Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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EP12 ― air is shot with a gun

 戦研部ことサバイバルゲーム部の部室の中で、オレと柔沢は長机を挟むようにイスに座っていた。

 長机の上には、リボルバー式の銃とBB弾の入ったボトルケース、サバイバルゲーム用のグローブが2組ずつ置かれてある。それら全てが、今から始めるロシアンルーレット勝負に使う物らしい。

 

 

「それで、ルールはどうするんだ? 普通に引き金を引いていきながら、どちらかが当たるまで勝負する感じでいいのか?」

 

「イメージはそれであってるが、分からなくなるといけないから紙に詳しく書いて説明するぞ」

 

 

 柔沢は奥の机の引き出しから紙と鉛筆を取り出してきた。オレが思っているよりも複雑な勝負をするつもりなのだろうか。

 

 

「まず分かっちゃいると思うがロシアンルーレットってのは、お互い拳銃の引き金を順番に引いていき、銃弾が当たったら負けというやつだ。一般的には度胸試しとかによく使われるゲームだな。今回も大体はそのルールでいこうと思う。でも、安全性と分かりやすさも踏まえて、ここではもう少し詳しくルールを設けている」

 

 

 柔沢は紙に何かを書きはじめる。見ている限りでは、今回のゲームのルールを箇条書きしているといったところか。

 

 

「まず、今回使う拳銃はコルトパイソンという回転式の拳銃だ。銃弾が6つ入れられる仕組みになってる。実際、今使うこの拳銃はモデルガンだからBB弾は24発分入る仕組みにはなってるんだが、あえて今回のゲームではBB弾を2つだけ入れることにする」

 

「2つ? なんで弾が2つなんだ?」

 

「そこまで意味はないんだが、たまに弾が不発の時があるんだ。そんなことは稀にしかないんだが、弾が発射されないのではゲームが白けちまうんでな。その事態を避けるためにも、BB弾は2つ連ねて入れるようにしてる。もし、不発だった場合でもゲームが続行できるようにだ」

 

 

 柔沢自身、きっと何度かこのゲームをやったことがあるのだろう。それだけに、ちゃんと公平にルールを設けているのかもしれない。オレ自身がルールに関して口出すことはしない方がよさそうだ。

 たしかに、ロシアンルーレットなんてものは生死を分ける勝負。生きるか死ぬかの勝負に不発なんてことになったり、それでまたやり直しをするなんてことは今までの緊張感が台無しになってしまう。

 

 

「次のルールにいくぞ。拳銃の引き金を引く時は、必ず自分自身の体の一部に向けて撃つこと。どこに向けて引き金を引いて撃つかは自由だが、オススメとしては手の甲だな。ここにグローブもあるから、特にこだわりがないならそれをつけて撃つと一番良いと思う。ただ、たまにふとももとか尻とか帽子をかぶって頭にするやつもいるから、そこは音無の好きなとこで良い」

 

「ああ、わかった」

 

 

 それを聞いて、とりあえず長机に置かれてあったグローブを手につける。ロシアンルーレットといえば頭に撃つイメージはあるけど、手の甲に撃つのが一番良いと言うのならそうするのがベストなんだろうな。

 

 

「あとは、どちらかがBB弾が当たったことが分かるまでは順番交代に銃を撃っていくというルールになっている。ちなみに、自分の番で撃ってもいい回数は一応3回までだ。とは言っても、このゲームでそんなに撃つやつはいないけどな。普通にやってたら多くて2発ってとこだろう」

 

「たしかに、3・4発も撃ったりしたらロシアンルーレットという勝負としての緊迫感は薄れそうだな」

 

「そうそう、普通にやってるやつはしないことだ」

 

 

 柔沢は少し含みのあるような言い方をした気はしたが、まぁ途中でふざけたりするやつと勝負すると真剣勝負じゃなくなるという意味で言っているのだろう。

 

 

「あと今回は第三者的存在がいないから、BB弾を装填するのは俺、弾倉を回すのが音無にしてもらおうと思う。気休めだが、お互い不正がないよう確認するためだ。あとは先攻か後攻かは音無が決めればいい。ほぼ運勝負だし、初めてする音無に決めてもらった方が音無自身もやりやすいだろ?」

 

「あ、ああ。じゃあ、そうするか」

 

「とりあえずルールはそんな感じだ。あとのルールは言わなくても分かることだろうけど、この紙にも書き留めておいたから確認してくれ。一応、ここに書かれているルールを破った時点で負けということにしてるからそれでよろしくな」

 

 

 この勝負で先攻か後攻かを決めるのが自分というのは、ある意味自分にハンデをつけてやるという意味にも感じられた。実際はどういう意図でそうしたのかは分からないが、その提案を覆す必要はない。少しでも有利な状況に持っていけるのなら、それに越したことはないからな。

 

 ルールのおさらいも含めて、紙に書いてあることは8つあった。

 

  ※ルール表

  ・6つの弾倉の中に銃弾(BB弾)は2つ。2つ連続して弾倉に入れること。

  ・引き金を引く際は、自分自身の体の一部に必ず撃つこと。どこに向けて撃つかは自由。

  ただ、グローブを着用の元、グローブをつけた手の甲に向けて撃つことを推奨している。

  ・どちらかが弾丸が当たったことになるまでは引き金を引いて勝負すること。

  ・スルーやパスすることは禁止。(負けを認めるのはあり)

  ・自分の番では3回まで撃っていい。

  ・ハンマー(撃鉄)をしっかり引き起こして、引き金を引くこと。

  ・銃弾の装填は柔沢、シリンダーを回すのは音無。

  ・先攻か後攻かは、音無が決める。

 

 なるほど。とりあえずはそこまで難しく考えず、ただお互い撃っていけばいいという感じのルールだな。

 

 

「オーケー。そんじゃ、勝負といくか!」

 

「おう。入部をかけた真剣勝負といこうじゃねぇか!」

 

 

 お互いグローブをつけては、立ち上がったまま右手で握手する。少し自分の心が弾むのは、こういったゲームをすることが久しぶりで楽しいと感じているからだろうか。

 柔沢と握手を終え、ロシアンルーレット勝負が今始まる。

 

 

 

 

 さっそく、柔沢はリボルバー式の銃の弾倉にBB弾を2つ連ねるようにして入れ始めていた。そんな柔沢の様子を見て、少し疑問に思う。何故、柔沢はオレに見えるようにBB弾を弾倉に入れているのだろうか。オレ達は長机を挟むようにイスに座っている状態だから、本来なら長机の下に銃を隠しては弾を込めるのが良いように思える。

 だが、柔沢は隠す気はないのか堂々としている。不正がないようにとは言ったが、ここまで相手にオープンに見せて、弾を入れているところを見せてもいいのだろうか。

 

 でも、柔沢のことだ。きっと、あえてオレに見えるようにしているのかもしれない。それは、絶対に不正はしていないという潔白を表すために。今からするゲームに、柔沢自身が有利にならないよう公平に行うことを表すように。わざわざオレに見えるようにして、BB弾を銃にこめているのはそういった意図があるのだろう。

 

 

「ほらよ。シリンダーストップは外しておいたから、自由にシリンダーを回してくれ」

 

「わかった」

 

 

 柔沢からリボルバー式の銃を手渡される。ハンマーである撃鉄は倒すように引き起こしてあるのでいつでも撃てる状態になっている。

 初めて持ってみたが、思っていたよりは重量感がある。それに、実銃がどのくらいのものかは知らないが、素人目には本物のように見えてしまうくらい精巧な造りになっている。実銃の中に紛れ込んでしまったら、きっと見分けることは出来ないんだろうな。

 

 

(おっと、銃に夢中になってる場合じゃなかったな。勝負はもう始まってるんだ、集中しないと)

 

 

 そう、勝負はとうに始まっている。そりゃあ他の人から見れば、今はまだ勝負は始まっていないように思えるかもしれない。ただ、弾をこめて弾倉を回すという作業をしているだけにしか見えないのだろう。

 でも実際は、この時点で勝敗が決すると言っても過言ではない。それくらい重要な場面だ。慎重かつ集中していかないと、この勝負は勝てない。勝つためにも、少しでも勝算を練っていかなければならないんだ。

 

 まず、このゲームは6発のうち2発がアウト判定。3分の1の確率で銃弾が放たれることになる。どうにかして銃弾を当たらないようにするかが一番重要なのだが、普通は運要素が強いのでどうにも出来ないことが多い。

 でも、今回は違う。分かりやすいように柔沢はルールを決めてくれた。オレの考えが上手くいけば、柔沢に負けることはない。

 

 

 今回のゲームのルールには、2つ連続してBB弾が入れてある。つまり、4発は連続して空砲を撃つことになるわけだ。ランダムにBB弾を入れた場合よりかは運要素で当たる確率が低いことになる。

 それに、柔沢は有難いことにBB弾を入れているとこを見せてくれた。オレはそれを見て、BB弾を入れた箇所を把握することが出来た。そうなると、1発目からBB弾を発射させることが可能になる。弾倉を回す時に上手く止めれば、多少ズレても1つめか2つめかのBB弾が発射される。

 それに、1つめのBB弾のもう1つ前で弾倉を止めてしまった場合でも、先攻か後攻かはオレが決めることになっている。どう転がっても、自分にとって有利な立場に持って行ける。

 

 

(さあ、ここからが正念場だな。絶対にミスは許されない!)

 

 

 弾倉を少し回したり、弾倉を出し入れしたりしながら、どういった感じになるか確認する。どこにBB弾が入っているかは分かっているんだ。あとは、自分の感覚を研ぎ澄ますように集中して、上手く回しては1発目にBB弾が発射される位置に持っていくだけ。

 

 自分の中の緊張を抑えながら、弾倉を軽く回した。決してBB弾の入っている場所を見失わない程度に弾倉を回転させ、弾倉が回る音を聞きながら、止める時のタイミングをうかがう。そして、弾倉の回転がだいぶゆるくなり始めたあたりで、弾倉の回転を止めた。

 

 止めるタイミングとしては悪くなかった。1つめのBB弾のところで止められるつもりだった。でも思っていたよりも弾倉にも重量があったせいか回転の力を抑えることが出来ず、1つズレてしまう。間違えていなければ、2つめのBB弾のところで弾倉は止まった。

 止まってしまった弾倉は決して逆回転で戻すことは出来ない。でも、だからといって特に支障はない。止めるのに失敗して大幅にズレてしまうよりかは良い。このまま弾倉を銃の中にしまい、柔沢に手渡す。

 

 

「はい、回したよ。これでいいのか?」

 

「ああ、いいぜ。問題ねぇ」

 

 

 もしかしたら柔沢もBB弾の位置を把握しつつ、オレが弾倉を回転させていたのを注意して見ていたのかもしれない。だけど、先攻か後攻か順番を決めるはオレだ。自分が負ける要素なんてない。

 

 柔沢はリボルバー式の銃にシリンダーストップをかけ、弾倉を固定する。撃鉄はもう引き起こしてあるので、あとはもう引き金を引くだけになる。

 

 

「よし。それじゃあ、先攻か後攻か。どうすんだ?」

 

「オレは後攻でいい。柔沢が先に撃ってくれ」

 

「おう、りょーかいした」

 

 

 そう言って、柔沢は右手に銃を持って構える。左腕を前に出し、左手の手のひらをオレに見せるかのように突き立てる。いかにも、待ってくれと言いそうなポージングを取ったまま、右手に持った銃を左手の甲にくっつけていた。

 てっきり長机に手のひらをつけた状態で手の甲に撃つものだと思っていた。別にどう撃とうが自由なんだろうけど、さすが戦研部の部員といった感じだ。柔沢の撃ち方がちょっとカッコよく感じられる。

 

 柔沢は真剣な面向きで銃を見つめていた。少し苦しそうな表情にも見えるのは、柔沢にとってはBB弾がここで発射されるかもしれないという不安や緊張があるからなのだろう。

 でも、柔沢の番である1発目からBB弾が発射されるようにオレは仕掛けた。柔沢が引き金さえ引いてくれれば、勝敗は決する。オレの勝利は間違いない。

 

 柔沢が引き金を引くと、銃の撃鉄は弾倉の方へと打ちつけるように元の場所に戻っていく。本物の銃弾のような鋭くて大きい音ではなく、何とも鉄と鉄がぶつかっただけのような軽い音が打ち鳴らされる。柔沢はイスに座ったまま、ポーズを崩さない。硬直したまま、しばらく静止したままだった。

 

 

「……ん、ふぅ~。どうやら最初は、空砲だったようだ」

 

「……ぇっ?」

 

 

 柔沢は安堵したように息を吐き、額に汗でも流れてあったのか左手の甲で汗を拭っては、右手に持っていた銃を長机の上に置いた。

 そんな柔沢の様子に少し動揺してしまい、驚きの表情を浮かべそうになるが、すぐにぐっと堪えて表情を崩さないようにする。

 

 おかしい。なんで空砲なのか。1発目でBB弾が発射されるように配置したはずなのに、BB弾は発射されなかった。もしかして、BB弾の位置を間違えたのだろうか。だけど、どこにBB弾が入っていたのかも覚えていたし、そこまでズレていた感覚もなかった。もしかして、気付かないうちに何かミスをしていたのだろうか。

 でも、考えたところで何も浮かばない。ミスは思い当たらない。間違いなく、1発目にBB弾が発射されるようにしたはず。そのはずなんだが……空砲であったのだから、それが現実としてゲームを進めていくしかない。

 

 

「さあ、次は音無の番でいいぜ。ちゃんとハンマーを上げるのを忘れずに撃ってくれよ」

 

「あ、ああ」

 

 

 やばい、これはやばいんじゃないか? そんなことが頭によぎって、こんな序盤から動揺してしまっている。

 

 

(お、落ち着け。ここで自分を信じなくてどうするんだ!)

 

 

 心の中で自分にそう告げた。

 実際、こういった駆け引きにおいて動揺した方が負ける。自分を疑い、信じられないやつほど疑心暗鬼になり、正確さや判断力を失う。それに今更どうすることもできない。相手が引き金を引き終えたのなら、自分に出来ることは銃を手に取り、ただ引き金を引くことだけ。それだけしか、もうできないのだ。

 

 銃を右手で持って構えては、左手の甲に押し当てる。柔沢のように、左手を伸ばして手のひらを相手に見せるポーズをとるが、意外にもこの状態を維持するのは割と辛かった。左手はいいが、銃を持っている右手が銃の重さのせいで疲れてくる。

 

 もうどうしようもない。何もできないと悟った。ここは覚悟を決めるしかない。

 湧き上がる緊張感に染まっていきながら、銃の撃鉄を引き起こしては一気に引き金を引いた。

 

 

「…………っ、よし! 大丈夫だ!」

 

 

 またしても銃から軽い音が鳴ったが、BB弾が発射されることはなかった。

 とりあえず、生き延びることができた。ここで負けるという最悪の展開にはさすがにならなかったようだ。

 

 今のところ2発とも空砲。自分の感覚がそこまで間違いではなく、そして自分の予想が正しければ、あと2発は空砲であるはず。きっと自分は、2つめのBB弾のもう一つ後の方に弾倉を配置してしまったのだろう。このままいけば、たった今撃った2発も含めて4発連続で空砲という流れになる。

 

 だからと言って、自信はそこまでない。1発目でBB弾が発射されなかった時点で勝てる可能性が低くなり、勝利が絶対ではなくなってしまった。むしろ、本当に相手との読み合いによる勝負事になってしまった。ロシアンルーレットは運勝負ではあるが、このゲームでは予想や推測を考える余地がある。それだけに、相手の行動を読んでいくことも必要になってくる。

 

 

「どうする? もう1発いくか?」

 

「いや、次は柔沢でいい」

 

 

 銃を長机の上に置くと、柔沢はすぐさま銃を手に取っていた。

 空砲はあと2発であると推測は立てたが、ここで問題なのは柔沢が2発連続して撃つこと。でも、本当に空砲が2発という保障はない。また、柔沢が2発も連続して撃つという可能性は低い。それだけに、自分の推測を信じて柔沢に銃を譲った。

 

 柔沢はまたしても左手を伸ばして銃を構える。1発目を撃ったことで少し緊張が解けたのか、さっきほど顔は強張らせていない。それこそ、もう撃つしかないのだから時間をかける必要性はない、という考えに至ったのだろうか。

 

 撃鉄を引き起こしては堂々と引き金を引いたが、銃口からBB弾が発射されることはない。またしても空砲だ。

 引き金を引き終えた柔沢は、長机の上に銃を置いた。どうやら2発目を撃つつもりはないようだが、腕を組みながら堂々とした態度をとって座っている。そんな柔沢が、まるで勝てる自信があるかのように思えてくる。それこそ、次に弾が発射されることを知っているかのような……

 

 

「ほら、音無。俺の番は終わったぞ。次はおまえの番だ、銃を取りな。それとも、ここでリタイアするか?」

 

「…………くっ」

 

 

 引き金を引く番がオレに回ってきたのだから、銃を取って構えるしかない。右手で銃を持っては左手の甲に銃口を押し付ける。

 だが柔沢の発言を聞いたせいか、急激に不安と焦燥感が押し寄せてくる。銃の重さが先ほどよりも重く感じ、手に汗がにじんでくる。少し手が震えて、引き金を引くことが怖い。それは、自分に対する自信がなくなってしまったからだろうか。それとも、柔沢の雰囲気に威圧感を抱いているからだろうか。

 

 まさか、柔沢はどこに弾が入っているのか分かっていたのか? それとも、堂々とした態度はハッタリか? 

 くそ、分からない。何に対しても確信が持てない。このまま勝てる気が、全くしない。くそっ、どうしたら……

 

 

「音無、ハンマーを上げていない。それじゃあ、撃てないぞ?」

 

「……そ、そうだな」

 

 

 緊張のあまり、撃鉄であるハンマーを引き起こすのを忘れていた。これでは、引き金を引いたところでBB弾は発射されない。弾倉も回転しないのでは、自分が撃ったとカウントされることにはならない。

 

 

(落ち着け、落ち着くんだ。もう、どうしようもないじゃないか)

 

 

 落ち着かせるように、心の中で自分にそう言い聞かせる。心臓の音は聞こえるが、もう一人の自分の人格であるナツキの声は聞こえない。時と場合によるらしいが、心臓の音が聞こえても緊張状態ではナツキの言葉はオレ自身理解することができないらしい。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 ひとまず息を吸っては、一呼吸して自分を落ち着かせる。

 結局、今は銃の引き金を引くしかない。それにまだ負けたと決まったわけじゃない。そう断定するのはまだ早い。

 

 覚悟を決め、オレは目をつぶっては、思い切って手の甲に銃を向けて引き金を引いた。

 

 

「……………ん? なにも、出ていない、のか?」

 

 

 引き金を引いたが、BB弾が出たような感じはなかった。銃を上げてみるが、銃口から弾が出て来ることはない。

 つまり空砲。空砲だった。負けたわけじゃない。勝負はまだ、終わっていないんだ!

 

 

「や、やった……!」

 

 

 つい心の声を吐露してしまう。でも、そんなことはどうだっていい。

 そう、やったんだ。やり遂げたのだ。弾倉は6つ。空砲は4つになった。

 つまり、あと2つはBB弾という銃弾が入っていることになる。次に引き金を引けば、確実にBB弾が発射される。確実にオレは勝利できる!

 

 

「さぁ、次はあんたの番だ。次に引き金を引くのは、柔沢。あんたの番だ!」

 

「うぐっ……」

 

 

 柔沢の表情が歪む。どうやら先ほどまでの態度はハッタリだったようだ。きっと、オレにプレッシャーをかけて負けを認めさせようという魂胆だったのかもしれない。

 だが、それは通じなかった。オレには、そのハッタリは通用しなかったのだ。弾倉を上手く配置し、推測を立て、確実に流れを読んでいったオレの勝ちだ。

 

 柔沢は苦しそうな表情を浮かべながら、長机に置かれた銃を手に取る。

 そろそろBB弾が発射されるかもしれないという淡い期待と考えを持っていたのだろうが、それが外れてしまい、確実に負けることを確信しているのだろう。柔沢の悔しそうにも見えるその表情が、それを如実に表している。

 

 柔沢は左手を伸ばしたまま、左手の甲に銃を押し当てるように向けている。弾が発射されると思ってか、歯を食いしばるように構えていた。しばらくそのまま静止してはいたが、決心がついたのか撃鉄を引き起こし始める。

 

 

「おらああぁぁぁ!」

 

 

 声を出しながら、柔沢は引き金を引いた。撃鉄が弾倉を打つ音が鳴る。

 そのまま、柔沢は硬直する。硬直したまま、動かない。動こうとしない。

 

 

「…………え?」

 

 

 柔沢から不安そうな、まるで疑問を抱くような声が聞こえる。

 いったい、どうしたのだろうか。

 

 

「……不発、だ」

 

「えっ!?」

 

 

 柔沢の言葉を疑った。単なる聞き間違いと思いたい。

 しかし、柔沢は銃口を左手から離し、地面へと銃口を向ける。BB弾は、どこにもない。BB弾が地面に落ちることも、長机の上を転がることもない。周りを見渡しても、BB弾はどこにも存在しなかった。

 

 

「ふふふっ、どうやら神様は俺に味方してくれたようだな!」

 

 

 柔沢は笑いを浮かべる。安堵から出たような、勝ちを確信したような、何とも嬉しそうな笑み。確実たる勝利の笑みをしたまま、オレを見ている。

 

 

「そ、そんな……そんなわけ、ないだろ! な、なんでだよ! たしか、弾は2つあったはずだ。なんでないんだ。こんなのおかしいだろ!!」

 

「だから言ったろ、不発だ。ってな」

 

「いや、だからって……こんなのおかしい。だって、6発中2発は弾が入っていたはずだ。確実にオレの勝ちだったんだ。こんなの、ダメだ。この勝負、やり直しだろ普通!」

 

「いいや、やり直しはダメだ。ルールには、“どちらかが弾丸が当たったことになるまでは引き金を引く”となってる。それに言ったよな。不発は存在するって。その上で続行出来るように弾は2つ入れるってな」

 

「そ、それは……そうだったが……」

 

 

 それにしたって、まさか過ぎる。こんなことになるなんて、誰が予想できたか。いや、こんなこと誰も予想しない。こんな展開、誰だって予想出来ない。

 勝てたはずなのに、勝っていたはずなのに、この仕打ちは酷い。理不尽な運命というやつは、この世界でも存在しているのかよ。これじゃあ、柔沢の強運を呪えばいいのか、自分自身の運の無さを呪えばいいのか。ほんと神様というやつは、何とも憎い演出をしやがる。

 

 だけど、よくよく考えれば気付く。これは偶然じゃない。偶然に引き起こされた不発なんかじゃない。柔沢による意図した不発だ。そうとしか考えられないし、そう考える方が妥当だ。

 

 やられた。完璧に、柔沢にしてやられた。勝ったと確信して舞い上がってしまったせいで、柔沢が不正をしないかという注意を怠ってしまった。それ以前に、不正するかもしれないという考えを、柔沢は最初から取っ払おうとしていた。

 なるほど、確かに上手いやり方だ。これでは、柔沢が不正を犯したと証明できない。どうやって不発にしたのかは分からないが、不正であると証明できなければ意味がない。自分が何を言ったところで、勝負を取りやめにすることは出来ない。

 

 

「さぁ、次はおまえの番だ。次に引き金を引くのは音無。おまえの番だぜ!」

 

 

 柔沢は長机に銃を置くと、オレに向かってそう言い放った。まるで、オレの言葉をそっくり返すかのような柔沢の発言に、悔しさがこみ上げて来る。

 終わった。こうなっては、勝てる見込みはもうない。ここまでは想定していなかったオレの完全敗北だ。

 

 ……いや、待てよ。方法は何かないのか? あっちが不正をしたのなら、こっちだって不正をすればいい。目には目を、歯には歯を、だ。バレなければ最悪試合は取り消しになる。ここまできて、諦めてたまるかよ!

 

 銃を見つめながら必死に考える。何かいい方法がないか、頭をフル回転させて思考する。

 だが、良い方法がなかなか思い浮かばない。バレなければ良いとは言っても、そこが難しい。バレない不正なんてものは楽に出来れば誰だって苦労しない。

 

 そうだ。こうなったら……

 

 

 オレは左手を真上に上げては、右手に持つ銃も銃口を左手へと押し当てる。

 体を後ろへと反らしながら、撃鉄を引き起こした。

 

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 声を張り上げながら、イスごと後ろに傾けていく。そしてイスは倒れ、オレは地面へと背中を打ちつける。長机によって柔沢にとってオレの姿が死角となったその瞬間に、銃の引き金を引いた。

 地面に倒れたところで銃の引き金を引き、BB弾の行方をうやむやにしてみせる。

 

 その、つもりだった……

 

 

「……っ、いってぇぇ」

 

 

 オレが想像していたようには上手くいかなかった。BB弾は確実にオレの手の甲に発射されて当たったが、BB弾の威力だけは想定していなかった。実際に体に受けたことがなかったから、想像できなかったという方が正しい。想像していたよりも2・3倍は痛かった。激痛と言っても過言じゃない。グローブをつけていたとしても、手の甲の皮をえぐっては骨にまで達するかのような威力を、発射されたBB弾にはあった。

 

 残念ながら予想外の激痛もあって、BB弾の行方を分からないようにすることは失敗し、柔沢が座っている方へとBB弾は転がっていく。明らかに、BB弾が発射されたことが柔沢に知られてしまった。証拠が露出してしまったのでは、もう勝負を覆すことは出来ない。

 

 完全にオレの負けが決まった。

 

 

「音無……オレの勝ちだ! 戦研部に入ってもらうぞ!」

 

 

 BB弾を拾った柔沢はそう告げて、倒れているオレのそばで堂々と立っている。

 白熱したロシアンルーレット勝負は、こんな結末で幕を閉じた。正々堂々、不正のない勝負ではなかったかもしれないが、この結末を否定したい気持ちは何故か起こらなかった。

 

 オレは倒れたままの状態で、柔沢の顔を見て告げる。

 

 

「ああ、好きにしろ! 認める、オレの負けだ!!」

 

 

 どうにもこうにも、自分は戦研部に入ることになってしまった。

 これは、もう授業どころじゃないかもな……

 




12話:air is shot with a gun  ー  “空気は銃で撃たれる”


今回はゲーム勝負回でした。
こういった読み合いのような勝負は割と好きです。
というか、まともに勝負らしい勝負も今回が初めてですね。
作者的にも楽しかったですし、こういったお話を盛り込めて良かったです。

次回で、柔沢とのエピソードは終わります。
忘れてしまいがちですが今は授業中ですし、いつまでも遊んでいるわけにもいきませんよね。

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