後――――、
「お嬢様……お嬢様ぁぁあ!!」
何故かパスポートを紛失してしまった哀れな執事長クラウスが本当は自分が乗るはずだった飛行機を見て涙ながらハンカチを振る。
「ガングニールさん、お気の毒に……」
その光景を死んだ魚の瞳で座席の窓から眺めるテルは、
そんな職場の長を気の毒にも思いながら、機内にてアイマスクを装着して早々に眠りにつくのだった。
こうして飛行機は飛び立っていくのである。
兼ねてから計画されていたゴールデンウィークの旅行先、ミコノス島へと。
―――――ミコノス島。
真夏と言っても差支えがない照り付けるような暑さ、
紺碧の空と海に挟まれた白一色の家並み。
白の家並みが作り出した路地の迷路は今日も子供たちが元気に駆け回る。
その光景は微笑ましい。
町の丘の上にはこの街では名物となっている『カト・ミリの風車』が風によって動き始めている。
そんな神秘さに包まれた異国の街で。
一人の少女が防波堤から佇み、生気に満ちた光を放つエーゲ海を眺めていた。
「……上手くいきましたか」
初めてこの場所に来たものが見れば、泣きはしないがその美しさに驚愕はする筈のエーゲ海を見つめる少女は静かにため息を漏らす。
黒羽舞夜がいつもとは違う、白地のワンピースを身に纏ってさざめく風にその長い黒髪を揺らしていた。
黒羽の父、彼に願ったこと。
それは、黒羽舞夜という少女の存在の消失。
日本にいた時の黒羽がいた痕跡を全て消すという、一種の情報操作だ。
今は世界の誰もが黒羽舞夜という少女を認識出来ずにいる。
魔法のような、不思議な力で覆い隠されているようだった。
そんな人間離れした力を発揮する父は果たして人間なのだろうか。
「そんな事よりも……」
テルが無事に生きている。
それだけが、黒羽に安堵の笑みを浮かばせていた。
これ以上、自分のために彼が傷つくのは我慢できなかった。
彼には普通に、命を散らすような危険な生活を送るのではなく、
ありきたりな、普通の人生を歩んでいってほしい。
それだけを祈った。
(出来ることなら、これを機にマリアさんとイチャついてデキちゃってハッピーエンドになることを望む訳なんですが)
堅物で女心が分からないテルの事だ。
マリアにゾッコンなテルでも、理想通りのカップルになるにはかなり時間がかかるだろう。
(私も恋のキューピットとして応援したい訳ですが……もう、時間もありませんし)
自身の身体が淡く、白く光っていくのが見える。
時間が経てば、この黒羽の記憶と人格は封印されてしまうだろう。
それは、かつてテルたちと戦っていた時のように冷徹で、残忍な戦闘マシーンの姿へ戻ることを意味していた。
黒羽の父が言うには、彼の『計画』を完成させるにはこの黒羽舞夜としての『記憶と人格』はとにかく邪魔らしい。
黒羽の身に起きているこの現象は、彼女の人格と別の人格を入れ替えている最中なのだとか。
そうなれば、例えこの先、テルと道端で出会うことがあっても、
テルは黒羽を思いも出せないし、黒羽も他人だと思って通り過ぎていく。
一瞬で赤の他人となることを余儀なくされる。
これまでの生活で培ってきた人間関係と努力が全てが水泡と化すのだ。
だが黒羽はそれでもいいと思った。
なにせ、最後に自分が大切だと思う者を守ることが出来たのだから。
誰もが自分の事を忘れてしまっても、
自分がこれまで出会った人々にもう二度と出会うことが出来なくなったとしても、
テルが生きていてくれている、それだけで黒羽は嬉しかったのだ。
だから後悔なんてない、そのはずなのに。
暑い日差しの下にいるにも関わらず体が震えているのは恐怖しているからか。
「覚悟を決めた行動だったのに、こうして心は助けを求めている……なんて、私はどこまでもわがままなのでしょうか」
自身の弱弱しい心を吹っ切るように頭を振って、
自分がこれから消えていくその事実を無理にでも受け入れようとしたその矢先。
「……あっ」
手に持っていた携帯が震えた。
携帯の画面を見た黒羽の瞳が思わず見開かれる。
『新着メッセージ1件』
そのメッセージを開封して、
それを送ってきた人物の名前を見て、
最後まで確認を怠ったのか時間がなかったのか一文字だけ間違ったが件名を見て、黒羽は思わず震える声で呟いた。
「こんな時に字を間違えるなんて、あなたらしい……でも、本当に……信じていいんですね……?」
慣れ親しんだ少年の名と、
件名と、
数文字ほどの文面は、黒羽の諦めかけさせていた心をもう一度再起させる力があった。
涙ながらに笑みを浮かべた少女は、膝を折り曲げて腕で抱え込むように蹲る。
「あなたは本当に……馬鹿な人、ですよ。だから、再度まで――――――」
待ってますから、と。
黒羽は自身の意識が少しずつ薄れていくのを感じながらも、
完全に意識を手放す瞬間まで、胸に抱いた携帯を手放さないでいたのだった。
差し出人:善立 テル
件 名:まつてろ
本 文:かならずそこにたどりつく
(四か月ぶり)。
言い訳なんてしません。ただただごめんなさい。
黒羽パパ:素敵な謎パワーで黒羽が存在していたという痕跡を根こそぎ消し去ったヤベーやつ。黒羽の元人格を封印していた張本人。ある計画をミコノス島で実行中。
黒羽舞夜ちゃん:パパに存在を消され、誰からも認識されなくなった。自分が消滅する覚悟はしてたけどやっぱり怖い。最後のメールを見て、もう少し自分の運命に抗ってみようと思ってる。
黒い石:一握りサイズの黒光りする変な石。なんか手乗りサイズだから御利益になるのかな、と思ってバッグに入れられる。
約9年?くらいになりますが……執筆し続けたこの作品もようやく最終章・ミコノス島でのクライマックス、アテネ編へと突入することが出来ました。
アテネ編と呼んでいいのか、ミコノス島編と呼んでいいのか。
ハヤテのごとくという作品の一つの区切りとしてあるこの長編で、
自分が小説を書き、初めて作り上げたオリキャラ、『善立テル』という少年の物語が終わりを迎える場所であります。
次回から待ちにまった最終章ですが、簡単に内容を説明するなら、クッソ賑やかになるバトルパートでしょうか。
もちろんギャグにも力を入れつつ、シリアスもとことんシリアスに、ブラックコーヒー必須な展開も。
自分のいい加減な話なんで、原作とエラくちげーじゃねぇか!となるかもしれませんが、それでも見てくれて、読んでくれる方々がいてくれれば幸いです。
感想、意見がありましたらいつでもどうぞ。