Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

16 / 34
EP11 ― words of apology

《2011年5月24日11時35分頃:学習棟東階段前廊下》

 

 

 学校指定の制服に着替え、学校に行く用意が出来るとさっそくカバンを持って学校に向かった。学習棟に着いた頃には、3限目の授業も終わったみたいで、今はちょうど3限目から4限目までの休み時間といったところだろうか。休み時間になったことで、気の抜けた顔や嬉しそうに歩いている学生達が教室から出始めている。

 

 なるべくなら今はまだNPCとは関わりたくはない。関わるとそれだけで精神が削られそうだからな。

 NPC達とはあまり目を合わさないよう注意して、邪魔にならない程度に学習棟の中を歩いていく。そして現在、自分の教室へと向かうため階段の前までやってきた。

 

 やっと学習棟の中までは来たものの、3階にある自分の教室まで行くのがとても億劫に感じていた。目の前の階段をのぼりたい気持ち

 頑張って足を上げては、一歩一歩踏み出していって階段を上っていく。しかし、その一歩でさえ踏み出していくのが困難で、どうにも足取りが重い。精神的にも胸が締め付けられそうな感じで、はっきり言って正直もう帰りたい。ここまでして学校に行く意味があるのか、分からなくなってくる。むしろ、行かなくてもいいのではないか。そんな思考が頭の中でチラついて離れない。

 

 確かにオレは授業を受けるのが嫌ではあった。だが、ここまで授業を受けることに身体面と精神面で拒否反応を起こすとは想定していなかった。それくらい自分自身の体は授業を受けたくないんだなと感じてしまう。

 

 

「くそ、どうしたものか……」

 

 

 1階から2階まで行く階段の半分、途中の踊り場までやってきたところで、足取りを止めてしまった。階段を上がれば上がるほど、上を見上げるよりも下ばかりを見たくなる。

 今なら帰れる。今なら戻れる。そう、今なら……

 

 

「いいや、考えるな。考えるから、辛いんだ。行かなくっちゃいけないんだ。そうさ、行くべきなんだ!」

 

 

 小さく独り言をボソボソと唱えながら、頑張ってまた階段を上がっていく。上を見上げるのが辛いなら、前を見ればいい。前を見るのが辛いなら足下を見ればいい。踏み出していく階段の段の一つ一つを見ながら、一歩、また一歩と踏み出して足下を見て進む。

 

 

 そうやって2階に達したところで、休憩がてら一呼吸を入れて足を止める。変に汗も出てきたから片手でその汗を拭い、顔を下げたまま息を整える。

 

 未だかつて、ここまで階段をのぼるのに苦労したことはない。普段は何も思わなかったが、階段をのぼるということがどれだけ大変なことだったのか、今になって身に染みてくる。

 ……いいや、階段を上るなんてことは日常茶飯事で、それはべつに何も難しいことではないな。階段を上る動作が辛いというよりも、行きたくないという場所に行くというだけで精神的に辛いだけだ。そのせいもあって、体全体に力が湧いてこない。更には重力を無駄に感じることになるから、余計に体に負担になる。そういった悪循環が、オレが階段を上っていくことを困難で大変なものにしているだけなんだ。

 

 

「あっ! おまえは、音無じゃねえか!! ここで何してんだ?」

 

「えっ?」

 

 

 階段の上から声が聞こえる。階段を上った先まで顔を見上げると、長身で金髪の男子生徒が階段を下りてはオレを見ている。周りを見る限りでは、その他にオレを見ている生徒はいない。どうやらこのヤンキーみたいな風格を醸し出している男子生徒がオレに声をかけたみたいだ。

 

 

「……もしかして、話しかけたのはおまえか?」

 

「ん? そうだが?」

 

 

 やはりそうだ。しかも、この顔はなんとなく見覚えがある。名前は思い出せないが、たしか以前オレを教室まで強引に連れて行こうとしたクラスリーダーの男子生徒だ。さすがに格好がラフだったのもあってか印象が強く、顔を忘れることはなかった。

 

 

「その顔は、もしかして俺のこと忘れたか?」

 

「えっと……すまない。どうにも名前が思い出せない」

 

「おいおい、また忘れたのかよ……とは言っても、そういやここ最近会ってなかったな。前会った時もたしか、1ヶ月ほど前だったか」

 

 

 ヤンキーみたいな男子生徒は階段を下りると、オレの前までやって来た。以前会った時は冬服だったが、今日は夏服の半袖のシャツで涼しそうな格好だ。相変わらずシルバーネックレスを首元につけ、左手首には高級そうな大きい腕時計をつけている。ほんと、クラスリーダーよりも番長の方が似合いそうだ。

 

 

「じゃあ、もう忘れるなよ。俺の名前は“柔沢 謙”だ。おまえのクラスのクラスリーダーでもある、同じクラスメートの一人だからな」

 

「ああ、柔沢だな。分かった、今度は忘れないようにするよ」

 

 

 さすがにクラスリーダーというのは忘れなかったが、名前に関してはすっかり忘れていた。あまり聞かない名前なだけに、あんまり頭の中に定着しなかった。正直、あの時のオレ自身、NPCの名前を覚える気がなかったというのもあるけれど。

 

 それにしても柔沢という男子生徒。外見だけなら、他のNPCよりも個性的ではある。真面目な学生が多いこの世界の中で、こんなヤンキーみたいな生徒を見たのは初めてかもしれない。

 普通なら、教師とか風紀委員とか生徒会の人間とかに何か言われそうなものだが、この格好でいるということは特別に認められているのだろうか。まぁ実際に、風紀委員とか生徒会の人間とかに自分が何か言われたことなんてなかったから、この学校で服の乱れで注意されることはないのかもしれない。

 

 そういや、死んだ世界戦線にいた頃は違う制服を着ていたけど、教師にでさえ何か言われることはなかった。案外そこらへんは自由なのだろうか。

 

 

「それで音無。こんなとこで何してたんだ? もしかして今日は今から授業受けに来たのか?」

 

「あ、いや、今日はその……」

 

 

 ここで柔沢に“ああ、今日こそは授業を受けるぜ!”と言えず、言い淀んでしまう。そんな自分が本当に情けなく感じてくる。いつの間に自分はこんなに弱気な人間になってしまったのか。自分は虚勢を張らなくなっただけに、虚勢を張ることができなくなってしまったのだろうか。

 

 自分の感覚で言うなら、それは自分の中の傷跡が、何気ない自分の意思をいっそう臆病にさせているような。分かっているのに、頭の中で意思を持っているのに、まるで自分が自分でないような感覚。何も考えずに踏み出すことが出来た一歩が、今は何故か途中で躊躇してしまい、一歩を踏み出せないような……本当にそんな感覚だ。

 

 口ごもって言い淀んでいるオレを見てか、柔沢はしばらくその場に立ち尽くしていたが、途中から痺れを切らしたようにオレのそばに来て、オレの肩に手を置いた。

 

 

「まぁ……せっかくだ。話したいこともあるし、ちょっと時間あるか?」

 

「あ、ああ、それはいいんだが。でも、いいのか? 休み時間はもう少ししかないんじゃ?」

 

「いや、別にいいんだ。元々、次の授業はサボろうと思ってたからな。どうせ受けたところで、頭の中に入ってこねぇだろうし。それに……」

 

 

 そこで、今度は柔沢が言い淀んでしまう。苦笑いしながらも、少し悲しげな表情を浮かべている。一体、何があったんだろうか?

 

 

「……それに、なんだ?」

 

「いいや、なんでもない。気にしないでくれ。それよりそっちこそ本当に大丈夫か? おまえは用事があってここまで来たんだろ? 俺のことは後でもいいから。急ぎの用でもないし、話はまた時間がある時で構わないぞ」

 

「いや、大丈夫だ。オレも急ぐ用があるわけじゃないからな。話したいことがあるなら、そっちを優先するよ」

 

「そうか、ありがとな。とりあえず、ここじゃ落ち着かないだろうから、ちょっと着いて来てもらってもいいか?」

 

「いいけど、どこで話すんだ?」

 

「そりゃあ、誰にも邪魔されないような良いとこさ。ま、校舎裏とかまで連れてってカツアゲなんてしねぇから安心してついて来いよ」

 

 

 そう言って柔沢はオレの肩をポンポンと叩くと、階段を下りて行く。柔沢の外見だと実際にカツアゲとか手馴れていそうで少し不安にはなるが、べつにお金を取られたところでそこまで支障はない。

 普段なら気乗りしないはずなのだが、どうやら自分の体は正直だ。行きたくない場所へ行かないで済むというだけで、足取りがとても軽くなった気がする。とりあえず、オレは柔沢について行くように、カバンを持って一緒に下りていった。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 3つある学習棟の中の第3棟の1階。『世界戦史研究部』というプレートが貼られた部屋の前までやってきた。柔沢はポケットから鍵を取り出し、ドアノブの鍵穴に鍵を差し込んでいる。

 

 

「ここは?」

 

「ここは、世界戦史研究部の部室だ。長いから略称で戦研部とか呼ばれてる」

 

「へぇ、柔沢は世界の歴史とか戦争とかに興味があるのか?」

 

「いや、別に歴史とか戦争とかに興味はねぇ」

 

「へ?」

 

「戦研部というのは名ばかりでな。ちゃんとプレートにもルビ振ってあるから、よく見てみろよ」

 

 

 部室のドアの鍵を開けた柔沢は、プレートに指を指している。よく見ると、カタカナらしき文字が小さく書かれてあった。

 

 

「えーっと、サバイバル……ゲーム部? なんだこりゃ?」

 

「つまり、モデルガンとかモデルナイフとかで裏山とか行ってドンパチしたりする部活さ」

 

「というと、何人かで玩具の銃や剣とかで戦争ごっこをする感じなのか?」

 

「まぁ、そんな感じだな。色々とルールはあるんだが、大方そんな感じでいい」

 

 

 柔沢がドアを開けて部室の中へと入っていく。ついていくように部屋の中へと入ったところで電灯の明かりが点くと、部屋の中が見えた。

 部屋の中はいかにもといったところか。そこまで広くはないが、銃や迷彩服やケースなどが壁や棚にたくさんかけてあったり置かれていたりしてある。ロッカーにはBB弾のボトルが区分けしてあるかのように並べてあり、しっかりと誰の物か分かるように名前が書かれてあった。中央には長机が2つ並べるように置かれ、長机の上には地図みたいなのがいくつかあり、実際に戦争の作戦会議でもやっていそうな雰囲気だ。

 

 以前の死んだ世界戦線がパソコンとかスクリーンとか使用していたせいか、オレとしてはこの部屋はなんとなくレトロな感じがして、ちょっと昔の時代に戻ったような感覚を味わってしまう。

 

 

「とりあえず、なんか触りたいのがあったら触らせてやるぞ。と言っても、興味ないかもしれないが」

 

「いや、そんなことはない。銃はそこそこ知ってるほうだから、なんとなく分かる」

 

 

 さすが部活動なだけあって、銃の種類はけっこうある。死んだ世界戦線である通称“SSS”ほど銃の種類が豊富なわけではないが、玩具として存在している割には多すぎるくらい種類がたくさんある。名前まで詳しくはないが、ゆりがよく使っていたベレッタや直井が使っていたUSP。機関銃やらライフルやらと戦線メンバーが持っているのを見たことがあるものがいくつか置いてある。

 更には、お気に入りというわけでもないが一番手に馴染んでいるハンドガンでもある、グロック17があった。玩具くさい銃ではあったが、こうやって玩具の銃としてあると思うと、そんな玩具くさいフォルムであったことが良かったように思えてしまう。

 

 

「これ、触ってもいいか?」

 

「おう、いいぞ。その銃は……グロックか。知ってるのか?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 

 懐かしい。あの当時は、ゆりに渡されてよく使っていた銃だ。今は高松の遺品であるマグナム弾のデザートイーグルと大山に託された9mm弾のシグザウエルを所持しているが、部屋のロッカーの奥底で眠っている。本来なら手馴れているこの銃を所持しておきたかったのだが、この世界に影がいなくなった時に手放してしまった。

 あの頃はもう影と戦うこともないと思い、自分の部屋に置いたままにしたのだが、いつの間にかなくなっていた。というより、自分の部屋を出て行った際に持っていくのを忘れ、久しぶりに戻った時にはなくなっていたのだ。

 

 今のところ銃を発砲するような事件が起きてないあたり、新しく来たルームメイトのNPCがゴミとして捨ててしまったのかもしれない。

 

 

「しかし、軽いんだな。って、そりゃそうか。玩具だもんな」

 

「でも、玩具にしては重いだろ? 一応、精密なモデルガンだからな。本物の銃弾は撃てないが、BB弾ならしっかりと撃てるぜ」

 

 

 そう言われるとたしかに実銃よりは軽いが、玩具にしては重いのかもしれない。強度を下げて軽量の素材にして作ったら、これくらいの重量になりそうだ。これなら、非戦闘要員や女性でも扱えるかもしれない。

 

 

「試射したいなら、そこに的当てとネットあるけどどうだ?」

 

「いや、そこまではいい。それより話があったんだったな。すまない、横道に行ってしまって……」

 

「別にいいさ。こんな変なとこあんまり来たことないだろうし、少しでも興味を持ってくれたら嬉しいからな。ま、とりあえず座って話すか。そこらへんのイス使えばいいぞ」

 

「ああ」

 

 

 オレは適当にイスに座ると、柔沢は部室の片隅にある冷蔵庫らしきものを開ける。自分の座っているところだとちょっと死角になって、何があるのか分からないが、多分冷蔵庫だ。

 

 

「今日暑いよなぁ。喉渇いただろ。水とエナジードリンク、どっちがいい?」

 

「えっ? えっと、水で」

 

「おう、わかった」

 

 

 そう言うと、柔沢は冷えた軟水の水のペットボトルを取り出してはオレに手渡す。柔沢も喉が渇いていたのか、近くのイスに座りながらエナジードリンクの入ったペットボトルを口にしている。一気に半分以上飲み干してしまう辺りは、相当喉が渇いていたのだろうか。

 

 

「……なぁ、音無。軟水と硬水の違いってなにか知ってるか?」

 

「いや、詳しくは知らないが……水に含まれるイオンとかマグネシウムの量が違うんじゃないか?」

 

「へー、そっか。そうなのか……」

 

 

 気のない返事に、少し違和感を覚える。なんで今、そんなことを聞いてきたのか分からないし、正直言うと興味ないんじゃないかと思えるような返答だ。

 

 

「で、話したいことってなんだ?」

 

「ああ、そのことだったな。えっと……こんな時間が経って、今更改まって言うのもなんなんだが……」

 

 

 何か言いづらいことなのだろうか。さっきまでのヤンキーのような威勢のある雰囲気が失って、しどろもどろしている感じだ。

 

 まてよ、たしかコイツ……朝霧と面識があるんだったな。オレに接触してきたということは、もしかして朝霧関連の話だろうか。その可能性が出て来るとなると、嫌な予感が……

 

 

「あの時は本当にすまなかった!」

 

 

 いつの間にか、柔沢は深く頭を下げていた。イスに座りながら手を両膝に置いて、申し訳なさそうにしている。まさか謝られるとは予想していなかっただけに、柔沢が何のことでそう言っているのか思い当たらない。

 

 

「朝霧から聞いたんだ。あの時、まだ授業を受けられる状態じゃなかったって。なのに、強引に教室に連れて行こうとして、おまえを傷つけてしまった。余計にトラウマを作ってしまって、授業を受けづらくさせちまった。本当に申し訳ない!!」

 

「いや、あの時はその……」

 

「許されることじゃないのは分かってる。俺のことをもしかしたら恨んでいるかもしれない。それもきっと仕方ないことだと思う。それくらいのことを俺はしてしまったから、罵られても構わない。それでも、俺は謝りたいんだ。こうやってちゃんと謝らにと、俺自身ケジメがつかない!」

 

「と、とりあえず、頭を上げてくれ。そこまで気にしてないから。別にあんたのこと恨んでないから。もう十分だから!」

 

 

 さすがにここまで謝られるとは思わなかった。というか、ここまで謝られるとなんだかオレ自身が悪いというか柔沢が気の毒な感じがして、いたたまれなくなってくる。

 

 

「あの時の俺はどうかしてた。クラスリーダーになって、何故か無駄に張り切っていた。しっかりクラスリーダーをやらないといけない。立派なクラスリーダーにならないといけないんだって。でも、今思うとなんでそんなに意気込んでいたのか思い出せない。頑張らなきゃいけない理由なんてなかったはず。あそこまで頑張る必要なんてなかったはずだ。なのに、なのに思い出せない。思い出せなくて、思い出さないといけないような気がして、でも、でもでも思い出せない! 分からないんだ! だから俺はどうしたらいいか……」

 

「おい、ちょっと落ち着けよ! 大丈夫だから。少し落ち着け!」

 

 

 熱くなり過ぎて止まらなくなった柔沢に、ひとまず落ち着いてもらうことにする。あまりにも取り乱していたので、本当に何をするか分からない勢いだった。

 一体、柔沢はどうしたのだろうか。謝りたい気持ちが感極まって、おかしな方向になってしまったのだろうか。分からないが、おかしい状態になってしまったのは確かだ。謝ってくれるのは嬉しいが、ここまで熱くなられると、本当に柔沢に対して罪悪感を感じて止まない。

 

 

「お、おう……す、すまない。ちょっと取り乱してしまったな。ほんと、申し訳ない」

 

「もういいよ謝らなくても。本当に、そこまで気にしてないからな。それに、ああいうことになってしまったのはあんただけのせいじゃないからな」

 

「ああ……え、それはどういうことだ?」

 

「いや、だってしおり……朝霧に頼まれてオレを連れ出そうとしたんだろ?」

 

「それは違うぞ。俺が音無のことを知っているという情報を受けて、強引に朝霧に頼んだんだ。きっとあいつは俺に頼まれて仕方なく教えたんだと思う」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 それは初耳だ。朝霧自身、そんなことは何も言わなかった。まぁ、朝霧と口論になったあの日のことはあまり話題にはしていない。わざわざ話すような話題ではないからだ。でも、朝霧と口論になった時に聞いた話では、朝霧は柔沢に頼んだと言っていたような気がする。

 でも実際、どっちが本当で真実なのかは分からないが、別に気にしたところで意味はないのだろう。むしろ朝霧は優しいから、朝霧が柔沢に気を使って嘘をついている可能性は高い。わざわざ掘り下げる必要もない。

 

 

「まぁ、とりあえずこうやって謝ってもくれたんだし、あの時のことはもうお咎めなしとしようぜ。朝霧も別に柔沢とのことを気にしてはいないと思うし。それに、オレとしては……なんだろうな、かえって気付けたこともあったし、結果オーライだったということで、そういうことだから、もう変に気にしなくていいからな」

 

「そうか、ありがとな音無」

 

 

 そう言うと、柔沢はまたオレに頭を下げる。面倒なヤツかなとは少し思っていたが、けっこう良いヤツなのかもしれない。ちゃんと謝れるあたりは、そこいらの大人よりも大人らしく感じる。謝ればいいと言うわけでもないが、誠意を持った謝り方が出来るのは大きい。上辺だけの手馴れたような謝罪しかしない大人になるよりかはマシなのだろう。

 

 

「というか、話したいっていうから何事かと思ったけど、単に謝りたかっただけだったんだな。なんかこっちも、こんな環境まで用意してもらってなんか申し訳なかったな」

 

「いいんだ、俺がしたかったことだし。それに音無とは一度じっくりと話してみたいとは思ってたんだ」

 

「ん、そうか。それなら良かったけど」

 

「んで、音無。ちょっと聞きたいんだが、おまえ今なんか部活に入ってたりしているか?

 

「いや、部活には入ってないな。入る余裕もなかったしな」

 

「そうかそうか。それなら、もしよかったらでいいんだけどよ。この戦研部に入らないか?」

 

「え? 戦研部にか!?」

 

 

 これはまた予想外の話だ。まさか、部活の勧誘をされるとは思いにもよらなかった。なにせ、この死後の世界でのオレの学年は3年生。部活の勧誘に関しては4月には行われていたのかもしれないが、誘われることなんて全くなかった。そもそも興味がなかったというのもある。

 生前、部活をやっていたかと言われれば当然のようにそれどころではなかった。だからといって、部活ができなかったことを悔やんだことはない。好きでもないことを強制されるような部活というのは、あまり好きではなかったからだ。

 

 

「本当はこの部室に来たのは、音無にこの戦研部に興味を持ってくれたらいいな~という思いがあったからなんだ。何もやってないんだったら、幽霊部員でもいいから入ってくれないか? むしろ入って欲しい。お願いだ!」

 

「それは、何か理由があるのか?」

 

 

 とは言ったが、入って欲しい理由なんてなんとなく予想はつく。

 

 

「実は6月にな。人数が足りないと、廃部になっちまうんだ。今年から俺を含めて4人しかいない状況で。サバイバルゲームは出来なくなってもいいんだが、この居場所だけは失いたくないんだ。この通り、頼む!」

 

「そっか、そういう理由があるのか」

 

 

 居場所が欲しいというのは分からないでもない。柔沢にとっては、ここが居心地の良い居場所というやつなのだろう。

 

 

「でも、すまない。銃に興味がないわけでもないんだが、今はちょっとな。それに、部活動という活動自体に興味がないんだ」

 

 

 だが、それでも、部活動に入ることは出来ない。正直言うと、幽霊部員としてなら入ってもいいのかもしれないが、そうするわけにもいかない理由がある。

 たしかに柔沢は悪いヤツじゃない。まだ、男子というのもあってか、性格的に馴染みやすいからなのか分からないが、NPCの中では楽に話せられる類いのNPCだ。だからと言って、柔沢と一緒にいて心の底から落ち着いて過ごせるわけじゃない。また、他のNPCとも上手く関われる気がしない。それに、来年には誰もいなくなるような部活に自分の名前だけあると、この先面倒なことになるのは目に見えている。まぁ、それ以上に朝霧と一緒にいる時間が減るのはどうしても避けたいというのが本音だ。

 

 

「そこをなんとか! お願いだ音無!」

 

「……すまない、力になってはやりたいが、できそうにない」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 

 オレが立ち上がると、柔沢はオレの肩を掴んでは行こうとするのを止める。

 真剣な面向きでオレを見ている柔沢は、本当に切羽詰まった状態なのかもしれない。たしかに、こんな部活動に入るヤツは少ないはず。興味を持ってくれる人もそんなにいないのだろう。それだけに、部員集めに必死になるのかもしれないな。

 

 

「ダメだ、このままではまだ引き下がれねぇ。俺も本気なんだ。絶対に何が何でも部活を廃部にさせたくない。だから、ここはちょっと納得いく方法で決着をつけないか?」

 

「……何をするっていうんだよ」

 

「この部室にはモデルガンがたくさんある。これを使って入部するかしないか決めようじゃねえか!」

 

 

 柔沢が手に取ったのはモデルガン。詳しいわけでもないから名前は分からないが、リボルバー式の銃ということだけは分かる。もしかして、西部劇のような早撃ち勝負とか、何個かの空き缶を狙うような的中勝負でもしようというのだろうか。まぁ、何であろうと、勝負をして決着がつくまではこの部屋から出してはくれなさそうだ。むしろ、ここでオレと入部をかけた勝負をするためにこの部室まで連れて来たのかもしれない。むしろ、そのつもりだったという方が分かりやすい。

 

 

「見ての通りこれはリボルバー式の拳銃だ。これを使って運勝負の1つであるロシアンルーレットで勝負といこうぜ!!」

 

「ロシアンルーレットか……」

 

 

 柔沢は長机にリボルバー式の銃を置く。まるで本物のように銀色に輝いているその銃は、雌雄を決する物として存在感を露わにしている。

 まさしく、今から真剣勝負が始まろうとしている。今後をかけた勝負が、始まろうとしていた。

 




11話:words of apology  ー  “謝罪の言葉”


NPCである柔沢との会話回でした。
予定では缶コーヒーを飲みながらちょこっと話す感じでしたが、
次の話にまで続くくらい長くなってしまったという、そんな作者の心情です。

でも、この回はVol.2でやっと動きが見られるお話だと思います。
柔沢や部活、朝霧やナツキ、そして生徒会長。
音無が今後どうなっていくのか楽しみですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。