ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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――――過去の己自身である、善立テルに敗れて消えていった白銀拓斗のその後。


~男の旅が終わる時~  END1

 全身を打ち付けるような衝撃と共に、男が目を覚ます。覚醒した意識で辺りを仰向けに倒れた状態で見渡す。

 

「ここは・・・・」

 

穏やかな風、静かな木々の揺れ方、日の光。 男の脳内にすべてが懐かしいという感覚があった。 より状況を理解すべく、身を起こそうとした男が顔をしかめる。

 

「傷は・・・・このままなのか」

 

 腹部からの激痛のサイン。 腹痛とかではなく、物理的に起こったこの痛みの正体は腹部に空いていた穴。

記憶が確かであれば、男は闘いの最中で大事な者を護るべくその身を挺して護り通した。 この傷はその時にできたものである。

 

「正直・・・キッツいな」

 

溢れ出る血はまだ止まっておらず、手で押さえようにも隙間から流れて行ってしまう始末。出血量が多ければ多いほど感覚は麻痺して、昼間のような温かい時間帯でも寒気すら感じてくる。

 

それでも、身を起こして男は歩き出す。 一歩一歩が殺人的な痛みだが、それをかみ殺して進んでいく。その理由は男がいるこの場所は見覚えがあり、それを確認する為にはその先に進む必要があったからだ。

 

 

「そうか、俺は戻ってきていたんだな」

 

 茂みを抜けて広い場所へと出た。 整備されたような芝、多種多様な花のある花壇。 金持ちが住みそうな庭園。

 そして極めつけはデカい邸宅。 真正面からその邸宅を眺めて男は悟った。ここは自分がもともといた世界、未来の世界なのだと。

 

 

 白銀拓斗を名乗っていた男、善立テルはもともと自分が働いていた日本の三千院ナギの邸宅へと戻ってきていた 。

 

 

 

どいういう神の悪戯だろうか、と思った。 

過去の自分に敗北を喫し、死亡するほどの重傷を負ってそのまま死ぬかと思ったら自分がもともといた世界に戻ってきていた。

 

しかもよりにもよって三千院家だ。 別の国でそのままバックレようと思っていたというのに、予想外の出来事にテルも肩を竦める。

 

 

・・・・いや、どっちにしろ。

 

 逃げる事は叶わないだろう。 そう思ったのは、自身の傷からでる出血量。 ワープとかそういうイベント終わったら傷が全快するという都合のいい設定を期待していたがどうやらそうもいかなかったらしい、現実は非情である。

 

 この状態で手当てしても、間に合うかどうか分からない。 それくらいに、体力の消耗が激しい。残された時間が限られているという中で、彼は確かめなければならない人が居る。

 

「・・・・マリ、アさん」

 

 この時代のマリアは病にかかって倒れている。 世界中の名医を集めても治すことは出来ず、彼女の寿命はハヤテの話は一か月だ。 テルが過去へと跳ばされるまでに二週間かかっている。

 

 そこから過去で一か月くらい滞在した。 現在、テルにとってマリアの状態を知るための手がかりは存在しない。一か月しか持たないという状態から、回復したか。 もしくは、既にこの世から居なくなってしまっているか。

 

それでも、彼は行かなくてはならなかった。 死ぬほどの思いをして、絶望の色合いが凄まじく濃い結末しか待っているかもしれないのに、何故か。

 

 

それは絶望して摩心が耗した善立 テルが、ただ一人この世で愛した女性だから。

 

 

だから、彼女に会うために、傷が開き、悪化するのを承知で彼は歩を進める。 彼女の存在が確認できるだけで精いっぱいだが、それだけでもいい。 最悪、墓前に手を合わせる事となったとしても、そこで果てる事になるなら本望だ。

 

 

『よう、遅かったじゃねェか』

 

邸宅へと足を進めるテルに、のっそりと巨体を揺らして現れる者がいた。 人ではなく、動物だ。

 

 

「お、おまえ・・・・もしかしてタマか?」

 

『なんだよ、暫く見ねぇ間にエラい変わりようだな』

 

テルには見覚えがある。 白い毛並にと鋭い歯。 三千院ナギからはれっきとした猫として認識されて買われていた温室育ちのトラ。 タマである。

 

『お前・・・・その怪我』

 

タマがテルの姿を見て、眼を見開いた。 その傷を確認する。腹部から背中にかけて貫かれたかのような穴。そこから溢れて出して、止まる事を知らない血。

 

 

同時にタマは悟ってしまった。 この男の先を、行きつく最後の結末を。

 

 

『来いよ。 あのメイドの場所に行きてェんだろ』

 

「な、なんで・・・・・」

 

タマは背を向けて舌打ちをして続けた。 体制は首を少し動かして顔だけを向けるように、

 

 

『気まぐれだよ・・・・・ほら、さっさと立て。 案内してやっから』

 

「相変わらず口の減らねェトラだこと・・・・・」

 

精一杯の苦笑いで足を動かしたテルだが、踏み込んだ瞬間に膝が抜けるような感覚。 そのまま芝の上に両膝を地面につけてしまった。

 

限界が近い。

力を籠めて立とうとすれば、傷口から血の量が増えてテルの力を奪う。正直、動くのもままならない状態だった。

 

 

だが次の瞬間。テルの身体がゆっくりと持ち上げられた。 タマがテルの襟首を咥えて大きくテルの身体を揺らす。振り子の要領で高く振られたと思った時、テルはトラの背中に乗せられていた。

 

 

タマはテルを乗せたまま、ゆっくりと、テルを労わるように歩き出す。

 

「タマ・・・・・」

 

『何があったかは聞かねェ・・・・聞いたところでおれっちには理解できねぇだろうからな』

 

タマのもともとの体重とテルの体重も合わさっているからだろうか、タマが踏み出す一歩一歩、草木が沈んでいるのがテルには分かった。その証拠に、タマの足跡がくっきりと確認できたのだ。

 

「でっかくなったなぁタマ、お前の背中に乗るのが何気に俺の夢だったんだ」

 

『へ、そいつは嬉しいぜ。 感謝しな、今日だけはシーフードピザ一枚で手を打ってやるからよ』

 

 図体がデカい割にセコイのは変わっていないな、とテルはタマの背中で小さく笑った。

 

「なぁ、タマ・・・・お前がさっき言ってたのって」

 

『あぁ、そうだ。 お前の想像してる通りだ・・・・』

 

タマの向かう先には三千院ナギの大きな屋敷が見える。 かつてテルが働いていた職場だ。 そこを目指しながらタマは言う。

 

『あのメイドは元気だぜ』

 

 

 

 

 

 テルとタマが向かったのは屋敷の端っこに位置する一室。 そこだけ窓が開け放たれていて、風によってカーテンが外へと靡いていた。

 

テルとタマは窓から数メートル離れた木の陰からその一室を覗き込む。 中からは声が聞こえる。もちろん、聞き覚えのある声だ。

 

 

 

いた。

 

 

栗色の髪を下して、メイド服を着た女性。 全体的に痩せた印象を見せているがそれでも健康的な笑顔を見せている彼女は間違いなくマリアだった。

 

 

『一週間くらい前だ』

 

座り込んだタマが尻尾を揺らす。

 

『医者も匙を投げた後、急に容態が回復してな。 医者も”奇跡”だの、”ファンタスティック”だの言ってたぜ。 あんなに苦しんでたのに今じゃ元の仕事に復帰できるくらいに元気になった』

 

それと、とタマは続ける。

 

『なんかあちこちで変な事が起きててな。 お嬢のテレビ見てると、各地で起きてた地域紛争が終息し始めたんだとよ。 不景気で物騒な世の中からやっと解放されるらしい。 おれっちも最近の一食はツナ缶二個だけだったからな』

 

 空を見上げたテルはその瞳ではるか遠くを眺める。 どこか平和で、安心するような雰囲気を感じたのは何もこのこの空間だけではなかったのだと。

 

 

『解放、か・・・・今まで呪いでも掛けられてたみたいな感じだなァおい』

 

タマの一言に、テルは思う所があった。 それは自身が過去にギリシャで受けた呪いの事だ。

全てはあの日から始まったように、テルを取り巻く者たちへの不幸も、あの日から始まっていた。撃鉄は姿を変えて、自分が行く全ての地では争いが起き、多くの命が流れる。 

 

そこでテルは考える。 今日まで続いていたこの異常な世界の出来事は全て自分自身が振りまいていた災厄なのだと。 だが、これではまるで・・・。

 

「病原体だな」

 

 しかも治療法も抗体もない。 相手がなんだろうと問答無用に侵食していくタチの悪い病原体。 都合の良い解釈なのかもしれないが不思議としっくりくるものをテルは感じた。 もしくはこれは呪いなのだ。

 

 もし、この世界が平和へと向かい始めた要因はテルの思う所では二つある。それは過去に向かった時、過去の己に姿の変わった撃鉄を破壊された事だ。 

 

病原体があの撃鉄だったのなら、その撃鉄を破壊されたことにより、呪いは無くなった、と考えるのが妥当だろう。

 

 だが、そうでない場合。それはテル自身が呪いになってしまったということを考えたとき、前者の撃鉄が破壊されてしまってもその呪いは続いていた可能性がある。 しかし、今のテルはこの通り死に体だ。 呪いを持つ宿主が死にかけている為にその効力が失われつつあるのだという考えもあながち間違いではないだろう。

 

どっちにしろ、今となってはどっちが真実かどうなのか分かりもしないが。

 

 

「でも・・・・」

 

不意に視線を窓の先から見えるマリアを見る。今は絵画の額縁を綺麗に拭いている最中だろう。 テルはそれを見て世界が平和になったとか、傷の痛みとかもどうでもいいくらいに、心の中で呟く。

 

・・・・・綺麗だなぁ。

 

今死ぬかもしれない状態の男が浮かべるものとは思えない言葉だ。 だが、彼女の姿を見ているだけでテルは安心し、救われるような気持になるのだ。

 

 

 

 

 背が少しだけ伸び、髪の長さはそのままだ。 いつものハーフアップの髪型をしていないのはもしかしたら気分を変えているのかもしれない。 少しやせ気味なのはまだ本調子ではないのだろう。 それでも仕事に復帰する彼女はまさしく仕事人としての鏡だ。 

 

 彼女の一挙一動に懐かしさと同時に見とれているテルだった。今のマリアは体調こそ戻ってはいないにしろ、とても幸せそうである。

 

 

すると、奥の扉が開く。 入ってきたのはナギだ。 身長は高校の時より少し伸び、若干大人びた雰囲気を纏っている。 右手に持っているのはPSP。

 

 

 なにやら談笑している。 不機嫌そうになにやらマリアに要求しているがマリアは笑っていて、それを見てナギがそっぽを向いていた。 さしずめはパーティプレイを手伝えと言うナギの要求をマリアが掃除中だからまだ無理、と断った所だろうか。

 

 

「これで良かったのかもしれないな」

 

『あん?』

 

思わずこぼれていた一言にタマが唸る。 だがテルはタマに対しては口頭で答えず、心の中で思った。こういう世界があったのではないかと。

 

 

 

 ハヤテ、ナギ、マリアの枠組みの中に善立 テルがいない三千院家という世界がどこかにあったはずだ。 それはこんなトラブルとは無縁な血で血を見るような世界ではなく、バカみたいに笑って泣いて終われる世界。 ハヤテもナギもマリアもそれぞれの道を見つけて歩き始める、そこにはテルを含まないで進む、そういった道が。

 

 

このままテルがマリアと会わずに、この場から去ればマリアを不幸にすることは無いだろう。こんな姿を見せてもただ自分が死ぬという事実を突き付けてしまう。下手をすればトラウマものだ。

 

 

・・・・・案外覚えてないかもね。

 

 

 そう思うのはこの変わり果てた姿だろう。 ストレスやら紛争に巻き込まれたこともあり、いつの間にか白髪で体格も変わってしまっていた。 高校の時と比べれば”誰だお前”と綺麗なツッコミが返ってくるに違いない。

 

 最悪、不審者扱いでこの身体にさらにオーバーキルを施される可能性もあった。銃殺は勘弁願いたいものである。そうなるくらいならこの場から顔を出さずに逃げて、人知れずに死んでいくのが良いだろう。

 

 そして身元不明の男性が発見される、ニュースになるが誰も分からない、その間に三千院家の人たちもテルを知っている知人たちも朝食のパンをかじりながら、”こわいねぇ”とか関心などゼロといった感じでスルーされるのだ。

 

 

 

いつだったか瀬川 泉が言っていた”テル夫くんは人知れずゴミ捨て場に倒れるように死んでそうだね”と。

まさかその通りになるとはテル自身も思っても居なかった。あの予言女め、来世では祟ってやるぞ、とテルは苦笑いしながらその身を行動に移す。

 

 

『オマエ、どこ行く気だよ』

 

その場所から移動しようとした時だタマが呼び止める。

 

『会っていかねぇのかよ。 帰って来たってのに・・・・』

 

 タマも、テルのこの身体がいかに危険な状態なのかは承知だ。今ここでマリアに会ってやらなければ、彼女も、テル自身も一生後悔するだろう、と。

 

 だがテルはタマの頭の上に手を置いて、首を振る。 その目はこう言っていたのだ。

 

 

”これでいい”、と。

 

 

 テルは人知れずこのまま朽ち果てていくことを選んだのだ。その覚悟、タマは野生の勘から感じ取る。この男は一度こうだと言い始めたら何が何でもやり通そうとする男だ。 それは猛獣であるタマでさえもさえぎる事は出来ない。

 

「あばよタマ、あんま太り過ぎンなよ骨付き肉は一日一本な」

 

それが、テルとタマの別れの言葉だった。 タマはおぼつかない足元で去っていく彼の背中を見送る事しか出来なかったのだ。

 

 

だが、タマには彼にしか出来ない使命がこの時生まれ、それを成す為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 相変わらずこの屋敷は広いな、とテルは身に染みる疲労感から屋敷の広さを再確認していた。

タマと別れた数百メートル。  

 丁度屋敷から離れて、上手く人気のない場所へと歩いていく。 失血もだいぶ落ち着いてきたが流した量が多いのでこのまま処置を怠れば死は免れないだろう。 そうなる前に、屋敷を出ていく必要があった。

 

 

「あれ・・・!」

 

木の根に足を捕られ前のめりに倒れこむ。 油断した、とテルが起き上がろうとしたが。

 

「まずいな」

 

上体を起こすことが出来ない。全身に力が入らない。 どんよりと瞼が落ちてきて、今にも眠ってしまいそうなくらいの睡魔が襲ってくる。

 

 

・・・・・いかん、いかんぞ。 この屋敷を出るまでは死ぬわけにはいかんのだ。

 

なんとか顔を振って眠気を打倒すると両腕を動かして這うような形で身体を動かすことに成功した。 だが、この動きも連続では続かない。 わずかずつでも前に進むために、テルは休憩を取る事にした。

 

 

「よい、しょっと・・・・」

 

 

近くの木に這うように近づき、根本辺りで仰向けになってから、両腕の力だけで少しずつ、姿勢を変えて五分後には木に背中を預けるような態勢になった。

 

 

限界だな、と足も手も動かな様にテルが舌打ちをした。 もともとオーバーキル状態の身体に鞭を打ってここまで動かしたのだ。 そのツケが今来たのだろう。 

 

もうどこに行こうとか、逃げようとか、そういう気力も起きない。 完全にテルは死が訪れるのを待つだけになってしまった。

 

 

「そーいや、ハヤテは何してんだ? こういう時は駆けつけるもんじゃないのかよぅ、主人公」

 

以前、執事として生活してた時だ。ナギが危機になりハヤテの名を呼ぶと彼は即座に駆けつけて彼女の危機を救った。さながら、疾風(はやて)のように。

 

 

今思えば、完全な超人枠にあった彼をテルが羨ましいと思った事は何度かあった。彼のように気が効いたり、有能であれば自分自身はどれくらい楽に居られただろうか。

 

 

羨ましいと思ってはいたが、彼に対しては嫉妬したことは無かった。 それは彼がテルにとっては数少ない友だったからだ。 もちろん、木原の事も忘れてはいないが高校以外で同じ執事という職を持つ者同士、辛いことも楽しいことも共有してきた仲だったからこそテルはハヤテを友と思っていたのかもしれない。

 

 

そんな彼がこの状況で颯爽と現れてくれるのではないかと、テルは内心期待してしまう。 だが、現実と言うのは常に思い通りにいかないように出来ており、ハヤテがテルの前に現れることは無かった。

 

 

「遅いじゃないか・・・・ハヤテ」

 

瞼の裏で、テルの眼の前にはハヤテが居る。 勿論、本物ではない。 今際のテルが思い浮かべている妄想に過ぎない。

 

「お前が来るまで、生きているつもりだったのに・・・・間に合わないじゃないか」

 

一息ついて、小さく笑う。

 

「疾風(はやて)という大層な渾名に、傷がつくだろう・・・・・」

 

 

 

その時である。 ふとテルの耳に届いた小さな音。 これは地面の草を踏んだような音だ。

誰かが近くに来ている。 その歩を進めて、こちらへと距離を詰めて来ていたのだ。

 

 

誰だろう。 恐らく、ハヤテかもしくはこの屋敷を警備しているSPだろう。 だとしたら不審者として屋敷の方へと連絡が行ってしまうかもしれない。 だが、これから黙って消えようとするテルはそれを善しとしない。

 

 

「すまないが、俺をこのまま放っておいてくれないか。 これから俺は”死ぬ”のではなく”死んでいく”・・・・その過程を結構楽しんでいる所なんだ・・・・・」

 

 邪魔しないでほしい、と謎の人物に告げようとした時だ。 テルの頬に何かが添われる。 それは目を瞑っていてもすぐに”手”だということが分かった。 すべすべとしたような肌障りに、これが女性の物だとテルは驚きを隠せない。

 

 

 

 

まさか。

 

 

 

「お帰りなさい・・・・・テルくん」

 

 

 耳を疑い、眼を見開いたテルはその人物を前にして再び目を数度見開いて見せた。

マリアが、目の前に居たのだ。

 

 

「久しぶりに帰って来たと思ったらこんな怪我して・・・・・どっかで転んだんですか」

 

「俺の事、分かるんですか・・・・・」

 

見た目がまるっきり変わってしまった事にマリアは優しく微笑んで返す。

 

「そりゃあ、ビックリしましたけど。 雰囲気で一発ですよ・・・・どこからどう見ても、私の知ってるテルくんです」

 

そう言うマリアの背後、数メートル先に白い獣、タマの姿がある。 恐らく、タマがマリアをこちらまで誘導したのだろう。 余計なことをしてくれたものだ。

 

 

「私・・・・この前まで命の危機に直面していた身だったんです。 ハヤテくんもナギも皆が悲しんで、どうしようもなくなった時に見た夢があるんです。  

 テルくんが頑張って私を助けようとしてた事を・・・・・もちろん、夢の話だから今どんな内容なのかも曖昧ですけど、きっとテルくんがどこかで身体を張ったんだろうなって」

 

「・・・・・」

 

 テルは思う。 結果的に、過去へと飛び、自分を無かった存在にして、黒羽も救うという未来のテルの目的は果たすことは出来なかった。 だが最終的にマリアを、愛しき者を救うことが出来たことはテルの本懐なのではないだろうか。

 

だったら、後悔することは無いだろう。 むしろ、自分のやって来たことを誇ってもよい。進んできた道を間違っていたと過去の己に言われてきたばかりだ。 テルは自分の人生に答えを得る事が出来たのだろう。

 

最後に取り戻した己の信念が・・・・・この場所までたどり着いた事が、この結末に導いたのではないか。

 

「ありがとう」

 

小さく呟き、マリアが首を傾げる。 テルは霞む視線で言葉を紡ぐ。 

 

「マリアさん、眠いのでちょっとだけ寝させてください。 大丈夫、一時間だけですから・・・・そんで、眠りに入る前に言わせてください」

 

 以前はこの言葉を言いそびれて別れてしまったが、どうにか最後に言い切る事が出来そうだ、とテルはマリアに微笑み、顔を近づけて彼女の耳元で囁く。

 

「――――――」

 

 紡がれた言葉を聞いたマリアはその瞳から一筋の涙を流して、テルを抱きしめた。

 

 

「私もです・・・・私もそうです! ずっとそうだったんです・・・・! だから・・・だから!!」

 

 遠くから数人の人物が走りこんできている。 ハヤテやナギ、見知った者たちも居た。 ここにたどり着くまで数十秒と掛からないだろう。

 

 

 テルが気を失っているのか、そうでないのかを今のマリアに判断する冷静さはない。 ぐったりとしたその様はマリアを一層不安にさせる。

 しかし、マリアが目の前で抱きしめている男はこの上なく、穏やかな顔だったのだ。 

 

 

 

 

 

なぁ、と薄れていく意識の中でテルは問う。 それは未来を打ち負かした過去の己に対してだ。

 

 

 

―――――過去の俺よぅ、お前はお前で、こんな場所に来るんじゃねェぞ・・・・お前なら、未来を越えたお前なら、この結末を変えられる・・・・・そう、信じてる。

 

 

 

 

 一人の苦心と絶望に満ちた男の旅は長い年月を掛けて、今まさに終わりを告げる。 男の求めた物とは違う結果が待っていたが男はその事実に心安らぎ、その荷物を下ろすことが出来た。

 

 

その後、男の行き先を知る者は誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

~FIN~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 どうも、バロックスです。 今回のような一応この作品のエンディングみたいな感じになります。 これからテルくんが辿り着く可能性のある未来です。

 作中でちらっと書いていたように全ての物語を終わりを決定つけるのは最終章の舞台であるギリシャにあります。 そこでのテル君の行動が、未来を変えるとも言って過言ではないくらいです。

しかし、味の悪いバッドに仕上がってしまったかもしれない、と今更ながら後悔。最後にマリアに会うことが出来たのが救いと言うべきか。


まぁ分岐するルートと言っても数は少ないです。 パターンはこのお話を含めて三つになると思います。多分これはバッドかも。


長かった第三章に御付き合いいただき、評価まで頂け、読者の皆様には感謝をしきれません。また、最終章も長くなりそうですが読者の皆様にまた会うことが出来る日をお待ちしております。


 これからは晴らし人を進めていくことにします。 その間にこちらは日常物をいくつか入れていくつもりです。


 では、次回もお楽しみに。



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