時間は和人が黒羽姉弟と通信で会話した数十分前に遡る。
達也はオートバイクの後ろに深雪を乗せ、夜の街を疾走していた。
15の夜と言うわけでなく、そのままカーチェイスをするというわけでもなく、九重八雲のいる九重寺に向かっているのだ。
要件は二つ、風間から忠告のあった犯罪シンジケート『無頭竜』の事について
もう一つは、深雪の九校戦に向けて鍛錬の為だ。深雪が九校戦で出る種目は魔法で自分の氷柱を護りながら相手の氷柱をすべて倒しきる『アイスピラーズブレイク』と空に浮かんだホログラム球体をスティックで打つ『ミラージパット』の二つで、アイスピラーズブレイクは停止振動系魔法を得意とする深雪の独壇場と言っていい。
だが、ミラージパットは魔法の他に純粋な身体能力も必要とされるためその訓練の為に八雲に協力を仰いだというわけだ。
予定通りの時間で九重寺の門に着いた達也達はゆっくりと音を立てずに門をあける。
この時間なら夜稽古の時間だと考えた達也の予測通り、門弟たちが息と気配を殺して修練に励んでいた。
八雲は何処にいるだろうかと辺りを見回すと
「やぁ、二人とも待っていたよ」
二人の真後ろから飄々とした掴みどころのない声が聞こえ達也はとっさに深雪を小脇に抱え、ツナギに隠した鉛玉を投げ飛ばす。(弾き玉といい、指弾と同系統の技法だ)
「おっと、危ない」
声の主、九重八雲はそれをあっさりかわすと
「随分な歓迎の仕方だねぇ達也君?」
これまた飄々とした声で言ってのけた。
「気配もなく人の後ろに立つような人には丁度いい対応では?」
当然、達也の対応も慣れたもので言葉だけなら礼を失する言い方なのだが言われた方も言った方もそこらへんの機微を全く気にした様子を見せず、達也は呆れを僅かに滲ませながら、八雲は切れ長の瞳でかすかに笑いながら、それでも同種の無表情で相手の視線を迎え撃った。
「ま、茶番はこれくらいにしておこうか、深雪君の訓練だろう?用意しておいたからこっちにおいで」
しばらく無言の攻防があった後、話を切り出したのは八雲の方だった。別に根負けしたというわけでもなくただ単にこれ以上は弟子の鍛錬の邪魔になると考えた結果だろう。達也の方も無意味な優越感に浸る事もなく深雪を離すと八雲の後に続いた。
「行こうか」
「は、はい、お兄様」
深雪の顔がこれでもかと真っ赤だったのは気付かない振りをした二人であった。
八雲が案内した先は、白線を敷いた四隅に篝火を焚いた境内の一角であった。
「じゃあ、始めようか」
二人を案内した八雲はそう言うと、両手を不可思議な形で構え(俗に言う印と言うやつだろう)しばし無言になる。
すると、篝火で囲まれた空間に一つ、二つと人魂にも似た青い火球が生じた。
当然これは人魂等ではなく、古来より伝わる忍術『鬼火』である。
古式魔法の一つに分類される魔法で、忍術はこのような幻覚魔法において現代魔法を凌駕する。現代魔法は多機能の異能を高速かつ正確に実現可能としたが、このような限定的状況では古式魔法に及ばない部分も多々ある。
「行きます」
それを見て、動きやすい服装に着替えた深雪は跳躍魔法で鬼火の舞う夜空へと舞い上がる。達也は八雲の協力で擬似的なミラージパットを作り上げたのだ。
達也は深雪が八雲の作り上げた『意地の悪い』鬼火と格闘しているのをほほえましげに見守っていた。
「深雪、そろそろ休憩しよう」
深雪が撃った鬼火の光球数が三十を超え所で達也が小休止の合図を出す。と同時に軽く息をついた八雲に飲み物を差し出す。それなりに疲労感が溜っている筈だがおくびにも出さないのは流石と言ったところか、
達也はそのまま八雲より息を乱している深雪にも飲み物を差し出す。
「ありがとうございます」
深雪は大変恐縮した様子で受け取るのを達也は苦笑で流す。そこまでかしこまらなくともと思わずにはいられない。
とここで深雪の疲労を『視る』為に
「誰だ」
達也は気配が生まれた方向に反射的に向く。その目は今までとは違い鋭さと冷たさを湛えていたが
「あぁ、遥くんか」
八雲のなんともなしに告げられた声に達也の目から剣呑とした光が『少しだけ』消える。その名前には達也も深雪も聞き覚えがあった。
「まさか、先生だけだなく司波君にも気付かれるなんて思ってもいませんでしたよ」
やれやれと肩をすくめるのは達也達の通う第一高校のカウンセラー小野遥だった。確かにただのカウンセラーではないと思っていたが八雲とかかわりがあるとは達也も予想の外ではあったが、正直今はそんなことどうでもよかった。
彼女のうっかりのせいでどんな目に会ったか思い出すだけではらわたが煮えくりかえる。まさか『彼』に土下座する羽目になるなど末代までの汚点だ。ならばやる事はただ一つ。
「だらっしゃあ!」
「えぼっ!?」
手加減なしのドロップキックである。予想してなかったのか思いっきりくらった遥は奇妙な声を上げながらひっくりかえる。
「お兄様!?」
「おやおや、だねぇ」
突然の兄の奇行に悲鳴に近い声を上げる深雪とは対照的に八雲はただにやにやと笑うだけだ。多分彼も事情を知っているのだろう。
「ごほ!ごほっ!い、いきなりなにを……」
「黙れ、あんたのせいでどんな目に遭ったか知らないとは言わせない」
「でも、実質的な被害は」
「あ”?」
「すいませんでした」
更にのたまう遥を一睨みで黙らせる達也はまさに魔神と呼ぶにふさわしい風格を持っていた。
「まぁまぁ、それぐらいにしといてくれないかい?彼女も僕の大切な弟子だからね」
八雲がさり気に十条な情報を意図的に漏らしながら仲介に入る。
「弟子?」
「遥君、言ってもいいかい?」
どうせ言うんでしょ?という遥の無言の抗議を受け八雲はある意味彼女の注文通りに彼女の正体、公安の捜査官である身分を明かす。因みにカウンセラーの資格もきちんと取得した物だそうな。
「なるほど」
「ん?あまり驚いてないね」
「一応、予想の範囲内だったので」
達也がちらりと目線を向けると面白いようにびくつく遥はある種の過虐心を誘うものだったがあいにく達也にその趣味はない。思いっきり女性にドロップキックをぶちかましておいて説得力は皆無だがないものはないのだ。
「い、いやでもさすがよね~本物のブランシュもしっかり殲滅してるなんて」
「いえ、それは自分ではありませんが?」
遥のどう見てもご機嫌取りな台詞に若干白けながらも達也はひての返事を返すと遥がおや?と首をかしげる。
「おかしいわね?確かに『一高の制服を着た学生』がバイオ工場のテロ組織を壊滅したって情報が入ってるんだけど」
(一高の制服?)
偽物を掴まされたのかしら?と尚も頭をひねる遥を横目に見ながら達也は思案に思考を鎮める。
(あの場で国際的テロ組織を一人で殲滅出来る程の力の持ち主と言えば)
とここで一人の人間が思い当たるが、流石にそれはないかと思いなおす。確かに彼は一高では最強なのかもしれないが所詮は高校内の話、確かに卓越した魔法技術を持って入るがそれでも一つの組織を壊滅出来る程の力はないだろうと達也は浮かんだ可能性をかき消した。
「ぶえっくしょい!」
(どうした刑部、風邪か?)
「いや、違うと思う。というか風邪ならお前がわからない筈ないだろう」
(それもそうか、だが気をつけろよ?ただでさえテロ組織を一人で相手するなんて無茶やらかしてるんだからな)
「わかっている」
丁度その頃、ある場所で盛大にくしゃみする少年がいたとか
所変わり、暗闇が支配する部屋の中、数人の男達が円卓の机に座り会談していた。
「首尾はどうだ」
その中の一人が誰にともなく言葉を告げる。
「結論から言うと、上手くいかなかった」
向かい側から上がった声に隠しきれない落胆の気配が伝わる。
「やはり付け焼刃でマイクロブラックホール生成実験は無茶があったか」
「最初は兆候があったのだが直ぐに反応が消えてしまったようだ」
「これで異世界の存在を呼びだし我らの果てなき問いに答えを見出すもくろみは露と消えたわけか」
「落ち着け」
あちこちから声が上がるが、円卓の中で最も権力が高いであろう男の一声に周りは一気に静まり返る。
「失敗したものは仕方がない。当初の予定通り九校戦にて我らの問いに答えを出すとしよう」
続いて告げられた言葉に一同は示し合わせたかのように立ち上がる。
「我ら
「我らの全ては我らの頂におわすであろう存在の為に」
「我らの頂きを知りたいが為に」
誓いのように、呪いのように紡がれた言葉は闇に溶けて消えて行った。
毎度時間かかってすいません(汗)
今回は遥ちゃんに天罰、本物のブランシュの顛末、あと無頭竜ガチ強化の三本でお送りしました。
この作品の無頭竜は無能竜とは言わせませんよ(笑)
まぁもっとひどいものにはなるかもしれませんけど。とフラグを立ててみたりwww