〜陵side〜
「はぁぁぁ!?」
俺たちの教室の方からなにやら声が聞こえてきた。……あの声たぶん委員長だな。
そう思いながら俺たちは教室に飛び込んだ。
「悪い、遅くなった」
義之が謝りながら教室にはいると、杉並と委員長を中心にクラスメイトたちが集まっていた。
「ねぇ、佐々井?桜内?どっちでもいいからちょっと翻訳してくれない?さっきから、杉並が何を言いたいのか、さっぱり分かんないんだけど?」
委員長は俺たちの方を向きながら疑問を投げ掛けた。…委員長なんだか怒っているように見えるんだが……。
「あぁ、どちらでもいい…すまないがこの凡人にも分かるように、噛み砕いて説明してやってはもらえんか?」
その言葉に委員長の怒りが増したように見えた。おいおい…さすがに言い過ぎじゃないか?誰だって起こるぞ?さっきの言い方なら。
杉並は、悪気があって言ったわけではないと思うが……
「えーと、経緯はわからないが、たぶん、杉並はこう言ったんじゃないか?『卒パで行う予定だったフランクフルト屋をやめにしないか』……と」
義之が杉並の言いたいことを代弁した瞬間、クラス内から感心する声が上がった。
「惜しい。非常に惜しい!俺はもう一歩進んでるんだぞ、桜内」
「え?」
「この馬鹿は、こう言ったのよ、『喜べ。たった今、業者に注文しておいたフランクフルトを、無事にキャンセルしてきたぞ』……って」
……まじかよ。さっきまで杏と渉と話してたのに杉並、手が早すぎじゃないか?
「なんだ、通じてるんじゃないか」
「通じてないわよ!ぜんっぜん意味わかんない!せっかく、私が安い業者を見つけてきて、注文とったっていうのに!」
「そんなんでは、売り上げ1位は望めないだろう?」
「はぁ?オーソドックスな売れセンを、これでもかってくらい安値で仕入れるのよ?それ以外どんな――「甘い。甘いぞ、委員長。それで勝てるほど、世の中は………いや、風見学園の卒パは甘くないのだ」……どーしてよ?」
委員長はそろそろ我慢の限界がきているようだった。
「桜内、説明してやれ」
「また俺かよ?」
俺は説明するのが苦手だからこういう面倒なことは義之任せだ。
義之がさっき話してた2組と3組の出し物について説明した。
「なにそれ……」
「風俗かよ……」
「ぶっちゃけいきてーな……」
「バカ……」
義之が、説明し終わるとクラスの反響はすごかった。特に男子からは……。
「そんなわけで、俺たちもそれ相応の対処をしないと1位は望めないというわけだ」
義之がそう締め括ると、委員長はあきれ返っていた。
「バッカみたい。無理に1位を狙う必要なんてないんじゃないの?」
「しかしな……」
「いいのか委員長?俺たちのこと、あいつらに完全に舐めてたぞ?」
今さっきの出来事を思い出した。俺たちなんか相手にされてない言い方。今になって怒りが込み上げてきた。
「佐々井、それ本当なの?」
委員長は人一倍プライドが高いからな。もう一押しか?
「あぁ、言ってたぞ……「2組の板橋と3組の雪村が、しょせん沢井麻耶なんて小物が委員長やってるクラスじゃ、勝負にもならないって嘲笑ってたな…」…いや、おい義之……」
そこまで言ってはいない…。
「こ、小物?こ、この私を……」
委員長が、ギリ、と歯を軋らせた。目には殺意を感じる。やり過ぎたんじゃね?
「義之ぃ」
小恋が義之に抗議の眼差しを向けている。そうだよな、杏とは友達だし、渉とも仲良いからカチンとくるよな?
「いいからいいから」
義之は、小恋を小声でなだめた。
「わ、分かったわ。……この勝負勝ちましょうっ!」
そう言いながら委員長は拳を突き上げながら宣言した。
―――――――
「あのときは、あんなにノリノリだったくせに……」
義之がヤレヤレとため息ながら言った。
「う、うるさいなぁ乗せたのは、桜内たちでしょ!」
「普通にやってら勝ち目がないのだ。俺の選択が正しい」
「……どうかしら?」
「なぜ焼きおにぎりなのか、今一度説明せねばならんようだな」
「何度も聞いたわよ!」
……そう委員長の言う通りなん10回も聞かされたんだから…。
「では、説明してもらおうではないか―――俺の言ったことを一字一句違えることなく!」
「え、えっと……荒んだ現代社会において、最も必要なのはヒーリング、すなわち『癒し』であ〜る!」
「口調まで真似するか……」
委員長の律儀な対応に見ていて面白い。
「う、うるさいわね。一字一句って言ったじゃないっ」
「その通りだ、委員長」
「……そ、その『癒し』を体現するために、この不肖杉並が提案するキーワード……それは、即ち『手作り』であります!」
「そう。そうだ、わかっているではないか」
杉並は一人興奮しながら委員長の発言に何度もうなずいている。
「しかも、ただの手作りでは弱すぎる。そこで、登場するのがおにぎりだ。ナマの手で直接握るというプロセスを踏んで完成する神聖な供物―――それがおにぎりなのだ!」
委員長が一字一句間違えずに言い切った。さすが委員長だな。
「そう…まさに、『手』作りっ!分かるか?美少女が直に握った銀シャリを、そのまま口に放り込むんだぞ!これは正直エロい!」
クラスの男子たちが、うんうんと頷いている。女子には届いてないみたいだが。逆に引いたように見える。
「そう言われると、握る気なくすよねぇ……」
小恋がクラスの女子の意見を代弁して言った。
「……」
委員長もなにやら顔が険しくなっていた。
「言わんとしていることは分からんでもない。」
「そうだよな。てか最初の『癒し』から、だんだんかけ離れていっているのは気のせいか?」
義之と俺は疑問を投げ掛けた。『癒し』がかけ離れて気持ち悪くなったように感じる。
「気のせいだ!美少女のナマの手が握ったおにぎり!いける!これぞ兜率の天の食と評しても過言ではないのではなかろうかっ!?」
杉並が熱く力説する。が…
「なーにが、兜率の天の食よ!先週は、その口車に気圧されたけど、冷静になって考えてみたら、やっぱり―――」
「何を言うか!このコンセプトは、風見学園男子共の脳下垂体を必ずや直撃する!
そして、これを成し遂げることが可能なのは、お前たち美少女しかいないのだ!!
頼んだぞ、美少女たち!」
「…び、美少女……」
あれ、委員長?どうしたんだ?
「そうだ、美少女!ちがうか、美少女!?」
委員長の頬が、しだいに紅潮していた。
「委員長……ああいう言葉になれていないから」
そういうことか。委員長照れているのか。小恋がそっと、吐息を漏らしていた。
「頼んだぞ、美少女っ!!」
「……そ、そうね。じ、自信ないけど…頑張ってみる」
委員長の目が完全に泳いでいる。こうなったら、完全にお手上げみたいだな。
「あ〜あ、陥落しちゃったよ」
「なんにせよ、よかったよかった」
「わたしは納得してないよぉ〜」
「ここまできたら、やるしかないだろ?」
「う〜……」
「そう、ゴネるなよ……」
小恋が義之の腕を掴んでうったえた。今さら企画変更はできないだろうし。しゃーないだろ。
てかよく焼きおにぎり屋も生徒会から承諾できたよな?握るとなったら衛生面とか大丈夫なのかと思ったが、ことは進んでるみたいだしまあ…いいか。
「桜内、要領は同じだ。月島に言ってやれよ」
「な、なにをだよ?」
「それは貴様が考えろ」
この流れだと美少女だよな。てか義之言えるのか?
「う…」
小恋の目が輝いているし、頬も赤らめている。明らかに言ってもらうことを期待している。
「す、杉並が言えよ……」
「お前だから意味があるのだ。なぁ、月島?」
「えっ?あ、う〜ん……ど、どうかな?」
「さあ、桜内。超豪華賞品のためだ」
「うぐ…」
「義之、言ってやれ」
俺も杉並と一緒に義之を急かす。
「あの、さ……小恋」
義之が決心したのか小恋の方に向きなおった。
「ひゃ、ひゃい……」
小恋は義之を目の前にし、テンパっている。
「び……び、びしょ……」
「……い、言えねぇ……」
「義之……頑張れよ後少しだ」
「……陵が言ってくれよ…」
「それじゃ、意味ないんだよ」
「……はぁ」
小恋が、諦めたようにため息をついた。同時に見届けていたクラスメイトからもため息が聞こえた。
「と、ともかく!小恋ならできる!小恋ならやれる!一緒に頑張ろうぜ!」
「う、うん……頑張ってみるよ」
まあ、義之にしては上出来だな。小恋は、残念そうな顔をしたがちょっとは喜んでるみたいだ。
「よく言った!では、1位を目指して頑張るぞ。いいなっ!」
杉並が全員に檄を飛ばした。
クラスメイトたちは賛同したみたいにまわりから『おおーっ』と聞こえてきた。
「頑張ろうね、義之♪」
「そーだぞ。義之頑張れや」
「陵もだよっー」
「はいはいとっ」
かくして、クラスは再び一つにまとまった……杉並によって。