Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

29 / 34
今回でこのvol.2も最終局面になります。
そこで今までの各キャラの行動の時系列をまとめたものを書きました。
おさらいのようなものなので、すっ飛ばしても構いません。

あと、今回も序盤の話は牧野夏奈視点のエピソードです。
今後の話に移動する予定もあるので、読まなくても物語に支障はないです。


《5月24日》

○音無
 朝にナツキと会話する→教室に向かう→柔沢と出会い、戦研部で会話する→
 入部をかけた勝負をする→入部することを決める→昼食を食べ、部屋で過ごす→
 朝霧が帰宅し、会話をする→大食堂で朝霧と夕食を食べながら会話→
 クラスメートの三河と出会う→食事を終え、朝霧との買い物の約束をする

○朝霧
 授業を受ける→昼休み時間に3-Bの教室に行く→三河と柔沢に会い、会話する→
 教室に生徒会長がきて、音無の行方を聞かれる→生徒会長に不信感を抱く→
 授業を終え、すぐに帰宅し、大食堂で音無と夕食を食べる→
 三河がやって来て会話→生徒会長の話題を逸らそうと席を外す→三河に口止めをする→
 音無のところに戻り、生徒会長に会って、音無を探している理由を聞くことを心に決める

○紫野会長
 生徒会の仕事を終え、音無のクラスに向かう→
 音無は不在なので生徒達に行方を聞くが分からず、教室を去る→
 教員棟に行き、担任の教師を生徒会室に呼び出す→
 拷問しても何も吐かないでいたので、担任を殺害し池に捨てる



《5月25日》

○音無
 担任の教師に会いに行くが、存在が消えていることを知る→
 図書館に行き、本を借りては自分の部屋で読みふける→
 居眠りをしてしまい、目覚めると朝霧がいないことを知る→
 不安になり、部屋を出ては朝霧を探しに行く→
 大食堂で同じクラスの三河と会い、朝霧が存在していることを確認する→
 少し冷静になり、自分の部屋に戻る→
 ナツキと今後のことを話しながら、次の日の朝まで朝霧の帰りを待つ

○朝霧
 生徒会長に会うことを考慮し、手紙を書いて後輩の牧野に託す→
 生徒会室に訪れるが、生徒会長は不在→
 生徒会長のいる池に向かう→生徒会長と会い、池のことで会話する→
 音無を探す理由を尋ねるも、生徒会長は答えない→
 生徒会長に懇願するが殴られてしまい、生徒会役員に拘束される→
 暴行をたくさん受け、瀕死の状態になる→生徒会長にトドメを刺され、意識を失う

○紫野会長
 池に女教師の死体を捨てに行く。音無のことを知る女子がやってくるので会いに行く→
 話す気がないので、立ち去ろうとする→
 手を掴まれてしまい、女性嫌いの発作が始まってしまう→
 気が済むまで女子を暴行し、瀕死まで追いやってしまったので、いつもの道具で女子を殺す→
 生徒会役員と一緒に死体を池に捨てる



《5月26日》

○音無
 8時になり、朝霧を探しに行く→朝霧の教室に行くが、生徒が言うには教室には来ていない→
 自分の教室に行き、三河に朝霧のことを話す→
 三河が朝霧の存在を忘れていたことに酷く動揺してしまう→
 クラスメート達に当たり散らしてしまい、逃げようとする→
 柔沢と出会い、朝霧の存在を知っていることを知る→
 トイレに移動し、今までの経緯を話しては朝霧のことを聞く→
 生徒会室にいる可能性が高いと知り、生徒会室に向かう→
 生徒会室に入り、生徒会長に朝霧のことを聞く→朝霧が殺されたことを知り、驚愕する

○朝霧
 時刻とともに行方も不明→謎の女性と会い、意識を取り戻す→音無を守りに行く

○紫野会長
 朝、生徒会室で作業をしていると、音無が訪ねてくる→
 朝霧という女子生徒のことを聞かれ、昨日のことを思い出す→
 女子を殺してしまったのは失態だったが、結果的に音無が訪ねて来たことに笑みを浮かべる



EP24 ― Invisible world and blinding mind

 《2011年5月26日08時30分頃:1-A教室》

 

 

 

「おはよ~、夏奈ちゃん」

 

「あ、はるるん。おいっす」

 

 

 私が机のイスに座りながら水筒のお茶を飲んでいると、私の友人である通称“はるるん”が私の後ろに位置する机のところまでやってきた。私はいつものように、両手を上げる挨拶のポーズをとる。

 いつもは私より早く教室に来ている彼女ですが、今日はどうしたのでしょう?

 

 

「今日は珍しく、学校に来るのギリギリだった感じですね」

 

「いやー、昨日は夜までモンハンしてたからね。朝起きるの遅くなっちゃって。起きて時計を見たらもうビックリ。慌てて支度してきたの。やっぱモンハンこわいわー。マジでモンハンやってると、時間を忘れちゃうわ。ほんと、怖いゲームだよモンハン」

 

「ほうほう、噂のモンハンの新作ですか。さすがはるるん。やはり今作のモンハンもスゲーって感じですかな?」

 

「そうそう。凄いスゲーって感じだよ。夏奈ちゃんもどう? モンハンやってみない?」

 

「やりたいのはやまやまって感じなのですが、残念ながら私、PSPこと携帯ゲーム機は持ってないですから。だいたいそんな感じです」

 

「そっか……持ってると良かったんだけどね。ここじゃ売ってないし……」

 

 

 それもそのはず。ここは学校。この学園の敷地内でゲームなんてものを売ってくれるわけがありません。そんなものに学校側から支給されるお金を使われたら、学校側もたまったもんじゃないでしょう。

 それこそ、学び舎であり、周りは森に囲まれたこの場所でそういったゲームなんてものを売ってたら、親はその学校に入れようと思わないでしょう。周りからバカな学校だと言われるのがオチです。

 

 とは言っても、ある程度は娯楽が欲しい年頃の女の子でもあるわけで。ゲームをしたいかと言われれば、したいというのが本音なわけです。

 

 

「世知辛い世の中ですよね。この学園でゲーム機なんてものを手に入れるのは、ど田舎で携帯電話を手に入れるくらい激ムズモード。素人の私では到底クリアできません。むしろ、モンハンを入手したはるるんはどんなチート技を?」

 

「親のコネっていうか、実家の仕送りと共に送ってもらったの。ほんとは発売当日にしたかったんだけど、そこらへんはスゲーのようにはいかないからね。この世界が電脳世界とかゲームのような世界だったら良かったのに」

 

「なるほど。つまり、はるるんにとって現実の世界はクソゲーのようなものなわけですか」

 

「むしろ、“人生”がクソゲーかな?」

 

「人生が、ですか。ふっ……それはすげぇですね」

 

 

 ちなみに、“スゲー”というのは凄いという意味ではなく、素晴らしいゲームの略称みたいだ。私も最近、ゲーマーでもある通称“はるるん”に教えてもらって初めて知ることができた。

 とは言ってもこんな言葉を使うのは、きっとはるるんくらいしかいないと思いますがね。まぁ、神ゲーなんていう言葉を乱発するよりはいささかマシな気はします。

 

 

「そういえば、次の授業って古文だよね? 宿題とかあった?」

 

「そんなものなかったと思いますよ」

 

「でも、昨日の帰りにもらったプリントって、古文の授業のじゃなかった?」

 

「ああ、あれですか。昨日もらったプリントってのは今日の授業で使うやつですね。すっかり忘れてました」

 

 

 思い出したようにカバンの中からクリアファイルを取り出し、それらしき紙きれを探す。すると、地面になにやら手紙のようなものが落ちた。とっさに拾うと、手紙には可愛らしい星のようなシールが手紙の開け口を押えるように貼ってある。宛名とかそんなものは何も書いてない。

 なんでしょうか。こんな手紙、いつの間にクリアファイルの中に入ってたんですかね? 私は手紙なんて書きませんし、どこかで拾った覚えもありません。ほんとうに、これは何の手紙なんでしょう?

 

 

「夏奈ちゃん、それ何? もしかして、ラブレター?」

 

「……そう見えます?」

 

「うん、見えない」

 

「ですよね……この手紙、誰のでしょう? 私、全く身に覚えがないんですけど」

 

「誰かにもらったとかじゃないの?」

 

「いや……そんなんではなく、誰かに託されたような……」

 

 

 何故か私の脳裏に、誰かにこの手紙を託されたような情景が一瞬だけ浮かんだ。けれど、やっぱり身に覚えがない。

 手紙を託されたことも、誰にこの手紙をもらったのかも、自分がいつクリアファイルの中に入れたのかさえ、何も思い出せない。忘れたにしても、全く身に覚えがないのだから、誰かが間違えて私のカバンの中に入れたくらいしか思いつかない。

 

 でも、それにしたっていつの間に? もしかして、ルームメイトのすーちゃん? いや、でも……

 

 

「あ、夏奈ちゃん。岸野先生きたよっ」

 

「え?」

 

 

 黒板の方を見ると、いつの間にか教卓のそばに古文の岸野先生が立っていた。教室の前の扉が開いていたせいか、気付かなかった。

 とりあえず、今は考えるのはやめますかね。学生寮に帰った時にでも、すーちゃんに聞いてみましょう。

 

 

「きりーつ!」

 

 

 クラスリーダーの声と同時に、教室の中にいる生徒達がみんな自分の机から立ち上がる。すると、学校のチャイムが鳴り響いた。

 時刻は9時40分になったわけで、1限目のはじまりはじまり~という感じです。

 

 

「れいっ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 《2011年5月26日09時頃:生徒会室》

 

 

 

 史織の行方を探るべく、生徒会室に入る。そこには生徒会長の紫野がいたわけだが……

 紫野は右手の親指を立てては他の指を曲げた状態で、親指を紫野自身の胸に突き立てている。不気味な笑い声は、この生徒会室の中で響いて聞こえる。

 

 

「ふっ、ふひゃひゃひゃっ!! だって……そいつなら、僕が昨日の夜にぶち殺してやったよ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 紫野の言葉を聞いて耳を疑った。聞き間違いにしか思えない。NPCがNPCを殺すなんて普通じゃない。人間が狂うことも異常になることもできないこの世界で、NPCが逸脱した行動をするわけがない。

 

 

「そんなわけない! そんな話、信じられるかよ!」

 

「信じられないか? まぁ、僕にはどっちでもいいよ。あの女を殺したことには変わりないし、あの池に死体を捨ててやったんだからね」

 

 

 死体を池に捨てた? そんな、ありえない。

 だって本当にこの世界で史織が消えてしまったのなら、NPCの記憶から消えることになるはずだ。

 

 確かに同じクラスメートの三河は忘れていた。記憶から史織という存在が消えてしまったかのように、史織のことを話しても全く知らない素振りだった。

 だけど、柔沢は史織のことを覚えていた。それにNPCである生徒会長でさえ史織のことを記憶にあるということは、もしかしたら生きているのではないか?

 

 くそ、分からない。分からなくなってきた。信じようにも信じないにしても、情報が足らなさ過ぎて今の状況が飲み込めない。何がどうなっているのか、分からなさ過ぎる。

 

 

「でもまさかだよ、音無。君がまんまと釣れられてくれるとはね。いやぁ、思いもよらない収穫だよ。あの下種女、まさか役に立つとはな。やっぱり殺さずに生かしておくべきだったかな? ま、どっちしても、この世界にはびこるバグり始めた人間は消去しないといけないからね。あの下種女も相当ウザかったし、死んで当然か」

 

「な、何を言って……それに朝霧が死んで当然って、どういうことだよ!?」

 

「そのまんまの意味さ。音無、君のことを探ろうと最高権威の生徒会に話を聞きに来たくせに、あの女は何も話そうとしなかった。その上、強引に話を聞こうと僕の手まで触りやがった。よりにもよって僕に触るなんて、ほんとクズで最悪な女だったよ。たしか朝霧だったか? ああいう分もわきまえない女は、家畜以下だ。当然のように苦しんで死ぬのがお似合いだよ」

 

「なんだとぉっ!」

 

 

 史織のことをバカにされていると思うと、無性に腹が立った。実際、本当に史織が殺されたのかは分からないが、史織が行方不明の原因がコイツであることは間違いない。朝霧に対する侮蔑の言葉を投げかける紫野に、オレは紫野を一発殴ってやりたい衝動に駆られる。

 

 

「音無、君とあの女とは本当に関係があったんだね。ふははっ、その必死な表情が最高に傑作だよ。なんだ? もしかして、あの女とは交際してたのか? 彼女だったりしたのか? そりゃあ残念だったね音無。そんな仲だったなんて知らなかったんだよ。殺しちゃってごめんね?」

 

「紫野、てめぇぇぇっ!!!」

 

 

 悪ぶれた素振りを見せず、小馬鹿にするように笑いながら謝罪の言葉を言う紫野。そんな紫野の顔を見て、抑え込んでいた自分の中の感情が一瞬で爆発してしまった。

 分かっている。こんなのは挑発だ。それでも、煽られていると分かっていても、どうしてもこいつをぶん殴りたい衝動が自分の中の冷静さを失わせていた。

 

 一気に紫野との距離を詰め、殴りかかる。

 紫野の澄ました顔をどうしても自分の拳で殴ってやりたかった。朝霧がいなくなった全ての根源がコイツなら、朝霧の行方を吐いてもらうまでコイツを痛めつけてやらないと気が済まない。

 

 

「…………ぉっ、うぇっ!?」

 

 

 戦線メンバーと一緒に居た頃、天使と闘えるようにある程度は体術も習っていた。仲間達と勝負もしたこともあったから、ある程度はケンカや格闘には自信があった。

 しかし、オレのキレの良いパンチは、紫野に紙一重で避けられてしまい、かわりに自分の腹にボディブローをもらってしまう。最初の攻撃を与えたのは、オレではなく紫野。痛恨の一撃がオレの腹に伝わってくる。

 

 

「な……ぇっ?」

 

 

 最悪だ。オレの全体重をかけたパンチを、紫野は一瞬で避けたうえにカウンター技でオレの腹にパンチを繰り出した。思っている以上に自分にダメージを負ってしまい、一瞬で脚の力が抜けたように地面に膝をついて倒れてしまう。いつの間にかオレは地面に倒れていた。

 

 

「なんで? って言いたそうだね? でも、僕が生徒会長ということを忘れないでよね? そこいらのチンピラに負けるような人間が生徒会長をやってるわけないでしょ? それに、君みたいな人間を何人殺してきたと思ってんの? 僕は君とは違って踏んでる場数が違うのだからね」

 

 

 場数に関しては分からないが、格闘に関しては紫野の方が1つ上手だったみたいだ。

 くそっ、油断した。NPCだからそこまで強くないと思ってしまったのが間違いだった。触れることもなく、1発で終わるだなんて。今更だが、こんな時に備えて銃を持ってくれば良かったと少しばかり後悔してしまう。

 

 

「う……ぐぁっ!?」

 

 

 紫野は足でオレを踏みつけると、オレの右腕をとって抵抗出来ないように締め上げた。背中に押し当てられ、紫野の掴んだ手から外れることは不可能だ。

 必死に抵抗しようとするが、やはりどうにも力が入らない。左手だけでは立つことも何一つ抵抗することも出来ない。それでも、暴れて抵抗する。抵抗する姿勢を止めない。

 

 

「無駄だよ? どんなに腕や脚に力を入れたとしても、この状態じゃ君は立ち上がれない。一瞬で負けた今の君は、もう無力だ」

 

「くそっ! ちくしょう……」

 

 

 抵抗すればするほど、どうあがいても無駄だということが体の隅々まで伝わってくる。力を込めれば込めるほど、段々と力が入らなくなっていく。

 いつの間にか、全身の力が抜けていた。それと同時に少しばかり頭に上った血が引いていく。そんな状態の今だからこそ、口を開いて紫野に問いかける。

 

 

「本当に……本当に、おまえは史織を殺したっていうのか?」

 

「史織? ああ、朝霧という女のことか。そうだね、ちゃんと殺したよ。僕の手でちゃんと息の根を止めてやった。それに、いつものように人間を消去する方法で存在を消してやったからね。きっとどこを探しても、誰に聞いても、その女がこの世界にいたという痕跡は全て消えているだろうさ」

 

「じゃあ史織は……もう、この世界には……」

 

 

 信じたくない。嘘なんじゃないかって思いたい。本当に消えたという証拠を実際に目で見ないことには、史織がこの世界からいなくなったという事実を受け入れられそうにない。

 

 だけど、ダメだ。信じたくはないけれど、今の時点では生きているという希望を持つことが出来ない。受け入れたくない事実であったとしても、きっとそれは事実であることには変わらない。

 

 それでもオレは、史織が生きている可能性を見出そうと必死に頭の中で考えていく。考えて、考えて、希望を紡ぎ出そうとする。けれど、考えれば考えるほど史織が生きているという希望が薄れて行く。何がどうなっているのか、どうしてこんなことになってしまったのか、もう全てが分からなくなってきている。

 

 それだけに感じてしまう。どこにも史織がいないということ、紫野と史織は会っていた可能性が高いということ、教室で会った三河の反応。そして、紫野の言葉。

 紫野は“殺した”ではなく、“存在を消した”と言い放った。世界の仕組みを知っている上で、紫野は史織を殺して存在を消した。つまり紫野は、史織を物理的に殺しただけではなく、この世界から完全に存在を消してみせたというわけだ。

 

 

「なんでだよ、史織……ううっ……なんでなんだっ……!」

 

 

 悔しい。情けない。惨めだ。何も出来ない自分が相当悔しい。史織を守ることも、史織を消した紫野に一矢報いることも出来なかった。何一つ出来ず、オレは紫野に一瞬で負けた。

 

 なんて自分は無力なんだ。

 なんて自分は情けないんだ。

 なんて自分は惨めで弱いんだ。

 

 史織のおかげで、オレはこの世界で自殺することなく、絶望することなく、生きようという希望を持つことが出来た。史織がいたからこそ、史織と一緒な未来に夢見て今を生きることが出来た。この世界でも、幸せな日々を送ることが出来たんだ。

 なのに、オレは何が出来たんだろうか? オレは史織に何をしてやれたんだろうか? 本当は史織を救ってやれたんじゃないだろうか? そうやって自分に何度も問いかける。

 

 オレを救ってくれた史織。そんな史織をオレは……救ってやれなかった。守ってやれなかった。何も出来なかった。

 後悔したところで、史織は帰らないのに……今の自分には後悔の念を抱くことしか出来そうにない。悔しさと自分の無力さに対して自分の中の感情が昂ってくる。

 

 

「どうしてなんだ……紫野! どうして、史織を……殺したんだ!!」

 

「え、どうしてか。って? そんなの、あの女のせいで僕がムシャクシャしてしまったからさ。だから、当然のように殺してやっただけだよ」

 

「ただ、それだけで……かよ!? だからって、殺すことはないじゃないか!」

 

「そりゃあ、生け捕りにしてから君をおびき出そうってつもりではあったよ? でもね、あの女。僕に触れやがった。直に僕の手を握って、生徒会長である僕に逆らったんだ! だから殺してやった! 僕に逆らう人間は、この世界から消えてもらわなきゃならないからね!」

 

 

 紫野はオレの腕を掴みながら手に力を込める。紫野はイライラし始めてきているのだろうか。少しばかり声色も強めになってきている。

 

 

「ほんと、今思い出しただけでもムカつくよ。ああいう自己中な考えや行動しか出来ない女は、この世界にいると思うだけで虫唾が走る。誰かのためとか言い出して、結局自分のために行動するような上辺だけの害悪な人間。人間として一番嫌いなタイプだね!!」

 

「史織は……そんな人間じゃない! おまえは何も分かってない! 史織は……史織、は……」

 

 

 その後の言葉が出なかった。何も言えなかった。何を言おうが、何も分かってはくれない。紫野が理解しようとしなかった時点で、何を言っても理解してはくれない。

 殺した人間に向けた殺意そのものは、殺した理由や動機へと変わる。その時点で紫野は、殺した理由である殺したいほど嫌いであった人間であったということを覆すことはない。人を殺すのには理由があるのなら、その理由を否定してくれるわけがないんだ。

 

 

「どちらにしろ、僕にとって好きなタイプであろうがなかろうが、女であることと、僕の邪魔をするという時点で、この世界から消えることは決定してたんだよ。誰であっても、女という種族は僕の敵だからね」

 

「敵? 敵って、どういうことだよ?」

 

「僕はね、極度の女性嫌いなんだ。いいや、嫌いとかそんなレベルのものじゃない。生理的に無理なんだ。たとえ、犯してやりたいくらい女を好きになったとしても、心と体が拒絶反応を起こしてしまう。ストレスとイライラが頭全体に募りに募って、正気じゃいられなくなる。喘息の発作みたいに、その症状が出たら抑えないといけない。そのままにしていたら最悪死ぬかもしれない。我慢すればどうこうの話じゃないんだよ。ま、君には分かんないだろうけどね」

 

「…………」

 

 

 分からないというより、理解しにくいという方が合ってる気がする。喘息は確かに発作が始まったら息が出来ないのだろうから、最悪死んでしまうかもしれないというのは分かる。実際、そういった症状が出た人間を見たことはある。

 でも、女性に触ってストレスが溜まって死にそうになるということは正直言って分からない。頭にカチンとくることやイライラすることがあるのは分かる。誰かが憎くて、誰かを殺したくなるのも分かる。でもそれだけで、自分が死にそうになるくらいのことがあるのだろうか。単にそういったことに我慢に慣れてないからではないのだろうか。

 

 どちらにしろ、生理的に女性が無理だからといって、触られて死ぬことはない。我慢しようと思えば我慢できないことはないのではないだろうか。そもそも、ゴキブリが生理的に無理な人間でも、触れて死ぬことはない。ショックで気絶することはあるかもしれないが、その気になれば我慢できると思う。そう思えるだけに、オレには紫野の言ってることに対して理解出来そうにはない。いや、どう考えても理解出来ない。

 

 

「そもそもね、僕は女性という人間全般が大嫌いなんだ。個人個人で見ればそこまでと思う人間もいるのかもしれないが、それでも、あの下劣な考えと生き方をしようとする女性には反吐が出る。君は男女平等という言葉を知っているかな? この言葉に対して君はどう思う?」

 

「……どうも思わない」

 

「そうかい。まぁいいよ。僕はね、この男女平等という言葉が、女の下劣さを掲げる何よりの言葉だと思ってる。まず、人間世界の根源として、男尊女卑は変えることの出来ない原則だ。人間として、男が上回って女が下回る。そういう風に人間は出来ているんだ」

 

 

 急に語り出したことに、紫野は何が言いたいのかは分からない。

 だが、紫野は一向に口を止めることも、手に込めた力を緩めることなく、オレに語りかけていた。

 

 

「なのに、女という生き物はこともあろうか同等に扱えと言いやがった。男も女も異なる人間だというのに、平等にしろと言う。おかしくないか? 上回っている人間がなぜ下回っている人間に対して平等にしないといけないんだ?」

 

「結局、何が言いたい?」

 

「結局女という生き物は、傲慢で自己中な生き物だってことだよ。男女平等とか言いながら、あいつらは女尊男卑を目指してる。口々にあいつらは、男よりも女の方が上回っているだの、女は可哀想なのに男は優遇されているだの、色々と都合の良いように言いやがる。女は低レベルなくせに、レベルの高い男に対して、いい気になっているから許せないと言う。そんな女を僕は心の底から下種な生き物だと軽蔑するね」

 

「……だが、そう思っている男性のおまえこそ、傲慢だとは思わないのか?」

 

「傲慢? 僕が? 男なのに? 優れている人間が優れている部分を誇示することが傲慢なの? 有能な人間が有能であると、才能のある人間が才能のある人間であると、そう思うことが傲慢になるの? じゃあ君も傲慢じゃないの?」

 

「そうじゃない! おまえのそういった女性を見下した発言が傲慢じゃないのかって言ってるんだ!!」

 

「それは違うね。傲慢という言葉は、自分が上であるとおごった人間が見下す行為だ。上にいる人間が見下すことはおごりでも何でもない。ただ、当然のことだよ」

 

「……っ!!」

 

 

 ダメだ。何を言っても、こいつは女性という存在を下に見ている。男である自分という存在が、女性という人間よりも優っていると思ってやがる。そんな思想を抱いているから、そういう考え方だから、こいつは女性という人間が受け入れられないんだ。

 

 

「だからね、僕はそういった馬鹿な人種を存分にぶち殺してやることにしてるんだよ。おまえの大切な女もそうだった。おまえの担任の教師もそうだった。オレの会った女性のほとんどが、傲慢で下等な人間だったよ。そんなやつらはこの世界にいらない。そういうやつらには自分が罪深き人間であると懺悔しながら、自分の人生を呪って死ねるように拷問してやらないとね」

 

「担任……って、あの先生が急に消えたのもおまえの仕業だったっていうのか!?」

 

「そうだよ、あの女も君のことを隠していた。僕に歯向かって、偉そうな態度で僕にケンカを売りやがった。だからこの世界から消した。特にああいう大人は厄介なんだ。男という存在をよりいっそう見下そうとする。あんな大人から勉学を学んでいたら、余計におかしな人間が増えちまうからね。だから、速やかに拷問することにしてぶち殺してやったんだよ」

 

 

 NPCが急に消えることなんて今までになかったから、担任である女教師がいなくなったことは不思議に思ってはいた。けれど、その原因がまさか紫野だったなんて。

 くそ、なんてことだ。自分のせいで関係のない人間まで殺された。自分のせいで、朝霧も死んで、担任の女教師までも死んでしまったなんて……悔やんでも悔やみきれない。

 

 自分にはどうしようも出来なかったことだと自分に言い聞かせば、まだ気持ちは楽になる。紫野の行動を予測できるわけない。自分がどうしたって今回のことは防ぎようがない。だから自分が悔やむ必要はないんだ。そう自分に言い聞かせることで、これは仕方のないことだったんだと思うことが出来る。

 けど、ダメだ。結局2人を巻き込んで殺されてしまう原因を作ってしまったのは自分。他ならない自分でしかない。自分が招いた原因なんだ。その事実だけは、塗り替えることも目を背けることも出来ない。

 

 

「そんな……じゃあ、2人はオレのせいで……」

 

「あの女達がそもそも悪いから、君がいてもいなくても殺してはいたかもしれないけどね。でも、あの2人が死んだのは君が原因であることには変わらないか。だって、ああなってしまったのは、君のせいなんだろ?」

 

「ああなった?」

 

「だって、この世界の人間達をバグり始めているのは、ウイルス本体である君のせいなんだろ?」

 

「あ? 何のことだ? 何を言ってるんだ!?」

 

「君だけは他のバグった奴らとは違う行動を取ってるし、この世界の人間が僕に聞かれても君のことを知らないのもおかしい。それに……」

 

 

 オレの髪の毛を引っ張りながら、紫野はオレの目を見るように顔を近づける。すると紫野の瞳は赤く光り出す。その瞳はまるで、昔の直井が催眠術をかける時と全く一緒だ。

 だけど、直井の時とは違って一向に催眠術にかかっている感覚はない。

 

 

「やっぱりね。僕の能力にかからないなんて、君は異常だよ。まるで、この世界の人間じゃないみたいだ」

 

「だから言っただろ。オレは人間だ。おまえらとは違うんだよ!」

 

「僕とは違う? つまり、この世界ではない別の世界から来たということかな?」

 

「ああ、そうさ。ここは死後の世界なんだ。死んだ人間がこの世界にくるんだよ」

 

「死んだ人間に死後の世界? わけが分からない。死んだ人間がなぜこんなところにくる? 死んだのに、なんでこの世界で生きる? それだと僕達人間は何? 死んだ人間がなんで学校生活を送る? ダメだ、理解に苦しむよ。死んだ人間はそこで無になる。魂なんてものはなく、死んだと同時に消滅する。死んで転生するなんて作り話でしかない。音無、君の言っていることは妄想の域だ。頭おかしいんじゃないのか?」

 

 

 そう言われるのも仕方がない。オレだって、ここに来た当時はそう思ってしまった。この世界に来た人間は誰しもそう思ったに違いない。

 だけど、それが真実。本当にこの世界が死後の世界なのかどうかは定かではないが、少なくともオレは死んだ。人生を終えて成仏したはずなのに、この世界に呼び込まれ、留まることを強制されている。ここが死後の世界であるとしか他に考えようがないのも確かなんだ。

 

 紫野はオレの体に乗っかり、未だにオレの腕を縛り上げたままの状態で問いかけて来る。

 

 

「じゃあ仮にここが死後の世界だとして、他の死んだ人間はどこにいる?」

 

「他のヤツは……成仏した。ここは、自分の人生に後悔した人間の魂が迷い込む世界。理不尽な人生のまま死んでいった人間の魂を救済して成仏できるようにするための世界なんだよ。だからオレ達人間はここにいる。それでおまえらは、この世界によって作られたまがい物の人間なんだ!」

 

「…………そう……か」

 

 

 紫野はそう言うと、急に声を押し殺すように黙りこくった。

 紫野もオレの話を聞いて、何か腑に落ちる点でもあったのだろうか。

 もしかしたら紫野は生前の記憶があって、人間なのかもしれない。そうでないと、NPCがここまで常識から逸脱した行動をするわけがない。

 

 

「……ふっ、ふははははははっ! そうかそうか、なるほど。まったく可笑しい話だね。君の妄想話は何とも稚拙で矛盾だらけで、作り話にしても酷いレベルだ。中学生でももっと面白くてしっかりとした設定の話を思いつくだろうに、君は本当に頭がおかしいんだね」

 

 

 大爆笑しては必死に笑いを堪えている紫野に対して、オレは何も言葉が出ない。紫野の様子を見る限り、やはり人間である可能性は低い。

 きっと相手が人間だったなら信じてもらえたのだろうが、相手がNPCではどうあがいても信じてもらうことは絶対に出来ない。そうなると、NPCでしかない紫野に何を言ったところで何も信じてもらえない。信じてもらえないのでは、いくら頑張って説明しても無意味だ。

 

 

「なるほどね。君がウイルスである理由が分かったよ。イレギュラーとして生まれた君が、そんな妄想話を広めたせいでこの世界の人間達はバグり始めたわけだね」

 

「さっきからウイルスとかバグとか、なんだんだ? いったい、どういうことなんだよ?」

 

「分からない? ま、いい機会か。君はこの世界について勘違いしているみたいだし、僕が特別に教えてあげるよ」

 

「まさか、お前はこの世界を作った神様とか何か知っているのか? それともこの世界を作った人間か何かなのか?」

 

「神様? そんなのいるわけないだろ? 僕は単にこの世界という概念のようなものに選ばれた人間だ。そもそも世界作るとかただの人間が出来ることじゃない。とりあえず、黙ってて聞いてろよ」

 

 

 いったいどういうことなのか。バグとかウイルスとか、感染症とか何かなのか? こいつの言っていることは本当に分からない。

 でも、こいつの話を聞かないことには話は進まない。とりあえず今は黙って話を聞くことにしよう。

 

 

「まず、この世界は人間が平和な学園を過ごすことを目的とした世界。人間達の平和な学園の日々を象徴として具現化したもの。仕組みとしては電脳世界と言った方が分かりやすいかな? ある意味、ゲームのような仕組みなわけだ。なんでこんな世界があるのか分からないし、この世界がどういう役割を持ってどういった仕組みなのかは僕にも詳しくは分からない。けどね、分かっていることを言うなら、プレイヤーになれるのは一人だけ。世界の人間を統率する役割を持った人間は一人だけ選ばれる。それが生徒会長という役職だ」

 

 

(平和を象徴とする世界? ゲームのような仕組み? 生徒会長という役職がプレイヤー? なんだ? 序盤から、わけがわからなくなりそうだな。とりあえず、生徒会長という役職はこの世界では一番で唯一の存在ということか)

 

 

「僕達人間は過去の記憶もあるし、この学園にいた時以外の様々な人生の記憶、もしくは記録を持っている。だけどね、それは偽りであって、本物はこの世界にしか存在していない。その上、僕達の記憶や環境、その全てをこの世界は改変と修正して不都合を無くしていく。この学園を卒業した人間は未来もなく、どこかへ消えてしまう。ほんと、都合の良いように平和という日常を表した世界だよね」

 

 

(……つまり、NPC達が平和に学園生活を過ごしている世界というものをこの世界そのものが創造しているってことなのか? 少なくとも、この世界がそういった仕組みであることは間違いないか)

 

 

「僕もそうだった。世界によって記憶を改変され、何も知らずにこの世界でのうのうと生きていた。でもね、気付いたんだよ。前の生徒会長達と出会って僕は気付けた。この世界は普通の世界なんかじゃないって。僕達人間は、偽物の平和を浴びた生活で生かされていたんだってね」

 

 

(前の生徒会長達? もしかして、立華とか直井とかのことを言っているのか? たぶん立華は数十年とこの世界にはいただろうから、きっと立華のことを紫野は言っているんだとは思うが……)

 

 

「歴代の生徒会長達は気付いたんだろうね。こんな世界で生きるくらいなら、死んでしまおうと。消滅してしまった方が楽だと。そうやって誰もがこの世界を統括することを断念して消滅してしまったんだと思う。でもね、それではいつまでたってもこの世界は良くならない。いつかこの世界は壊れてなくなってしまうかもしれない。そうなっては、僕達人間は全て消えてしまうことになる」

 

 

(歴代の生徒会長が人間なのかNPCなのかは知らないが、少なくとも生徒会長になった者はこの世界に絶望したということなのだろうか。でも確かに、この世界の人間が紫野の言う平和な学園生活を繰り返されるだけの世界であると気付いたら、多少は動揺するに違いない。それこそ世界に対する世界観や価値観が変わってしまうのは否めないはず。ずっと生徒会長をやっていようという気持ちにはならないだろうな)

 

 

「だけど、前生徒会長のあの人は良い人だった。長い間この世界を統括して下さっていたようだし、何より僕を選んでくれた。無価値な人生で生きる意味を持てなかった僕に、生徒会長という役職を担うに等しいと、後はまかせたと、そう言ってくれた。そのおかげで僕は、この世界の人間達を統率できる生徒会長としてこの世界に君臨することが出来たってわけだ」

 

 

(立華がそんなことを? いや、あの立華がそんなことを紫野に言うようには思えない。もしかしたら、世界によって記憶を改変されたんじゃないのか? どちらにしろ、立華が消えた弊害でよりにもよってコイツが生徒会長に選ばれてしまったってわけか)

 

 

「それからは、今までとは違ったよ。記憶の改変もされないし、この世界がどういう仕組みになっているのか知ることが出来た。他の人間達とは違って、本当のものを手に入れた。今まで見えなかった本物の世界を、僕はこの目で見て生きることを許された。そんな唯一無二のプレイヤーとなった僕は、前生徒会長と同様にこの世界の人間達を統率していくことを決めたわけだ。それは平和な世界にするために、僕達人間が今後も平和に生きていくことが出来るように。それ以上に僕は僕に課せられた使命を果たすためにも、生徒会長として、プレイヤーとして、この世界の人間を統率する。そして、僕はいつかエンジェルプレイヤーになる。君の言う“神様”ってやつになって、この世界を自分のものにしてみせるのさ!!」

 

「なっ!!?」

 

 

 思わず、声が出てしまった。

 紫野は今、エンジェルプレイヤーと言った。この世界の神様になると言った。どういうことか分からないが、こいつのしていることが、世界の人間の統率なんかじゃなくてこの世界の全てを握る神になろうとしていること。紫野はこの世界を乗っ取って我が物にしようとしている。

 

 

「嘘だろ!? そんなことが可能なのか? それに今、エンジェルプレイヤーって……」

 

「不可能ではないはずだよ。なにせ前生徒会長はこの世界に干渉することが出来る物。“Angel Player”というソフトを手に入れたみたいだ。きっと生徒会長という役職を長く続けていたら手に入れることが出来るのだろうね。それで、前生徒会長は世界に干渉出来る最高最強の能力を得たらしい。そんな風に、世界に干渉することの出来る人間を僕は“エンジェルプレイヤー”と呼んでいる。いつしか世界に干渉出来るようになるため、この世界を僕のものにするために、僕はエンジェルプレイヤーになろうとしているってわけさ」

 

「そんな……まさかだろ!?」

 

 

 “Angel Player”というソフトがあることは知っている。立華が手に入れたこの世界に干渉できる能力。実際にそれがどういったものかは話してはくれなかったが、まさかその存在を紫野が知っているなんて。

 最悪だ。もし、そんなものが紫野の手に渡ってしまったらこの世界はお終いだ。それこそ、この場所で死んだ人間の魂が後悔や未練を取り除いて成仏することが叶わなくなるかもしれない。きっとこの世界そのものが変わってしまう。そうなっては、この世界に迷い込んだ人間の魂が成仏できなくなる。生まれ変わることも、新しい人生に向かって進むこともなく、一生この世界に滞在することを強制させられる地獄になってしまう!

 

 

「それなのに、ここ最近になってこの世界の人間達がおかしくなってきている。生徒会長の僕に逆らう人間が出て来たんだよね。この世界でこの世界の人間達の統率者である生徒会長の僕に、人間達が逆らうことは許されない。そもそも、逆らう以前に僕には逆らえないようになっているのかな。僕の言うことは絶対だ。誰も僕の意見に逆らうことがないように記憶も性格も全て改変か修正が起こる。それなのに、僕に逆らう人間が出て来たなんてね。これはもうこの世界では対応できないバグった人間が発生したとしか思えない。そして、その原因を予測したところ、音無。君が一番に考えられたってわけさ」

 

 

 紫野はこの世界に異変が起きているから、その原因がオレであると踏んだわけか。

 NPCである紫野は人間という存在を知らない。そもそもオレのように死んでしまった人間という存在そのものを紫野は信じていない。そんな紫野にとって、NPCとは異なる行動を取るオレが一番イレギュラーな人間に見えたのだろう。少なくとも原因に関わっていると思うのも分からないでもない話だ。

 

 

「つまり、オレがこの世界の人間を狂わせている元凶である。そう言いたいということか?」

 

「そうだね。君しかありえないと僕は踏んでいる。イレギュラーな君が、この世界では唯一異常だ。まるで……そうだな、僕と同じプレイヤーのようだよ」

 

「プレイヤー……か」

 

 

 紫野はこの世界のことを色々と語ってくれた。わざわざ紫野は世界の仕組みや生徒会長をしている目的まで話してくれた。

 けれど、紫野の言葉を全て信じたわけじゃない。紫野の話を聞いて、納得できる部分は少なかった。たとえ、紫野の話が全て本当だったとしても、自分という存在、SSSのメンバー達や立華の存在に理由がつかないからだ。

 

 死んだ記憶を持っていること。死んだ記憶を持つ人間は、この世界での人生の記憶を持っているわけじゃないこと。後悔や未練がなくなり、報われた人間はこの世界から消え、成仏してしまうこと。世界の改変や修正の影響を受けない人間がたくさんいること。

 そうだ。考えれば考えるほど、紫野の言う話は矛盾点ばかり出てくる。どう考えてもここは死後の世界で、理不尽な人生を悔いた人間の魂が報われる場所であると考えた方がよほど辻褄が合っている。

 

 むしろ、この世界で唯一異常なのはオレではなく、紫野の方になる。

 NPCを殺し、世界を手に入れようとするNPC。思想も考え方も目的も全て、この世界において紫野は異常な人間だ。人間でもここまで異常にはなれない。むしろ、この世界では人間は異常になれない。人間ではなくNPCだからこそ、紫野は異常なのかもしれないな。

 

 

「でも、プレイヤーは2人もいらない。君の存在は、僕にとっては一番邪魔な存在なんだよ。だから……能力を使わせてもらうね」

 

 

 紫野はオレの体に乗ったまま、左手で頭を地面に押さえる。頭に体重が乗り、頭を上げることが出来ない。これだと正直、喋りづらい。

 

 

(能力? さっきの直井の能力を真似たやつか?) 

 

 

「君は貴重だ。初めてのイレギュラーだからね。全てが分かるまでは殺しはしない。でもね、君の口からは全ての全容を理解することは不可能なんだよ。だから、君の全てを見させてもらう!」

 

「な、何をする気だ?」

 

「僕の能力はね、催眠術でも、洗脳でもない。相手の脳波の波長を捉え、記憶して、その波長を僕の波長と合わしたり侵したりすること。分かりやすく言うとね、君の脳にある記憶を垣間見たり、記憶の部分を上書きして永遠に見えなくしたりすることが出来るってわけ。ある意味、洗脳ではあるかもしれないね」

 

「なっ!!?」

 

 

 記憶を垣間見る、だって!? そんなことが可能なのか? 

 いいや、この世界で催眠術を会得した直井がいるのだから、何かしらの能力を持つことは出来るのかもしれない。 

 

 

「僕はこの能力を“操脳取法”と呼んでいたけれど、役員の何人かが分かりづらいって反対してね。だから、僕達生徒会の人間はこの能力を“ブラインドマインド”と呼んでいる。心を盲目にして、見えなくするって意味でね。これで、役員の何人かは僕の右腕として活躍してくれてるよ。自分はそういった人間であると信じてね」

 

「まさか、人間の記憶を改変することまでも出来るのか!?」

 

「そんな便利なもんじゃないよ。大人も女も無理だから、実際は男にしか使えない。それに、1分くらい精神統一して相手の頭を掴んでいないといけない。その上で色々とするわけだから、所用時間がかかりすぎるんだよね。ゲームで例えるなら、能力としては覚えたてのレベル1で1回ごとにMP100くらい消費する上に発動に5ターンかかるっていう感じかな」

 

 

 急にゲームに例えられても分かりづらい。でも、紫野の能力は取り扱いにくいものではあるが、とても厄介な能力であることには違いない。そんな能力を、紫野は今オレに対して使おうとしている。

 

 

「でも、これの一番のデメリットはね……」

 

 

 紫野は頭を押さえている手に力を込め、まるで掴むように指先に力を入れ始めた。

 

 

「1分間激痛が生じるから、それを耐えられるかどうかなんだよね」

 

「なっ……があああぁぁぁっ!!!」

 

 

 激痛と共に、意識が正常ではなくなったのか。まるで、機械がショートしたかのように、頭のブレーカーが落ちたような感覚。痛みが段々とセーブされていく。

 それでも痛覚は消えることなく、頭の中で残留していた。

 

 

 

 まるで、脳の全てを呼び起こし、脳の隅々まで電流が走って流れている感覚。

 自分の人生全ての記憶とこの世界での全ての記憶が目を覚ます。

 

 一瞬にして、自分の全てを思い出した。

 




24話:Invisible world and blinding mind  ー  “見えない世界と目くるめく心”


皆さま読了お疲れさまです。
今回のお話は紫野生徒会長にまつわるエピソードでした。

紫野の抱いている世界観や女性に対する価値観。
特に、男女平等という言葉を主軸にして、紫野がどういった人間かを書いていきました。

実際に男尊女卑という考えも女尊男卑という考えもあるんでしょうが、
紫野の言う“男が傲慢なのは当然のこと”という考え方に何か感じ取ってもらえたら嬉しいです。

ちなみに、音無は紫野に対しては理解出来ない感じでした。
きっとこの2人は一生分かりあえないんだろうなーって思います。
どちらも譲れない何かを持っていますので、揺らぐことはないですから。

あと、紫野の能力は試行錯誤した上、直井とは異なるようにしました。
元々、似たような能力というだけで違いはあったのですが、
より明確に違いを持たせ、それ以上に制限のある能力になりました。

紫野の世界観はだいぶゲーム寄りな考え方ですが、多分理解しづらい部分もあったかと思います。
まぁ、そこらへんは十分に理解出来なくても支障はないと思います。
音無同様、理解しにくいという意識で書きましたので。

さて、次回はちょっと過去編に入りつつ、本編も進んでいきます。
能力を使われた音無はどうなるのか。音無の今後の行く末はいかに。
予定ではvol.2もあと2話なので、お楽しみに。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。