ブラック・ブレット―楽園の守護者―   作:ひかげ探偵

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今回、主人公視点ないです。
またちょっと駆け足気味で、後々編集いれるかもです。

まあ、とりあえず。

おくれて、すいまっせん、でしたぁああああぁぁぁァァァ!!!!!!(。・ω・。)三!!



第十一話 岐路

未踏破領域。

 

 

かつては都市だったその場所は、しかし今となっては見る影もない。

舗装されたアスファルトは粉々になり、建物は崩れ風化して自然に覆われて、その外観は完全に自然に呑みこまれている。

最早数キロ先まで人の影はなく、それどころか獣の声すらも聞こえない。

それも当然のことだろう。

 

理由など考えるまでもなく、此処がガストレアの勢力圏内だからに他ならない。

ガストレア避けの役割をモノリスが持っていて、それがそれなりの範囲を誇っていても。

無限にどこまでもその効果が発揮される訳でないのだ。

強い耐性をもったガストレアが侵入してくるように、この場所はモノリスの恩恵を受けることのできなかった場所なのだ。

それを知り、わざわざ好き好んでこんな場所へ来る者などいるはずもなかった。

 

 

――――しかし、そんな場所に。

 

老若男女を問わず、ずらりと立ち並ぶ者達がいた。

よく見ればその半数以上が女性、しかもほとんどが年端もいかぬ少女達だ。

しかし彼女達はただの人間ではない、その共通点は皆一様に赤い瞳をしており、その正体はガストレアの力を得た人間――イニシエーター。

赤い瞳は彼女達の戦闘態勢である証。

そして、それは彼女達が今まさに戦いに赴こうとしていることを示していた。

それを裏付けるように全員が全員緊張感を漂わせており、赤く光るその瞳は真剣そのものである。

 

 

そして、その傍に立つのは彼女達の相棒――プロモーター。

彼女達より一回りも二回りも、あるいはもっと年上の男女。

彼ら彼女らの目も光っていた。

ただしそれはイニシエーターだからでも、戦意によるものではない。

 

「一匹……一匹殺せば!」

「あんだけありゃァ、一生遊んで暮らせるぜ」

「雑魚は黙ってろ! あの金は俺んだ!!」

「とっとと終わらせてやる」

 

怒声と罵声を浴びせあう彼らの眼にあるのは、欲望。

汚泥のように溜まったそれを瞳の奥でぎらつかせ、自分の手に入れるであろう富を夢想する。

 

 

 

―――聖天子による民警の召集。

 

そこから連鎖するように起きていった蛭子影胤の襲撃。

 

そして、知らされる危機『七星の遺産』。

 

東京エリアそのものを滅ぼすとまで言われて、民警達は改めて今回の任務の重要性を思い知ることとなった。

 

しかし、それとは別のことに注目した者達もいた。

 

それは、聖天子の提示した望外の賞金。

今回のターゲットである七星の遺産を保持したガストレア。それを一番に討伐した者に賞金が与えるというのだ。

それに魅かれて集まったのが彼ら。

 

彼らの行動は、奇しくも他の誰よりも早くターゲットのいる場所に当たりをつけた。

その場所こそが未踏破領域。

そう、未踏破領域。

直接立ち入ったことがなくとも民警ならば知識として確かに知っている。

高ステージのガストレアが多数目撃されており、偵察に出た民警が少なくない数犠牲に出ている。

あまりにも危険すぎる場所だった。

 

賞金は欲しいが、彼らとて自分の命は惜しい。

そう考える彼らが思いついたのは一様にして同じ、つまり徒党を組むことだった。

一人では無理なら、複数で。

そんな安易な考えの下に集まり、この大規模アジュバントが結成されることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

「……こ、ここが」

 

未踏破領域を前にして、覚悟を決めた、あるいは高まった気持ちのままに此処まで来た彼らもその様相を見て思わず足を止めた。

一見、ただの森。

しかし外見はどうあれ、一歩踏み込めばそこからは別世界。ガストレア達の支配する世界だ。

 

「…………」

 

誰かの生唾を呑む音が沈黙した空間に大きく響いた。

あと一歩、ほんのすこし進むだけで辿りつける。

しかし、彼らにその一歩を踏み出させない異様な雰囲気がそこにはあった。

根拠はないが、確信していた。あそこにはガストレアがいるのだ、と。

無理なのではないか、やはり無謀だったのではないか。

そんな考えが彼らの脳裏を掠めていた。

しかし、その沈黙を破るように声が張り上げられた。

 

 

「おいおいおいッ! てめぇら? まっさかビビってんじゃねぇだろうな!」

 

 

そう叫んだのは一人の男だった。

全員の前に出ると嘲るように笑う。

 

「たかがバケモン一匹殺すだけであんだけの金が手に入るんだぞ? それを。なんだよ、ハハ。今さらビビりましたってか?」

 

「で、でもよぉ。やっぱり未踏破領域はヤバいって」

 

震えながらそう返す男に続くように、更に幾人かのプロモーターが同意の声を繋げる。

しかし―――

 

「アホが」

 

そんな声を男は一蹴した。

 

「思い出してみろって。この前、影胤と戦ってたガキをよ」

 

蛭子影胤と戦っていたガキ、そう言われ思いだされるのは年若いひとりの少年。

まだ幼く大人と言えない容姿も相まって、印象的だった。

しかも、相当強いプロモーターらしく、二人のペアだけで未踏破領域に踏み込んだ事もあるらしいと聞く。

 

「あんなちんちくりんでも未踏破領域に入れたって言うじゃねぇか。――つまりだ。未踏破領域なんてのは所詮名前だけ! 大したことねぇに決まってんだよ。一万番台もチラホラいるってのに怖がる必要なんてどこにもねぇのさ!」

 

そう、彼らがみた少年の戦いは蛭子影胤への最初の奇襲だけ。

彼らさえ気づきもしなかった敵に気付いたのは確かに驚くべきことだが、それだけだ。

少年自身にそれ程の力があるとは到底思えなかった。

 

「……そう、かもな」

「え、ええ。大丈夫よ。多いって言っても所詮数匹でしょう」

「これだけいれば、なあ?」

 

その扇動に動かされるようにして、自分達の行動を肯定する言葉が伝播していく。

そして、次第に小さかった声は大きくなり、熱をこもったものへと変わる。

 

「そうだ! 俺たちはいける! さっさと殺って、さっさと帰る。そうすりゃ金は俺達のもんだ! だろ!?」

 

その声に答え、大きな声があがる。

剣、銃、槍。各々が握りしめた武器を天高く掲げ吠えた。

 

「―――よし、行くぞ!」

 

そして、扇動によって上がった士気のまま彼らは未踏破領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

そう、踏み込んでしまった。

本来の彼らならしないであろう判断。

 

しかし聖天子が発破をかけるつもりで掛けられた賞金は、彼らを煽り正常な判断力を鈍らせていた。

本来、アジュバントとは信頼しあえる民警がグループを組む、力を合わせることでこそ真価を発揮するもの。

決して数集まれば強い、という考えのものではない。

それが分かっていない彼らなど、所詮烏合の衆でしかない。

 

そして、なによりも未踏破領域というものを甘く見ているという一点。

その何より重大な失敗。

彼らはそれにすら気付くことなく、未踏破領域(死地)へと向かって行った。

それを知るにはもう手遅れであったのだ。

 

 

 

 

 

大規模感染爆発(パンデミック)の発生。その報を聖天子が耳にするのは、その数時間後のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■今はまだ名もなきパイロット■

 

 

眼下に広がる緑の大地。所々に見える灰色はかつての東京の名残だ。

廃墟なった都市と太陽を遮る暗雲と挟まれつつ、豪雨に晒されながらのフライト。

視界が悪く、いつガストレアからの襲撃があるかも分からない。長年、ヘリを運転してきたベテランのパイロットであろうと好んで飛びたくない悪条件だ。

そして望まずそのフライトを担当することになったパイロットは今、額には大粒の汗を浮かべ、震える手はハンドルを必死に握りしめていた。

そんな彼の顔色は、悪いを通り越し青白い。

 

「…………」

 

ただ口を一文字に結び、弱音はおろか一言も発することなく眼前の暗い空を涙でぼやける視界で見ていた。

顔色が最悪でなければ、その精悍で真面目な顔つきは大層見れたものだっただろう。

 

(無心で、無心で、無心で、無心で、無心で、無心で―――――)

 

心の中で、そんな言葉を繰り返し。

無心でとか考えている時点で、無心でないという事実にすら気付かずに。

自分はこの場にいない、今の自分はただの機械、無機物、人間ではない……そう刷り込み、己の存在をただただ希薄にする。

それだけに全てを掛けていた。

 

それは決して悪天候でのフライトがどうとか。

今日は調子が悪いからとか。

嫁の誕生日が今日だとか。

そんなちゃちな理由では、断じてない。

ならば、何故か。

それは―――

 

チャラッ。

 

「――っ!」

 

無心で、無心でといた筈の彼はいつの間にか頭の中で考えごとをしていたらしい。

そんな彼の心情を察したらしい彼の動かすヘリの背後にいる存在、自分が目的地へと送り届ける人物。

その片割れこそ、強烈なプレッシャーを振りまき続け、今まさに自分の身体を縛りつける凶器の操り手だった。

 

体に巻きつく鎖は体の動きを阻害しない範囲で、きつく締めつけられ、その冷たさと確かな質量はこれが紛れもなく、自分を害するどころか殺すことの出来る凶器だということを訴える。

このヘリを運転しているのは自分だ。

だからこそ、自分に何かしたらこのヘリはほぼ確実に墜落する。

つまり、自分をこの鎖で締め付け、まさかコロコロするなんて、そんな訳ないだろ……と思う自分もいる。

しかし、何もないはずだと分かっていても、もしかしたらを考えると不安感が消えることはない。

背後の少女の気まぐれで自分は死ぬ、その事実がとても怖いと思うのは仕方がない、だって人間だもの。

 

聖天子の補佐官である天童菊之丞。彼は天童何某の直属の下部組織の一員であり、今こうしてヘリを運転しているのは元をたどれば彼の命令によるもので。

つまり自分がこんな状態に陥っている原因を間接的に担っているともいえる。

いくらその立場が、自分なんかよりと遥かに格上だとしても、今はあの髭面を思い浮かべぶちのめしたいと思うのは仕方のないことだった。

 

(ぐ、ぐぞー! なんで、なんだってこんなことに!)

 

 

人を運送する。

単純に言ってしまえばそれだけのことが、今はどれほど厳しいものか。

ガストレアによって破壊されたこの時代で、観光や趣味としてヘリが利用されることなんかほとんどない。

つまり、この時代でヘリを使うということは危険地に物資や、あるいはガストレアに対抗出来る人物を運ぶということに他ならなかった。

もちろん、それに見合うだけの金銭は支払われるものの、それが人一人の命と釣り合うかと言われると、否だ。

特殊性癖の持ち主とかだったら、また意見は変わってくるのだろうが。

生憎と自分はノーマル、死に際に興奮するド変態ではなかった。

 

だがしかし。そんなことを思っていても現実は非情なもので生きていくには金が必要。

ガストレア大戦前にヘリなんて運転していたせいで、今もこんな仕事をしなければならない。

すこしでも高い払いの仕事をしろと嫁にケツを蹴られるままに、かねてより声のかかっていた所へ行った。

それが今の仕事場ですね、はい。

そこでこつこつと頑張ってたんですけどねえ。

ガストレアには遠距離からも攻撃してくるヤツもいる、そんな中をひょろひょろヘリでとばねばならん、自殺志願者のように、は、はは、ははは。

……しかも最近は未踏破領域の方まで飛ばされて……殺す気か!

もう我慢ならんとそう思った俺は、上司のとこに行ったよ。

 

『ふざけんな、馬鹿。人の命をなんだと思ってやがる!』

 

そう言って顔面に辞表たたきつけてやろうと思ってな。

でも―――

 

 

「ン?」

 

 

そこにいたのは上司じゃなかった。

GORIRAだった。

あ、いや、やっぱ上司だ。

上司なGORIRAがいたんだ。

 

「なにウホ。なんか用かウホ?」

 

――――GORIRAAAAAAAAAAAAA!!!!!!

そう叫びたかった俺だが、俺の良心がそれを許さなかった。

決してヤツの二の腕が丸太みたいだったからではないんだからね(震)

 

『な、なんでもないです……突然入ってきちゃってすいません……あ、あはは……』

 

「マナーは守るウホ。社会人として、人としての常識ウホ」

 

――――GORIRAに諭された。

 

その事実が俺の心に突き刺さる。

両手を地面につけ、どよーんとする俺。

そんな俺を無視してGORIRAは続ける。

 

「にしても丁度よかったウホ。お前にあたらしい仕事ウホ」

 

人外に諭されるという現実によって、失意のどん底にいた俺は、GORIRAの言葉すら耳に届かぬまま適当にうなづいて詳細の書かれた書類を受け取って退室した。

 

 

 

主に人の利用する活発なエリアとはモノリスの内の内。

モノリスへと近づくにつれ、街の様子は寂れ、人口もそれに伴い激減していく。

今回の俺の待機場所は、そんなところだった。

 

廃墟と言っても過言ではないその場所には、とても人間が住んでいるようには見えないが、今回俺が運送する人物の住む場所はここらへんにあるらしい。

正直、こんな所にまともな人間が住むとは到底思えない。

そしてなにより、此処はモノリスに近い。

もしかしたらガストレアなんかが侵入してくる可能性がゼロではない。

つまり、すごく怖い。

 

(はやくこい、はやくこい~)

 

そう念じながら、待つほど数分。

廃墟の一画から二人の人影がやって来た。

 

「あ、あのー!こっちでーす!」

 

大きい声でそう呼びかけると、それに反応した二人はゆっくりとこちらに近づいてくる。

その姿が鮮明になると、疑問の念が浮き上がった。

ひとりはイニシエーターだと思われる少女。

日本人離れした容姿の彼女はまだ幼い容姿をしているが、その力は普通の人間とは隔絶したものである。

昔はまだ幼い少女達が戦端にたつことに違和感があったものの、正直今となっては皆無。

むしろ大の大人である自分達が足手まといにすらなるだろう、というかなる。

 

しかし、その傍らに立つ少年。

イニシエーターは女の子だけ、男である彼はつまりイニシエーターではないということになる。

彼は普通の……まさかプロモーターの、筈はないだろうし。

 

「…………」

 

などと考えていると、少年と視線が合った。

自分が無言で考えていたことに気付き、手を差し伸べる。

 

「あ、ごめんね。今日君を目的地まで運ぶことになった者だ。よろしく」

 

「…………」

 

しかし差し出された手は中空を掴むばかりで、目の前の少年はただ自分を見つめるばかりだった。

 

(て、何やってんだ、俺ぇ!?運送対象をいきなり子供扱い、そして握手を求めるだー!?やっちまったァ――――!!!!)

 

え、これヤバイ?ヤバイヤツなの?

と不安になりつつも、どうすればいいか分からない俺。

そんな俺の手を、次の瞬間、少年の手が掴み返していた。

 

「……よろしく」

 

顔を伏せ眼元を髪で隠しながらも、そうか細い声で告げてくる。

 

(うおお!なんて優しい子なんだ。恥ずかしがりつつも、しっかりと手を握り返してくれるなんて)

 

それを恥ずかしい故にと受け取り心で感涙を流した。

そして、その流れで隣の女の子へも手を差し出す。

 

「君も、よろしくね!」

 

思わずほころぶ頬をそのままに、笑顔で差し出した手に返ってきたのは――かつて見たことのないほどの冷徹な視線だった。

 

「――――」

 

「あ、あのー……て、手を」

 

「その薄汚い手を下げなさい」

 

「へ?」

 

予想外の言葉に変な声が漏れた。

 

「その手を下げろと言っているんです、人間。お前の役目は私達を運ぶことでしょう。早々に黙って働きなさい」

 

「あ、はい」

 

嫁と同じ匂いがする嬢ちゃんだ……。嫁の調教(済)を受けていた俺は、そんな言葉にも腹がたつことなく、少女に従うようにヘリへと乗った。

そして、俺の悪夢のようなフライトが始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

■銀丹■

 

 

重圧を放つ張本人、銀丹は無表情で椅子に座っていた。

しかし、その身体からは明らかに常とは違った不機嫌なオーラが醸し出されている。

先ほどからピーチクパーチクと心を騒がせ、その一端を担っていたパイロットの男は鎖で締めあげ、黙らせている。

 

彼女の能力である、ずばり読心……のようなもの。

完全に心を見透かすわけではなく、あくまでその表層を読み取るだけのそれ。

しかし、それだけの能力でもあの男がさっきからずっとやかましく騒いでいたということは分かっていた。

どうやらその対処も効果を出しておらず、今も鎖を恐れながらもまだやかましいままのようだった。

 

それでも所詮それは些事。

そのパイロットに向かう重圧はただの余波であり、それが真に向けられる先にいるのは同乗している少年こと鉄災斗。

彼は今も鉄面皮のまま、彼女の不機嫌さも気にも留めない様子でヘリの窓から見える外の様子を見据えていた。

何故普段から災斗のことをマスターと敬愛する銀丹が、今日はこんなにも災斗に不機嫌オーラをぶつけているのか。

その理由は一時間ほど前にさかのぼる。

 

 

 

〈災斗達の家(マンホール)にて〉

 

「約束果たしてもらうわよ、災斗!」

 

金髪の少女、青葉は仁王立ちしながらない胸を張ってそう言い放った。

その声が向けられるのは、明言されたように鉄災斗。

ソファーに腰かけ、じゃれるクロとシロを相手にしていた彼はその言葉に動きをとめる。

そしてしばし思案するように動きを止め、首をかしげた。

 

「……?」

 

心当たりがないようだ。

そんな対応をされて黙っていられる様な性格を青葉はしていない。

 

「ちょ、あんた忘れたの!?ふざけんじゃないわよッ!」

 

沸点が臨界点を突破し、突撃しそうになる青葉。

そんな彼女をいち早くみんなの世話役、椿が引き止める。

 

「待った。いったん落ち着くといい。すぐ怒るのは青葉の悪い癖だぞ」

 

青葉の肩へと手をおき、素早く沈静化を図る。

その姿まさしく、暴れ牛を乗りこなすカウボーイの如く。

 

「災斗さんも忙しい人だし。もちろん、約束を忘れたなら、その責は災斗さんにあるだろう。でも、ひとまず君の約束とやらを聞かせてあげたらどうだろうか」

 

「……わかったわよ」

 

椿の言に従い、話しだす彼女の言葉を纏めると、こういうことだ。

以前、不審者(蓮太郎)が来た時、怒った青葉を沈めるべく災斗が言った。

――ひとつ、何でも言うことを聞く、と。

彼女はその約束を今、果たせというのだ。

 

それに対してまず災斗を慕う一団がアクションを取ろうとする。

 

「……わかった」

 

しかし、そんなその他大勢の行動に先んじて、それを聞くや否や災斗が声を出していた。

 

「……なにすればいい」

 

単純に忘れていただけだった彼は思い出すと、約束を果たすべく青葉に問いかける。

その反応に喜色満面な青葉は興奮したように返す。

 

「じゃ、じゃあ―――「待ってください!」」

 

紡ぎだされた青葉の言葉を遮り、声を出したのは―――銀丹。

いつの間にそこにいたのか、災斗の背後からぬっそりと現れ、青葉へと指を突きつける。

 

「……なによ」

 

唐突に邪魔に入った存在に、先ほどまでと一転、不機嫌さ全開の青葉が問いかける。

 

「そもそも!あれは確約したものではなかった筈です。そもそも青葉との約束が有効なら、その場にいた私も聞いてもらえるのが道理というもの!」

 

一息に告げられた言葉には微塵の迷いもなかった。

それを聞いて黙っていられる青葉ちゃんではない。

「はあ?」と、嘲りを隠す気もなく、小ばかにした表情で銀丹へと詰め寄る。

 

「あんた馬鹿なの?その場で言い出さなかったあんたにそんな権利あるはずないでしょ。あー、ほんっと厚かましい女」

 

「あ、厚かましい!?そ、それはこっちの台詞です!マスターのご負担も考えずに、っ!この脳筋!」

 

「な、のうきっ!ふ、ふん。戦闘で使えない雑魚のあんたよりましよ!」

 

「私はサポートタイプなんです! 思考能力を捨てた猪突猛進ばかに言われたくありません」

 

「ちょ――だれがイノシシよ!このペチャパイ!」

 

災斗のもとに集う子供たちの中でも随一の身体能力を誇る青葉の手が動いた。

それに咄嗟に反応できる者はおらず、青葉の小さな手は掻き消えたと同時に、銀丹のつつましい胸板に触れていた。

 

「っっっ!?ちょ、な、はあ!?」

 

数瞬遅れて反応した銀丹は声にならない奇声をあげる。

それを見た青葉は追い打ちをかける。

 

「あらーごめんなさい。こんなまな板じゃペチャパイとも言えないわね。ところで、あんたって男だったかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「ぽんぽんっと。あー、平面はいい音なるわね。ふくらみがあるとこうはいかないわよ」

 

「…………ふ、ふふ、ふふふふふ」

 

煽られ赤くなっていた顔が急速に常と同じように戻っていき、不気味な笑い声を発する銀丹。

 

「こんな気持ちはじめてです……。今なら楽しい気持ちで同族を殺せると思います」

 

「ハッ? 戦る気、いいわよ。相手してあげる」

 

どこに隠してあったのか、明らかにおかしい量の鎖が銀丹の袖口から出てくる。音をたてながら地面を這って先端は鎌首をもたげて青葉を狙う。

それを受け、青葉は半身を下げる。拳を構え、その眼光も戦闘に備え鋭くなっていく。

あわあわと慌てたり、静観したり、お昼寝したりするギャラリーを無視して空気は緊迫したものへと変わる。

 

「さよなら、青葉。初めて会った時からあなたのこと大嫌いでした」

 

「同じくね。バイバイ、粘着ストーカー女」

 

ボルテージが最高潮へと達し、怒気は殺気へと変貌を遂げる。

はじかれたように動いた両者、銀丹の鎖と青葉の拳がぶつかり合う——寸前。

 

「待て」

 

黒鎖は大地へと叩き落され、青葉の身体は宙を一回転してから仰向けに転がっていた。

 

「二人ともやり過ぎだ。流石に見過ごせないぞ」

 

青葉の襟首をつかみ、力みのないいつものような自然体をした椿は静かにそう言い放った。

状況を理解できず呆然としていた青葉は、自分が何をされたのか遅れて理解し、憤慨するように顔を真っ赤にする。

 

「椿ぃ!あ、あんた」

 

「黙れ。もとはと言えば、青葉の短気が原因だろう。……やりすぎだ」

 

憤る青葉を、椿の切れ長の視線が貫く。

猛禽の如く細められたその眼に普段の椿の姿は想起できず、青葉は思わず押し黙る。

次いで、ギロリと立ち尽くしていた銀丹にその目を向ける。

立ち尽くしながらぼうっと二人を見ていた彼女に、椿の鋭い視線がぶつかる。

 

「銀丹も同じだ。普段の冷静なお前ならば災斗さんを確りと補佐できる。私たちはそう信じてお前にその役目を任せているんだ。しかし、先ほどの様子を見てしまえば、お前が適正か疑問を感じずにはいられない」

 

うつむき、黙る銀丹を見ながら、言葉を繋げる。

 

「感情を発することが悪いとは思わない。だがやり過ぎは駄目だ。……確かに過去に色々あったかもしれない。だが私たちはもう家族だろう?」

 

「あ……」とつぶやき顔を青くする銀丹。

 

「だから、殺すなんて。……簡単に言わないでくれ」

 

「長くしゃべってしまったな。ひとまず解散しよう」という椿の声に、銀丹に一言謝りばつの悪そうな顔でそそくさと移動する青葉。ほかの全員もそれに続くようにホームへと戻っていく。

 

 

 しかし、銀丹だけは長い前髪に隠れ表情も窺えず、そのままその場所に立ち尽くしていたのだった。

 

 

【回想END】

 

 

彼女に起きた出来事は、つまりこういうことだった。

その後は「……言っとくけど。今回だけだからね!」「災斗さんのことよろしく頼む」「いってらっしゃーい」×3などと言われ、結局今回の事に関しては自分がマスターのサポートをすることになった。

 

青葉の思い、椿の怒り、再認した事実。

当然、自分もそれらに思うところがあって、最初にマスターと一緒にいたのは自分だとか、忘れられない出来事だとか、マスターの補佐は当然の仕事だと思っていただとか――本当にいろいろある。

しかし、それでも彼女たちの思いは最もだと思ってしまう自分がいる。

 

最初に救われた?

だから、なんだ。順番がなんだと言うんだ。

 

過去の問題?

もう既に終わった話だ。青葉の先の言葉のとおり、自分が粘着質なだけだろう。

 

マスターの補佐が当然の仕事?

……それは違う。最初に私がしていたから、そのまま続けているだけであって、決まっているわけじゃない。

少なくとも、私が彼女たちの立場なら、簡単に受け入れることは出来ないだろう。

絶対に嫉妬して、その立場を手に入れるために行動を起こすはずだ。

 

しかし、彼女たちはそれをしない。

何故か。――その答えはさっき言っていた。

マスター(鉄 災斗)のためだ。彼を最大限にサポートできるのが私だと、私が適任だと思っていてくれたから。

 

ああっ、もうっ!

 

どうしようもない憤りが心の中で生まれる。マスターが僅かにこちらを向いたのを認識しながら、申し訳なくそれを無視して思考を再開する。

 

……昔はこうではなかったはずだ。

マスターこそが至上の存在で、その他の人間もガストレアも自分の同族でさえも有象無象でしかなかった。

だからこそ、縋りついてきても切り捨てられたし、なんでもないもののように排除できた。

 

しかし。

 

気づいたときには、彼女たちのような……椿の言葉を借りるなら家族が出来ていた。

望まずともこちらの感情を沸き立たせ、あるいは煽る……そんな存在が。

 

「…………」

 

それを踏まえるなら、自分は弱くなってしまったのだろうか。

私は冷静だからマスターのサポートに最適。

なら冷静じゃなくなった私は、マスターのサポートには最適ではない。

 

――それは家族が出来たから。

 

――それは青葉たちに出会ったから。

 

――それは、マスター以外にも大切な存在が―――……

 

「うるさいっ!!」

 

鎖を操作して、運転席の男を締め上げる。

殺しはしないが、手加減もしない。それくらいの強さで。

もしかしたら運転を失敗して墜落するかもしれないが、私とマスターは死にはしないだろう。

先ほどから小うるさい思念が此方に飛んできていたのだ、私は悪くない。

突然の大声にマスターが驚いた様子を見せているので、一言謝る。

 

考えても答えが出ないように感じて、もう一度始めようとしていた思考を遮り、窓の外へと意識を傾ける。

雨音を聞きながら、それだけに集中すれば。

 

濁りすぎた灰色の空は、真っ暗な闇色に見えた。

 

 

 

 




ほんとごめんなさいでした。

色々区切りがついて、一時間で仕上げたスピード作品です。
故に全然チェックいれてないので誤字とかあったら是非教えてください!

今回はキャラの心理描写結構いれてます。
延珠たんの話に力いれすぎて、ほかのキャラ薄くね?と思ったので、これからはキャラ立つようにがんばります(適当)

あと椿も銀丹の言葉が本気じゃない…よね?え、冗談だよね?…え、ちょ、どっちなの?ちょっ、え、待って!ねえ、待ってよ!え、え?え?え?くらいの気持ちでした。
まあ、とにかく、それでも椿はあの言葉を許せなかったのです。
詳しくは今度(いつか)やる予定の過去話でくわしく!

三( ゚∀゚)アデュー!!

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