ハヤテのごとく!~another combat butler~   作:バロックス(駄犬

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前書き
タイトル通りに、あの子が久しぶりにやってきました。


第104話~お騒がせ小人、再度現る~

 人間には見えない所で守られている。 それは親の保護の元だったり、友人たちの暖かい目、教師たちの個人生徒へのサポートだったりする。

 

また人間には守護霊という非科学的な物も存在するが、形はそれぞれ人を護る役目を担っていたりする。

今回は大切な人を見守る者のおはなし。

 

 

 

 

 

 

「おいナギ! いいかげんにしろ!」

 

三千院家、とある一室にてテルの怒号が響いた。 ソファにどっかりと座るナギがその言葉に眉を少しだけ吊り上げる。

 

「なんだ。テル、何か不満か?」

 

「おお不満だとも!」

 

 

テルは右手に握ってるモノを突き出した。 それはゲーム機。 ゲーム機の画面を指差して彼は言う。

 

「ポケモンバトルで使うのは種族値600は禁止っていうのが今回のルールだったな! なんで俺の初手がベトベトンでお前の初手がメタグロスなんだ!」

 

「残念だったなぁ・・・トリックだよ」

 

ドヤ顔で言うナギに対しテルはソファの後ろからナギの両肩を掴み。

 

 

「ふんぬー!」

 

 

「ぬわあああああああああ!!」

 

 

思いっきり揺らしてやった。

 

 

 

「もう、山登り終わった次の日だっていうのに元気な二人ですね」

 

「テルさんはともかく、お嬢様はのあの叫びはただの筋肉痛からじゃ・・・」

 

小さなテーブルを囲んでオセロをしているのはマリアとハヤテ。 マリアが黒の石を手にもつと、盤面に打ち出した。

 

「普段から運動していないからこうなるんですよ。 ま、白皇の生徒たちも大半がこういう感じで使い物にならなくなっちゃいますから安息日があるんですよ」

 

「でも病気になったり、筋肉痛になったり、仮病になったりと・・・お嬢様も大変ですね」

 

「う、うるさーい! 助けろハヤにゃああああああ!!」

 

「ははは! 参ったかナギ、これに懲りたらもうルールを破るんじゃねーぞ」

 

「うう・・・くそぅテルめ・・ってオイ、お前の手持ち見たら最初のベトベトン以外伝説ポケモンじゃないか!」

 

「し、しまった! ダブルトリック失敗!」

 

「うおおおおおお! 貴様ァ! この試合は無効だぁああああ!!」

 

「あー、お前電源切るな! 俺のDS訳あり中古だから変なことすると・・・ぎゃああああフリーズしたぁあああ!!」

 

ある意味で微笑ましい光景なのだが、やっていることは本当にガキ臭い。 

 

「っとまぁ・・・元気でいいんじゃないですか。 そっとしておきましょう。 あっ、隅もらいです」

 

「そうですね、なんだかんだいいレベルの対戦相手はテルさんで十分ですし」

 

手を休めることなく二人は打ち続けていく。 マリアの番になったときマリアは思い出したかのように打つのをやめた。

 

「そうだテルくん。 そろそろ黒羽さんの様子を見てきてはくれませんか?」

 

「え? まだ寝てるんじゃないんですか?」

 

ゲーム機の電源を入れたり消したりしてるテルがその動作をやめた。

 

「でももう11時ですよ。 お腹も空いてると思いますし、何か食べないと体に悪いですから」

 

へーい、と軽い返事をしてテルは立ち上がるとナギを見ていった。

 

「いいか、ナギ。 次の試合のパーティちゃんとルール守って決めとけよ。 次は俺が勝つから

 

「いや、それよりもお前そのDS動くのか?」

 

「まだ動かん。 でもいざとなったらぶっ叩いて直す。 今までもそうやるたびに動いてきたからな」

 

「昭和じゃあるまいし・・・」

 

とテルが扉を開けて部屋から出ていくのを見てナギはソファに横になった。 ゲーム機の電源を改めて入れ直す。

 

「いやー良かったですねナギ。 ハヤテ君以外の遊ぶ相手ができて」

 

「何を言うか。 ただの暇つぶしだ。 勘違いするな」

 

「ツンデレ乙・・・っと」

 

笑顔で盤面に打ち込んで相手のハヤテはたははと、苦笑いで息を漏らした。 盤面は一面真っ黒。 マリアの完封がちである。

 

 

 

 

 

 

 

テルは装飾された三千院家の廊下を歩いていた。 

 

「ほんと、コレ動かねーのかな。 やっぱ訳あり中古なんて買うんじゃなかったな。 ソフト付きで398なんて信用できねぇな・・・もっと給料貰えればなぁ、新品で買えるのに」

 

 右手のゲーム機をいじりながら未だにウンともスンとも動かないのを見てため息を漏らす。

元々低月給の身だ。 しかし、今ある借金をしっかり返済していくために自身の執事の給料から引かれていき、手元に残るのは大体8000円程度。

 

だが文句は言っていられない。 ハヤテは5000円だ。

 

「こんな叶わない夢を言ってる場合じゃなかった。 さっさと仕事仕事・・・ん?」

 

ふと足を止める。 その理由は一本みちの廊下というこの空間。 四方八方から突き刺さる視線を感じた。

 

・・・なんじゃコレ。 半端ない殺気が。

 

誰かが後ろから刃物を持って襲ってくるのではないかと危機感を覚えたテルは思わず辺りを見回すが、物音をひとつ立たない無音の空間。 さすがに考え過ぎか、と警戒を少しだけ解除して一歩踏み出した。

 

その時だった。

 

 

 

――――ぷつん。

 

「え?」

 

テルは確かに張り詰めた弦が切れた音がした。 するとテルの真下の床が揺れ動く、次の瞬間には真上へと吹き飛ばされたのだった。

 

テルは勢い良く真上の天井へと激突する。

 

「がっ」

 

頭から天井についたテルは重力の作用で地面へ落下。 大の字に着くと床下でさらに何かが動く音がした。

 

「何が・・・起きたの?」

 

次の仕掛けの発動の音であろうとテルは推測した。 だが、またしても間が空き、待つことしかできない。

 

わかる。 これは手馴れた者の犯行であると。

 

・・・でもこのやり口、どこかで。

 

思い当たる節があったのか、考え込んでいたときだった。少しだけ糸を引き絞るような音を聞いたのだ。  テルが振り返ると同時に、はじける音と共に何かがこちらに飛来してくる。

 

咄嗟の判断でテルは右手をかざす。 飛来してきた物体はテルの右手に持っていたゲーム機を貫き、破壊音とともに矢は眼前で停止する。

 

「ディィィィィエェェェェエス!!」

 

 

こちらに飛来してき方向を見ると、いつの間にか椅子の上に乗せられたボウガンが置かれていた。 床に向かってボウガンからは糸が垂れており、こちらが起動のスイッチを押すと発射される仕組みになっていたのだろう。

 

 

「なんとういう事を・・・俺の少ない給料で購入したDSを」

 

悲しみと怒りの二つの感情がせめぎ合い、テルは地面に手と両膝を着いた。 だが、視線を低くしたことで奥の曲がり角でかすかに何か影が動いた事に気付いた。

 

・・・今のは?

 

立ち上がり、一瞬で隠れた影を追う。 こんな大規模な暗殺セットを出してきたのだ。 ただ済ますわけには行かない。 道を曲がると数個ほど部屋の扉があったが、その中で半開きのドアがあった。

だがそこは。

 

「なんで俺の部屋?」

 

自分の部屋の前でテルは立ち止まる。 なぜ相手がこの部屋に逃げ込んだのか分からないが、このまま放っておく訳にはいかない。 

 

・・・自分の部屋に入るのがこんなにも怖いものだとは思わなんだわ。

 

ドアノブを回し、テルは意を決して部屋へ突入した。

 

「誰だ・・・」

 

入った直後に辺りを見渡してみるが誰もいない。 だが油断してはいけない。 下手して動いてしまえばまたトラップ発動の仕掛けにハマることになる。 

 

ここは動かないほうが得策か、と考えていたときテルは部屋の奥で小さな物音に反応した。 そこはいつも自分が座っている机だ。 その机の椅子の下に小さな黒い物体が見える。

 

それを見て、テルは驚愕した。

 

「・・・コイツは!?」

 

その椅子のしたで倒れ伏していた物体は、あの黒羽の使い魔のような存在、チビハネだった。

 

・・・黒羽の相棒だった奴だよなコイツ。  ってことはさっきのトラップはこいつの仕業だな。

 

以前にもやられたことがあるテルは即座にこのチビハネが犯人であることを確信する。 だが目の前にいたチビハネがなぜ自分の部屋で倒れているのかが不自然でならなかった。

 

「まさか・・・罠か?」

 

そう考えると、うかつに動けない。 下手したら今度は槍が飛んできても可笑しくない。前回は粉塵爆発まで起こされたのを思い出す。

 

だが目の前にいる犯人は酷くボロボロで、息があるのか分からない状態だ。 威勢が良いあのチビハネがここまで弱っているように見えるのは気のせいか。

 

ただ命を狙いにきたわけではないなら、何か理由があるはずだ。 その身を傷つけてでもしなくてはならない理由が。 

 

 

 

「ええいクソ。 どうにでもなりやがれ」

 

と我慢できなくなったかテルが一歩踏み出した瞬間、テルは真上からの槃の奇襲に激痛で頭を抱える羽目になったのだ。

 

 

 

 

 

 

小さな自分は夢を見ていた。 自身のマスターを失い、ひたすら歩き続けていた夢を。

 

川から上がった後も、ひたすら歩き続けた。 泥をかぶりながらも巨大な生物に襲われかけた時も、ずっと歩き続けてきた。

 

やがて止まっている車に乗り込んで移動していると見慣れた場所に出た。 以前黒羽が木原と共に活動してた時に住んでいた場所、東京。 

 

この場所に来た時に、あの男の事を思い出した。 敵ではあるが、マスターを知っているかずく少ない人間はあの男しかいない。 敵であるあの男に頼ってしまうのはどうかと思ったが、足は自然とその男のいる場所へと向かっていった。

 

何日間かかったろう。 何度も道に迷ったし、体に力も入らなくなって何度も倒れた。 この経験を元にわかったことがある。 自分は何も食べなくてもいい体だと思っていたが、一週間以上は無理らしい。 

 

 

ゴキブリは頭をはねても死なないが、空腹では死なないらしいというのを聞いたことがある。 ならば、自分はゴキブリの生命力があるのではないか。

 

目がぼやけてきた時にチビハネはたどり着いた。 あの男がいる屋敷へ。 ただ一つの、『奴なら何とかしてくれるのではないかという淡い希望』の元。 

 

 

 

 

 

『マスター・・・どこ、ですか?』

 

意識を取り戻したチビハネが目を開く。 小さい体を起こすと、自分は何か大きな影に隠れている事が分かった。 なんだ、と上を見上げると・・・。

 

「よう」

 

二つの眼球がこちらを見下ろしていた。

 

 

「・・・・」

 

「あー、やっぱりお前か。 ねぇちょっと見てくれよこの哀れなDSの姿をよう。 もうウンともスンともいわなくなっちまったよ。 どうしてくれんだよオイ」

 

目を数度見開いて確認する。 あの男だ。 壊れたゲーム機をテルは不機嫌そうにちらつかせてくる。

 

 

『いつの間にか、気絶してしまっていたとは・・・早く、マスターの場所を聴かなければ』

 

「ん? 毎度のこと思うけど、お前一体なんて俺に話しかけてるの? やー、しか聞こえないんだけど」

 

こちらに聞き耳を立てるテルを見てチビハネは思った。 自分の言葉は主である黒羽しか分からない。それ以外は全く通じないのだ。 このままでは黒羽の居場所を聞き出すことができない。

 

「・・・なんで泣いてんの?」

 

目の前のチビハネが小さくうつむくのを見ると、床には小さな水滴が落ちていた。 テルの声に反応して、顔をあげたチビハネは自分が泣いていることに漸く気付いたか、慌てて顔を拭う。

 

 

悔しい。と心の中で呟く。 ここまで来ておいて、自分は使い魔として主を助けることもできないのかと。

 

「なんか、困り・・・事、なのか?」

 

ただ泣きじゃくるチビハネを見て、テルは腕を組んで考えた。 箱ティッシュを持ってきて一枚取り出し、溢れ出る水滴を拭き取る。

 

「お前が泣くなんて結構ヤべー事起きたんだろうな。 ちょっと待ってろ」

 

と、テルが机ので引き出しからひとつの箱を取り出した。縦長の箱から新しく封を切って、中から丸い円盤をチビハネに渡した。

 

「くっ! ナギの所からくすねておいたクッキーをここで開けることになるとはな!」

 

自分と同じくらいのクッキーを渡されて両手に取る。 クッキー部分のざらりとした感触、そしてバニラエッセンスの甘い香りはチビハネの空腹な胃袋を一気に刺激した。

 

 

震えながらその一部に噛み付く。 染み込んだ甘味にチビハネがまた泣き出した。

 

『う~まぁ・・・』

 

「お、オイ! 泣くまで美味かったのか!? く、クソ、もうやらねぇぞ! それ一枚で手を打ってくれ!」

 

箱を背後に隠すが目の前で一瞬で平らげたチビハネがこちらを見つめる。

 

「おい、やめろ」

 

『・・・・』

 

「そんな目でみんなって」

 

『・・・・』

 

「マジでやめろって」

 

『・・・・』

 

なぜこういう時だけ、意思疎通が出来てしまうのか。 

 

「もういいや・・・」

 

ちくしょう。とそう吐き捨ててテルは目の前の生物に、背後に隠していた箱を差し出したのだった。

いざとなったらまたナギの所から取ってくるまでである。 失敗しなければの話だが。

 

 

 

 

その頃ハヤテたちのいる一室では。

 

「ハヤテ、お前・・・耐久エアームドは私の怒りを倍増させるぞ?」

 

「お嬢様も、催眠ゲンガーはちょっと・・・」

 

ゲーム機を手にお互い睨み合うハヤテとナギの姿があった。 

 

「珍しくお互いがゲームで熱くなってますね・・・二人とも、クッキーでも食べませんか? いいの買ったんですよ?」

 

マリアが上手いこと仲裁に入ったとき、ハヤテがこちらを見て言う。

 

「あ、多分そのクッキーないと思いますよ。 今頃テルさんのお腹の中に」

 

「・・・どういうことですか?」

 

笑顔で硬直したマリアにハヤテがビクッと小さく震えた。

 

「け、結構テルさん台所からお菓子くすねてくこと多いんですよねー。 糖分補給だーって無理な理由でですけど・・」

 

恐る恐る述べるハヤテにマリアはその天使のような笑顔を崩さず手元から手帳を取り出してペンを走らせる。

 

「ふーん・・・じゃあまた給料から引いときましょうねー」

 

大きな赤い字でマイナスの値を書かれた手帳をパタンとしめたのだった。

 

 

 

 

 

そんな所得低下が起きていることは露知らず、テルの部屋。 クッキーを全て食い尽くしたチビハネ、そしてそれをふてくされたように椅子に座っているテルがいる訳だが。

 

「結局お前、何しに来たんだよ」

 

『あっ、そうだったです』

 

クッキーにとらわれていたか、当初の目的を思い出したチビハネは立ち上がる。 すると大きく手を振り始めた。

 

「・・・何を言ってるのかさっぱり分かんね」

 

『くそう・・・』

 

腕を組んで方法を考えるのを見て、テルは思う。 何はともあれ、気持ちは落ち着いたようだ、と。 あそこまで泣かれてはこちらも敵だろうとも、放っておくことは出来ない。 あちらの言葉が通じない以上、何があったか、をこちらも察する必要がある。

 

すると、チビハネが動いた。

 

自分を指差して。

 

「わたしの?」

 

と、ここでチビハネの顔が明るくなる。 ジェスチャーでうまく伝えられたらと思っていたが上手くいきそうだ。 チビハネとしては黒羽の特徴を示せるだけ示せばいい。

 

『ええーと、ま、マスターの特徴・・・』

 

あれこれ考えて咄嗟に出たのが、自分の胸の前を両手で山を作った。 それを見たテルの反応は。

 

「胸は小さい?」

 

『死ねッ このド変態ッ!』

 

「うおっ!? なんかスゲー批難された! ちょ、怒るなって! 間違ったのか? 確かにおまえペッタンコだけど!」

 

『言うなぁ!』

 

顔を真っ赤にして叫ぶ。 確かに身体的特徴ではあるが、相手には自分の悩みを打ち明けたかのような状態になっていた。

 

ならば、とチビハネは続ける。 先ほどと同じく自分を指した。

 

「私の?」

 

そしてチビハネは何かないかと辺りを探して、側にあった耳かきと爪楊枝を見つけてそれを両の手に取り、振り回した。 だが、ただ振り回すのではなく、黒羽がいつしか使っていたように剣で斬りつけるように、槍で突き刺すように。

 

「おおっ?」

 

テルの反応に確かな手応え、これならいけるはずとテルの回答を待つ。

 

「うーん、なんだっけ・・私の」

 

焦らすな。と爪楊枝と耳かき棒を振り回しているとハッとしたようにテルが口を開いた。

 

「北風は勇者バイキングを作った、だ!」

 

『ふざけんなテメェ!』

 

怒号を飛ばすと同時に、持っていた爪楊枝をへし折った。 チビハネは再度トライ。

 

「私の・・・」

 

今度は黒羽の特徴である冷静さを表現するために、できるだけ無表情になってみせた。

 

「おおっ!」

 

さらに先ほど使っていた耳かき棒と半分になった爪楊枝をもつ。

 

「おおおおっ!?」

 

反応が濃くなったのを見て期待感が高まる。 そして先ほどと同じように動き出した。 役者並みの演技力だとチビハネは笑う・・だが。

 

 

「私の特技は無口でDV!」

 

『特技になるかボケェェェ!』

 

半分になった爪楊枝をまたしても折ると、その場に投げ捨てた。 こうなればヤケだ。目を光らせる。

 

・・・何がなんでもマスターを表現してやるです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから三十分に及ぶジェスチャー大会が行われたが、どれもこれもハズレとなり、テルにチビハネの思いが届くことはなかった。

 

『・・・・』

 

体を大の字にしてその場に倒れこむ。 辺りには今まで使い続けていた小道具の数々が散らばっていた。

 

「あー、あんま気落ちすんな? 俺もなんか分かったら・・・」

 

と、小道具を片付けているとチビハネが顔を起こした。 またしても目一杯に涙を浮かべている。

 

『い、嫌だぁ・・・』

 

「・・・・」

 

『もうっ・・マスターに、会えないなんて、い、嫌だぁ!』

 

テルの服の袖を掴む。

 

『絶対っ、生きてる・・! 私が消えてないんだからっ!』

 

「お前・・・」

 

『助けてよ・・・助けてっ・・え?』

 

チビハネは自分の体が浮いたのを感じた。 だが目を開けて、自分がテルの手に乗せられているのだと気付く。 部屋を出て急ぎ足でどこかに歩きだした。

 

「ここだ」

 

たどり着いたのはある部屋。 テルがドアをノックして何も反応がないのを確認してドアを静かに開ける。

 

『ここって・・・?』

 

テルと同じ広さの部屋だが圧倒的に置かれているものが少ないのが分かった。 元々装飾と、必要最低限の物が置かれているくらいの部屋。

 

チビハネの目線の先に、ベッドがある。 テルが静かに近づいていき、ベッドの側にきたところで黒羽は声を漏らした。

 

『あ・・・』

 

そのベッドの上に居たのはあの日以来、長く探していた人物。

 

『マスター!』

 

「しーっ」

 

と、テルが指を立ててチビハネに言い聞かせる。

 

「昨日結構ハードな運動して疲れてんだ。 まだ寝かせてくれ」

 

チビハネはまだ眠っている黒羽の顔を覗く。 あの顔だ。 お姫様のように、寝息を立てずに静かに眠っている。

 

チビハネはテルを見た。 なぜ彼はここに来ることが出来たのか。 テルがこちらの視線に気付いたか、チビハネをベッドの横にある小さな棚に置いて言った。

 

「なんでわかったかって顔してるな? 俺にもよく分かんね。 でもお前の顔見たら、なんとなくコイツの事なんじゃないかなって思った。 色々混み合った事情で、今コイツを保護してるって言えばいいのか?」

 

『・・・・』

 

「今記憶とか、色々失ってる。 俺のことも忘れてたし、多分お前のことも・・・って、聞いてるか?」

 

『聞いてるです』

 

頼って良かった。とチビハネは思う。 どこかで、自分は諦めていた。 あの日、黒羽と分かれてからの日々で最初はあった確信は時間とともに薄れていった。 だが、この男は希望を与えてくれた。 小さな自分に生きる希望を。 こうしてまた黒羽と巡り合わせてくれたのだから。

 

だからチビハネは言う。 涙を拭ってテルを見て。

 

『ありがとう』

 

満面の笑みを見て、テルは思わず頭を掻きながら目を逸した。 こういう時に素直に返せばいいのだろうかと迷っていた時だ。 目の前の黒羽が小さく動く。

 

・・・ヤバイ。

 

と咄嗟にテルはチビハネに向かって人さし指を立てた。 その意味は『静かに、動くな』だ。

 

 

「・・んあ。 どうしたんですか、テル」

 

「お、おう。 おはよう、いやもう昼近いから『おそよう』か? マリアさんがもうそろそろ起こしてこいだってよ」

 

はぁ。と眠そうに目をこすっている黒羽を見てチビハネが息を呑んだ。

 

「その人形・・・」

 

『はうっ!』

 

直立不動のポーズをとっているチビハネに目が写ったかチビハネの体にも緊張が走る。 それを見てかテルが慌ててフォローに入った。

 

「あー、お前に結構似てるだろ? 結構よくできてるだろコレ? ねんどろいどっぽいだろ?」

 

「・・・っぽい?」

 

「ぽいじゃなかった。 ねんどろいどだ。 うん、ねんどろいど。 あんま気にしなくていい」

 

と汗が流れ出すテルを見ていて不審に思ったか、黒羽がチビハネに手を伸ばした。 顔を渋らせたテルだがもう既に手にはチビハネが握られている。

 

ぷにぷに、と顔をつついたり、頭を撫でたりして。

 

『ま、マスター、ちょっと触りすぎですって・・んっ、くすぐったいですぅ』

 

 

と半ば今のチビハネにとって反則技を使う黒羽がチビハネをまた棚の上に置き、テルを見て言った。

 

「なるほど分かりました。 私に似せた人形を作ってあれこれとコスプレプレイを楽しむのがテルの趣味だったのですね・・・」

 

「もの凄い誤解だからやめてくれ! 俺が作ったんじゃない! クラスの又吉くんが」

 

「ああ、これでテルの事をまた知ってしまったようです。 なかなか知らない方がいい事だったんでしょうが・・・」

 

蔑んだ視線を向けられてテルが一歩引く。 登山が終わってから容赦がなくなったなとテルは実感していた。

 

「まぁさておき、そろそろ起きなくてはならないようですね。 私はこれから着替えますのでこのまま残るようでしたら法的な措置の元にテルを抹殺する用意ができています。 さぁ出て行ってください考える猶予はありません、さぁさぁ」

 

無表情なのはさておき、言っている事がとんでもないのでテルは人形をとってすぐさま部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「意外に元気だったなアイツ・・・筋肉痛じゃねぇのか?」

 

ナギであの状態なのだが、ただ痛みを顔に出さないだけなのか。 それとも疲れが抜けるのが早いのか。

右手を見てまだチビハネがポーズをとっていたままだったので。

 

「ああ、もういいぞ。 頑張ったな、フリーズ溶けてよーし」

 

『ぷはー。 まじ死ぬかと思ったーです』

 

顔を汗を拭ってチビハネが座り込む。 バレないように演技をするのはなかなか体力を使うらしい。

 

「なぁ、お前。 ここで暮らしてくんねぇか?」

 

『へ?』

 

唐突なテルの言葉に黒羽が面食らった。

 

「俺いまさ、アイツの面倒を引き受けてるわけなんだけど。 それの手伝いみたいなのやってみね? 飯とかはまぁ用意するし、寝るところも用意してやる。 お前だってアイツの事が心配でここまできたんじゃないのか?」

 

その通りだ。と首をチビハネは縦に振る。

 

「だったらお互いここは一時休戦だ。 お前の主が記憶戻ったら、またドンパチやらかしてもいいし。 いいなら首を縦に振ってくれ」

 

もっともそんな展開はやめてほしいところではあるが。とテルは思う。

チビハネはそれを聞いていて考えた。 まだ主とともに居れる。。 あの時守れなかった主を今度は自分が守るのだと。

 

チビハネは首を縦に振った。

 

 

「よし。 第二サポーターの誕生だ」

 

『にひひ・・です』

 

お互いにニヤリと笑い。ここに新たな三千院家の住民が増えた。 人ではないのでこれはペット類に入るのだろうか。そして笑っているチビハネを見てテルが思うことは。

 

・・・いつか黒羽がああなった事がこいつから聞ければいいんだけどな。

 

 

謎を解決するためにコイツに文字の読み書きを教えようか。そんな事を考えていたテルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
チビハネも漸く黒羽と会うことが出来、いがみ合っていた二人が手を組むことになりました。 このチビハネもこれから始まる物語に大きく関わっていくことになるのでしょうか。

ここから先のお話はちょっと長編が入るのですが、その間にまた短編を挟んでいきたいと思います。ではまた次回。

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