Angel Beats! AFTER BAD END STORY 作:純鶏
ただ、序盤は別視点のキャラのお話ですので、
そこだけは理解した上でお読みください。
《2011年5月25日17時30分頃:部室棟のバドミントン部の部室》
ここはバトミントン部の部室。誰も部室に訪れないであろうこんな時期に、私は部室に訪れていた。
部室の長イスに座っていると、私しかいない静かな空間の中で、扉の開く音が響いて聞こえてくる。
(おや、こんな日に他の人が部室に来るのは珍しい。誰ですかね?)
地面に置いてあるカバンから水筒を取り出そうと思ったけど、顔を上げて扉のある方向へ見てみる。扉の向こうには、よく知っている女子の先輩が顔を出して部屋を見渡していた。
私が3年生の中で一番仲が良いともいえる朝霧先輩。仲が良いというより、親しみやすいと言いますか。私によくしてくれる先輩さんです。その朝霧先輩が部室の中へと入って来た。
「あ、いたいた。かなちゃん、ここにいたんだね」
「朝霧先輩じゃないですか。今日はこんなとこまで来てどうしたんです?」
朝霧先輩は今のところ幽霊部員扱いになっている。噂でしか聞いたことがありませんが、約半年前に部活動がまともに出来ない精神状態になってしまったらしく、今も部員としての活動はしていない。ただ、部活によく顔をみせてくれたり、何かとお手伝いはしてくれているので、ある意味今はマネージャーみたいな存在として在籍しているのかもしれませんね。毎日はいないので臨時マネージャーですが。
そんな彼女も私の2つ上の学年である3年生。特に今週はテストも近いんで、部活動に来る必要は全くない。なんでわざわざ部室に来たのか、私にはさっぱり分からない。
え? じゃあ、なんで私が部室に来てるのか? なんて他の誰かさんに聞かれたら、それはもう気まぐれとしか言いようがないです。というか、単に部室のロッカーに私物が多いから整理しに来たと言いますか、多いので持ち帰りに来ただけなんですよね。
「えっとね、夏奈ちゃんに頼みたいことがあって……」
「私に、ですか?」
あえて私に頼み事とは、一体全体何ですかね? 1年生の私に頼むことなんて、ジュースを買って来いとか肩を揉めとかそういったパシリみたいなことしか思い浮かばないんですけど。あ、もしかしたらこの先輩、日頃の勉学の鬱憤を今晴らそうとしているのかもしれませんね。
……なーんて、先輩にそんなこと言われたことないですし、そもそもここの先輩達に限ってそんなことはありえないでしょうね。なにせ、腰抜けの人ばかりなのですから。この部が弱小たるゆえんも納得です。
それに、朝霧先輩に限ってもそんなこと頼まないと思いますし、きっと部活に関係することで何か伝えて欲しいのかもしれませんね。
「これを、ね。明日の朝、戦研部に届けて欲しいの」
「へ、手紙?」
まさかの予想斜めの頼み事に少々戸惑ってしまう。
手紙を届けて欲しいなんて、ちょっと古い少女漫画くらいでしか見たことありませんが、実際にこういうことってあるんですねぇ……って、そうじゃないよ私! 今、戦研部って言いましたよねこの人! そ、それじゃあ、これは……
「も、もしかして、これは……大事な手紙ですか?」
「えっ? そりゃ、そうだけど……だから、夏奈ちゃんに頼みたいなって」
「な、なるほどっ……」
つまり、これはラブレターということですか。はぁ、なるほど。これはこれは、何とも大事なお手紙だということは分かりました。
でも、なぜに私なんです? ……いや、まってくださいよ私! 明日の朝、しかも戦研部に届けると朝霧先輩は言ってましたね。
よく考えてみましょう。きっとこの先輩に聞いても、詳しくは語ってはくれない。先輩に聞かずとも、私自身でよく考えてみるんです。
なんで私なのか、なんで朝なのか、なんで戦研部なのか、なんで手紙なのか。
考えた結果、きっと朝霧先輩は意中の男子に直接会って告白することを決めた。それなら、まず人気のない時間と場所を指定して待ち合わせをしないといけない。そうなると、携帯電話を持っていない朝霧先輩は男子に待ち合わせのことを伝える手段として手紙を用いたに違いありません。
だけど、朝霧先輩は自分で戦研部に届けに行くのは恥ずかしかったのです。それに、戦研部の部員に自分の素性がバレてしまうと手紙を届けにくいのは確かです。そこで、新入生である私が手紙を届けに行くことによって、朝霧先輩が手紙の主であるという情報は隠すことができるということですね。
そして、朝の時間に部室まで届けることによって、その男子が手紙を読む時間は授業を終えてからになります。それで、夕方か夜に人気のない場所で2人は落ち合って、朝霧先輩は告白をする算段というわけです。きっとそうに違いないはず。
すなわち今回の頼み事は、恥ずかしがり屋の朝霧先輩が頑張って告白をしようとしているための行動であるということ。私の考えうる推測の中では、それが一番妥当かつ納得できる内容です。
ふふっ、そうです。きっとそうに違いありません。ほんと私だからこそできる名推理。さすが私。私もやればできるんです。
「わかりました。私がこの手紙を、朝の学校に来た時に戦研部を訪ねて渡せばいいんですね。いかにも私が、戦研部の部室の前の廊下を歩いている時に、戦研部の○○さん宛ての手紙が、部室の前に落ちていたので渡しにきたのだという感じで」
「そ、そうだね。ほんとさすがだよ夏奈ちゃん! ごめんけど、そんな感じで頼むね」
「ふふふ……まかせてくださいな先輩。頼れる後輩として、頼まれたことは完璧に成し遂げてみせますよ」
「ありがとう! さすが、夏奈ちゃんは頼れる後輩だ。私の中では頼れる後輩ランキング1位だよ」
「そうですか。ありがとうございます。でも私、ナンバー1より特別なオンリー1の方が好きなんですが」
「ん? う、うん。そうだね。じゃあ夏奈ちゃんはオンリー1だよ、きっと」
それでもおまえがナンバー1だ! という返答はない辺りは、きっと朝霧先輩にとっては私ってナンバー1というよりオンリー1なんでしょうね。
…………いや、わけがわからない。自分で言ってて、自分が何をほざいているのかわけが分からなくなってきましたよ。
とりあえず、この手紙は大事に預かっておいておかないと。カバンの中のクリアファイルにでも挟んでおいて、明日忘れずに届けなくては。恋文を渡すなんていう大事な役割を担った脇役として私は抜擢されたのですから。明日は心して先輩から課せられた任務を遂行しないと。そうでないと今まで築き上げてきた私の信頼がおじゃんになっちゃいますよ。
「それじゃあ、これお願いね」
「はい、わかりました。確かにお預かりしましたので、絶対に届けてみせます」
私は手紙を受け取り、カバンからクリアファイルを取り出しては、その中に手紙を挟んでカバンの中にしまった。
カバンを失くしたり、飲み物をこぼしたりしない限りは大丈夫でしょう。周りには教科書もありますし、カバンを忘れるなんてこともありえません。
むしろ、明日の朝に渡すことを忘れないようにはしないとですね。まぁ、大事なお手紙です。それに、私を頼ってきた朝霧先輩の頼み事ですから、何があろうとも絶対に忘れるわけがありません。忘れない自信だけは、ハトのように胸を張れるくらいありますから。
「うん、頼むね。やっぱりこういうことは夏奈ちゃんしか頼めないからさ」
「それだけ、私は先輩に頼られているということでしょうか」
「というより、後輩として一番一緒に居て楽しいからかな。後輩の中でも一番可愛いし」
「そ、そうですか……」
なぜ、可愛いが理由になるのかはさておき。よくもまぁそんなことを本人の前で言えますねこの人。いや、とっても嬉しいんですけど……やっぱり、なんだか恥ずかしくなってきますね。
「あ、私この後用事があるから。じゃあ、そういうことでごめんね」
「はい、さよならです」
「うん、またね~」
そう言って朝霧先輩は部室から去って行った。急に部室の中が静かになっていく。
(さて、私もやることやって帰りますかね)
カバンの中から水筒を取り出し、お茶を飲む。喉がだいぶ潤ったなと思った時にはもう水筒の中身は空っぽになっていた。
空になった水筒をカバンの中にしまって、ロッカーの整理をまた始める。
(あれ? そういえば……)
重要なことを忘れてたことに気付く。朝霧先輩がいた時に気付けばよかったのですが……
「戦研部って……どこにあるのでしょう?」
どうやら気付くのが遅かったみたいですね。
……まぁ、いいです。明日になって探せば、きっと見つかるはず。
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《2011年5月25日18時30分頃:学園敷地内駐車場近くの池》
夕暮れ時のせいなのか、曇り空のせいなのか、単に私の向かおうとしている池が誰も近寄らないような場所だからなのか。理由は分かんないけど、周りには誰も見当たらない。遠くを見渡しても、人影すら見えない。
辺りはもう暗くなってきていて、外灯の明かりが見えはじめていた。
正直、今すぐにでも帰りたい。帰りたいんだけど……それ以上に生徒会長に会わないといけないような。会って、結弦くんのことを聞かないといけない気がしてる。
それこそ、生徒会室に行ったという時点で、もう引き返せないとこまできているのだから。今更帰ることは許されない。明日ではなく、今日のうちに絶対に生徒会長に会って話を聞いておかないと。
私はわざわざ学習棟の生徒会室から目の前の池まで20分ほどかけて歩いてきた。一人で歩いているのもあるんだろうけど、思っていたより遠かったな。
まず学習棟の玄関前の大階段を下り、また運動場を通り過ぎては運動場前の階段を下り、その先にある第2駐車場の階段も下りては、正門近くの第一駐車場も歩いてやっと目的地である池までやって来れた。なんでこんなとこに池なんかあるんだよと言いたくなる。
距離的には、学習棟から学生寮まで歩くのとそこまで大差ないのかもしんないけど、正直言って階段が多いから疲れる。今は下ってきたからいいけど、帰りは階段を上っていかないといけないと思うと気が滅入ってしまいそう。
(たしか、ここらへんに倉庫があったはずだよね)
とりあえず池の敷地内には入らず、その周りにある古ぼけた倉庫がある方へと向かった。池に用事があると言ったら、きっと倉庫に用があるのがほとんどなはず。文化祭とかで何回か行っているから場所も分かるし、行事に使うようなものは大体そこに置いてある。生徒会長もきっとそこにいるに違いない。てか、そこしか生徒会長がいそうなところは思いつかない。
でも、残念ながら生徒会長は倉庫にはいなかった。倉庫に誰かが来ている様子はないし、明かりもついてなければ鍵もかかってる。
てっきりここだと思って来たのだけれど、ここにいないとなると本当に池の敷地内にいることになる。つまり、池の周りに入っていかないといけないことなるけど、あんまり気乗りしない。
(うーん、でも他に行きそうなとこは思い当たらないし……やっぱり、池なのかなぁ? でも、それなら生徒会長はどこにいるんだろ?)
私が知っている限りでは、池の正門にはいつも鍵がかかっている。誰も入れないように周りには高い鉄柵までしてある。簡単に入れる場所じゃない。
それに私だって一度も入ったことはない。入ったところで池しかないだろうし、生徒会長が池の敷地内に入っていく理由が思いつかない。
けど今は正門の鍵が開けられ、誰でも鉄柵に囲まれた池の敷地内に入れる状態になっていた。
確実に生徒会長はここにいる。待っていてもいいんだけど、待っていられるほど時間があるわけじゃない。生徒会長に会うのなら、夜になってしまう前に会ってしまわないと。それに生徒会長の用事がいつ終わるのか知らないし、こんなとこで待つのもなんか嫌だった。
正門から入るとすぐに、池にかかった橋か池の周りを歩けるよう散策コースの道があった。さっき見た感じだと橋の方には誰もいないみたいだった。そうなると、池の周りを道なりに歩いて行った方が良いかもしんない。
(池の周りなんて初めて入ったなぁ。へぇ、こんな感じなんだ)
しばらく歩きながら周りの景色を見ていると、いつの間にか目の前には池があった。散策コースを歩いていたはずだったのに、なぜか池がそばで見える場所に来てしまったみたい。まさか、池の中まで散策しろというわけがないから、きっとどこかで道を間違えたのかもしんないや。
(これが、池かぁ……夕焼けが見えたら、もうちょっとキレイだったんだろうなぁ)
残念なことに今日の天気は曇り空。もしかしたら雨が降るかもしれない。そんな空模様だから、池も暗い色にしか見えない。
しかも今日は学生寮に傘を忘れてしまったし、そもそも朝は天気が曇り空になるとは予想してなかった。朝はまだ晴れていたのに、天候がここまで変わるとはなぁ。
「……ん?」
池をもっと近くで見ようと木材で造られた小さい塀のそばまで行ったら、少し離れたところに変なものが地面に刺さってある。まるで、木の板を地面に刺して作ったような……なんだかお墓みたいなものが邪魔にならないように塀のそばに作られてある。
ちょっと気になって近くまで行って見てみると、そこには細く縦長の木材に“女子生徒 池に眠る”と黒マジックで書かれてあった。そのそばには、2つの穴の開いた柄のような何かが埋もれてある。
(なんだろう、近くで見ても何なのかいまいち分かんないや)
直に触ってみるとそれは柄なんかじゃなく、ハサミの持ち手の部分。何故かハサミがその場所に埋めてあった。けっこう錆ついているあたりは、ある程度の年月が経っていることが分かる。
「なんで、こんなものが……?」
「それは、この池で自殺した女子生徒の遺品だよ」
「えっ?」
振り返ると、そこには生徒会長がいた。昨日会った時の雰囲気とは違い、少し柔らかな雰囲気に感じられる。
それにしても、いつの間に私の後ろに来たんだろう。それ以前にこの人、今までどこにいたんだろうか。
「池の正門へと歩いている途中に君を見かけたんでね。もしかして君が、玄内が電話で言ってた人かな?」
「はい、朝霧です。実は」
「君はその墓標に興味があるのかい?」
私が生徒会長に会いに来た理由を話そうとしたけれど、生徒会長の質問によって遮られた。
「え? いや別に。ちょっと気になっただけです」
「じゃあ池がなんで封鎖されているか知っているかな?」
「えっと、それは……池が危険だったり、池で遊ぶような人が出るから。ですか?」
「それも間違いじゃないけど、一番の原因はね。ここが掃き溜めの場所になったからなんだ。みんなが不要なものをここに捨てたんだよ。本当に何でもないようなものから捨てきれないものまで、色んなものをここに捨てた。あまつさえ、自分の命でさえもここに捨てた人がいた。この池はそんな捨てるための場所となってしまったから、学園はこの場所を封鎖したんだよ。誰も入れないようにってね」
池を見つめながら、生徒会長は私に優しく語りかけている。まるで全てを見てきたかのように、この池が封鎖された経緯を教えてくれた。
池が封鎖された話なんて初耳だった。池のそばは危険だから、事故で死んだ生徒がいたから。そんな理由があるから、誰も入れないようにしてあると思っていた。でもまさか、自殺する場所をここに選んだ人間がいるなんて。
「え、じゃあ、このお墓は……」
「ここで自殺した女子生徒の一人の墓標だね。封鎖されたのはだいぶ昔みたいだけど、この女子生徒は封鎖されていたのにも関わらず、この池で身投げして自殺したらしい。先代の生徒会長が池に墓標を立てたという話を聞いたことがあるから、きっとそれがその墓標なんだろうさ」
「そ、そうなんですか」
よりにもよってこんな場所で自殺なんて。やっぱり私には理解できない。
……いいや、理解出来ないわけじゃない。けど、理解したくないというのが私の本音。自分で命を失くそうとする想いを理解してしまったら、私は目の前で死んだ友人の死も同時に理解したことになってしまう。自殺をした人間を憐れんでも、自殺を正当化したり、自殺を理解してしまったら、そこで自殺という行為を認めてしまうことになる。それだけは、絶対にしてはいけない。
(たぶん彼女には、守ってくれる人がいなかったんだろうなぁ……)
きっと自殺した女子生徒は誰にも自分の想いを打ち明けられず、苦しみを抱いたまま人生に絶望してしまった。そんな彼女にとっての逃げ道は自殺しかなかったのかもしんない。誰も彼女を止めることも、受け止めることも、守ってあげることもしなかった。だから彼女はこんな場所で自殺することを選んだんだと思う。
だけど、それは……愛されることを知らない人間。大事にされるということを知らない人間。つまり、自分という存在を大事に守ることが出来ない人間の末路。自殺を選ぶことは、自分の命を粗末に投げ捨てる行為。誰かのためにと、自分の命を犠牲にするわけでもなく、考えるのをやめ、全てを放棄する行為でしかないんだと思う。
「さて、そんなことよりも君は僕に用事があるんだったね。さっそく話を聞こうじゃないか」
「実は、音無……という男子生徒のことなんですけど」
「音無、ね。うん、その音無がどうしたの?」
思いのほか反応が薄い。さっきの生徒会役員の男子はけっこう食いついていたのに、この生徒会長はどうでもよさそうに見える。
「なんで生徒会はその音無という男子生徒を探しているんですか?」
「じゃあ、まず君は生徒会役員だったかな?」
「……えっ? い、いえ、違いますけど」
質問を質問で返されるとは思ってなかった。それだけに、少し戸惑ってしまった。生徒会長の淡々と言う辺りが、まるでその質問が来ることを予想していたかのように感じる。
「それなら、どうして君にそのことを話さないといけないのかな?」
「え、それは……だって私、その音無という人のことを知っていますから」
「それなら、まずその音無がどこにいるか教えてくれないかな?」
「そ、それは……」
答えられるわけがなかった。そもそも、何で結弦くんを探しているのかを知るためにこうやって生徒会長に話をしに来たわけだ。それが分からないんじゃ、何も答えることなんて出来ない。教えてしまったら、それこそこの人は探している理由を話してはくれない。きっとそう。絶対にそうに違いない。
「すみません、今彼がどこにいるかまでは知らないんです」
「じゃあ、どこかいそうな所とかよく見かける場所とか音無が行きそうな所で思い当たる場所はないの?」
「……すみません、正直どこに行けば会えるかとかどこにいるかとか分からないんです。でも、生徒会長さんがわざわざ探している理由が気になっていて、それだけはどうしても知りたいんです」
「知りたい? それだけだと話にならないね。すまないけど、これは生徒会役員でもない部外者の君には関係のない話だからさ。用がそれだけなら、君とはもう用はない。話す気もない君みたいな人間と喋っていても、時間の無駄だよ!」
生徒会長はそう言って、この場から立ち去ろうとしていた。
ダメだ。このままでは、探している理由も聞けずに終わってしまう。もしここで聞く機会を逃してしまったら、きっとこの生徒会長は教えてくれもしないだろうし、最悪会うことすら出来なくなってしまう。それだけは避けたい。どうにかしないと!
「ちょ、ちょっと、待ってください!!」
とっさに生徒会長の右腕を掴んでは、歩もうとしていた足を制止させる。私は懇願するように、生徒会長の手を両手で握って頭を下げた。
どうしてもここで聞かないといけない。それなら、必死に頼むしか他ない。生徒会長だって私が誠意を持って頼めば、きっと少しは考えてくれるはず。この人だって人間だ。普段は怖い雰囲気だけど、心までは悪魔じゃないはず。
「お願いします! どうしても知りたいんです! 彼を救うためには、このままじゃ引き下がれないんです! どうか、生徒会長お願いします!!」
「…………ぉぃ、っめぇ」
「……えっ?」
小声なのと発音が分かりづらくて何を言っているのか分からなかった。いったい、なんて言ったんだろ?
「てっんめぇぇぇっ!!!」
生徒会長は急に声を荒げ出したと同時に腕を斜め上に振り払った。その際に手が私の顔に当たり、その勢いで地面に尻餅をついてしまった。
「くそくそくそくそぉぉっ!! ああああぁっ! もう、ちくしょう!! なんで触れてんだよ、畜生がぁぁっ!!」
「あっ、うぅっ……」
何がどうしたのか。何が起こったのか分からず、気が動転してしまう。そんな状態の私に、生徒会長は私のお腹を蹴り飛ばした。蹴られると構えていなかっただけに、お腹に力は入れていなかった。そのせいで、蹴られた衝撃を直接お腹から受けてしまった。急激な腹痛と嘔吐感が襲い、呼吸が出来なくなって、思考が一瞬で止まる。
「おまえ如き下種が僕に触りやがって!! しかも、直に触んなよ! あああ、もう、台無しだ! 余計なことしやがって、どうしてくれるんだっ!!」
「紫野会長! どうされたんです!?」
「玄内か? ちょうどいいとこに来た。こいつが、こともあろうか僕に触りやがったんだ! ああくそっ、ありえねぇよ!」
「え、それは本当ですか!? 先ほどこの人には、生徒会長とは会話するだけにするようにと釘を刺しておいたのですが……」
「釘を刺したところで、女という生き物は全く気にも止めないからな。ほんと、同じ人間とは思えないくらいにクズな生き物だよ女という生き物は」
(うっ、息が……気持ち悪い。お腹が……いたい、いたくて……ううっ、気持ち悪い……)
必死に呼吸を整えようと空気を小刻みに吸ったり吐いたりする。吐き気と腹痛で頭がいっぱいになって、お腹を押さえて無我夢中に堪える。
「では紫野会長。この女子、どうします? 探していた音無の情報を知っているみたいですけど」
「ほんとは探りを入れてから尾行させて、時間をかけて探っていくつもりだったが、ああもう予定変更だ! ここまで僕をイラ立たせた代償は払ってもらわないと割に合わん! 無理矢理にでも吐かしてやる!! このクソ女、覚悟しとけよっ!!」
「あがっ、やめ、てぇっ! い、いたいぃっ!」
生徒会長は何か手袋みたいなものを手にはめると、私の髪の毛を引っ張って引きずる。
ただでさえ尋常じゃない痛みに耐えているのに、髪の毛をごっそりと引き抜くかのように勢いよく引っ張られて、頭や首がとてつもなく痛い。必死に抵抗するように暴れると、生徒会長は手を放してくれた。
「暴れるなっ! ああ、くそっ、やってらんねぇなっ! このままじゃ、ストレスで死にそうだ! 玄内、その下種女を羽交い絞めにしろ!」
「わ、わかりました!」
「女ァ!! 発作が止まるまでは死ぬんじゃないぞ? 拷問はそれからだ!」
「な……にを……」
「おらぁっ!」
羽交い絞めにされたと思ったら、急に顔を殴られた。
幼少の頃に母親に顔を叩かれたことはあったけど、殴られたことは初めてのことで頭が真っ白になる。痛さ以上に心の動揺がすごいせいなのかわからない。言葉も声さえも、何も出なくなる。
「自分が下劣な女であることを後悔しながら地獄を味わうんだな!! 汚物を吐き散らしながら、男であるこの僕に絶対的な降伏と懺悔をするがいい!」
あれから、どれくらい時間経ったのか。分かんないけど、頭の中で今の時間を考えられるほどの余裕がないことは確かだった。
さきほど急に雨が強く降り始めて、いつの間にか私の体は水びだしになっている。生徒会長も私を羽交い絞めにしている男子生徒も、体はもうびしょびしょに濡れている。
「紫野会長……」
「ん? どうした?」
「すみません、もう我慢できません。さすがに紫野会長、やり過ぎではないでしょうか?」
「そうか? まぁ、それもそうか。おまえとこの女に対しての配慮が足らなかったのは確かだったね」
「じゃあ、もう……」
「ああ、ここらへんで僕は終わりにするか。発作もやっと止まったしね」
「ありがとうございます!」
これで、生徒会長の暴行の連続は終わるのかな。とりあえず、玄内という男子生徒のおかげで暴行は止まったみたい。やっとこれで、重なる痛みに堪えることはない。
「でも……」
羽交い絞めから解放されると、地面に横たわってお腹を抱える。度々腹痛が発生して、痛みに堪えることに必死になる。顔も痛いけど、やっぱり胸やお腹に残る痛みはなかなかに堪えるな。
ああ、ダメだ。もう立つ気力さえないや。痛みに耐えるだけで精いっぱいだよ。このまま、しばらく動けそうにない。
そばに玄内という男子生徒が近づいて私を見下ろしている。微笑んでいるけど、やけに嬉しそうだ。明らかに、私を労わってくれている表情ではないのは確かだった。
「やり過ぎて、殺してしまわないようにね。僕が言えた義理じゃないけど」
(……へっ!?)
「ははっ、あはははははっ!!」
「あっ……がぁっ!!!」
頭を踏まれ、男子生徒の体重が一気に頭にのしかかってきた。頭が
「いいですね、その表情。やっぱり最高ですよ、コレ。さぁ、もっと見せてください!」
「あがぁぁっ!!!」
「まだまだいきますよ。いっぱいやることはあるんですから!」
狂ってる……この人達、狂ってるよ。
ああ……狂ってるのは、この人達だけじゃない。生徒会全てが狂っているのかもしんない。
いいや、この世界こそ、この世界の全てがもう、狂っているのかもしんない。
狂った世界で、私の意識ももう狂いそうになる。
しばらくして、私の意識は朦朧とし始めた。痛みに反応することも、痛みに堪えることすらも、もう何に対しても無気力になってしまった。
「あーあ、意識がなくなっちゃったよ。まともに喋れなくなっちゃったじゃないか玄内」
「す、すみません、つい」
「僕とは違って君は趣味なんだから、少しは自重して欲しいもんだけどね。とは言っても、君をそんな風にしたのも僕だし、あまりとやかく言える立場ではないからね。どうしようもないけどさ。やっぱり、今後はもっとちゃんと考えてから能力を使わないといけないね」
「そういえば、この女子生徒にも洗脳をされるんですか?」
「冗談はよしてくれよ。こいつは女性だ。出来たとしても、僕の頭がおかしくなっちまう。だからわざわざ拷問するんじゃないか。まあいい、それじゃあ始めるかな」
誰かが近づいて、私の目の前へと顔を近づけてきた。
「おーい、えっと……この女だれだっけ?」
「3年生の朝霧という名前の女子です」
「朝霧という女、音無のこと喋れるかな? むしろ、生きてる? 生きてるなら反応して欲しいんだけど?」
「………………」
「だめだこりゃ、完全に壊れちゃったね。やっぱり適度に上手く拷問するってのも難しいなぁ。男相手ならまだできるんだけど、やっぱ女になると全然上手くいかないねこれ」
「仕方ありませんよ。生徒会長の場合、発作を抑えるので精一杯でしょうし」
「それはそうなんだけどさ。なんていうか、効率悪いなって。せっかくの情報源を潰しちゃうから、一向に音無が見つからないしね。どうにかしたい気持ちはあるんだけど……やっぱり女だと無理難題だ」
「でも、きっとあちらから現れるとは思うんですがね。それに、もしこの女子と接点があれば、音無に何か動きがあると思いますし」
「そういうもんかなぁ? まぁ、どっちにしたってもう色々とやっちゃったし、もう殺しちゃうか」
「じゃあ、昨日の教師と同様に今回も池に捨てます?」
「そうしようか。こういったバグは、池に放り投げて消えてもらうのが一番だ。昨日の女教師も池に沈めてやったしね。そのためには、頼んどいたやつが欲しいんだけど」
「ああ。すみません忘れていました。ちゃんと補充もしましたので、いくらでも殺せますよ」
「そうか。やっぱり、ナイフで何回も刺すよりこれが一番だからね。直に血が着いたりするのも嫌だし。それに、なによりこれだと1回で済むから良いんだよ」
目の前の誰かが、黒っぽい何かを持って眺めている。でもダメだ。意識がぼんやりし始めたせいか、目の前の光景もぼんやりしている。それに、片目がもう何も見えていないのは明らかだ。
「しかし、さすが生徒会長。やっぱりこうなることは見越していたわけですね?」
「見越していたというより、保険だったからね。もしも、こいつがもっと余計なことをしやがったら、即急に対処して殺害しないといけなかっただろうからさ。これがあるのとないのとじゃ色々と変わってくるんだよ」
「なるほど……」
「じゃ、殺すか。玄内、足で体を踏んで押さえておけ」
「わかりました」
急に胸のあたりに重いものがのる。肺が押しつぶされそうだ。
でも、反抗することが出来ない。体を動かすことも、もう出来そうにない。
「じゃあね。この世界に君のような下種は不要なんだ。生まれ変わって、男になれることを願うといいよ」
急激に頭に痛みが生じると共に、痛みで意識が消えた。
× × × ×
ん? なんだか、ぼんやりとした気分。
でも、痛みはない。体が軽くなったような、本当にぼんやりとした感覚。重力がなくて、ふわふわと浮いているような気分だけど、ここはもしかして天国か何かなのかな。
「そう、あなたも憎いの?」
突如、頭に響くように誰かの声が聞こえる。
まるで、水の中にでもいるかのような。聞いたことのない声。凛とした女性の声が水の中で震えているように聞こえる。
「伝わってくる、あなたの殺意が。憎しみに満ちた感情が。ああ、あなたも同じね」
ぼんやりとした感覚の中、私のそばに誰かがいるのはわかる。
でも、ぼんやりとした世界の中にいるのか、微かに感じ取れるだけ。正直、分からない。
瞳を開け、目の前の光景を見るように、視覚を研ぎ澄ましいく。
「……もしかして、死神さん?」
そう思ってしまったのは、私は死んでしまったという想いが強いからかもしんない。
いいや、女の声をした私のそばにいる人の姿が、普通の人間とは異質だったからだ。
金色の長髪で、ボロボロでチグハグな服をまとい、人の形をした生き物。前髪も長いせいか目は見えず、不敵に微笑んでいるような顔は、まるで神様というよりも死神と言った方が相応しく感じられた。
「ふふっ、“死神”か。あなたにはそう見えたのか。でも、神様なんてそんな大層な存在じゃない。さしずめ私は、“悪魔”と言ったところかな。この世界には天使がいるのだから、悪魔がいても不思議じゃないだろ?」
「…………?」
この女の人の言っていることはいまいち分からない。
でも、悪魔と名乗るのなら、この人は悪魔なのかもしんない。普通の人間ではないことは確かだから。
それに今は、人間より天使とか神様とかそんなものの方が信じられる。
だって私は死んだ。きっと生徒会長に殺された。それに今は自分の腕も足も顔も指先も何もかも感覚がないのだから、今いるぼんやりとした世界が死後の世界と考えた方がよっぽど信じられる。生きている感覚が、何も感じられない。
「まあいい。とりあえず、あなたは理不尽な想いをしたんだよね? 悪魔である私に叶えてもらいたい、そんな感情とか想いとか忘れられないような強いものがあなたの中にあるはず。ここに来る人間は、みんな同じものを抱いているから」
「え? それは……いったい?」
「憎しみに満ちた復讐心。あなたも、男が憎いんでしょ? 特に憎い男がいるはず」
「…………」
憎いという感情。正直言って無いわけじゃない。生徒会長や役員の男子生徒にはあれだけ色々と暴行を加えられた。痛みと屈辱とやり切れない想いを抱いたまま死んだと思うと、憤りのようなとてつもない感情が渦巻いてきて、感情に支配されそうになる。抗うことさえも厳しいくらいに生きずいた感情は、抑えることさえも不可能なところまで来ている。ぼんやりとした感覚から苦しみに染まっている。
「さあ、あなたも、私達と一緒に……心を一つにしましょ?」
「…………私は」
手を差し伸べる。手なんかないけど、悪魔である彼女に寄り添いたくなる。彼女だけじゃない、彼女の中にはたくさんいる。
ああ、もう楽になりたい。心が一つになれば、きっとこの苦しみから逃げられる。
満たされたいという欲望のような感情が、自分の意識をぼやけさせていく。
(一つになれば、私が果たせなかった夢を……結弦くんとの日々を過ごせなかったことを……)
頭がいっぱいになる。頭なんてないけど、意識がおぼろげになっていく。
(ごめんね、結弦くん。私……私……)
走馬灯のように、全てを思い出す。思い出した中で、私は闇のような真っ黒い感情に埋め尽くされた中で、光のような何かが芽生え始めた。
「……それ、でも……」
(それでも……私は……私が!)
「守り、たい。いや、いいや! 私は守る。結弦くんを守るって、大切なものを守るって……彼を失うことは、絶対にさせない!!」
いつの間にか、周りに彼女達はいなくなった。悪魔である彼女はまだ近くにいるんだろうけど、それよりも自分の感覚が研ぎ澄まされていく感覚で意識がはっきりとしていく。
……私はまだ、生きている!
「あなた、もしかして……私達を拒むの? まさか……憎しみを抱いてなお、生きようとするの?」
「生きたいんじゃない、私は彼を……結弦くんを守る。何が何でも守ってみせる! 何を失ってでも、私の大切なものは守るって、そう決めたから!」
「でも、あなたはもう……私達と同化してしまっている。体も無い、守る力も無い、そんな今のあなたに何ができるの?」
「それでも、私は守るって誓ったから。たとえ、自分を失ってでも、自分の大切なものだけは守るって。守ると決めたものを守れずに死ぬなんて、そんなの死んでも死にきれないから!!」
あの時誓った決意。結弦くんが自殺しようとした時、私は絶対に彼を守ると決めた。
結弦くんを一人にするわけにはいかない。彼は弱い人間だ。愛されることも大切にされていることも実感を持てず、自分を殺そうとする。そんな彼をこのままにするわけにはいかない。
それに、生徒会長に殺されるかもしれない。あの生徒会長ならやりかねない。いや、私を殺した時点で、結弦くんを殺さないという保証はない。その前に、私は結弦くんを守るんだ!
「そう……でも、あなたみたいなのは初めてだ。いえむしろ、私があなたの闇をだいぶ同化してしまったせいかもね。あなたの影にある想いだけは、どうにも同化できなかったわけか」
「え? どういうこと?」
「なんでもない……どうせ、あなたとはここでお別れなのだから。私にあなたを止めることも同化することも何も出来やしないのだから、あなたとは永遠に一緒になることはないの。だから、あなたもやり残したことをやり切ってきなさい」
何かを体全体で打ったような音がこの世界に響いて聞こえる。何かが、この世界に入ってきた。分からないけど、誰かが、入って来たのだけはわかる。その誰かが、誰なのかは……私にはわかる。
(結弦くん! 待ってて、今、あなたを守るからっ!)
おぼろげな私は、すすんでいく。全身全霊を尽くして、彼の元へと向かった。
23話:fog to clear ー “晴れる霧”
皆さま、本当に大変お待たせしました。
朝霧視点である本編の舞台裏のお話はどうだったでしょうか?
想定してあった物語の流れだったのですが、
内容が濃くなり、文章も増え、正直作者自身も驚いています。
(生徒会長に会う内容の話が予定の3倍の量になりました)
ただ、この章のクライマックスに向かっているのもあり、
半端にはしたくない想いはあったので、
今回のようなボリュームとなった次第です。
さて、今回は新キャラでもある牧野夏奈のお話も付け加えました。
今回のお話に付属すべきかどうかは悩みましたが、
後出しで出すのも嫌でしたので、今回のお話に含みました。
ただ、牧野夏奈のお話は次のお話でも少し入りますが、
それも含めて、次の章へと進んだ辺りで移動する予定ではありますので、
そこらへんは理解して頂けると幸いです。
そして次回は、ついに本編です。
しばらく空いたので内容を忘れてしまいそうですが、
音無は生徒会長と会って、どうなっていくのか。
クライマックスに向けて物語は進んでいきますのでお楽しみに。