ついでにいえばこの章の主人公はみこっちゃんだからね。
ⅰ.上条当麻の得心
春うらら、四月。
学園都市は新たな入学者を外から迎え、また既に属している者は軒並み進級し。さて新しいクラスは一体どんな面々が揃っているのだろうか、などと学生は期待と不安に胸膨らませるものだが。
とある高校の入学式を終えた帰り道。
俺こと上条当麻の頭を悩ませているのはまさに一年を過ごすクラスのことだった。
「面々があまりにも個性的過ぎるよなぁ。本当にあそこは平凡な高校なのか……?」
あらゆる面でのスタンダードを追求する、という触れ込みだった筈なのだが。
初日ということで共に帰るような知り合いがいる筈もなく、またどこかへ繰り出して遊ぶ資金がある訳もなく。
帰寮してゲームでもしようかと考えた所で目の前に手が差し出されてくる。
「今日は卵がお安くなってますので是非どうぞー」
「あっ、はい」
差し出されたチラシを条件反射で受け取って、そういえば冷蔵庫は中身が寂しいことになっていたと気付いた。
財布をなくしていないことを確認して足をスーパーの方へ向ける。
着いた先は今までに何度も利用している近所の店。カゴを取り、財布の事情を思い返して重い溜め息……どうにも大したものは買えなさそうだ。
「いや、侘しい食事情はいいんだ」
俯きかけた首を振る。それこそいつものことなのだから。
そうではなく、クラスの方が余程に問題だ。
特に月詠先生、本当にアレは教員なんだろうか? どう見ても小学生にしか見えなかった桃髪の少女、月詠小萌の小さい体つきを思い返す。
教卓に手をついて連絡事項を話す彼女の足元には、もれなく踏み台があった。つまりそれ程にミニマム。
迷子だと思って職員室に連れて行こうとしたら泣かれてしまうという……失態を早々にやらかした俺も俺だ。
しかしこの疑問は皆が共有しているだろう。現にクラスメイト達は二言三言で自己紹介を終えて小萌先生をガン見していたのだから。
いや、中には
いやそもそも高校の女教師っていうのはいかにも大人でしっかり者で包容力のある、いわば寮の管理人さんタイプであるべきなのだからして。
期待していた教員像を脳裏に描きながらレジの人に卵パックを差し出す。これだけ? みたいな視線には慣れっこだ。
「卵一パック、以上でよろしいですか?」
「はい。あ、支払いは現金で」
「袋ご入用ですか?」
「はい」
袋に収まった卵パックと中身のない学生鞄、片手ずつにぶらさげて店を出た。
段々と暖かくなってきた春先の、正午に差しかかろうかという頃合い。さてこれで昼飯は何が作れるかと考えて、寮への道を歩いていく。
それにしても……先生の他にも個性的な連中は多い。
室内なのにサングラスをかけたままの金髪男であったり。
自己紹介を聞いたはずなのに青髪ピアスとしか呼び名が浮かばない男であったり。
いやに疲れた様子の眼光鋭い白髪赤眼の男であったり。
「まぁ退屈だけはしなさそうだけれど……ってうわっ!?」
と、考え事をしていた俺は運悪く側溝の蓋を踏み抜きバランスを崩してしまう。
体を支えようと腕を振るが、当然そんなことをすれば持っている物はどこかへと飛んでいく訳で。
「っと危ない危ない、って……あああ、貴重なタンパク源がぁっ!」
放物線を描いて地面に落下していく十個入り卵パックを絶望と共に見送る。
大事なタンパク源が無残にもグシャリと潰れる様を幻視して。
「っと……何で一人コントやってンだよ、お前」
地面に落ちる寸前、誰かの手がそれを掴み取る。
「あれ、助かった?」
「卵は助かったかも知れねェが、お前は助かってねェ」
「え、嘘、新品のズボンが泥まみれにっ!? クリーニング代なんて払えねーよ! 不幸だー!」
呆れる白髪男の鈴科と頭を抱える俺と、俺達の出会いは大体こんな感じだった。
「おーい鈴科!」
「……あァ? 何の用だ」
「いや、見かけたから声かけようと思ってさ」
流れで並んで歩き始めた上条は何が楽しいのか今日あったことを話しかけてくる。
すっ飛んできた卵をキャッチした縁から、俺は何故か上条に気にかけられるようになった。別に相手などしないのだが。
今日もまた上条の独り言を聞き流しながら、学生寮への道を歩く。
こう早くから接触する気はなかったのだが、まぁなってしまったものは仕方ない。
親しくなる心算もないし、しばらく適当にあしらえば飽きて他所へ行くだろう。
「そしたら購買にコッペパンしかなくってさー、いや参ったよ」
「なンでわざわざ総菜パン以外を仕入れてンだ……? 売れ残っちまうだろ」
「まぁ安いから買ったんだけどな。やっぱ味しねーの」
それにしても、と万一にも右手で触られぬように左側を歩きながら考える。
隣を歩くこの男に、見た感じ特に変わった点はない。年の割りに体つきが良いとは思うがそれ位だ。
高位能力者特有の覇気のようなものは間違っても感じられない。
だが、とベクトル操作の感度を上げる。
その途端に気付くのは上条の右手を中心とした、余りにも異質な力の流れだ。
俺こと一方通行はベクトル操作の一環として力の流れを知覚することができる。
ベクトルを操作するためには周囲の力を把握できることが大前提だからだ。
例えば空中を飛び回る電波、寒暖の差で渦巻く空気の対流、太陽のみならず灯りから発される光。その他様々な力がこの世にははびこっている。それこそ必要な情報を取捨選択しないと観測しているだけで酔いそうな位に。
まぁそれにも慣れたもので、今では特段意識しないで済むようになっている。
人間でありながら紫外線が見えるせいで色味が常人と異なるとか、その程度だ。
だったのだが……なんなのだ、あの右手は?
上条の右手が、触れる傍から力の流れをブチ切っている光景を視て俺は目を回す。
エネルギーの中でも電波のようなものではなく、むしろ異能に分類されるものばかりを破壊していく右手。あの右手が一体何なのか、凝視して解析しようと試みる。
「……っ」
そして即座に脳が悲鳴をあげた。俺自身が言えた義理ではないがアレは出鱈目だ。
右手の意味不明さも勿論だが、世界の力があの右手に触れて崩壊を続ける様が怖ろしく負荷をかけてくる。
加えて目で見なくとも能力で知覚してしまうのだから手に負えない。
「鈴科……体調悪いのか?」
「なンだァ、藪から棒に?」
かけられた声に反応すれば、こちらを窺う上条の顔。そこまで表に出した覚えもないのだが。
「いや、具合悪そうにしてたから気になってさ」
「ン……偶々調子が悪いだけだ。放っておけ」
「いや……熱とかあるんじゃ」
「っ、触ンじゃねェ!」
距離を詰めようと動いたのを察知して跳び退った。
あの手で触られたらもれなく俺の能力も解除され、偽っている正体もバレる。
加えて
こうして並んで居る時点で秘匿も何もないが、わざわざ姿を晒す理由もない。
「あっ……す、すまない」
「あ、あァ……?」
それに対して露骨に傷付いた風な態度をとる上条、その様子に疑問が湧く。
いや、これは怯えている、か? 何にせよ変な反応だった。
「あァ? なンだなンだよなンですかァ、急にオドオドしだしてよォ?」
「いや、何か気に障ることしちまったのかって思って、それで……」
「大の男がしょぼくれてンじゃねェよ。常に能力を使って鍛えてンだ、その右手で触られでもしたら解除されちまうだろうが」
「あ、あぁ、そういうことか……あれ、俺の
頷いて、いらん所でひっかかる上条。というか幻想殺しとはまた大層な名前を……溜め息一つ、俺は適当な理由をでっち上げることにした。
「俺は少し変わった体質でなァ、AIM拡散力場を知覚することが出来ンだよ。それでその右手が触れる傍から色々ブッ壊してるのが分かるンだ、うン」
「まじかよっ!?」
「うおっ! だからなンだよいきなり詰め寄ってきやがって」
シュパッと一足飛びに詰め寄ってきて、上条は何度も確かめてくる。しつこくすらあるそれに何度も頷いてやると、勝手に身の上話を始めやがった。
「この右手、幻想殺しって呼んでるんだけど異能の力なら何でも、多分それこそ神様の奇跡ですら打ち消せるんだ。そのせいか知らないけど上条さんは事ある毎に不幸に見舞われて……でも原因も全然分からなくてさ」
「まァ……それだけ流れを断ち切っていれば不具合も出るだろうなァ」
右手を示してみせた上条の語った理由は、正直さもあらんという感じだった。そんなモノを持っていれば不具合の一つや二つは出てくる方が自然だろう。
そもそもこの世界には、人造ではないらしい大きな力の流れが存在している。
便宜上、俺は垣根と共に“世界の力”と命名していた。風水なんかで言えば龍脈とでも呼ぶのだろうか?
アレは恐らくこの世界にとって自然なもので、今のところ見かけた全ての人間はそれを取り込んでいる。
それは即ち、恐らく人間はアレの存在を前提として成り立っているということだ。必須のエネルギーとでも言おうか。
アレを上条は取り込まない所か、触れる傍から破壊し流れを不安定にさせている。多分必要な栄養素を取り込めていないとか、そういうのが不幸の理由だろう。
とはいえ流石に“世界の力”自体を語る訳にはいかない。
AIM拡散力場を始めとした異能の力にはソレ自体に安定性があること。かき乱せば当然エネルギーが不安定になり思ってもみない影響をもたらすこと。
そんなことを口八丁で話してやると上条は突然ボロボロと泣き始めてしまった。
「なンでいきなり泣き出してンですかお前はァ!?」
「だって俺、ずっとこの手に振り回されてきて……そりゃ悪いことだけではなかったけど、俺といると不幸になるって言われてて……」
ぐしぐしと目を擦るその姿は、迷子になっている少年のようだった。
まぁついこの間まで中三だったと思えば分からなくもない、のだろうか?
コイツといると不幸になる、というのは単にコイツの不幸に巻き込まれたか。右手が世界の力を破壊するせいで取り込めない人間がいたということだろう。栄養素を元素レベルまで分解されては吸収するのは難しいとか、そんな感じだ。
とはいえ流石に往来では人目が気になる。バリバリと頭を掻き、大きく息を吐き出した。正直面倒だ……だが投げ出すほどかったるい訳でもない。
「ったくよォ、兎に角ここじゃ目立ちすぎる。寮に戻るぞ」
「お、おお……」
これが上条とのまともなファーストコンタクトで、実質的付き合いの最初だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――――疫病神、そう呼ばれて生きてきた。
そばにいる人は皆、例外なく何がしかの不幸に巻き込まれてしまう。
物を落とし、財布を忘れ、病気を患い、怪我を負う。
呪われているのではないかと思うほど振り撒かれる不幸、俺はその中心点だった。
一番の不幸に見舞われるのはいつでも俺自身だ。
だが巻き込まれた人にとってはそんなことはどうでも良くて、いつだって俺は責められるだけの立場だった。
不幸などという得体の知れないモノに脅かされる生活。
何を馬鹿なと笑った人は、三日もすれば俺を疎ましい目で睨むようになる。
向けられる怨嗟を、付けられる生傷を押し隠して、でもそんなことが両親に通用する筈もなくて。
人目や悪意に怯えるようにもなって。
包丁で刺される、なんてことが起きた頃。
迷信の存在しない科学の街、学園都市ならば真っ当に生活できるのではないかと案じた両親の決定は、今ならば俺を思ってのことだと納得できる。
ただ当時は思ったものだ……どうして自分が、と。不幸体質などなければ親と一緒に暮らせるのに、と。
両親も自分を遠ざけたいのだろうか、と……暗い気持ちにもなった。
だが他方で自分が遠くへ行けば、両親も従妹も不幸に巻き込まなくて済むだろうことは分かっていた。
親しい誰かを巻き込んでしまう位なら自分独りが不幸でいればいい、そんな思いもあったのだ。
不幸なんて気にしない、そう豪語してくれる親父もお袋も従妹も、とても出来た人達だと思う。有り難いと思う。
だからこそ、俺に巻き込んではいけないと思った。
やって来た学園都市では開発を受けても能力を手には出来なかったけれど、俺にとってそんなものは瑣末ごとだった。
自分の不幸に周囲を巻き込んでしまわないかということが、他の何よりも気がかりだったのだから。
幸いと言うべきか不幸の現れ方は、俺が周囲にとっての避雷針のような形になっているらしい。
不運に見舞われるのは専ら俺一人だ……逆に重宝されるのはどうかと思うが。
財布は落とすし物は壊れる。不良には絡まれるし成績も良くはない。
相変わらずの不幸ではあるけれど、クラスメイトに避けられるようなことはない。
だったらそれは十分に幸せなことだと思う。
ただ、どうして自分が不幸体質なのかを知りたい気持ちは変わらずに残り続けて。
……そんな所に答えの手がかりを放り込まれたのだ。やっと、やっと。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
六月も下旬、仲の良い友達も出来、クラスでのグループ分けもほぼ済んできた頃。
「鈴科、一緒に帰ろうぜ」
「……おォ」
「土御門と青ピもだけどな」
「いつも通りじゃねェか」
そう言って鞄を持ちダルそうに歩いてくる鈴科を、俺は一足先に廊下で待つ。
俺はというとあれから話すようになった鈴科と、あとは金髪グラサンの土御門と青髪ピアスの四人でいることが多い。
と、その二人が寄ってくる。
「それで今日はどうするんだカミやん、ゲーセンにでも寄っていくかにゃー」
「いやいや土御門クン、この間財布落としたらしいから無理やと思うよ?」
生活費の殆どが入った財布をなくしたのが数日前のこと。
一応届けは出しているものの風紀委員などからの連絡はなく、見付かることはいつも通りなさそうだ。
「あっはっはっは、カミやんの不幸属性は相変わらずだぜい」
「ほんまになぁ、あっはっは」
「お、ま、え、ら……」
土御門と青髪ピアスにジト目をむけるもゲラゲラ笑ったまま堪えた様子はない。
はぁ、と力なく肩を落とす。
幸いもうすぐ次の振込みがあるから耐えられなくもないが。
食生活を始めとした非常にギリギリのラインを何日かは送らなければならない。
と、遅れてやって来た鈴科がいつものように溜め息を零す。
「なァに黄昏てやがンだお前は。色ンな女子から弁当恵ンで貰ってるだろォが」
「せやなぁ。僕らだから良いものを、他の男連中は血涙流して悔しがっとるで?」
「といってもお情けだからなぁ……有り難いけど」
「皆も浮かばれないにゃー。本当に上条属性とやらは強力過ぎるぜい」
一体何のことやら、首を傾げる俺と首を振る三人。
処置なしと言われているようで何だか納得がいかないが、これまたいつものことだったりする。
どこに寄っていこうか、あーだこーだ話しながら学校を後にする。
まぁ皆懐に余裕がある訳ではないので、ゲーセンかファミレス、喫茶店なのだが。
段々日差しも強くなってきているので出来れば空調の効いた屋内の方がいい。
「そうや、ちょっと小物見たいんやけど構わんかな?」
「いいけど、自分用か?」
「いやいや、僕の下宿先知っとるやろ? それでちょっとした誕生日プレゼントに」
「パン屋だよな? 下宿先の娘さん……ロリっ娘の匂い」
「いや、常連のお客さんなんやけどね?」
「赤の他人じゃねェか……ナンパ目的かよ」
他人にプレゼントを買う余裕があるとはなんとも羨ましいことだ。
青ピもこの高校にいるのだからそれほど能力強度は高くない筈なのだが、割の良い収入源があるのだろうか?
女の子に貢ぐ余裕があるなら俺に卵一パックでも恵んで欲しい。割と切実に。
「何かいいアイデアとかある? 相手は中学生なんやけど」
「中学生とかお前ロリコンかよ。悪いこと言わないから辞めとけって」
「何言ってるんだカミやん、中学生・ロリほどいいものはないぜい?」
「中学生とかババァじゃねえか……小学生にしとけよなァ」
「何言ってるんだ土御門、そして鈴科は更にヤバイからな!?」
どこまで本気か分からないことをギャアギャア言い合いながら向かう先は地下街。
店舗の内容は種種様々、学生にとってはそう高くない値段設定の店も多い。
そうは言ってもいつものように俺にとっては手が出せないのだが。
「やっぱ意外性のある物のがええよなぁ……お、この店とかええなぁ!」
そう言って青ピが入っていったのは女性向けの服飾店。ただ普通と違うのは、いわゆるゴシック系の物が目立つことだろうか。
人目的にも入るのは少し辛い俺と、土御門に鈴科も店の外で待つこと暫し。
何気に外から店内を眺めていた鈴科に土御門が話しかけた。
「ふむ……興味あるみたいだけど鈴科はこういう店来るのかにゃー?」
「あァ? なンでまた」
「ほら、白髪だからそれっぽく見えるんだぜい。十字架や眼帯とか似合うんじゃないかにゃー、或いは痛ファッションとか」
「土御門くゥン……喧嘩売ってンなら買うぜェ?」
「わー、わーっ! 落ち着けって、煽り耐性なさ過ぎだろ!」
剣呑な目をし始めた鈴科の前に右手を翳せば、舌打ちをして溜飲を下げてくれる。
実際、鈴科は真っ白な髪に赤目という目立つ外見だ。確かに格好いいが痛カッコイイという表現が正しいだろう。
着る物はモノクロで好きな飲み物はブラックコーヒー、付き合えば普通の奴と分かるが他人にはとにかく傍若無人。
なんというか、中二病というやつだった。
まぁ能力者に必須の『自分だけの現実』という要素自体、一般常識から外れた妄想を持っている中二病の証である。
ならば常日頃から能力強化に勤しんでいる鈴科がそういう振る舞いをするのは一応理に適っている、かもしれない。
当人に知られればぶっ飛ばされそうだが。
「ちなみにオレは一度来たきり来ていないぜい。舞夏へのプレゼント用に」
「妹さんか。気に入ったって?」
「職業メイド舐めるなって言って怒られたぜい」
「何送ったンだよ」
「夜の御奉仕・堕天使メイド服一式」
うわぁ、と声を漏らす俺達に対して何故か誇らしげな土御門。
こいつのシスコン振りも本当に末期だ。いや、今の所こちらに実害はないからいいのだけれど。
「隣の部屋から怪しい男女の息遣いが、とか止めてくれよ?」
「そういうプレイは別な所でやるから心配しなくていい」
「何真顔でサラッといってやがりますかこの男は!? 鈴科も何か言ってやれよ!」
「何で中学生に欲情できンのか理解できねェよ」
「俺にはお前が理解できないよ!?」
本当、このグループにまともな男は俺しかいない。こいつらを真っ当にするためにも俺が頑張らなければ。
「上条属性に言われたくないにゃー」
「だなァ」
俺が……頑張らなければ。
「いやー、お得に買い物できて上条さんは珍しく不幸じゃありませんのことよ」
「つっても卵一パックに牛乳一本買えただけじゃねェか」
「貴重なタンパク源だからな。それにこれ以上は買えないし」
「お前どンだけ困窮してンだよ……」
買い物帰り、用があるという土御門と別れ上条と二人、寮への帰路についていた。
途中で立ち寄った激安スーパーの更にタイムセールという激戦を潜り抜け、確保した卵パックに上条は頬擦りせんという勢いだ。
一日一食分は学校で恵んでもらえるにしても、高校生の食欲を鑑みれば到底足りる量ではない。現金収入があったらなくす前にまず食料を買っているらしいのでとりあえず餓死はしないそうだが。
俺だったら正直ストレスで禿げそうだ。
「まァいよいよヤバくなったら言え。クラスメイトが寮で餓死とか笑えねェ」
「その辺は土御門の妹さんとかにも言われてるし大丈夫だよ。でもサンキューな」
「はン……」
「あーっ、見つけたぁっ!」
「……あァ? なンだコイツ?」
公園を通りがかった所で後ろから掛けられる大声。振り向いてみればそこには中学生と思しき女子がいた。
あのサマーセーターは確か、常盤台の制服だった気がする。青髪のヤツが暑苦しくも語っていたのを覚えている。
またかビリビリ、と溜め息をつく上条にビリビリって呼ぶな、と怒りを露わにしている少女。どうやら二人は知り合いのようだ。
この男、朴念仁の振りしておきながらしっかりとやることはやっていたらしい。
「ンで、上条はどうやってこの女を落としたンだ?」
「落としたって人聞きの悪い、俺の好みは寮の管理人さんだって知っているだろ?」
「どうでもいい。それで誰なンだよ。彼女って訳でもねェンだろ?」
「あー、ちょっとした行き違いで目を付けられてしまったというか何というか……」
「いつもの(地雷を踏み抜く自業自得な)パターンかァ?」
「いつもの(理由も分からず不幸に陥る)パターンですよ」
分かってくれたか、という表情をする上条を見て多分何も通じていないだろうことは分かった。いつも通りに無神経なことを言って怒らせたとか、そんな感じだろう。
と、そこに割って入るビリビリ女。置いてきぼりにされていたのが耐えられなかったらしい。
「って、今日はアンタに勝負を申し込みに来たのよ!」
「はぁ、またか。今まで俺の全戦全勝じゃねーかビリビリ?」
「だから私には御坂美琴って名前があるんだってば!」
「御坂、美琴だァ……?」
その名前に引っかかるものがあった。
あれはそう、去年の話だ。レベル5第三位
……いや、あの実験を忘れる筈もないのだが。
まさかこんな表世界であのクローン連中を思い出すとは思わなかったからこそ、一目では結びつかなかったのだろう。
「ちっ……」
当時のことが浮かび思わず舌打ちが漏れる。その音を聞き咎めたのか上条が話しかけてきた。
「なんだ鈴科、知り合いか?」
「はぁ? 私は知らないわよこんな失礼な奴」
「だなァ、俺もこンな奴知らねェわ」
不躾な視線を向け合うのはお互い様だ。
ジロジロと上下に視線を動かして得た感想は、何というか違う、だった。
コイツの纏う空気は裏の連中のソレではない。あのドロドロと汚れきった、コールタールとヘドロを煮詰めたようなクソッタレさがない。
だが人の腹の中など分かったものではない。
DNAマップを提供してのクローン作製を笑顔で了承している可能性だって、ないとは言えないのだ。或いは科学発展のためと進んで提供したのかもしれない。
いや……どうでもいい話か。
そこまで考えて思考を終わらせた。実験動物には実験動物の在り方というものがあるのだから。実験台になれば散々刻み付けられることになるソレは、俺でさえも今なお縛られている部分がある。
そして“人間”になろうとしない他のヤツのことなど、背負ってやる義理はない。
だが……何故だろう。この女を見ているとイラついてくるのは。
「何よ?」
「いや、何でもねェ……しかし、超電磁砲ねェ……ふゥン」
「何よ、なんか文句あるの?」
嫌悪をストレートにぶつけてくる眼差し。
実にまっすぐで……コイツとあのクローン共にどれ程の違いがあるのか、なんて。
何でこの女はのうのうと生きていられるんだろうか、なんて。
思ってしまうのを止められない。
「いやァ? 言われている程には大したことないとか思ってねェよ」
「いや鈴科……思いっきり本音漏れてるからね?」
「何よ、やる気?」
再びバチバチと漏電を始めるオリジナル。何ともまぁ煽りやすい性格をしていることだ。自然と口端が歪む。
「三下には興味ねェよ。無様な姿晒す前に引っ込んでろ」
「くっ……馬鹿にしてっ!」
バチン、と放電される電流。警告の意味だろうが容易に人が倒れうるソレを、右手を払い無造作に掻き消してやる。
発電能力者の性ゆえ、先行放電があるせいで軌跡が読みやすいのだ。前もって知らせてくれる攻撃に当たる理由はない。
「――今の、なに」
「説明する義理はねェ。Level5だってンなら誰彼構わず攻撃してンじゃねェよ、恥ずかしい……行くぞ上条」
「え、あ、おう……」
放心した様子のオリジナルを置いて、同じく放心していた上条を引っ張って帰る。ダメだ、どうにも冷静でいられない。
アイツが再起動を果たす前に離れないと、次はじゃれ合いでは済まなくなる。
それは、ダメだ。そこらの不良とやることが変わらなくなってしまう。
クールダウンがてら演算にかかった数値をログで確認してみれば、流石にLevel5というのは伊達でないことが分かった。
なるほど、手を抜いた状態でなら中々だ。最大放電量は10億ボルトだったか? 超電磁砲が二つ名であることからすると必殺技はレールガンの再現といった所か。
何を必殺するのかは知らないが。
「なぁ鈴科、ビリビリそのままで良かったのかな」
振り返り振り返り、オリジナルを気にしていた上条が話しかけてくる。
何のかんの言って気にかける位の間柄ではあるようだ。
「あァ? 気になるなら戻ればいいだろうが。ただその場合、お前はとばっちりで粉砕されるだろォよ」
「ぐっ……そ、そうだ。お前にダメージはないのか?」
「別にねェよ。大して本気でもなかったンだろ」
「そっか……いつものお前らしくなかったけど、何かLevel5に恨みでもあるのか?」
「……ばァか、ある訳ねェだろ。さっきの以外姿も顔も知らねェし、興味もねェよ」
全く、俺は何をいらついているというのか。オリジナルに当たり散らした所で何の益もないだろうに?
いや……記憶を刺激されてナイーブになったのか。俺が? は、笑わせる。
それにしてもどの口がLevel5らしさなど説くのか。自分でも飽きれてしまう。
そもそも俺は逃げ出したのだ、注目されることから。
Level5であることも、序列第一位であることも、メインプランであることもどうでもいい。それらは俺に何も、欲しいものを与えてはくれなかった。
友達、先生、居場所、家、家族、常識、日常。
奪っていくばかりで――――何も、何も、何も。
「うン、興味なンかねェな」
「分かったって。それはさっき聞いたよ」
自分に言い聞かせるようにすれば、当然隣にも聞こえる。
上条の不思議そうな顔に何でもないと誤魔化して歩く。
夕飯は何にするかな、なんてわざとらしくぼやきながら。
誤魔化しに誤魔化しを重ねて。