ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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バロックス「・・・・・・・」(無言の投稿)


第126話~後始末を任されたのは伊澄~

 鷺ノ宮伊澄は揺さぶられたかのような小さな衝撃に薄目を開けていた。

 

「―――――!! ――――!!」

 

 音が聞こえる。 それは人の声だ。 頭の中は激しい耳鳴りによってその人物の声が上手く聞き取れて入れてない。 目の前の人物の姿を確認すべく、その重たい眼を開くと。

 

「伊澄さん、大丈夫?」

 

「せ、生徒会長さん・・・・あぅ!!」 

 

目の前にヒナギクの顔に驚いて、顔を上げた時に後頭部に固い何かがぶつかった。慌てて背を見て、自分が壁を背にして座っていたのを知る。 勢い余って壁に頭を打ち付けたのだ。

 

「・・・・・あ」

 

頭を打ったのと同時に痛みを感じながら伊澄は思い出していた。 確か自分は自分の家で咲夜とともに居て、遊んでいた。 そこへ白銀拓斗がやって来た。

 

 

――――自身が未来から来た善立 テルだという事を言い放って。

 

 

 

「いったい何が・・・・」

 

自身の身に起こった事を探ろうとそれ以降の事を思い出そうにも、そこから先はぼやけていて全く思い出せず、歯がゆい気持ちから頭を押さえる。

 

「伊澄さん・・・・・悪霊に憑りつかれていたのよ。 黒羽さんを襲い始めて、私も巻き込まれたのだけどもう大丈夫よ。 悪霊は退治したから・・・・」

 

 

「悪霊・・・・?」

 

説明してくれるヒナギクの言葉を聞き、口を開いていた自身の頬に違和感を感じた。 その部分だけ何故か熱を持っていた。 軽くはたかれたかのように腫れ上がっている。 

 

だがその痛みよりも自分のもう一つの違和感に気付いていた。

 

 

「どうしたの?」

 

ヒナギクがその自分の様子を見て不審に思って聞いている。 思わず目を伏せがちになったが伊澄は思いのまま口にした。

 

 

「なぜだか、頭の中でもやもやしていた物がなくなったっていうか・・・・・スッキリしたっていうか・・・なぜでしょう」

 

ああー、と遠い景色を見るようにヒナギクは語った。

 

「ヤンデレの悪霊を追い払ったと同時に伊澄さんの溜まってたストレスも追い払えたのかもしれないわね・・・・」

 

「さすが生徒会長さん・・・・・ありがとうございます」

 

光の巫女が悪霊に憑りつかれてしまうなど大失態だ、と自分の弱い心を戒める。 周りには数々の地面やら壁を抉った後があることから相当自分は力を使用したに違いない。 その危険な自分を救ってくれたヒナギクに伊澄は感謝の言葉を贈った。

 

 

「・・・・・お礼はあの娘に言ってあげた方がいいわよ」

 

 

「え?」

 

と、ヒナギクは視線をちょっとだけ逸らしそれにつられるように自分もその先を追うと、そこには少女が向かってきていた。 それを見て、落ち着いていたバイタルの数値が一気に跳ね上がるのを感じる。

 

「ヒナギクさん、そこら辺の自販機でブラックコーヒーキャプチャーしてきました。 水分補給にどうぞ」

 

「黒羽さん、普通に水でいいから」

 

左手の缶コーヒーを受け取ったヒナギクがこちらにそれを渡してくる。 それを受け取って、起きている状況を理解できぬままその缶コーヒーがホットであったのでその温かさを感じていた。

 

「え、・・・と」

 

何を話したら良いか分からない、宿敵の筈だ。 黒羽が記憶を失っている今では向こうは何も知らないのだが、こちらは忘れてはいない。 彼女がテルにしたことを考えた途端、自分の中で黒い何かが湧きあがってくるのを感じた。

 

 

「伊澄さん、そんな睨んじゃ・・・・」

 

 

こちらの目つきが相当マズイものになっていたのだろう、ヒナギクが慌てて視線を向ける。

 

 

「・・・・・私が嫌われていても仕方のないことです。 ヒナギクさん」

 

目を閉じて、黒羽はそう言う。 彼女が続けてこちらを見る。

 

「この人は、テルを守るために”そうした”。 操られていても、その想いは同じです。 そして私は、その対象となる危険な存在であることを理解しているつもりです」

 

その言葉に驚いたヒナギクが身を固くしたのを伊澄は見る。焦りを感じてる者の顔であった。

 

「そんなこと、ないわよ・・・・」

 

「ならヒナギクさん、私の事を・・・・・知っている事があるなら、全て話してください」

 

「それは・・・・・」

 

 言葉を失ったヒナギクを見て黒羽は”やっぱり”という顔で息を吐く。 ヒナギクが口を止めたのは黒羽が敵であった時の出来事は一切話さないようにとテルから釘を押されていたからだということを伊澄は知っている。

 

「答えられないでしょう・・・・・ですが、いいのです。 知らない方が良いこともあるでしょうから」

 

無表情を装っていても、どこか悲しい雰囲気を纏っている黒羽にヒナギクは何も言えなかった。納得してしまっている彼女を見たら、尚更だ。 

 

記憶を思い出しているようには思えない。 思い出したらもっと別のアクションが起きる筈だ。 それもなく、ただ冷静に語る黒羽を見て、伊澄は考察する。 彼女は、自分には得体の知れない何かがあることを察してしまったのだろう。

 

「・・・・ッ!! 黒羽さん、その手ッッ!!」

 

 ヒナギクの悲鳴のような声に、伊澄が彼女の手を見る。 今までは表情しか見ていなかったが今見ると、黒羽の手から赤い滴が地面へと垂れていた。

 

 

「・・・・何も、ないです」

 

「なにが”何も”よ!! ちょっと見せなさい!!」

 

慌てて後ろに隠した右手をヒナギクが掴んだ瞬間だ。 黒羽の顔が歪む。 明らかに”痛み”に対しての反応。

 

 

「――――――!!」

 

晒されたその手を目にしたヒナギクは絶句した。 やがて息を呑んで怒りに似た様に肩を震わせ、

 

「何もなくないじゃないッッ」

 

真っ赤な血で染まっている黒羽の手にヒナギクは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

黒羽舞夜はもう隠し通すことはできないこの怪我をいまだにどうやってギャグでカモフラージュするかという思考を巡らせていた。

 

 

・・・・・さてどうしたものか。

 

 

正直、半分ノリでやってしまった作戦だけに、リスクのことなどは全く考えていなかった。まさか伊澄を殴った後、その衝撃でこちらの腕が傷を負ってしまうとは。

 

ざっくり言ってしまえば、右手の傷は裂傷だ。 伊澄を頬に全力グーパンした瞬間、右手に強烈な衝撃を感じた。 札の秘められたパワーに右手が耐えきれなくて弾けたのだろうか、と推測する。

 

 

「実は私、未来から来たターミネーターです。 この手、実は人工皮膚で出来ていて皮を剥ぐと金属の骨組みが出てきます」

 

 

と、血が溢れている皮膚の割れ目に手をかけてみるとヒナギクが慌てて飛んできた。

 

「ギャ――――――――!! やめて―――――!! 痛いコトしないでェ―――!!」

 

自分が別にやられるわけではないのだから、と思った黒羽だがヒナギクは優しい。 多分、自分よりも他人が痛い思いをする事が耐えられないのだろう。 歩いているだけでもかなり辛い状況だ。

 

 

「まったく、冗談が通じない相手で困ります」

 

「びょ、病院! レッツゴーホスピタルッ! 急患よ! ああ黒羽さん、葱を首に巻かないと!!」

 

「葱を首に巻くのは風邪をひいた時くらいです。 落ち着きましょう、ヒナギクさん」

 

慌てふためいている生徒会長ヒナギクの姿はなかなか見られないレアなものだから写真か動画に収めたいがこの手ではどうしようもない。 正直、腕を動かすのも億劫になるくらいだ。 歩いているときの空気抵抗を感じるだけでも激痛だ。 

 

「やっぱ生身で伊澄さんの札を使うのは無理があったのよ! そこはやっぱ身体を張るテルくんじゃなきゃ!」

 

 

本当にどうしたものか、と黒羽が悩んだ時だった。

 

 

「あ、ああ・・・・・」

 

小さく呻く声が聞こえ、視線を移すとそこには涙目の伊澄の姿があった。

 

 

 

 

ある程度、この冷静な状態の頭で察しはついた。 ヒナギクと黒羽の会話のやり取りの少ない状況や、自身が置かれていた状況からしてそれは可能だ。

 

だが、あまりにも痛烈な真実だから、自身は受け入れがたい。 

 

 

・・・・・私が操られて、二人を襲って、あの人が・・・・・私を止めるためにあんな怪我を。

 

鷺ノ宮の退魔の札を使用したのを知って、背筋が凍る。 普段の妖怪退治でも使用しているがその威力は遠くから札を投げている自分でさえも取扱いに気を付けなければと思わされる威力だ。

 

それをテルのように武器に付着させて殴るならともかく、彼女は生身の手で行ったのだ。 武器を媒介にすることで術者へかかる負担を和らげるのだが、その媒介手段もなければそのリスクは全て黒羽の身体に集中する。 危険じゃないはずがない。 頬の痛みの理由を理解して、また伊澄は言葉を失った。

 

 

・・・・・どうして、どうして私なんかを。

 

 

 助けたのか。 その疑念が頭を過る。

高尾山から、黒羽に自分はキツい当たり方をしてきてしまっていた。 彼女を人とすら見ず、テルを傷つけた化け物、妖怪と同じ類の存在だと決めていた。 こちらとしては逆に恨まれても仕方がない筈だ。 助けられる動議など無い、筈なのに。

 

 

 彼女は、黒羽舞夜は右手を犠牲にしてまで自分を元に戻してくれた。 もし助けた後だとしても、また自分がこれまでのようにキツイ接し方をするかもしれないとういうのにだ。

 

 

「・・・・ごめん、な、さい」

 

やっと口にした言葉がそれだ。もっと他に言う言葉があるはずだと分かっているのに、それしか口にすることができない。

 

 

術式八葉は誰かを守るための力にすると過去の反省から自分は学んで今日を生きてきた。 自分勝手な力の振る舞いは、自分の大切な人でさえも本人の意思に関係なく傷つけてしまうからだ。

 

だが、自分はまた同じ過ちを繰り返してしまった。 悔しさと後悔に伊澄は涙を流す。

 

「ごめんなさい・・・・」

 

本当にそれしか言えない。 目を覆って、思う。 自分は最低な人間だと。 光の巫女の資格など、人を守る資格など無いのだと。

 

暫くして、重苦しい雰囲気が続く中目を伏せていた自分のもとに歩み寄る足音が聞こえる。 数歩ほど歩いたと思うと、伊澄の頭に手が乗っけられた。

 

「伊澄さん」

 

その声を聴いて、ヒナギクではなく黒羽であることを確信した時、自身の身体がビクッ、と跳ねる。 今までの仕打ちを考えて、無事に済むとは考えられない。 

 

殴られても、文句は言えない。 罵声を浴びせられても受け入れるしかない。 そう思っていた。

 

 

「大丈夫」

 

 優しい声が聞こえた。 

 

「私は・・・・大丈夫だから」

 

 安心させてくれるような声に、一瞬だけ心が軽くなるのを感じるが自責の念がすぐにこちらの感情を支配する。

だが、その支配から守るかのように、黒羽はこちらの頭を撫で始めた。

 

 

「全てはテルを、貴女が大切な人を守ろうとして行ってきた事。 その想いは間違っていないはずです」

 

撫でるのを続けて、彼女は言う。

 

 

「痛みがあった筈です。 失うということに・・・・・私も、貴女やテルたちのお蔭でそれを知ることが出来ました。 それに、私もお返しとばかりに貴女をぶん殴りました。 お相子ですよ」

 

「許してくれるのですか・・・・?」

 

「許すも何も・・・・」

 

顔を上げて見た黒羽の顔はいつものように静かで凛としていた。 そのままの状態を維持したまま彼女は言う。

 

 

「悪いのは全てテルです」

 

「・・・・」

 

唐突なその言葉に伊澄は硬直した。

 

「こんな可愛い子を悩ませる原因を作った諸悪の根源はあの男です。 まったく、とんでもないクソ野郎ですね。橋の上に呼び出して突き落としたいくらいの気分ですよ」

 

隣でこちらの光景を見ていたヒナギクも目を点にしている。真顔の黒羽には冗談を言っているようには見えない。

 

「どうでしょうヒナギクさん、伊澄さん。 女子たちで社会的にテルを抹殺する会でも作りませんか。 ゆっくりと彼の精神をいたぶって、ヒロインズの重要性を理解させてやるのです。 そうですね、手始めに下駄箱と机の中に粗大ごみを詰め込んで、トイレ中は上から冷水、お弁当箱にはカエルを乗っけてやって、机と椅子を教室の窓から投げ捨てて”おヌシの席ねーから”と言い放ってやりましょう・・・・・これがレベル1」

 

「マックスッ! 初回からレベルマックスのハードさですけど黒羽さん!!」

 

ヒナギクが見事なツッコミを披露してくれている。 

 

「ですが、テル様を貶めようならこの私が・・・・・」

 

「そうです、その意気です。 そのくらい頑固な方が貴女らしい」

 

煽っているのか、元気づけているのか分からないが先ほどよりも気持ち的には大分マシになった気分だ。

 

「余計なお世話です・・・・手を」

 

「・・・・?」

 

言われるがままに差し出してきた黒羽の右手を痛めないように慎重にとると青白い光がその手に降り注いでいく。 伊澄の霊力を使用した治療術だ。

 

「・・・・ホイミ?」

 

首を傾げる黒羽。 自分の手の傷がみるみる塞がっていくのをみれば、驚くのは無理はないだろう。 こっちとしてはホイミよりも、べホマクラスの回復呪文だと思うが。

すると目上の黒羽が一息ついて、こちらに対して小声で言った。

 

「・・・・私が”私で無くなった時”は、どうぞ私を殺してください」

 

その一言に、耳を疑った。 

 

「その時はテルの指示も聞かず、貴女の判断で。 今日のように、直接包丁でぶっさしてきても構いません」

 

 

・・・・・え、私そんな事をしてたの。

 

 

突然の事実に横からぶん殴られたかのような衝撃を感じになる。 よもや、そんな蛮行を彼女に対して行っていたとは。 今更だが罪の意識が倍増した。

 

「ですが、その間にも・・・出来ればこれまでの事などは考えず、貴女と・・・・伊澄さんの事を知れれば、と」

 

少し途切れ途切れになるも言い終えたその言葉に考える。若干気恥ずかしさを感じた気がしたが、

 

・・・・・お知り合い、またはお友達になろうという事でしょうか。

 

 

呆れた、というのが率直な感想だった。 自分を殺そうとした相手を許した挙句、何故に友達になろうなどと言うだろうか。 しかもその条件を呑んで友達になった上で問題が起きたら始末を頼むと来たもんだ。

 

・・・・・ナギの漫画の展開で言うならば、闇落ちした敵を倒すのは真の友と呼べるべき相手。

 

 

要は”アイツを倒すのはこの俺”、というどこぞの超惑星の王子のツンデレ的台詞だが。そこまでこちらを信用するのはなぜだろうか。

 

 

「なぜ、私にその役を? 信用に値する人物でしょうか」

 

思った事をそのまま口にした。 すると黒羽は、

 

「値します」

 

言い切った。

 

 

「テルが信頼している貴女なら」

 

 

それだけで信じてしまうのもまた変な話だ。 目の前の相手が憎き宿敵ならば、周りのことなど目も暮れない行動へと走る。それは今回の事で分かったはずだ。

 

「勝手ですよ」

 

しかし、目線の先。 黒羽の顔は覚悟を決めている顔だ。多分、自分やヒナギクがどう言っても考えを曲げる人ではないだろう。頑固な人だ。

 

 

「任せてください。 その時は――――ちゃんと役目を果たしますから」

 

「ありがとうございます」

 

本当に感謝を表すように頭を下げた彼女の決意に揺るぎは無いらしい。

 

 

・・・・・彼女の事を、ちゃんと知らなくては。

 

 心の内を、自分がしっかりと理解しなくてはならない。思い込みだけでの理解では、黒羽舞夜の良い部分はまったく曇って見えなくなるからだ。だが、出来るのだろうか、と同時に自問自答する。

 

 

・・・・・多分これからもこの人はテル様と。

 

 

一緒に居るのだろう。 主と、それに仕える主として、世話係として。 いつまでかは分からない。 当然、永遠というそんな物は無い筈だ。 だが、テルが高校に在学中はその主従関係は続く。

その光景を見て、また嫌な気持ちが湧くのを自分は抑えられるのだろうか。 

 

 

 

 





 なんか調子乗ってたら一話出来上がっちゃったよ。 結構早目に上がったので今のうちに投稿しておきます。

これにて、一応和解(仮)ということになります。 後始末係を任された伊澄さんですが、この関係はシリーズラストまでしっかりと残しておいてちゃんと回収する予定です。



実はここで伊澄さんがテルから黒羽さんに心奪われ、黒羽さんの白皇学院でのお姉様ENDルートが存在していました。 この作品の分岐ENDの候補だったり。

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