ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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長らくお待たせしました。 自己最高文字数で、読みにくいと思いますが休憩しながら読んでいってください。


第116話~王様、ひとり暮らしに苦しむ~

―――愛沢家、テルの部屋にて。

 

 

「よし、いけっ もう少しだ・・・おせっ おせっ!」

 

机に座り、何かと向き合っているテルが両手を握って何かを見守っている。

 

『やー やー』

 

その目先に存在しているのは、いつぞやに三千院家に転がり込んできた黒羽のミニバージョン、チビハネだ。両手で自分よりも大きなボールペンを持ち、必死に何かを書いている。

 

 

「さぁ、いけっ! 望めっ! 欲望っ 渇望っ お前だったら何でもできる!!」

 

『やーッッッ』

 

ぎこちない動きで紙の上でボールペンを動かしながらチビハネは気合一閃、ペンを振るう。 だが勢い余ってチビハネはすっ転んで紙が宙を舞ってしまう。 

 

「こ、これはッッ」

 

舞った紙を掴んだテルが手を震わした。 そこにはとても崩れて汚かったが読める程度の文字が書かれていたのだ。

 

 

「できた――――ッ!!」

 

『ヤ――――――ッ!!』

 

紙を投げ捨てて、テルとチビハネが歓喜の雄叫びを挙げる。 『なたでここ』と書かれていた紙を拾い上げてもう一度眺めながらチビハネにテルは言うのだ。

 

「苦闘72時間ッ よくぞここまで成長したッ お前は遂に平仮名をマスターしたのだッッ」

 

『やーッ』

 

小さい体でガッツポーズを表しながら、チビハネは紙に再び何かを書き込んで見せた。 今度はさっきよりもマシな文体で

 

『やったぜ。』

 

と、書かれている。

 

 

「うん、うん。 俺もお前に教えた甲斐があったってもんだ。 これで伝えたいことがあったら俺にこうやって教えることができるからなァ」

 

 そう、全てはテルが提案して実行したこと。 まず、なぜチビハネがテルのいる愛沢家へとやって来たのか。それは黒羽がテルにカレーを届けに来た時にバスケットの中に潜んでいたのだ。 元々、チビハネの存在は一度見た黒羽だけだ。 目撃情報が少ないだけに移動することは容易であった。

 

 突然現れたチビハネにテルはこう思った。

 

―――そうだ。文字を教えよう。

 

もうなんか京都へ行こう的なノリでそんな計画を実行したのだが、これには理由があった。 この先、白銀は黒羽やテルに対して何か行動を起こしてくるものだと考える。 ならばその時のために、偵察した情報をテルに教えることができるようにその手段を得なければならない。 黒羽の言葉は『やー』という言葉だけしか分からない、だが、書いた文字ならテルにも理解できる。 

 

だが、この計画は前途多難を極めた。 文字を教えようにもチビハネも結構めんどくさがり屋で難しいことは投げ出したり、持っていたペンでテルの手を刺して来たこともあった。

 

だが、その苦難を乗り越えたチビハネとテルは文字を教えあった仲間として熱い友情で結ばれたのだッ。

 

「おーおーおー! コイツめぇ、この前までは思いっきりペンをブッ刺していた可愛くねぇ野郎だったくせにィ こんなに賢くなりやがってぇ 子供が成長することに感動する親の気持ちが分かったぜ」

 

机の上で胸を張っているチビハネに人差し指で頭を撫でながらチビハネは更にペンを動かした。

 

『成し遂げたぜ。』

 

「全くだ! 今日はお前の為にケーキでも何でも食わせてやるからなぁ 嬉しいだろ? ハヤテに1000円払って作らせた極上のショートケーキだ! 腹が膨れるまで食いやがれ!」

 

どこからか持ってきたのか、机の下からワンホールのケーキを取り出してチビハネは目を輝かせる。 しかし、ハヤテにとって素材料など制作費については大赤字なのは確かだ。

 

「あーお前は可愛いなぁオイ! お前と遂に対話が出来る時が来たんだよなぁ 無理な争いを通さなくても互の言葉を伝えることができるモノ、それは『文字』ッ それを得ることができたお前はもはや我が『生涯の友よ』ッ」

 

両手でチビハネを抱えていた時だ。 不意に、テルのドアにノックが掛かる。 だが、当然歓喜の悦に浸っている彼らにその音が聞こえるはずがない。 

 

 

「テル―――――」

 

という、小さな声を聞いてテルは固まった。 チビハネを両手に抱えたまま、ゆっくりと振り向く。 そこに居たのはひとりの少女だった。

 

 

――――顔を青ざめさせた咲夜が。

 

 

「テル・・・あのな? ウチ、見てしまってん」

 

「み、見たって、何を?」

 

テルは笑顔だが、明らかに挙動がおかしい。 額からは汗があふれて足が震えている。 咲夜もテルの顔を見てはいない。

 

「その、いくら話相手が居なかったからって・・・人形相手にするのはどう、なん?」

 

「いや、違―――」

 

「すまん」

 

テルが誤解を解こうとしたとき、咲夜によって遮られた。

 

「ウチは知らんかったんや。 ここまでこの研修がテルにとって辛いものだったなんて・・・そこまで心の方が疲れていたんか」

 

「話を―――」

 

なんとかしようと考えるテルだが、ここでチビハネを通して誤解を解こうとしても、当のチビハネが完全に固まって人形モードに入っている。 

 

「お前の身を預かる主として申し訳ない・・・今日はもう、休んでええんやで? ハルさんとか国枝たちにも言っとくから・・・」

 

にっこりと笑った咲夜の表情は慈愛に満ちていた。 だがその慈愛に溢れた笑顔が、今のテルには辛い。 地獄すら感じる。

 

「それから・・・」

 

と、そう言って咲夜はゆっくりと砕けたような笑みで扉を開けて言うのだ。

 

「なんか辛いことがあったら無理しなくてもええんや。 相談だったらほら、伊澄さんとか喜んで助けてくれるで? 話し相手だったら・・・いつでもウチがおるさかい」

 

手を振って部屋から出て行った咲夜を見送って数十秒。 部屋には静寂に包まれていた。

 

チビハネが誰もいなくなったのをいい事にすぐさまテルの手から抜け出して机の上にあるワンホールケーキにかぶりつく。

 

『ああ~ たまらねぇぜ。』

 

という感想が書かれた紙を投げて、そのままテルの顔に張り付く。 テルは放心状態で口元を引きつらせながら呟いた。

 

 

「どんどん俺の株が落ちていく・・・たまげたなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、咲夜のヤロー。 いらねぇ誤解を作りやがって・・・」

 

翌日、白皇学院へ登校していた。 これまでの仕事に押された疲れなどはない。 むしろ、あの後本当に時間が取れて眠る暇が出来てしまったくらいだ。

 

「あの後はハルさんとか国枝とか色々な人たちから差し入れもらったな・・・殆ど栄養剤とか滋養系のものばっかりだったけど」

 

ついでに言うと、殆どの使用人たちのテルを見る目が可哀想な捨て犬を見るような目であったそうだ。

 

 

『新しい特技が増えて良かったです。 これも私のおかげですね、感謝するですよ?』

 

「何言ってるか分かんねぇぞ。 つか、なんで着いてきてんだお前」

 

執事服の胸ポケットから顔を出したチビハネにテルが問うが、相変わらず『やー』としか返せず。

 

「見つかったら面倒だから、あんま顔出してくるなよ。 もし広いところ行きたかったらここら辺の庭で遊んどけ、広すぎるからあまり遠くに行くなよ?」

 

『言われなくても分かってるです!』

 

『やー』という声と一緒にチビハネはポケットの中に潜り込んだ。 気づけばもう教室も目の前だ。 テルは気を取り直して、昨日の苦い思い出を忘れようと扉を開けた。

 

 

 

「テルさん!」

 

扉を開けた瞬間、ナギやハヤテ、黒羽の面々が見えた途端にハヤテがこちらへ歩み寄り、肩を掴んできた。

 

「テルさん、正気に戻ってくださいッ 一ヶ月後にマリアさんに会うんでしょッ こんな所で心を壊しちゃダメです!!」

 

昨日の話を忘れていたかったのに、すぐさま思い出されたテルはハヤテの頭を鷲掴みして力強く握った。

 

「オイ、お前は人の傷口をえぐるのが趣味なのか? 趣味なんだろ?」

 

「テル・・・」

 

と、ハヤテが黙らせることはできたが今度はナギがこちらへやって来た、当然昨日の咲夜のような悲しそうな人を見るような目で。

 

「私も・・ちょっとキツく言いすぎた部分があった。 でもこれは一応お前の為を思っていったことだったんだ・・・まさかお前がそこまで追い込まれてたなんて」

 

「いや、俺は別に」

 

 

まさか、とナギは加えて言うのだ。

 

「人形と毎日会話しまくるという心を病んだ痛い人になっていたなんてッ」

 

お嬢さま、とハヤテが涙を流しているナギにハンカチを渡す。

 

「労働体制が悪いんです。 決してお嬢様が悪いんじゃないんですよ。 一人の若者の体力をいいように使って人形とお話してしまうほど追い込んで人として手遅れにしてしまうこの労働体制がッ」

 

 

・・・なんだろう。心配されて、いるような感じがするけどその一方で、圧倒的誤解から生まれているこの・・・・・・屈辱感?

 

 

だから、とナギが涙を拭ってテルに言った。

 

「これからはお前がまっとうな人間に更生できるように三千院家を総動員させて治療をしていくつもりだ。 さっそくだけど、三千院家御用達の病院に入院させたいからお前の保険証を用意してくれ」

 

「ああいいぜ。 俺はこんな最高の主の元で働けて幸せ・・・・なんて言うと思ったか馬鹿ッ! 紙芝居みたいな速度で話を進めていくんじゃあねぇ――――!!」

 

扉を強い力で閉めたテルは奇妙な冒険たちの主人公のように異質なポーズを取りながらハヤテたちを指差した。

 

「さっきから人を精神を病んだだの、やれ人形と話す趣味を身につけただの、有りもしない嘘をいつまでも喋ってんじゃねぇ!! 俺はノーマルだッ 至って正常だッ」

 

背景に大きな効果音が付きそうな剣幕で怒鳴るテルに一同唖然。 すると、ナギの声と一緒にハヤテと黒羽が円陣を組み始めた。

 

「なぁ、どう思う?」

 

出来るだけ周囲に聞こえる程度の小声で言うナギは他二名に問う。 するとハヤテが少ない動作で低く手を上げた。

 

「ここは変に刺激しないほうが宜しいかと。 咲夜さんが言っていた事がいつもの冗談だったって可能性もありますから」

 

「そうかぁ? 咲夜のヤツ、冗談の割には迫真の声だったぞ? 『そろそろアイツ本当ヤバイねん。 人間ドックでもタミフル治療でもなんでも良いからアイツを助けてくれ』って言ってたしな」

 

それでしたら、と今度は黒羽が小さく手をあげた。

 

「黙って見守るという方向でどうでしょう・・・それでも全面的に信用しないという方向で。 今後の展開的に、テルは必ずボロを出すはずです。 その時に我々が証拠を抑えて、突きつけてやれば合法的でしかも本人も言い逃れできない状態にしてから病院送りにできます。 何も無かったら万事オールオッケーということで」

 

了解した、という合図をするように首を縦に小さく動かして一同は円陣を解いた。

 

 

「いやぁ、僕も大丈夫だと思ってましたよ? テルさんはタフですから、咲夜さんも人が悪いですねー」

 

「うむ。 私は信じておったぞ 一度もお前を疑ったことなどない」

 

「同じく」

 

「なんつー棒読みだ貴様らッ」

 

あからさまな演技のかかったやり取りに違和感を感じずにはいられなかったテルだが、とり合えず場は収まったというべきだろう。 落ち着くべく、自身の席に座ってこう思うのである。

 

・・・そういえば、王様新しくバイトとアパート見つけたって話だけど、どうしてんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 白皇学院の三年教室はいつにもなく静寂に包まれている。 静寂といってもまだ朝という事もあり、生徒自体が少ない。 それに登校している生徒も皆、三年生の為か真面目な者は教科書やノート、参考書、問題集を積んで朝から勉強に励んでいる者もいるのだ。

 

だが、この教室の生徒たちが静寂を保ったまま勉強などに励めているのはある事が原因であった。

 

 

「ゆ、唯子さん見てください。 千里くんが机に突っ伏して居眠りをしていますよ」

 

「うむ。 熊が冬眠するかの如く、ぐっすりだ。 このまま永遠に眠っていてもらいたいものだが」

 

と、教室に入った途端にその異様な光景を見た唯子とその書記が淡々とその状況を述べた。 

 

「まぁいつもこの時間帯から二人とも喧嘩始めますからねー。 その喧騒で生徒が今日のように勉強できなくなる事が多くて苦情を貰っていたわけなんですけど」

 

乙葉千里と奈津美唯子は簡単に説明すると『犬猿の仲』だ。 顔を合わせればどこでも喧嘩を始め、窓を割るなり壁に穴を空けたりと全校で有名だ。 

 

「というか、唯子さんもそろそろ『こういった遊び』も控えたほうがいいですよ。 内申に絶対響きますって」

 

何を今更、と唯子は書記の言葉に不敵に笑う。

 

 

「自由奔放に生きてこその学園生活。 この馬鹿騒ぎを起こしたくらいで人生損するならそれまでの人生だったって訳だ。 私は楽しさを奪われるのが最も忌み嫌うものだからな」

 

「え? 千里さんとの喧嘩が楽しいという意味で?」

 

書記が考えるその唯子の発言の意味は千里と結子の関係が変化のことだろう。 最初は本気で苦手だった相手を拳と拳で語るうちに恋に落ちてしまったとか、漫画なら充分ありえる話に一人期待する書記だが。

 

 

「うむ楽しいぞ。 この男をどうやって犬のように躾てやることが出来るのか。 私の足元にひれ伏して、その頭を踏んづける姿を早く実現させたいと考えると・・・もう楽しくてショウガナイッ」

 

うわー、と書記は目を輝かせている唯子に口元を引きつらせる。

 

・・・なんでここの表情はすっごい乙女なんだろ。

 

と、乙女なのか女王になりたいのか分からなくなる唯子だ。 今だって既にバッグから色々と物を木の棒やらマジックペンなど取り出して、喧嘩売る気満々である。

 

「どうだ書記くん。 君の隠れたSっ気を見込んで鞭を渡そうと思う。 これでアイツの背中を叩いてやるといい。 ちなみに鞭の先端は叩いた時の衝撃はマッハを超えるそうだ」

 

「わーなにそれ楽しそう・・・って何言わせる気ですか! 唯子さん一人でやってください。 私まで喧嘩の対象に巻き込まれるのは嫌でーす」

 

両手をばってんにして拒否反応を見せた書記に対して唯子はやれやれと言った表情で了解したのか、持っていた鞭をぽいっとゴミ箱に。

 

 

「では、小手調べに猫じゃらしで」

 

「彼は猫ですか?」

 

書記のツッコミをスルーし、唯子はニヤニヤとしながら左手に持った猫じゃらしを千里の顔付近へと近づけていく。

 

最初は無難に頭だ。 ここなら髪の毛が邪魔になって直接猫じゃらしのくすぐりを感じとる事はない。

 

次はちょっと場所を変えて首だ。 ここはさっきよりも肌が見えているので敏感な人ならすぐ気付く。

 

 

「・・・・」

 

「おっ?」

 

案の定、一瞬だけ巨体が動いた。 

 

 

ならば次は耳だ、と千里の前に立った唯子はひっそりと猫じゃらしを耳へと近づける。 先端が耳に触れた、その時だった。

 

「あっ・・・」

 

と、書記の声がポツリと出る。 

 

 

「なんのつもりだ?」

 

顔を伏したまま、千里が言うと唯子も黙らずに言った。

 

「それはこっちの台詞だ・・・手を離さないか」

 

唯子の猫じゃらしを持つ腕を掴んでいるのは千里の大きな手だった。 しっかりと掴まれたことにより、唯子は動かすことができない。 だがそんな事は問題ではない。 そのような事は、彼女にとってはどうでも良いことなのだ。 

 

「俺は今、休息中だ。 見逃してやるからどこかへ行け」

 

問題なのは、彼が圧倒的に拒否の言葉をこちらに向けて発していることだ。 いつもなら直様に立ち上がって拳一つでも向けてくるものだが、その気配もない。

 

「嫌だと言ったらどうする?」

 

試しに煽ってみても

 

「・・・勝手にすればいい」

 

 流されてしまう。 こんな態度を取られては、別の意味で唯子の苛立ちが頂点を迎えるだろう。 誰もがこの教室がまた戦場になることを予想していた。

 

だが、それが現実になることはなかった。彼女は見たのである。

 

 

「分かった・・・」

 

彼の、千里の目元についていた隈と疲れきった表情を。 

 

「ふん」

 

と、納得した唯子を開放すべく、千里が彼女の手を話したその時だった。

 

「ふんッ」

 

「ごっ!! な、何をするか貴様ァ!!」

 

唯子の気合と共に何かが振り下ろされ、思い一撃が千里に打ち下ろされる。 耐えられなかったか千里が起き上がると唯子はこちらに背を向けたまま言うのだ。

 

「ふふ、お前は知らないかもしれないが、もうHRが始まるのだぞ? それともお前は自称王を名乗っておきながら、HRも寝たまま起きないという中学生並みの失態を起こして王様(笑)に拍車をかける気か?」

 

「クッ・・・!!」

 

歯を食いしばる音が聞こえて、千里はぐっと抑える。 ちょうど、扉が開いて担任の教師、薫が入ってきた。タイミング的にも良いと思ったのか怒る千里を後にして唯子は席に戻っていく。

 

「ん? 奈津美、なんでお前六法全書なんて朝から持ってるんだ?」

 

片手に持っていた六法全書に気付いた薫が聞くが、唯子は笑顔で。

 

「はい先生、ちょっと馬鹿を殴ってきました」

 

「六法で人を殴ってはいけません」

 

薫が軽く注意した後でHRが開始される。 完全に目が覚めた千里は息を軽く吐いて頭をさすった。

 

「なんなのだ一体・・・」

 

理不尽、とも呼べた行為だったがその裏に正当な理由が存在していたことに、千里は唯子のいつもとは違う対応に一つの『違和感』を覚えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

時間は経ち、放課後。 千里は建設のアルバイトの為に家へと急いで帰っていた。

三千院家から遠く離れることになってしまったが、学校との距離が前の家より近いため、通行の便ではこちらの方が良いように思える。

 

 

アルバイトは5時からだが、現場に行く前に制服は家に置いてあるので一度帰宅する。

 

 

・・・これは、本当に家なのか?

 

家の目の前に着いて、千里は何度も考えてしまう。 というのも、今まで住んできた場所が豪邸だっただけに、目の前に存在するオンボロアパートはどうしても家と認識できないのだ。

 

 

家賃三万、六畳一間が彼の新しい家だった。 

 

・・・ここは、犬小屋だ! まだペットのヘラクロスの犬小屋のほうがマシなくらいだ!

 

東京にてこの値段はもはや破格の値段で都市伝説もので、しかも人一人が暮らすには充分な所だが彼にとってこのオンボロアパートは通り道にある家の小さな犬小屋にいるような気分なのだろう。

 

 

千里の部屋は二階にあった。 一応このアパートにも人は住んではいるのだが、いつも居るのかどうかもわからないほど静かなので色々な意味で不気味だ。

 

鉄の階段を上って虚しく響いていく足音が虚しい。 大理石の床を歩いていた自分が出していた音と大分違う。

 

「急がねば・・・」

 

ドアノブを捻って、中へと入る。 薄暗く、若干湿った匂いが鼻をついてきた。日当たりが確保されてるのが唯一の救いなのだが、まさかの畳だ。 フローリングではないのがこの格安の値段だろうか。

 

ともかくも、靴を脱いで壁に掛けている作業服に手に取る。 カバンを置いて着替えに入ろうとした時にふと考えることがあった。

 

 

・・・本当にこの選択は正しいのだろうか?

 

白銀に言われるがままに従ったまでだが、無理に従う必要はなかったはずだ。 いつものように自分のやりたいようにしてあの三千院家にとどまることだって出来たはずなのだ。

 

それでもやはり、父親の情報を聞いて彼が黙っていられるはずが無かった。 この選択がいずれ父親と自分を結ぶ唯一の架け橋だとしたらどんな条件でも受ける覚悟だったはずだ。

 

蓋を開けてみたらどうだったのだろうか。 それを考えた途端、千里は目の前が薄暗くなるのを感じてか頭を左右に振った。

 

「い、いかん! 惑うな!」

 

立ち止まってはいけない、と自身に言い聞かせる。 残された場所はここしかないのだと彼は作業着に着替えると急いで家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

連日の肉体労働は、明らかに千里の身体に疲労を与えていた。 基本建設現場のアルバイトでさほど大きな仕事を任される事はないが石材や重量物を扱う仕事は多い。 おまけに単純作業なこともあり、いくら肉体を鍛えていた千里でも同じ繰り返しで終わりそうもないような作業には精神的に辛いものがある。

 

おまけに。

 

「はぁ、はぁ・・・・」

 

 

「どうした? 新入りィ、へばったかい?」

 

 

息を切らし、汗を拭っていたときだ。 隣で自分よりもガタイの良い作業着の従業員が横を通っていく。 千里が砂袋を同時に3つ持っているのに対してこの男は砂袋を6つだ。

 

・・・なんて筋肉なんだ!!

 

どこかで格闘とかやっていたのかと聞かれても仕方がないという見事な鍛えこまれた肉体だった。 その姿をストーリトファイターをやっていた人間が見たならば確実にザンギエフというような容姿だ。

 

「お前もなかなかのボディをしているが、この残義 衛府(ざんぎ・えふ)のマッスルにはかなわないようだなァ。 そんなんじゃここでやっていけないぜ?」

 

と、砂袋が肩からずり落ちそうになって慌ててバランスを取ると千里を見てに爽やかなスマイルを送りながら去っていった。

 

 

「ま、負けてたまるか・・・ぬぉ―――――!!」

 

 

気合を入れてその足を進めていく。 今まで自身も肉体を鍛えていた為、力には絶対的な自身があった。 だがそれもこの場所に来て思い知らされた事がある。

 

 

・・・俺よりも筋肉のある男がいるなんて。

 

井の中の蛙、という言葉を初めて千里は理解した。『頭』ではなく『心』でだ。 日本国内でも、自分よりも力だけで秀でている者はいるのだ。 それだけではない。

 

 

「ほっほっほっほ」

 

砂袋を降ろして、次の砂袋を持ち上げようとした時だ。 自分が大きな3つ持ち上げようとすると重さから手間取るのに、明らかに自分より小柄な男が砂袋を軽々と三つ持ち上げて走っていくのだ。

 

・・・俺はこの男よりも劣るというのかッ

 

 

 屈辱だ、と千里は心の底から歯を食いしばった。 どんなにもがこうとしても、足掻いたとしても、ここでは全てが並程度の結果しかもたらさないという事が。

 

この程度で自分の会社を復活させることなど出来るのか? ここにいる者たち全員よりも劣る自分が。

 

劣等感が千里を包んでいく。 

 

 

「テメェら! 作業中に携帯弄ってるんじゃねぇぞ! 死にたいやつは迷惑かけずに死ね! グリマスいじってる奴はもっと死ね!」

 

ソーシャルゲームに変な入れ込みをしている社長の檄が飛び、千里は正気に戻される。 溜まっていた唾を一気に飲み込んで彼は足をとにかく動かした。

 

 

「クソッ!!」

 

明らかに苛立ちを隠せないまま、力任せにだ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

 

アルバイトが終わり、漸く自宅へと戻った時は最初の勢いも失っていた。 重くなった足を動かしながらドアを開けて、靴を脱ぐと倒れるように千里は畳の上で大の字になる。 

 

 

そして真上の電気をつけることもなく、彼は振り返るのだ。 己がいかに未熟な存在だったか。

 

常に己が強きものだと、そういう自覚の元、行動をしてきた。 学院内で誰も逆らおうとしない態度を当然のこととしてきた。 ほかにもいざこざがあれば鍛えた力で対応して乗り越えてきた。

 

だが、その自身の肉体もこの場所ではたかが知れている存在だ。 学院内でだってそうだ。 己のその新年に基づいた行動は他の生徒たちから見れば心底『どうでもいい』と言っていたのだろう。

 

・・・所詮は俺は王の器でなかった、のか?

 

決して言葉にしない言葉を胸のうちに秘めて彼は思う。 だがそう思うのも当然だろう。

 

 

自分は何でもできると思っていた。

 

 

自分だけは特別、その大勢とは違う。

 

 

ましてや、己の描いた未来を疑った事などはない。

 

 

今はダメでも、いつかは自分の思い通りになると思っていたのだ・・・現実を知るまでは。

 

 

・・・こんな俺に、一体なんの価値があるというのだ。 

 

口に出さなければ出さないほど、頭の中で弱気な言葉が浮かんでくる。 

 

 

よそう、とすぐに千里は明日の事を考えた。 どんなに悲観にくれていたとしても、学校という日常はいやでもやって来る。 夜食のことは頭には入っていなかった。

 

 

楽な姿勢をしていた為か、否応なしに眠気が襲ってきた。 鉛のように重い体が畳の下へ下へと沈んでいく感覚だ。 不思議と嫌な感じはしない。 むしろ心地がいいみたいだ。 

 

少しでも現実から離れるために、彼は少しの間に夢を見ることにする。

 

 

 

 

 

「これは、夢か?」

 

 微睡みの中で、千里は夢を見た。 どこかで見たような家と、全体的に見覚えのある人たち。

これは乙葉家の実家だった。

 

 

「千里よ」

 

目の前にいるのは父だ。 スーツを着こなして、若干自己主張をしているヒゲがトレードマークの、千里の父だ。

 

「なんだ、父上よ」

 

「本当の王とは、なんだろうな」

 

突如として現れた父は、そう千里に問う。千里は押し黙った。

 

「分からんか・・・」

 

どこか残念そうに言う父は、千里に対して背を向けた。

 

「まて、父よ。 俺からも聞きたいことがある」

 

去ろうとする父に、千里が問う形で止めた。 夢の中であろうと、曖昧なことだろうと構わない。言えることは言っておいた方が良いのではないだろうか。

 

「俺は、俺はただの人なのか? 父を探すべく、そして王になる為に色々やってきた。 なんでも出来ると思っていたのは俺だけで、特殊な人間なんかじゃない。 その他大勢の一人なのか?」

 

両の手のひらを見つめる。 ひどく、汚れた手だ。 以前の自分からは想像できないほどの汚さ。

こんな手を人々の上に立つ、王はしているのだろうか。

 

違う、と千里は思う。

 

・・・これは、庶民の手だ。

 

 

「そうだなぁ」

 

と、目の前の父が千里の問いに腕を組んだ。

 

「人にとって、王は何を求められるか・・・」

 

「は?」

 

「お前はちと、頭の方が硬い。 視点を360°くらい変えてこの意味を考えてみろ」

 

そう言った父の体がだんだんと霞んでくる。 夢の終わりが近づいたのだろうか、周りの視界もぼやけてくる。 全ての情景が、遠くへと飲まれていくようだ。

 

 

「ま、待て父よ! 結局視点を変えても360°だと同じ結果に!」

 

「頑張れ息子よ。 フォースはお前と共にある」

 

意味不可解な文句を残して、親指を立てていた父の姿を千里は夢の中でその目に焼き付けることになった。

 

 

「父ィイイイイイイッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

夢の世界から現実へと引き戻された瞬間、千里は目を開いた時に消えていた電気が点いている事に気が付いた。 

 

・・・父よ、さっきのはどう言う意味だ。 頭が硬いとは一体・・・・・・。

 

 

寝汗がべっとりとたれているのにも気付く。 夢の中で問われた事を真剣に考えるべきなのか疑問に思うが、千里はここであることに気付く。

 

 

「な、なんだこの匂いはッ」

 

一畳六間に広がる芳醇な鼻をつつく香り。 元は台所からだ。 千里が身を起こして台所へと向かうと、そこには煮こまれた鍋があった。

 

「これは、キムチ鍋か? だ、だが汁だけで具がないのはどういうことだ?」

 

突如として現れた具がないキムチ鍋に戸惑っていた時だ。 玄関のドアが突然として開いた。

 

「おっ、空いてんじゃーん。 王様ー鍋食いに来たぜー」

 

入ってきたのは両手にコンビニの袋を抱えたテルだ。 その後ろには木原やワタルの姿も見られる。

 

「あー、いい匂いっすわ。 キムチのええ香りがするー 王様、勝手に座るよ」

 

「ちょ、善立! 貴様ら何をしに来たッ!?」

 

コンビニ袋を置いて畳に座ったテルに千里が尋ねるがテルは平然といった感じで。

 

「何言ってんだよ王様、鍋だぜ鍋。 そこに鍋があったらみんなで鍋パするしかねぇじゃん。 男同士で慎ましく、派手に鍋をつつこうぜ!」

 

「今日は牧村先生が飲み会で夜食を作る手間がなくなったんで」

 

と木原。

 

「ウチもサキの奴が友達に連れられて飲みに連れてかれて朝に帰るってさ」

 

とワタル。

 

「おい、おいおいおい。 ワタル、またサキさんと喧嘩かぁ?」

 

「ちげーよ。 今回は知り合いの就職活動について一日中愚痴を聞かされるからっていう理由をもらってるんだよこっちは」

 

 

 

・・・どういうことだ?

 

本当にそれだ。 鍋パーティなんて千里は言った覚えなんてないし、もちろん、企画しようと思ったことなど一度もない。 それなのに、千里の部屋にはいつのまにか汁の入った鍋が用意されていた。

 

いったい誰が。

 

 

「取り敢えず作ろうぜ鍋。 ん? さすが王様、鍋の汁まで作ってたじゃん、連絡通りだな。 台所借りるぜー」

 

 

連絡?、と木原の気になる単語に千里が反応した。だがその意味を聞く前にテルが立ち上がってしまいタイミングを逃してしまう。

 

「しょうがないなぁ、木原くんだけじゃ不安だからこの四ツ星レベルのテルさんが手伝って――――」

 

「ほら善立、ジュース買い忘れてたぞ。 買ってこいよ・・・五分な」

 

「あっさりしてるけどなんてドライな対応するんだワタルッ! 酷い!」

 

と言いながらもテルは財布片手に部屋を飛び出していった。 

 

なにがなんだか、と千里は状況を理解できないままただ、時間が経過するのを眺めることしかできなかった。

 

木原が手馴れた包丁さばきで野菜や肉を切り、ワタルがちゃぶ台を出して皿を並べていき、テルはひとりでルービックキューブをして遊んでいる。

 

次第に匂いも先程のものとは大きく変わり、多くの野菜が混ざり合った香りも漂ってきた。

 

 

「さて、そろそろ始めるか」

 

「おう、センキュー ワタル」

 

鍋を持った木原がゆっくりとちゃぶ台の真ん中に鍋を置く。 蓋を開けると、紅く色を染めた野菜たちが燃えるようなキムチ独特の匂いと一緒によく煮立っていた。

 

四人の男たちは鍋を囲んで、あまりの鍋の出来に喉を唸らせる。

 

「よ、よし、お前ら・・・食っていいぞ」

 

「な、なんだよテル、遠慮しなくていいんだぞ? とってもうまそうじゃないか」

 

「アレ、じゃあ二人が食べないんなら俺先に食べるぞ? ノリよくタイミング大事にして俺から行くぞ?」

 

数秒の沈黙、千里を除いた三人はコンマ数秒のアイコンタクトの合図を確認した次の瞬間。

 

 

「ヒャッハーッ!!」

 

三人が一斉に鍋に箸を突っ込んだ。 小さなお椀に汁と具材をたらふく乗せるとそれを一気に箸で掴んで、口の中へと放り込む。 そして三人はそれぞれの具材を飲み込んで目を見開いた。

 

「この白菜がッ」

 

 

「この豚肉がッ」

 

 

「何よりこのキムチ汁がッ」

 

 

ウマイッ、とまたしても仲のいい奴等のごとくそう叫んだ。 一人この異常な雰囲気に取り残された千里は漸く視界の情報を脳へと伝達することができて漸く

 

「クッキングパパやってるんじゃないッ」

 

 

突っ込んだのだった。

 

 

「なんだよ王様ー、ノリ悪いな。 俺たちもイキナリ入ってきて悪いと思ってたけどよー。 飯って一緒に食べるのが大事なんだぜ。 それに王様が鍋やるって聞いたもんだからさー」

 

「テルが珍しくまともなことを言うと俺は不安なんだが」

 

酷い話だが、テルがまともな理屈をこねた言葉を言うとはこれから三千院家の人たちが聞いたら驚くだろうなと思った木原である。

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 俺は今日の夜、鍋をするつもりなんてなかったぞ!」

 

このままでは埒があかないと思ったか、箸を置いて千里は言った。 すると三人は、え?、と困惑した様子で

 

「で、でもよぉ、俺ら奈津美先輩からの連絡で『バカ王子が鍋パするから集まれ』って聞いたから、具材は

俺らで用意して汁とかはあの馬鹿が用意するからって言ってたし」

 

 

と、ワタル。

 

「俺はあの青空レストランがここだからナナ様に会えると連絡を聞いて」

 

とテル。

 

「なんでだよ」

 

と木原。

 

 

・・・な、なぜアイツが。

 

 

朝からの事を考えれば奈津美の行動は意味不明だ。 と、増える謎に頭を抱えたくなった千里だが、ここでテルが気付いたように彼に尋ねた。

 

 

「そう言えば王様、ちゃんと飯食ってんのか?」

 

 

「ん? どうしてだ」

 

 

「冷蔵庫の中、勝手に覗いちまったんだけど、驚く程に食物なくてよー。 大食いだから常に空の状態なのか?」

 

 

勝手にのぞくな、と千里は内心でテルに突っ込みながら彼の問いについて考える。 アルバイトが日給制だった事もあり、日銭が稼げるので食費自体は対して困らない。 だが生憎、千里は料理ができないのだ。

 

一人暮らしの難点である料理。 それが出来ないのなら簡単だ。 解決の方法は、一人暮らしの御用達、コンビニである。 今日までの食費は殆どコンビニの弁当で済ませていた。 

 

「殆どはコンビニだが」

 

「ファッ!? お前三食とも自炊しないでコンビニ済ませてるのかよ!!」

 

なるほどー、と何を納得したか分からないが後ろの二人も頷いている。 更にテルは続けていうのだ。

 

「栄養偏るぞ。 大丈夫なのかよ」

 

「正直な話、最近食欲がなくてな」

 

「なんか悩みか?」

 

と、問う辺りがこの男の無神経さなのだろう。 もちろん、原因は肉体労働のバイトと学業、さらに偏った食生活のせいだ。 個人の生活に口を出されるのは困るものだが、これはいい機会なのかもしれないと千里は思う。

 

 

・・・聞いてみるべきか、この男達に。

 

 

「実はな」

 

 

千里はさっきまで見ていた夢で言われた父の言葉について、聞くことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「民が王に求めることぉー?」

 

「そうだ」

 

テルが千里の問いに箸を置いて考える。 千里がこの男に問をかけたのはどうしてなのか分からない。 ただ、この男なら望める答えを出してもらえるのではないかと、そう思ったのだ。

 

 

「増税撤廃かな?」

 

「お前に聞いた俺がバカだった」

 

当然か、と予想はしていたがここまで的はずれな答えを出すとは流石に千里もため息をつく。

 

「ちょっ、お前あからさまに絶望したみたいなため息つくなよ! えーっと、ちょっと待てよ? 今真面目に考えるから」

 

どこぞのとんちを使う坊主のように頭を指で撫で回しながらテルが考える。 そのあとすぐに横にいる木原たちを見て言うのだ。

 

「どういうこっちゃ?」

 

「いや、俺らに振るなよ」

 

隣でうんうん、とワタルも頷く。

 

「王様が100人もいたらその王様に求めらる事だって100通りだろうけど」

 

「そうなの、か。 なら俺が求められることはなんだ?」

 

「ちょーっと待った王様、なに勝手に亡命しようとしてるんだよ。 いつも通りにお前の好きなようにやるんじゃないのか?」

 

手を突き出して千里の言葉を遮ったのはテルだった。 確かに他人に答えを求めさせて納得するのは千里のやり方ではない。 亡命と呼ばれても仕方がないか。

 

 

「だが、それでは通用しないのだと俺は知ったのだ・・・・無力なのだ」

 

 

 

 

 

握っていた拳を千里はまた強く膝の上で握る。

 

「俺には出来ない事などないと、思っていた。 少しでも本気を出せば、俺の道は誰にも阻まれない。 思い通りのままにできるのだと」

 

 

だが、結局それは自身の思い違いで、自惚れとも取れる脆い物で。

 

「俺は王の器に足る存在ではないか、なら俺の存在意義とはなんだ? そんなことばかりを最近は考えるのだ」

 

口調はいつものままでもその姿にはどこかに陰りがあるのだとテルたちは感じ取っていた。 あのどこまでも図太く、プライドの塊だった千里が、弱気になっている。 それだけでも衝撃的なのだ。

 

「うーん、大体わかったけどよ」

 

と、ここでテルが口を開いた。

 

 

「なら、この問題は自分で答えを見つけなっきゃダメだと思うぜ王様」

 

コップを片手に彼は続ける。

 

「誰かに求めた答えを自分に当てはめたら、それはもう自分の意志じゃない。 誰かのコピーだ。 そんなの絶対俺ヤダな。 どんな結果を未来で良い悪い展開をを招いたとしても・・・だ」

 

と、言った後に彼はジュースを飲み干した。 

 

「ワタル、どう思うよ。 将来再建を目指している者としての意見は」

 

テルに言われ、ワタルは部屋の天井を眺める。

 

「俺も今はサキと一緒にあの店を切り盛りしてるけど、絶対にってくらい決めてることがあるんだ」

 

 

「む? なんだ? 」

 

首を傾げて千里が聞く。

 

「あの店を売らないってことだ」

 

 

いつになく、真剣な表情で彼は言う。

 

「俺たちにとってあの場所は始まりの場所なんだ。 必ずあの場所から進出して、もう一度輝くためにな。 だからあの店はどんな金積まれても手放す気もねぇよ。 これは俺があの場所で暮らし始めてから決めた男としての信念だ! 揺るがねぇぜ!」

 

 

それに、とワタルは付け加える。

 

 

「もし、いつでも誰かが戻ってきてもいいような『居場所』の為に必要だしな・・・ん?」

 

違和感に気付いたかワタルが見ると、ワタルの肩を千里が手を乗せていたのが分かった。 千里はそのまま立ち上がるとワタルも同時に持ち上げて

 

「お前は強い、感服したぞ橘ァ! 同じ債権を目指すものとして、その志に敬意をッ」

 

「お、そ、そうか」

 

不気味な浮遊感に襲われながらもワタルは平然を装ってそう答えるのだ。 千里は直立姿勢のままワタルを高い高いするように持つと高らかに言うのだ。

 

 

「俺は決めたぞ。 決してこの先、王の道を極めるために、ただひたすらに足掻くことをッ だがいずれは、服従させてみせる! 共に競おうぞ橘ッ!」

 

千里の覇気を込めたその剣幕にワタルは完全に圧倒され、お、おう、としか言えなかった。 

 

 

 

・・・いやぁ、思わぬ話で火が点いたなぁ。

 

テルは苦笑いを浮かべるが状況が千里にとって好転したのは確かだろう。 今はまだ逆境なのは確かだが、彼自身が小さな変化を始めている。 そんな気がするのだ。

 

ならば、短い間でも同じ屋敷にいた者として自分ができることは決まっている。

 

 

「そうと決めたのなら話は早いぜッ 王様、私に良い考えがある。 もしかしたらこれが、王様の答えに近づく大きなヒントかもしれないぞ」

 

「な、なんだそれはッ 言うのだ善立ッ」

 

ワタルを床に手放した途端、千里は今度、テルの頭を両手で掴んで持ち上げた。 だが、テルはその強烈な

握力に動じることなく、ニヤリと笑みを浮かべて言うのだ。

 

 

「お前を栄光へのロードへと導く作戦・・・その名も、『王様、新春ありがとうキャンペーン』だッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回の話が長すぎるので三行でまとめると
・チビハネ文字取得、テルが頭やっちゃった扱い
・千里現実を知って心が折れる
・鍋パやって千里、元気百倍

多分、こんな感じです。あと、唯子先輩が起こした今回の謎の行動の真意とはッ!? しかしまぁ、こんなに時間かかるとは思いませんでした。 感想がありましたらよろしくお願いします。

では、次回の千里の新春キャンペーンにご期待ください。

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