ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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新章始めるための日常始めていこうと思います。 
ちょっとだけぶっ飛んだお話、前篇です。


第136話~一夜だけの小さきユメ~①

 音が聞こえる。 それは誰かの寝息による音だ。

三千院家の数百ある部屋でも数少ない個人の一室、机の上に置かれている問題集を前に善立 テルがうつらうつらと頭を揺らしてた。

 

 白銀拓斗事件が解決して間もなく、テルが三千院家に戻ったが特にこれと言った変化はない、部屋に帰ったら宇宙ゴキブリが居て対処に困ったとか、そういうのを除けばいつもの平和的な日常である。 未来を打ち破り、悲しき宿命を変えてみせると彼は決意した。

 

 だが、未来を打ち破った男には白皇学院の土、日を含んだ大量の宿題が立ち塞がっていた。 一カ月の執事研修があったせいか彼の勉強はまったく進んでいない。 提出は明日、もはや徹夜で仕上げるしかあるまいと彼は宿題を現在絶賛消化中なのだが研修や学校生活などの疲労がたまっていた為か、開始して早五分で睡魔にやられてしまったのだ。

 

 

「アイエェェェ・・・・」

 

 涎を垂らしながら前後に頭を揺らし、脳内では一体どんな夢を見ているか全く不明だ。 刻一刻と時間と言うのは削られている、時間は有限なのだが。

 

『やー』

 

 だがそんなときの為に彼が用意した監視役が鉛筆を用いて猛威を見せる。 小さな物体は前後に揺れるテルの額目がけてタイミング良くその鉛筆を突き刺した。

 

 

ぐさり、と明らかに深々と突き刺さったその鉛筆に動きを止めたテル。 全身の筋肉が硬直して変な汗を垂らし始めたと思った次の瞬間。

 

「ギッ!?―――――――アイエェェエエエエエ!!!」

 

 激痛を感じ始めたテルがその痛みを声に乗せて叫んだ。

 

「ナンデ? エンピツ? ナンデェ!?」

 

 意識を覚醒させたテルの額には突き刺さった鉛筆が、テルは目下にその痛みを与えた恐るべき犯人の姿を捉える。

 

「チビハネ」

 

『やー』

 

 テルの呼びかけに元気よく手を上げて返すがテルは手を手刀の形にすると、

 

「やりすぎ」

 

『やー・・・・』

 

 虫も殺せないような弱さでチビハネの頭に叩き込んだ。

 

「お前鉛筆人に向けて刺しこんじゃダメでしょう。 ホレ、見ろよお前に刺されたこの跡・・・・エイジャの赤石はめ込めるよコレ。 究極完全生物になれるんだぜオレ」

 

 先ほどの仕返しとばかりに持っていた鉛筆を逆さにしてチビハネの頬にグリグリと押し込んで見せる。 それに不満を感じたチビハネがその鉛筆を押しのけると、

 

『やー!』

 

叫んだ。 端から聞いたらどう聞いても”やー”という単語。 このチビハネと出会ってからというもの、殆どの会話はコレだ。 最初はこの生物の言葉をジェスチャーを用いていたが今となっては。

 

 

「”お前が寝たら起こせって言ったんだろ”だと? ああ、そうさ。 だけどもっとやり方があったはずさ。

鳴かぬなら泣くまで待とうホトトギス、そんなやり方も知らんのか」

 

 この通り、翻訳機能でも仕込んでるのではないかいうくらいに理解できている。 この二人の関係はいわば”ツーと言えばカー”状態だ。

 

『やー』

 

「なにぃ? ”泣かぬなら突き刺し、焼き喰えほととぎす”だとォ? なんて恐ろしい奴だ。 第六天魔王もビックリするぜコレ」

 

と、やり取りは最小限にしてテルは問題集に取り掛かる、が眠気が中途半端で覚まさせられたせいか頭が回らずに問題を解く作業の筈がペンで白紙のノートに突いて点を無数に作り出す作業と化す。 勉強と言うのは一朝一夕で身につくものではなく、地道な勤勉が生み出すという事をマリアから聞いたことがある。これを思い出すと真面目に授業聞いとけば良かったと今更ながら後悔したテルだった。

 

 

「今度はどうした」

 

 数十個ほどの黒点が白紙のノートに生み出された時にテルは気づく。 MONOの消しゴムにちょこんと座ったチビハネがなにやら怪訝そうな表情をしていたのを。 作業を止めて、その真意をテルは尋ねたのだが、

 

『・・・・』

 

「いや、流石にダンマリだとなんも分からねェンだけど」

 

エスパーでもない限り、テルが言葉を発しないチビハネの真意を見抜くという事は不可能なのだが、なぜかチビハネは話したがらない。 何か触れにくい話題なのだろうか。

 

「なんだ、飴玉欲しいのか? 三個欲しいのか? いやしんぼめ」

 

『・・・・・』

 

「無反応ですかチビハネさん」

 

 首をぷいっと振るだけで何も会話が生まれない。 バッドコミュニケーションだ。

白銀拓斗、未来のテルの事件が終わってからこういう風にこちらを眺めてはだんまり、というパターンが増えてきたような気がするのは気のせいだろうか。

 

 気分が悪い、という訳でもなさそうだ。 若干、ボーっとしているようにも見えるのだが。

 

 

「チビハネちゃーん、俺ちょっと眠いから五分だけ寝かせてねー」

 

そう言って机に突っ伏すように姿勢を倒す。 勿論これはチビハネを煽るためにやっているので、本当に寝る訳ではない。

 

 

『・・・・』

 

「あ、アレ・・・・? おかしいな、本当に寝るよー」

 

『・・・・・』

 

「え? いいの? マジで寝るよ? 俺が赤点とったら起こさなかったお前に責任があるからおやつとか無くなるけどいいの?」

 

『・・・・・』

 

「いっとくけどな、仮眠だからな! 寝るっていっても実は起きてっから! 目閉じてるけど実は寝てないから!」

 

 

 

―――――数分後。

 

 

 

「ごぉぉ・・・・」

 

 

誰もが想像できた展開だろうが、テルは見事にそのまま撃沈してしまった。

 

 

 

 

 

 

「ごぉ・・・・・」

 

 時計の針が一定のリズムで秒針を動かす音にセッションするようにテルの寝息が部屋にまた響き始める。 ノートを広げたその上に頬を突いているテルを消しゴムをイス替わりにしていたチビハネはゆっくりと立ち上がった。

 

 

『ふぅ・・・・』

 

 小さくため息をつく。 ただ寝息を吐くだけのマシーンと化したテルを眺めてはその頬に思いっきり蹴りを当ててやろうかと思いが頭の中で浮かんでいる。  そうすればまたチョップを食らうのは見えいている未来である。

 

 チビハネがテルの口元へと移動する。 それは彼の顔面を蹴ろうという荒業を実行するのではなく、彼の口元から垂れている一筋の透明な液体を確認するためだった。

 

『うっわぁ・・・・まじ汚ねぇデス』

 

 間近で見ればこれほども汚いものはないとチビハネは断言する。 勿論それはテルの涎であり、宿題であるはずのノートにもその液体は垂れて一点のシミを生み出していたのだった。 ドン引きするのは当たり前である。

 

『コイツ・・・・後で後悔しないデスか? これじゃ問題解くことも出来ないでしょうに』

 

 ノートに垂れた唾液がシャーペンで書いた文字列に付着して黒く滲み出してきている。 テルが一度寝返りを打てば、ノートの文字にある滲みは広範囲にわたり、その文字は形を維持できなくなるだろう。

 

 

『コイツが宿題が出来ていないと知ったら、あの担任も黙っちゃいませんね・・・・・デス』

 

と言っている傍から。

 

「ぬぅん」

 

『うわ』

 

 チビハネの倍はある大きさを持つテルの頭部がぐるん、と動いてしまった。 勿論、垂れていた涎を自身の頬になすりつけて滲みは倍増。 先ほどまで多少ながら消化していた問題の答えはなんと記入されているか分からなくなった。

 

 そんな破滅的エンディングの分岐を選択してしまった事を知らないこの男は、汚い寝息に足して笑みを浮かべてしまっている。 そんなに夢見心地がいいのだろうか。

 

『しょうがないデスねぇ・・・・・』

 

 小さくまたため息をつくと、チビハネの後方に置かれていたティッシュ箱へと向かった。 箱をよじ登り、箱の隙間からその一部を晒している一枚の先端を取ろうとする。 勿論、人のサイズだったらティッシュを抜き取るというのは造作もない。 だが生憎チビハネはサイズが小さい為、そう簡単にはいかないのだ。

 

 足場をしっかり固定して、首を絞めるように紙と紙を纏めるとそこからロープを手繰り寄せるようにティッシュを取り出した。 なかなか苦労がかかるのである。 

 

『さて・・・・』

 

 再び現場もとい、テルの眼前へと戻ったチビハネ。 仕方ないといった表情で両手で目いっぱい広げたティッシュでテルの口に付着している唾液を吹き始める。

 

『うわー、こっちの手までヤヴァイことになりそうデス』

 

 ティッシュを当てた瞬間一瞬でしみこむ唾液に嫌悪感のようなものを感じながらもチビハネは辞める事をしなかった。 普通ならば、テルが起きるまで放っておくし、自らの手で彼の世話を焼くなどということ自体しなかった筈である。

 

 チビハネがこの行動へと至った理由はテルに対するある疑念が元となっていた。

 

 

――――この男は何か悩んでいたりはしていないだろうか。

 

 執事研修が終わり、数日くらいからかテルの様子がおかしいのをチビハネは感じ取っていた。 こちらが呼びかけている時はいい。 至って普通で、いつものテルである。 いつものように、バカやりながら受け答えしてくれる。

 

 だが、ふと彼を見た時は窓辺で授業を上の空にしながら、どこか遠くを見ている。 その時の彼は決まって辛そうな、悩みを抱えていそうな雰囲気を醸し出していた。

 

『コイツ、いつも何考えてるデス』

 

 チビハネはそれだけを知りたい。 なぜこの男がそこまでさせているのか、あわよくばそれを自分が解決できれば良いとも考えていた。 彼とはマスターである黒羽舞夜を護るための共同戦線を引いている間柄だ。 いわば戦友。 仲間の危機を解決することは必要なことだ。

 

 だからここ最近はこちらから色々と聞き出そうとチビハネはアクションを起こそうとした。 だが、壁が立ちはだかる。 チビハネが発した言葉を、テルは真面に聞こうとしない。 こちらの言葉が『やー』としか言えない事を利用して良いように言葉を作り変えているのだ。

 

「くっそう・・・・言葉を、言葉を話せれば・・・・」

 

 優しく口回りを綺麗にした手をおろし、チビハネは肩を視線を落として思う。 ”そうすれば、彼の負担を軽くしてあげられるのに”と。 

 

 

 別に電話越しでいるわけでも、遠くに居るワケでもないのに、目の前にいる者に思いを伝えられないことが辛い。 それがもどかしく、悲しくも感じられるほどにチビハネの胸が痛んだ。

 

『お、お前ぇ・・・・私にこんな思いさせやがってぇ』

 

 泣きそうになったのに気づいて慌てて目尻を抑える。 呑気に寝る彼を背に、チビハネは膝を抱えてしゃがみこんだ。 やがて冷静になったチビハネはその身をテルの腕を枕にするように預けると目を閉じて眠る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・ンンーーーーー良く寝たぁ」

 

 宿題をサボっていた男、テルはその身を起こしてゆっくりと伸びをして意識を覚醒させる。 まだ寝起きで半分覚醒したところだろうか、何度も目を見開いては小さくため息をついた。

 

 時間を見る癖がなかったためか、今何時なのか分からない。 携帯を取ろうとポケットに手を伸ばすが。

 

「アレ、携帯どこやったっけ・・・・?」

 

 両方とも探すも出てこない携帯電話にテルは首を傾げる。 きっと布団の上に落としたのだろう、と思ったテルはさほど重要なことではないと考えて、面倒くさそうにテルがいる机の後ろの壁に掛けている時計を見る事にした。

 

  

「ん?」

 

 ここで異変に気付く。 確かに時計はあった。 それは確かに時計である。 三千院家にテルが厄介になってからこの部屋でお世話になっているアンティークタイプの壁時計。 ブラウンカラーで数字が英語だからという理由でテルはその時計が気に入っていた。 その時計だが、

 

 

「・・・・・時計、あんな位置にあったっけ?」

 

  普段テルが見ている時計の位置が違う。 何が違うかと言えば、高さだ。 いつもなら首をちょいっと上げるとか、視線を動かすだけで確認できるはずの時計が今はしっかりと首を上げないと確認できない高さにあるのだ。

 

「あぁ、まだ俺寝ぼけてるのかい、ていうか頭スゲー重たい。 ダメダメだ、まだ宿題終わってねぇっつーの早く起きろ」

 

 何故か重量感のある頭を振りつつ、意識を覚醒させるために足の肉をつまんで見せた。 だが、覚醒した状態で確認した現状がテルの疑念を加速させる。

 

 

 まず自分がいる場所。 テルは先ほどまで椅子に座っていたはずだ。 だが、今は椅子にすら座っておらず、今いる場所は平たんな板の上だ。

 

 

「文字・・・・?」

 

 足元にあったのは文字であった。 だが、明らかにその文字の大きさは自分の身が埋まる程の大きさである。 同時に、テルが立っているのはノートの用紙の部分だと理解できたのは文字を発見したことが大きい。

 

 よく辺りを見れば、あり得ないデカさの鉛筆と消しゴムが転がっているし、消しカスのデカさなんて見ていて気持ち悪いものだった。手のひらサイズのひじきがそこらへんに転がっている気がしたからである。

 

 

「つまり、ここは俺が寝てた机の上?」

 

 結論にたどり着くまで約五分と十二秒。 だが、これは常人にしては早い方ではないかとテルは自分勝手に推測する。 異人、未来人と戦うという日常を過ごしていたからこそ冷静に対処することが出来たのではないかと言うのが理由だ。 そして普段より大きく見える物、そして自分が今までいた場所から推測して最終的な結論。

 

 

「俺ってば小さくなったのか、なるほど・・・・・・・これは夢だな」

 

 今見ている光景がこれまでのようなぶっ飛んだ日常だとしてもこれはあり得ないことだ。 自分が小さくなるという事なんてありえない。 だからテルは勝手に断言する、これは夢だと。

 

 だが、ある物がテルの眼に映ったのだ。

 

「すぃー・・・・すぃ・・・」

 

 

 とテルの近くで誰かが眠っている。 すぃ、というメルヘンな寝息を立てながら横になっている姿にテルは見覚えがあった。それは黒羽だ。

 

 

「黒羽がいる・・・・ということは、またなにかしらの。 まさか、白銀が言っていた俺が最後に戦う相手?」

 

 テルが最後に戦う相手、それは黒羽の命を狙う者。 その類ならば、こういう不思議空間を作り出すことも造作もないかも知れない。 何故なら、己自身が未来で魔法を使っていたのなら、物体のサイズを変えてしまう魔法を使うくらい造作もないだろう。

 

 

 

 ならば、と気を引き締めるべくテルの警戒レベルが変わる。 まずは黒羽の安全を確認するべく、彼女の頬を軽く叩いては起こすことにした。

 

「ん、んぅ・・・・?」

 

 むくり、と身を起こした黒羽の様子を見てテルはひっかるモノを感じた。 常時凛々しさを保つ彼女は寝起きでも気品さを感じさせるものだが、この黒羽はまるで別物のような反応だ。

 

 まず、なんか形が目に付いた。 まるでどこかのねんどろいどのごとく体系が丸いし、肩が無くて頭部がデカい。それだとちょっと気色悪い表現なので、ここではデフォルメと呼ぶことにする。

 

 

「なにしやがるです・・・・チョコ、チョコ寄越せです。 甘い物なら何でもいいです」

 

 本来なら絶対に黒羽が口にしないような言動。 本物かどうかを疑うのだが、きっと事態を読み込めていないからか、動揺しているのだろう。 そうなれば、いつものギャグよりのノリで黒羽の調子を取り戻してやろうという作戦に出る。

 

「黒羽!!」

 

「ふぁい?」

 

 瞼をこする彼女の肩を掴んで軽くゆすりながらテルは続ける。

 

「なぜ黒羽がここに!? 逃げたのか!? 自力で脱出を!?」

 

 どこかの次元からやってきた不審者の如く詰めよるテルを見ていれば、いやでも黒羽はクールな様子で毒を吐くはずだ。 ”あぁ、もう貴方は手に負えない程に頭がイカれてしまったのですね”とか、”これから使用人同士の食事では私と向き合うのではなく、床下でタマと向かい合いながら食べてください”とテルの心に傷を負う事確実だが己の身一つで彼女の調子が戻るならばそれも良しとテルは考えたのである。

 

「黒羽!!」

 

「ふん!!」

 

 だが再度その名を呼んだ時、返ってきたのはテルの予想を斜め上でいく黒羽の腹パンであった。

 

「ぐぅ!?」

 

 ボクサーの如き重い拳がテルの腹部に突き刺さる。 なんということだ、これほどまでに黒羽は力をつけてしまったのか、とテルが驚嘆していた時だった。 見事なボディーを食らわせた黒羽が静かに口を開く。

 

 

「私は・・・・マスターではない、デス」

 

 

 ”マスターではない”その言葉が意味するものをテルは瞬時に理解した。 その喋り方はまさしく、黒羽ではなくチビハネのものであると。 そして同時に本当に自分が小さくなってしまった事を真に認識させられてしまったのだった。

 

 

 

―――――小さき者同士の奇妙な、そして一夜限りの冒険が始まるのである。

 

 

 




 チビハネ主役回なのだ。 SF、ファンタジーを気軽に捻じ込めるのがハヤテのごとくの良さだと私は思っております。 まぁそのせいで読者を置いてけぼりにしたこともありますが。 
 腹パンと言ったらやっぱり黒崎さんだ。



日常はいくつか描いていきますが本篇の伏線を作って、つなげるという感じで。 
つまりは日常から鬱的な、シリアス的な内容になるつもりです。

では次回。

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