水銀世界のとある少年少女達   作:夜鳥

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~前回のあらすじ~
上条さン「セール品の卵パックげと。俺珍しく不幸じゃない!」
側溝の蓋「その幻想をぶち殺す」
一方さン「何やってンだお前ェ」
御坂さン「おい、決闘しろよ」


ⅱ.御坂美琴の希求

 科学の都、学園都市。超能力者を技術的に作成するこの街の頂点に座する者が、実はかつて魔術師であったことを知る者はまずいない。

 

 というのも、科学側の人間はそもそも魔術の存在を知り得ない。そして魔術側は科学を知ってはいても、魔術師が科学に染まるなど思いつきもしないのだ。

 

 自身の技術・神秘に誇りを持つ魔術師はとかく科学側の文物を毛嫌いする傾向がある。これは理屈ではなくもはや生理的な嫌悪であり、彼ら自身にも如何ともしがたいアレルギーのようなものだ。

 

 それに加え超能力の開発を受けると魔術行使は現実的に不可能になる。歴史の浅い超能力との二者択一、まるで並び立つかのような表現をされて嬉しい筈もない。

 

 故に。あろうことか魔術師の最高峰にあったアレイスター・クロウリーが科学に魂を売り渡しているという所行、よもや魔術師達に予想できる筈もない。

 

 彼が学園都市にいることが知れ渡れば、魔術師がそれこそ大挙して押し寄せるだろう。

 魔術(神秘)超能力(普遍)に貶める行いを魔術側は座視などできない。

 

 ――――だが彼からすれば呆れを通り越して唖然ともなる。

     そも魔術と超能力に如何程の差異があるというのか。

     何たる無知蒙昧。自らの扱う魔術の意味を欠片も理解せぬとは、と。

 

 矮小な輩の追跡を振り切るために敢えて襲撃を受け、死を擬装した稀代の魔術師。

 檻で囲われた都市の中、彼は筋書きのまま踊る演者達を今日も眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 こぽり、と気泡が浮かんでは消えていく。培養液で満たされた器の中から見える室内は、ここ何年も代わり映えなく無機質だ。

 

 窓のないビルと呼称される場所の座標すら定かでない深部。統括理事長としての身は常にここにある。

 

 至る所から送られる情報に目を通しプランの進捗を計る日々。無聊の慰めとなるのは、やはり演者達の振る舞いだった。

 

 滞空回線(アンダーライン)からの映像、その一つに目を留める。

 

「ほう……」

 

 ゴミの様に打ち捨てられた骸の数々とその前に立ち尽くす女という、この街でも外の世界でも実にありふれた光景だ。

 実験台を使い潰した研究員、という構図であったならば。

 

 恐怖に歪んだ表情でボロ屑のようになった骸達は、皆が白衣に身を包んでいる。

 むしろ茫然と立ち竦む茶髪の少女こそ、無惨にもみずぼらしい身なりをしていた。

 

 少し時間を巻き戻せば映し出されるのは惨劇の始終。少女が軽い電流を発し、或いはただ撫でるように触れただけで彼らは絶命していった。理解が及ばぬ事態に恐怖し、顔を歪ませ右往左往するその姿は滑稽と呼ぶ他ない。

 

 果たして如何様な気分だったのだろうか、問答無用で生を断ち切られるというのは? 叫び声が聞こえてきそうな表情の骸は、まるで生きながら魂を吸い取られたかのようだ。

 

 欠陥電気(レディオノイズ)の少女は未だ己が何をしたか理解できていないのだろう。

 だがいずれ芽吹く。彼女の、否、彼女達の渇望はこの世に生れ落ちる。

 

 幸いなことに餌には困らない。漸く生まれた彼女らには是非とも健やかな成長をしてもらわねばならないのだから。

 すぐにでも鎮圧部隊が駆けつけるだろう……だが喰われるのは彼らの方だ。

 

「無論、本物とは比べるべくもない脆弱さだが――――」

 

 本来ならば達しうる高み、魔人の域には程遠い。そもアレを振るうに相応しき者、その魂の質に有象無象が比肩することなど元より不可能。期待すらせぬ。

 

 だがそれも一人であればの話。数がいれば――――そう、例えば二万人ほど。

 或いはその渇望も魂も、見れる輝きを放つかも知れない。

 

 数が質を圧倒する……などと説く覚えは毛頭ないが。

 漸く目覚めの兆しを見せてくれたのだ、褒美を与えねばなるまい。

 

「故に呪い(祝福)を与えよう――――喜べ、お前たちは安息を取り逃がし続ける」

 

 何しろ幻想殺しも超電磁砲も一方通行も未元物質も、全てが等しく今は劣等。

 そも()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「芝居は既に始まっている。少年達よ、疾く目覚めねば喰われるぞ」

 

 それもまた、一興ではあろうが。くすり、と音にならぬ笑いを零した。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「はぁ……」

「どうしましたのお姉様、ずっと溜め息ばかりおつきになって?」

「んー……何でもない、ってこともないんだけどね」

 

 訳が分かりませんの、と首をひねる黒子に苦笑しつつ横になったまま、きるぐまー人形に抱きついて顔を埋める。不審がられるのも然もあらん、門限ギリギリに戻ってからというものこの調子だ。

 

 今の自分が本気を出せるかもしれない、待ちに待った標的が二人も。漸くありつけると思った矢先に寸止め、どうしようもない飢餓感が行き場をなくし渦巻いている。

 

 自分より強いヤツが許せない、そんな言葉はお為ごかしに過ぎない。本音はただ、自分の力に怯まない人がいた嬉しさにはしゃぎたかった、それだけだ。

 電撃を向けられる相手からしたら堪ったものじゃないだろうというのも、分かる。

 

 だけど……この狂おしいまでの気持ちはどこに吐き出せば良いのか?

 あのツンツン頭と白いのと、相手を二人も見つけられたというのに。熱の籠った吐息が思わず零れる。本当、まるで恋煩いでもしているかのようだ。

 

「お姉さまのお心をこんなにも乱すなんて一体……ハッ、まさか件の殿方ですの?」

「殿方って、随分と丁寧な表現するのね」

「おのれ……お姉さまを煩わせるなど、かくなる上は私が直々に制裁を」

「黒子、私の獲物に手出しするつもりならアンタでも容赦しないわよ」

 

 思わずパリ、と漏れる静電気にオゾンの異臭が香る。

 

「じょ、冗談ですの。というか獲物って一体どんな関係ですの」

「関係って聞かれても、むしろ因縁?」

 

 黒子の疑問にここ何日かのことを思い出す。不良が繋ぐ出会い……いや、思い返しても関係らしい関係などない。我ながら訳が分からない。

 訳が分かりません、と溜め息を零されても私だって同じ気分なのだ。

 

 大体今までに交わした言葉など「待ちなさいよ」と「なんだビリビリか」位のもの。そもそも名前からして知らないまるで他人だった。

 

「どういう経緯なのかは存じませんが程ほどにして下さいませ。電撃を迸らせながら走る女子中学生の姿が最近頻繁に目撃されておりますので」

「……だ、誰のことかしらね?」

「さて、常盤台の制服姿らしいのですが。風紀委員(ジャッジメント)の間でも噂ですのよ?」

「あっははは……」

 

 寮監様の耳に入らない内にお止め下さいまし、と釘を差されてしまった。

 

 常盤台の寮監(独身)は鉄の女、規則破りを心底嫌い、事情もレベルも無関係に制裁を下す。彼女に言わせれば異性との交遊など論外だろう。

 

 とはいえ、易々と諦められる心情ではない。むむむ、と唸ってしまう。

 と、その様子を見ていた黒子が眉根を緩めた。

 

「まぁ学内では息詰まるのも分かりますし……良識の範囲内なら宜しいのでは?」

「黒子……」

「まぁ仮にお姉さまが誤った道を爆進してしまって止められないようであれば、そのときは黒子が空間跳躍して背中を掴んでさしあげますの……こんな風にっ!」

「きゃっ!?」

「あぁぁぁお姉さまの芳しい匂い、それも入浴前の濃厚なウフフフヘヘハッ!」

 

 跳んで背中にのしかかって来るなり顔を首筋に埋めて鼻を鳴らしてくる黒子。くんかくんかと当たる鼻息の荒さにゾゾッと鳥肌が立つ。

 

「またアンタはッ!」

「おおお゛姉ざま゛っ! 愛が、愛が痛い゛ですの゛っ!?」

 

 バリッ、とちょっと放電してやると黒子は痺れてベッドから落っこちた。

 まったくすぐ調子に乗るんだから……少し良いことを言ったから見直せばコレだ。数秒前の私の感動を返せ。

 

 一応大丈夫か確認してみると、黒子はバチバチと電流を残して床をうごめいていた。心なしか頬が緩んでいるように見えるのだから、これではお仕置きなのかご褒美なのか分かったものではない。

 

「まったく……黒子はまったく」

 

 少しだけ軽くなった心できるぐまーに顔を埋めなおして、そういえば黒子は私に遠慮をしないなぁ、なんてことにふと気付いた。

 

 この状態が良いかは別にして、珍しい子だと思う……少しばかり変態だけれど。

 

 そういえば同室になったきっかけもこの子からなのよね、と思い返していると。

 床に這ったままの黒子が上目づかいに話しかけてきた。

 

「実はお姉さま、お姉さまに是非会いたいという子がいるのですけれど」

「いや会いたいって……アンタ私がそういうの嫌がってるって知ってるでしょ?」

 

 第三位だなんだとはやし立てられるのがどれ程面倒か、詳細に語るまでもない。

 そしてそのことは彼女もまた知っている筈。

 

「お姉さまが騒ぎ立てられるのを嫌うのはは重々承知していますけれど」

「だったら」

「でしたら私が敢えてお願いする相手がそのような者である筈ありませんわ」

 

 面目丸潰れですもの、としれっと言う黒子。思わずむう、と唸ってしまう。

 バカではあるが馬鹿ではないのだ、彼女は。自分の欲求にはもの凄く素直だが、私の気持ちを蔑ろにするような子では……ない、よね、多分、だといいなぁ。

 

 ……いけない、少し不安になってきてしまった。

 

「良い子ですから期待して下さいまし。風紀委員期待の星でもありますの」

「へぇ……まぁいずれにせよもうすぐ試験期間なんだから、その後の話ね」

「なんと、お姉さまの口からそのような言葉が出るとは」

「紹介するってことは外部の子なんでしょ? なら普通は試験対策とかするでしょ」

 

 初春が試験勉強……一応はするのでしょうね、などと零す黒子。他人事のように言っているが彼女自身はいいのだろうか。

 

 能力が違うので全てが参考になる訳ではないが共通部分も多い。何より能力外の分野こそ大部分を占めるのだ。後輩に教えられることは多いだろう。

 

 もし黒子が頼ってきたら教えてあげられるようにしておこうかしら、なんて。

 いつの間にか晴れていた気分に乗せられて、そんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 電撃使い(エレクトロマスター)とは何だろうか? 発電能力とも発電系能力者とも呼ばれる彼らは学園都市でありふれた存在だが、それが故に彼らの本質は見過ごされがちである。

 

 そも、生物にとって電気とは自身を構成するモノの一つである。

 元来は肉の塊に過ぎない我々が知覚し、思考し、行動することができるのは全て体内の電流がその情報を送受信しているからだ。

 

 また、生物にとって電気とは外界に存在する脅威の一つである。

 小さいものは静電気、大きいものは落雷と、科学の発達してなお御しきるのが難しい電気は我々を容易に傷つけ、また殺しうる。

 

 人を構成する必須要素であり人の暮らしを豊かにする一方で、生物には脅威でもある電気。電撃使いは何を思ってその能力を開花させたのだろうか?

 

 他者を傷つける手段として電気を用いるのかといえば、これは別の能力系統との比較で否定される。

 例えば発火系能力、速度においては電気に劣るものの破壊力では勝っている。また発電能力が肉体を発生源とせざるを得ない一方で、発火系はその限りではない。

 他を害する手段としてみるならまず発火系が挙げられる。発電系は二の次なのだ。

 

 或いは、電撃使いは応用範囲が広いという命題が挙げられるかもしれない。

 確かに磁力やローレンツ力といった種々の分野を使いこなせれば手札は数多い。

 だがそれは他の能力にも同様言えることだ。発火系能力は総じて温度変化を伴う。念動系能力は動かす対象を制限されない。精神系能力の多彩さは語るまでもない。

 

 つまり発電能力を選ぶ、電気を操ることの明確なアドバンテージが不明なのだ。

 

 

 

 ここで取り上げたいのは“発電”という言葉である。

 掌の上、空気中に電気を集めるのではなく、あえて自身の体から発電を行っているという事実。大気中の原子分子でも弄って電気を調達する方が、自身のエネルギーを消費しない分だけ安上がりな筈だ。放電を続ければガス欠になる、などという不本意な事態も彼らに特有のことでもある。

 

 幾つものマイナスを背負ってまで電気と発電という形に拘るのは何故かと言えば。

 仮託される何かこそが、発電系能力者に特有の『渇望』を現しているからだろう。

 

 電気に仮託されるイメージは速度と伝達性である。現代社会において科学の恩恵に与る我々は、まさに電気のこれらの特質によって情報を送受しているわけだ。

 だが“瞬時に”“伝える”というだけでは“何を”伝えたいのかが分からない。

 

 ここで重要なのが“発電”、即ち己のエネルギーを消費することの意味である。

 身を削って生み出されるものは彼らの一部、言い換えれば彼ら自身である。

 それを周囲へ、他人に向けて放っているのだ。

 

 

 

 私をあなたに届けたい――――などと使い古された比喩を用いるのは難だが。

 自分という存在を相手に知って欲しいという心情の表現そのものではなかろうか?

 

 

 

 人間は往々にして“自分を認めてもらいたい”気持ち、『承認欲求』を抱えている。これは文明が発達すれば解消される類のものではない根源的なもので、赤子から老人まで皆が少なからず覚えずにはいられない欲求である。

 

 自分という存在を知って欲しい、認めて欲しいという渇望。これを仮託する対象は何が相応しいかといえば、やはり発電という形態を伴う電撃使いこそが相応なのだろう。

 

 その渇望はLevel5だからといって変わることはない。否、むしろ肥大化していると言った方が正しいだろう。渇望の強さこそが能力強度を左右するのだから。

 

 当然、御坂美琴も例外ではない。

 

 幼くして電撃使いとして目覚め強度を上げていく少女。最初は成長を誇らしく思っていた筈なのに、気付けば周りには誰一人として寄ってこない環境ができていた。

 

 小学生の時分から既に並ぶものはなく、遠巻きにする集団はいても一員になることはできない。天真爛漫だった少女は次第にその性格を硬化させていく。

 

 高位能力者の集う常盤台中学に進学しても尚その状況に変化はない。なまじ超能力者の凄さを理解しているからこそ、彼女に親しみを覚える者など一人もいない。憧れや尊敬という感情は敬遠と結びつく。上位の者へ抱く感情は親しみとは無縁だ。

 

「子供の私を誰かに受け入れて欲しい!」

 

「お嬢様ではない私自身を表に出したい!」

 

「私は超電磁砲というただの記号じゃない!」

 

 そんな気持ちを常盤台(女の園)でぶちまけられる筈もない。

 満たされない渇望を鬱々と抱えて一年二年と歩いてきた美琴は漸く出会えたのだ。

 

 本気の電撃(自分)を受け止めてもらえそうな人間に、やっと。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ここ数日はビリビリによる襲撃もなく実に平和な日々が送れていると思う。

 

 期末試験がじきやって来るもののそこはそれ、赤点で補習にさえ引っかからなければいい訳で。吹寄なぞに言わせればたるんでいるということになるのだろうが、この高校でそこまでのやる気を出しても仕方がない。

 

「どうしたカミやん、吹寄の方をジッと見て。どこを凝視してるのかにゃー?」

「どこって別に、というか凝視なんてしてな――――」

「まぁ立派な胸部(モノ)をお持ちだし思わず見惚れちまう気持ちは分からなくもないぜい」

「んなっ、上条当麻……貴様また!」

「だぁぁっ、濡れ衣だ濡れ衣っ!?」

 

 折角今日は何事もなく終えられると思ったのに!

 わなわなと肩を怒らせて近づいてくる吹寄から逃れるべく鞄を引っつかんで逃走を開始、注意の声も何のそのと廊下を駆けて昇降口を目指す。

 

 ぶつかりそうになるのを何人も避けてようやく着いた下駄箱、流石に走っては追いかけてこないようで安堵の息をつく。

 そうして乱れた呼吸を整えていると土御門が追いついてきた。カラカラと笑っているその姿に軽く怒りがこみ上げる。

 

「よっ、お疲れ」

「土御門テメェ……よりによって吹寄にあの話題を振るか!?」

「いや吹寄の方もまんざらじゃなさそうだったけどにゃー」

「んな訳あるかよ。顔真っ赤だったじゃねーか」

「はいはい。にしてもお前が誰にもぶつからず走れるとは珍しいこともあるもんだ」

 

 拳振り上げて怒ってみせてもまるで堪えた様子はなく。

 露骨な話題逸らしに溜め息をつき、全く堪えていなさそうな悪友の顔に肩を落とす。

 

 まったく、何故俺がいつも弄られる側なのか。それも手を変え品を変え……

 

「ほら行くぞカミやん。その内に吹寄が追いついてきても困るだろう」

「それはそうだけど何か釈然としない」

「吹寄があれだけ反応するのはカミやんだからで……ん? あれは」

「どうした、ってあれはビリビリ?」

 

 靴を履き替えて校門へ、二人並んで歩いていると何やら門の辺りに人だかりが。遠巻きにされている誰かに視線を向ければ、相手は見知ったビリビリだった。

 

 居心地悪そうに視線を気にして佇んでいる姿は、遠くから見ている分には目の保養だが。視線が合うが早いか門にもたれるのを止め、向かって来たのはやはり俺の所。

 

「あっ! アンタ遅いわよ、いつまで待たせれば気が済むのよ!」

「いやいやいや、別に約束してねーし。っていうかなんでここに?」

「そんなのアンタに用があるからに決まってんでしょうが!」

 

 駆け寄ってくるなりまくし立ててくる様子は少し前と全然変わらない。ああ……やっぱり俺の平穏な日々は遠かったようだ。

 

 ともあれこれで普段通りなのが非常に残念。はぁ、と力なく息を零す。

 

「上条さんの方にはないんですがね……まぁいいや。で、なんだよ」

「アンタとヤりに来たに決まってんでしょうが」

「お前まだヤリ足りなかったってのかよ……っ?」

 

 電撃まみれの追いかけっこ、正直こちらはお腹いっぱいだというのに。

 と、瞬間背後から圧力が増した気がした。恐る恐る振り返ると悪友の顔が。

 

「なぁ、カミやん。問い詰めたいのは山々だけど今は逃げた方がいいと思うぜい」

「えっ?」

「見れば分かる」

 

 ちらり、と視線を巡らせて見れば血の気走った目の男子共が輪になって、ジリジリとにじり寄ってくる光景が。明らかにこちらをロックオンしている。

 

 これは、アレだ。俺とビリビリの会話の何かが彼らの逆鱗に触れたのだろう。経験則的にそれは分かる。

 具体的に何が引っかかったのかは分からないが……このままでは明らかにマズイ。

 

「逃げるぞビリビリっ!」

「ちょ、ちょっと何なのよ一体っ」

 

 待てや上条! とがなりたてるバックコーラスを振り切るように校門を後に。自分が元凶になったとも知らずビリビリは手を引かれるがまま着いて来る。

 とはいえ引っ張る感覚もすぐに終了。自身の意思で走ってくれるようになれば逃走は格段に楽になる。

 

 六月の通学路、走れば当然汗も吹き出てくる気温だ。ベタついていくシャツの不快感を抑えて曲がり角をくねり、とにかく遠くへ離れることを目指して走る。

 

 幸か不幸か俺にとって全力疾走は日常茶飯事だ。不良から逃げたり悪友から逃げたりビリビリから逃げたり……なんだか不幸な気がしてきた。とにかく、慣れている。

 

 流石にここまでは来ないだろうと足を止めた場所は通学路を外れた河川敷だった。

 

「……ふぅ、ここまで逃げりゃ大丈夫だろ」

「あ、アンタいつまで人の手握ってる気よ!?」

「ん? ああ、悪い」

 

 とっさに掴んでしまったのだろう、繋げていた右手を離す。

 当たり前だが彼女の手は俺のよりも小さかった。だから何だという話だが。

 

「なんでわざわざ逃げたのよ……正面から相手してやれば良かったじゃない」

「そんな大立ち回りできるか! 俺はLEVEL0の一般人なんだっての」

「だったら私がちょっと焼いてやれば」

「お前の電撃は洒落にならんっ!」

 

 人一人容易く丸焦げになるような電撃を人様の学校で放たれて堪るかと。

 その言葉にパリ、と静電気を走らせてビリビリは答えた。本当に飽きれた様子で。

 

「あのねぇ……私が格下、それも能力なさそうな連中に手加減しないとでも?」

「するのか? ていうか長生きしたけりゃそういう発言はしない方がいいと思うぞ」

「変なクスリ飲んで脳直で電極突き刺してもスプーン一つ曲げられないのは事実でしょ」

「それは……」

「才能がない、としか呼びようがないじゃない」

 

 違う? と聞かれて、俺はとっさに返事をすることができなかった。

 

 開発を受けても補習を受けても何らの能力も開花しない無能力者、Level0はこの街の学生の約半数を占める。他方で目の前の女はLevel5という頂点に位置する存在だ。

 

 この街が目的とする『神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの』のために最も役立つのはLevel5だ。だから彼らがLevel0と比較して重視されるのは自然な成り行きでもある。

 

 ……だけどそれでいいのか。ギリ、と歯を噛み締める。

 

「人の価値をレベルで仕切って分かった気になって……ふざけやがって!」

「アンタ、なんでいきなり熱くなってんのよ?」

「なんでだって? お前が無能力者に価値はないとか言い出したんだろ!?」

「はぁ!? 言いがかりも程ほどにしなさいよね!」

 

 パシ、と宙を走る電撃。いつものように右手で払った先で、ビリビリは鬼の形相で俺を睨んでいた。

 

「何もしないでなれる訳ないでしょうが。私がLevel5になるためにどれだけ大変だったか分かる?」

「……お前が?」

「見えない? お生憎様、血吐く位のことは普通なのよ……天才じゃないからね」

 

 呆気にとられる俺の前で自嘲気に笑ってみせる姿は超能力者ではなく、ただの女の子のようで。

 突然のその違和感にうろたえてしまう。

 

「Level0の全員が全員何もしていない連中とは思わないわよ。開発は皆同じように受けてるんだし、そこからカリキュラムに従って努力してるんでしょう」

 

 中には私を鼻で笑うような努力を積み重ねている子もいるかもしれない、と呟く。

 それでも尚、この街に無能力者が半数……九十万人も溢れているのなら、それは。

 

「努力が足りないんじゃない。才能や資質が欠けてる以外なんて言えばいいのよ?」

 

 苦々しげに吐き捨てて心中を吐露していく。己の口にした言葉で身を切り刻んでいくようにして。

 

 Level1からLevel2、Level3へと強度を向上させていく御坂美琴。その周囲には強度を上げられないクラスメートがいて、そもそも開花すらしないクラスメートも同じだけいて。

 

 昨日まで笑い合った友人が言う……御坂さんはすごいね、すぐ開発の結果が出て。

 開花しない友達が陰で言っていた……きっと才能の差なんだろうな、私とは違う。

 

 そんなことない、なんて言葉はどうしようもなく空虚で。

 頑張れば出来るよ、なんて言葉は口が裂けても言えなくて。

 

 Level4に届いた頃にはもう、“自分とは違う”という目しか向けられなくなって。

 Level5に達した頃にはもう、他人と分かり合うことへの期待を持ち続けられず。

 

 それでも……自分の能力は人のために役に立つのだと、幼い日に知ったから。筋ジストロフィー……難病の少年も自分の力で癒せるかもしれないと。自分にある才能を活かすことが、誰かのためになると嬉しかったから。

 

 蓋をして、縛りつけて、忘れた振りをして、叫びたいのを我慢してやり過ごして。

 

「ビリビリ……」

「そんなときにアンタに会ったのよ。腕が立つわけでもないのに不良に絡まれた女子一人助けようとするお人好し。あろうことか私の電撃に傷一つ付かないで」

「そういえばそんな出会いだったな」

「私より強いヤツが目の前にいる、それがどれだけ嬉しかったか。分かる?」

 

 だから、と電気を迸らせるビリビリ。青白い電撃がバチバチとその身に帯電して。

 

「アンタをぶっ倒したい。もう、理屈じゃないのよ」

「……不幸だ」

「そう? 私は結構幸せなんだけど。簡単に倒れないでよね……そうそう」

 

 改めて名乗っておくわ……私の名前は御坂美琴。アンタの名前は?

 

 心底嬉しそうに問いかけてくるビリビリ、いや御坂。熱を帯びたまなざし、その姿は年頃の女の子そのもので、シチュエーションが違えばどれ程に嬉しかったか。

 

 すぅ、と一呼吸。丹田に力を入れて覚悟を決める。

 

「上条当麻だ。覚えておけLevel5(最強)……じゃあなっ!」

「……ってああああ、こら逃げるなぁっ!」

「逃げるわ! つうかメリットもなく誰がやるかっ!?」

 

 三十六計逃げるに如かず、誰がまともに戦うものか。バシバシと辺りに着弾する電撃を避けながら河川敷をひた走る。

 きっと御坂は嬉しそうな顔をして追いかけてきているのだろう。

 

 まったく……狂ってやがる。御坂がじゃない、俺がだ。

 面倒なんだから放っておけばいいのに、どうにも放っておけないと感じてしまうのだから。

 

 どうやら……平穏な日々はまだまだ遠いみたいだ。




日だまりや金髪巨乳よりも足引きBBAや白アンナの方が好きなんだよねえ……ドロドロだったりはた迷惑だったりの方が生きてる気がする作者です。

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