Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP26 ― heart or shadow

 《2011年5月26日09時35分頃:生徒会室》

 

 

 生徒会室の扉が開く音が聞こえる。それと同時に、集中させていた意識を取り戻す。

 

 

「失礼します……って、紫野会長!? どうされたんですか?」

 

 

 目を開け、声をする方へと顔を向ける。

 そこには、玄内が立っていた。どうやら、授業を終えて僕に会いに来たようだ。

 

 

「……今、何時だ!?」

 

「え? 今ですか? 9時36分ですけど……」

 

「そんなバカな!? あれから、15分も経っていたっていうのか……」

 

 

 音無の脳波の波長を捉えようと、自分の能力の1つである脳波を操る力を15分も使用していた。

 問題なのは、脳波の波長を捉えて、記憶するという行為。相手の波長と合わせて、読み取ったり、乱したりする行為。それら全部が出来なかったこと。この音無という人間には、何も通用しなかったことだ。

 

 

「なんでだ? なんで、僕の能力が通用しないんだっ!!?」

 

 

 苛立ちにまかせて、つい音無を蹴ってしまう。気絶しているのもあってか、まったく反応はない。

 傍から見れば死んでいるようにも見えるけど、さすがに脳死させるほどの力を僕は持ち合わせてはいない。だから、反応はなくともきっと生きていることは確かなはず。むしろ、死んでくれた方が助かるという話だ。

 

 しかし、何故なんだ? 所要時間のかかる能力ではあるが、脳波の波長を覚えるのに1分で出来る。1分ほど脳波の波長を感じれば、その波長に合わせて操ることが出来るというのに。まさか15分も経っていても捉えることが出来ないなんて。

 

 いいや、そもそも15分も経っていて、波長を捉えられないなんてことはない。脳の波長を捉えて、記憶して、その波長を合わせようと出来たはずだ。

 なのに、違う。合わせようとしているのに、完璧に合わせることの出来ない脳波。分かっていても、記憶しても、自分では合わすことも作り出すことも出来ない波長。同じ人間のはずなのに、どうしても合わない。分からない何かがそこにあって、この音無には僕の能力が通用してくれない。

 

 

「こいつ、本当に何者なんだ!?」

 

 

 どう考えても、不思議としか言いようがない。

 大人は、脳波の波長が読み取れない。複雑であるからか、理解出来ないからか。どうやっても自分が合わせるということが出来ない。

 女子は、そもそも自分が触れない。もし身体に触れられたとしても、波長を合わせることは絶対に不可能だと思う。

 だけど音無はその2つには当てはまらない。こいつは今まで脳波を操ってきた男子生徒だ。自分と同じ人間のはずなのに、何故時間をかけても何も出来ないのか分からない。

 

 そもそも、魅惑の能力でさえもこいつには通用しなかった。これには、頭の中で意識すればかからないという対処法があるから、この能力が音無に対して効かないのは予想出来る。なにせ、この能力のことは知っている感じだった。

 しかし、この脳波の波長を操る能力。ブラインド・マインドは、僕に触れられている限り効果がある。相手が僕の邪魔をして、触れさせないようにしない限りはどうしても防ぎようがない。1分経った時点で、絶対に音無の脳を操つることができるはずなんだ。

 

 

「紫野会長、どうされたんですか? それに、この男子生徒は?」

 

「こいつは……こいつがあの音無だ! まさか僕の能力が効かないなんて……予想外過ぎる!」

 

「え、能力が? 紫野会長の能力が効かないなんて……どういうことです?」

 

「くそっ! 分かんないよ! ああっ、もう! なんでこう上手くいかないんだっ!」

 

 

 予定外のことばかりが起こっていると思うと、余計に苛立ちが募る。

 音無の素性と今までの経緯を知りたかったのだが、これでは知る術がない。どうすることも出来ない。

 

 

「落ち着いて下さい、紫野会長! じっくり考えましょうよ」

 

「じっくり? そんな時間の余裕はないんだよ! 僕の能力が効かないなんて、こんなの想定外だ。どうにかしないと……そう、どうにか……」

 

 

 音無のことに時間を割く余裕は、そこまでない。そうなると、このイレギュラーをどうするかだ。

 能力も効かない。話をしたところで、まともな話を教えてはくれない。現段階では人間達もバグに関する情報を手に入れることは不可能だ。

 

 ……そうなると、だ。

 

 

「やはり、すぐにでもぶち殺すしかないか」

 

「え、もう殺すんですか?」

 

「そうだ。さっさと殺して、池に捨ててこいつを消してしまおう」

 

 

 生徒会室の鍵のついた引き戸のある方へと向かい、引き戸の鍵を開けて、銃を取り出す。

 以前、落し物で生徒会室に届けられた、本物の銃。最初はモデルガンであると思っていたが、弾薬と弾を銃に装填出来る時点で、偽物ではなく本物であると知った。

 こいつを使って、今までバグった人間達を殺してきた。これが一番殺すのに楽で、手間取らない。一瞬で死んでくれるこの武器は、邪魔なNPCを消すには一番最適だ。

 

 

「そ、そんな……今からですか?」

 

「ああ、そうだよ。このままにしておくわけにもいかない。何か不満か?」

 

「だって、まだ他の学生がいるんですよ? 殺すのはここで出来ても、それの後始末はどうするんですか?」

 

「関係ない。いますぐにでも殺して、池まで持っていけばいい」

 

「持っていくと言われましても、どのように持っていくつもりなんですか? 日中の授業中に持っていくのは怪しまれてしまいます。せめてでも、どこかに拘束して夕方になってから殺すか消すかした方が良いと思います」

 

「ダメだ! 一刻も早くこいつを消さないと。イレギュラーのこいつを生かしておくと、後々面倒なことなる。」

 

「ですが、紫野会長!」

 

「ああもう、うるさいなっ!!」

 

「あっ……がぁっ!!?」

 

 

 頭を掴んで、能力を使う。その瞬間、玄内は脱力し、膝を地面につけて項垂れた。どうやら気絶したようだ。

 しかし、様子を見る限りでは、僕の能力はちゃんと発動しているようだ。失われたわけではないらしい。

 

 とりあず、能力を使って音無は池まで運ばなければならない。どんな事体であっても、すぐに消さないといけないのだ。

 

 

 音無を蹴っ飛ばして、仰向けにする。

 

 

「じゃあね、音無。君には死んでもらう。この世界に君みたいな人間は不要なんだ。だから……」

 

 

 銃を心臓に当て、引き金を力強く引く。

 

 

「この世界から、BANしちまいな!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 《2011年5月26日11時50分頃:学校敷地内の池の周り》

 

 

 いつの間にか、自分は池のそばにいた。水に濡れたまま地面に横たわっていたのだか、体を起こしてみると、足下の近くには黒い霧のようなものがいた。

 黒い霧というよりむしろ黒い煙のような、もくもくとしている感じの小さな物体と言った方が分かりやすいだろうか。まるで火が消えそうになっているみたいに、地面の上で黒い物体が小さくうごめいては少しずつ煙が空中に消えていく。

 

 オレはこの存在を知っている。そう、忘れるわけがない。忘れようにも、以前夢に出て来たくらい脳裏に焼き付いている。

 “影”と呼ばれた存在。この“影”はNPCという存在を塗り替えるように現れ、この世界に異変をもたらした。いびつで不明瞭で形さえも定まってすらいない。正体不明で曖昧な存在。そんな“影”は、まるで怪物か化物のように人間を取り込んでは、吸収するみたいに地面に飲み込まれて消える。そんな異形で畏怖の存在が、自分の目の前。自分の足元の近くにいる。

 

 

「……史織、なんで……?」

 

「……ぇ…………ぁ……ぅ……」

 

 

 だめだ、何を言っているのか分からない。そもそも、言葉というものを発しているのかさえ分からないくらいに、目の前の影から発せられる音はおぼろげで小さい。本当にこの影が史織なのか、段々と不安になってくる。

 でも、史織の存在を感じた。史織の声が聞こえた気がした。目の前にいる影が、今まで出会った影とは違う何かを持っているような、そんな気がしてならなかった。なんとなくだけど、この影が史織なんじゃないかって。まるでそうあってほしいという願望にも似た考えが頭の中で浮かんで消えない。

 

 

「史織、なんだよな? そうなんだろ?」

 

 

 足下の近くにいる影に触ろうと手を伸ばしてみる。きっと触れれば、手で実際に感じれば、この影が史織だって分かるかもしれない。

 胸の中の痛みを抑えるように左手を胸にあてたまま、地面の上でうごめいている影に触れそうになる瞬間。自分の中の心臓の強い鼓動を感じた。

 

 

『待て、音無っ! 触ったらダメだ!!』

 

「ぇっ!?」

 

 

 頭の中で響くように、男の声が聞こえた。その声が聞こえた瞬間、手を止めて硬直してしまう。

 

 

『ぅ……だ、ダメだ。それに触ったら、消えてしまう!』

 

「……ナツキ?」

 

 

 ナツキの声だ。ナツキの声が強く聞こえる。きっと、心臓のある左胸に手をあてていたせいだ。

 しかし、少し様子がおかしい。声を聞く限りでは、なにやら苦しそうな感じがする。

 

 

『うっ……ぐぐっ……』

 

「ど、どうしたんだ、ナツキ?」

 

『そうか、オマエが普通に目覚めたってことは回復が施されているってわけだな。羨ましい限りだぜ……』

 

「何を言っているんだ? いったいどうしたんだよ!?」

 

『心臓に穴が空いたんだよ。厳密に言うなら、さっきまで空いていたという感じか。世界による回復で今は治ったが、痛覚だけはまだ残っているんだよ』

 

「あ、穴……? 心臓に穴が空いたって……どういうことだよ?」

 

『紫野とかいう生徒会長さんだよ。あいつのせいで心臓に風穴を空けられたんだ。マジで良い御身分だよ、あいつ』

 

「あ、そうだ! オレは紫野と……」

 

 

 何故自分がこんなところにいるのか、それと足下の近くにいる影は史織なのか。

 それ以前に、自分が意識を失っている中で失われていた記憶の片鱗を見ていたのもあるかもしれない。色々なことで頭がいっぱいになっていたせいで、紫野との出来事を今になって思い出した。

 

 

「紫野は? 紫野はどこだ!?」

 

『さぁな、ここにはいなさそうだぜ。だけど、あの生徒会長さんは俺達を消そうとして、殺した後に池に捨てたんだろうよ』

 

「くそっ、紫野……」

 

 

 自分が池のそばにいる理由を考えると、それが一番合っている気がする。服が濡れているのも、池の中に捨てられたからだろう。

 

 

「池に捨てられたってことは……じゃあオレは、この場所まで流されてきたのか?」

 

『それは違うな。海じゃないんだから、そんな都合よく流されるわけないだろ。 その答えは、すぐそこにいるじゃねぇか』

 

「すぐそこ……? 影?」

 

『ああ、そうだ。オマエも分かっているんだろ? その影が、オマエが探していた朝霧史織だって。彼女が、俺達を救ってくれたんだ』

 

「そんな史織……オレを……」

 

『触るなよ。その影はもう理性がなくなりかけて、存在が消えつつある。今触ったら、どちらかが消えちまう!』

 

「どういうことなんだ? いったい、何がどうなってるんだ? なぁ教えてくれよナツキ!」

 

『俺だって分かんねぇよ……ただな、影となってしまった朝霧史織は俺達を助けてくれた。影になってでも、オマエのために救ってくれたんだ!』

 

 

 なぜ史織が影となってしまったのか。きっと紫野のことが原因であることは予想できる。世界によるものではなく、紫野が意図してそうしたのかもしれない。

 そんな史織はオレ達を救ってくれた。史織のおかげで、池で溺れて死ぬことなく助かったと思うと、心が熱くなってくる。

 

 

『けど、見るからに自分で動くこともままならないくらいに弱っている。きっと、もう存在が消えかかっているにちげぇねぇ』

 

「そ、そんな……」

 

『もしそんな状態で触ってみろ。影の行動原理は、人間を吸収することだ。存在が消えそうで、理性がないくらいに衰弱している状態なら、オマエという存在を飲み込んでしまうかもしれない』

 

「じゃ、じゃあ……どうすれば……どうすれば史織を元に戻せるんだ?」

 

『…………分からない。影になってしまった以上、元に戻る方法は』

 

「何かないのかよ、ナツキ! このままだと史織は……消えてしまう。何か、何かないのか……」

 

『……………………』

 

 

 ナツキは何も答えてくれない。考えているのかもしれないけど、今回ばかりは本当に難しいのかもしれない。

 それでも、諦めるわけにはいかない。諦められるわけがなかった。

 

 

「なぁ、ナツキ! 何かあるだろ!? せめてでも、史織を助ける何か。俺達を救ってくれた史織を救う何かが!」

 

『……ない、わけじゃない。存在を消さない方法は、1つだけある……』

 

「ほ、本当かナツキ!? それはなんだ?」

 

『それは…………』

 

 

 ナツキはどことなく煮え切らないような、重々しく言葉を言っている。

 その方法が何なのか、気持ちが急いでしまって、ナツキに対して考える余裕はなかった。

 

 

『心臓と同化させるしかない』

 

「…………え?」

 

『つまり……俺という存在を、朝霧史織という存在で上書きするんだ』

 

「上書き? それって……」

 

 

 ナツキの言いたいことが、なんとなく察してしまった。

 ナツキが提案した方法は、とても残酷な方法。犠牲による救い方。

 ナツキを消して、史織を救うという内容だ。

 

 

「それって、ナツキが……消えるってことじゃないか?」

 

『ああ、そうだ。影である朝霧史織が俺を吸収して同化する。それしか方法はない』

 

「そんなの、ダメだ! なぁ、他にあるだろ? それ以外の方法が、何かあるはずだ!」

 

『ねぇよ!! それ以外に、朝霧史織を救う方法はない。俺を吸収させるしか、今はもうないんだよ!!』

 

「う、嘘だ……」

 

 

 ナツキの言っていることは、史織を救うために犠牲になると言っているのと同義だ。その方法を受け入れるわけにはいかない。

 

 

『正直言うと、この方法で助かるかどうかも分からないのが本音だ。だけどな、穴を空けられた俺は影に汚染されそうになった。池の中から救われた時、オマエの存在を吸収しようはせず、弱っている俺の存在を影の朝霧史織は同化しようとしていた。理屈は分からないが、もしかしたら影は、魂とそれに伴った肉体とで同化するのかもしれない。そう考えると、俺の魂と心臓を使えば、朝霧史織を救えるかもしれないんだ』

 

「そんな、でも……」

 

 

 ナツキにも魂があって、その魂と肉体である心臓と同化すれば、存在自体は消えずに済む。朝霧は消えることなく、救うことが出来るということなのだろう。

 だけど、朝霧が救えたところで、それではナツキが消えてしまう。それはイヤだ。

 だからと言って、ナツキを犠牲にしなければ朝霧は救えない。このままだと朝霧が消えてしまう。

 

 

「本当に、本当に方法はそれしかないのか? ナツキを犠牲にするしか方法がないなんて……そんなのおかしいだろ!」

 

『もっと良い方法はあるのかもしれないが……それを悠長に探す時間も余裕も今はないんだ。朝霧史織を救うんなら、その方法を選択するしかない。選択するべきなんだ!』

 

「でも、でも……他に、他にないのか? なにか、2人を消さずに済む方法が……」

 

 

 必死に考える、考えるんだ。

 最善の方法である、ナツキも史織も消えない方法。絶対に2人が生きる方法。

 

 

「……そうだ! 誰でもいいからNPCをここに呼べば……それか何か代わりになるものを史織に同化させれば……」

 

『ダメだ、そんな時間はない。ここは学校の中でも立ち入り禁止とされている場所だ。探すにしても。呼ぶにしても時間がかかり過ぎる。それに、NPCから影は発生するが、NPCを吸収したことは一度もない。人間の魂と同化することを考えると、この世界のもので朝霧史織を救える可能性としては不十分過ぎる』

 

「そんなこと言ったって……じゃあ、どうすればいい。どうすればいいんだ……」

 

『音無、他に方法なんてない。もう選ぶしかないんだ。俺を殺して朝霧を救うしか、それしかもう方法はないんだよ!』

 

「でも、でも……」

 

 

 考える。必死に考える。考えて、考えて、どうにかして最善の方法を紡ぎ出そうとする。

 でも、見つからない。見つかるわけがなかった。ナツキが思いつかない方法を、オレが見つけ出せれるわけがない。

 

 それでも、それでもオレは考える。考えをやめはしない。

 考えをやめた時点で……考えるのを止めてしまったら、選択しなくてはいけなくなる。ナツキか朝霧かどちらかを救ってどちらかを殺すことになってしまう。それだけは、イヤなんだ!!

 

 

『諦めろ、諦めるんだ。覚悟を決めて、選択するしかないんだ! 選ばなきゃいけないんだよ音無!』

 

「………ぐっ!!」

 

 

 分かっている。もう方法がないことも、考えてももう無駄なことも、何をしたってもう決めないといけないことも、分かっている。

 それだけに、両手を強く握って地面を叩いた。理不尽な状況に追い込まれている現状に対して、何も出来ないという自分に対して、自分の抱えたやるせない想いを地面にぶつけずにはいられなかった。

 

 

『音無、決めるんだ! そこの地面に刺さってあるハサミを使って、俺を刺すんだ! 朝霧史織が存在できる時間はもう残されていないんだ。早くしないと、他に何かあるかもしれないという曖昧で不確かな可能性に朝霧史織は殺されることになるぞ!』

 

「……くそっ! くそぉぉぉっ!!」

 

 

 両手を振り上げ、またしても地面を強く叩く。

 力いっぱいに地面を叩いて、想いの丈を口から吐き出す。

 

 

「なんでだよ……なんでその選択しかないんだ! なんで2人を助けるって選択肢がないんだよ! おかしいだろ、おかしいだろこんなの!! 出来るわけない、選べるわけない、諦めたくない、最後の最後まで諦めたくないんだ!!」

 

『バカ野郎!! 2人を救うなんて方法、そんなものはない。そんなことを考えてたら、諦めなかったら、今決めなかったら、朝霧史織は救えないんだぞ!!』

 

「分かってる、分かっているけど……それでも、それでもオレは……オレは…………っ!」

 

 

 ふと、何かが頭によぎった。

 そのよぎったものは、今までのオレではなく、記憶を取り戻した今のオレだからこそたどり着いた方法の1つだった。

 

 

「そう、か……オレが犠牲になれば、オレの魂を使えば、朝霧もナツキも……2人は助かるじゃないか。オレの命を犠牲にすれ」

 

『音無結弦っ!!! それはダメだ! 絶対にしちゃいけないことだ!! もしそんなことしようとしてみろ、俺は心臓を止めてでもオマエを殺す。朝霧史織を消してでも、オマエを消させることはさせないからな!!』

 

「じゃあ……じゃあどうすればいいんだよ!! オレはもう……どうしたらいいんだ。こんなの……誰かを犠牲にしたり、大切な誰かを救えないなんて……もう嫌なんだ!! 救いたい人を救えず、大切な誰かを殺すくらいなら、オレは誰かを救うために自分を殺す!」

 

 

 それしかない。それ以外、もう決められないんだ。

 それしか、もう…………

 

 

『音無…………』

 

「…………」

 

『俺はな、オマエに感謝してる。生を受けたのも、音無。オマエがいなかったら、きっと俺はこの世界で生まれなかった』

 

「…………」

 

『それに、朝霧史織にもだ。彼女がいなかったら、きっとオマエはこの世界で生きようとせずにいたかもしれない。後悔に縛られたまま、生きる意味を持てないまま生きていたかもしれない。彼女がいたからこそ、オマエは心が救われた。自分を殺すことなく、今まで生きていくことが出来たんだ。俺には出来ないことだったはずだ』

 

「…………それは、オレも同じだ。オレだってナツキがいたからこそ、この世界で今を生きて来られた。オレにとってナツキは大切な存在だ。だから、オレはナツキを殺したくない。ナツキも救いたいんだ」

 

『ありがとよ。でもな、俺も同じくらい……いいやきっとそれ以上に、オマエには生きてて欲しいんだ。オマエの信念を、生きる意味を、何もかも捻じ伏せてでも、オマエが生きてて欲しいんだ』

 

「ナツキ……」

 

 

 ナツキの言葉は、ナツキ自身の本心によるもの。心からの願いなのかもしれない。

 だってナツキは、そういうやつなのだから。

 

 

『以前、言ったよな。“自分を犠牲にするなら、誰かを殺せ”ってな。オマエはいつだって自分を押し殺して、自分を殺してまで誰かを救おうとする。別にそれは間違いなんかじゃないとは思う。それに、そうやって誰かを救おうとする想いは、自分自身の本心を偽って出来たものなのかもしれないけれど、その想いもまた偽物ではなく本物なんだと思う』

 

 

 誰かを救いたいという想い。

 それは、初音を助けられなかった後悔から生まれたもの。

 

 

『でもな、本当の自分の想いを押し殺したことで生まれた、誰かを救いたいという想い。その信念が生まれたのは、オマエが妹を追い詰めてしまったと思ってしまったからじゃないのか?』

 

「どういうことだ?」

 

『自分の本心を口に出してしまったから、初音は死んでしまった。もしかしたら、初音は生きることを諦めなかったかもしれない。クリスマスの日に外に出ず、来年を見据えて生きようとする想いがあれば、もしかしたら死なずに済んだんじゃないかとな。その想いが、本当の自分の想いを閉じ込めてしまう原因になってしまったんだと俺は思ってる』

 

「…………」

 

 

 後悔と本当の想いを押し殺し、閉じ込めた本物の自分。

 誰かを救うことを生きる意味として生きた偽りの自分。

 

 ナツキは知っていた。

 オレという人間が、何があってどういった人生を過ごして来たのか。

 オレの人生の全てを、知っていた。

 

 

『妹を救えなかったこと。妹のために死ねなかったこと。妹を死に追い込んでしまったこと。オマエは何もかも自分のせいにして、自分を傷つけて、自分を殺した。いつも自分を殺して、誰かを救おうとする。誰かを救うことでしか自分は生きる意味はないと……いいや、生きていけなかったんだ』

 

「…………」

 

『いつだってオマエは誰かを救おうとして生きていた。誰かを救おうとすることが生き甲斐だった。でもな、それなら誰が音無結弦を、オマエを助けて救ってくれるんだ? 自分を殺しているオマエを、誰が救うんだよ? オマエだって救われていいじゃないか。そんなの、理不尽じゃないか』

 

「…………」

 

『だからさ。オマエが誰かを救いたいっていうなら、オレはオマエを救いたい。自分を殺すんじゃなく、自分のため、自分を生かすため、自分自身を救うために生きて欲しい。幸せになって欲しい。誰かのために自分を犠牲にする生き方は……お願いだ。もうやめてくれっ……』

 

「ぅ………ぐっ」

 

 

 ナツキの切実な言葉、心からの言葉に対して、何も言えない。自分を殺すなんて言葉を、ナツキに対して返すことなんてできやしない。

 

 

「ナツキ……ナツキぃ……ぅぅっ」

 

 

 涙が溢れた。涙が止まらなくなった。心が救われるようだった。

 ナツキの言葉。それは初音の言葉のようにも聞こえた。

 

 生前の頃の初音は、最後にオレと語ることなく死んでしまった。何も言葉を残すことなく、初音は死んだ。

 それでも、クリスマスの日。初音のために自分を犠牲していたオレに対して、初音は少しでもオレに対する言葉を告げた。

 

 ―――“私のために”

 ―――“ごめんね”

 ―――“ありがとう”

 ―――“とっても幸せ”

 

 この言葉全ての意味を、ナツキは言葉にしてくれた。

 

 私のために、自分を犠牲させてしまってごめんね。

 私のために、色々としてくれてありがとう。

 私のために、ずっとそばにいてくれて、とっても幸せ。

 

 そうだったのか……初音。

 おまえは……オレを救ってくれたんだな。

 

 

『さぁ、殺せ。自分を犠牲にして誰かを救うんじゃなく、俺を殺して大切な誰かを、大切にすべき自分を救うんだ音無結弦!!』

 

 

 ナツキを殺したくない気持ちは変わらない。

 けれど、オレのためにオレを救おうとしてくれている人の想いを殺すことは出来なかった。

 結局オレは、いつだって自分を押し殺す。自分を殺すことでしか、人を救うことが出来ないのだ。

 

 オレは手を伸ばす。地面に刺さったハサミを引き抜き、両手でハサミを持ちながら自分の左胸に当てる。

 

 

「ナツキ………すまない……ほんとうにすまないっ……助けてやれず、救ってやれず、守ってやれず……オレ……ナツキを……」

 

『……いいんだ。いいんだよ音無。だって俺は他の誰でもないオマエ自身なんだ。いつだって、オマエは自分を殺して来ただろ? だから、これで最後にすればいい。自分のために自分を殺せばいいんだよ、“音無結弦(オレ)”』

 

 

 ハサミを神様に掲げるように両手で握ったまま、神様に誓った。

 

 自分のために生きると

 自分のために助けると

 自分のために救おうと

 

 

「ありがとう……ナツキ」

 

 

 両手を振り下ろして、一気に自分の心臓を突き刺した。

 今にも死にそうな痛みに堪えながら、自分の心臓に“影”を押しあてる。

 

 きっと、この世界では突き刺さった傷跡は癒えて消えるだろう。

 けれど、自分の心に突き刺さった想いは、決して消えることはない。

 

 全てを上書きされても、全てが消えることがないと信じて。




26話:heart or shadow  ー  “心臓か影”


これにてvol.2は終了となり、この作品の第一章が終わりました。

言いたいことはたくさんあるのですが、
とりあえず、音無の心情面を描けて良かったです。

ナツキに関しては、だいぶ切羽詰まった感じというか、後先考えていない感じでしたね。
どうしても、自分の思い通りに事が進まないと気が済まないという強引さを表しました。

さて次回からは、音無の今後と紫野の今後ですね。
受け身だった音無さんが、遂に自分から動き始めるわけです。

次回(vol.3)は、予告のようなものは作る予定なので、
それ以降に今後についてお知らせします。

この度は、ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回も頑張っていきますので、お楽しみに。

―追伸―
評価又は感想など、思ったことがあれば気軽に書いていってください。
作者もやる気が上がったり、更新意欲が上がったりもしますので、もらえると嬉しいです。

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