ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

11 / 148
第11話特別編~不気味な執事とお嬢様の来訪~

ー深夜、町のはずれの裏道。

 そこは昼間はあまり人は寄り付かない場所。 夜も寄り付かない場所。真っ暗な中で不良たちとかがタムロする絶好の場所、なのだが今日は誰も居ない。 きれいさっぱりになる位に

 

「うう・・・」

 

 その誰も居ないとされる奥の路地に低く弱ったような男の声。

 

「・・・・・やはり実験体が弱すぎるとあまり効果は期待できませんわね」

 

低く声を絞り出して倒れている男に近づくのは幼い少女。

 

「やはり肉体的に安定している方が効果があると言うことでしょうか」

 

更に少女の後方で一際大きい男が立っていた。 付き人だろうか。 

 

「そういう事かしら・・・・・ならこれは本番で試すしかないでしょうね」

 

 ふぅとため息をついた後、少女はニヤリと笑いながら倒れている男の側を通り過ぎていく。

 

「・・・・本当に実行なさるのですね?」

 

突如、付き人は険しい表情をして少女に問い正す。

少女はそれがとてつもなく忌まわしく思ったのか男と向き合う。

 

「あなたに質問する権利があると思って? あなた如きが私に質問なんてするんじゃありません時間の無駄ですから・・・・」

 

それはまるで敵を見るかのような瞳、誰をも信頼しないような瞳。 だがそこには揺ぎ無い決意があると言うことを男は知っている。

 

「申し訳ありません・・・・お嬢様」

 

「ふん・・・」

 

少女は低く頭を垂れる男を見向きもせず歩き出した。 男もその後ろを追っていく。 その場を去っていく中で少女はまたニヤリと笑った。

 

「見ていなさい、三千院 ナギ・・・」

 

 そう呟くと、男が用意していた車に乗り込みある所へ走っていった。

 

 

 

 

 

特別編~心変わりは突然に~

 

 

 

皆さん、知っているだろうか 東京練馬区に存在するお金持ちの屋敷を……

 

知っているだろうか、ひょんなことからその屋敷のお嬢様に仕えることになった

少年執事のことを……

 

お嬢様と執事はちょっぴり天然さんでちょっぴり勘違いしていて

 

それでも深い絆で結ばれているのです。

 

そしてそんな彼らの前に執事と呼べるか分からない、異常で奇っ怪な執事が一人………

 

 

彼の名前は……

 

 

「テルさん、何しているんですか?」

 

早朝。否、既に太陽が真上に上がりきった昼。 三千院家の執事、綾崎 ハヤテは廊下で扉を叩いている人物に声を掛けた。

 

 

「おうハヤテ、今ナギを起こしている所だ」

 

 

同じ執事服、同じ身長、違うのはその瞳。 無気力かダルい、それが感じられる死んだ魚のような瞳。

 

同じ三千院家の執事、善立 テルその人である。

 

「まだ起きてなかったんですね、お嬢様」

 

「そうだ。 俺はかれこれここで20分起こしに掛かっているがアイツは一向に起きてこない……」

 

 

テルはくあっとあくびをするとハヤテと向き合った。

 

 

「後頼むわ」

 

そう言うとクルっと体を180度回転した。 ヒラヒラと手を振りながら歩きだす。

 

 

しかし、ハヤテは黙ってはいない。

 

「ちょっ、ちょっとテルさん!起こさないんですか?」

 

 

「あ? 起きない奴はどんなにやっても起きない。 何事にも自然に起きさせる習慣を付けさせなきゃ意味ないだろうが」

 

テルは頭を掻きながらダルそうに返す。 ナギの生活の悪さは恐ろしい。

 

今でいう引きこもり、インドアという言葉が代名詞のナギはその生活から昼に起きてくる事が多い。

 

 

「でも、これ以上寝かせるのはちょっとまずいですよ。 ただでさえ朝食を抜いているのに昼まで抜いてしまうのはお嬢様の健康が……」

 

 

「バカは一度、身に染みる体験をしなきゃあ己を見直す事はできない……という訳で面倒くさくなったから俺は行く」

 

 

「テルさん、明らかに職務怠慢ですよソレ、お給料減っても知りませんよ? 借金あるんですから」

 

ハヤテの言葉にテルは顔をしかめる。

 

善立 テルには借金がある。 しかし、そんじょそこらの友達が行ったお金の貸し借りのレベルでは無い。

 

 

その額、六千万円也。

 

ラーメン屋の借金を肩代わりしたナギがテルに仕事をもっと必死になってやって欲しいという願いを込めてテルに借金を作った。

 

しかし、そんな事を考えず先程のようなセリフを言うためハヤテも困り気味だ。

 

 

「仕方ねぇな、一発でナギが起きてくる魔法をみせてやろう」

 

テルは踵を返してハヤテに言うとナギの部屋の取っ手に手を掛けた。

 

「ちょっと大丈夫ですか? いきなり入って……」

 

「安心しろ、執事には主の部屋に入るときはノックなしで入れると言う特権がある」

 

 

「まぁそうですけど……」

 

本当の事です。

 

 

ガチャ。と扉を静かに開ける。 広い部屋の中で大きなベッドではナギがまだ布団を被って寝ている。

 

 

「お嬢様、そろそろ起きて下さい」

 

ハヤテが扉の側で声をかける。 その呼び掛けに反応するように布団がモゴモゴと動いた。

 

「う~ん、あと8時間……」

 

「もう夜ですよ……」

 

いつもの事だがナギを起こすのは至難の業だ。 言えばちゃんと起きてくれるのだがこういう日はハヤテは骨が折れると言う。

 

「よーしハヤテ、俺に任せろ」

 

落胆するハヤテにテルが何か前に出る。 ハヤテはテルの持っている物に疑問を抱いた。

 

 

「あの、テルさん……なんで拡声器を持ってるんですか?」

 

ハヤテが聞くがテルは拡声器のボリュームを調節するダイヤルを人差し指で左から一番右へグイッとなぞった。

 

 

そして、胸が膨らんばかりに息を吸い込み……

 

 

「粉アアァァァ雪イィィィイ!!!」

 

 

部屋中に響くは悪魔的殺人ソング。 所々に甲高いノイズが入り、ご近所迷惑こと極まりない。

 

「ヌアァァァ!?」

 

ナギはさすがにたまらずベッドから転がり落ちる。

 

 

「テルさん! お嬢様起きましたよ! テルさん!」

 

ハヤテはテルに殺人ソング停止を求めるがノイズが響き過ぎてテルの耳には届かない。

 

「イエェェェェェェア-」

 

 ガツン。 とテルの後頭部に何かが当たり、テルは糸が切れた人形のようにその場で崩れ落ちる。ハヤテが後ろを見ると扉のところにはマリアが立っていた。

 

笑顔で

 

「テル君? 余りうるさくすると今度は斧でも投げちゃいますよ?」

 

「マリアさん、テルさん死にそうです・・・・・」

 

ハヤテは床でピクピクと体を動かしているテルを見る。 先ほど当たったのはどうやら金槌らしい。

 

「相変わらずマリアはテルに容赦ないな・・・・」

 

 無理やり起こされたナギが目をゴシゴシさせながら呟く。

 

「いやですわナギ、こうでもしなきゃ扱えませんよ?」

 

「いやいや、そんなモノを見るような発言をしないでくれ・・・・・」

 

(だんだんテルに対してのグレードが上がってきてる気がするが・・・・まぁいいか)

 

 本当に他人事なのでナギは気にせずに顔を洗いに行った。

 

「さ、私達も早くナギの昼食を作りましょう」

 

「朝食じゃないのが残念ですがね・・・・」

 

時刻はすでに昼を回っている。ハヤテは肩をがくりと落とした。

 

「ではハヤテ君、テル君もちゃんと起こしてきてくださいね」

 

「あ、さすがにそのまま放置はしないんですね・・・・」

 

「当たり前です。 彼にはしっかりとここの執事として働いてもらう義務があります。 気絶ぐらいでは休みなどあげませんよ」

 

(あれ? 気絶させたのはマリアさんだった気がするんですが・・・・)

 

 笑顔で言うマリアにハヤテは心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま・・・・」

 

 ナギの朝食、否。 昼食が無事終わり、ナギが椅子から降りる。その後方にはハヤテとマリア、そしてテルの姿があった。 主人が食事を終えるまで、使用人は食事をすることはできないらしい。

 

「あー、ようやく終わったか、俺たちも早くメシとしゃれこもうぜ・・・・」

 

「そうですね。 今日の昼は僕のオリジナルのスパゲッティでいきますよ」

 

大きく欠伸をするテルにハヤテは気合の入った表情で返した。 

ナギはそれを見て大きく背伸びをする。

 

「なんだ、お前たちまだ食べてなかったのか」

 

「オイオイ、お前がちゃんと早く起きてれば俺らも普通に食べれてんだよ」

 

 説教垂れるテルに対してナギはむっとした表情で返す。

 

「ふん、私には朝はあまり必要ではないぞ。 それに今日は休日ではないか、いいだろう?」

 

「いや、全然よくねーよ。 休日だろうが平日だろうが、朝食は一日の始まりであり、一日を健全に生き抜くためのそれはそれは大切なエネルギー摂取だろうが」

 

「と言っているがお前この間、私と同じ時間帯に起きてこなかったか? 執事のくせに・・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 鋭く返すナギに対してテルは体を固まらせて返すことができなかった。

 

「まったく、よくそんなんで白皇の試験に受かったな・・・」

 

「・・・・放っておけ」

 

 呆れ顔で言うナギにテルは素っ気無く返した。

 

 

ここ数日前、彼、善立 テルは見事に白皇学院の編入試験合格を果たす。

その道は果てしないものだった。 まず学力、これが壊滅的にやばかった。

 

まぁどれぐらいひどかったかと言うと小テストらしきことを行ったときにその答案を見たときナギやハヤテ、マリアが口を揃えて

 

「「「マジで?」」」

 

と言ったほどだ。 そのときはもう皆唖然と言うか、もう無理じゃね?と思わせるほどの表情だったと言う。

 

 まぁそれからはあらゆる方法で勉強にいそしんだ。 まずは基礎を教え、公式、定理、単語をツーマンセル、スリーマンセル方式で教える。 最大の助っ人はナギ、マリア、ヒナギクだったと言うべきだろう。天才たちの甲斐もあり何とか一般レベルまで到達できた。

 

もちろん、試験にいそしむ彼に睡眠は与えられない。 助っ人たちが帰り、眠った後にもテルには勉強しなければならなかった。 否、そこまで根を詰めなければホント間に合わなかった。 いや、マジで。

 

「もう不眠不休はこりごりだぞ俺は」

 

「まぁ良かったじゃないですか。 僕は一応試験に一回落ちたのにテルさんは一発ですよ」

 

 ハヤテが苦労を労うようにテルに言う。 

 

「まぁそれではまぐれと言うこともあるしな。 まだ信用するには足りんぞ、お前のこの屋敷での階級は私、ハヤテ、マリア、タマ、そしてお前なのだ」

 

 ナギは理不尽な階級ピラミッドをテルに説明するがテルには一つの疑問があった。

 

「・・・・タマって誰だ?」

 

「ああ、まだ直接紹介していないな。 うちのペットだ。 ほら、お前の後ろに居るぞ」

 

「にゃ~ん」

 

 テルは名前からして猫を想像したがすこし疑問だった。 なんか猫の鳴き声にしては少々、おっさんっぽい所があるような。

 

「・・・・・・」

 

振り返ったテルに目に入ったのは真っ白い猫? 否。 あんな丸っこい特徴的な耳とまだら模様を見たことが無い。 さらに目を引くのはその大きさ。普通の猫は1メートルかもしれないが

こいつは明らかにそれ以上。 これはまるで

 

「トラじゃねぇか!」

 

「安心しろテル。 これはネコだ」

 

「いやいや、ネコ何食えばこんなでかくなんだよ。 明らかに人間食えるほどの大きさだろうが!」

 

「大丈夫ですよテル君、タマは結構なつきやすいですから」

 

マリアが言う言葉にハヤテが「え?」という顔をする。 テルは納得したように笑顔でタマと向き合う。

 

「おーお、そうかそうか。 ほれほれ、撫でてやる」

 

まるでネコとじゃれあうかのようにタマに手を伸ばす。 が、その時。

 

ガブッ。 と鋭い牙が食い込んだ音。 タマが大きな口を開けてテルの頭に噛み付いたのだ。

 

「ギャアアアアアアア!!!」

 

「はっはっはっ! タマ、よほどなついているなぁテルに」

 

「アレがなついているんですか?明らかにいたぶってますよね!?」

 

ナギの言葉にハヤテが突っ込むがその間にもテルはタマに噛み付かれたまま振り回されている。

 

「おい、ちょっ!マジやばいんだけど! 痛い!頭が痛い! なんか色々と持ってかれそう!」

 

「そうかぁ~ 後で頭痛薬を出してやる」

 

「違いますよお嬢様! このままだとテルさん本当に持ってかれそうです!主に魂とか!」

 

 笑顔でなははというナギにハヤテは突っ込む。

 

「朝から賑やかですねぇ~」

 

マリアはその光景を見て笑みを浮かべる。 しかし、彼女らは気づかなかった。 これから起こる大きな事件を。

 

キンコーン

 

「あら? お客様でしょうか?」

 

その時、不意に玄関の鐘が鳴った。

 

 

 

 

あら、お客様ですわね」

 

「おかしいな、今日は伊澄もサクも誰も来る予定は無いのだが・・・・」

 

ナギと頭を悩ませる。今日は特にこれといった用事はない。 友人も学校関係者も誰もここにくるという予定は無いのだ。 その中、テルがボソッと口を開く。

 

「実はこの前、ハヤテがAm○zonでその手の同人誌を予約していたような・・・・」

 

「ダニィ!?」

 

「ち、違いますよ! そんなもの頼んだことはありません!!」

 

 テルの言葉にナギがものすごい剣幕で睨み付けるがそこはハヤテが全力で否定する。

 

「大体、三千院家ではお嬢様のためにそういった類の物は購入しないようにしているんです。在っただけでダメなんですよ」

 

「え?そうなの・・・」

 

ハヤテはその言葉にテルはマジで?といった表情になる。ハヤテはこれに少し疑問に思ったのか改めて聞く。

 

「テルさん・・・・まさかと思いますけど」

 

「ダイジョウブダヨ、キミガオモッテルコトナンテゼンゼンナイヨ」

 

「どうして片言なんですか?」

 

「・・・・・・」

 

怪しい。断然怪しい。片言になることもそうだがここで黙り込んでしまうという所が更に怪しい。

 

「さ~て、お客様のお出迎えだ」

 

 テルはくるっと回りながら玄関に向かって歩き出した。 三人は明らかにじっと疑いの目で見つめていたという。

 

「まぁハヤテ、取りあえずこの件は後でな。 早く玄関に行こう。私もいく」

 

「は、はい!わかりました」

 

ナギの言葉にハヤテは頷くと三人は玄関へと向かっていった。

 

 

キンコーン

 

「いやぁ、しかしさっきは危なかったな。アレで勘付かれたか? アレはもっと分からない所に隠しておこうか・・・・」

 

鳴り響くチャイムの音を聞きながらテルはブツブツと呟く。

 

キンコーン

 

「ったく、うるせぇな・・・・今でてやるよっと」

 

しつこく何度も鳴るチャイムに苛立ちを覚えながらもテルは階段を駆け下りる。 それを追ってハヤテ達もやって来た。

 

『♪~♪』

 

「何かしら・・・・もしもし?」

 

突如鳴ったマリアの携帯。 マリアはすぐさま携帯を手に取り応対する。 相手を何度かコールするが返ってくるのは掠れた弱った声。

 

「マリア様・・・侵入者です・・屋敷のSPは全員・・・突破・・・・されました・・」

 

それを最後に電話は途絶えた。すぐさま電話を切り、玄関の方に目を向ける。テルがすでに扉の取っ手に手を掛けていた。 

 

「テル君!開けてはいけません!」

 

「え?」

 

「マリア?」

 

慌てたマリアを近くで見たハヤテとナギはキョトンとし、動くのを止める。が、テルには聞こえなかったようで

 

「マリアさんどうしたのかな・・・大丈夫ですよ~マリアさ~ん」

 

けらけらと笑いながら、テルは取っ手に力を込めて扉を開く。

 

「ちゃんとお客様には粗相の無いように・・・・」

 

テルの目に飛び込んできたのは黒。目の前は急に黒で塗りつぶされた。 いや、黒だけじゃない、若干白も混ざっている。 

 

ただ一つだけ疑問に思ったのは、ソイツはなぜ大きく腕を振りかぶっているのか。 ただそれが気になっていてテルは言葉を詰まらせた。 まるでこれから誰かぶん殴るみたいな・・・・

 

そんな殺気。

 

その殺気を感じ取ったのかテルは咄嗟に、無意識のうちに扉を閉めていた。しかし、

 

バキャ!と何かが破壊された音。 拳だ。 ジャンケンでも使われるグーの形。それが扉を破壊する音。

 

扉はまるで爆破でもされたかのように派手に破壊された。 テルもその扉と一緒に後ろへと吹っ飛ばされる。

 

砂埃が舞、玄関が見えなくなる。 ハヤテ達は何が起きたのか全く分からなかった。 ハヤテ達から見れば、扉がテルごといきなり吹き飛んだようにしか見えない。

 

「一体何が・・・」

 

「イタタタタ・・・・」

 

ハヤテが吹っ飛ばされた扉の瓦礫に目をやる。テルが扉の瓦礫を押しのけて這い出てきた。

 

「テルさん、大丈夫ですか!?」

 ハヤテが急いでテルの元に駆け寄る。テルは首をブンブン振った。 テルの頭から埃が払われる。

 

「大丈夫なわけねぇだろ。 見ろ、この辺見ろって、頭にコブあんだろうが」

 

「その程度で済んでるなら大丈夫そうですね・・・」

 

テルの意外に元気そうな姿を見て、ハヤテはひとまず安心する。 後ろからはマリアとナギが続いて降りて来る。

 

「お嬢様、これは一体・・・」

 

「分からん。だが間違っても親切なお客ではないことは確かだ」

 

「オイお前ら、少し俺の心配をしろ」

 

様々な憶測をするハヤテとナギの側でテルが頭をさすりながら呟いた。

 

「ふむ・・・先ほど殴ったのは綾崎 ハヤテではないな・・・」

 

立ち込める砂埃から男の声。 だんだんと煙も晴れて、現れたのは黒いタキシードに身を包んだ巨漢。

身長はハヤテやテルがはるかに見上げるほどの大きさ、推定190cm前後に鍛えられた肉体。 白髪の髪がまるで扇のように開いている奇抜な髪形だった。

 

「テメー・・・人の家の玄関をよく破壊してくれたな」

 

テルがハヤテたちの前に立ち、目の前の巨漢と向き合う。

 

「貴方は?」

男は眉を細めてテルに聞く。

 

「俺は三千院家執事の善立 テルだ」

 

「ヨシダテ?」

 

巨漢は首をかしげる。

「ふむ。一体誰だろうか・・・この屋敷には綾崎 ハヤテ以外に執事は居ないはずだが」

 

「お前、全然執事として認識されてないぞ・・・」

ナギがテルの方を目を細めてジッと睨む。

 

「なぜだ!この俺が誰にも相手されていない!誰にも覚えられていないと言うことなのかァァァァア!」

テルは頭を抱えて天井に向かって叫んだ。 すると今度は巨漢が口を開く。

 

「私の要求はただ一つ。 ここの執事、綾崎 ハヤテ出してもらうということだ」

 

「僕・・・ですか?」

 

突然の指名にハヤテは思わず自身をも指をさす。 巨漢はそのハヤテを見つけるや顔を輝かせた。

 

「おお、こんな所に居たのですか綾崎 ハヤテ殿!」

 

巨漢は笑顔でハヤテに近づいてくる。 その顔はまるで子供好きな老人のような顔をしていた。 実際見た感じでは年はかなりいっているものだと推測する。 50前後だろうか。

 

「・・・・・」

ハヤテはすぐ目の前に立つ巨漢を見上げる。近くで見るとまた違う迫力が感じられた。 ハヤテは笑顔で立つ巨漢に警戒心を持ち続けた。 これからどんな事を仕掛けてくるかである。

 

「なに!?」

 

「あれは・・・・」

 

ナギとテルは驚いた。 彼のとった行動に、それは初対面の人間同士が行う基本的なコミュニケーションの手段、仲直りのときなどにも用いられる・・・・握手。

 

「初対面なのでまずここから始めましょう」

巨漢の差し伸べる手にハヤテは少し戸惑う。てっきり至近距離で何をされるかと思えばただの握手だ。

 

彼に悪意は無い。感じられない。巨漢の行動は悪魔で紳士的だ。 なんでもない、ただ一つ気になるところがあったがハヤテは気にせず巨漢の右手を握る。

 

「どうも・・・・」

 

「ふむ・・・・」

 

ハヤテの手を握るや巨漢はまた優しい笑みを浮かべる。それは新しい仲間が増えたように、その仲間を心から歓迎するかのように

 

「実はハヤテ殿に折り入って頼みがあるのですが・・・・」

 

「・・・・なんでしょうか?」

 

 綻ぶ笑顔にハヤテはいまだに戸惑いを隠せずいた。 寛大な心。 すべてを許してくれそうな広い心の持ち主。 だが何か納得いかない。

 

「私と共に来てもらいたいのです・・・」

 

「え?」

 

ハヤテは言っている意味が分からず首を傾げる。 だが主であるナギは見逃さなかった。巨漢の口元がニヤリと笑ったのを

 

「ハヤテ!」

 

 ハヤテは主の声に気づき、我に返る。 急いで彼の手を振り解こうとした。

 

「ぐっ・・・!」

 

 右手はしっかりととてつもない握力によってハヤテは振りほどけないでいた。 そして次の瞬間。

 

「オオオオオオオ!!」

 

168cm、57キロのハヤテが軽々と振り上げられた。片手一本によって。

 

「!!」

 

ハヤテは自身の状態に驚く、男はハヤテを背中まで持っていくほど振り上げていた。 

 

 

 

その時の光景を、後に善立 テルはこう語っている。

 

「驚いたさ・・・・いくらハヤテが軽い部類に入るからって人間、あんなに簡単に振り上げられねぇからな」

 

「その後どうしたかって? 簡単さ、『釣り』でさ、釣り人が竿を思いっきり振るうアレあるだろ? ルアーを遠くに飛ばすために竿を振りかぶるようにしてスナップ利かせたりするとさぁ、ルアーはメッチャ遠くまで飛ぶんだよ」

 

 

 

ーアレをヒトでやったんだからな・・・・・

 

 

 

 

「ダアアアアアア!!」

 

巨漢はハヤテを怒号の元に放り投げた。 物凄い勢いでハヤテは飛ばされる。このままいけば階段なんて使わずに二階にたどり着けるだろう。

 

「くっ!!」

 

だが簡単にやられるハヤテではない。 即座に身を翻し、二階の壁に叩きつけられる寸前に両足で壁に着地した。 

 

「ハラショー・・・」

 

見事なハヤテの動きに巨漢は感嘆の笑みを浮かべた。ハヤテはすかさず階段を駆け下りる。

 

「あなた・・・・一体何者なんですか!?」

 

当然の質問。巨漢は胸に手を当てて答える。

 

「名乗るほどのものではございません・・・ただ、貴方と同じ執事だと言うことです」

 

「執事・・・・?」

 

 その巨漢と同じ職業だったということが分かり、ハヤテは再び警戒態勢を取った。 その時である。

 

「シュトロハイム!」

 

突如として後ろから女の声が聞こえた。 その瞬間に巨漢が即座に慌てながら振り返る。

 

「まったく、人間一人連れてくるのにいつまで時間を掛ける気?だからいつまでたっても貴方は使えないのよ」

 

巨漢以外の一同は目を良く凝らして声の主を見つめた。 目に映ったのは小柄な少女。身長はナギと同等、白いドレスを完璧に着こなしている。 さらに目を引くのは緑の髪・・・いや、そんな単調な色ではないもっと明るく、輝かしい、エメラルドの髪だ。

 

「お、お嬢様! 今しがたお待ちを・・・・」

 

「無理よシュトロハイム・・・私が待たされるのが嫌いなのは知ってるでしょう?」

 

つかつかと少女はシュトロハイムという巨漢に近づき靴で思いっきり足を踏みつけた。 しかも小指の部分を

 

「OUCHI!!」

 

さすがの巨漢も小指を思いっきり踏みつけられることは苦痛のようだ。 少女は足を離すと唖然としているハヤテを見た。

 

「貴方が三千院家の執事さん?」

 

「はい、まぁそうですけど・・・」

 

「俺もいるぞ」

 

ハヤテの横でテルがボソッと呟く。

 

「そんなことより、お前ら一体何者だ? 何が目的でここに来た?」

 

ナギが不機嫌な顔で少女を見つめる。 少女はクスッと笑い、高らかに宣言した。

 

「私は日野寺家現当主、日野寺 マユミ。 コイツは私の執事のシュトロハイム。 目的は貴方の執事、綾崎 ハヤテを奪いに来たの」

 

「僕ですか?」

 

 マユミに指差されたハヤテは訳が分からず聞いていた。 そしてマユミもハヤテを見るや不敵な笑みを浮かべる。

 

「さぁ!綾崎 ハヤテ、覚悟なさい!」

 

「く・・・!?」

 

 少女の言葉にハヤテは咄嗟に身構える。が次の瞬間。

 

ガツっと何かが引っかかる音。 マユミは見事足に扉の残骸を文字通り引っ掛けて

 

ドタッと

 

 

コケた。

 

 

 

「「「「「・・・・・え?」」」」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。