たのしい宮永一家   作:コップの縁

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大星淡の回想
出会い


 高校時代、上京してきた友人は言っていた。

 

 「東京ってどこもビルばっかりだと思ってたけど、案外そうでもないんだね」

 

 そんなことは当たり前で、都心から離れたこんな郊外まで超高層建築で埋め尽くされては息が詰まって堪らないだろう。緑は程々に多いし空は広い。少し歩けば田畑も広がる。高校生活を麻雀に費やした私がプロ入りを蹴って進学した大学も、そんな閑静な街並みに溶け込んでいた。

 麻雀が嫌いになったとか将来の目標が別にできたとか、断じてそういう理由ではない。ただ、もう少しだけ時間が欲しかっただけなのだ。このまま社会に出て一人前になるには不満足だった。私の人生――私の青春には何かが欠けていて、せめてそれを探し出さなくてはならないような気がしていた。

 


 

 忘れもしない、二十三年前の春のことだ。

 今では建て替えられたと聞くが、当時大学の敷地の北端には半ば打ち捨てられていると勘違いしてしまうようなオンボロの講義棟が建っていた。その人通りのない廊下を右往左往していれば、そのうち「麻雀部」と書かれた安っぽい張り紙が画鋲で留められている一つの扉を見つけることが出来る。私の四年間があった場所だ。

 

 最初そこに行ったとき、本当にこんな貧相な場所が部室なのかと目を疑いたくなった。耳をそばだてても中から何の物音も聞こえてこない。ひょっとしてまだ部員が来ていないのだろうかと訝しみつつノックをすると、意外にも中からは入室を促す低い声が返ってきた。ドアノブに手を伸ばしてみると、果たして私が力を込めるままに抵抗なく右に回転した。

 蝶番を軋ませながらゆっくりと扉が開く。誰も居ないと思っていた室内には天井の白熱電球こそ灯っていなかったが、窓から差し込む夕日によって茜色に照らされていた。

 そして、窓際には一人。外を通る学生たちの往来を無言で眺めるその顔が私の方へ向いたその時、まるでこの男が私のことを待っていたように感じられた。まあ、少し美化しすぎだろうか。

 

「いらっしゃい。君は………」

「私、入部したくて来たんだけど」

「あぁ、そういうことか。だったらそのうち先輩が来ると思うから適当に座っといてくれ」

「座るってどこに?」

「目の前にあるだろ。俺のケツで温まってる方がよければこっちでもいいけどさ」

「遠慮しとく」

 

 勧めに素直に従って雀卓の椅子に座った私は、電気ポットに水を汲む彼の様子を観察していた――が、すぐにやめた。特に面白みもない至って平凡な学生に見えたからだ。新宿あたりを歩いていれば一分に一度くらいのペースで見かけそうな量産型の衣類を身に纏い、どこか聞き覚えのある訛りを話す上京したての田舎者。そんなところだろうか。退屈は猛毒である。

 そんな彼の持ち物のうちたった一つ、私と同じ金髪だけは一際目を引いていた。

 

 急須から慣れた手つきでお茶を入れた湯呑みを私に渡すと、彼はもう一つの湯呑みを持って私の対面に座った。まだ湯気の立つ緑茶をぐいっと飲んで唸り声を上げる様子はどうも年寄り臭さを感じる。

 

「なあ、君って白糸台高校の大星選手だろ?」

「…………そうだけど、だったら何なの」

「別にどうってわけじゃないんだ。ただ気になったから」

「なら聞かないでよ」

 

 またこれか。自分で言うのも烏滸がましいかもしれないが、私は有名になりすぎてしまったらしい。

 三年間インターハイで戦うことができた。それ自体は私の意志だったし、その結果得られた経験には満足している。だが夏になるとテレビが大々的に自分のことを取り上げて――何故か麻雀と関係のない話まで紹介していたり、会ったこともない相手にまで顔が知れ渡っているというのはあまり心地の良いことではない。

 街中を歩いているだけで声を掛けられたことだって数知れない。結局彼らは物珍しさや興味本位で集ってくるだけなのだ。目の前の男もまたそういった有象無象の一人であると思うと、退屈を越して嫌悪感さえ抱きつつあった。

 

「なんだよ。冷たいやつだな」

「だって初対面なのに馴れ馴れしいんだもん。キモい」

「客が来たから歓迎してるだけなのになんつー言い草だ」

「そもそも誰かも知らない相手に優しくする必要なんてないでしょ」

「へーへーさいですかい……ま、そういうことなら自己紹介くらいしとくか」

 

 襟を正し、咳払いし、勿体ぶった彼の言葉に私は驚愕した。

 

「俺は清澄高校出身の須賀京太郎だ。よろしくな」

「うそっ、清澄!?」

 

 清澄高校――東場の片岡優希にデジタル打ちの原村和、そして嶺上使いの宮永咲。私にとっては少なからぬ因縁を持つ相手だ。そんな彼女達と同門であるこの人物、須賀京太郎………

 

「………って誰?」

「おい」

 

 これが、私とキョータローの出会いだった。


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