Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP16 ― cloudy with possible showers

 《2011年5月24日13時頃:3-B教室前廊下》

 

 

 用事を済ませたので、すぐさま3-Bの教室から出ていく。すると、一緒についてきた生徒会役員である玄内が近寄ってきた。

 

 

「紫野会長、次はどこへ行かれるんです?」

 

「教室にはいなかった。僕が聞いても誰も知らないと言うのなら、ここの担任の教師に聞くしか他ないだろ」

 

「ああなるほど。たしかにそうですね」

 

 

 “音無結弦”という男。3-Bの生徒であることが分かってその教室に出向いたのは良いけど、まさかクラスの誰もが行方を知らないとはな。やはりおかしい。明らかに異質な存在だ。1ヶ月ほど前にあのまま野放しにしてしまったのは失敗だったか?

 

 それよりもどうしてなんだ? なぜ、あの男のことに関しては、誰に聞いても無知なのだろう? この生徒会長である僕が聞いてるのに……普通の生徒なら絶対に答えないはずがないのに……知らないという答えが返って来るとは、想定外だぞ

 

 まぁいい。とりあえず、担任に聞けばさすがに何か分かるだろう。今は少しでも情報が欲しい。何も情報がないのでは、対処のしようがない。

 だが、3-Bは誰が担任なのだろうか。教師なんて20歳を過ぎた老害しかいないから、いちいち名前なんて覚えてないから困ったな。邪魔でしかない教師にただでさえ興味がないのに、こうやって会いに行くのも正直言って面倒この上ない。

 

 しかし、下っ端の役員達や選りすぐりの副会長達では情報を得られる確証は低い。生徒会長である僕が自ら出向かなければ、あの男の情報を得ることは叶わないのではないか? いや、僕自身がここまでして情報が手に入らないのだから、そうに違いない。きっとそうだ。

 

 

「なあ、3-Bの担任は誰だ?」

 

「えっと、たしか円堂という女教師だったと思います」

 

「ちっ、女かよ。余計に面倒だな」

 

 

 どうする? このまま教員室に向かってはいるが、担任が女であるのなら教員室内に入って直接会話するのは危険な気がする。能力も効くかどうかも怪しいし、どちらにしろ事を荒立ててしまえば余計に面倒なことになる。それこそ、人が多くいればいるほど不利だ。

 ……仕方ない、生徒会室に来てもらうか。正直招きたくはないが、最後の手段としてそれを用いるしか他ない。

 

 

 学習棟を出て、教員室前までやって来た。さっそく扉を開けて、教員室内を見渡してみる。

 

 

「3-Bの担任である円堂先生はここにいますか?」

 

「ん? 私に何か用か?」

 

「ちょっと聞きたいことがあるのですが」

 

「なんだ? 聞きたいことって? 今は手が離せないから、ここまで来てくれ」

 

(……っ! これだから女というヤツは。これ以上手を煩わせんじゃねぇよ。生徒会長である僕が来てるんだからここまで来いよ!!)

 

「すみません。急用ではないので、時間が空いた時に生徒会室に来てもらってもいいですか? 僕も生徒会の仕事で忙しいので。では失礼っ!」

 

 

 少しイラ立ってしまい、扉を締めるのに少々力を込めてしまった。いけないいけない、他の教師達に変に思われてしまう。これ以上面倒ごとはごめんだ。

 今すぐに情報が得られないのは惜しいが、でもそれも想定の範囲内。あの老害が来るまでは待つことにしよう。

 

 

「紫野生徒会長。大丈夫、ですか?」

 

「ああ問題ないよ。僕たちもまだ仕事が残っているし、生徒会室に戻ろうか」

 

 

 今は生徒会室に向かおう。やることは、まだ残ってるんだ。

 それに、あの音無結弦という男を探すのは、やるべきことをやってからだ。仕事が止まることがあっても、時間が止まることはない。

 

 決して止まることは許されない。生徒会長である限り、いつだって止まるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 《2011年5月25日13時頃:教員棟教員室廊下前》

 

 

 昨日は太陽の日差しが強く、とても暑い一日ではあった。

 けれど今日は違う。上を見上げると空全体が薄暗い曇り空だ。

 

 そりゃあ雲一つないような天気よりかは気温がそこまで上がらないし、そんなに汗をかかなくてすむという点では良い天気なのだろう。

 それなのに、自分の心も曇り空のようになってしまう。それは、円堂先生という担任の先生に会いに行くことが原因だろうか。それとも、担任に会うことで面倒なことになるかもしれないという不安を抱いているからだろうか。もしくは、大人のNPCであるが故に、会う気が起こらないからなのだろうか。

 分からない。分からないが、今から担任の教師に会いに行くというのに会いたいという気持ちが一向に高まることはない。

 

 

(そもそも、何て言えばいいんだ? よく考えれば、授業を受けたいんじゃあなく、普通に教室に行けるようになりたいんだよな。方法なんて“慣れろ”としか言いようがないんじゃないか?)

 

 

 今までは、ただ自分にとって授業をもっと受けやすい体制にしてもらえれば良いなという程度に考えていた。だけど、根本的な問題はそこじゃない。オレにとっての問題は、密室で多人数に囲まれて授業を受けるということになる。つまり、自分が周りに脳内補正がかかったNPC達と一緒にいるということが、自分には難しいわけだ。その上でどうするべきかを考えなければならない。

 

 まだ、授業を受けるという方法だけならいくつか思いつきそうではある。でも、最終目標としては自分が教室に通えるようになるということ。クラスメートに慣れ、普通に授業も受けられて、普通に登下校できるようになることなんだ。

 じゃあ、そのためにはどうしていくべきだろうか。自分が考えつく限りじゃあ結局、クラスメート達やその教室の雰囲気に自分が慣れていくしか他ない。正直、そうとしか考えつかなくなってきている。

 

 

(さて、どうしたもんか。それが思いつかないから相談に行くようなものではあるが、良い返答が戻って来る気がしないな)

 

 

 そんなことを考えている間に、もう教員室前までやって来てしまった。

 ここまで来てしまったんだ。ここで立ち止まっていても仕方ない。とりあえず、覚悟を決めて行くしかないな。

 

 

「失礼します!」

 

 

 教員室の扉を開いて、円堂という女教師がいないか見渡した。だけど、どこにも見当たらない。

 昼休み時間中だから授業中ではないはずなんだが。それなら所用でいないのか、昼食を食べに行ってるのか。それとも他の何かだろうか。とりあえず他の教師に聞いてみよう。

 

 

「すみません、円堂先生はいませんか?」

 

「なに? 誰先生を探してるんだ?」

 

「3-Bの担任の円堂先生を探しているんですが、ここにはいませんか?」

 

「円堂? 誰だ? そんな先生いたか?」

 

「えっ!?」

 

「それに、3-Bの担任なら綾瀬和人先生じゃないか。綾瀬先生ならまだ教員室にはまだ戻っていないぞ」

 

 

 どういうことだ? 3-Bのクラスの担任は円堂先生じゃなかったのか?

 いや、そんなわけない。絶対に円堂先生であったはずだ。実際に数回ほど会って喋ったことがあるし、担任であることは史織も言ってた。明らかに自分が間違えているはずがない。

 

 

「女性の先生で、円堂という名字の先生がいたはずですが……本当に知らないんですか?」

 

「えーっ、江藤先生じゃないよな? 円堂なんて名字の先生、聞いたことないぞ。八柳先生、円堂なんて名字の先生いたか?」

 

「いえ、私も聞いたことないです。英語講師のエンドラ・サルヴィ・黒宮のことでもなさそうだし……」

 

「やっぱおまえ、何か勘違いしてんじゃないのか?」

 

 

 おかしい。明らかに変だ。この前までいた教師が存在していないことになっているなんて、一体どういうことだ? でも目の前の男性教師の勘違いでもなさそうだし、他の教師も知らない様子だ。

 でも、こんな反応をNPC達がするということは、本当にいない。円堂という女教師は今、この世界に存在してはいないということになってしまう。この世界には円堂という教師は元々存在していなかったと、NPC達の脳内に書き換えられていることになる。そうなると、いくらここで粘ってもらちがあかない気がしてきた。

 

 

「……すみませんオレの勘違いでした。もう大丈夫です。失礼しました」

 

 

 そう言って教員室の扉を締めた。中にいた教師達は不思議そうな表情を浮かべていた。変に思われたかもしれないが、でも結局はオレの勘違いということで済ませるのだろう。

 

 それにしても、まさかNPCの存在が消えるだなんて想像してなかった。この死後の世界での仕組みについて把握しているわけではないから、何とも言いようがないけれど。

 でも、明らかにNPC達の中では円堂という教師は存在していないことになっている。こんなことは今までで初めてだ。

 

 

「なぁナツキ。これはいったいどういうことだと思う?」

 

『そうだなぁ、こういったケースはちょいと初めてだな。なにせ、NPCなんて急に消える理由がないからな。卒業式とか転勤とかそういった何かならありえそうではあるが、あそこにいた教員達は“そんなやつはいない”という様子で話していやがった。これは俺としても予測がつかない状況だわ』

 

「そうか、ナツキでも分からないのか。ナツキなら何か知ってるかなと思ったんだけどな」

 

『あくまで俺はオマエだからな。オマエが知らないことを俺が知っていることはない。ただな、オマエの記憶をたどって思い出したり、記憶を繋ぎ合わせて推測とか予測をたてたりしていくことは出来る。だから、オマエとは違った発想とか観点を持って考えることだって出来るってわけよ』

 

「ああなるほど。そういうことか」

 

 

 良く考えればそれもそうだ。ナツキは心臓でしかない。心臓に同化したもう一人の人格でしかないのだ。心臓がもう一つ別の記憶を持つことは確かに無茶な話だな。

 

 しかし、困った状況になってしまった。円堂先生に会って相談するという目的を失ってしまった今、どうするべきか。どうしていくべきなのかが、分からなくなってしまった。

 

 

「さて、これからどうしようか。担任の教師がいなくなるなんて思ってもみなかったからな」

 

『べつにいいんじゃねぇの? 元々、相談したところで良い対処法が見つかるか怪しかったんだろ? おまえは彼女に言われたからここに来ただけであって、担任がいないんだからもう帰ればいいじゃないか。もう今更どうすることも出来ないんだしさ』

 

 

 ナツキの言う通り、それもそうだ。円堂という教師がいなくなった時点で仕方がないと諦めて帰ればいい話ではある。

 だけど、ここまで来て何もせずに帰ってもいいのだろうか? 元担任であった円堂はいなくなったが、今の担任の教師は存在する。たしか“綾瀬”だったか。その教師を探して、せめてでも顔見せくらいはした方が良いような気もする。

 

 

「そりゃあそうかもしれないけどさ。でも、せめて今の担任には会いに行った方が良くないか?」

 

『さて、そいつはどうだろうな。今から会いに行くのはちょいと不安要素が大きいぜ』

 

「それはなんでだ?」

 

『なにせ相手は大人のNPCだぞ。大概、大人というやつは子どもに対しては傲慢かつ威厳を持っていることが大半だ。それに今までこの世界で会って来た教師なんて、みんなそんな感じだったろ?』

 

「んー、そう言われるとそうだが……」

 

『それに、円堂という教師はまだ生徒に親身になって考えてくれるという性格のような設定であったから良かった。だけどな、今の担任の教師がそうである可能性はない。そうなると、何も知らない今の状態で担任に会うってのは、大変リスキーな行動になっちまうわけよ』

 

「リスキー? つまり危険ってことか?」

 

『そうだ。もし、強引で気合で何とかしろとか言う熱血教師だったらどうする? もしかしたら、友達感覚で接してくるような馴れ馴れしいやつかもしれない。会ってしまえば、何らかの関係を築いてしまっている状態で接してくることになる。その前にオマエの彼女あたりに聞いて情報収集をしておいた方が絶対に良いだろ。そう考えるとだ。出来るなら今は担任に会わずに帰る方が得策だと思わねぇか?』

 

「……たしかにナツキの言う通りかもしれないな」

 

 

 さすがにそこまで考えを巡らしてはいなかった。さすがナツキと言ったところか。ナツキの話を聞いておいてほんと良かった。

 

 今いる場所が人気の少ない教員棟であったおかげで、ナツキの言葉も理解しやすい。今がただ人気がないだけかもしれないが、もし生徒や教師が多かったらこうやってナツキと会話することも出来なかったんだろう。

 

 

「あっ、しまった。忘れてた!」

 

『どうした? 不審者対策用の落とし穴でもあったか?』

 

「落とし穴!? そんなものが廊下にあったら、誰も安心して通れなくなってしまうじゃないか!」

 

『もしくは、うっぷん晴らしに教師にイタズラするような生徒がいてもおかしくなと思うぜ。案外、ここの生徒達なら隠されたとこに作ってるかもしんないぜ?』

 

「いや、この世界の生徒は大半が真面目なんだが。むしろ、そんなもの作ってる間に教師にバレそうなんだが……」

 

『それで、結局どうしたんだ?』

 

「あ、いや、せっかく教員棟に来たんだったら戦研部の顧問の先生に挨拶すればよかったなと思ってさ。それに、入部届の紙ももらえばよかったなって」

 

『そういえば部活に入るって決心したんだっけか。そりゃまた教員室に行った方がいいかもしれねぇけど、見た限りでは教員は少なかったし、さっきの発言でだいぶ変に思われてるかもだぜ?』

 

「ううっ、そうか。それはしまったな……」

 

 

 顧問の先生が誰か知りたかったが、顧問の先生が教員室にいる可能性が低いなら行かない方が良い気がしてきた。

 それに、よく考えれば柔沢がいた方が楽ではある。入部届なんて書いたことがない。どこに出せばいいかなんて分からないし、柔沢と一緒に顧問の先生に会いに行った方が断然良い。それに自分では分からないことが多すぎる。それなら、柔沢に会った方が手っ取り早く済みそうだ。

 

 だけど、今から柔沢に会うのは難しい。今の時間は昼休みではあるけど、柔沢が普段どこにいるのかは知らない。それに教室にいるのであれば、なるべくなら行きたくはないのが本音だ。それなら、夕方まで待って戦研部の部室に行くのが一番良い気がする。

 

 

「やっぱり諦めるかな。素直に帰るとするよ」

 

『そうか。ま、それが最善だわな』

 

 

 でも、よくよく思えば今日は柔沢に会うのは無理な話ではあった。そりゃあ今日の内に柔沢に会いには行きたいけれど、それ以前に今日はもう約束がある。

 そう、史織との買い物が夕方にある。オレにとってとても大事な用事だ。それをすっぽかすわけには絶対にいかない。そうなると、柔沢と会うのはまた後日になりそうだな。

 

 

 とりあえず、今は図書館へと向かおう。何か新しい本でも借りて、部屋で読みながら時間を潰そうかな。

 

 ふと空を見上げると、相変わらず空模様はくすんだ色の雲ばかりだ。今日は雨でも降りそうな天気だな。図書館に長居するのはあまりよくないかもしれない。傘なんて持ってきてないし、さすがに図書館の本を濡らすわけにもいかない。

 

 そんなことを思いながら、図書館に新しく入荷された本を期待しつつ、やや足早に階段を下りて行った。

 

 

 

  ×    ×    ×    ×

 

 

 

『ぃっ!……ぉぃ! 起きろ!!』

 

「んっ……えっ!?」

 

 

 声に導かれるように目を開けた。気付いたら布団の上で横になっていた。どうやら、自分は今まで眠っていたみたいだ。

 周りを見渡すが誰もいない。外では雨が降っているようで、窓の外は暗く、電灯の光が部屋の中を明るく照らしている。

 

 

「今……何時、だ?」

 

 

 机の上に置かれた電子時計を見ると、時刻は7時08分と表示されている。窓の外が薄暗くなっている辺り、午前ではなく午後。今は19時ということになる。

 

 

「……あれ?」

 

『やっと起きたか。さっきから何度も呼びかけてんのに、どんだけ低血圧なんだよオマエ』

 

 

 低血圧って……心臓のお前に言われたくないんだが。

 でもダメだ。目が覚めたばかりでナツキにツッコむ余裕はさすがにない。

 

 

「……史織は? まだ帰っていないのか?」

 

『ああ、まだ帰ってきてない。7時過ぎても帰ってこねぇから少し気になってな』

 

「まだ、って……どういうことだよ」

 

 

 おかしい。今はもう19時を過ぎてる。いつもならもう帰っていてもおかしくない時間帯だ。それに、中間試験前だから授業は早く終わっているはず。寄り道か大食堂で夕食を食べに行かない限り、こんな時間まで外を出歩くことはない。

 いやいや、それ以前に今日は史織と出かける約束をしてたんだ。それなのに、史織が帰っていないのはどう考えてもおかしい。

 

 でも、部屋の中に史織が帰って来たような痕跡はない。カバンもなけりゃ、靴も見当たらない。書き置きの紙さえもどこにもない。必死に部屋の中を見渡しても、何も変わったものはない。

 ただ、沈黙の時間が続いていく。部屋の中を耳を澄ませて聞いていても、窓を打ちつける雨音だけしか聞こえてこない。

 

 

「……おかしくないか、こんな時間になってもいないなんて」

 

『たしかにおかしい。こんな時間になっても帰っていないのはほんと珍しい。どんだけ遅くても、大体いつも7時までには帰ってくるような彼女だ。それに、買い物に行くと約束してたのに帰ってこないってのはちょっと変だな』

 

「そうだよ。買い物に行くのは今日だったはずだ。あの史織が約束を忘れるわけがない。ということは、何か用事とか事故とか何か帰れないようなことが……」

 

 

 分からない。どうして史織は帰ってないのか。とりあえず史織がオレとの約束を忘れている可能性は低い。それなら、何か予測していなかったことが史織の周りで起きている可能性が高い。むしろ、そう考える方が妥当だ。

 けど、何かが頭の中で引っかかっている感じがする。胸騒ぎというか、嫌な感じというか、不安な気持ちに汚染されていくような感覚。何かを忘れているような……

 

 

「……もしかしてっ!?」

 

 

 段々と不安な気持ちが浮き彫りになっていく中で、嫌な考えが頭によぎってしまう。

 信じたくはないが、可能性はある。そんな可能性があるだけに、考えてしまったその状況は最悪だ。

 

 

『おい、どうし』

 

 

 途端にオレはベッドから立ち上がり、部屋から出て行った。ナツキの声を無視し、ひたすら走って学校に向かう。目的地としてはそこで合ってるのかは分からない。分からないが、今はとりあえずどこかに向かわないと気が済まない。止まって落ち着いていられるほどの余裕はない。

 

 

(そんなことあるわけない……でも、もしかしたら)

 

 

 焦燥感がオレの体を支配してくる。まるで誰かに操られているかのように、無我夢中に体全体を動かしては必死に走ってしまう。息が苦しいのに、力を緩めることができない。どうしても全力で走ってしまう。

 

 

(くそっ、どうしてこんな時に限ってなんだ! そんなこと、あるわけないのに。あるわけないのに、今日に限ってはあるかもしれないなんて!)

 

 

 朝、史織と会わなかった。厳密に言うならオレが起きた時には史織はいなかった。今日はまだ一度も目にしていないからこそ、最悪の可能性がある。

 

 

(なんで今日に限ってオレは寝てしまったんだ! 起きていればこんな事態にならなかったかもしれないのに!)

 

 

 学生寮を抜け、大食堂へと繋がる通路をひたすら走っていく。体が辛いと分かっていても、がむしゃらに走ってしまう。足を止めることはもう出来ない。今となっては、自分を止めることは自分自身ではもう不可能な域まで達している。

 

 

(ああ、なんでもっと早くに気付けなかったんだ! その可能性もあるかもしれないなんて、なんでオレは考えなかったんだ!)

 

 

 普通は考えない。普通はありえない。そう思うからこそ、ナツキでさえも予測しなかった。考えつくことができなかった。それくらい、普通はそんな発想に至ることはない。普通なら、考えつかないことだ。

 

 そんなこと分かってる。分かってはいるけど、気づくべきだった。教員棟まで行ったあの時、自分はもっと深く考えるべきだった。その可能性に何故気づけなかった。その推測になんで今まで至らなかったのだと自分を責めたくなる。

 

 

(どうする? どうすればいい? どこに向かえばいい? やっぱり学習棟か? いや、教員棟に向かえばいい! まだ、誰か教師はいるはずだ! 教師なら、史織のことが分かるはずだ!)

 

 

 誰でもいい。今は史織のことが分かればいい。とりあえず、NPCに聞くことが最優先かつ一番手っ取り早い。

 だけど、ただの一般生徒ではダメだ。史織を知らない可能性がある。それなら、少なくとも生徒達に精通している教師の誰かに聞くことが一番良い。そのためにも、教員棟に向かわないといけない!

 

 

(史織……どうか、どうか……消えていないでくれっ!!)




16話:cloudy with possible showers  ー  “曇りのち雨”


 進んでいる足はもう止まらない。
 後悔を抱いてももう止まらない。
 今という時間はもう止まらない。

 天気は曇りから雨へと変わってしまった。
 雨は空から強く降っていて、決して止むことはない。
 それと同じく、音無も自分の体を止めることはない。

 そう、“音無”も“周り”ももう止まれないところまで来ているのだ。



さてさて、どうなっていくのでしょうか。
次回に続きます。

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