Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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今回も朝霧視点のお話です。
今回のお話の時系列は、
24日のロシアンルーレット勝負を終え、昼休み時間になった頃。
13話直後のお話の内容となっております。


EP21 ― fog to clear part 2

《2011年5月24日12時30分頃:3-E教室》

 

 

 授業の終了を知らせるチャイムが学校内に鳴り響く。私がいる教室の中でも例外なく、まるで居眠りをした学生の目を覚まさせるかのように大きな音で学校中に鳴り響いている。

 

 

(やった、やっと終わったよ)

 

 

 待ちに待った昼休みの時間になった。1時間弱という長さの一番長い休憩時間が遂にやってきた。特に今日はいつも以上にこの昼休み時間を心待ちにしていただけに、ついつい心が躍ってしまう。

 教卓に立っていた古文の教師こと長谷川先生は、3-Eの教室の扉を開けて教室を出て行く。それと同時に、同じクラスメート達はそれぞれで動き始めた。

 

 

(さて、さっそく3-Bの教室にいかなきゃ)

 

 

 私が机の上に置かれた教科書やらノートや文房具を片づけてイスから立ち上がると、クラスメート達がぞろぞろと教室から廊下へと出始めていた。

 きっと大半の人が大食堂へ昼食を食べにいくんだろうなと思う。いつもなら私も大食堂へと行って昼食を食べに行くんだけど、今日に限っては行かなきゃいけないとこがある。それは……3-Bの教室だ。

 

 私も同じように、自分のカバンを持っては教室を出ていくことにした。教室を出て、廊下を歩いているとやけに涼しく感じる。周りをよく見てみると、ほとんどの廊下の窓が全開に開いていた。学校の中に入ってきた風が、半袖のシャツを着ている私に心地よい涼しさを感じさせてくれる。

 

 そういや、来週からはもう6月になるのか。夏が近づいてきているのだから、さすがに学校の中が暑くなるのも仕方がないのかな。

 特に今日の空は雲一つ見えない。そのせいで窓から強い日差しが差し込んで、学校内の気温もいつも以上に暑くなっているのかもしんない。わざわざ廊下の窓が開けてあるのもそのせいなんだろうな。

 

 

(今日は半袖のシャツを着て来て、ほんとよかったぁ)

 

 

 ちょうど今は制服の衣替えシーズン。周りを見ると半袖を着ている生徒もチラホラと見られる。かくゆう私も、今日は暑くなると見越して半袖のシャツを着て来た。

 なぜなら、暑がりな私としては半袖のシャツでいる方が気楽で良い。蒸し暑いのを我慢したり、変に汗ばむこともないから、ゆったりとした気持ちでいられる。

 

 そりゃあ、男子ならまだしも女子の中で半袖のシャツを好んで着ているのは珍しいのかもしんない。それは、紫外線やら日焼けやら服が透けやすいやら肌が露出するやらと、半袖だと色々と女子にとっての問題点が浮き彫りになるからだ。何故か女子に限っては半袖でいる方がデメリットが多くなってしまう。

 そうなると真夏でない限りは長袖のシャツかブレザーを着こんでいる方が得策ということになる。わざわざ日焼け止めを塗ったり、汗で濡れるシャツの対処やら汗の臭いを気にして制汗剤をつけたりと体臭を気にする必要もなくなる。そういった点では、たしかにこの時期としては半袖でいるよりかは長袖のシャツだけでいる方がいいのかもしんない。

 

 特に女子の中ではルールのような決まりごとがあって、その女子達のグループによるのだろうけど、着ていく服はその仲の良い女子達で統一しようとする。

 では、私はどうなのかと問われれば、グループというものに属していないというのが現状。そもそも、他の誰かと合わせる気すらないし、クラスのでも仲の良い友だち自体少ない。

 去年までは仲の良い友だちとは同じクラスだったのだけど、今となっては他のクラスになってしまってバラバラ。親友と呼べる人も今はいないし、部活の後輩の牧野夏奈ちゃん方が仲が良いのだから、ある意味同年代の女子との友人関係は希薄と言えるのかも。

 

 幸い私のいるクラスでは変にグループ意識を持たない人がいるおかげか、女子同士の変な協調みたいなのがない。特に私は当たり障りのないような立ち位置でいる。クラスメート以上友だち未満といったところかな。いつも一緒にいるような友だちというものは、まだこのクラスにはいないのが現状だった。だから、着ている制服がどうであれ、誰かにとやかく言われることも私自身気にすることもない。

 

 

「……って、そんなことはどうでもいいことか」

 

 

 廊下を歩きながら、私はそう呟いてしまう。なんだかんだいって、友達が少ないことを自虐している自分に対して、つい自分で突っ込んでしまった。

 そもそも、今は友達とかクラスメートとかを気にしている場合じゃない。それよりも今は同居人である結弦くんが気になって気になって仕方がない。彼のことで、今は頭がいっぱいになっている。私が3-Bに向かっているのだって、そこに彼がいるからだ。

 

 私が結弦くんと出会って、もう2カ月くらいになったんだろうか。相変わらず彼は、部屋の中に引きこもりがちだ。仕方のないことだとは思うけど、それでも早く学校に通ってくれるようになって欲しいと思ってしまう。

 だけど、今日は途中からでも頑張って午前中の授業を受けると言っていた。それならきっと、今は授業を終えて教室にいるに違いない。早退していない限りはきっとそこにいるはず。

 

 

 3-Bの教室に着いて、教室の後ろの扉から教室の中を覗いてみる。くまなく探してみるけど、一向に結弦くんらしき男子は見えない。もしかして、大食堂に行ったんだろうか?

 

 

「あれ? しおりんじゃないの!」

 

「あっ、つーちゃん!」

 

 

 1年生の時に同じクラスだった三河月子ちゃんは、スマートフォンを片手にイスに座っていた。友達の多い彼女のことだ。きっと、今までメールでもしてたのかもしんない。

 

 

「こんなとこまで来てどうしたの?」

 

「えっと、音無結弦くんっていう男子来てない?」

 

「ん? 音無くん?」

 

「たしか、このクラスだったはずなんだけど……あれ? 違ったのかな?」

 

 

 少し不安になってきた。いやでも、3-Bのクラスであってるはず。だって……

 

 

「おっ、朝霧じゃねぇか。珍しいなこのクラスに来るなんて。なんだ? 音無に会いに来たのか?」

 

「あっ、柔沢くん」

 

 

 柔沢くんは走りながら教室に入って来た。入って来るなり、机に向かっては机の横にかけてあるカバンを取り出している。

 

 

「実はそうなんだけど、今日って音無くんは……」

 

「ああ、来てたぞ。ついさっきまでオレ一緒にいたからな。いやー、それにしてもちょっと疲れたな」

 

 

 柔沢くんはカバンからタオルを取り出して、頭や体から出ている汗を拭いている。私のいた教室の方角から走って来たけど、私が廊下を歩いていた時は見かけなかったし、今までどこにいたんだろ。

 

 

「てか、ザーヤン。今までどこ行ってたのよ? 3限目の休み時間から教室を飛び出して帰ってこないから、円堂先生も心配してたよ」

 

「あ、ああ。それはすまんかった。そういや三河、4限目の佐々木先生にはなんて言ってくれた?」

 

「便秘ってことにしといたから。3日分ほどだいぶ溜まってるから、出すのにすごい時間かかってるってね。佐々木先生もそれで納得してくれてたわ」

 

「おいっ、その理由はひでぇだろ。つーか佐々木もそれで納得したのかよっ!」

 

「便秘の辛さは痛いほど分かるってさ。切れ痔にならないといいけどとか別の意味で心配してたし」

 

「マジかよ、俺に変な印象植え付けるなよおまえ……」

 

 

 タオルを首にかけては、柔沢くんは呆れ顔でイスに座ってお茶を飲んでいる。

 てか、柔沢くんのあだ名って“ザーヤン”なんだ。

 

 

「それで柔沢くん。音無くんと今まで一緒だったってどういうこと?」

 

「実はな、3限目の授業が終わった後、休み時間の時に偶然廊下で会ったんだ。俺も音無に色々と話したいこともあったし、ついさっきまで戦研部の部室にいたんだよ。ついさっき、俺と一緒に教室に行かないかと誘ってはみたんだが、さすがにそれは無理だったみたいだ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 やはり結弦くん、今日も教室に来て授業を受けることは出来なかったんだね。

 でも良かった。てっきり、今日も学校に来なかったのかと思ってたけど、頑張って来てたんだ。それだけでも嬉しい。

 

 それに、柔沢くんと今まで一緒にいたってことは、少しずつ学校に馴染めているのかもしんない。学校に行くのを拒絶していた頃と比べると、明らかに進歩してる。授業を受けることも無理な話じゃない。

 

 

「それで音無な。俺の戦研部に入部してくれるってさ」

 

「えっ!? うそ!? それほんと?」

 

「ウソ言ってどうすんだよ。本当に音無に頼んだら、入部するって約束してくれたんだ」

 

 

 正直信じられない。授業を受けることさえ難しい結弦くんが、部活動に入ることを約束するなんて。いったい、どんな手をつかったんだろ……

 

 

「へー、あの廃部寸前の戦研部に入部するやつがいたなんて……ザーヤン、どんな手を使って勧誘したの?」

 

「……もしかして柔沢くん。音無くんを部室に監禁して、無理矢理入部することを約束させたんじゃ……」

 

「んなわけねーだろ! ちゃんと正々堂々と入部して欲しいと申し込んだんだ! 強制なんかしてないぞ!」

 

 

 必死に否定している辺り、嘘はついていないみたい。私が知っている限りでは柔沢くんはそんなことをする人ではないことは分かっている。

 けど、やっぱり柔沢くんの外見だけ見ると……つい、やりかねないかなとか思ってしまう。

 

 

「いやだって、ザーヤンならやりかねないかな~って思うじゃない」

 

「くそ、失礼なやつだなおまえら。そりゃあ部員数が足りなけりゃ廃部になるからな。幽霊部員でもいいから無理にでも誰かに入って欲しかったけどよ……」

 

 

 その話は聞いたことがある。たしか、先輩達が卒業して部員数が少なくなったという話だったはず。

 普通なら見逃されるのかもしんないけど、戦研部のことを疎ましく思っていた教師か生徒会が、最低5人は部員数を確保することを条件に警告を出した。だから、あと1人を募集しているらしく、柔沢くんはここ最近部活動の勧誘活動をしているようだ。

 

 

「だけどよ。無理矢理入部してもらっても、迷惑になるんじゃ意味がない。ちゃんと興味を持ってもらった上で入部してもらわなきゃな。だから音無には部活動のことはしっかりと話したし、入部するかしないかも話はつけた。それを踏まえて音無は入部するって言ってくれたんだし、きっと入部することに異論はない……とは思う」

 

「ふーん、ま、良かったじゃないの。部活動続けられて」

 

「ああ、ほんとにな。これで、廃部にならずに済む。ほんとに良かった……あいつも喜んでくれるかな」

 

 

 結弦くんが入部してくれることが本当に嬉しいみたいだ。嬉しさからか少し涙目になっている。柔沢くんにとっては、今いる部活動に相当な思い入れがあることが感じさせられる。

 でも、“あいつ”って誰なんだろ? 

 

 

「……あいつ?」

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ朝霧」

 

「あ、わかった。もしかして……あの円堂先生の親戚の子の」

 

「おい三河、余計なことは言うなよ! あいつとはおまえの想像している関係とは違うからな!」

 

「はいはい、わかりましたよー。今は、そういうことにしといてあげるわね」

 

「…………ほんと、めんどくせぇやつだな」

 

 

 柔沢くんはため息を吐くと、黒板の上の壁時計を見ては立ち上がる。時刻はちょうど1時になろうとしていた。

 

 

「おっと、そろそろ行かないとな」

 

 

 柔沢くんは自分のカバンを片手で持ち上げながら、肩からつりさげてカバンを背負うように担いだ。まるで今から帰るみたいに見える。

 ……もしかして柔沢くん。午後の授業をサボタージュするつもりなのでは?

 

 

「ザーヤン、どこ行くん?」

 

「ん? 昼食食べに行くだけだが?」

 

 

 柔沢くん、不思議そうに私達を見ているけど、私達からしたら明らかに今から授業をサボろうとしているようにしか見えない。でも、柔沢くんはそのことに気付いていない様子だ。

 だけど、なんで昼食を食べに行くのにカバンを持っていく必要があるのだろ。サイフとかケータイなら持っていくだろうけど、カバンを持っていくのは何か他に貴重品か見られたくない何かがあるのかな。

 

 

「失礼するぞ」

 

 

 急に教室の前の扉から誰かが入って来た。堂々と教室に入っていく様は、教室内の空気を一気に張りつめていく。見る限りでは男子生徒だけど、なんだか普通の男子とは別物の雰囲気を感じさせられる。

 教室の中へと入っていきながら、男子生徒は教室の全体を見渡している。まるで、誰かを探しているみたいだ。

 

 

(あっ、この人は……)

 

 

 教室に入って来た男子生徒と少し目が合った瞬間、この男子生徒が何者だったのかを思い出す。

 彼の名前は“紫野蒼士郎”という、現在この学校の生徒会会長だ。廊下の方を見ると、引き連れてきたのか生徒会役員の一人が教室の外で立ち止まっている。

 

 

「生徒会長じゃないですか。どうかしましたか?」

 

 

 三河は普段よりやや高い声域で、生徒会長に話しかけた。明らかに、かしこまっている。

 

 

「うーん、それじゃあ少し聞きたいことがあるんだが」

 

「はい。何ですか?」

 

「このクラスに音無結弦という男子生徒がいるだろ? そいつを探してるんだが、知らないか?」

 

「えっと……いや、私はまったく知らないです」

 

「そうか。男子のキミは?」

 

「…………いや、知ら……ないです」

 

「あれ? ここのクラスだよな? 音無がどこにいるのか、知ってそうなやつはいないのか?」

 

 

 生徒会長は教室内にいる生徒全員に対して聞くように尋ねた。しかし、誰一人として答えようとしない。

 すると、生徒会長の視線は私に向いた。ずっと視線を変えずに私だけを見つめていて、まるで少し睨んでいるようにも見える。そんな生徒会長に、圧倒されてしまって自分の体が震え出す。正直、恐怖のような何かを感じて、段々と自分の中の動揺が大きくなっていった。

 

 

「え……いや、あ、あの……」

 

「すみません生徒会長さん。音無はここんとこ不登校でここの教室には来てないんですよ。だから、クラスの誰に聞いても分からないんじゃないですかね」

 

「ふうん……そうか。それなら仕方ない。邪魔してすまなかったね。失礼するよ」

 

 

 柔沢くんの言葉を聞いてすぐに私から視線を変え、生徒会長はそう告げた。

 すると、生徒会長は少し顔を綻ばせている。すぐさま教室を出て行った。生徒会長が教室からいなくなって、今まで引き締まっていた空気が段々と緩んでいくように、他の生徒達が動き始める。

 

 

「……ふぅ。き、緊張したぁ……」

 

 

 生徒会長に見つめられたときはまるで心臓を掴まれているような気分になった。大人ならまだしも、同じ学年の生徒でこんない恐怖の念を抱いたのは初めてだった。いったいなんで私を見ていたんだろ。

 それ以前に、生徒会長は何で結弦くんを? 何の用で結弦くんを探しているんだろう? なんだか、不安になる。何か結弦くんに良くないことが起きてるような……嫌な予感のような何かを感じて、心がざわつき始めてきた。

 

 

「いやーやっぱカッコいいわね。紫野会長。あの堂々とした感じ、他の男子とは全然違うもの。付き合うとしたら、やっぱああいう毅然として頼れる人がいいわ。つーちゃんもそう思わない?」

 

「え、いや、私はそう思わなかったな。正直、不気味で怖かったよ」

 

「怖い? え、なんで? 生徒会長だよ? カッコいいし、クールだし、全生徒の憧れの的じゃないの。それに、しおりんだって紫野会長が生徒会長になった時、あの人と目が合ったら惚れるかもとか言ってたじゃないの」

 

「え、そ、そうだっけ……」

 

 

 もしかしたら、そんなことも言ったかもしんない。当時のことは覚えていないけど、紫野生徒会長のことは知ってたし、生徒会室に行けば何回か会うことはあった。

 きっと、以前は生徒会長に対して怖いなんていう感情は抱かなかったんだと思う。今日のような不安な気持ちになったことは今までになかった。

 だけど今日は、生徒会長が私の知っている生徒会長とは違った。大きな違いは感じ取れる雰囲気だろうか。印象がとてつもなく以前と変わっているように感じる。

 

 

「あ、そうだ柔沢くん。ありがとね」

 

「ん? なにがだ?」

 

 

 なんだか顔が険しい。声色も少し低いし、なんとなく怒っているようにも見える。いや、機嫌が悪い感じかな。

 

 

「いや、私のこともそうだし、音無くんのことも隠してくれたから」

 

「ああ、そのことか。なんとなくだが、あの生徒会長を目の前にしたら心がざわついてな。音無のことも何も言ってはいけない気もしたし……」

 

 

 柔沢くんは頭を手でかいて、苛立っている。ほんとどうしたんだろ? さっきまで普通にしてたのに、生徒会長が来てからは様子がおかしい。生徒会長と何かあったのかな?

 

 

「あー、くそ。なんだ? なんか落ち着かないな。すまねぇ、ちょっと気分転換してくる。あ、音無によろしくな」

 

「あ、うん。ありがとう。べつにきにしないでいいよ……」

 

 

 柔沢くんはそう言って教室を出て行った。

 それと同時に、私に異変が起きた。不安のような何かが募っていったせいか気持ち悪い。胸の動悸も止まらないし、生徒会長に対する胸騒ぎが一向に消えない。

 

 

「あれ? どうしたの、しおりん?」

 

「えっ?」

 

「なんだか、顔色が……大丈夫?」

 

「う、うん大丈夫……あ、やっぱり、ちょっと保健室に行ってくるよ」

 

「……あ、そっか。それなら、保健室までついて行ってあげるけど」

 

「いや、大丈夫だから。と、とりあえず、またね」

 

 

 つーちゃんは何かを察したみたいだけど、きっと勘違いしている。

 でも、それでいい。今はとにかくこの教室から出よう。

 

 生徒会長のことを考えるのは今はよそう。きっと音無くんも学生寮に戻っているはず。また後で考えればいいや……

 

 今はただ、医療棟の保健室へと向かいながら歩くことにした。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 あれから医療棟の保健室で少し休んでいた。でも、ベッドに横になってたらだいぶ落ち着いてきた。その後は大食堂で昼食を食べ、そのまま午後の授業を受けることにした。

 最後の授業が終わると、すぐに学生寮へと帰った。生徒会長の一件で少し不安になっていた私は、なんとなく結弦くんに会いたくなっていた。

 そんな私の不安とは他所に、結弦くんは今日のことは何も知らなさそうな雰囲気で部屋の中で過ごしていた。そんな彼の姿を見たら、私の中にあった不安は一気に無くなっていったのだった。

 

 今は結弦くんと一緒に大食堂に来ている。この時間帯にこうやって2人で夕食を食べるのも初めてだ。もっとこういう機会が増えるといいな。

 

 

「そうそう。オレ、部活に入ることにしたよ」

 

「あーっと、柔沢くんの部活に入るんだっけ?」

 

「え、知ってるのか?」

 

「だって柔沢くん、嬉しそうに話してたもん。結弦くんが入ってくれたの、相当喜んでたみたい。ちょっと涙目だったし」

 

「そうか……それなら良かった」

 

 

 嬉しそうに話す結弦くんを見ていると、本当に入部する気でいることを感じさせられる。決して無理強いされたわけではないようだ。彼が部活動に入ることを乗り気でいることに、私としてはこれほど嬉しいことはない。

 

 

「あれれっ? しおりんじゃない? 何してんの、ここで~?」

 

 

 声が聞こえる方へ振り向くと、そこには数時間前に会ったつーちゃんこと三河月子ちゃんがいた。つーちゃんもこの時間に夕食を食べに来たのだろう。

 

 

「あ、つーちゃん。つーちゃんも夕食?」

 

「そうそう、いつもこの時間帯に食べに食堂来てるんだけど、しおりんがここにいるの珍しいね……って、この人は?」

 

「え、音無くんだけど……あれ? たしか、つーちゃんと一緒なクラスだったよね?」

 

「えっ? そういや……ああ、そうだった。音無くんだ。音無くんじゃない。ここ最近見かけないから、すっかり顔を忘れちゃってたわ」

 

 

 忘れてしまうのも仕方がないのかもしんない。だって、ほとんど授業には出ていないし、クラスメートに顔を見せることはほとんどなかったのだから。結弦くんのことを忘れてしまうのも、仕方ないと言われればそうなんだろうな。

 

 

「えっと……すまない。名前が思い出せないんだが……」

 

「えー、去年も一緒なクラスだったじゃないの。ここ数ヶ月会わなかっただけで、忘れちゃった感じなの? って私も顔を忘れてたから人のこと言えないわよね……えっと、私は“三河月子”だよ。どう、名前聞いて思い出せない?」

 

 

 つーちゃんのその発言に少し驚いてしまう。

 だって、結弦君と去年は一緒なクラスだったことは初耳だった。昼に来た時は結弦くんのことを訪ねてもあんまり知らない様子だったから、面識ないのかなと思ってた。

 

 でも、去年は一緒なクラスであったということ。数ヶ月ぶりに会ったということ。名前も顔も忘れていたこと。なんとなく、違和感を覚えてしまう。なんだろ、変な感じだな。

 

 

「ああ、そういえばそうだったな。すまない、オレもすっかり忘れてたよ」

 

「まぁ、人間誰しも忘れることあるよね。そうやって人は、大切なことを覚えていくようになるんだろうなーって思うようになったんだけど……ん? あれ? なんか忘れているような……? 音無? 音無結弦?」

 

 

 つーちゃんは何かを思い出そうとしている。これはさすがに嫌な予感がする。

 きっと、昼に生徒会長がクラスに来たことを思い出すに違いない。その話題は、避けないと……

 

 

「音無結弦って言えば……あの紫野せいと」

 

「ああっ! ねぇねぇ、つーちゃん! ちょっといいかな!!」

 

 

 座っていたイスから立ち上がって、必死につーちゃんの言葉を遮る。

 ここで結弦くんに、生徒会長が結弦くんを探していたことを知られてしまうと、実際に生徒会長に会いに行ってしまいかねない。それだけは避けたい。

 

 だって、結弦くんに生徒会長と会わせることは正直気が進まないから。今の私と結弦くんの生活が壊されてしまいそう。それ以上に、生徒会長と会って良い事があるようには到底思えない。むしろ、私達にとって悪い事しか起きないように思えてしまう。

 

 

「ごめん、ちょっと女の子同士で話したいことがあるから、ちょっと行ってくるね。えっと、待っててね」

 

「あ、ああ……わかった」

 

 

 とりあえず、この場から離れよう。人混みのある場所だと話しづらいし、とりあえずトイレに向かおう。少し離れてしまうけど、人が多いとこで話したくない。

 

 

「ね、ねぇ、しおりん。いったい、どうしたの?」

 

「ちょっと、トイレまで来てもらってもいい?」

 

「別にいいけど……本当にどうしたのよ?」

 

 

 女子トイレに入ると、何人か中に入っているみたいだ。とはいっても、トイレの個室に数人いる程度。大声でしゃべらなけば迷惑にもならないよね。

 

 

「ごめん、つーちゃん。音無くんには、生徒会長が探していたことは伏せといて」

 

「えっ? それはべつにいいけど、なんでなの?」

 

「あ、いや、それは…………」

 

 

 何て言ったらいいんだろ。なんでと言われても、上手い理由が思いつかないや。

 とりあえず、何か言わないと。でも……

 

 

「ああ、いいわ。なにかわけありな感じね」

 

「えっ?」

 

「そっかそっか……しおりん、最近なんか様子がおかしいと思ったら、そういうことね」

 

 

 また何か勘違いしてる気がする。でも、都合よく解釈してくれてるなら、訂正する必要もないかも。後々面倒くさそうでもあるけど、今は良い理由も思いつかないし、仕方ないよね。

 

 

「……まぁ、いいや。とりあえず、ごめんけど音無くんには黙っててもらってもいい?」

 

「そこまで野暮じゃないわ。親友のしおりんの頼みだし、ちゃんと黙っておいてあげる」

 

「うん、ありがとうね。つーちゃん!」

 

 

 とりあえず、これで口外される心配はなくなった。柔沢くんも結弦くんにわざわざ言わないだろうし、他の人で結弦くんがいつもどこにいるのかを知っている人はいないはず。生徒会長が結弦くんを探しているという事実が彼に露見することはきっとない。

 

 

「あ、私、ちょっとトイレしてから戻ることにするわね」

 

「うん、わかったよ」

 

「あ、でも私がいたら邪魔だろうし、トイレ終わったらうどん持って行かないと」

 

「いや、いいよ。なんなら、私達がどっか別のとこで食べるし」

 

「え、でも……」

 

「あそこ、人通り激しいし、むしろもっと静かな場所へ変わりたいからさ」

 

「そっか。それならそうしよっか。私もそろそろクラスの友達来るだろうし、そこ使わせてもらおうかな」

 

「うん。ごめんね」

 

「ううん、こっちこそせっかくの2人っきりを邪魔して悪かったわ。それじゃあ、またね」

 

「うん、またね~」

 

 

 つーちゃんにそう告げて、トイレの個室に入る。私も手洗い場で手を洗うと、すぐにトイレを出た。

 とりあえず、結弦くんのところへ向かおう。あまり待たせては、変に思われてしまうかもしれないし。

 

 

 でも、そもそも結弦くんは生徒会長とはどんな関係なんだろ。なんで生徒会長自らが出向いて、結弦くんを探しているのかが分からない。2人の間に何かしらのことがあったのかな。それとも、結弦くん自身目をつけられるほどのことをしてしまったのか。

 そう考えると、不登校という点では目はつけられそうではあるけど……でもやっぱり、違う気がする。円堂先生も不登校の理由は知っているし、不登校だからって、いつも忙しそうにしている生徒会長が会いにくるわけがない。

 

 ……考えてはみたものの、まったく思いつかない。やっぱ、結弦くんに聞いた方がいいのかな。

 

 大食堂に戻ると、結弦くんはカレーを食べ終えて満足そうな表情をしている。そういや以前は、少しやせ細っていて不健康そうな感じだったけど、今はどう見ても元気そうに見える。

 そんな結弦くんを見ていると、なんだろう。愛おしく感じてしまう。彼にとって、今は幸せなんだなという想いを抱いてしまう。

 

 壊したくない。平和な日常を、壊したくない。結弦くんの幸せな生活を、壊させたくない。

 それはきっと、私が今の生活を壊されてほしくないからだ。大切な人が苦しむのだけは嫌だ。

 

 そのためなら……

 

 私は歩く。前に進む。

 私が動かなければいけない。

 絶対に彼の幸せを崩させやしない。

 

 結弦くんを守るために

 私は生徒会長に会いに行こう。そう決心した。

 

 たとえ、私がどうなろうとも……

 




part3へと物語は続く。


今回も朝霧視点でのお話でした。
音無の知らないところでは、生徒会長も朝霧も動いていたわけで。
特に朝霧の不安と柔沢の苛立ちが、今回のお話のポイントです。

次回は、生徒会長に会うことを決心した朝霧のお話です。
5月25日、朝霧の身に何があったのかお楽しみに。

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