ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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本来なら二話でまとめる筈が三話もかかってしまった。新しいパソコンがそろそろ欲しかったりする、今日この頃です。


第138話~一夜だけの小さきユメ~③

 予想もしていなかったチビハネの問いにテルは身が固まっていた。なぜチビハネがこちらが何か隠し事をしているのかという事に感づいていたのか。

 

 

「執事研修が終わってすぐデス。 お前の顔色、なんか良くねーです。 話しかけてもどこか上の空で」

 

「そりゃ・・・疲れてるからさ」

 

 視線を逸らしながらそう言ったのはチビハネの顔が険しくこちらを見ていたからだ。

 

「違うデスよ。あれは疲れてる顔じゃない・・・・・よく分からないですが、お前のあの辛そうな顔を見ていると、こっちまで辛くなるです!」

 

 そんな顔をしていたのか、とテルはチビハネに言われて初めて気づいたのだった。 理由はただ一つだろう。執事研修は無事に何事もなく愛沢家で行われたが、それは事実のようで事実ではなく。

 

 テルが知っている執事研修とは遥か未来からやって来た己自身との闘い、未来から告げられた自身の結末と、黒羽舞夜の死の危機。それを未来のテルを前にして超えてみせると言った手前、口にせずともその重大さにプレッシャーを感じていたのかもしれない。

 

 だが、全てはテルだけが知っている事実。 テル以外の人間はこの時の騒動も、未来のテルがやって来ていたことすらも知らないのだ。その記憶は、未来のテルが消えると同時に遥か彼方へと消えていったのだ。その得体も知れない事実をチビハネに語ったとして、すんなりと信じて貰えるだろうか。

 

「ある奴と約束したんだ」

 

 

 だからテルは考えて発言する。相手が混乱せず、なるべく理解を得られそうで得られない微妙なら線引きをした会話を。

 

「お前はお前の信念を、俺は俺の信念を貫けって感じで遠くへ行っちまった奴がいてさ。 そいつの手前、大口叩いたせいか、無理に気張っちまってたのが顔に出てただけだよ。 実際は大したことねェ問題よ」

 

 未来の事を話す。つまり、黒羽舞夜が近い内に命の危険ある事を教えるという事だ。チビハネとは黒羽を共に監視するという協力関係にあるわけだがチビハネは主人を護るためなら命を惜しまないだろう。 そんな犠牲の上で黒羽を助ける訳にはいかない。 最悪犠牲になるのは己自身だけで良いのだ。

 

 そう思った矢先だ。

 

「隠すなデス!」

 

 テルの胸元を掴んだチビハネがそう叫んでいた。

 

「お前はいつもそうやってはぐらかしてっ! へらへらしやがってッ! 一人だけなんか背負い込みやがって!やっと、やっと言葉が通じていっぱい話せるんだって思ってたのに・・・・!!」

 

 肩を小刻みに震わせているチビハネはテルの胸倉を掴み、崩れ落ちそうな姿勢であった。顔をこそ見えない物の、その声色から泣いているのだというのが分かる。

 

「決めたじゃないですかぁ・・・・・」

 

 

ぽつりと、チビハネ続ける。

 

「私達はマスターを守るために協力してるんじゃないですか・・・」

 

「お前・・・・」

 

「なんとなく、多分だけど、マスターが関係してるんだってわかるです。 執事研修でもなにか私の知らない事を知ってお前が悩んでるんだっていうのも」

 

 けど、と続けて言う。

 

「そんな悩んでるお前を見てても、ただ辛いだけです。 耐えられないです・・・・・!! お前がどこかに行きそうで、知らないお前になろうとしてて、怖いんです!」

 

―――――”知らない俺”

 

 テルは一つの考えにたどり着く。過去の、テルが本来知っている本当の執事研修で現れた未来のテルもこうやって黒羽の危機を一人で誰にも話すこともなく解決しようとしていたのではないか。 その選択故、間違った選択ではなかったにしても、まったく別人のテルへと変わってしまったのではないか。

 

「すまねぇチビ」

 

「ふぇ・・・」

 

 ならば、今の自分自身も同じだ。 チビハネの一言が無ければ善立 テルは白銀拓斗への道を辿る所だったかもしれない。

 

「お前のお蔭で変に悩んだり、どうしたらいいとか何をすればいいかなんて考えたりするのは俺一人だと無理だよなって思ったわ。 それに、俺達は同盟関係だったな」

 

「・・・・・」

 

 顔を伏せてから初めてその表情を見せたチビハネの泣き顔はどこかキョトンとしている感じで、正反対にテルはどこか晴れやかな感じで。

 

「その時が来たら、必ずお前に連絡する。 その時は一緒にアイツを護ってくれ」

 

 また隠すかのようになってしまったか、と顔をしかめたが、チビハネは納得したのか分からないが、涙にまみれていた顔を拭いて、

 

「お、お前も護ってやるデス!」

 

 少しだけ頬を紅くさせて言った。

 

「私がお前の側に居てやるデス! 例えこの身体が無くなっても!世界のどこかでお前が取り残されても、誰も信じてくれなくて一人になっても! 私がそこにいるデス!」

 

 縁起でもないフラグだな、と眉を潜めたテルだが今の言葉は簡単に言うとプロポーズの何物でもないだが、そのことにチビハネは何物でもないのだが。

 

――――だが、頼もしい。 

 

 それだけで、嬉しかったのだ。希望の光が差し込んだようだったのだ。

 

 

「・・・・・はッ!?」

 

「どうした?」

 

 何かに気付いたチビハネの身体が震えている。 顔も先ほどよりも赤くなり、水が沸騰したように頭が湯気を発していた。

 

「ま、まさか今の私の言葉は・・・・・え? ぷぷぷうっぷぷぷぷろ、ぷろぷぷろ・・」

 

「・・・・・プロポーズ?」

 

「ニャアアアアアアアアアアアアアアアアアデェェス!!」

 

 

 蒸気を抑えきれず噴出したやかんのごとく、チビハネは百メートルも世界記録で出せそうな華麗なスタートで一目散に駆け出したのだった。

 

「うそだうそだうそだ―――!! こんな奴と結婚するくらいならアライグマと結婚した方がマシデスーーーー!!」

 

 

「ヒデェ言われようだなぁオイ!」

 

 蒸気機関車の如く走り回るその姿からは冷静になるという二文字を浮かべるには難しかった。ただ単に照れているだけなので少しだけ放っておけば落ち着くはずである。

 

 そう思っていた矢先。

 

「・・・・・ん? 瞼が」

 

 視界が狭まっている事に気付いて数度見開いてから顔を振る。 一瞬だが振り払われた眠気、しかしすぐにも眠気が襲ってきた。 あまりにも唐突過ぎて、不思議なくらいだがテルには深く考える余裕なんて微塵も無かったので、

 

「いいよな、アイツもまだ落ち着いてないみたいだし・・・・時間が経ったらアイツが起こしてくれるだろ」

 

 暴走状態で辺りを走り回るチビハネの声が遠くなるのを感じながらも後はテルの十八番、他人任せでその眠気に身を委ねる事にしたのだ。 

 気を抜いて座り込んだ瞬間、視界が薄暗くなる。 だが、全身がリラックスしたのか心地が良い状態。多分現実の顔はだらしない寝顔だろう。このまま一生寝ていたいくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――深い眠りの中で少年は一つの夢を見る。 身に覚えのない、知らない誰かの記憶だろうか。

 

 

 飛び込んできたのは、青い空だ。微弱な風と程よい日の光を感じるこの空を”誰か”が見上げている。もちろん、善立テルではない。 自分にはこのような記憶はない筈である。 道行く人々、辺りに建っている家屋は見覚えのない物ばかり。 近くに東京タワーが見えるから、東京なのだろう。

 

 

 その中で、この空を見回した中で、テルはある事に疑問を抱かずにはいられなかった。

何故――――

 

 

 何故、自分は道路で横たわりながら空を見上げているのだろうか。

 

 何故、周りに人がぞろぞろと集まってきているのだろうか。

 

 何故、車が原型をとどめない悲惨な姿で電信柱にぶつかっているのか。

 

 何故、腕と足が曲がってはいけない方向に曲がって、自分は赤い液体の池に沈んでいるのか。

 

 

――――分からない。

 

 テルは何も、痛みも感じない。 これは己自身に起きた現象ではないことは確かだ。だからこそ、この身に起きている状況を冷静に分析することが出来る。 この身体から流れて、地面に池のように広がっているのは多分、血だろう。 普通なら出血死レベルの。

 

 腕と脚は骨折しているだろう。肉が抉られて出血と同時に痛々しく腫れ上がっている。手術が必要だ。車は恐らく、信号無視かよそ見とか、居眠りとか車がこんな状況になる理由などはいくらでもある。 

 

 これらから推測するに、ここで横たわっている人物は車に撥ねられてしまった人なのだろう。となれば、周りにいる群衆はただの野次馬だ。 サイレンの音が近くなっている救急車を誰かが呼んだのだろう。だが、これほどの出血で果たして間に合うのだろうか、恐らくだが、間に合わないだろうとテルは直感的に感じた。 自分の身体じゃないはずなのに、命の鼓動が小さくなっていくのを感じたからだ。

 

 

『―――――そんな・・・・!!』

 

 そんな時だ。こちらに対して悲痛な表情を浮かべながら一人の男が駆け込んできた。 どこか中世的で眼鏡をかけていたその男は若干の白髪があった。

 

 

『分かるか・・・・俺だ。 お父さんだぞ』

 

酷く取り乱しているのか、体を震わせているこの者の父親を名乗る人物に対して、こちらは何も言わない。いや、正しくは言う事が出来ないのだ。

 

『もうすぐ救急車がくる・・・・そうすれば、きっと助かるから。 元気になったらまた、遊ぼう――――――』

 

涙を垂らしながら、血の池に沈んだこちらの身体を掬うように抱きしめて男は耳元で囁くように言った。

 

『朝霞―――――』

 

 そう呟いた時、この者の、朝霞という人の視線が動いてある物を捉えた。 車のサイドミラーだ。事故の衝撃で一部が壊れたのがこちらの近くに跳んできていたのだろう。その目で鏡を覗き込んでその姿を確認する。

 

 顔立ちは幼い少女だった。 年齢は5,6歳程だろうか。 白い肌に、黒く艶のある長い髪。これを見てテルが一番に浮かべた人物がいた。それは紛れもなく、

 

 

――――黒羽。

 

 

 今の黒羽を小さくしたら、こんな感じなのだろうと思えるくらいに彼女に似た少女が映し出されていた。 だが、テルの知っているのは黒羽舞夜であり、朝霞という名前は全く知らない。ならば、これが同一であることは無いのだ。

 

 その筈なのに、何か不思議な違和感を感じる。ただ見た目が似ているだけだというのに。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・夢」

 

 辺りを見回してテルがつぶやいた一言。 それは目に映っている場所が自分の部屋だということに気付いたからだ。時計の針は夜の3時過ぎを示している。 ハヤテはまだ勉強しているのだろうか。

 

『スヤァ・・・・』

 

ふと右の腕を見てみるとこちらの腕を枕にするようにぐっすりと眠っていた。だらしなくも涎を垂らしていたので普段ならたたき起こしてやりたいところだが流石に可哀想だと思ったか暫く放置することにした。

 

「夢だよな」

 

 しっかりと整理整頓されている部屋を見てテルが言うのは決してチビハネとの掃除の事ではなく、その後に見た少女の夢だ。黒羽にも似た少女、知らない朝霞と言う名前。 

 

 実は舞夜は偽名で朝霞が本名だったとか、実は朝霞の生まれ変わりで性格が逆転したクローンが舞夜だとか、そんなSFチックな展開を考えてみたものの寝ぼけているせいか、そんなの絶対おかしいよと勝手に自己解決して見たりしたのだった。

 

「朝の仕事まで時間あるから・・・寝ようか――――」

 

 そのまま机に突っ伏しようとした時だ。テルはある物を目撃する。それは黒くページ一面が滲んでいた”やっていたはず”の宿題だ。 確か問題を解くのに宿題を出された日からやっていたから当てた時間を計算すると半日くらいは掛かったはずだ。 その問題を、もう一度解く。 当てられる時間は出勤までの一時間半程度。

 

 テルが導き出した行動は一つだった。

 

「・・・・寝るか」

 

 全てを諦めて今ある疑問と問題を放り投げたテルは机に突っ伏すように崩れ落ちたのだった。

 

 

 




 この後、テルさんはチビハネの為に御礼もかねてシルバニアファミリーを買いに行かされます。

次回からは本篇に向けてのステップになるので若干黒羽さんメインです。

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