ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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主人公が・・・餌付けされる!! 伊澄、どうするよ家


第114話~テル、心理カウンセリングを受ける~

――――鷺ノ宮家。

 

「ら、ラブコメ臭って・・・いったいどこでそんなことが起きてるんや? 伊澄さん」

 

全身から負のオーラを滾らせている伊澄に恐る恐る言葉を作った咲夜、目の前の伊澄は死神になるのかと思わせるほど目が虚ろになっている。 これでは誰かを殺しかねない勢いだ。

 

その伊澄が口を開く。 ゆらゆらと体を動かして、襖を動かして空の月を見て言うのだ。

 

「そうですね・・・具体的に言うと、夜中に男が女性を自分の部屋に引き入れて、傷心の男に漬け込んでカレーなどを馳走し、好感度アップを図るというイベントが発生している気がするのです・・しかも、咲夜の家で」

 

「ええー・・・」

 

 もうそうなったら原因は一つしかないだろう。 明らかにテルだ。 そうに違いない。 テルほどではないが直感を働かせて確信した咲夜は自身の使命を感じた。 ここで伊澄を絶対に家に行かせてはならないと。

 

 

 

 

「伊澄さん・・・カバディせんか?」

 

真剣な表情で、咲夜は伊澄の前に立って・・・構えた。

 

 

「咲夜・・・これから戦いの時、修羅場ですよ? 何を言ってるんですか?」

 

目を虚ろにした伊澄が問いかける。 この時点でもう既に咲夜は気持ちで負けそうであった。 目がもはや、妖怪退治の時の目だ。 

 

一か八か、咲夜は自己犠牲の名の元に賭けに出た。

 

「知っとるか伊澄さん。 ヒロインちゅーのはカバディが上手くならないと修羅場を繰り広げてはいけないっていうのがこの世界に存在するんや」

 

「ッッッ!?」

 

その時、伊澄に電流走る。 まぁ、そんなルール存在しないんですけど。

 

 

「そうなのですかッ!?」

 

「そうや」

 

動揺を隠せない伊澄に咲夜が心の中でガッツポーズを構えながら頷いた。 今だけは彼女の天然さとおっとりした性格に感謝せねばなるまい。

 

「修羅場っていうのはな? 崇高で、神聖な戦いの場や。 それは1万年と2千年前から神と人間の間で結ばれた神々の約束ッ」

 

・・・あかん、これじゃ丸っきし中二病や。知らない人に見られたら引かれてまう。 これで伊澄さん釣れるかなー。

 

自分で自分を貶め、こんな姿を他の誰かに見られなくて良かったと思いながら対象の伊澄を見ると。

 

 

「咲夜・・・勝負ですッッ!!」

 

 

・・・釣れた。

 

 

それはもう、釣りキチ三平もびっくりの。 かっぱエビせんのようなしょぼい餌で鯛を釣ったような気分だった。

 

 

・・・た、頼むでテル。 ウチが早くこの場を押さえている間に、早くイベントを―――――ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲夜が身を賭して悪鬼羅刹を押さえ込んでいるその一方で愛沢家のテルたちはというと。

 

 

「はい、あーん」

 

「あーーん・・・ってアツアツアツゥイ!! アツアツスプーンが頬に当たってるって!!」

 

 

仲良く黒羽からカレーを食べさせらているイベント進行中とのことだったが、そうでもなさそうで。

 

「だいたいなんでさっきから口の中に入らないんだ。 これで同じ事三回目だ! 食わせる気あるのか?」

 

「チッ」

 

「え、舌打ちした? 今舌打ちしたよね!? そんなに面倒だったの?」

 

猛然とツッコミをするテルに黒羽は持っていたスプーンをナプキンの上に置いた。

 

「だったら自分ひとりで食べたらいいじゃないですか。 あんたの為に別に作ってきたわけじゃないのにこんな仕打ちを受けるなんてー あんたなんて死ねばいいんだからー」

 

「それ絶対ナギから教えてもらったセリフだろ。 超棒読みだからわかりやすいぞ」

 

ばれたか、と黒羽はその無表情のまま両手を上げてびっくりした様子で。

 

「流石ですね、洞察力が猿から犬辺りになりましたか。 執事研修の成果はあったようですね」

 

「うん、褒められてるのか貶されてるのか良く分からない状態だ!」

 

 

ま、そんな事は気にせず。と黒羽は持ってきたサイドバックから透明な一つの冷凍保存容器を取り出すと、大きなまる皿によそい、ルーを掛けてテルへと差し出した。

 

「さぁさぁ食べて食べてご覧なさい。 貴方はあまりの美味しさに身を狂わせ、喉をかきむしりながら疑心暗鬼に囚われた状態で死んでいくのです」

 

「俺はよく死ぬハメになるカメラマンかなにか?」

 

と、渡された皿を受け取りスプーンを構えるテルだが、見た目はどう見ても普通のカレーライス。 レトルト商品の裏に書かれているメニューを見たら、誰でも作れそうなシンプルな物だ。 

 

 安らぐようなルーの香りから自然とスプーンの運びも緩やかになり、口へと含むのに全く抵抗がなかった。少しばかり咀嚼して食材たちを感じ取る。 人参、玉ねぎ、牛肉、じゃが芋どれも平凡的な定番とも呼べる者たち。 喉から胃へと飲み込んだとき、自然とこの言葉が出た。

 

「うめぇ」

 

平凡的な物を予想していたが、それ以上に美味かった。 これは下手をすれば、ハヤテやマリアに匹敵するほどの腕前を持っているのではないだろうか。

 

 

「ふふ、そうでしょう。 それにしてもリアクションが薄いですね。いつもだったら口に入れたら全裸になって屋敷中を駆け回るのに。 リアクションとツッコミだけが取り柄のテルが、リアクションをサボったらもうそれはテルじゃありません。 『テルっぽい何か』です」

 

無表情で容赦なく言う黒羽を見て、本当にこの女がヒロインでいいのだろうかと考えるテルだった。

 

「いやいや、サボったのは確かだけど全裸はやったことねぇよ? もち芸じゃねぇからな?  まぁそれよりもこれ、マジで上手い・・・本当にひとりで作ったのか?」

 

2,3口また食べてのコメントに黒羽が頷く。

 

「どうやら、私は過去にカレーを作ったようです。料理をつくろうとした時にカレーが真っ先に浮かび、レシピや隠し味、煮込みの時間などが感覚で分かったので私はこれからお料理上手キャラで通していきたいと思います」

 

恐らく、能力が使えていた時代に黒羽が作ったりしていたものなのだろうか。 それでなくても全般的に料理はできるようなので、カレーだけが作れるとは考えにくい。

 

「さてさて、ところでテル。 疲れとやらはブッ飛びましたか?」

 

まるで本題を話すかのように切り替えて、黒羽が言うとテルは含んでいた物を一旦飲み込んでから口を開いた。

 

「ま、まぁ7割方回復したかな。 もう少し貰うぜ」

 

と、若干誤魔化すようにお玉を取ろうとした時だ。 そのテルの手を黒羽が片手で掴まれ、二人の動きが停止した。

 

「・・・・」

 

「・・・なんだ」

 

 それはいつもの無表情で感情を感じさせないいつもの黒羽だったが、テルの手を掴んでいる力が強い。 

 

口では何も言わずとも「待て」と言っているように。

 

 

「珍しいですね」

 

黒羽が先に口を開いた。 手をゆっくりと離して、彼女は続ける。

 

 

「テルが私に嘘をつくのは」

 

「おいおい、俺が嘘つきなのは今に始まったことじゃないでしょうが」

 

今更何を言うかと思ったテルだが、黒羽は首を小さく横に振って更に続けて言った。

 

「自分を誤魔化すような、無理に意地を張るような嘘をテルは今ついていると、私は推測できます・・・大抵、どういった理由なのかも まるで、自分の首を締める・・・そんな感じです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・なんてこったバレテーラ。

 

と、舌打ちしてテルは黙り込んだ。 珍しく、的確に物を言ってきたと思う。 

 

そうだとも、と彼は心の中で忌々しく黒羽の問いに答えた。 自分は、善立 テルは辛い時など逆境に陥ったとき、他者にそれが知られないように自然と馬鹿をやって誤魔化そうとする。

 

いつもそうしてきたのは誰にもバレてなかったし、その度に逆境を乗り越えてきたこともあったからだ。 だから、これが『自分がそうすることで自己を保つ、正当化された唯一の生き方』なのだと、納得してやってきていた。

 

 

「ふぅ・・・」

 

睨まれている、という訳でもないが先程からこちらをじーっと見ている黒羽に対し、これ以上の隠し事などは意味のないことだと理解する。

 

 

「あぁーそうだよ。 ここ最近ずっと白銀の奴と比べられてて、周りからもキツく言われてて、それでへこんでましたー!」

 

と、少し声を抑えながらもヤケクソ気味にテルは言う。  自分もそこまで頑固な訳ではない。 だが、自分の事を見透かされているようなその物言いは聞いているこちらとしてはあまり気分の良いものではないのだ。

 

「結構最初からわかってたことだ。 自分は執事に向いてないって、ハヤテとかマリアさんとかの見ても何がなんだかわからんし、身に付いたのは結局は雑務だ。 それでもそこでしか暮らしていくことが出来ない。 なら、しがみつくしかないじゃねぇか。 それなのに・・・白銀は俺と同じ境遇なのに咲夜の方でもナギの方でも評判高いし・・・学校でも似た感じだ。 あいつらの激励だって分かってても別の方向で考えちまう」

 

 

随分と感情的に喋ってるなぁ、と自分の事をこうも他人に話すのに珍しくも違和感を感じている。 とてもメンドくさい男だなと改めて思ってしまうが彼の今の心境だ。

 

「時々考えることがある。 ある日、戻ってきた時には俺の場所には別の違う『誰か』が俺を演じて、居場所がいつの間にかなくなってるんじゃないか・・・って、なんてセンチになってんだチクショォ!!」

 

 

テルは頭を抱えて、体を伸ばして床を転がった。 相当恥ずしいものだと、自分の頭が熱くなるのを感じる。傍から見たらまるで心理カウンセリングだ。

 

「ふーむ」

 

では、と黒羽が充分に煮詰まったカレーを見つめる。 少しばかりお玉でかき混ぜて彼女は言った。

 

「テルはスーパー主人公になりたいのですか?」

 

「はい?」

 

目を細めて聞いてきたテルに対して黒羽は続ける。

 

「ほら、よく色々な漫画とかノベル系にあるじゃないですか。 基本チートで物語の内容を全部無視して自分の思い通りに事を進めるああいう感じの。 そして極めつけにはハーレム作りが得意っていう・・・つまりテルは俗物系主人公にキャラチェンジしたいのですね。 ですが世の中は上手くいきません、どんなに頑張ってカエルが跳ねても、月には届かない訳で」

 

「ちょ、ストップ。 色々な人たちに喧嘩売ってるから黒羽さんヤメて!」

 

は?と、今度は黒羽から否定の声。

 

「何を言ってるんですか。 まるで私がチート系転生物が嫌いみたいないい草ですね。 私は好きですよ?この作品の主人公より、見ているだけでずっと爽快感があるので」

 

さっきから途轍もなくメタ発言が目立つのだが、と内心で汗をかきながらテルは身を起こす。 よく考えてみると黒羽には自分のペースを狂わされてばかりだ。

 

 

「ではカウンセラーの黒羽さん。 俺はどうしたらいいんですか是非ともご教授願いたいものですぅ・・・!!」

 

ぜひ、と笑顔で眉間に皺を寄せて言うテルだが黒羽は、いいでしょうと、頷いたが。

 

「と、言おうと思いましが、以前テルにこういう時は自分で考えろと言われたのを思い出しました。 という訳でその小さき脳の英知を結集して、考えてください」

 

 

「デスヨネー」

 

大体分かってはいたことだ。 前回の山登りでの問答の一件の事をここで引張てくる辺り、結構根に持っていたのだろう。 だが、いつか仕返しされるんじゃないかなとテルは考えていた。 

 

・・・悪戯感覚でコイツを怒らせたらやばいだろうなー。

 

そうしたら最後に、地の果てまで追いかけてきて恨みを晴らしに来るのだろう。 仕事人よりタチが悪いかもしれない。

 

 

「ですが、これだけは言っておきます」

 

と、悲嘆にくれるテルに黒羽は表情を変えずに、いつもの口調で言うのだ。

 

 

「貴方はまだとても頭がそこら辺に落ちてる石のように硬いので、答えを出すまでカタツムリが移動するくらい時間が掛かるかもしれません。 ですが、私が考えて答えを出せたように貴方にも―――テルにだって出来るはずです」

 

だから、と黒羽は付け加えてからテルの目を見た。

 

 

「貴方が帰るまで、貴方の居場所は・・・私が守りましょう」

 

 

 

 

 

 

・・・いつからこう言う事言う子になっちゃったかなぁ?

 

頭を掻きながら思わず合わさった目を逸らしてテルは考える。 目の前の少女はこんなにも説得力のある台詞を言える少女だったろうか。

 

 

正直な話、心が軽くなった。

 

 

 

言葉が多くて、毒舌だったとしても、その裏にはどこか優しさで溢れている。

 

 

 

「分かった」

 

目を閉じて、息を吐きながら彼は拳を握って自身の胸の前に置いた。

 

 

「待ってろよお前、絶対に答えを出してやるからな。 後でお前の事、泣かしてやるからな」

 

 

その宣言に動じることなく、そうですかと満足したように立ち上がると窓の外をみた。 愛沢家の門の前に、一台のリムジンが止まっている。 おそらく迎えが来たのだろう。

 

 

「ゆっくりしようと思いましたが、どうやら迎えが来てしまったようです。 鍋や他の容器は後で洗ってから返すようにして下さい・・・では、これで」

 

 

と窓際から去ろうとした時だ。

 

「待てい」

 

 

いつの間にか皿のカレーを平らげていたテルが口についたカレーを拭って言った。

 

 

「送る」

 

 

 

 

 

 

 

黒羽を窓から降ろして、二人は車が置いてある門へと向かった。 テルが携帯の画面を確認すると9時をとっくに過ぎており、帰りが遅いのを心配しとマリアかハヤテが迎えを寄越したのだろうと推測。

 

 

「さしずめ、あの場所に立ってるのはクラウス執事長かな?」

 

テルがリムジンの横に立っている人物が最近執事長室でも見かけなくなった男だと予想する。その問いを聞いて黒羽は思い出したように、あっ、と言うのだ。

 

「そう言えば、クラウス執事長は一昨日の夜に三千院家の本家に向かわれて2週間ほど戻らないようです

 

 

それはまた急な、とここでテルが感じた。 嫌な方の予感だ。 勿論これは直感であり、車の横に立つのが三千院家のSPだとそう願わずにはいられないテルだが。

 

 

「お帰りなさいませ・・・と言いたいところだが、少し夜遊びが過ぎるぞ黒羽嬢」

 

 

こういう時は決まって悪い事の方が当たってしまうことが多い。

 

 

「白銀さん、スミマセン」

 

小さく頭を下げたのを見て白銀は安堵のようなため息をつく。

 

「ナギお嬢様も心配していたぞ。 モンハンの協力プレイは君がいないとダメらしいな」

 

「はい。 ナギ様は火山ステージにクーラドリンクを持っていくのを忘れることがあるので、誰かが一緒に行かないと気付かないので」

 

そうか、と車の後部座席のドアを開ける。

 

「では、早く帰らないと大変だな。 あの様子だと、またディアブロスの突進に正面から突っ込んでいきそうだ」

 

 

と、黒羽を誘導させて彼女が座席に腰を下ろしたのを見て扉を閉める前に白銀は言った。

 

「ちょっと待っていてくれ。 彼と話がしたい」

 

「・・・」

 

一瞬、間を開けていた黒羽だったが、小さく頷いた後で白銀がドアを閉める。 そのまま振り返って、彼はテルと向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、研修の方はどうかな? 善立 テル」

 

「おお、おかげさまで。 きちょーな体験をさせてもらってるよ。 そちらはとても楽しそうですなぁ」

 

ん? と心当たりがあったのか白銀はテルの問いに余裕の笑みで答える。

 

「ああ、写真を見たのかな? いい写真だろう。 そっちの方でも一応あったのだろう? 主は一応お前の事を気には掛けてるからな」

 

 

「あぁ、うん。 カルシウム辺りは気にかけてたかも。 メザシ定食だったから」

 

先週に食べた悲しみの目指し定食の味を思い出しながらテルは目を細めて遠くを見る。やっぱりイケメン執事は優遇されるのかな、などと思いながら。

 

 

「ふむ。 私の方では随分と充実した執事生活を送ることができている。 お互いに頑張ることだな、それぞれの主に迷惑をかけなようにな」

 

余計なお世話だ、とテルは心の中で悪態をついた。 

 

 

「まぁ、暇でも貰えて三千院家に来ることがあったらぜひ上がっていくがいい。 研修中であってもそれくらいは許されるだろう。 たまには主に顔でも見せてやれ――――そうだ」

 

 

 

言い忘れていた事があった、と白銀がゆっくりと振り返って余裕の笑みで言うのだ。

 

 

「今日の彼女の行動を『勘違い』なんてするな。 あくまでこれはナギお嬢様の気まぐれであり、その行動へと移した彼女の『お遊び』みたいなものだからな」

 

「お前・・・知ってたのか?」

 

いやいや、と白銀はわざとらしく言葉を作って言う。

 

「たまたまだな。 ふと夕食を持っていことしたところ、厨房からいい匂いがしたものでな。 見たら可愛らしくエプロンを着て、一生懸命に作っていたのだ。 乙女ゴコロをしっかり理解してやった配慮のつもりだよ」

 

「へぇ・・・覗きなんて趣味悪いぜオッサン」

 

「私は25。 まだオッサンと言われる道理はない・・・もしかして、もう既に手遅れだったのかな?」

 

小さく笑って言う彼に、テルは二つほどの違和感があった。 一つは、なぜ黒羽の行動をピンポイントにテルの行動を抑制するよう警告したのか。 もし、勘違いでそうなったとして、何か不都合でもあるのだろうか。

 

もう一つは、口で言い表せない物だった。頭の中で一瞬熱くなったかと思ったら、今度はいつの間にか両の拳が握られている。 どうしたものか、と考えていたときにふと、黒羽の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

――――貴方が帰るまで、貴方の居場所は・・・私が守りましょう

 

・・・ああ、なるほど。 

 

 

拳の形を解き、テルは納得して心の内で続ける。

 

 

・・・俺は怒ってんのか

 

 

 

それもそうだ、とテルは息を吐く。 仮りにもし冷やかしだったり、さっきまでの行動に黒羽が他意を持っていなくても、自分を一瞬でも救った彼女の行動が『お遊び』と称されたのが堪らなく気に入らなかったのだ。

 

 

 

 

だから彼は反抗してみたのだ。 あえて子供っぽく、幼稚を装って。

 

 

「もし、俺がアイツに『勘違い』しちゃったらどうなるのかな? もしかして、嫉妬した白銀サンが俺を殺しに来るのかなぁ?」

 

はっはっは、とテルが下埤た笑みを浮かべると、向こうの白銀は優雅に笑って見せ、その上でこちらを見る。

 

 

「やれやれ、お前のその頭はどうなってるのかメスで切り裂いて見てみたいものだ・・・」

 

いいか、と白銀が顔を手で抑えながら言った。

 

 

「私は『忠告』しているのではない『命令』しているのだ」

 

 

 

その瞬間、場の空気が一気に凍りついたのを感じ、穏やかな表情だったはずの白銀の顔がこちらとは違う笑になっていた。 下品な笑い方ではない。 それは悪い言い方をすれば、完全にワルそのものの顔だった。

 

 

言葉には不思議な力があると聞いた事があるが、全てオカルトの範囲内で済ませてきたテルだったが、目の前のこの男はオカルトという範囲では済まないかもしれない。 全身が悪寒を感じると同時に彼に支配されていくのが理解できる。 強く意識を保たなければ本当に乗っ取られるかもしれない。

 

 

だから彼は意識を持ち、迫り来る悪寒を打ち払う為に息を軽く吸って聞くのだ。

 

 

「なぁ、二度聞きになるんだけどさぁ。 その命令とやら無視したらどんな特典がつくの? ヒロインに後ろから包丁で刺されてBAD ENDなんてゴメンだけどね」

 

はは、と今度は白銀が笑って答える。

 

 

「安心するがいい。 お前は一切危害がない。 未来永劫、お前はそのあっぱらぱーの頭で人生を謳歌できるだろう」

 

だが、と彼は続けて言い放つ。

 

 

「だが、代わりに黒羽が死ぬことになるだろう」

 

 

「なッッッ!?」

 

 

だからこそ、と驚愕するテルに白銀が背を向けた。

 

「彼女を守る為に私がいなければならない。 そして、その為にはお前の存在が邪魔なのだ善立 テル」

 

背から発せられていたのは、感じたことのない殺気であった。 経験のない殺気にあてられ身動きできない間に白銀が車に乗り、発射させてしまう。

 

 

まて、という前に体を動かして車の出た方向を見るがそれ以上追うような事はなかった。 誰もいなくなった後で、彼は舌打ちをして不快を現す。

 

 

 

「黒羽が死ぬって・・・どういうことだ」

 

悪寒と殺気から解放されてフラフラになった体を一旦門の壁に預ける。 やれ勘違いするなだと、やれ黒羽が死ぬだの。 突然とトンデモな発言をカマしてくれる。

 

 

・・・こちらとしても、まだ動くには時間がいるな。 

 

今日で、彼の本性を垣間見る事ができたが、あれはほんの一部なのだろう。 そして、これだけの情報で彼に仕掛けるのは愚の骨頂だ。 味方も情報も圧倒的に少ないこの状況では何をしても、白銀に論破される結果しか浮かんでこない。

 

 

「・・・ったく、合わねぇよなぁこのスタイルは」

 

はーっ、とため息をついて項垂れる。 彼は、白銀が動き出すまで情報を探しつつ、ひたすら『待つ』という選択をした。 だがそれは彼のこれまでの行動方法とは大きく異なる。 若干いらいらを感じながらも、彼は一つの事を思い出して、指を鳴らした。

 

 

「ああ、そだ。 残ったカレー全部食うか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせて済まなかったな」

 

 車を発車させてテルの姿が見えなくなったのを確認してから、白銀は黒羽にバックミラー腰に謝罪を述べた。 適当に話をして撒いてくるはずが、予想よりも時間がかかってしまったのは誤算である。

 

後ろの席では黒羽が先程の謝罪に対して、いいえ、と言ったのを聞く。

 

「彼も相当頑張っているようだ。 あと2週間と少ないがこれは大きな変化を遂げるやもしれん」

 

「・・・・白銀さん」

 

ん?と黒羽が聞いてくるのを理解して白銀が一瞬だけ視線をミラーに移す。 ミラーの中の黒羽がそのまま話を続けた。

 

「白銀さんはチート系主人公と泥臭い主人公のどっちが好きですか?」

 

突拍子もなく不思議なことを聞いてくるなぁ、と思いながらも白銀は考える。 さて、どう考えたものかと。

 

 

「何でも自分の思い通りにまかり通るのなら、私は『チート』を選ぶ。 楽して好きな物が手に入るならそれに越した事はないからな」

 

だが、現実はそんな上手くいかない物だ。 もしそんな力が存在していたとしたら、世界は滅亡も迎えるはずだ。 必ずしもその力を手にする人間が、正義を掲げた『善い人間』とは限らないからである。

 

「時々、私もそんな力があったら・・・夢の中だけでもあれば良かったのにと思うことがあるんだがね?」

 

 

思うところがあったのか、少しだけ車体が中央線に寄る。 油断をしたせいだ。 すぐさま軌道を修正して、乗り手の気分を害さないように車を走らせる。

 

 

「まぁ、そんな事よりもこれからは簡単に外出をしないことだ。 君みたいな若い子が、夜中に外出するというのはとても危険な行為だ・・・分かるか?」

 

ふっ、何を言いますか、と黒羽は余裕そうな口調で

 

「それはそれで薄い本とやらがたくさん出来るので社会貢献できるかと」

 

「ぶふっ!!」

 

思わず飛び出した驚愕の一言に、さすがの白銀も動揺した。

 

 

「ど、どこでそんな知識を知ったァ!?」

 

「我が主に、一瞬の隙もありません。 乙女物からBL臭のするジャンルまで、その手の知識はばっちりです。あとは唯一現れたことのないショタ属性だけですが、ワタル様や他の男性陣ではその願いを叶えるのは難しいようです」

 

 

・・・あの主は一体この子に何を教えているんだ!

 

心の中で彼は今でもひとりで繰り広げているだろうソロゲームプレイをする主の姿を浮かべた。この黒羽に罪は無い。 罪があるのはあまりにも時代の波を察知して金のあるままに好きなものに手を出す我が主が悪いのだと、勝手に自分で納得した。

 

 

「ったく、ハヤテの奴・・・いったい何やってたんだよ」

 

「・・・?」

 

と、黒羽がこちらを見てきたのをミラーで確認して、先程の独り言を咳で隠しながら彼は言った。

 

「君はもう少し、レディーとしての自覚を持ちたまえ」

 

「自覚? ええ、自覚してますとも。 これほどまでにレディーしてるヒロインがどこにいますか。 安心してください。 ヒロイン力もレディーとしての質も、薄い本一冊くらいじゃあ落ちやしませんから」

 

どこか優雅さを感じるそのセリフに白銀が肩を大きく落とした。

 

「ああ、もうダメだ。 誰かツッコミを変わってくれ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃の咲夜邸。 ここでは熾烈な戦い(カバディ)が繰り広げられていた。

 

 

 

「カバディカバディカバディカバディ」

 

「カバディカバディカバディカバディカバディ」

 

 

・・・この戦いを制して、私がラブコメ臭を断ち切ってみせるッ

 

そう気迫を滾らせる伊澄だったが、相対する咲夜はというと。

 

 

・・・え、コレがオチなん?

 

 

ハイ、オチです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、どんどん黒羽さんが毒舌になっていく。 なんかキレが半端ない。 そして久しぶりのカバディネタ。 この世界のカバディはシリアスと修羅場を切り抜ける万能の力を持っているのかもしれない。

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