桜井さんが用意したクルーザーは電動モーター付きの帆走船だった。
乗客は7名、舵を取る人とそれの補助をする人は現地の人で、桜井さんがクルーザーと併せて手配した人たちだ。
私は船首側に座り、隣では兄が操帆手順を熱心に見ている。本来なら、お母様が私の真向かいに座っている筈なんだけど・・・・・・
「う、うぅ・・・・・・」
「おえぇ・・・・・・」
お母様は少年と一緒に船の手すりで海面に顔を向けダウンしている。桜井さんが二人の背中をさすっているのが印象的だった。
聞くと、二人して朝から酒を飲んでいたらしい。何でそんな事になったのか詳しい事を聞いてみたのだがお母様は
「ゆずれないものがあったのよ」
っていうだけだし、少年は
「あ、ありのまま起こったことを(以下略」
ポルナレフ状態で何も参考にならなかった。
「はぁ、もう」
「お疲れ様です。桜井さん」
「あぁ深雪さん。ありがとう」
深いため息をついた桜井さんに思わず声をかけると桜井さんは軽く笑ってくれた。でもまだ若干疲労の色が見える。
兄もそんな桜井さんをじっと見ていた。
「思ったよりもずっと快適ですね」
「低気圧が近付いているそうですけど、それを除けば絶好のセーリング日和です」
桜井さんは私の向かいに腰かける。
「低気圧ですか?」
「えぇ、でも台風にはならないそうだから心配は無用ですよ」
「そうですか」
今まで舵を取る操舵士を見ていた兄が唐突に尋ねてきたが、桜井さんの言葉を聞いてまた視線を戻した。
「・・・・・・!」
と思ったら兄の視線が急に険しくなる。
その視線の先には、慌てて無線機と通信している助手の人の姿
「達也君」
「えぇ、どうやら国防軍のではない潜水艦が近付いているようです」
兄の様子に気づいた桜井さんも表情を変え沖の方を見る。国防軍のじゃないとすると外国という事になるが、ここは日本の領海だ。にもかかわらず他国籍の潜水艦が発見されるという事は
『侵略』
その二文字が浮かび、ブルリと身を震わせる。
私の焦燥が船にも伝わったかのように、大きく揺れる。
「きゃっ」
バランスを崩してしまい手すりに掴まろうとするが、虚しく空を切ってしまう。私は来る衝撃に備え目をギュッと瞑った。
「大丈夫ですか、お嬢様」
が来るはずの衝撃はなく、目を開けると私の肩を抱いて転ばないように支えてくれた兄の姿
「・・・・・・大丈夫です」
助けてくれた御礼を言おうとしたのだが、お嬢様という呼称が何故かとても哀しくて、私は言葉少なに兄の勧めるままに長椅子に腰かけた。
最近、というより沖縄に来てから兄に対する感情をもてあましているような気がする。
「ぎゃぁぁ~っ!あ、頭がっ、世界が回るぅ~」
「た、助けて・・・・・・」
「・・・・・・行ってきます」
座った長椅子の裏の甲板から酔っ払い二人の情けない声も聞こえる。桜井さんは微妙な顔をして甲板に向かって行った。
ホントお疲れ様です。
とアホなやり取りをしている間も状況は進んで行く。泡立つ海面から黒い影が二本こちらに向かってくるのが見て取れた。
(あれは、魚雷!?)
警告もなしに発射された魚雷にいよいよ状況の危険度は最高潮に達する。私は慌てて迎撃の為、CADを取り出し魔法を行使しようとするが、それより先に自分をかばうように立っていた兄が、右手を海中へと差し伸べた。
(一体何を・・・・・・!?)
自分のCADを取り出す気配もなく不可解な行動に出た兄に私は怒鳴りそうになってしまうが、真の驚きはここからだった。
兄から、詳しく言うと右手から目もくらむような閃光がほとばしる。それが魔法発動の兆候だと気付いたのはしばらく後になってからだった。
発射された筈の魚雷が黒い影を広げながら海底に沈んでいく。
(もしかして、分解!?)
CADのような補助具もなく、海中の魚雷を分解するなど、人間に出来る芸当ではない。だがそれを兄は淡々とやってのけた。
(私の兄はいったい何者なの!?)
私はそこまで考えて気づく、私は兄のことを何も分かっていない。
その事実に、私は愕然とする。その理由もわからずに
桜井さんが海面に魔法を叩き込み、その反対側の甲板では、お母様と少年が吐瀉物を海面に叩き込んでいるのを目の端にとらえながら私は長椅子に居竦まっていた。
あれぇ?主人公全く喋らなかったぞ?まぁ前回散々喋ったからいいか