Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP02 ― feel out of place

 彼女達は私を『友達』だと言った。

 その言葉を、その役割を、その関係を……私は受け入れた。

 友達とはそういうものなんだって、友達のいない人間は弱いんだって。

 そう思って、過ごしていた。

 

 なのに私は、その友達を捨てた。

 耐えるしかないと思っていた以前の日々とは変わって、今では耐えることが出来なくなった。

 私は強いのだろうか? 私は淋しい人間なのだろうか? 

 いつの間に、我慢の出来ない短気な性格になったのだろう。

 

 耐えられる人間が強いと思っていた。

 でも、耐えられずに孤独となって生きる人間は弱いとは思えない。

 

 誰かのためにと、周りに同調する人間が良いと思っていた。

 でも、周りに流されず、一人でも挑もうとする人間を悪いとは思えない。

 

 彼女達は言った。

 “調子に乗るな!”“覚えていろ!”“いつか私達に逆らったことを後悔させてやる!”

 耐えられず、友達であった彼女達を切り捨てた私は、居場所を失って孤独となった。

 

 だけど、仕方ないんだ。だって、どうしようもない。無理になったものは、堪えたとしても無理でしかない。

 どうやって人を陥れようか。どうやって苦しませようか。そんな陰湿で腐った心を持った彼女達とは一緒にいられない。

 彼女達が同じ女性であると思うだけで、気持ち悪く吐き気がする。男になりたいという想いはないけど、女性という腹黒い性根に嫌気が差す。

 

 

「朝霧には、男子寮の離れた部屋に引っ越してもらおうと思う。それでもいいか?」

 

 

 “嫌だ”なんて言えるわけがない。女子寮に居場所がないのだから、男子寮に行かされても文句は言えない。

 それに円堂先生は、私に居場所を与えてくれた。女子寮に行かなくて済むだけでも、私にとってはとても有難い話だ。

 

 いつか私は答えを見つけ出し、納得して生きていくことが出来るのだろうか。

 いつか彼女達は、周りの人間達は私のように変わってくれるのだろうか。

 

 とりあえず、私にとって唯一の居場所が出来た。だから、男子寮の私の部屋へと向かおう。

 

 

 そこで私は、“音無結弦”という男子生徒と出会った。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 今、オレと男子生徒の2人で学習棟の第2棟と第3棟を繋ぐ3階の渡り廊下を歩いている。その最中、つい溜め息をついてしまった。

 さきほど、クラスリーダーと名乗る男子生徒“柔沢”が部屋にやってきたわけだが、柔沢が強引にオレを連れ出してから今もずっと掴んだ手を離そうとしない。

 

 柔沢に連れられながら、ふと渡り廊下のガラス窓の方へと視線を向ける。見えるのは、晴れた空に見慣れた中庭という光景。昼時の日差しが差し掛かる中庭の風景は相変わらず一緒で、そこに懐かしさを感じてしまう。

 その中庭に生徒は誰一人としていない。それは廊下も同じく、先ほどから生徒を誰一人として見当たらない。時間帯的には、昼休みが終わって午後の授業が始まったぐらいだからだろうか。昼過ぎの時間帯で廊下に生徒がいない状況を見るに、そんな感じなんだろう。

 

 しかし、この柔沢という男子生徒。少し慌てているように見えるが、なぜなんだろう? もしかしたら、授業中だから慌てているのか?

 

 

「なあ、柔沢」

「おう、なんだ?」

「おまえ、もしかして、授業中だから急いでいるのか?」

「ああ、そうだ。もう、だいぶ時間経ってしまったからな」

 

 

 やっぱり、そういう理由だったか。

 でも、授業が始まっているからという理由で急ぎたくなる気持ちは分からないでもないが、相変わらず手を離してくれないのは困る。力強く引っ張られた状態で足早に歩かれると、こっちとしては歩きにくいし、正直疲れる。

 

 

「なぁ、いい加減腕を離してくれないか? さっきからずっと腕を掴まれてて歩きにくいんだが」

「いやダメだ、教室に入るまでは離さない。おまえのことだ。また逃げるかもしれないからな」

 

 

 ……また、か。

 どうやらオレという人間は、このクラスリーダーのNPCからは信用されていないようだ。不良生徒か不登校の生徒として認識されているらしい。べつに心配しなくてもここまできたら、もう観念して歩くんだけどな。

 この柔沢というNPC。オレの教室のクラスリーダーさんは、ラフでヤンキーみたいな格好をしてはいるが、けっこうマジメで熱血な感じの性格なのかもしれない。

 

 

 

 階段をのぼっていき、しばらく歩くと柔沢は教室の扉の前で止まった。

 柔沢が教室の中を覗いていたので、オレも教室の中を覗いてみる。中では、女性の教師が黒板の前で一生懸命に生徒達に日本の歴史を語りながら授業していた。生徒達もノートに黒板の文字を書き写しながら、真面目に授業を受けている。まさに授業中の光景だ。

 

 

「……………ん?」

 

 

 さっきから柔沢はいつまで経っても教室に入ろうしない。そのまま呆然と立ち尽くした状態で教室の中を覗いている。

 ……どうしたんだ? こんな空気の中では入りづらいのか? なんとなく表情が険しいけど。

 

 

「……入らないのか?」

「ん? ああ、そうだな。入らないと、だな」

 

 

 柔沢は一度大きく深呼吸すると、意を決したように教室の扉を開けて中に入る。

 だが、さっきまでの堂々とした姿勢とは逆に、急になんだが低姿勢な状態で教室の中へと入っていく。そんな柔沢の後ろをついていくように教室の中に入っていく。

 

 

「だから私はな、この人物が何故こんな……ん? お、柔沢じゃないか。どうした? 教室にいないから、今日は欠席扱いにしたぞ」

「す、すみません円堂先生。学校には来ていたのですが……授業には遅れてしまいまして」

 

 

 柔沢は低姿勢でペコペコと女性の教師に謝る。柔沢の言葉に、女教師は不思議そうな表情を浮かべる。

 

 

「ん? それは、私の授業を受けるのは億劫だったから、つい遅れてしまったということか? それとも、授業が始まって30分以上も遅れるなんて、よほどのことがあったのか?」

 

 

 やや男っぽい口調の女性の教師は、柔沢に少しとぼけたように話しかけている。

 声色を聞く限りでは、やや怒っているように聞こえる。場の空気が少し張りつめたように感じた。

 

 

「いやいや、違いますよ。ちょっと、コイツを見つけるのに時間がかかったんです」

 

 

 柔沢はオレに指を指してそう言った。柔沢の言葉によって、教室の中の生徒の視線がオレの方に集中していく。

 女教師も、怪訝そうな表情でオレの顔を見つめていた。

 

 

「……誰だ? おまえは?」

「えっ!?」

 

 

 柔沢は女教師の言葉に、戸惑いを隠せないのか口をあんぐりと開けていた。女教師の発言に、呆気にとられているようだ。

 

 

「いやいや、円堂先生。音無ですよ! 最近、不登校気味だった音無です。今月の初め頃は教室に来てたじゃないですか!」

「んー、ああ、そうだったか? すまないな、私は男という生き物が嫌いなんでね。あんまり顔を覚えないんだよ」

 

 

 教室の中で、生徒達がクスクスと笑い始めていた。何が面白いのか分からないが、どうやら女教師の発言が可笑しかったのだろうか。

 それよりも、柔沢はオレがこの教室に来てたと言ったが、この教室に入ったことなんて一度もない。てか、今日が初めて入ったんだから、またしてもNPC同士で勝手にありもしない事実を付け加えられている。ほんと、気味が悪いな。

 

 

「いつもそんなこと言ってますけど先生、旦那さんがいるじゃないですかー」

「また、ケンカしたんですかー?」

 

 

 さっきまでの静かに授業をしていた雰囲気がなくなり、生徒達が少しずつ喋り始めている。いつのまにか、生徒達は持っていたペンを机の上に置き、周りで騒ぎ始めていた。

 

 

「お前たちには関係ないだろう! そもそも、男ってやつはいつも無神経だから嫌なんだ。前だって……って、その話はどうだっていい。それよりも柔沢、おまえ今日も私の姪の落花に会ってて遅れたんじゃないだろうな!?」

「えっ……いや、そ、そんなわけ、ないじゃないですか!」

 

 

 急に自分に振られたのもあってか、柔沢はすごく動揺して答えていた。否定はしているものの、目がすごく泳いでいる。見る限り、女性の教師の言っていることは事実なのかもしれない。

 

 

「おまえ、顔に出てるぞ。やっぱり会っていたんだな。普段教室にこもっているあの子が、珍しく渡り廊下を歩いていたところを見かけたから、もしかしてとは思っていたが……」

「おいおい柔沢、落花さんと何やってたんだよ。やっぱりおまえら、あれか? もしかして……」

「は、はあ!? 何言ってんだよ笈内! あいつと屋上にいたからって、俺とあいつとはそんな関係じゃあねぇからな!」

「柔沢、やはり、おまえ会ってたのか……」

「えっ? あ、しまっ……いってぇ!」

 

 

 柔沢は自分が口走ってしまった言葉に気付いたようだが、“しまった”と言う前に円堂という女教師に小突かれていた。柔沢は痛そうに頭を抱えると、女教師は呆れた表情を浮かべては柔沢を見つめていた。

 

 

「「あははははははははははははは」」

 

 

 そんな2人のやり取りに、教室の中は生徒達の笑い渦が起きていた。ほとんどの生徒が楽しそうに笑っている。笑い声が、教室の中でこだましている。

 

 

「……楽しそうだな」

 

 

 いつのまにか、そう呟いていた。

 周りの笑い声でかき消され、オレの言葉は誰の耳にも入っていない様子だが、自分だけにははっきりと聞こえた。

 

 でも、そう呟いてしまうくらい、ここにいる生徒達はとても幸せそうだ。眩しいくらいに、幸せそうで楽しそうに見える。眩しすぎて、オレには受け入れられない。

 オレもこの中で生きれば、NPCのように生きていけば、苦しむこともなく、この世界で生きていけるんだろうか。また。幸せな日々を送ることができるんだろうか。

 

 ……いいや、そんなことはない。そんなことはもう不可能なんだ。この世界で学生として生きていくなんて、もう出来ない。だってこの世界は、オレにとっては“地獄”そのものなのだから。

 オレのように成仏が出来ない人間。それ加えて、生前の記憶を持っている人間が、この世界で偽りの人生を送っていて、生きた心地など感じられるわけなんてない。永遠に味わされる空虚な感情。都合よく塗り変えられる偽りの幸せ。そんなものを抱えたまま、この世界で永遠に生きていけるだろうか。本当に幸せであるだと感じて生きていけるだろうか。

 

 この世界は想像以上に残酷だ。ある人間は天国のようだと言うやつもいたが、そんなわけがない。この世界は地獄そのもの。天国なわけがないんだ。

 だって、この世界に迷い込んだ人間は、いつかこの世界を去らなければならない。それ以前に、いつかはこの世界から去れる仕組みになっているはずだ。

 

 なのに、オレは成仏が出来ない。この世界から旅立つことなど出来ない。それができないオレが、この世界でNPC達と共に暮らすことは難しい。永遠に学生のままで、永遠にこの学校にいるという時点で、いつかは思い知らされる。1年後、2年後……時が経つにつれ、埋まったはずの心のすき間はより大きなものへと変わってしまうことは容易に想像できる。絶望し、惨めになるくらいなら、NPCと一緒にいない方が良い。

 

 

「……っ!」

 

 

 この教室にオレの居場所はない。NPC達の笑い声が、オレの孤独感をよりいっそう感じさせられる。こいつらの間抜けな表情が、腹立たしく、気持ち悪く、自分の中の黒い感情を煽ってくる。

 

 オレは何も言わず、教室を出ようと扉の方へと向かって歩き出した。すると、近くにいた柔沢がそれに気づいたのか、オレの手を掴んできた。

 

 

「おい、どこ行こうとしてるんだ? 今日こそは授業に出てもらうぞ!」

「……離せよ」

 

 

 柔沢に手を掴まれて、よりいっそう黒い感情が胸に渦巻いていく。いっそ拒絶したいという想いが心の中に募っていく。

 オレの言葉が聞こえなかったのか、柔沢は握った手の力を緩めずにいる。

 

 

「だから離せって言ってんだよ!」

 

 

 柔沢の腕を思いっきり振り払った。あまりの勢いに、柔沢は驚きを隠せない表情でオレを見つめる。

 

 

「な、なにイライラしてんだよ。せっかく教室まで来たんだ、今日くらいは授業を受けろよ」

「……ちっ!」

 

 

 本気で面倒だ。いい加減にしてほしい。

 こいつはこんなものを見せつけるために、教室まで連れてきたかと思うと、本当に腹立たしくなってくる。

 柔沢を無視して教室の扉を開ける。すると、柔沢はオレの肩を掴んできた。

 

 

「おい、待て音無! 俺の話を聞けよ!!」

「オレに触るんじゃねよっ!!」

 

 

 反射的に柔沢を突き飛ばす。興奮しているのもあって力が入り過ぎたのか、柔沢は床に大きく倒れてしまう。その様子を見ていた教室の中のNPC達は、一気にオレを凝視し始める。

 

 NPC達の視線は、冷たくて真っ黒でまるで生気がないようなもので、それを浴びているだけで背筋が凍る。とても不気味な目に、差別的な表情。

 まるでオレを、自分達とは違う生き物を見るように。信じられないような生き物を見ているかのように。真っ黒な瞳がオレの視界を埋め尽くす

 

 見るなよ。そんな目でオレを見るな! くそ、くそくそくそっ!

 

 

「……くっ!!」

 

 

 視線から逃げるように教室を出て、廊下の中を駆け出した。

 

 

「お、音無っ! 待てっ!!」

 

 

 柔沢の声が聞こえたが、気にせずに一目散に走る。捕まらないよう、逃げるように、オレはひたすら足を速く動かして進んでいく。

 どこでもいい。どこか、どこか隠れられる場所はないか? 

 

 走っている途中で扉が少し開いていた部屋を見つける。扉のプレートには『生徒会役員室』と書かれてある。とりあえず中に入っては、扉を閉めて隠れた。

 

 

「っはぁ……はぁ……はぁ……っ」

 

 

 しばらく扉を背にしながら息を整え、柔沢が追いかけて来ていないか耳を澄ます。廊下の方から誰かが来る気配はない。

 少し扉を開けて覗いてもみるが、誰もいない。どうやら柔沢は追いかけて来なかったみたいだ。

 

 

「あれ? こんな時間帯に何か用かな?」

 

 

 だいぶ呼吸が落ち着いて、部屋から立ち去ろうと立ち上がった時だった。

 オレのいる廊下側とは反対のバルコニー側の方で声が聞こえてきた。声が聞こえた方へと視線を向けると、男子生徒がバルコニー側の扉を開けてこの生徒会室に入ってきた。

 

 入って来た男子生徒はやや短めの黒髪で目つきは鋭く、やや幼げな顔つきをしていた。初めて見る顔だが、どことなく普通のNPCとは違う雰囲気のようなものを感じる。

 なんだろう、もしかしてこいつ“人間”じゃないのだろうか?

 

 

「あ、あんたは何者だ?」

「何者? 何者かと問われたら、そうだね。この学校の生徒会長かな」

 

 

 不敵に笑みを浮かべた男子生徒は、椅子に座っては胸に手を当てていた。

 オレは人間かどうかという意味合いで聞いたんだが、さすがに自分の発言が言葉足らずではあった。目の前の生徒会長である男子生徒には、オレの言葉の意図が伝わっていないようだ。

 

 

「それより、キミこそ何でここに来たのかな? 教えてくれよ」

 

 

 そう言うと、生徒会長は少しだけ目を見開く。

 そんな生徒会長の目を見て、オレは驚いてしまう。

 

 

「な、なんで……!?」

 

 

 見開いただけなら何も問題はなかったんだが、目の前の生徒会長の目には問題があった。

 厳密には、目を見開いた瞬間に生徒会長の“目の色”が変化したこと。それこそが、オレにとっては問題だった。

 

 

「なんで、催眠術を!?」

 

 

 生徒会長の瞳の色が赤くなった瞬間、俺の瞳は吸い込まれるように生徒会長の瞳に釘付けになる。

 瞳の中に映る生徒会長の両目は、不気味に赤く光っていた。

 




2話:feel out of place  ー  “居心地が悪い”


かなでと直井がいなくなり、現在の生徒会長が登場したわけですが、
瞳の色が赤くなると、まるで直井を連想させられますね。
はたして、生徒会長とは何者なのか?

あと。生徒会長って何かしら能力を持ってるイメージがありますが、
むしろ備えていないと、この世界で生徒会長にはなれないのかもしれません。

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