Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP17 ― continuous rain

 《2011年5月25日19時頃:学生寮前渡り廊下》

 

 

 学生寮前には大食堂へと繋がる渡り廊下がある。オレは今、そこを走って教員棟に向かっているのだが、時間帯が悪かった。どうやら今から夕食を食べに行く学生と夕食を食べ終えて学生寮に戻る学生達が多くいるみたいだ。きっと、6時や7時ぐらいの時間帯はこの学園の学生達にとって一番、大食堂の出入りが多い時間帯なんだろう。

 

 そんな中、オレはその学生達をかき分けていくように。跳ね除けていくように。オレは、ひたすらに走っていくしかなかった。

 

 

(こんな時に限って、なんで生徒が多いんだ!)

 

 

 周りでは相変わらず雨が強く降り続いている。普段の晴れた日ならそこまで混むことはない。しかし、今日は最悪なことに外は雨だ。それだけに屋根のある渡り廊下を歩く学生が多くなってしまうのは必然的だ。

 くそ、ほんとなら雨でも構わず外を走っていきたい。でも、この渡り廊下が教員棟に向かう一番の最短ルートになってるだけに、外を走って向かうのは逆に遠回りになってしまう。そうなるとたくさんの学生達で混んでいても、渡り廊下を走っていくのが一番良いのだが、正直だらだらと歩いてる生徒達が邪魔で仕方がない。

 

 

「いてっ! なんだ、あいつ?」

 

 

 決してわざとじゃないんだが……急いでいるせいか、たまたま男子生徒の一人に肩がぶつかってしまったみたいだ。男子生徒は、怪訝そうな表情を浮かべている。

 でも、それを気にしている時間はない。男子生徒に謝る余裕もない。そりゃあ、強く肩と肩が当たったせいで、自分の右肩にもけっこうな痛みが生じている。けど、本当に今はそれどころじゃない。今はそんなことで止まってても良い状況じゃないんだ。

 

 ぶつかった男子生徒を無視して、左手で右肩を抑えながら足を止めることなく走り続ける。普段なら痛くて顔をゆがめるところだが、アドレナリンが体内で分泌されているせいだろうか。良くも悪くも、痛覚が鈍っている感じがする。

 

 

 やっと大食堂の2階に繋がる出入り口前まで来ると、雨が強いせいか出入り口扉が閉まっている。普段なら出入り口の扉は開けっ放しにされているんだが、今日に限っては生徒達が閉めているみたいだ。

 

 急いで出入り口の扉の取っ手に手をかけ、力強く引いて開けた。だが、タイミングが悪かった。

 

 

「あっ! いたいっ……」

 

 

 扉を引いた瞬間、扉の向こう側から女子生徒が倒れるように地面に手をついてつまづいてきた。どうやらその女子生徒も扉を開けようとして扉の取っ手に手をかけたのだろう。ところが急に力強く引っ張られてしまったために、つまづいて転んでしまったみたいだ。

 

 

「す、すまない!」

 

 

 女子生徒がつまづいてしまったせいで出入り口を通ることができない。さすがに足でまたいで無視するわけにもいかない。条件反射のように謝っては、慌てて手を差し伸べた。

 

 

「あ、ありがと」

 

「ん? あんたは……」

 

 

 よく見るとその女子生徒の顔はどこかで見覚えのある顔だ。数日も経っていないから、確かに覚えている。昨日会った朝霧の友人“三河月子”だ。さすがに昨日の今日で忘れるわけがない。

 

 

「おいっ! あんた史織の友だちだったよな? 朝霧史織のこと覚えてるか!? 昨日大食堂で会って喋っただろ? なぁ覚えてるよな!?」

 

「え、えっ? 何? 何なの? え、しおりんがどうしたの?」

 

「覚えてるのか? あんた、朝霧史織のこと忘れてないんだな?」

 

「そ、そんな、さすがの私でも友だちのことを簡単に忘れるわけないじゃない! しおりんのことなら体重から身長に、スリーサイズまでちゃんと覚えてるわよ!!」

 

「ほんとか? ほんとに史織のこと覚えてるんだな? それじゃあ、体重も身長もスリーサイズも全部教えてくれ!」

 

「えっとたしか……って、そんなの音無くんに言えるわけないじゃない! 何考えてんのよっ!!」

 

「いてっ!!」

 

 

 この三河という女子、オレの背中を強く叩きやがった。何気に良い音を響かせて痛いんだが。

 でも、そのおかげかちょっと冷静になれた気がする。

 

 

「音無君がしおりんと恋仲の関係なのかもしんないけど、そこまで教えられるわけないじゃない! それに私が、元同じクラスメートだったしおりんのことを忘れるなんてありえない! 絶対にありえないわよ!!」

 

「じゃあ史織は、この世界から消えたわけじゃない……のか。それならほんとに……」

 

 

 良かった。ほんとに、良かった。NPCである三河が史織を覚えているというのなら、まだこの世界に現存していることになる。円堂という教師みたいに消えたわけではなく、確かにこの世界で生きていることになる。それが分かっただけでも、だいぶ希望が見えて来た。

 

 少しずつ心が落ち着いていって、頭も冷静になっていく。史織が消えていないことが分かって、ひどく安心できたせいだろうか。体の中から沸き立っていく熱湯のような想いは、今は段々と冷めていくように治まってきている。

 壁に手をついて一呼吸したら、体全体で力んでいた力が一気に抜け出てしまった。全速力で走ったせいか、蓄積した疲れも感じるようになってきて、ついには壁にもたれるように自分の体を預けてしまう。

 

 

「もう、なんなの? 急に慌ててどうしたっていうの?」

 

「それが、朝霧が帰ってこないんだ。あんた、どこに行ったか知らないか?」

 

「しおりんが? 私はしおりんとクラスが違うから授業が終わってどこに行ったかは分かんないけど。でも、昼に会った時は何か用事があるとは言ってたよ?」

 

「そうか……」

 

「この時間帯だと、たぶん勉強関連か先生関連かで呼び出されたんじゃない? あ、もしくは生徒会? 分かんないけど、今に帰って来るんじゃないの?」

 

「……他のヤツは、こんなに遅く帰ることもあるのか?」

 

「え、普通はあるんじゃない? 基本、学校も図書館も8時までやってるし、大食堂でさえ9時までやってるんだから。特に今は中間試験前だし、どっかで勉強してるか教師に勉強を教えてもらってる感じだと思うけど?」

 

「そう、か。そうなのかな……」

 

 

 腑に落ちないことばかりだが、結局は考えたところで何も分からない。史織が今何をしていて、何で未だに帰ってこないのか予想もつかない。友人である三河でさえも史織がどこにいるのか知らないのだ。太陽も沈んでしまった今では結局探しようがない。

 闇雲に手当たり次第に学園内を走り回って探すという方法もあるが、あまりに無謀過ぎる気がする。朝霧がこの世界にいると分かった今、むしろ帰りを待っていた方が良いように思えてきた。

 

 

「わかった、ありがとう。すまないな邪魔してしまって」

 

「別にいいけど……あれ? どこ行くの? 大食堂の中に入るんじゃないの?」

 

「いや、やっぱり学生寮に戻るよ。朝霧が心配で探しに来たんだが、探すより待ってる方が良いと思ってさ」

 

「あーそうなんだ。いやね、急に向こうの方に行こうとするからどうしたのかなと思ったから」

 

「そうか。じゃ、もしかしたら朝霧がもう帰ってるかもしれないから、オレは寮にもどるよ」

 

「うん、またね~」

 

 

 三河はそう言って軽く手を振ったのを見た後、オレは振り返っては足早に来た道を戻っていく。

 

 

(……またね、か)

 

 

 そんな言葉を交わすほど、オレは三河という女子生徒と関わった覚えはない。

 なのに、あたかも同じクラスメートのように。あたかもお互いのことを知っている間柄のように。彼女はオレを知人として親しく接してくる。そこに何か違和感のようなものを抱いてしまうのは、素直にNPCという存在を受け入れられないからなのだろうか。それとも、自分が人間だからそう感じてしまうものなのだろうか。

 

 どちらにしてもだ。いつまでたってもNPCに対して苦手意識が消えない。どれだけNPCと関わってきても、慣れることがない。ほんと、人間臭いNPCと関わっている方がよっぽど気が楽だと思ってしまう。

 

 

(そういえば、まだ夕飯は食ってなかったんだっけか。史織が帰って来ることも見越して、大食堂で何か弁当か握り飯でも買って帰るべきだったかな)

 

 

 まだ何も食っていないと気づけるくらいには、自分も冷静になってきたのかもしれない。確実に落ち着いてきているのは分かる。

 ここまで来たのだから、今からまた大食堂へと向かっても良い。だけど、今はそれ以上に早く帰りたいのが本音だ。それに別に食わなくても死ぬわけじゃない。お腹は空くが、食べるなら史織と一緒がいい。それで史織が帰って来てから、また2人で買いに行こう。

 

 しかし、いつからだろうな。ここ最近、お腹が空くというか、食欲が出て来たというか。以前までは食欲はそこまで湧かないものだったのに。いつの間にか、何かを食べるということに気持ちの良いものを感じるようになったのは。

 たぶん、朝霧と同棲するようになってからだろうか。朝霧と一緒にいることもそうだが、食べるという行為もまた、自分にとっては楽しみの一つになってきてるのかもしれないな。

 

 

(……あ、もしかして?)

 

 

 よくよく思えば今は7時過ぎだ。普通なら夕食を食べようとしてもおかしくはない。そう考えると、史織が夕食の弁当を買って遅くなった可能性もないわけではない。もしかしたら、弁当を買っては部屋で待っているかもしれない。段々、そう思えて来た。

 

 朝霧が待っている可能性があると分かると、急いで帰った方が良いような気がしてきた。

 雨が降る中、急いで学生寮の自分達の部屋に戻るため、無理なく走っていく。今度は、誰にもぶつからないように。

 

 

 

 ×    ×    ×    ×

 

 

 

 自分の部屋の扉を開けると、部屋の中の電灯がついている。やはり、史織はもう帰っているのかもしれない。

 

 

「ただいまー!!」

 

 

 部屋の奥まで響き渡るように自分の声を響かせる。オレの声が聞こえるように。帰ってきたことを知らせるように。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、いくら待っても返事が返ってこない。部屋の中をくまなく見渡すが、史織が帰って来た様子はない。残念だが、史織はまだ帰っていないようだ。

 部屋の中の電灯がついているから、もしかして帰ったのだと思った。でも、よくよく思えば自分は電灯つけたまま部屋を出て行ったことに今更気付く。

 

 

『さて、どうだ? 聞こえるか? 少しは落ち着いたか?』

 

「ナツキか。ああ、だいぶ落ち着いたよ」

 

『そうか、それなら良かった。とりあえず、右肩に湿布を張った方が良いと思うぜ』

 

「へ?」

 

 

 気になって制服のシャツを脱いで右肩を見てみると、だいぶ赤くなっていた。そういや、大食堂までの渡り廊下を走っている際に、男子生徒とぶつかったんだったな。少し痛む程度だったからさほど気にはしてなかったが、手で触ってみると割と痛い。こういう時、すぐに治ってくれると良いんだが、こういった打撲とか打ち身とかのケガはなかなか治りにくい。むしろ、この世界での治癒効果が発動しているのかさえ怪しいところではある。よほど酷くない限りは、治癒してくれないのが難点だ。

 

 

「まさか、ここまで赤くなってるなんてな」

 

『すげぇ慌てようだったから何も思わなかったのかもしれねぇが、感じた限りでは相当強くぶつかってたぞ。ありゃあ、相手側も相当ダメージ食らってんだろうな』

 

「そうだったのか。さすがに、ちょっと悪い気がしてきたんだが……」

 

 

 あの時は相当焦っていたから何も思わなかったが、もう少し冷静になって謝るくらいはした方が良かったなと罪悪感のようなものを感じ始めてきた。今更どうしようもないのだから、気にしても仕方がないんだろうけど。

 

 

『なぁに、気にすることじゃねぇよ! どうせ他人だし、それにNPCに情けなんてかける必要もねぇんだからよ。オマエはむしろ、自分のことばかり考えてりゃいいんだからな。てかそれよりも、肩に湿布を張り終えたらコーヒー飲もうぜコーヒー!』

 

「えっ? ナツキもコーヒーが好きなのか? 心臓にコーヒーの味は分かんないんじゃ?」

 

「ちげぇよ。ひとまずコーヒーでも飲んで、一旦オマエの頭ん中をリセットしようぜってことだよ。さすがに全速力で走ったから疲れたろ? 彼女のこともあるし、飲み物でも飲んで一息ついてから色々と考えた方がオマエとしてもいいだろ?」

 

「ああなるほど、たしかにな」

 

 

 右肩に湿布を張り終え、またシャツを着ては冷蔵庫から紙パックに入った甘いコーヒーを取り出した。

 正直、これをコーヒーと呼んでもいいのか謎だ。甘くて苦みがないコーヒーなんて、それはもうコーヒーではない別物なんじゃないかと思ってしまう。

 だからといって苦手なわけでもなく、毎朝飲んだりするくらいには好きだ。まぁ、子ども向けのコーヒー風味の飲料水みたいなものだと割り切ればいいんだろうな。それに、史織も甘ったるいコーヒーなら飲める。だから、無くならない程度には買ってある。

 

 

『ん? 苦いやつじゃなくていいのか?』

 

「今は甘いのを飲みたい気分なんだよ。特に寝起きだと甘い方が頭も冴えるから」

 

『ふぅん。まぁ頭に糖分を巡らせる感じでは甘い方がいいか』

 

 

 コップに入れて飲むと、やはり甘い。どれだけ砂糖が入っているんだろうと不安になるくらいには、だいぶ甘い。寝起きでなかったら、少し胸焼けして気持ち悪くなっていたかもしれないなこれ。

 

 甘党なやつなら、きっと甘いものをいつでもたくさん食べられるんだろう。だけど、オレのように甘いもので胸焼けするような人間は、甘いものを美味しいと感じたとしてもあんまり食べられなかったりする。

 ただ、寝起きの状態で甘いものを食べると、けっこう美味しく食べられるし、なかなか胸焼けしにくいという持論がある。それこそ胸焼けしたりして気持ち悪くならない限りは、甘いものは美味しいと感じられてたくさん食べられる。それだけで、嫌な気分になることはない。

 

 まぁ、苦いものを飲んでも目が覚めると言えばそうなんだが、甘い方が頭も冴えるわけだから、苦いものより甘いものを飲んだ方が効果的なんだろう。

 

 

「美味しいけど、やっぱ甘い! 人生もこれくらい甘けりゃいいのにな」

 

『へへっ、人生なんて苦いからこそ甘いものが最高にあま~く感じるんじゃねぇか。苦党のオマエだからこそ、それが美味しく感じられるんだろうよ』

 

「そんなもんか?」

 

『そんなもんだろ? 苦いという想いをしてきた人間であるからこそ、胸焼けするほど甘いという想いを感じるんだ。甘いものをいくら食っても胸焼けしないやつがいるのは、そいつは普段から苦いものを食わないから。それと一緒さ』

 

 

 ほんとにそうなのか? という疑問を思ったが、考えるのをやめた。まぁナツキの言うことなのだから、そうなのかもしれない。いや、きっとそういうもんなんだろう。

 

 ふと置時計を見たら、もう19時30分だ。相変わらず、史織が帰って来る気配がない。

 

 

「それで、結局史織は帰ってこないよな」

 

『そうだな』

 

「ほんと、何してるんだろ。さすがに8時までには帰って来るかな?」

 

『たぶん、な』

 

「やっぱ急用でもできたんだろうか? でも探し様もないし、やっぱ待ってた方がいいのかな?」

 

『ああ。きっとその方がいいかもな』

 

 

 急に口数が減ったな。どうしたんだろうか? ナツキはいつもけっこう喋る感じなんだが、珍しくいつもよりも淡々としている。

 

 

「どうしたんだナツキ? 急に口数が減ったけど、どうかしたのか?」

 

『あ、いや、ちょっとな。さっきがさっきだったし、不安になってな』

 

「ん? どういうことだ?」

 

『彼女のことでオマエがあまりにも取り乱してたからな。あそこまで取り乱すオマエが……まぁ、なんと言えばいいか……』

 

 

 なんだろう。ナツキの言葉がとても歯切れ悪い。ほんとどうしたんだ? もしかして史織のことで何か気付いたのだろうか?

 

 

「ナツキ、さっきからなんだか歯切れが悪いんだが。ほんとどうしたんだ? 結局、何が言いたいんだよ?」

 

『……すまねぇな。ほんとに聞いていいのか分からなくなってな。でも、やっぱり聞くべきだろうから、聞くことにする』

 

「ああ、なんだ?」

 

『実は、オマエがあそこまで取り乱したのを見て、もし彼女がいなくなった時どうなるんだろうなって思っちまってな。色々と不安になったわけよ。それでここでひとまず考えて答えて欲しいんだ』

 

「ん? 何を?」

 

『もしもだ。いや、もしもの話じゃないな……結局のところ、彼女がいなくなったときオマエはどうするんだ? 今後、どうしていくつもりなんだ?』

 

「どうするって……そんなの……」

 

 

 そんなの、あんまり考えていない。いや、考えたくない。

 

 

『いつか彼女は消えるはずだ。いつか卒業するのだから、この世界からは消えてなくなる運命だろう。そうなった時、オマエは今後どうしていくつもりなのか。もしくは今後、彼女と別れる時が来るまでにどうしていくのか。それを、今一度考えた上で教えて欲しいなと思ってな』

 

「そうは言っても……」

 

 

 たしかに、考えるべきことなんだろう。いつか、史織は消える。いつか史織はオレのそばからいなくなる。永遠に一緒というわけにはいかないのだから。そのためにも、心づもりをしていくためにも、今後を考えていくべきだ。

 だけど……

 

 

「やっぱり、考えたくないな。いや、考えつかないよ。その時になってみないと自分がどうするかなんて。それこそ考えてしまったら、また前の頃みたいに苦しむことになる。そうなってしまうから」

 

 

 結局、考えない方がいい。考えたところで無意味なんだ。考えたところで結局自分が苦しむだけだ。

 いつか、史織とは別れなければいけない。でも、それを回避する術はない。強引な手としては、留年してもらうという方法はあるのかもしれない。だけど、自分の夢のために、オレのために、オレと史織との未来のために頑張っている史織に、そんなことは言えない。史織を悲しむことも今はできない。むしろ、愛想つかれてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 

 矛盾しているのは分かっているさ。

 一緒にいたい。離れたくない。失いたくない。ずっと永遠にいたい。

 だけどいつかは、離れないといけない。消えてしまう。永遠に一緒にはいられない。

 だからといって、彼女を悲しませてまで一緒にいたいわけじゃない。

 いや、今はただそれができない。悲しい想いをさせてしまうのではないかという思いから、行動に移せないだけだ。

 

 だから、考えたところで自分の心をすり減らすだけ。考えない方が楽なんだ。何も考えないで一緒にいたほうが、きっと楽しく充実した日々を史織と過ごせられる。きっと、そのはずなんだ。

 今は今のことを考えればいい。その後のことはその後に考えればいい。そうやって今は、生きて行くしかないんだ。

 

 

「それにさ。ナツキがいるじゃないか。ナツキは消えないだろ? たとえ史織が消えても、ナツキは消えない。もし道を踏み外しても、立ち止まったとしても、ナツキならオレを導いてくれるだろ?」

 

『そりゃ……そうかもしれねぇが……』

 

「オレは史織にも感謝してるし、ナツキにも感謝してるんだ。あの時に救ってくれたおかげで、今のオレがある。自暴自棄になっていたオレを、今の生活ができるようにしてくれた2人には本当に助けられたと思ってるんだぜ。これからも、ナツキがそばにいてくれるだけでどんなに心強いか」

 

『…………音無』

 

 

 そうだ。たとえ悲しみに打ちひしがれても、オレにはナツキがいる。頼もしいもう一人のオレがいる。それだけで、今を安心して生きられるんだ。全てを失うわけじゃない。

 

 

『じゃあ、もし俺が…………』

 

「うん?」

 

『……っ、いや、やっぱやめておこう。そうかそうか、ありがとうよ。そこまで信頼してくれてたなんて感謝感激ってやつだね。こりゃあ、テンション上がるってもんだぜ。嬉しいこと言ってくれて、鼓動も普段より5倍増しで動いちゃいそうだ』

 

「いやっ、それはヤバイだろ!」

 

『へへっ、冗談だよ。仕方ねぇから、3割増しにしといてやるさ』

 

 

 ナツキなら本当にやりかねない気がするだけに焦ってしまう。そのせいか、心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。5倍増しで動かされたら、死んじまう。……いや、まぁ死なないんだけどさ。

 

 

 ナツキも元気を取り戻したようで良かった。いつも通りでないと、オレまで不安な気持ちになってきてしまうからな。

 それに今はとりあえず、待つことにしよう。待つことが今は最善策なんだ。

 そう。史織のことを考えるのは、またその時になったらだな。

 

 

 外を見てみたが、雨はまだ止むことなく降り続いていた。

 明日には、晴れると良いんだが……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 《2011年5月24日19時頃:生徒会室》

 

 

(あーあ。結局、こうなってしまったか……)

 

 

 段々と歪んでいく表情が。段々と変化していく表情が。段々と喘ぎ苦しむ表情が。

 僕にとって、なんともいえない。なんともいえない感覚や感情が、体の内から沸騰してくる。

 

 

「ううっ! ぉっうえぇぇっ、ええぇっ!!」

 

 

 まき散らしやがった。とうとう胃液と共に吐き出してしまったか。こんな臭くて汚いものが体内にあるなんて、なんて下劣で汚い生き物なんだ。

 

 

「……ふっ、ふははははっ!」

 

 

 でも、嫌いじゃない。

 べつに望んでこんな結果になったわけじゃない。

 僕がやりたくてやったわけじゃない。

 

 仕方がない。仕方のないことなんだよ。他に仕方がないから、こうするしかない。

 僕にも最適。世界にも最適。生徒会としても最適。

 不要は排除。排除すべきものは排除すべき。

 

 僕にとっても、世界にとっても、ウイルスでしかない存在は消滅させるべきなんだ。

 消すことは、僕にとっての役割の1つ。病原体を滅するのは、生徒会長に与えられた役割であり任務であり使命だ。

 

 

(……でも、ただ消すのでは割に合わないんだよね。いや、本当にね。コイツらのせいなんだからさ、僕にとっての後始末もしてくれないとね)

 

 

「先生、いい顔じゃないですか! その表情を見せてくれるだけで、消える甲斐がありましたよ。いやいや、結構結構。ちゃんと苦しんでくれたんで、衝動が治まりました。ああ……やっぱり、これが一番効く。一番ですよ。本当、良い薬です!」

 

 

 因果応報。僕の中にある衝動を引き起こしたんだ。僕の中にあるもう一つの衝動を引き起こしてくれないと困る。それこそ、割に合わない。

 そのためにも、この円堂とかいう教師にここまでしなくっちゃいけなかった。ああ、ほんと仕方ない。僕は悪くないし、この大人が考え無しだからいけないんだよね。悪いことをした人間には、それ相応のことをしなくっちゃね。

 

 

「さてさて、もういいか。おい、玄内くん!」

 

「あ、はい。なんですか?」

 

「あれ持ってきてよ」

 

「あれ、とは?」

 

「あれだよ。前に落し物で届いたやつ。あれが一番手っ取り早いからさ」

 

「ああ、なるほど。持ち主不明の“あれ”ですね。でもいいのですか? 会長自身、もっと続けないといけないのではないですか?」

 

「そうなんだけど……あんまり長くしても臭くなるだけだし、これ以上高ぶるといけないんだよね。僕の趣味とかじゃないんだし、こいつのケジメとしてやってるだけだからさ。どちらにしろだいぶ治まってきたし、もういいんだよ」

 

「そうですか。なら、今お持ちします」

 

 

 結局、誰のためにこんなことをしてるかと言われたら僕のためとしか言いようがないけどね。

 でもさ、後始末してくれないと大変なの僕なんだよね。見返りって大事だからさ。

 

 

「先生は……大人ですよね?」

 

 

 べつに、大人だからしないといけないわけじゃないけど。

 てか、相変わらず吐いてて、喋れないねこれ。

 

 

「大人なんですから、悪い事したら責任とってくれますよね。大人はやっぱり、ケジメが大事ですよ? ねっ!?」

 

 

 腹を殴ったら、目をひん剥かせて、嗚咽してるよ。

 でも大丈夫。先生はちゃんと責任とってくれました。

 

 だから……

 

 

「でも安心してください。先生はさすが大人です。ちゃんとした大人ですよ。大人としてしっかり責務を果たしました。なので……」

 

 

 中指と薬指と小指を曲げて、自分の頭に人差し指を突き立てるように手を見せつけてやった。

 

 

「この世界からBANされちゃってくださいね?」

 

 




17話:continuous rain  ー  “降り続く雨”


なんだかんだ、紫野会長がインパクトを残してしまい、
本編がどんな内容だったか忘れてしまいそうな話でしたね(汗

さて、みなさんは刹那主義って知ってますか?
変に難しいことを考えず、ただ現在という瞬間を充実させて生きれば良い。
そんな考え方や生き方のことをそう言います。

音無の生き方はそれに近い生き方をしてます。
今を今をと、今のことだけを考えて生きてます。

しかし、それはまさしく刹那です。刹那な考えで生きてるんです。
深く考えず、直感で、今思ったことを思ったように生きる。

面倒な生き方をしない生き方かもしれませんが、
それは“考えて生きている”と言えるのでしょうか?

私もそうでした。未来について深く考えていませんでした。
ただただ、今を生きていました。
今を楽しみ、今を精一杯生きていました。

それによって、未来がどうなっていくのかは人それぞれだと思います。
ちなみに自分は後悔はしていません。

みなさんはどうでしょうか。
未来を考えず今を必死に生きる生き方で、何を生み何を失うことになるのか。

音無の未来がどうなっていくか、是非楽しみにしててくださいね。

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