ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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ナストラルッ どうしてここに!? 逃げたのか!? まさか自力で脱出を!?
あぁ~あと少しで本当に終わるんじゃァ!!


第134話~笑わないアイツに、笑顔を・・・・・~

 

 白銀拓斗は負けた。

己の全てを賭け、未来を救うために過去の己を亡き者にするために、彼は闘いを挑んだ。 圧倒的な武力を誇る故に負ける事など想定はしていなかった。

 

 だが、弱い頃の己は自身を上回るスピードでこちらを圧倒し、終いには白銀の武器を圧し折ってこちらの腹に必殺の突きを食らわせたのだ。 

 

 

「・・・・・あぁ」

 

 

 全身を貫くような衝撃が走り、身体全体が振動する。 だが、無様に吹き飛ばされるということはしなかった。膝を着いて、脱力したように両腕をだらん、と垂らして嗤うような風が白銀に負けを実感させた。

 

 

「・・・・”オレ”の勝ちだ」

 

 息を切らしながら、立ってるのがやっとであろう過去の己が言う。 そうだとも、彼の勝ちだ。そして、

 

「ああ、そして・・・・”私の”敗北だ」

 

顔を上げて、過去の己ではなく、遠くを見つめるように呟く。 そう自分に言い聞かせながら。

 

 

 

・・・・・もう、終わりだな。

 

 

 敗北を認めた直後、全身から力が抜けていく感覚に襲われた。 眠気のようなものも感じてきている。きっと、残存する魔力が底を着いてこの肉体をこの世界に居座らせることが出来なくなってきているのだろう。

 

 

 自然と、敗北を喫した後だというのに心の内は晴れやかであった。 この場所が薄暗いことが残念だが、その心の内の空は青い空が晴れ渡るかのような清々しさである。

 

 悔しいものではある。 手加減もせず、全力で自分と戦い負けたのだから。 目的も達成できなかった筈なのに、何故自分は満足しているのだろうか。

 

 

―――――俺は絶対に諦めねェ。

 

 恐らく、この言葉を聞き最後の勝負に挑む途中でこう思ったのだろう。恐らく、これが敗北へと繋がったはずだ。

 

 この男なら・・・・この善立 テルならば安心して未来を託せるだろう、と。

 

 

 決して折れない不屈の闘志を宿していたその瞳に自分は未来の自分には無い物を過去の自分に感じた。それがこれがやはらこの世界が自分が居た世界とは全く違うIFの世界だからとか、未来から自分が来た影響で得た強さだとかはこの際、どうでもよい。

 

 

 では、白銀拓斗としての自分の人生はこの世界での事は全く持って無収穫だったのだろうか。

 

 

 未来は変わらない。 つまり、未来で病に倒れているマリアも救う望みが完全に断たれてしまったという訳だ。

客観的に言えば、この戦いで得られる結果は自分にとって全くと言っていいほど無意味だったはずだ。

 

 

 だが、何も無収穫だったわけではない。 この世界で、白銀は過去の自分から得た物。それは決して諦めずに自分で前へと進む強い意志を思い出させたのだ。

 

 

 その想いがあるだけで、もう一度自分は前を向いて歩いていける。 そんな気がした。

そして、思った、彼女・・・・自分の事を待っているかもしれない人のいる世界に帰りたい、と。

 

 

 

 

「お前・・・・消えるのか?」

 

「そうかもな、ただこの現象がどういうものなのか分からん。 普通に死ぬのか、それとも元の場所に戻るのか」

 

「元の場所に、戻れればいいな」

 

「そうだな、俺もそれがいい」

 

 暫くすれば勝手に消えるだろうが微妙な時間が出来てしまっているのが残念だ。だが、こちらはこれ以上何かを出来るような状態でもないので、ただ黙って消える瞬間を待つことにする。

 

だが、白銀は思い出す。 自分の魔力が完全に消えたというこの事態の重大さに。 それは、彼が操っていた使い魔たちの事だ。

 

『キシャァアアア!!』

 

 

「なッ! こいつらいつのまに!!」

 

 

 茂みより数匹の現れたのはテルたちを襲っていた顔が寄生獣のように変形した異形の生物たちだった。 数が少なく、5,6匹だったがこの状態でのテルたちを含めて相手にするのはキツイ状況だ。

 

 

「オイ、お前が呼び出したんだろ。 なんとかしろよ」

 

予想していた通り、隣でテルがそう言うのに対して白銀は腹部を押さえて、首を振った。

 

「悪いがそれは無理だ。 どこぞの誰かさんのせいで魔力が底を尽いて、術者としての能力が無くなりかけている為か、完全にコントロールが出来なくなった。 要約して言うぞ?お前がなんとしろ」

 

「チクショウ、こっちだってギリギリだっつーのに!!」

 

 伊澄の札を使用していたテルにとっては指一本を動かすのも相当疲労を感じる筈だ。だがやらねばならない。やらねば、こちらが殺されてしまう。 ましてやいまだに後ろで気絶してる黒羽が心配だ。一応側にはチビハネが警護している訳だが。

 

『やー・・・・・』

 

気絶している主を護る為にファイティングポーズを取っているが正直頼りない。 

そうこう考えているのも構わずに異形の怪物達がこちらへ迫ってきた。 一斉に飛びかかりテルを鋭利な鉤爪やら牙が襲いかかる。

 

 

「クソッたれめ!」

 

 そう吐き捨てながら撃鉄を真正面から向かってくる一匹の脳天へと振り下ろして見せた。 一撃にしてその身を爆ぜさせて、その怪物は消滅する。 

 

 

 続いて二匹、三匹と仕留めてみせるもそれ以上からは体が動くことを許さなかった。 全身が鉛のようにテルの動作を制限させ、その結果ラストの一匹をテルの横を抜けて走り去っていく。

 

「しまった!」

 

狙いは恐らく、後方にいる二人だろう。 テルには勝てないことを悟ったのだろうか、後ろで一番仕留めやすい標的を優先して狙いだしたのだ。

 

「オイッ! 黒羽を連れて早く逃げろ!!」

 

「逃げらる状態なら、とっくに逃げてるッ」

 

それが出来ないほどに、白銀の状態は良くない。 一人だけ逃がすことは可能だ。 それは勿論、白銀自体であり黒羽を見捨ててたった一人だけ生き延びる事だけは可能なのだ。それくらいの行動力は残っている。 当然そんな方法を取る事は絶対にないが。

 

『ギエェエエエエッッ』

 

白銀は、異形の姿の怪物が自身ではなく黒羽に狙いが言っている事に気付くことが出来た。 一番無防備な相手から狙う事にしたという事だろう。

 

当然、このまま何もしないままでいれば問答無用であの怪物は女であろうと構わなくその刃で黒羽を手に掛けるだろう。 

 

『や―――――!!』

 

 

 震えながらチビハネが叫んでいる。”多分助けて”という意味だろう。

なら、と白銀は動き出す。 勿論、テルと同様白銀の身体も限界に近い。 ダメージによるものか、全身が動けと信号を送っても震えるように動くので精いっぱいだ。

 

だが、それでも諦める訳にも、もう何かを見捨てようとも思わない。この時点で白銀が取るべき行動は一つだった。

 

 

 

「・・・・ん」

 

 微睡の中から目を覚ました黒羽が感じたのは頭痛だった。 気づけば自身は地面に倒れている。 どうしてそうなっていたのかその経緯を考察し始める為に、これまでの出来事を思い出した。

 

たしか、復活したテルとの戦いに巻き込まれまいと白銀に突き飛ばされるまでは覚えている。 つまり、自分は彼に突き飛ばされた直後に頭を打って気絶したという事だろう。

 

 コンクリの地面に頭を打つというのはあまりお奨めするものではないと、黒羽は直に体験して頷いて見せた。 今度はそうなる原因を作ったテルに仕返しとして実験してやろうと思っている。

 

 ならば、そうなる原因となった男たちの戦いはどうなった、と黒羽が周囲を見渡した時だ。 

ふと、地面を見る。 そこには赤い水のようなものがあった。ドロドロとした液体が自身の前に広がっている。最悪服などには着いてはいないがあと起きるのが遅れたらもう少しで付着したところだった。

 

だが、それよりも気になったことがある。 この血が一体”誰の”かということだ。 唐突な出来事ゆえに動揺した黒羽がゆっくりと視線を上げた時、その人物を見て目を見開いた。

 

 

「・・・・・え」

 

視線の先には、異形の爪に貫かれた白銀拓斗の姿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅうううううう・・・・ッッッ!!」

 

 余していたであろう逃走用の余力を使い、一歩を踏み出して怪物の前に立ち塞がり、その身を使い怪物の爪を受け止めた。

 

「オイッ、お前!!」

 

 テルから見ても今の白銀はの身体は異形の爪で身体を貫かれている。 完全に腹部と背中に穴を貫通していたのだ。

 

「は、早くッ! ソイツを寄越せッッ」

 

 肉を完全に断たれながらも、白銀は腹筋と片腕だけで怪物の腕を締め上げては完全に自由を奪っていた。

その最中にテルに向けて白銀が手を伸ばす。

 

それが何を意味しているのか直感で理解したテルは舌打ちしながらも、持っている撃鉄を振りかぶり、

 

「分かってらァ!!」

 

白銀に向けて放り投げた。 縦回転するその鉄棒をしっかりと柄の部分から掴み取ると気合を込めて、異形の脳天へと突き刺した。 

 

『ギャアアアアアッッ』

 

苦痛を現した叫びを上げながら、怪物が消滅していく。 塵となって完全に消失したのを見て、白銀とテルは一気に脱力して膝を着いた。

 

 

ふらふらとしながらも、テルが白銀の方へと近づいていき、彼の姿を見たときテルは自身の歯を食い縛った。

 

「ふ、・・・・そんな目で見るなよ」

 

自嘲気味に笑って見せた白銀の腹部からは血が止まることなく地面へと流れていた。 既に血だまりになっており、誰がどう見ても致命傷だと思うほどの。 絶対に助からない程の出血量だと。

 

 

「俺が納得がいくようにやった結果だからな、後悔は・・・・ない」

 

『やー・・・・』

 

その白銀に守られたチビハネが震えるように白銀の顔を見つめる。 それは神妙な顔つきであり、彼の身体を心配しているようだった。

 

「なんだ、心配しているのか。 はは、参ったな・・・・俺はお前の主人を虐めたから嫌われてると思ってたんだが」

 

 

「・・・・・どうして」

 

『・・・・!!』

 

後ろで目を覚ましていた黒羽の声を聴いたチビハネの身体が一気に硬直する。 身を固まらせた理由は恐らく主である黒羽に自身の正体を知られないようにするためだろう。 正直、もう手遅れかもしれないが。

 

「どうして、私を・・・・助けたんですか」

 

詰るような口調で、そう言う黒羽は震えながら自身の胸の服の一部を掴んだ。

 

「庇わなければ・・・・貴方は助かったかもしれないのに」

 

そう、白銀が黒羽を見捨てて逃げる事に徹すれば彼だけは助かるかもしれなかったのだ。 対して白銀は息を途切れ途切れの息を整えて言葉を作る。

 

「言っただろう。 君の事を蔑ろにしようと思っていたわけではないと・・・・・俺は、君を守る・・・その言葉に偽りはない」

 

「そ、それでも・・・・っ」

 

「黒羽・・・・」

 

テルが目を見開いて驚愕したのは黒羽の表情だった。 テルが見たのは、黒羽の頬を伝う液体、それは涙だ。

この涙には見覚えがある。 伊豆下田でテルと黒羽が戦い、謎空間にて辿り着いたテルはそこで初めて黒羽が涙を流しているのを見たのだ。

 

テルにとっては二回目である。

 

「貴方には・・・・・帰らなきゃいけない、場所が。 ちゃっと会わなきゃいけない人が、いるんじゃ・・・・私なんかの為に、こんな怪我までする必要なんて・・・・・」

 

 悲痛な表情の彼女を見た白銀が思う所があるのか、視線を下げる。気を遣わせてしまった事を申し訳なく思っているのだろう。だが、すぐに顔を上げて、黒羽の頭に手を置く。

 

「何を言ってるんだ。 俺は、無敵なんだぜ? お前に二、三度、刺されても生きるんだ。 これくらいじゃまだくたばりはしないさ・・・・」

 

 

置いていた手を離して、白銀が息をつく。 もう目に見えるくらいに、自身の身体が透過し始めていた。 全身から光がゆっくりと空へと上がっていき、それと同時に透過も進んでいる。 白銀の消失が近い。

 

「実は、お前に頼みがある」

 

 白銀が唐突に告げたその言葉に黒羽も伏していた顔を上げた。

 

「俺が、この世界に来た目的が・・・・もう一つあるんだ」

 

実は、とテルが続ける。

 

「俺、お前が笑う事もないまま死別したことになってるんだ・・・・だから、お前の笑った顔だけ、見たことないんだよ。 いつも、無表情で変化のない顔と泣いたときの顔しか頭にないんだ」

 

「え・・・・?」

 

だから、と白銀が言う。 刺された致命傷の血など気にしないかのような砕けた笑みを黒羽に向けて。

 

「俺が消える前に、笑ってくんねェかなって」

 

 泣いている相手に、無茶な難題だと思う。 だが、自分は未来を変える目的以外で黒羽に笑顔を取り戻させる目的も確かに存在していた。 今際になって何だが、これが一番自分にとって大事な物だったということも思い出したらしい。

 

 黒羽は笑えるだろうか。 今まで、テルにも、他の誰にでさえも感情を露わにしない少女だ。 ましてや笑みを向ける相手は自身が原因で重傷を負った人物、白銀だ。 後悔の気持ちで押しつぶされそうな相手に笑みなど送れるのだろうか。

 

 

だが、

 

 

「・・・・貴方は、やっぱりテルですね」

 

 

テルも、白銀も目を疑った。黒羽は笑っていたのだ。

 

「こんなもので宜しかったら・・・・正直、上手にできているか分かりません。 今までやったことがなかったので・・・・」

 

 満面の笑みというものではない。 涙が一層勢いを増して流れて、顔はぐしゃぐしゃだ。 それでもいつもの気品のある、凛とした美しさを崩さない。 しかしそれはどこか温かく優しく、相手の心を解すような微笑みだった。

 

「大丈夫、最高の笑顔だ・・・・・ありがとう」

 

 満たされるような笑みを浮かべて、白銀の身体が光へと変化していく。 体が完全にその形を維持できなくなってしまったためだろう。

 

「俺にはなんかねぇの?」

 

場違い坊主のテルがそう言うと、彼は軽く鼻で笑って見せた。

 

「お前に感謝の言葉は必要ないだろう・・・・だが、せめて言うなら、お前は”お前の中にある意志”を絶対に見失うな」

 

白銀は真剣な表情でテルを見て続けた。

 

「この先、”どんな事が”起きてもお前はお前の中にある大事な物を絶対に見失うな・・・・・それが出来れば、これから”最後の大勝負”も必ず勝てる・・・・お前なら、俺のような未来に導くことは無い筈だ」

 

最後に彼は一言告げる。 それは完全に姿が消えてしまった後でその場にとどまるような声ではあったがテルにはしっかり聞こえていた。

 

『黒羽を頼むぞ』

 

「・・・・任せろよ」

 

未来から願いを受け取ったテルであった。

 

 

 

 

 




 なんだかんだ、初めて作中で笑った黒羽さんです。 この話を考えてるだけで遊戯王の笑顔ネタが脳裏を過ぎる。 でもクール女子が笑みを浮かべる瞬間がたまらないのです。

駆け足気味にですがこれで黒羽さんに大きな変化が起きると思ってもらえれば。 未来から過去への願いのバトン。テルはゴールに行きつくことが出来るのか。 そして消滅した白銀は何処へ? 


もうちっとだけ、続くんじゃ。

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