Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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今回も朝霧視点のお話です。
今回のお話の時系列は、
大食堂で音無と夕食を食べた翌日。

25日である21・22話で
朝霧は何をしていたのかという内容です。

ただ、序盤は過去話になっております。


EP22 ― fog to clear part 3

 《2011年4月20日07時20分頃:男子寮第3棟の3200号室》

 

 

 

 学生寮の部屋の中で私は宿題になっていた数学の問題集を解いていた。ある問題の1つがどう解けばいいのか分からず、私が四苦八苦している中、音無くんはその解き方を教えてくれた。

 今日授業で習った部分の問題の解き方を平然と教えてくれる音無くんの発言に、私は驚いてしまう。

 

 

「音無くんって授業受けてないんだよね? なんでこの問題の解き方が分かるの?」

 

「それは……一応勉強していたからだな。でも、たまたまだ。きっと他の問題だと分からないだろうし、朝霧の方が絶対に頭良いと思うぞ」

 

「そんなことないよ。私なんてまだまだだから……それより、音無くんが勉強してたなんて知らなかった」

 

 

 だって、音無くんが勉強している姿なんて一度も見たことがなかった。クラスがBクラスということは、少なくとも同学年の私よりかは頭が良いんだろうとは思ってた。

 なにせあそこは理系のクラスだ。頭が悪いせいでやむなく文系のクラスに入れられた私とは大違いだ。

 

 けど、授業を受けていない彼が勉強はしていたなんて。その事実に少しばかり驚いてしまった。

 

 

(でも、案外そういうもんなのかなぁ……)

 

 

 よくよく考えたらそれは普通のような気がしてきた。

 “不登校の生徒=勉強していない生徒”というイメージを持っていた。けど、学校に行ってないからといって、誰も勉強していないわけではないと言われたら確かにそうなのかもしんない。案外、不登校の生徒でも家で勉強くらいはしているのかもしんない。

 

 それに彼は彼なりに授業を受けられない理由がある。詳しい理由を知っているわけじゃないけど、医者に止められているから学校に行けないと言っていた。勉強が苦手とか心がやさぐれてしまったから学校に行かないとかじゃないんだと思う。

 ……あ、でも多少は心がやさぐれてはいる気はしないでもないけどね。

 

 

「そういや、音無くんって理系のクラスだよね? 進路とかって考えてる?」

 

「えーと、進路か。そうだなぁ……」

 

「勉強してるってことは進学とか? もしかして、天上大学?」

 

「いや、本当のこというとあんまり考えてないんだ……」

 

「え? じゃあ就職? 音無くんも夢とか将来やりたいこととかない感じ?」

 

「夢、か……そうだな。昔はあったな」

 

「昔? 今はないの?」

 

「ないというか、諦めたと言った方がいいかもな。昔は医者になりたくて頑張ってたこともあったけど、今はどう頑張っても無理だから」

 

「そっか、医者かぁ……でも、そういった夢があったのは羨ましいな。私なんて、昔はお嫁さんになりたいだとか和菓子屋さんになりたいとかばっかりだったから。今なんて未だになりたい職業とかやりたいことって見つかってないし……」

 

「そうなのか。でも、お嫁さんとか和菓子屋さんって……なんとなく朝霧らしいな」

 

 

 そう言って音無くんは微笑んでいる。まぁ、昔の夢なんて単なる憧れや大好きなものに携わった仕事をしたいと夢見るものなんだろうと思う。

 でも、今思うと……昔の私って、好きなイチゴ大福とかの色々な和菓子がたくさん食べれるからという安直な理由で和菓子屋さんになりたかったという夢を持っていたと思うと、少し笑えてしまう。

 

 

「じゃあ、朝霧は進路とかはどうするつもりなんだ?」

 

「私? 私は……正直、分かんない。夢もやりたいことも特にないから、とりあえず進学だけしようかなって。だから、この学園の系列でもある天上大学に行こうかなって。あそこの文系の学科なら私でも行けそうだし、なんとなく目指してみようかなって。そこでやりたいことが見つかったらいいなって思ってる感じかな」

 

「そうなのか……やりたいことがないやつって、案外そういうもんなのか」

 

「そういうもんなんじゃない? あれ? でも音無くんも今はやりたいことないんじゃないの?」

 

「あ、ああ。そうだったな」

 

 

 諦めたと言っていたから、やりたいことがもうないのかなと思ってた。

 けど、反応を見る限りでは、他にやりたいことでも出来たのかな。

 

 

「もしかして、医者にはなれなくても看護師にはなりたいとか? それとも、まだ医者になりたいのを諦め切れないとか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……まぁ、医者になれなくても、医学関連の道には行きたいかな」

 

「そうなんだ。じゃあさ、特に行きたい大学とか進路とかないんだったら、私と一緒の天上大学に行ってみない? たしか医学部もあったはず。音無くんなら、行けるんじゃないのかなと思ってるんだけど……成績はどんな感じなの?」

 

「えーっと、どんなもんだろうか。まともにテストなんてしたことがないから、テストを受けてみてどんなもんなのかを担任に聞かないと、何とも言えないな」

 

「じゃあ、今度のテストでの成績を見てみないと、行けるかどうか分からない感じなんだね」

 

「そういうことになるな」

 

 

 ということは、6月の中間試験にならないことには進路も決めようがないってことか。

 でも、音無くんなら問題なさそうではあるけどな。

 ……とはいっても、なんとなくだけどね。

 

 

「じゃあね、もし成績返ってきて天上大学を狙えそうだったら、私と一緒の大学にする?」

 

「まぁ、特に行きたいとこはないからな。行けるなら、そこでいいかな」

 

「え、ほんとに?」

 

「ああ、男に二言はないからな」

 

「そっか。じゃあ、もしかしたら、大学も一緒になれるんだね」

 

「そうなるな」

 

 

 正直、嬉しい。まさか、大学も一緒になるかもしれないなんて。

 そりゃ学部とか学科とかは違うことにはなるだろうけど、それでも今後も一緒にいられる。卒業しても音無くんと一緒にいられるかもしれない。そう思うだけで、嬉しさが込み上げて来る。

 

 

 

 私は、結弦くんと出会って変わった。

 何が変わったかと質問されたら、上手く答えられる自信はない。

 

 けど、自分だから分かる。変化は比べる対象があることで気付ける。比較できるものがあるから、変化が見えてくる。

 ただ、私が上手く答えられる自信がないのは、目に見える変化ではなく、心象や気持ちによるものの変化であるから。

 

 きっと昔の私なら、こんなこと……考えられなかった。

 今更、将来に夢を見るなんてなかったかもしれない。

 

 

 幸せな未来を信じて、私は結弦くんとの未来を思い描いた。

 明るい未来があると。

 決して、未来を失うことはないと。

 

 何も疑うことも、不安を抱くことなく、私は将来に向かって走り出していた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 《2011年5月25日17時頃:3-E教室》

 

 

 今日の授業は終わり、HRを終え、さっそく自分のカバンを持って教室を出た。

 これから向かう場所は生徒会室。生徒会長はそこにいる。

 

 だけど、その前にトイレに向かおう。行く前にトイレに行っておきたい理由がある。

 

 トイレの中へと入ると中には誰もいない。授業が終わってすぐに入ったせいか、今のところ誰もいないみたい。

 カバンを持ったまま、トイレの中の個室へと入る。とりあえず座ろうかな。

 

 

「…………はぁっ」

 

 

 溜め息が出てしまった。溜め息が出るのは、やっぱり生徒会長に会うことで緊張しているからなのかな。先生に会いに行くよりも気が重いのは間違いないけど。

 でも、心を落ち着かせるのにトイレは良い。今のところ誰にも邪魔されずにじっくりと落ち着くには最適の場所だと思う。色々場所は考えたけど、ここが一番良いように思える。

 

 

(さて、トイレに来たのはいいけど、どうしようか)

 

 

 生徒会長に会うことを決心したのはいいけど、今すぐに会うというのはきっと間が悪い感じがする。たぶん、まともに会ってはくれないんだろうなぁ。

 

 最初は朝に会いに行こうと思ってた。けど、訪れた時には誰もいなかった。待っても良かったけれど、生徒会長がいつも何時に来ているか知らなかった。それに、朝は朝で会ってくれないような気もしてきた。

 それ以前に、私自身が生徒会長が登校している姿を見たこともないし、授業中に学校に来ているのではないかという噂まである。

 

 そう考えたら、やっぱり授業が終わった夕方に会いに行くのが良いと思った。というより、結局その時間帯にしか会えないのかもしんない。そうなると、音無くんとの買い物の約束を破ることになってしまいそうだけど、明日にしてしまうわけにもいかない。

 ああ、今思うと、約束なんてしなけりゃ良かった。私が少し浅はかだったな。

 

 本来なら今会いにいくのも良いかもしんない。だけど、念には念を入れておくべきだ。そうなると夕方とは言っても特に人が少ない時間帯。夕方の6時過ぎに行くのが一番良い。

 なにせ生徒会長はいつも忙しそうにしている人だ。生徒会の仕事をしている時に会いたいと言っても、なかなか会ってくれる気がしない。それなら、生徒会の人達も減ってくる6時過ぎに行けば、きっと会ってくれる。多少なりとも夕方のその時間なら、生徒会長だって私と話をするくらいの余裕はあるはず。

 

 

 今は夕方の5時過ぎ。だから、あと1時間ほど時間を潰せば十分なはず。それには時間を潰さないといけない。

 

 けれど、今はやるべきことが1つあった。それをするのには、あまり誰かに見られたくない。というより、誰にも見られない場所か人気のない場所に来たかった。

 そこで保健室とか部室とか図書館とか学生寮とか色々と考えたけれど、やっぱり一番良いのはトイレの個室なんじゃないかという考えに至った。

 

 

(ありえない……とは思うけど、万が一のことを考えるとやっぱり書いておかないと)

 

 

 生徒会長に限らず、生徒会関連の噂は絶えない。裏で生徒を恐喝しているやら、秘密裏に何か学校とは無縁のものを作ってもらっているやら、学校内で問題を起こしても帳消しにしてもらえるやらと色々なことを耳にする。極めつけには、生徒会に歯向かう生徒は停学にされたり監禁されたりするとか。

 そんな噂まであったりするから、ほんと生徒会はこの学校の生徒達に恐れられているんだなと今更ながら思ってしまう。

 

 別に私はそんな根も葉もない噂を信じているわけじゃない。だって、ありえない。そんな権限を生徒会が持っているわけがない。

 なのに、生徒会ならそんなことも可能にしてしまうかもしれない。生徒会長なら本当にやりかねないという不安が、今私に結弦くん宛ての手紙を書かせている。

 

 もしも、私が生徒会に行ったことで、生徒会に目をつけられてしまった場合。きっと私は結弦くんに会うことが出来なくなってしまう。最悪、結弦くん会うことも何かを伝えることさえも出来なくなると思う。

 結弦くんを知っている私が結弦くんと会うことで、きっと彼の居場所が生徒会にバレてしまう。それだけは避けないといけない。そのためには、今後は会わないように行動していかなきゃならないんだけど……

 

 

(そういや、そこまで考えてなかったや……どうしよっかなぁ)

 

 

 実際、私が生徒会長に聞きたいことは、何で結弦くんを探しているかだ。何の用で結弦くんを探しているのかさえ分かれば対処のしようがあるんだけど、まったくもって検討がつかない。とりあえず、生徒会長自ら動いているという時点で、すごく嫌な予感だけは感じている。

 

 正直、大してどうでも良い理由なら、後で結弦くんに言って生徒会長に会ってもらえばいいんだけど……どうでも良いような理由ならきっと生徒会長自身が探しに来ない。生徒会役員か先生かクラスメートの誰かに頼めばいい。わざわざ教室に出向くなんて、よほどのことだとしか思えない。

 

 そう思うと、私が生徒会長と会って簡単に話が終わるわけない。きっと監視の目がついてしまうか、脅されるか、色々と手を尽くしてくるはず。

 そうなるとやっぱり、私が結弦くんに会うのは危険だ。どうにかしてバレないようにするためには、今のうちに音無くんに生徒会長のことを伝える手紙を書いておかないと。

 

 

(そして、この手紙をどうしようか。そこも考えないと)

 

 

 今の時点で頼める相手は……部活の後輩の牧野夏奈(まきのかな)ちゃんくらい。

 そうだ、きっと彼女に頼めば、手紙のことを深く詮索はしないだろうし、必ず手紙を届けてくれる。他言もしないはずだから、絶対に音無くんのこともバレない。

 

 問題はいつ届けてもらうか。あくまで最後の手立てである手紙をさすがに今日知れ渡ってしまうと、もし何もなかった場合にみんなに変に心配をかけてしまう。

 それなら、明日の朝くらいに戦研部の部室に手紙を届けてもらえば、柔沢くんの目に入る。柔沢くんなら結弦くんのいる場所も知ってるし、結弦くんに手紙を渡しては生徒会長のことも説明してくれる。それに結弦くんのことを守ってくれるはずだ。

 

 もしかしたら、この手紙はいらないかもしれない。必要ないかもしれない。ここまでしなくてもいいのかもしれない。

 けど、念のため。もしものことを考えると不安になる。この保険があるかないかで心持ちが変わってくる。心置きなく生徒会長に会いに行けない。

 

 

 だから、書く。

 紙に私の想いや考え、伝えたいことを書き並べていく。

 

 書き記しておくべき言葉はたくさんあるけれど、結弦くんに対する想いはたった一つ。

 

 “どうか、私のことは心配しないで”

 

 ただ、それだけは伝わるように、文字を書いていった。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 《2011年5月25日18時頃:生徒会室前》

 

 

 トイレの個室の中で手紙を書き終え、私は部室に向かった。なぜならそこには部活の後輩で一番仲の良い牧野夏奈ちゃんがいるからだ。

 夏奈ちゃんに会い、手紙を渡してほしいと頼んだ。なんで手紙? と不思議そうな顔をしてたけど、深く詮索しない辺りは頼れる後輩だと思う。

 

 その後は、ある程度時間を潰して、生徒会室に向かった。

 

 さぁ、これで準備は整った。あとは、生徒会長に会うだけだ。

 

 生徒会室の前まで来ると、心臓の音が聞こえてくるくらい胸がドキドキしてるのを感じる。でも、もう後には退けない。結弦くんを守るためにも、私はこの扉を開けなきゃいけないんだから。

 

 

「失礼します!!」

 

 

 思い切って生徒会室の扉を開けた。そしたら、男子生徒が一人だけいた。身長もやや高く、体格もがっしりとした、いかにも体育会系の男子が一人だけこの生徒会室で作業をしている。何かしらの書類に目を通しているみたい。

 

 

「はい、どうしました?」

 

「すみません、紫野生徒会長は……」

 

「うん? 生徒会長なら私用でここにはいませんけど」

 

「いや、生徒会長に聞きたいことがあって……」

 

「生徒会長に、ですか? 私は生徒会長の補佐をしている身なので、お答えできる範囲内であればお答えしますが?」

 

「でも、できれば生徒会長に会ってお話したいんですけど……」

 

「しかし、紫野生徒会長もお忙しい身ですし、私とて会長の邪魔をするわけにもいきません。なんなら、会長に言伝で用件をお話しますが?」

 

 

 どうしよう。いつも生徒会室にいるから、てっきり今日もいると思っていたけど。

 仕方ない。とりあえず、生徒会長に伝えてもらわないことには話は進まないや。

 

 

「えっと……じゃあ、音無という男子生徒のことで聞きたいことがあると伝えてくれませんか?」

 

「……音無? 今、音無と言いましたか?」

 

「えっ……はい、そうですけど」

 

 

 男子生徒は少し慌てた様子で私に近づいては質問する。

 急に近づかれたから、つい後ろにちょっとだけ後ずさりしてしまった。体が大きいから、ちょっと威圧感がある。

 

 

「音無結弦という男子生徒ですよね? 何か知ってるんですか?」

 

「詳しくは知らないんですけど、ただ生徒会長に聞きたくて」

 

「そうですか。少々お待ちください……」

 

 

 すると、目の前の男子はズボンのポケットの中からケータイを取り出した。

 耳にケータイを当てているあたり、もしかしたら生徒会長に電話をするのかもしれない。男子は私から少し離れて、喋り始めた。

 

 

(……会った方が、いいよね?)

 

 

 あんまり考えていなかったけど、生徒会長にわざわざ会って聞かなくても、この目の前にいる生徒会役員であろう男子生徒に聞けば良かったかもしんない。もしかしたら、何か知っているのかも。とりあえず、電話が終わった後にでも聞いてみようかな。

 

 

「えっ!? いや、ですが会長。本当によろしいんですか? …………はい……はい。それならいいですが…………え、質問を? じゃあ、それを聞いてからそちらに向かわせればいいんですね? ……はい。わかりました」

 

 

 少し声を荒げながらも男子生徒は、どうやら電話を終えたみたいだ。ケータイをポケットの中にしまっては、私のいる方へと歩いてくる。

 

 

「すみません、お待たせしました。生徒会長にお電話したところ、今すぐにでも直接会いたいだそうです。ただ、ひとつ質問してもよろしいでしょうか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「生徒会長に会ってどうされたいんですか?」

 

「えっ……と……単に話を聞きたいだけなんですけど」

 

「話を聞きたい………つまり、お話をするだけですね?」

 

「はい、そうですけど……?」

 

 

 目の前の男子生徒が質問をしてきた意図が分かんない。さっきも言った通り、生徒会長に会って話を聞きたいだけ。それだけなんだけど。

 なのに、なんでわざわざ質問したんだろ? 生徒会長と会って何をしたいかを聞いてくるのはなんで? 単に確認のため?

 

 

「わかりました。それなら大丈夫です。生徒会長は今、学園の離れた場所にある池にいますので先に行っててください。私も後で行きますので」

 

「え? 池?」

 

 

 池……って、あの関係者以外立ち入り禁止の場所のあそこ? 学園の敷地内でも割とはじっこの方にある場所だけど、なんであんなとこに生徒会長はいるんだろ?

 

 

「池って言われても、池のどこにいるか分からないし……生徒会長はここには来ないんです?」

 

「はい。今日は私用でしばらく帰られないので、ここにはもう来ないかと。場所に関しては、池には囲いがありますので、その入り口から入ればすぐにいると思いますよ」

 

「でも…………」

 

 

 そうは言われても、池なんてあまり行ったことがない。授業とか文化祭の作業とかで何回か行ったことがあるくらいだ。普段はあんなとこ誰も近づかない。そもそも、入り口の扉には鎖と鍵がかかっていていつも閉まっているから、誰も入れない。

 

 どうしよう。でもここで帰るわけにもいかないからなぁ。

 とりあえず、この男子生徒に結弦くんのことを聞いてみようかな。

 

 

「ちなみに、あなたは音無結弦という男子生徒のことで生徒会長から何か聞いてませんか?」

 

「いえ、その生徒に関しては名前くらいしか知りません。自分も顔は見たことありませんし、生徒会長自身も詳しくは知らないのですから。むしろ名簿にはあるのに、誰もその生徒のことを知らないので生徒会としても困っているくらいです」

 

「そうですか……じゃあ、なんで生徒会はその生徒を探しているんですか?」

 

「……すみません。生徒会長が何故その生徒を探しているのかは自分も詳しくは知らないので」

 

 

 やっぱり、結弦くんのことは知らないのか。生徒会長も詳しく知らないということは、単にどんな生徒なのか知りたいだけなのかなぁ。

 とりあえず、生徒会長本人に会うしか他ない。面倒だけど、池まで足を運ぶしかないか。まぁ、この生徒も後で来てくれるみたいだし、生徒会長とすれ違いなることもないはず。

 

 

「なら分かりました。生徒会長がそこにいるのなら、直接池に行くことにします」

 

「すみません、自分も作業が終わればすぐに向かいますので。とりあえずお願いします」

 

 

 生徒会室を出て扉を締めようとする前に、ふと時計が目に入る。時間は6時15分になろうとしていた。

 

 

(もう、こんな時間か……)

 

 

 会うのは面倒だけど、先延ばしにするわけにもいかない。生徒会に来てしまった時点で、もう生徒会長に会うしかないのだから。

 

 夕方の日差しが差し込む中、池へと向かって廊下を歩いて行く。

 夕陽が沈んでしまうには、きっと1時間もかからない。

 

 

(結弦くん……ごめんね)

 

 

 きょうは約束の買い物には行けそうにない。約束なんてするんじゃなかったと今更ながら思ってしまう。

 

 でも7時には用事は終わるはず。

 きっと理由を言えば、結弦くんも許してくれるはず。

 

 空は曇り空で薄暗い雲ばかり。ああ、このまま雨が降らないでいてくれたらな。

 今は、そう思えてしまった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「紫野会長、先ほどの会長に会いたいと言っていた女子生徒は今そちらに向かいました」

 

 

 携帯電話の着信音が鳴ったから電話を受けると、電話をしてきた玄内はそう言った。

 

 

「そうか、わかった。質問に対しては何て言ってた?」

 

「話を聞きたい、と。彼女はそう言っていました」

 

「そうか。わざわざ僕のところまで来てでも聞きたいことがあると」

 

「はい、お話をするだけだと。たしかに確認しました」

 

 

 となると、またしてもだ。バグの発生した人間である可能性が高い。いや、むしろバグの発生源が音無である可能性が高いのだから、バグった人間なら音無について何かしら情報を得ていると考えた方がいい。

 なにより、今こちらに向かっている女子生徒がそうだ。音無のことで聞きたいことがあるなんて、“普通”の人間では想定できない行動だ。

 

 

「じゃあ、念のためいつもの専門道具を持ってきてくれ」

 

「専門道具って……でも、お話するだけですよね? 彼女もお話するだけだと言っていましたよ?」

 

「それはそいつがそう言ったのかもしれないけどさ……」

 

 

 こちらに向かって来ているのは男子生徒じゃなく、嫌なことに女子生徒だ。女子生徒の場合になると、最悪の場合ここで対処せざる負えなくなる。

 とは言っても、女子生徒を泳がせて音無の居場所を探る方が得策ではある。できるなら、処分する方向には持っていきたくはない。善処はするが、発作が始まってしまっては止めようがない。

 

 

「……まあいい。とりあえず持ってこい。最悪の場合に備えてそれがないと困るんだよ」

 

「はい! 分かりました。すぐに用意してそちらに向かいます」

 

「ああ、なるべく早くな」

 

 

 そう言って、電話を切った。携帯電話をズボンのポケットにしまう。

 できるだけ女子と2人だけという状況は避けたい。緊張するというより、気分が悪くなりそうだからな。

 

 さて、もう6時過ぎか。

 昨日の後始末も終えたことだし、池の周りでも散策するかな。

 

 それまで、ここに来る女子生徒を待つことにしよう。




part4へと物語は続く。


今回も朝霧視点でのお話でした。
今まで読んでくださった方には申し訳ないのですが、
話の内容が長くなってしまい、もう1話分増えてしまいました。

元々、生徒会長に会うところから今回の話は始める予定でしたが、
補足やら補完やらと色々と話の内容を付け足してしまったら、
今回の話は予定になかった内容の部分だけで終わってしまいました。

(本当に……本当に申し訳ないです)

さて、ここいらで朝霧の後輩である牧野夏奈が出てきましたね。
vol.1で朝霧の話でしか出てこなかったキャラですが、
みなさん忘れてましたよね? (作者も最近まで存在を忘れてました)

次回では今度こそ、生徒会長と会って物語は佳境に入っていきます。
なんで生徒会長は池にいたのか。生徒会長の真意とは。
そして、朝霧はどうなってしまうのか。
次回こそ朝霧視点のお話は最後ですので、お楽しみに。

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