ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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ちょっと更新が遅れてしまいました。 そして、なんだこのタイトルは(驚愕)。 突然ですが今回は前回から一週間経過したという設定です。


第113話~テル、寂しい夜に天使を見る~

 誰もが、楽しいことばっかりできて一週間を過ごせたらと思う。 そんな願望が存在する。どんな仕事でも、遊びでも、学校の授業でも、取り敢えず何でも楽しめれば、辛いと感じることがなければどれほど生きることが楽しいことか。

 

 

 だが、人生そう簡単に上手くはいかない。

 

「テルくん、いつまでそこで油売ってるんですか? 次の行動に移ってください」

 

「・・・あ”ーい」

 

 冷ややかな声に、テルは拭いていた花瓶を定位置に置きながら濁点の入った返事。

 

「さて、今日で一週間となるわけですが。 執事研修の成果がまったくもって出てないですね」

 

ミニスカメイド服に身を包んだ愛沢家のメイドこと、ハルは彼の出来の悪さに最早呆れる一方であった。ひきこもり生活を脱したのは良かったものの、それで執事の仕事がうまくなるわけがない。

 

働き始め当初は凄い量だった。 失敗の量が。 敷地内で迷子になるわ、料理を勝手にして自爆するわ、咲夜の弟たちである朝斗と日向と一緒になって職務怠慢をする始末。

 

 

「ちくしょう。 ハルさん、俺を厨房に行かせてくれ。 料理なら、料理なら俺は天下取れる気がするんだ!」

 

「どの口がッ!」

 

ハルの右手が伸び、テルの顔面を鷲掴みにした。

 

「言うのですかねぇ? テルくん・・・一昨日、貴方が勝手に料理した物を食べた愛沢家の使用人たちが原因不明の体調不良で二週間の入院をする羽目になりました。 この大惨事を引き起こしておきながらまだそんな事を言えますか?」

 

「いやぁ、隠し味にハチミツいれたつもりがですね? 黄色の接着剤が入ってしまって」

 

・・・どうすればハチミツと接着剤を間違えるんですか。

 

 

三千院家でも同じような失敗をしていたのかと思うと、ハルは今更ながらこの男と衣食住を共にしてきた三千院家の使用人たちに同情を抱くのであった。

 

 

 

 

「お、おったおった・・・二人とも、何しとんねん」

 

制服に着替えた咲夜が二人を見つけ、声を掛ける。

 

 

「おお、咲夜。 もう学校か?」

 

「せや。 アンタも支度せなアカンやろ?」

 

「お、そうだった。 というわけでハルさん、残りの仕事は帰ってから行いますんで」

 

今まで持っていた掃除道具を雑にもポイッと投げたテルは映画のマスクのごとき動きでその場を去っていく。 残ったハルや咲夜の前には風だけが残るのであった。

 

 

拳を震わせて怒りの声を小さくしながらハルは咲夜に聞いた。

 

「・・・いいんですか咲夜さん。 このままあの男をここまで置いといても」

 

「ん~、そんな事言ってもなぁ。 研修はまだ残ってるしなぁ、向こうは向こうで楽しくやっているようだけどな」

 

「楽しいとは?」

 

ハルが首を傾げた。

 

「ん? 白銀に煽られたのが効いたんやろうなぁ、あれから働くようになったし、一ヶ月したらあの白銀を倒せる執事になってマリアさんに抱きしめてもらいたいらしいんや」

 

え? とハルが疑問を浮かべた。

 

「マリアさん、あの男を抱きしめますかね?」

 

「いやー、無理やろ。 ぶっ飛ばされるのがオチやで」

 

ないない、と言わんばかりに手を振る咲夜に相槌を打つようにハルも苦笑を浮かべた。

 

 

「んじゃ、ウチも学校行ってくるさかい、ハルさんも気を付けてや」

 

「はい・・・お気を付けて」

 

深くお辞儀をして、咲夜は学校へと向かう。 ナギたちとは違う学校の生徒の為、制服が違うのだ。

 

 

「ふぅ・・・」

 

愛沢家のメイドから白皇学院生徒会書記である春風千桜に戻った彼女は考える。それは執事研修にやってきた善立 テルという男。 正直、自身も最近雇われだした者であっても、百歩譲ってみたとしてあの男の執事としての能力は

 

・・・もはや壊滅的だよなぁ。

 

ここ数日で彼が発生させた失敗の数々、その全ては目に余るものである。 

 

・・・やはり白銀さんと比べてしまうのはあまり良くないものだろうか。

 

どうしても交換条件で三千院家に行った白銀の働き振りをテルと比べてしまう。 白銀は初めてなのか、という程に初日から仕事に適応していた。 咲夜や他の使用人たちもテルと違って絶対の信頼を寄せている。

 

だが、誰だって比べられてしまうのは嫌だ。 

 

自身が努力をしても、実力を比べられてその評価を殺されてしまってはヤル気もなくなってしまうだろう。

 

千桜も、自身が書記というキャラと愛沢家のメイドのキャラを比べられて評価を受けてしまうことは嫌だからだ。

 

だから、彼女は極力テルには白銀と比較するような発言はしないようにしている。 一つの気遣いであった。

 

「というか私も早く学校へ行かないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――白皇学院。

 

 

「いやぁ、それにしても白銀の働き振りは凄かったぞー」

 

教室内。 テルの机付近でナギが笑みを浮かべながら話すのは勿論、ここ最近では定番となりつつある白銀の話題であった。

 

 

「爪の垢を煎じてお前にも飲ませてあげたいくらいだ。 アイツ料理もできるんだってな」

 

「おうナギ、わざとらしく俺に聞こえるようにアイツの話するのやめろや。 朝から色々言われすぎてこちとらストレス溜まってんだよ」

 

机に伏していたテルが体を少しだけ起こす。 ここ最近での三千院家から聞いている情報はほとんどが白銀の仕事ぶりでいっぱいであった。

 

「いやぁー参ったなぁ、マリアも驚いていたぞ。 アレが噂の天才ってやつだと」

 

「なぁにぃ」

 

完全に覚醒したテルがナギと向き合う。 なぜか彼は般若のような顔をしていた。

 

「マリアさんとイチャイチャだとぉ!? あの野郎許さねぇ!」

 

落ち着け。と言わんばかりにナギの目潰しが決まってテルは敢え無く轟沈する。目潰しは危険なので良い子は真似しないでね。

 

「お前・・・帰ったら覚えてろよ」

 

目を抑えるテルにナギが嘲笑で返した。

 

「ははは! 何を覚えてろって言うのだ? お前の評判は聞いているぞテル。 愛沢家でも相当なやらかしっぷりだそうだなサクから聞いたぞ」

 

「お、おのれあのおしゃべり関西人ッ!!」

 

「まぁ、一ヶ月もあると流石に長いですねこの研修」

 

と、二人の気をうまく静めるように会話に入ってきたのはハヤテだ。

 

 

「何事も卒なくこなしてプラスアルファをもやってのける。 あの人は仕事人の鏡ですね。 料理の腕に多少の自信は僕もあったんですけど、あの人のは本当に凄いですよ」

 

 

へぇ。とテルはニヤリと笑みを浮かべて言った。

 

「つまり俺とどっこいどっこいか」

 

 

「いや、その発想は可笑しい」

 

 

真横で話を聞いていた木原がツッコんだ。

 

「お、木原君。なんか俺凄い久しぶりに見た気がするんだけど気のせいかな? 」

 

「ああ気のせいだ。 ちょっと時間が空きすぎてそう感じてきてるだけだ。 それよりもだ、テル・・・マズイぞ」

「あー?なーにーが?」

 

顔をしかめている木原にテルは大きく伸びをして答え、頭を掻きながら木原は続ける。

 

「お前、このままだとその白銀っていう奴に今のポジション取られるぞ」

 

 

 

 

「なん・・・だと?」

 

某剣術漫画よろしく、劇画タッチへと変貌したテルが反応を見せる。 これだけの反応を見る限り、この手の話題にはナーバスになってるかもしれない。

 

 

「今仕事してる愛沢家でも全く成長が見られず、三千院家に戻ったらまた失敗の繰り返しだ。 つまりどう言うことか分かるか?」

 

「どういうことだってばよ」

 

真面目に聞け。と、木原の義手による鉄拳がテルの頭部に炸裂。

 

「暴力反対! 労働者イジメ、良くない!」

 

「並の労働者位の労働力持ってんのか? まぁ続けるけど要するにだ・・・信頼よ」

 

 

どこから持ってきたか、紙とペンを用意した木原は達筆でその二文字を書いた。

 

「話を聞く限りだと、お前はとんでもなく普段から失敗を繰り返して少なからずとも他の使用人たちに迷惑を掛けている・・・OK?」

 

「それは・・・NOだろ! 俺はこれほどまでに三千院家に貢献をッ」

 

「あーはいはい、OKね・・・そのお前がいなくなって、そこに有能な白銀がやって来た。 今までと違って出来が良いから使用人たちも全体に好印象だ・・・するとどうなる? それまで居たお前はなんだったんだ?という話よ」

 

更にと木原は続ける。

 

 

「職場の中で『使えなくて』、『成長も見込めない』、挙げ句の果てには『職務怠慢』・・・そんな事をするやつとお前は一緒に仕事をしたいと思うかな? そのうち、虎徹みたいな扱いにされちまうぞ」

 

 

ちょうど離れた場所ではいつものように求婚をしていた虎徹がハヤテに無情のマッハキックを炸裂させている光景があった。 あのような扱いをされるなどテルは死んでもゴメンである。

 

 

「なんてことだ・・俺はそんな扱いになったら次第に『男に蹴られて興奮する変態』のレッテルを貼られてしまうじゃないかッ」

 

 

・・・お前、そろそろ馬鹿のスイッチを切れよ。

 

呆れたように頭を抱えた木原は釘を刺すようにテルに言った。

 

「だからこの一ヶ月、お前は死ぬ気でやるしかねぇんだ。 帰ったら居場所がなくなってましたらじゃあ話にならんだろ」

 

「死ぬ気でやれねぇ・・・誰かの熱い抱擁があればできるかもしれないなぁ」

 

「それでしたら・・・」

 

と、またしても割ってはいる声。 その主は黒羽だ。

 

「おっ、なんだ黒羽さん。 もしかしてこの僕に熱い抱擁でも?」

 

くるりと身を椅子の上で回転させたテルだったが黒羽はいつもの無表情で返すのだ。

 

「ふっ・・ご冗談を。 テルに抱きつかれるくらいなら猿山の猿に抱きつかれた方がマシです。 どちらにしても銃で射殺しますが」

 

「物騒なこというようになったな! それでも一応ヒロインですか?」

 

「とまぁ、冗談はこれくらいにして虎徹様がテルに抱きつきたいらしいですよ」

 

視線をゆっくりと横に向けるとそこには目をまるでザクのように赤く光らせた虎徹が息を切らしながらこちらを見ていた。

 

「ファッ!?」

 

「善立ェ・・・綾崎を抱きしめても文句が言えないように練習させろォ!!」

 

「ちょっと何言ってるか分かんねェェェ!!!」

 

 

虎徹のルパンダイブを回避したテルは堪らず教室から飛び出し、虎徹もテルを獲物を追いかけるライオンの如く教室を飛び出した。

 

 

 

「あいつら・・・始業前だって分かってるのか?」

 

馬鹿だなァ、と心の中で続けてナギは机に戻ろうとすると

 

「ナギちゃん」

 

黒羽に呼び止められた。

 

「どうした? 気分でも悪いのか?」

 

いつもの体調不良ではないかと気を遣うナギだったが、黒羽は首を振る。

 

「その・・・今回の執事研修、ナギちゃんは賛成でしたか?」

 

聞きづらそうに言う黒羽にナギは少し唸ってから応える。

 

「まぁ、テルに実力が伴わなかったのは確かだから・・・白銀の言うことも一理あったからなぁ」

 

実際の所、あのゲームが行われた場所で白銀が勝手に何を言いだすのかと一瞬憤りを感じたナギであった。だが、ある意味彼の言うとおりでここでしっかりとやっていけるようになるチャンスなんじゃないかと思う。

 

「もしこれから先、アイツが一人でどっか行く時にさ。 どこかで働くんだったら少しでも身につける べきなんじゃないかなと思ってる」

 

 

 

・・・あと、アイツが屋敷を出ていくことになってもう一人誰かがついて行っちゃいそうなんだよなぁ。

 

誰かが死ぬわけじゃない。 だけども誰かが自分の周りから消えてしまうのではないか、いつものあの日常から誰かがぽつんと消えてしまうのではないか。 そんな事を、一瞬ナギは考えた。

 

 

「でもまぁ、面白半分ってのもあるけどなぁここだけの話」

 

ナギは笑ってそう言った。たまに自身の主のノリがよく分からなくなる黒羽である。

 

「私たちはアイツがちゃんと戻って来るってのは分かってる。 だからあんまり心配するなよ」

 

「心配はしてません・・・でも」

 

「でも?」

 

「暇です」

 

ガクッと肩を落としたナギだった。もう少し面白みはないものだろうかと思っていたナギだったが、すぐにあることを思いつく。

 

「それだったら黒羽、私にいい考えがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――愛沢家。

 

 

「あー、疲れた―――――」

 

学校も終わり、愛沢家である程度の仕事をこなしながら漸くテルは自室のベッドに倒れこんだ。 愛沢家で用意された部屋だが、いくらかテルの手が加えられている。 その証拠に、枕やDVD、その他の物品は最低限持ってきた。

 

「なーんかさんざんな一日だったなぁ、ホモに追いかけられるわ、仕事はあいも変わらずちょっとしたことで失敗するぅー、マジで向いてないのな俺」

 

仰向けになってテルは考える。以前から自身に執事としての素質がないのは分かっていた。それでも経験値が1とかでも三ヶ月で少しはレベルアップしてればいいなと思っていたが、現実は非常である。改めて現実を叩きつけられた気分だ。

 

「そう言えば三千院家の屋敷にチビハネ置いて来ちまった。 いや連れてきても五月蝿いだけだからいいんだけど」

 

 

最近、独り言が多い。 病んでいる証拠だろうか。だとしたらこれは追い詰められている。 誰にだ? わかりきっている。 白銀だ。

 

・・・んー、やっぱりなんか怪しい。 なんも確証もないんだけど。

 

少なからずとも怪しい要素は、なぜテルをわざわざ追い出すようにしたのか。 もし白銀が三千院家の遺産を狙っているような人物だと考えて、邪魔な障害はハヤテのはずだ。 

 

だがこれらはあくまで白銀を完全に『悪』と仮定しての話だ。 今全て勘で物事を考えている自分にはどうすることも出来ない。

 

―――このままだとポジション取られるぞ。

 

 

木原の言葉を考えてみると、その可能性は無きにしも非ず。 先日の送りつけてきた写真やハヤテたちの話を聞いたら三千院家内で白銀の評価は鰻のぼりだ。 三千院家内で何が起こっているかテルには何も分からない。

 

・・・バルトあたりにちょっと調べてもらうかな・・・というよりも。

 

「なんで誰も心配してくれねぇーんだよォォォ! もう一週間だよなァ! 励ましのメールとか来ないのかよォォォ!!」

 

誰もいない自室で悲しみを訴えるが、誰も聞いてはいない。 ただひたすらに虚しい。と、考えていると。

 

 

♫~♫。

 

音がした。

 

「け、携帯ッ」

 

聞きなれた着信音、仕事人のテーマを耳にするのはいつぶりだろうか。 一週間前に迷惑メールで来たのが最後だろう。

 

「お、お嬢!?」

 

画面を確認するとそこにはナギの名前が表示されていた。 最近メールなどしていなかったから久し振りに心が軽くなる。

 

「な、なんだよ。 アイツ結構可愛いところあるじゃねぇか。 さすがヒロイン、俺を心配して」

 

ボタンを押して、内容を確認する。

 

 

『テルへ、まどマギと仕事人のDVD入れ替わったままだぞ どうしてくれる!!』

 

 

「知るかァァァァァ!! んな事聞いてくるなぁ! あ、でも考えたら俺がこっちに持ってきたDVDにまどマギ混ざってるって事なのか・・・ってそこじゃねぇ!!」

 

更に下にスクロールすると最後に一言。

 

 

 

『PS,ゴキブリが2、3匹いたからお前の部屋に投げといた』

 

 

「やめろォ!! それただの嫌がらせじゃん!! というか始末しろよ!! 繁殖されたらたまったもんじゃねぇからマジでやめてェェェ!!」

 

 

今に自分の部屋が黒のゴキブリによって真っ黒に占拠されていたら溜まったものではない。むしろそのまま人類の危機に発展するだろう。

 

♫~♫

 

続け様に着信音が鳴る。 今度は誰だ、と画面を確認。

 

 

「ま、マリアさん!!」

 

さっきの絶望へ真っ逆さまからのいきなり急上昇する彼は思わず画面を二度見した。

 

・・・やっぱり出来る人はニートお嬢様とは違う。 ああ、マリアさん、貴方は天使だ。

 

最早顔面がヘブン状態を迎えている。 誰かが見ていたら確実にドン引きされると思ったテルは素早くその中身を確認する。

 

 

『テルくんへ。 カーテンをシャーってするスライドする小さなアレが見つからないんですが知りませんか?』

 

 

「マリアさ―――――ん! すんごいどうでもいい、すんごいどうでもいいよォ!! 知らないから! カーテンのあの部分のヤツでしょ!! すっごい懐かしいネタ使ってるけどそんなことよりも俺の事心配してくれェェェ!!」

 

 

と、お約束のようにナギと同じくスクロールする部分が。

 

『PS.テルくんの部屋にコケを撒いておきました。 そろそろキノコ出てきそうです』

 

 

「ちょっとヤメてェェェ!!? ゴキブリも一緒にいるんでしょ!? それやっちゃダメェ!! 人型のゴキブリとかできちゃうからヤメてェェェ!!」

 

どうしよう。と、テルは想像する。 一ヶ月後、自室の扉を開けた瞬間に出てくる人型の、そして真っ黒でマッチョで口癖が『じょうじ』のあの生物たちの姿を想像し、吐き気から口を思わず覆う。

 

 

♫~♫

 

・・・流れ的に最後は、やっぱりハヤテか。

 

もうすでに心の方が瀕死状態なのだが、テルとしては藁にもすがる気持ちで最後の望みに掛ける。

 

 

「もう、ホモとかなんでも言われてもいいので、まともな・・・まともなメールをくれッ!!」

 

 

絶望からの救済。 その一心で彼はメールを開封した。

 

 

『応援メールかと思ったか?   オレだよ』

 

 

「ま さ に 外 道ゥゥゥ――――――ッ!!」

 

画面いっぱいに現れた某チャンネルの赤ん坊のコピペを見た瞬間。テルは携帯をベッドの上に叩きつけた。

 

 

 

「もうこいつ等、おちょくる事しかしてこねぇのはないんですけど。 三連激なんですけど。 ジェットストリームアタックなんですけど ここまで俺って嫌われてたっけ?」

 

それを誰もいないこの場所で問うのはどうかと思った自分だったが、確かにこれまでの自分の行いではこの仕打ちに値するものだったか。

 

 

・・・充分あるわ。

 

 

自身の罪の意識を自覚したところで納得したテルだったが、それでもつい最近の仕打ちからテルには精神的にもダメージがある。 いや、これまでよく持った方だったかもしれない。

 

・・・飯食ってないけど、寝よう。

 

 忙しくて、夜食も学校の宿題も終わってないけど、寝よう。 もうすでに彼の精神と肉体は限界だった。

現実から色々と逃げたくて、何もかも忘れたくて、ベッドに執事服のまま倒れこむ。

 

 

「ウツダー」

 

カタコトで目を閉じて、彼は眠りにつこうとする。 だが、明日になれば今日のような出来事がループして起こるのだと思うと、『もう明日なんてこなければいい』と考えていた。

 

 

 

だがその時だ。 熟睡モードに入ろうとしたテルだったが、ふと窓から小さく物音が聞こえる。 コツ、コツ、と何かをぶつけている音だ。

 

 

 

「誰だこのやろー」

 

ゆっくりと起き上がり、念の為に壁に立て掛けていた撃鉄を取り出した。夜を狙ってやってきた盗人の可能性があるからだ。

 

 

身長に近づいて撃鉄で窓を開ける。 恐る恐る、顔を出すとそこには一人の少女が立っていた。

 

 

「・・・・」

 

 

小さい鍋を両手で持ち、サイドバッグを肩に掛けた黒羽がそこに立っていた。

 

「あんれー、俺の目がおかしくなっていないんならなんでこんな所に黒羽さんがいるのー」

 

「・・・・」

 

目をこすりながら問うテルを無視して黒羽は鍋をテルに持たせ、窓を飛び越えてテルの部屋へと侵入する。

 

「ちょっと黒羽さーん。 質問に答えてー、このままだと普通に不法侵入だよー」

 

と、ここで黒羽持っていたサイドバッグを下ろしてテルの持っている鍋に向けて床に置くようにと指でジェスチャーを促す。

 

 

・・・え、何コレ。 モノボケ大会か、何か?

 

指示されるがまま、鍋を置いて黒羽と向き合った瞬間だった。

 

 

 

テルの頬に強烈な平手打ちが飛んだ。

 

 

 

「ごふっ!!」

 

 

それはもう、無造作に、無駄のない動作でぶたれている間に時間を忘れてしまうほどの奇妙な感覚に襲われたビンタだった。

 

 

 勢いで地面に尻餅をついたテルだったがすぐ見上げるとそこには無表情でこちらを見下ろす黒羽の姿が。テルは一瞬思い出した。 この構図は以前黒羽が持っていた、変態的な能力を持っていた時代の黒羽に近いものを感じた。

 

 

やがて沈黙を破り、黒羽が口を開く。

 

 

「どうです? 元気になりました?」

 

 

「元気!? なんで元気!? というかなんで殴ったの!?」

 

頭の中で色々と混乱しているテルだったが、黒羽は開いていた窓を閉めるついでに言うのである。

 

「はぁ、ナギちゃんが『男子を元気づけるには一発殴らなきゃ』と、言っておりましたので実行しました」

 

 

・・・あのお嬢様、なんて事教えやがる。しかし、なんだ。 ちょっとショックがデカくて涙目になっちまった。

 

 

思えば一日中精神と肉体を削るような仕打ちを受けて眠ろうとしたその矢先、突然の訪問とマジビンタをくらったのだ。 こんなのを一日に食らったら誰だって挫ける。

 

いつものようにツッコミを入れていくのが普通なのだが、そんな気ももはや無くなりかけているのか返事が大きなため息になってしまう。

 

 

「随分とお疲れのようで」

 

短く言う黒羽を見て、テルは内心しまったと思った。 返答能力にですら影響を及ぼすほど、気持ちに余裕がないらしい。

 

 

「どうしたんだ。 ま、まさか・・・お前も俺をおちょくるためにわざわざここに足を運んできたというのか!!」

 

 

「相当参っているようですね・・・頭の方が」

 

ジト目でこちらを見るあたり、本気で呆れているようだ。 そう言うと黒羽は持ってきた鍋をテルの机の上に置いた。

 

 

「私の推測ですが、テルは夜食は?」

 

「へ? いや、まだだけど・・・」

 

 

思わず身構えていたテルだったが予想外の問いに思わず目を点にする。 黒羽は何も言わずに鍋の蓋を開けると、そこから何とも言えない空腹のテルの鼻を刺激する匂いが。

 

 

「こ、これは・・・料理?」

 

 

最早料理であるかも懐疑的になっていたテルに黒羽はサイドバッグから取り出したお玉をテルの顔面を前に寸止めさせた。

 

「もはや、これが料理であることすらもカレーであることすらも分からない位に認識能力が壊滅的にイカレてしまったのですね・・・悲しいばかりです。 せっかく作って持ってきたのに」

 

 

悲しみと哀れみで詰まった瞳で見てきた黒羽の言葉にテルは耳を疑う。

 

「え、作ったの? 誰が?」

 

そう聞かれ、黒羽はゆっくりと自身を指差した。

 

「俺の為に・・・?」

 

その問は一瞬だけ間を置いたが程なくして、その首を小さく落とした。

 

 

 

「・・・・・」

 

 無言になった二人の沈黙がしばらく続いた。 部屋はカレーの匂いで満たされつつある。 空腹とカレーのダブルの刺激が合わさってテルは磨り減っていた精神状態から目の前の黒羽の姿が輝いているように見えた。

 

 

深呼吸をし、テルが遂に沈黙を破る。 いつになく真剣な表情で、彼は祈るかのように言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天使・・・すみませんが、抱きしめてもよろしいでしょうか」

 

 

返事は当然のように本日二度目の無表情で強烈なビンタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、鷺ノ宮家。

 

「はっ・・・!」

 

 

「どうしたんや伊澄さん?」

 

伊澄の部屋で泊まりに来ている咲夜が伊澄の異変にいち早く気付く。 伊澄はほどなくして震えながら口元を袖口で覆いだした。

 

「咲夜・・・臭うわ・・・」

 

 

「臭うって・・・何が?」

 

 

と、伊澄の表情を見て咲夜は背筋に凍るものを感じる。 伊澄の目が笑っていなかったのである。 いつもおっとりな性格なので何を考えているか分からなかったが、その瞳の中に明確な殺意のような物を感じた。

 

身を震わせながら、目の笑っていない伊澄が口を覆ったままその言葉を口にする。

 

 

「どこからか発せられている、それも結構近くで・・・ラブコメ臭がッッッ」

 

 

「そ、そうかぁ~」

 

伊澄の反応を見て、咲夜は苦笑いで返した。 そして心の中で状況を推測する。

 

・・・テル、なんかやったんかな。 ま、まさかホンマにマリアさんに抱きついたとか!?

 

 

その行為は全く別人でしかも未遂に終わっている事に気づかなかったが、今の伊澄の様子から明日の学校でのテルの身を案じる咲夜だった。

 

 

 

 

 

もうちょっとだけ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 天使の正体は中々出番が作れなかったマリアさん・・・じゃなくて黒羽さんでした。というかテルくん、私が思ってたより酷い状態になりかけてますね。いや、ここまでにしたのは私なんですが・・。
 そして伊澄さんが殺意の波動に目覚めそうです。 そのうちマリアさんも・・・マズイですねぇ。
ちなみにカレーに関してはまだ黒羽さんが変な力を使えていた時に一回作ってますからね。そこからつなげてみました。


うーん。そろそろ第二の修羅場が始まっちゃうかなぁ? 

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