ハヤテのごとく!~another combat butler~ 作:バロックス(駄犬
「おい、ハヤテ。 それって嘘じゃねェよな」
『・・・・・・』
遠い未来のある日、テルは日本からの国際電話を受け取っていた。 真夜中である。
これは、善立 テルが白銀拓斗になる以前の事だ。
「冗談って、言ってくれなきゃよ・・・・俺はイヤだぜ?」
『・・・・・』
電話の相手のハヤテは無言のままだが、時折震えるような息遣いが聞こえてくる。 これだけでも彼が嘘を言っているようには聞こえなかった。
きっと季節外れのエイプリルフールでも、ドッキリとかでもなく真実なのだろう。そう思った。
『・・・・あの人は』
重々しくもついに、ハヤテの口が受話器を通して開かれる。
『ほんと、ここ最近まで元気だったんです。 家庭菜園の水やりとか仕事も、率なくこなすのはいつも通りで・・・・・でも数日前に倒れてから、今は家庭菜園もいつもの屋敷での仕事も出来ないほどに弱っています』
「医者は・・・・なんて?」
テルの口からはあまり言いたくはなかった質問だ。 もしこの質問に対する答えをハヤテが持っていたら、彼女の最悪な状況を耳にしてしまうかもしれない。 だがもしも、何事もなくただの過労などで済むような話かもしれないと心の底で期待していたのだ。
『・・・・原因が全く分からないの一点張りです。 お嬢さまも手を尽くして世界中からお抱えの医者を連れていましたがそれでもだめで・・・・分かっている事は衰弱が激しくて、このまま続くようであれば―――』
その先の言葉を言おうとする前に受話器から喉を鳴らす音がテルの耳には聞こえた。 言いづらい物なのだろう。戸惑っているようにも聞こえる。 当然だろう、この話はテルにとっては苦痛以外の何物でもない、それを友人に効かせることをハヤテはしたくないのだ。
「・・・・いえよ、ハヤテ」
だが、そんな事をしても今ある現状が進展する筈もない。 心が摩耗してしまう前にテルはハヤテに対してその内容を教えてもらうように促した。
『・・・・・持って一ヶ月、と』
一瞬の眩暈と共に、テルの視界が歪んだ。 慌てて足場を確認して倒れないように踏みとどまった後で喉に何かが詰まったように息が出来なくなった。
思考も止まる。 瞬きも止まって、まるで血の流れも止まったかのように悪寒が駆け抜けていく。 死んだも同然のような状態だ。
『帰ってきてください・・・・・テルさん』
呆然とするテルに対して、ハヤテが続ける。
『今でもあの人は、テルさんの事を待っていますよ・・・・・こういう時に駆けつけるのが、テルさんの役目じゃないんですか?』
ハヤテの言葉をテルはちゃんと聞いていたが、頭には全然入ってきていなかった。 耳から反対の耳へと言葉が流れて言って、反応する術をテルは失っている。 それほどに動揺していた。
「ちょっと、待ってろ」
『ま、待つって悠長な! 時間が少ないって――――』
怒号にも似たようなハヤテの話が途中なのも構わずテルは受話器を音がたつ位に荒々しく置いた。
電話から手を離して直後に訪れるのは沈黙。 弱風が窓をカタカタと鳴らす音が耳障りに聞こえる。
「なんでだよ」
壁を頭で軽く突いて、膝から崩れ落ちる。 呆然としていた状態から現実へと帰ってきたテルであったが現実を受け入れるにはあまりにも唐突過ぎる、その悲劇。
「なんでマリアさんが・・・・・ッ!!」
未来のテルが過去へと飛ばされる二週間程前の出来事だ。
○
紅い月の下、広場にて金属音がぶつかり合う音が響いていた。 その発生源は二人の男の剣戟だ。
片方、鉄パイプを持つ男、善立 テル。 もう片方は異形な黒い棒を持った白銀拓斗。
二つとも、もともとは同じ名前の撃鉄と言う名の武器だった。
白銀が持つ撃鉄は今は異様な形へと変わっており、ギリシャの旅行以降から今までずっとこの姿となっている。 自分に不思議な力が宿り、人間の枠を超えるような動きをし始めたのもちょうどその頃だ。
同時に、世界がおかしな方向へと向かい始めたこともあり、白銀はこの変貌した撃鉄が自身が受けた呪いの象徴であると推測した。 実際の所は、どうなのか知る由もないが。
そして、己の意地を突き通す為に、二人は武器を振るう。
金属音が二、三度鳴り響いて、お互いの武器が交じり合い二人の距離が一気に縮まりそのまま保たれる。テルと白銀は鍔迫り合いの状態になった。
「オイオイ未来の俺様よぉ、下手すると年下状態の俺に力負けすんじゃねェのかい?」
不敵な笑みを浮かべた男、テルが力任せに足を踏み込んで白銀を押し返そうと必死だ。 対して白銀はテルのこの怪力に驚愕するばかりだ。
「貴様、その力を一体どうやって・・・・・」
白銀には年齢など、鍛錬を重ねていたこともあり純粋な力勝負では負ける事は無いと思っていた。 しかし実際はどうだ。 均衡を保つのが精いっぱいで、一瞬でも気を抜くとテルの方に流れが持ってかれてしまうという予断を許せない状態だ。
「なるほど」
仕掛けはすぐに分かった。 テルの持つ撃鉄という鉄パイプには先ほどまでには無かった札が張られていた。
「伊澄の札の効力か!!」
その気合と共に、テルを押し返して体制を立て直す。 深追いをしてこないテルに対して白銀は悠々と構えなおした。
光の巫女である鷺ノ宮伊澄の札は霊や異形なものに対して絶大な効果を発揮する。 テルが霊や、敵対してた当時の黒羽と戦うことが出来たのは彼女の札があってこそだ。
白銀の身体はもう人間と言う枠から外れてしまっている。 ギリシャで受けた呪いが馴染み過ぎたせいか、身体そのものが変化を起こしてしまった。
目の前でテルの攻撃がこちらに通用してしまっているからこそ分かる。 札は異形以外には効果を示さない、つまりは白銀の身体が異形という枠に収まっているという証拠だ。
「だからこそ分かるぞ、その愚かな戦い方の弱点がな」
「黙ってなって!!」
白銀の言葉を斬り捨てるかの如く、テルが前進。 迷うことなくその改造された鉄パイプを振るう。
だが、それを白銀は受け止めようとはしなかった。 ひたすらテルの攻撃を回避することに専念しだしたのである。
「んなぁろッ!!」
だが、効果があると分かっている攻め手をテルが止める理由は無い。 追撃をかけて白銀に迫るが白銀は常に冷静で、武器を交えるどころか先ほど変わらずひたすら避け続けるだけだ。
「そろそろキツくなってきたんじゃないか?」
見透かすように、白銀が笑う。 その視線の先には片膝を突き、肩で息をするテルが居た。
過去の自分が使用していた戦法、たしかにこれは霊や異形相手には必殺の戦法だ。
だが、この伊澄の札は通常の人間が使用すれば使用者への負担が増える。 札を重ねて使用すれば効果は増えるが、その分負担も倍増する。
今テルが鉄パイプに張っている札は全てで五枚。 伊豆下田で黒羽と戦った三枚貼りよりも二枚多い。当然、タフな男でもその負担は隠せなかったようだ。
「・・・・まだだ!!」
それでも、意地という奴だろうかテルは戦意を喪失することなく白銀へと向かう。だが、白銀にとって今のテルの疲労した後の動作は最初の頃よりも遥かに見切りやすい。
「読みやすいぞ、先ほどよりも!!」
突き出された鉄パイプの先を真上から自身の武器で打撃して撃鉄を地面へと叩きつける。反動でテルの体制が前のめりになった所、喉を目がけてのラリアットが炸裂。
「その程度のドーピングで俺を超えられると思ったか!!」
腕を振り切って、テルの全身をコンクリートへと叩きつけてテルの全身が大きく跳ねた。 トドメを刺さんとばかりにテルの頭部へと白銀が追撃を図る。 だが、転んでもただでは起きないのがこの男、テルだ。
・・・・コイツ、いつの間にッ!
左の服を掴まれていたの気づくが、その頃にはテルが白銀の眼前へと迫っていた。 そのまま繰り出されたのは石頭による頭突き。
「ぐぅ・・・・!!」
鈍い骨と骨との衝突音とともに白銀とテル、両者の身体が揺れる。 数歩ともヨレヨレと下がった白銀が同じ体制で頭を押さえているテルを見据えた。
・・・・おかしい。 奴は俺よりも弱い筈だ。
不意を突かれて、嘔吐という醜悪な姿をさらして、スタンピングで圧倒されたのが過去の自分だ。 それ以前の肉弾戦も白銀は圧倒的な実力差を見せつけている。 今の流れなら伊澄の札の効力を差し引いても白銀が負けるリスクはゼロに等しい。
・・・・なぜ追いつかれようとしている!?”
再びお互いが肉薄し、剣戟が繰り広げられる。 だがその中で白銀が感じ取った先ほどにはない違和感。
それは明らかにテルの手数を防ぎきれなくなっていたことだ。数刻前では有り得なかった筈である。
・・・・限界の筈だ。
伊澄の札の効果とダメージで肉体の負担は限界を超えている筈だ。 常人ならば等の昔にぶっ倒れている筈である。 だが、目の前のテルは死に体とは思えない程に冴え切った太刀筋を見せていた。
こちらの技術を吸収するかのように白銀の太刀筋を見極めては躱し、時には受け止めて隙を見つけては的確に反撃して見せてきた。 未来の技術を見て、体感したテルの急成長というべきか。
だがこの成長は、白銀の勘に障る物だ。
「その領域はッ! お前が否定するべきものじゃないのか善立 テルッッ!!」
本来なら、何十年も後で己が身に着ける筈の領域。 血を流し、痛みを味わい、茨の道を歩むかの如く苦行を乗り越えて辿り着いた”武人”としての境地。
だが、それは”過ち”を起こした己の末路。 悲劇の世界の象徴だ。
未来を否定したならば、この領域にこの男が辿りついてはいけない。 それでこそ白銀と同じになってしまう。そう思い、彼は叫んだのだ。
「そうじゃない」
対するテルは小さく、静かにそう答えた。
○
剣戟を交わす中でテルへと伝わっていくものがあった。 白銀の用いている太刀筋は未来の己が生み出したものなのだろうが、根本的には違う。 元は己の師、神崎百合子の剣術が基本となっている。 だからこそ、過去である自分へと流用できる。
打ち込まれ、撃鉄で受け止めていく度に感じるその一撃の重量は相当鍛えこまれている。 これが未来の自分が辿り着く領域なのだと理解した。 まるで使い古していた刀を再び打ち直すかのように、テルは未来の自分から基本とその戦術をその目に納める。
足の踏込も、打ち込みの角度も、振りぬき方も、手首の使い方も、全身の捻りも、全てを身に着けるべくテルはその一挙一動を肌で感じ、急成長を遂げていた。
「俺はただ」
息を整えて、撃鉄を構え直して未来の自分を睨んだ。
「俺自身に負けたくないだけだ」
他人に負けるのはまだいいかもしれない。 自分よりも実力があって、自分が全力を出したならその結果に満足は出来る。だが、目の前の男は自分自身だ。
白銀拓斗は、絶望して未来を諦めてしまった自分自身だ。 ここで負けを認めてしまうなら、テルは自分自身の今ある意志も、願いも、全てが否定されてしまう。
「俺は”追いつく”んじゃない。 ”追い抜く”んだ。 見てろよ、俺は必ず未来のお前を超えてみせる」
未来を変えるなら、この男が辿り着いた領域よりもその先で己を見失わずに強くなる。
「決して諦めねぇし、そんな未来になんてさせねぇ、俺は俺自身を裏切らねェ、拾えるものはこの手で拾ってやるッ」
「傲慢だッッッ!!!」
「だからッッッ!!!」
互いの気合一閃。 突風が吹き荒れた様に周りの木々が揺れ出して、その後に地面を転がった黒の先端。
テルの一閃は白銀の武器を叩き折っていた。
「さっさと元の世界にィ、引き返しやがれェェェェ!!!」
武器を折られ、呆然としていた白銀の腹部にテルの鉄パイプの一撃が打ち込まれた。
戦闘シーンに何話も使おうにも尺がないからね! ガッツリやりたいけど仕方ないね!
冒頭から察するに、未来テルの世界では過去に跳ぶ前にマリアさんが不治の病にかかり、立て続けに起こっていた不幸から未来テルは自分が間違った選択をしたからマリアさんに不幸が起きたのだと思い、未来を変えるべく奮起するのでありました。
しかしどこぞのエミヤばりの急成長を遂げたテル君により、己の武器がウチクダケーされてしまった白銀君。 果たしてこのまま終わってしまうのかッ。
そしてヒナギクはいまだに空中浮遊の恐怖から抜け出せないままなのか。
Fate最終回を迎える頃にもこちらの章は終わりそうですね。