四葉の影騎士と呼ばれたい男   作:DEAK

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す、すいません。またまた長らく更新が滞ってしまいました(汗
なのにまたドシリアスという……

最後にこれだけやらせて下さい。
次回はやっとこさ入学編です

ガンガンギャグやってくよ!
次回から!

流石に次回からはもう少し更新が早くなると思います。まぁ字数も少なくなりそうですが


別れ

大亜連合の仁による四葉家襲撃から数日が経ち、屋敷は朝日に照らされその襲撃の爪痕を見せる。けが人が多数出たが、死傷者は一人もいなかったのは幸運だったと言わざるを得ない。

 

そして結果的に仁を倒し四葉を救ったとされる少年は……

 

 

 

「あ、あの~真夜さん?」

 

「……」

 

(沈黙が痛いっす)

 

何故か、四葉真夜の正面で正座させられていた。

 

 

 

オッス、オラ和人。いきなりですが現在ピンチです。

 

え?なんか真夜さんめっちゃ怒ってない?俺なんかした?いや頑張って仁倒したんだけどこの仕打ち、涙が出ちゃう。

 

「えっとぉ……」

 

「あなた」

 

おっと?やっと口を開いてくれたよ

 

「逃げろと言ったわよね?」

 

「いやぁ直接は」

 

「言ったわよね?」

 

「……はい」

 

おかしいな~疑問形なのにこっちに応えさせる気が全くないよ~?あはははははは

 

「こっちはあなたが来なくても大丈夫だったというのに全く」

 

「いや、かなりピンチでしたよね?って痛い!?」

 

扇ではたかれたんですけど!?何で出来てんのその扇!?超固いし

 

「あなたはまだ子供なんだから」

 

「あの~お忘れかもしれませんが」

 

「精神だけなら大人ですって言いたいんでしょう?」

 

言いたい事を先回りして言われ言葉に詰まる。

 

「それでもあなたは三十歳にもなっていないじゃない、私は今年で四十四歳、年上の言う事は聞くものよ」

 

「ぬぬ~」

 

それを言われてしまうとな

 

「もう危ない事しちゃだめよ。ただでさえあなたは変な事に巻き込まれるんだから」

 

「……わかりました」

 

幾つになっても心配掛けて怒られると言うのは申し訳ない気持ちになってくるものだ。

 

「今度また危ない事したら」

 

「したら?」

 

「そうね、公開耳かきの刑でどう?」

 

ヱ……?何それ?

 

「ネット中継もありかしらね」

 

な、なにぃぃぃぃぃぃぃ!?なんだよその公開羞恥プレイ!?

 

「彼女とかならまだしも親子ほど年が離れてる人に耳かきされるなんてとんだ罰ゲーんぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

真夜さんからいきなりアイアンクローを頂戴し苦痛にもんどり打つ

 

「親子ほどじゃないわよねぇ?」

 

「いや~見た目の年齢で考えれば」

 

「あぁん?」

 

「ぐあああああああああああ!?」

 

自分の事を年上といったり親子といったら怒ったり全くわけがわからないよ。ていうか、死ぬ

 

 

現在アイアンクロー中、少々お待ち下さい

 

 

 

 

 

「あ~イテテ、死ぬかと思った」

 

誠心誠意謝った事によりようやく真夜さんのアイアンクローから解放され彼は今、ある場所に向かっている。

 

その場所とは四葉の医療施設、そこにいるのは

 

「どうも~」

 

「また来たのね」

 

「そんな嫌そうな顔しないでも」

 

相変わらずの言葉に苦笑する和人に向かって柔和な笑みを浮かべ、病的なまでに白いベッドで上体を起こした司波深夜であった。

 

沖縄では小康状態であった彼女の体調だが、仁に憑依された事により彼女の精神は著しく削られ、立って歩く事も出来ないほど体調が悪化してしまった。

 

司波の屋敷に帰る事も出来ず彼女は四葉の誇る最新鋭の医療施設に入院する事になった。彼女の消耗した精神を癒すのは精神を専門とする四葉と言えど簡単なことではない。しかし、和人の精神安定はあらゆる精神干渉を無効化し傷ついた精神を元に戻す能力。四葉は彼の能力をもってすれば深夜の精神を元に戻すことが可能ではないかと考えた。

 

当然四葉は彼を被検体にすることを考えた。彼を取り巻く加護は四葉の手で戸籍を得た瞬間消えたのは既に和人自身から聞いている。彼を護るものがない今、あらゆる非道な実験を彼に施し精神安定そのものを深夜に与える事も出来るだろうと考えた。実際に進言する者もいた。

 

だがそれは当主である真夜と、深夜自身から却下され、結局できるだけ深夜の傍に和人を置く事で精神の治療を試みるに留まる事になる。

 

「ほら、一応俺の力で深夜さんも元気になるかも~って事で出来るだけ一緒にいた方がいいらしいじゃないですか」

 

(随分ぼかして伝えたわね)

 

上述のような陰湿な事態を真夜は彼に一切言っていないらしい。それでも変な所で勘のいい和人の事だ。きっとそれとなく察しているのだろうが

 

「で?どうです?」

 

「何もかわりないわよ」

 

「あれ?おかしいな」

 

深夜の言葉に首をひねる和人を尻目に深夜は穂波が暇つぶしにと持ってきた雑誌に目を通す。ここ数日彼は暇があれば深夜と行動を共にしている。といっても深夜自身がほとんど出歩けないので、和人が勝手に喋ったり部屋の物をいじくったりするだけだが

 

「直ぐに治ったりはしないのかな?我ながら良くわからん能力だな」

 

(四葉でも分からなかったらしいしね)

 

沖縄で深夜が殆ど体調を崩さなかったのは恐らく彼の精神安定が理由だろう。その経験を踏まえれば確かに和人のそばにいれば、深夜のすり減った精神が回復に向かうのは自明の理だ。

 

「深夜さん、やっぱり俺のことをもっと調べた方が」

 

「無駄よ。詳しい事は結局わからなかったし、これ以上は危険よ」

 

「いや、でも少しぐらいなら」

 

アホな事をぬかした和人に深夜は無言で持っていた雑誌で彼の頭を軽くたたく。やはりというか、彼に人体実験を行おうとする者がいた事にそれとなく気付いているようだ。

 

彼がこんなにも焦っているのは深夜の体調が一向に良くならないからだろう。むしろ緩やかだが悪化していっている。確かに精神はだんだんと回復しているのがわかるのだが、それに体が付いていけていないのだ。

 

深夜はこれを自身の身体の限界だろうと悟っていた。確かに仁に憑依された事により沖縄で小康状態だった彼女の体調は一気に悪化した。

 

だが、それ以前から数十年に及ぶ魔法の過行使により深夜の精神と身体は既に日常生活も危うい程追い込まれていた。それを考えれば、仁に憑依された時点で死ななかったのは僥倖とも言える。

 

あの時死んでいた筈のこの命、その最後の灯火が消える前に出来る事、一つ一つ整理していかなければならない。

 

深夜の頭の中は今までで一番冷静にすっきりと物事を考えられるようになっていた。

 

(まずはこの子から、ね)

 

「和人」

 

「はい?」

 

深夜の呼びかけに何の疑心も抱かずにこちらを見る少年、四方坂和人

 

あいつの癖にいい名前だと、最初に聞いたときは思ったものだが、慣れてしまえばなるほど彼にぴったりだと思った。

 

思えば初めて会ったときは、空港に置き去りにした。

次会ったときは、理不尽にタクシー代を請求された。あのときは比喩表現なしで殺してやろうかと思ったものだ。

 

と思えば朝から酒盛りをする羽目になるわ、そのせいでとんでもなくみっともない姿を家族に見せる羽目になるわ。退屈と平穏とは無縁の、そして気の『休まる』沖縄旅行だったような気がする。

 

そんな彼に、最期に何が出来るだろうか?出来ればぎゃふんと言わせたいが……あ

 

「くるみ入りクッキー」

 

「?……あっ」

 

最初は深夜の言葉が理解出来ず頭に盛大にクエスチョンマークを浮かべる和人だったがやがて理由に思い至ると顔色を真っ青にする。

 

「よくも騙してくれたわねぇ」

 

「あ~、あははは……」

 

だんだん目が据わっていく深夜とは対照的に視線が泳ぎまくる和人だが逃げ場は残念ながら存在しない

 

「そういえばあの時決めたのよ。次会ったら思いっきりぶん殴るってねぇ!」

 

「ちょ!?ちょっと待って深夜さん!?タイムタイム!」

 

椅子から立ち上がり逃げようとする和人だが、深夜が左手で彼の左手を掴み逃亡は失敗に終わる。

 

「げ……」

 

潔く諦め目をつぶる和人の姿に深夜は少し溜息を吐く。深夜はそれほど強く彼の手を掴んではいない、いや掴めないと言った方が正しいか。

 

なのに、ふりほどいて逃げようともしない。気を使われているのだろう。ならば教えてやらねばならない、そんな必要等欠片もないことを

 

深夜は、生涯で最も気合いを入れて全身全霊で和人の脳天に拳を落とす。

 

 

その結果は、和人をぎゃふんではなくぎゃあと言わせた事に成功したとだけ言っておこう。

 

 

 

 

「奥様?凄い音と声がしましたけど、って和人君?」

 

深夜に頼まれた買い出しから帰って来た穂波がドアを開けるとそこには頭を押さえる和人と拳を抑える深夜の姿があった。

 

「ぐおおお……いてぇ」

 

唸る和人を赤くなった拳をさすりながらも深夜は満足そうに見ると

 

「和人、私は大丈夫」

 

こう言った。和人の動きが止まる。

 

「だから、似合わない事なんか考えるんじゃないわよ」

 

「……少し、外に出てきます」

 

深夜の言葉に和人は何も応えず、穂波の脇をすり抜け病室を出て行った。

 

「いいんですか?和人君凄い顔してましたよ?」

 

「凄い顔?」

 

穂波の抽象的な表現に深夜はそのままオウム返しで問い返す。

 

「なんというか、色々とごちゃ混ぜになったような顔といいますか」

 

「よくわからないわね」

 

穂波も表現しきれないのだろう。歯切れの良くない彼女の言葉に深夜はそれ以上追及しなかった。変わりにちらりと彼女の姿を盗み見た。

 

穂波も仁に身体を奪われた影響を受けた一人だが、身体の方は激しい運動は出来ないが歩き回れる程度には回復している。

 

しかし、精神、魔法技能の方は致命的でこれ以上の魔法行使は命の危険にさらされると診断されてしまった。ただ魔法を過行使したのは仁に憑依された時のみであり、この先、魔法を使わなければ日常生活には問題はないそうだ。

 

自分と同じ道を辿らなくて良かったと思うが、これからの彼女の身の振り方が気にかかる。あくまで彼女は四葉に買われた調整体魔法師、利用価値がないとわかれば恐らく和人よりも凄惨な実験に巻き込まれる事だろう。

 

長年仕えてくれた存在がそのように扱われるのは深夜としては納得できるものではない。

 

「穂波」

 

だからこそ、彼女の為に出来る事

 

「あなたは、これからどうするの?」

 

「これからもあなたの傍にいますよ」

 

「そうじゃなくて」

 

穂波の予想通り過ぎる回答に思わず笑みを浮かべながらも深夜は彼女の言葉を否定する。

 

「私が、いなくなった後の事よ」

 

いなくなる。この言葉の意味がわからないほど、穂波は愚かではない。しかし、自らが守るミストレスではなく自分が残るという事実を改めて認識し穂波は顔を顰める。

 

「わかりません」

 

これは彼女の正直な答えである。そもそも彼女に選択権が与えられることなどほとんどなく、それも魔法も使えない調整体などせいぜい使いつぶされた揚句、処分されるのが関の山だろう。

 

買われるとは、そういうことだ。利用価値がなくなったら捨てられる道具。それが桜井穂波であった。

 

「そう」

 

そう、桜井穂波はそういう道具『だった』

 

「じゃあ最後の命令を下します」

 

だが、このミストレスの命令は

 

「あなたには四方坂和人の世話役をしてもらうわ」

 

「今、なんと?」

 

その価値観を粉々に打ち砕くものだった。

 

「真夜から聞いた話なんだけど」

 

深夜は穂波の疑問にはあえて応えず話を続ける。

 

「彼、高校生になったら東京にいくそうよ」

 

「東京に、ですか?」

 

「そ、まぁここにいたら自立出来ない大人になるからって、真夜と葉山さんが決めたらしいわ」

 

本人は知らないけどとくすくす笑う深夜を見ながら、そもそもみんなこぞって世話を焼きたがるのがわるいんじゃないかなぁ?と白けた思考に支配されかけた穂波だが顔には出さなかった。

 

「それで、東京での和人君のお世話係に私が、というわけですね?」

 

「そうよ、ガーディアンと言い換えても構わないわ。私や深雪さんほどの危険はないでしょうから、身の回りの世話が主になるわね」

 

「むしろ私にとって彼が一番危険な気がします」

 

「確かに」

 

ここで、二人は顔を見合わせ同時に笑う。そこに主従は存在しなかった。

 

「拝命いたしました奥様、私、桜井穂波は東京にて彼のガーディアンとして務めを果たさせて頂きます」

 

「お願いね」

 

「はい」

 

深夜の言葉に穂波は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母様」

 

「いらっしゃい」

 

和人と穂波、両名と話した翌日、穂波に連れられ、深雪と達也がお見舞いに来てくれた。

 

深夜の子供達は穂波から四葉の屋敷で起こった顛末を聞かされている。その時の深雪のとり乱しようといったら大変だったと穂波から聞いている。

 

「私は外で待っていますね」

 

「桜井さん、私も」

 

「大丈夫よ。達也君、深雪ちゃんと奥様をお願いね」

 

扉の外で警護に周ろうとする穂波に達也も追従しようとするが、当の穂波から止められてしまい、結果、病室内は司波家親子水入らずとなる。

 

「お母様、お身体は大丈夫なのですか?」

 

「良くはないわね。今日もまた少し悪化していたようだし」

 

「……っ!」

 

「そんな顔しないの」

 

顔面蒼白となってしまった深雪に、深夜は苦笑する。まるで今朝の和人そっくりだ。深雪と達也二人と話がしたかったので彼には席をはずして貰いたかったのだがなかなか帰らなかったのだ。

 

最終的に、葉山と青木二人がかりで引きずるように連れ帰ったのだが

 

「深雪さん」

 

「はい」

 

「あなたは真夜の後を継いで四葉の当主となるべき人間」

 

「はい」

 

「だから」

 

ここで深夜は深雪の目をまっすぐに見る。けがれのない目だ、それでいてまっすぐな曇りのない美しい目だ。これならきっと大丈夫だろう。最強のガーディアンと悪友に囲まれながら健やかに育ってくれるだろう。だから……

 

「誰からも愛される人になりなさい」

 

「お母様?」

 

深雪の目が驚きに見開かれる。少なくても母のそんな言葉を聞いたのはこれが初めてだ。

 

「あなたなら出来る筈よ」

 

そう、あなたになら、私たちでは出来なかったけど、あなた達なら

 

「……わかりました」

 

深雪は少し考え、深夜の言葉を頭の中で反芻し、そして頷いた。

 

「頑張りなさい」

 

ようやく母としての言葉を言えた気がする。深夜は静かに微笑んだ。

 

 

「達也さん」

 

「はい、奥様」

 

達也はあくまで従者としての立場を崩さない。深夜もそれをわかった上で言う。

そしてこれから言う事も恐らく達也は首を縦にはふらない筈だ。

 

「もう一度聞くわ」

 

「はい」

 

「感情を、心を取り戻したくはないの?」

 

「取り戻したくない、と言ったら嘘になりますね」

 

と思いきや予想外の言葉が出てきて思わず目を丸くする。

 

「いや、今のは正しくない言い方でした」

 

達也も珍しく視線があちこちを彷徨っている。自分の言おうとしている事を整理しているのか、もしかしたら、恥ずかしがっているのかと考えるのはいささか都合が良すぎるだろうか?

 

「『心』と言うものなら恐らく私はもう手にしています」

 

この子は相変わらず予想のつかない答えを返すものだと我が息子ながら感心する深夜だが聞き逃せない言葉でもあった。

 

「既に奪われたものをとり返した、と?」

 

「いえ」

 

達也の発言の真意を掴め損ね怪訝な顔をしてしまうが直ぐに達也から言葉があった。

 

「確かに私は深雪に対する感情以外のすべての激情を失いました。ですが、この数年で得た縁を無碍にしたくないと考える自分もいるのです」

 

彼の隣にいた深雪が驚きながら達也を見る。きっと『大切だと思いたいもの』のことだろう。

 

「それが、心だと言うの?」

 

「つながる事が心だと言うならば、人間はどうやらどうあっても一人ではいられないようです」

 

そういう達也の目には無機質な光の他に、儚くも確かな篝火があった。

 

「そうね」

 

人間は良くも悪くも一人にはなれない。これは深夜も最近つくづく思い知らされた事だ。どのような道を歩んでいようと、他人の道と交わってしまう。人間とはそういう生き物なのだろう。だからこそ彼女は今こうしている。今まで関わってきた人々と、縁というものに最期に出来る事を行っている。四葉の、深夜の贖罪の犠牲となった目の前の我が子に出来る事、それはきっと……

 

深夜は次の言葉を口にしようとしたが

 

「ですから、『俺』は大丈夫です」

 

「!」

 

達也のこの言葉で深夜が言おうとした言の葉は秋深い時期の樹木の如く散らされてしまった。

 

まさか我が子から自分が彼に送った言葉をそのまま返されるとは思わなかった。そんなに切羽詰まったように見えたのだろうか?

 

だが、親としてのプライドか否か

 

「そう」

 

一言こう返すだけで動揺は出さなかった。まぁこれでも達也にはもしかしたら気付かれたかもしれないが

 

「なら、『達也』」

 

大丈夫、こう言われてしまったなら最後に送る言葉はこれがいい

 

「あなたは深雪のガーディアンとして深雪を護らなければなりません」

 

「はい」

 

「だから、まず自分を大事に出来るようになさい」

 

「……」

 

達也の返事は直ぐにはなかった。それだけ深夜の言った事が衝撃的であったのだ。

 

「あなたが傷つけば深雪が悲しみます。それはガーディアンとして許されぬ事です。

 

 

だから、まずは自分を大切に思えるようになりなさい。それも心ってやつよ」

 

深夜の言葉に達也から返答を結局なかったが、達也の顔を見て、深夜は満足した。

 

 

 

それから、面会終了時刻を告げる穂波が来るまで三人がどのような会話をしたかはわからない。

 

だがきっと素晴らしく、美しく、そして何処にでもある家族のひとときであったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「これじゃお見舞いじゃなくてお見合いじゃないっすか」

 

子供たちが来た次の日、和人と一緒にやってきたのはなんと、妹である真夜だった。

 

最近は軟化したとはいえ、一時は冷戦状態にあったのだ。何かを話せと言っても長年の凝り固まったあれこれはそう簡単に解消できるものではない。

 

恐らく、真夜もそう考えて和人を連れてきたのだろうが、当の本人はリンゴ剥きに集中してあまり話さない。

 

さっきの言葉は、沈黙に耐えかねた故だ。

 

余談だが、最初は真夜がやろうとし、ナイフを持った手つきを見た瞬間、和人が慌てて代わったという一幕があった。真夜さん切腹でもするのかと思ったとは後の和人の弁である。

 

「ほいっと、剥き終わりましたよ」

 

「御苦労さま、って」

 

和人が剥いたリンゴに手を伸ばそうとした深夜の手が止まる。真夜も深夜の視線の先を追い

 

「……何これ?」

 

「四葉の屋敷inアップルスケールです」

 

彼が差し出した皿の中には、リンゴで作られたミニチュアの四葉の屋敷が鎮座していた。

 

「これリンゴ何個剥いたのよ」

 

「え?一個だけですけど」

 

いや、一個でやるにはリンゴの量とか絶対に足りないと確信出来る程のクオリティを誇る屋敷がそこにはあった。

 

「質量増加なんて魔法では不可能のはずだけど」

 

「魔法じゃないですよ。まぁ魔法が使えなくてもこんぐらいの小手先の技くらいね」

 

「いやこれ魔法より全然凄いわよ」

 

真夜の言葉に全力で同意したい深夜であった。

 

「そもそもこれどうやって食べるのよ」

 

「あぁ、そこの木は簡単に抜けますし、塀や屋敷は食べやすい大きさで切れるようになってます」

 

「あら、本当ね」

 

彼の言葉通り、塀の一部にフォークを刺すと、丁度いい大きさで塀が外れ一部塀に欠損のある屋敷となった。

 

真夜は木(リンゴ)を引っこ抜き、齧っているし、確かに見た目よりは食べやすいが無駄な努力である事は否めない

 

「姉さん」

 

しばらく三人の口はアップル製の四葉の屋敷を食べる事に使われたが、屋敷が完全崩壊間近と言う所で切り出したのは真夜の方だった。

 

「先に行くのね?」

 

「……えぇ」

 

真夜の言葉は第三者が聞けばいまいち理解出来ない内容だったが、当事者たちにとってはこれで十分すぎる意味を持つ。

 

「ずるいわ、小さい時からいつもそう。おやつだっていつも姉さんが先だったわ」

 

「そうだったかしら?」

 

深夜はすっとぼけるが、本当は覚えている。だが、駄々をこねる真夜を見ていつも自分の分を分けてあげていたのは覚えているだろうか?

 

「そうよ、何だって姉さんがいつも先、私は後」

 

でも、とここで真夜は笑みを深くし

 

「駄々をこねる私を見かねた姉さんがいつも自分の分のお菓子を分けてくれてたわね。それで、結局私の方がいつも多く食べていたわ」

 

在りし日を思い出し真夜は今はもうない昔日の時を思い浮かべる。深夜はそんな彼女を見ながらこう言った。

 

「そう、ね。そうだったわ」

 

でもね、と深夜も真夜に良く似た笑みを浮かべ

 

「今回は分けてはあげられないわ。私が先よ」

 

今はまだ生まれ得ぬ日を思い起こし、深夜は自分にはもうない今日の向こう側を思い浮かべる。

 

「姉さん」

 

「そんな顔しても駄目よ。あなたは精々ゆっくりと来なさい」

 

そんな風に言われてしまってはこれ以上何も言えなくなってしまうではないか

 

「和人」

 

押し黙る真夜を横目に深夜は今まで殊勝な事にだんまりを決め込んでいた和人を呼ぶ。

 

「はい?」

 

「真夜の事お願いね?この子は意外に寂しがり屋だから」

 

「ちょ、ちょっと姉さん!」

 

「えぇ任せといてくださ痛いっ!?」

 

「余計な事言わなくていいの!」

 

その扇ホントに何製!?ものすごく痛いよ!

 

「ふふふ……」

 

相変わらずの和人と珍しくの真夜、二つの『騒がしさ』を内包したドタバタを見て深夜が急に笑い出す。

 

それを見て、和人と真夜の二人も顔を見合わせ

 

「ははは」

 

「ふふふ」

 

しばし病室には男女三人の暖かい笑い声が響いた。

 

 

そして、これが司波深夜の意識がある最後の夜となった。

 

 

 

 

翌日から意識すらも混濁し始め、その日の昼には目も覚めず装置と点滴に繋がれた痛々しい姿となってしまった。

 

それでも、和人は深夜の元に通い続けた。自分の力できっとどうにかなると信じて……

 

 

 

 

 

だが……その甲斐虚しく

 

 

司波深夜、旧姓四葉深夜は真夜と話した日から丁度三日後、零時丁度に永久に覚める事のない眠りについた。

 

その顔は安らかで、きっと幸せに逝ったのだろうと誰もが思えるものだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

深夜の告別式は四葉総出で行われた。実子である達也や深雪はもちろん、黒羽家や遠戚の人間も集まりしめやかに行われた。

 

その一角で、和人は喪服に身を包み、ただただ参列者の列を見ていた。その顔に浮かぶ色は誰にも窺いしれない。

 

「和人」

 

そんな彼に声をかけたのは

 

「そんな所にいたのね」

 

きらびやかな衣装でなく、大人しく黒を基調とした喪服を着た真夜だった。

 

「真夜さん、俺」

 

何か言わなければならない、何か伝えなければならないと脅迫じみた使命感に駆られ和人が何事か口走ろうとするが

 

「姉さんは大丈夫だって言ったんでしょう?」

 

真夜がその口を人差し指でつぐませる。

 

「ならきっと姉さんは満足だったのよ。そうでしょう?」

 

「でも俺はっ……」

 

言葉にならない、言葉に出来ない、そんな自分を恨めしくすら思う。だが真夜はそんな彼を見ても顔色を崩したりはしなかった。

 

「そうね、割り切れない事もあるわよね」

 

 

 

だから……

 

 

 

「泣きなさい」

 

「……っ!」

 

和人がばっと顔を上げるとそこにはかすかに微笑む真夜がいた。

 

「胸くらいなら貸してあげるわよ」

 

軽くウインクしながら腕を広げる真夜だが、和人にしてみればそれは少し、というか大分恥ずかしい。

 

「へ、へへへ、大丈夫ですよ。だい……じょう…………」

 

言葉に出来たのはここまでが限界だった。後は激情の奔流にのまれただただ身を任せるのみ

 

 

 

人間という生物は誕生した時、泣きながら生命の鼓動を発露する。

 

それに例えるなら、今日こそが、この涙こそが、少年の、四方坂和人という人間の産声なのかもしれない。

 

 

母なる人間の(かいな)に抱かれ、泣き声を上げ生を得る。

 

 

 

ここから、四方坂和人の物語は始まるのだ。

 

やがてあの人の待つ場所にいくまで歩みは止めない、そんな物語が……

 

 

 

 

~第一部 完~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と、いうわけで!
第一部ッ!完ッ!

まぁこっちで勝手に第一部って決めちゃったわけですが、一応これで追憶編および導入編は完結です。

次回からは大変お待たせしました。待たせ過ぎて飽きられちゃったかもですが、入学編をやっていきます!


次こそはもっと早く更新していきたいです。
頑張っていきますので宜しくお願い致します。

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