Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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※今回の話は前回の話から少し時系列が戻る話ですのでご了承ください。
 少々本編の流れとは脱線してしまいますが、

朝霧がシャワーを浴びている間、オレはいつのまにか眠っていた。
ふと夢の中で、オレは朝霧と出会った時のことを思い出す。


EP07 ― morning fog sky

「あの部屋は……あんたに譲るよ」

 

 不覚にもオレは目の前の女子生徒に同情してしまった。本当は彼女に優しくする必要も、同情してあげる必要もない。彼女は“NPC”という存在。オレと同じ“人間”であるはずがない。

 だって彼女は生前の記憶がない。記憶喪失であったとしても、平然とこの世界で暮らしていられるわけがない。

 

 朝霧という女子生徒は地面に膝をついたまま、そして今にも泣き出しそうな表情のまま、オレの言った言葉を信じ切れない様子で見つめている。

 

 

「……えっ? ほ、本当にいいの? それだと、あなたの居場所がなくなるんじゃあ……」

 

「元々、この世界にオレの居場所なんてないんだ。それに、あんたこそ居場所がないんだろ? オレはきっと、何とかなるだろ」

 

 

 そう。どこへ行こうが、オレの求めている居場所なんてものは、この世界のどこにもない。むしろ、この世界にないからこそ、この世界から出たいと思っている。そのためにも、落ち着ける環境が欲しかっただけなんだ。

 そりゃあ、そんな自分にとって都合に良い環境を探すのは手間ではあるけど、時間はそれこそ無限にある。きっと何とかなるんじゃないかと思う。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 朝霧という女子生徒は、感謝の言葉を述べていた。優しい笑顔で、安堵した様子で、嬉しさが声色に表されていた。

 

 その表情は、妹の初音を思い出させられる。

 その言葉は、立華かなでのことを連想させられる。

 その様子は、オレの心を強く締め付けてくる。

 

 そもそも、感謝されることはない。結果的には自分が本来の部屋にいればいいだけ。それで済む話だったんだ。元々は誰とも関わりたくないから、あの部屋を使っていたに過ぎない。それを譲りたくはなかったけれど、目の前の女の子が困っているのであれば、正直言って譲るしかない。

 

 それに、自分の居場所を求めているのはオレだけに限った話ではない。どちらかが譲らなければ、何も解決しない。どちらかが諦めなければ、現状は変わらない。決して曲げようとしない彼女の強い信念を崩してまで、自分の都合を押し付けるのは、人間という立場として下劣であるような気がしてしまった。

 

 だから、我慢するしかない。諦めるしかない。たとえ相手がNPCであっても、無理強いに彼女にとっての居場所を奪うなんてことは、オレにはできない。結局オレが今の居場所を渡して、別の居場所へと移るしか他ない。それしか、もう方法はないんだ。

 

 

「……べつに、お礼を言われることじゃないさ。じゃあ、部屋の中の荷物は捨てといてくれればいいから」

 

 

 特別必要なものなんてなかった。大概のものはいつも身に着けて持っている。あの部屋にある物なんて、あってもなくても欲しい時に手に入るものだ。むしろ、本来の自分の部屋に行った方が、自分の欲しい生活必需品があるような気はする。だから、彼女のためにもすぐにあの部屋をあげるのが一番なのだろう。

 

 

「ねぇ……ちょっと待って!」

 

「ん?」

 

 

 今いる学生寮の屋上からすぐにでも歩いて出て行こうとしたが、朝霧というNPCに呼ばれ、足を止めて振り返ってしまう。

 

 

「あの……もし、もしよかったら……」

 

 

 彼女は何かを言いかけようも、少し戸惑っている様子で言い淀んでいる。まるでそれを言うのに勇気がいるかのようだ。

 

 

「よかったら、一緒に住まない?」

 

「……えっ? は、はぁ!!?」

 

 

 予想もしていなかった言葉に、オレは驚きを隠せない。一緒に住むなんて、そんな提案はオレの中の選択肢には存在していなかった。男子生徒とならまだしも、女子生徒と住むというのは、常識的におかしい。男女が同じ部屋に寝泊まりとか、普通じゃない。そんなのは、大人になってすることだ。高校生のすることじゃない。

 

 

「だって、どこも行く宛てなんてないんだよね? この第3号棟の学生寮に住んでいるってことは、あなたにも何か理由があるんじゃないの?」

 

「そ、それは……いや、でも……」

 

 

 動揺してしまったせいか、上手く言葉にできない。この部屋に来た理由なんて特にない。それこそたまたまだ。あの時は、一緒に住んでいた男子生徒のNPCが怖かった。段々と恐ろしくなって部屋から逃げ出し、医療棟の地下へと隠れた。

 だけど、明け方から夕方までは医療棟も学生や教師のNPCはやってくる。ひたすら安心して住める場所を探しているうちに、この学生寮のこの部屋を見つけ、誰も住んでいる気配はなかったから、この部屋に住み着いただけだ。

 

 

「それに、私としても誰かいた方が……安心できるし」

 

「へ?」

 

 

 朝霧というNPCは、小声でぼそっと呟いていた。聞き間違いでなければ、彼女は誰かいた方が安心できると。そう言っていた。それはどういう意図なのかは分からない。

 けれど、表情から察するに彼女はただ寂しいだけの理由でオレに一緒に住まないかと言っているわけではなさそうだ。

 

 

「えっと……あんたは、オレとで同じ部屋に一緒に住むなんていいのかよ?」

 

「……分からないけど、なんとなくあなたなら大丈夫かなって。それに今更、気にもしていられないし」

 

「ん? 何をだ?」

 

「いや、別になんでもないの。こっちの話」

 

 

 とりあえず、彼女にとってオレは変に怪しまれたり、怖がられたりしていないようだ。男の経験があるからそう言えるのか、むしろ無知で男の怖さを知らないからそう言えるのか分からないけど、別にNPCに何かしたいという意欲もわかない。男として見られていないのはいささか悲しい感じはするが、むしろその方が好都合であるといえばそうだ。

 

 

「うーん……それじゃあ、オレの新しい移住先が見つかるまでは、そうするか」

 

「うん。じゃあ、これからよろしくね!」

 

 

 こうして、なんかわからないが、朝霧という女子生徒のNPCと同じ部屋で暮らすことになってしまった。色々考えなければいけないことはあるが、ひとまずはこの朝霧というNPCなら男子生徒のNPCのように変に積極的にオレに関わって来たりはしないだろう。大人しそうな雰囲気なこのNPCなら、今のところは一緒に住んでいても差し障りはなさそうだ。

 

 そう思いながら、オレは手を伸ばしては地面に両膝をついている朝霧に手を差し伸べた。手を握ると彼女の血の通った生暖かいぬくもりが手のひらから伝わって来る。女の子の弱弱しくて小さい手の感触を感じる。

 NPCであると分かっていても、本当に人間のような彼女に触れると、自分の中のNPCに対しての緊張というのか。不安な心の強張りが和らいでいるのがわかる。

 

 当たり前と言われればそうだ。自分と同じ人間ではないにしろ、彼女は生きている。確かにこの世界で生物として存在しているのだ。人間ではなくとも、自分と同じ生きている物なのだから。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 そんなことがあって、“朝霧史織”という女子のNPCとオレは暮らした。今のところ、この世界の中で唯一オレが心を許しているNPCになるのだろう。それこそこの世界の中で、一番接している住人と言っても過言ではない。

 とは言っても、実際オレが朝霧と過ごした期間なんて1ヶ月ほどしかない。正直言って、死んだ世界戦線のメンバーなどの人間を抜かしてのNPC限定での話ではある。

 

 そもそも自分は、最近まではNPCなんかに心を許すことが出来なかった。むしろ、今まで人間と共にしていたこともあってか、NPCとはどうしても心の壁を隔ててしまっていた。どんなにNPCと接しても、心を許せることはなかった。

 でも、朝霧は違った。朝霧だけは、他のNPCの時とは違っていた。なぜか彼女に対しては不思議と心を通わせられた。オレが彼女に対して心を開いていくのに、そう時間はかからなかった。

 

 その理由のひとつとしては、朝霧が優しく大人しい性格の持ち主で、子どもっぽい性格であったこと。分かりやすくいうと、感情的というか感情移入しやすい性格というか、オレとは違って純真さがよく見られた。喜怒哀楽が表情によく出ていて、嬉しい時は本当に嬉しそうに、悲しい時は本当に悲しそうにしている。そんな子どもようで人間らしい彼女を見ていると、心なしかとても安心することができた。

 

 もう一つの理由としては、朝霧の趣味である読書だ。部屋の中でもよく本を読んでいて、図書館から本をたくさん借りては毎日のように読んでいる。自分はこの世界で本を読んだことなんてなかったが、特に部屋の中でやりたいこともすることもなかった。なので、何冊か時間潰し程度に彼女の借りて来た本を読みはじめ、読んでいくうちに先の展開が気になった。段々と本を読む数も増え、それと共に本を読む時間が増えていった。今では本を読んでは、本の内容について彼女と喋ったりもしている。時間を忘れて本を読んだり、彼女と本の話で盛り上がったりすることが楽しいと感じるようになった。それこそ、この世界で生きている中で、楽しいことのひとつと言えるだろう。

 

 

 それだけに、今の生活を壊したくなかった。いつのまにか自分の心の拠り所が、この部屋で彼女と一緒に過ごすことになっていた。彼女と一緒にいる時間こそが、荒んだ心が落ち着いて、不安な気持ちが安らぐ。時間を忘れることができる。それこそ何にも代えられない、この世界でかけがえのない時間になっていたのだ。

 

 

 そんな彼女といることで、オレは変わった。むしろ、今までこの世界で生きてきた自分の生き方、NPCに対する考えや想い、自分の心は狂わされた。

 ……いいや、またしても孤独を感じるのが怖くなったんだろう。居心地の良い今を終わらしたくない。自分しかいないという不安から逃げたい。周りに頼れる人間も、信頼できる仲間も、安息の環境でさえない日々に戻るのは、絶対に避けたい。自分の精神がたとえ狂おうとも、NPCである朝霧に依存しようとも、今のこの生活だけは、誰にも変えさえやしない。

 

 

 だから今、オレはここにいる。この部屋で朝霧と過ごし、平穏な日々を永遠にするため。信頼できるほど純真な彼女と一緒に、オレはここで生きていくんだ。それに彼女がNPCであるというなら、オレに都合の良いようにいてくれるはず。都合の良いように記憶を変え、都合の良いようにオレと暮らし、都合の良いようにオレとの関係を育んでくれるはず。

 

 

 そうに違いない。そうであるに決まっている。そうとしか考えられない。

 そんな風にオレは、自分のとって都合の良いように、都合の良いことを考えて、都合よく信じるようになってしまった。それは彼女が人間ではなく、NPCだったからかもしれない。自分が都合の良いことばかりを考えているということは分かっていても、それから目を背けている。

 

 

 ずっと夢のままであったなら、良かったのに。

 この死後の世界が、自分の夢のように、本当に都合の良い世界であったら良かったのに。

 

 

 

 ドアの開く音がする。シャワールームから、朝霧が出て来たのだろう。

 残酷にも、オレは夢から死後の世界という不可思議な現実へと引き戻される。

 

 




7話:morning fog sky  ー  “朝霧の空”


ご要望があり、今回は朝霧史織の補完的エピソードを挟みました。
時系列的には、音無がうたた寝してるところで夢を見ている感じなので、少し戻っていますが、次でちゃんと本編の時系列に戻ります。

今回の話では、朝霧との同棲する際のキッカケや音無が朝霧に依存している部分などを描きました。
本編に属していいのかは正直微妙に感じていますが、
音無の現在の状態の経緯が分かった方が良いと思い、書きました。

次回から、前回の話の続きですので、どういった結末に着くのかお楽しみください。

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