ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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 やっとこさここまでたどり着いたぜェ・・・長かったッ! マジで。


第130話~邂逅する過去と未来~

「・・・・マズイッ!」

 

 綾崎ハヤテは自分の身に迫る危険に冷や汗を感じていた。 

 

白銀拓斗が消え去った後、先ほどから動きを完全に停止させていた怪物達がゆっくりと動き出したのだ。 殺意むき出しの爪と牙を金切り合わせてハヤテ達に群がるその様はまさしくデンジャーそのもの。

 

しかし、ハヤテ達は動けない理由があった。 一つは拘束されている伊澄とハヤテの頭上に居座る

 

「ひ、羊が一匹・・・二匹、三匹」

 

「ヒナギクさーん! 大丈夫ですかー!」

 

先ほどからこうして呼びかけているがこちらに帰ってくる反応はない。 漏れている言葉から察するに、羊を数えることで現実から逃避しているのだろう。

 

しかし、いずれ空中での足場は消えると未来のテルこと、白銀は言っていた。だから、ハヤテは落ちてくるであろうヒナギクをキャッチしなければならない。

 

 

だがここでハヤテはもう一度思考を巡らせる。 拘束されて動けない伊澄、空中で戦意喪失中のヒナギク、そして動けない自分自身。 周りには殺気丸出しの怪物達。

 

 

「あれ・・・・これってもう詰んでるような」

 

 

将棋なら王手飛車取り、チェスならチェックメイトと宣言できるくらいにハヤテ達の敗北は決定していた。

 

『シャアアアアッッ!!』

 

 

「ちょっと待ってー! ウェイトッ! ウェイトッ!!」

 

怪物達は聞く耳も持たんと言ったように一斉にハヤテに跳びかかる。 どうして敢えてハヤテから狙われるのか、恐らく自身の不幸体質で集中的に狙われるようになったのだろう。

 

 

「も、もう無理・・・・」

 

迫りくる牙と爪にハヤテが死を覚悟した瞬間だった。いつまでも襲ってこず、触れられもしない怪物達が一斉にはじけ飛んだのだ。

 

 

「アイェエエエエエエッッ!!」

 

奇声が木霊し、それと同時に風のような勢いで一人の男が怪物達の頭部を粉砕していく様がハヤテには確認できた。

 

 

 

 

「間に合ったッ! 第三部完ッ!!」

 

右手に義手、その手でサムズアップを掲げた男はなんと木原竜児だった。

 

「木原さん!!」

 

「やけに騒がしいと思って急いで来たらやっぱりお前らだったかッ! 何がどうなってるッ!!

 

現状を確認しながらも、木原は闘争の意志を解除してはいない。 常に周囲を見渡しているかのように周りから迫る怪物たちに応戦していく。

 

だが、自称格闘家である彼に隙はない。 彼を中心にして打倒された怪物で溢れてしまうくらいに、木原竜児の戦闘力は常軌を逸していた。敵を千切っては投げ、千切っては投げるその様は赤子の手を捻るようである。それくらいの余裕だ。

 

 

 

「木原さん、実は―――――」

 

ハヤテは先ほどの木原の問いに答える為に、簡単に説明する。

 

 

「黒羽さんが白銀さんに連れ去られましたッ!」

 

「あぁん!? なんで!?」

 

蹴りを怪物の頭部に叩き込んで撃沈させた木原の声にハヤテは続けて言う。

 

「ここは大丈夫です! 白銀さんを追ってくださいッ!」

 

 

「そういう訳にもいかんのやハヤテ!」

 

倒れている残骸を避けるようにこちらにやって来たのは最近学校に来なかった咲夜だった。ハヤテは相手が本物の咲夜なのかを確認する必要がある。

 

「咲夜さん!? 殺されたんじゃ!?」

 

「残念だったな、トリックだよ・・・・・ってんな事言ってる場合かァ――――ッ!!」

 

「ぶべぇ――――!!」

 

まるで流れるかのようにハヤテの腹部に咲夜のとび蹴りが決まったのを見てハヤテは確信する。 これは間違いなく本物の愛沢咲夜なのだと。

 

「敵が湧いてきやがる。 数も桁違いだ・・・・その状況でお前らを置いていけねェ―――って会長はどこだ!? お前らが来てるんならアイツも居るだろ!?」

 

「・・・・・」

 

ハヤテは首を数度だけ角度を上げて木原に上を向くように促した。 木原は視線の先にいる空中で動けなくなっているヒナギクを見つけると。

 

 

「ドラゴンボールなら日常的な光景だけど、アイツいつからサイヤ人になったの?」

 

「おぅ、伊澄さんがパントマイムやってる人みたく固まってどうしたんや?」

 

「さ、咲夜・・・・冗談を言うのはそこまでにして」

 

カオスになりつつあるこの状況でハヤテは頭を掻いて木原の方を向いた。

 

「えーっと、取り敢えずなんとかしてもらえますか、この状況」

 

周りで便りになりそうなのが実際は木原だけだ。ハヤテは懇願するしかない。 対する木原は特に抵抗といったものは無い、むしろ喜ぶように木原は構える。

 

「任された、別に・・・・アレを全部倒してしまっても構わんだろ?」

 

唐突な死亡フラグを言い放った彼は湧き出てくる怪物達に単騎で挑むのだった。もちろん、突進時の掛け声はというと、

 

「アイェエエエエエッ!!」

 

これであった。 木原の単騎による戦闘が始まり、吹き飛ばされていく怪物達を見ながら、ハヤテは思い、口にする言葉があった。

 

 

「となると・・・・・やっぱり黒羽さんを助ける事が出来る人って」

 

この状況で白銀に向かうことができる人物を浮かべてハヤテは祈るしかなかった。 しかし、彼がこの場所で事情を全て知った上でまだ生きているのなら、おのずと白銀の場所へと向かっている筈である。

 

まるで運命、とハヤテは思う。 決して出会うことのない未来と過去の人物。 その対決は決して不可避な物であり、それを止める術などは存在しない。 仕組まれた戦いのように、物語が進んでいくようだ。

 

 

「テルさん、黒羽さんを頼みますよ」

 

喧騒の最中、どこにいるか分からない執事の事を呟きながらハヤテは両手を広げて空中からヒナギクがいつでも落下しても対応できるように構えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 空が異変を起こしていた。 肌にまとわりつくかのような冷たい風が吹き始め、暗雲が立ち込め、今にも落雷が起きそうなくらいな変化を起こしている。 木々は吹き荒れる風に身をしならせ始め、とにかく落ち着かない、不安定といった状態だ。

 

 

「この遊園地の中心・・・・・でしょうか」

 

赤レンガで出来た噴水のある場所に黒羽舞夜と白銀拓斗はやって来ていた。 ハヤテ達や伊澄から白銀から手を引かせる為に自らを犠牲にした訳だが、一つだけ懸念することがある。

 

・・・・・待機していた怪物達の事を忘れていました。 うっかりです。

 

 

周りにいた怪物達が黒羽たちが消えた後に残ったハヤテ達を襲わない保証はない。 それを確認することを忘れていた黒羽だった。 

 

「安心したまえ、ハヤテ達なら大丈夫だ。 今、とんでもなく”おせっかいな奴ら”がハヤテ達と合流した。 死ぬことはまず無い」

 

こちらの不安をくみ取ったかのような白銀の言葉に一瞬胸を撫で下ろした黒羽である。 

 

「どうして私の考えている事が分かったのですか? NTならぬ、エックスラウンダーの力でもお持ちで?」

 

なぁに、と彼は小さく笑って噴水の縁石に腰を掛ける。

 

「君の表情は腐るほど見てきたつもりでね、ある程度は読み取れるようになったものさ」

 

と言っている彼の表情には焦燥という二文字を表すかのように額から汗が出ていた。 肩で息をするその様は先ほどハヤテ達を圧倒したような勢いを感じさせないほどに衰えている、そう感じた黒羽だった。

 

 

「どこか具合が悪そうですね。 お腹でも下しましたか」

 

もっと気の利いた言葉を掛けられなかったのかと自身を戒めるが白銀は構わないと言ったように小さく笑い、

 

「難しい話じゃない」

 

続けて彼は右手を見る、それはつい先ほど目の当たりにしたであろう彼の身体から溢れ出る砂。

 

「私の存在が消えかけているのだ」

 

 

彼はそう言った。

 

 

 

 

 

 

白銀拓斗は自分の身に起こっているこの事象を分かりやすく説明することにした。それくらいの余裕はまだあるはずであるからである。

 

 

「もともと、私がこの世界に来た時点でこの現象は起きていた。 そうだな、この世界に来たのが一か月ほど前だろうか」

 

痛みというものは感じない。 だが、足元が浮足立つような感覚に襲われてはまた地面に叩きつけられるという状態はひどく気持ち悪いと言い表せれる。

 

「私が先ほどハヤテ達に振るったこの力は無限ではない。 使い続ければ、いずれ枯渇してしまう」

 

「燃料切れと同じものでしょうか」

 

その通りだ、と首を縦に振って見せる。

 

「休めば回復するのだが、この過去ではその力はあまり補充されない。それは何故かと言うとこの時代では回復するための媒体の力が弱すぎるからだ」

 

「媒体?」

 

「植物が水を糧にしてエネルギーを得るように、私も”あるもの”を糧に力を補充している」

 

そのある物とは、と一瞬その言葉を言うのをためらった。 これを言えば、間違いなく批判を食らうのは間違いない。 だが、彼女は知らなければならないのだ。

 

未来の善立 テルが、未来では一体どういう存在なのか。 息を吸い、伊を決して彼は言う。

 

 

「私は回復の媒体としているのは・・・・・”人の死”だ」

 

 

 

 

 

なんとも忌々しい力なのだろうか、と今更ながら白銀は舌打ちをした。

 

「簡単に言えば、人が死ぬことによって私の力は補充されるということだ。 それは数が多ければ多いほど回復する」

 

淡々と述べるが恐ろしいものである。 

 

「この時代では、人があまり死なない・・・・だが、未来の世界では人が多く死ぬのだ」

 

「今でも紛争が起きて、少なからずとも日々死者が出ているような気がしますが」

 

「それとは比べ物にならない。 いいかよく聞け――――これより数十年後、資源の取り合いで戦争が起きるのだ」

 

「戦争?」

 

「そうだ。 それは普段我々が使っている”水”を取り合うための戦争だ・・・・そのせいで多くの人が死ぬことになる」

 

 自身が見てきた未来は、黒羽に説明した通りだった。 今よりも資源を浪費した為に、地下資源に眠る水脈を争って世界ではその水を奪い合うための戦争が各地で勃発。 旅先でテルが巻き込まれたいざこざもすべてはこの水を巡る戦争によるものだった。

 

 

「ペットボトル程度の水が数千円となっててな、これじゃあお湯を沸かしてカップ麺も楽に食えん」

 

「えーっと、一つ質問よろしいでしょうか」

 

「なんだ?」

 

ジト目で手を上げている黒羽にその目を向けると彼女はその手を下して、

 

「貴方は何歳です?」

 

「それを聞くのか?」

 

「たしか前は二十五だとか言ってましたけど、絶対その話を聞く限りだと貴方の言っている年齢が嘘のように聞こえてまして・・・ええ、ハッキリ言えばサバ読んでるでしょう」

 

「何を言う。 私はまだまだぴちぴちの二十代だ。 大人になってもいまだに駄菓子の味が忘れられない、カルメ焼き大好き人間さ」

 

「うわ、ガキくさ」

 

・・・・ストレートだなぁ。

 

もう少し、こう、オブラートに包むことはしないものか、この女は。 と傷心するがそれは考えるだけ無駄なものだ。 目の前の少女、黒羽舞夜とは非常に超ド級の毒舌で、突きこめる場所を見つけたらメリケンサックでボディブロウするくらいにえげつない少女だからだ。

 

 

「あとその喋り方、率直に申しますと結構キモいです。 ”私”、”俺”とか結構あやふやになってるのでちゃんと統一してください」

 

 

なので、追加攻撃もお手の物。 たまらず白銀は苦笑いしてしまう。 なにもそこまで指摘しなくてもいいではないか、と。

 

「ホラ、その、口調が変わってしまうのは・・・・・血沸き肉躍る戦いの中で闇の中に葬った昔の若い時の自分が姿を見せる的な演出・・・・分かるか?」

 

「なるほど、要は厨二全快――――」

 

「やめろォ!」

 

やはりこの女は悪魔だ、鬼だ。とどこぞのソーシャルゲームの事務員の如き恐ろしさを過去に戻ってまで退官することになるとは、と白銀は実感する。

 

 

「フフ・・・・リアクションを見る限り、中身はテルですね、貴方は」

 

表情を崩さずにそう言って、彼女も白銀の隣に腰を掛ける。 

 

ふと横顔を見て、凛としたその佇まい、その姿は過去の自分が何度でも見てそれが人形のようだと勘違いしたのを思い出す。 ナギとは違って、静かな場所で一人ひっそりと暮らす国を追われた貴族。 そのイメージが浮かんでいた。

 

「あの・・・・」

 

そんな事を考えていたからか彼女の言葉に遅れた反応をすると彼女は数秒ほど明けてから、こちらを向かず、ただ下を向いて口を開いていた。

 

「私を救う事に、意味なんてあるのでしょうか」

 

 

 

「伊澄さんから聞きました。 テルを殺す事が、未来で起こる私の死を回避することができるのだと」

 

 操られていた伊澄から聞いた事が本当なのかどうかは黒羽には分からなかった。 途中まで半信半疑で、この人物が未来のテルなのかどうでさえ、疑っていたくらいだ。

 

 だがその疑念を吹き飛ばしていったのは彼と先ほどの会話でのやりとりや、怪物達の攻撃を中断させたりしたのを見て中身がテルだということを黒羽は確信したのだ。

 

「この時代であの善立 テルを殺すということ・・・・それはつまり、未来の貴方を殺すという事」

 

簡単に言えば、存在を消す。 それと同義。 ヒナギクが言っていたように、過去の己が消えるという事は、未来の白銀の存在が無かったことになるのだ。

 

「己の存在を消してまで、私の命を救う・・・・・そんな価値が、この私にはあるのでしょうか」

 

なぜそんな事を聞くのかと、そう思うのは黒羽の中にある己に対する一つの推測だ。

 

 

「私は・・・・・バケモノです」

 

言おうとした時に口が動かなくなったが、なんとか言うことができた。 しかし、自分自身を怪物と認めるというのは意外にも精神的に来るものがある。

 

しかし、伊澄との戦いでの自身が目にしたものを回復や魔法、そんなものを抜きにして説明するならどういうキーワードが浮かんでくるだろうか。 どう考えても己が人の枠から外れた領域にいると考える以外に他はない。

 

「・・・・・」

 

 白銀は黙っていた。 だが、黒羽にとってはなんとしても問いただしておきたいものなのだ。 なぜなら、未来の彼ならば、この時代で一部の人間が隠している自身の秘密を知っている筈である。 過去も、そして未来の事も。

 

「いつ頃気づいた?」

 

返ってくるのは先ほどの自身の言葉を肯定するものだ。 だがそれに動じず、黒羽は返す。

 

「つい先ほど。 ここを訪れる前に・・・・・」

 

そうか、と白銀が予想外と言った表情の後に目を伏して言う。

 

「すまない」

 

「謝るのは、何故です」

 

「君には事情を何も知らせないまま、事を終わらせるつもりだったからな」

 

「ここに私達が居たのに、よくバレないと思いましたね。 その浅はかさも、まさしくテルです」

 

 こちらのちょっとした罵倒に、白銀は小さくため息をつく。 悪態をつくことをしないのはもはや何回も経験したからだろうか。

 

「だが・・・・・何を知りたい」

 

そう切り返してきた白銀に、黒羽の鼓動が脈打つのを感じたが、怖気づくことなく、彼に言う。

 

 

「私に関すること、全てです。 記憶を失う前の事も、私の存在している意味も」

 

 

 初めて、口調が強くなったのを感じてか黒羽は目を閉じてから心を落ち着かせる。 緊張を振り払おうとしたのだろうか。己がまだ心が弱いことを悟った。

 

対する白銀は腕を組んだままだ。 なにか考え込むように目を閉じたままだが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。

 

 

「・・・・・後悔するぞ」

 

「貴方が消える前に、知る事が出来なくなることが一番の後悔になります・・・・それに」

 

間を開けて、言う。

 

 

「いつまでも、逃げていてはいられません」

 

強く、意志を持って告げたのはこの先、聞いた内容に自分が心を折られないように自身を鼓舞するためだ。 どんなえげつない過去、未来の内容にも動じない覚悟を持つ必要があった。

 

「ふぅ・・・・分かったよ」

 

その覚悟が伝わったのか、白銀は肩を竦める。 やれやれといった表情で組んでいた足を外すと上半身を屈めて、両肘を自身の脚に立て手を組んだ。

 

 

「ただ、これだけは覚えていて欲しい・・・・・これを聞いて、どう思い、どう動くかは、君次第だ」

 

 

そう言って、白銀拓斗は語りだした。 『過去』、『未来』に関わる黒羽舞夜の全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 その全てを理解させるに時間が掛かると踏んだ白銀がとったのはいかに要点を押さえて、彼女に伝えるという事だった。 こちらとしては時間がない上に、これからこの時代の善立 テルを始末しなければならない。それを考えての判断だった。

 

 

少しだけ不安である。 マイナスなイメージしか伝えられていないかどうか。 これからの彼女の行く末を暗くしてしまうだけではないかと案じた白銀だったが、

 

 

「なるほど、壮大な・・・・・お話ですね」

 

「意外だ・・・・・正気を保っていられるのか」

 

「フツーでしたら、無理でしょう。 でも、未来のテルが言うのなら・・・・・本当の事なのだと、理解できます」

 

彼女は空を見た。 釣られて見上げたその空には赤い月がある。 妖しく光るその月を見て、黒羽は質素に、いつもの口調で言う。

 

「やはり私は・・・・皆とは、”違う”のですね」

 

「黒羽・・・・」

 

 口調こそ、いつもの黒羽だろう、だが、善立テルの頃に彼女の執事を担当していた己だからこそ、今の彼女の心情を理解できる。 彼女は今、己の事実に驚愕し、その境遇に絶望しかけているのだと。

 

 

今更、嘘だとも言うことは出来ない。 白銀が口にした内容は、全てが現実。 そして、己が変えられなかった未来なのだ。

 

「不思議な力を使える貴方なら・・・・・記憶の方を元に戻すことも出来ますか?」

 

「黒羽・・・・・これ以上は、ダメだ」

 

 心に傷を負った上になお、追い打ちをかけるような事を、自分は出来ない。

確かに、白銀の持つ力を使えば、彼女の記憶を取り戻させる手助けくらいはできるだろう、だがそれをすれば確実に言える事がある。

 

 

「お前の心が、壊れてしまう」

 

「受け入れるつもりではあります。 耐えられればですが」

 

 

・・・・・そこまでしなくても、いいんだよ!

 

 

なぜ、頑なに意気地を張ろうとしているのか。 無理なら無理と言えばいい。 だが、黒羽舞夜はそうすることをしない。 彼女は身を削って、自身を知る事で、前に進もうとしているのだ。 そのためには力強い、誰の言葉にも揺るぐことのない覚悟というものが必要である。 

 

彼女は、既にそれを体現したような存在だったと、白銀は思い知る事となった。 

 

 

・・・・・そんな彼女に『救われた』から、今の俺がいるのか。

 

ならば、と白銀も覚悟を決めた。 彼女の覚悟に答えるかのように、縁石から立ちあがって、黒羽の正面に立って見せる。

 

 

「・・・・ちょっと強引なやり方かもしれん。頭痛がするだろうよ、暫くな」

 

「構いません」

 

そう言った黒羽の頭に、白銀は右の掌を被せるように乗せた。 目を閉じて、自身の力を集中させる。

 

 

人間の記憶が失われた時に戻るのはちょっとしたきっかけが原因だ。 自身に関連する物を見る事が出来たら何でもよい。 結果、それが連鎖して、枝木のように広がっている記憶を呼び起こす要因となる。

 

これから白銀が行う事はそれに似たような事だ。 魔力を直接流し込むことによって、記憶の大部分となっている脳の神経を呼び起こす。

 

 

「―――――あぐッ!」

 

一瞬だけ、弾けた様に手が光ると黒羽の表情が苦痛に歪んだ。 これは痛みを伴う激痛の筈だが、彼女は眉を動かしただけだ。  大の大人でさえ泣き叫ぶであろう痛みに完全に耐えきっている。

 

 

「・・・・はぁ、はぁ」

 

「すぐには戻らない・・・・だが、その時は何かしら体に反応が出る筈だ。 命に別状はないし、安心してほしい・・・」

 

そう告げ、息を切らす彼女の頭を知らずのうちに白銀は撫でていた。

 

「痛いのを・・・・よく頑張った」

 

辛い事をさせてしまったと、白銀に罪悪感が生まれる。 こうやって苦しませるために、自分は未来から過去に来たのではないのだと。

 

 

 

・・・・・俺は、本当は・・・・・俺が見たかったのは。

 

 

 

そう思い、黒羽の頭から手を離そうとした瞬間だった。

 

 

「おい」

 

横から聞こえた声には、確かに殺気が込められていた。 それと同時に、黒羽の頭に伸ばしている自身の腕が何者かに『掴まれて』いるのを、白銀拓斗は認識する。

 

 

 酷く、力強い握り方だった。 腕の肉を潰して、骨も砕かんと込められたその握力、自分はそれに見覚えがある。 いや、もはやその名を問うことも馬鹿らしく思えてならない。

 

「その手を離せ」

 

殺気が一層濃くなった瞬間だった。 人が放つものとは到底思えない動の気に当てられた白銀が腕を振り払い距離を取ろうとしたその刹那である。 最早避ける事かなわぬ剛腕が、白銀の頬を抉り、己の身を数メートル先まで吹き飛ばしていた。

 

 

「俺の主(あるじ)に障るな、元・俺」

 

 

殴った拳を振った執事服の男、善立 テルはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あと何話くらいだろう。 長くなっても五、六話くらいだと思いますが、それくらいでフィニッシュしておきたいと思います。

一応黒羽さんには全ての真相を話した白銀くんですが、その内容については後日に。今後の黒羽さんの態度とかに注目していただければ。

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