Angel Beats! AFTER BAD END STORY   作:純鶏

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“ab initio” ― アブ イニシオ
意味:物語の序章へと紡いでいく、始まりの物語


アブ イニシオ

 ぼんやりとした意識の中、生徒会室に学校のチャイムの音が鳴り響いて聞こえる。そのおかげで、自分が寝ていたことに気付いた。

 

「……う、うーん。ふぁ~っ、よく寝た」

 

 机に伏せていた頭を上げて、イスに座りながら軽く背伸びをする。眠っていた状態から完全に目を覚ますように、口を開けてあくびもした。

 

「よく寝すぎですよ音無生徒会長。いつまで寝てるんですか」

「えっ?」

 

 よく見ると、生徒会室の中にもう一人いた。寝ていたせいか、全く気付かなかった。

 オレの近くでボールペンを持ってイスに座っているのは、この学校の女子生徒。生徒会役員である彼女は生徒会日誌を書いていたんだろう。長机の上に名簿やら書類がいくつか置かれてある。

 

「あれ? 今、何時だ?」

「9時40分です。たった今2限目の授業が始まった感じですね」

「えっ!? 9時40分? 嘘だろ……」

 

 壁にある時計を見ると、たしかに時刻は9時40分を過ぎていた。

 授業が始まるまで少しだけ目を休めていたんだが、まさかそこまで寝入ってしまうなんて。昨日はあまり眠れなかったからだろうか?

 

「ん? それなら、なんでおまえがここにいるんだ? オレはまだしも、おまえは授業があるじゃないか」

「それはもちろん、音無生徒会長のお仕事のためですよ。ほら、これを見てください」

 

 机の上に置かれてあった1枚の紙を手渡される。どうやら、学校の生徒名簿の一部を印刷した紙のようだ。そこには名前と学年とクラス、その他諸々が書かれてある。その中に1つだけピンク色の蛍光ペンでマーキングされている部分があった。

 名前は『妹尾 孝』。学年は1年でクラスはE組。名前からして、きっと男子生徒だと思われる。

 

「……いもお、こう?」

「いいえ、『せのお』と読むらしいです。というか、ローマ字表記もされてあるんですから読めてくださいよ」

「あ、ほんとだ」

 

 よく見たら、たしかに名前の隣に『kou senoho』と書かれてあった。

 普段からローマ字表記のところなんて読まずにいるから、今回も素通りして見てなかったな。

 しかし、この名字を初見で“せのお”と読めるヤツがいるわけがないだろ。それこそ、オレの名字の“音無”くらい分かりやすかったら良いんだけどな。

 

「今回のターゲットはその男子生徒です。さっそく、その人をこの世界から抹殺してきてください」

 

 目の前の女子生徒に平然と躊躇もなくそう言われると、自分って一体何者なのかなと思えてしまう。いや、この学校の生徒会長だけどさ。

 そもそも、この死後の世界に迷い込んで来た人間を成仏させているだけであって、何も殺してるわけじゃないからな。さすがに“抹殺”は違うだろ。

 

「抹殺って、酷いな。まるでオレが人間を排除してまわってる殺し屋か掃除屋みたいじゃないか」

「え? 違うんですか? 私の周りでは“地獄の生徒会長”とか“殺人執行の音無”とか呼ばれていますよ?」

「え、そうなのか? それは初耳だ」

 

 生徒会長として他の生徒に対する自分の立ち振る舞いを思えば、確かに生徒達に怖がられるのは分かる。しかし、まさかそんな異名までついているなんて。

 そういや最近、生徒達と会うとやけに距離を感じるというか、結構おどおどしていたな。ということは、根も葉もない噂が生徒達の中で流行しているわけか。

 

「そりゃあそうですよ。嘘ですから」

「え? 嘘かよっ!!」

「私が知っている限りでは、 たしか“テレビの音無”だったはずです」

「テレビ!? どういう呼び名だよそれ!?」

 

 本当にそんな風に呼ばれているのか? それも嘘じゃないのかと思えて仕方がない。

 

「多分、テレビに出てもおかしくないくらいのスター性があるから、きっとそう呼ばれているんだと思います。生徒会長、良かったじゃないですか」

「そうか、それは良かった。って、なるわけないだろ!!」

「え? なんでです? 割と馴染みやすい呼び名でいいじゃないですか」

 

 不思議そうな顔でこちらを見ている。もしかして分かってない?

 いや、この場合とぼけてるのか? 別にどっちだっていいけど。

 

「それ明らかにテレビの“音量を無し”にしているのと、オレの名字の“音無”をかけて呼んでいるようにしか思えないぞ」

「あっ!! “音無し”と“音無”。なるほど、上手いですね! いやぁ、これは一本取られましたよ!」

「上手くねぇよ! ダジャレでも笑いの1つも取れねぇよ! そもそも、それをおまえが呼び名として認識してること自体おかしいだろ! 絶対、おまえが聞き間違えたとしか思えないんだが」

 

 段々とこの女子生徒が、冗談で言っているのか本気でそう言っているのか、少し不安になってきた。そこらへんはやっぱり、『NPC』だからなんだろうか?

 

 生徒会役員でもあるこの女子は、今いるこの死後の世界の人間。オレのようなこの世界に迷い込んで来た人間とは違い、オレは『NPC』と呼んでいる。

 これはゲームに使われる用語のノンプレイヤーキャラクターから取ってきていて、この世界のシステムに操られた住人という意味になる。

 それだけに、こいつの頭の中はすでにおかしくなっていて、もうバグってるんじゃないのかと疑いたくなる。

 

「それより、ちゃちゃっとその妹尾とかいう男子生徒に話つけてきてください。私もさすがに授業に行きたいので」

「あ、ああそうか。そういや授業がもう始まっているんだったな」

 

 そうだ、今はのんきに話している場合ではない。それよりもさっそく妹尾という男子生徒を見つけないといけないんだ。こんなところでゆっくりしていたら、それこそ見つけ出すのが困難になってしまう。

 

 まず、授業が始まっているということは、妹尾という男子は教室にいる可能性が高い。

 なぜなら、この死後の世界に迷い込んで来た人間は、この世界の住人であるNPCに出会うはず。すると必ずと言っていいほど、教室か学生寮のどちらかに連れて行かれることが多い。

 ただ、時間が経てば経つほど別の場所に移動する可能性も高くなってくる。必ずしもNPCであるこの学校の生徒とずっと一緒にいるわけではないからな。だから、とりあえずは一刻も早く見つけ出さないといけない。

 

「そういえば、この妹尾がこの世界に来たのはいつ分かったんだ? ついさっきか?」

「8時くらいですけど」

「ん? 8時? じゃあ、おまえが生徒会室に来たのは?」

「8時半です」

 

 …………え?

 現在の時刻は9時46分。

 つまり、寝ているオレを1時間弱放置したまま、こいつは授業を受けずに待っていたということになる。

 

「なら寝ているオレを起こしてくれよ!! その時間に来たなら、すぐに起こせばよかったじゃないか!」

「いえ、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたので。つい、良かれと思って」

「つい、じゃねぇよ。良かれと思うな! さっさと起こすか、置き手紙でも書いて普通に授業を受けに行けば良かっただろ」

 

 眠ってしまった自分も悪いが、わざとオレを起こさずにいたうえに授業にも行かないとか、性質の悪い女だなこいつ。

 

「だって生徒会長って、目覚めた時に誰もいないと寂しくて泣いちゃうんですよね?」

「オレは保育園児か! そんなんで泣くかよっ!!」

「え、だって……マザコンじゃないんですか? さっきも寝言でお母さんの名前を呼んでいましたよ?」

「え? そんなわけないだろ、変な設定付けるな!」

 

 本当に寝言で言っていないか不安になってしまったが、さすがにそんなことは無い……はず。

 てか、そもそも自分の幼少期に死んでいるから、あんまり母さんのことは覚えてないんだがな。名前すらも何だったか、今は思い出せないくらいだ。

 

「ちなみに、私の母は牧野佳恵という名前です」

「いや、急になんだよ。べつに聞いてないからな」

「さすがにフェアじゃないかな。と思いまして」

「どういうことだよ……」

 

 もうわけがわからない。さすがに疲れたから深く考えるのはやめよう。今はそれよりすることがあるんだから、そっちのこと専念しないと。

 

「まぁいいや。とりあえず、妹尾のとこ行ってくるよ」

「場所の見当はついているんですか?」

「多分、1-Eの教室にいるだろ。いなかったらいなかったで適当にいそうな場所を当たってみればいいさ」

「そうですか。分かりました、行ってらっしゃいです!」

 

 女子生徒の牧野は軽く手を振ると、机に置かれてあるボールペンを持ってペンケースの中に片づけ始める。さすがに授業を受けに行くんだろう。

 ただ、生徒会役員が授業に遅れるとか、普通の生徒達に示しがつかなくなるからやめて欲しいんだけどな。

 

「……あ、生徒会長!」

 

 生徒会室を出ようとする前に、牧野に呼び止められたので、足を止める。

 すると牧野はイスから立ち上がっていて、親指を立てては微笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、グッドラックです!」

「……ああ、行ってくるよ」

 

 生徒会役員の1人である牧野に対して、何に対してのグッドラックなのかとツッコミたくなる。

 だけど、そんなことをしてはまた話が長くなりそうだからやめよう。

 

 

 生徒会室の扉を開けて廊下へと出ると、廊下の窓からは眩しい太陽の光が差し込んでいた。

 自分が寝起きだからなのか、単なる異常気象なのかは分からないが、今日はやけに眩しく感じる。そのせいでまぶたが重く、いつもより細目になってしまう。

 

 目をこすりながら廊下を歩いていく。

 1-Eの教室はたしか2階の東側。生徒会室は3階の中央だから、東側の階段を下りた先にある。

 

 東側の階段を下りていく。すると、その先で缶コーヒーとスナック菓子の箱が落ちてあった。

 明らかに食べ終えて空になったものがそのまま放置されている状態。きっと生徒達の誰かが飲み食いしてそのままにしたのだろう。

 

「……ったく。またかよ」

 

 オレが生徒会長になる前からなのか、自分が生徒会長になってからなのかは分からない。

 だが生徒会長になってからは、こういったゴミを捨てていなかったり、学校の物にイタズラをするといったことをよく目にする。

 それ以外でも素行の悪いNPCが増えて来ていることに生徒会は頭を悩ませている。

 

 こうなってくると、そろそろ風紀委員の活動を徹底させるべきなのかもしれないなと思う。

 ただ、それだとNPCである生徒達に負担がかかることになる。正直、学生の身分でもある生徒達にあまり負担を与えたくはない。だからと言って自分一人でどうこう出来る話でもない。

 

 本来なら教師である大人達がこういうことを徹底してくれると良いんだが、それが出来ていないのが現状だ。こればかりは教師と一度話してみて、それでどうしていくべきかを考えていかないとな。

 

「おいおい、この缶コーヒーまだ中身が少し入ったままじゃないか」

 

 さすがに飲み物は全部飲んでおけよと思ってしまう。特に捨てるとなるとそのままでゴミ箱に入れるわけにもいかない。

 仕方ないから、階段を下りたすぐ近くのトイレに入って洗面台で洗おう。ついでにそばにあるゴミ箱に捨てればいい。

 

 階段そばの男子トイレの中に入って、ひとまずスナック菓子の箱をゴミ箱に捨てる。というかこんな近くにゴミ箱があるんだから捨てればいいのにな。

 

 それにしても、まだ眠いせいからなのだろうか。なんとなく頭が変な感じだ。いまだにまぶたも重いから、缶を洗うついでに自分の顔も洗おうかな。

 そう思って洗面台の鏡に映る自分を見た時だった。

 

「えっ!?」

 

 洗面台の鏡には、衝撃的なものが映っていた。

 

「オレの、頭が……」

 

 鏡には自分が映っていた。紛れもない、自分自身が見える。

 ただ違ったのは、自分の頭。自分の髪型だ。ワックスがついているせいか、少しテカっている。

 

「頭がトンガリコーンじゃねぇか!!」

 

 先ほど捨てたスナック菓子に似ている。

 オレの頭は、トンガリコーンになっていた。

 

 

 

   ×    ×    ×    ×

 

 

 

 髪を整え、トイレを出たところで、近くの教室の方から男の大きな声が聞こえてきた。

 

「僕は分かってるんだ! こんな授業は嘘だ、デタラメだっ!!」

「あ? 妹尾、なにを言ってるんだ?」

 

 声が聞こえてくるのは1-Eの教室の中。

 男性教師の戸惑いの声が聞こえてくる辺り、国語の音読というわけではないのだろう。

 

「僕は何も成し遂げられず死んだんだ! 分かってんだよそんなこと。こんなことして何になるんだよ!」

 

 教室の扉の前に来て覗いてみると、やはり思っていた通りだ。

 男子生徒の一人が立っていて、男性教師と生徒達はその男子生徒に視線を向けている。

 きっとその男子生徒が“妹尾 孝”。この世界に迷い込んで来た人間だ。

 

「テストの点が良かったら天国にでも連れてってくれるのかよ……なぁ、誰か答えろよ。答えてくれよ!!」

 

 だが、誰も答えようとはしない。NPC達は黙ったまま、妹尾の方に顔を向けたままでいる。

 男性教師も戸惑いの表情を崩さず、教室の中はそのまま静まり返っていた。

 妹尾も段々と不安そうな表情を浮かべ始めている。

 

 そんな妹尾を見ていると、昔の自分を思い出す。

 かつての自分も、NPCに対して何かを問いかけた。怒鳴って叫んだりもした。

 でも、返って来たのは困惑の表情と冷たい視線。

 

 NPCが作り出している空気は、まるで自分が異質であるかのように感じさせられる。

 普通の人間であればあるほど、場の空気に押しつぶされそうになる。

 

 だからこそ、オレはNPCが作り出したこの空気を壊す。

 NPCの誰もが何も答えないのなら、オレが答えてやる。

 妹尾自身が分かっているのなら、オレが問いかけてやる。

 

 教室の扉を開け、教室の中へと進んでいく。

 男性教師や他の生徒達を無視して、立っている妹尾の前まで来て、学生服の襟を掴んだ。

 

「なら愚痴ってないでさっさとやれよ」

 

 急に襟を掴まれ、状況が飲み込めない妹尾はただ呆然とオレを見つめている。

 

「やりたいことがあるんだろ!? そいつを果たすためには、さあ何が必要だ? 今、何が必要だ!? 答えてみろ!」

 

 妹尾は言った。

 “何も成し遂げられずに死んだ”と。

 “誰か答えろよ。答えてくれよ”と。

 

 だからこそ、オレが妹尾に問いかける。

 何が必要で、何をすべきか。

 自分の中に抱えてきたものに目を向け、自分がどうしていくべきなのかを。

 その答えを、オレではなく自分自身で答えられるように。

 

「あるやつは過去に立ち向かう勇気が必要だった」

 ――勇気が、あいつにとって新しい未来を見ることが出来た

 

「あるやつには、夢を叶える努力が必要だった」

 ――努力が、あいつにとって叶えることの出来なかった夢を実現することが出来た

 

「あるやつには、長い時間と仲間が必要だった」

 ――長い時間と仲間が、あいつにとってかけがえのない大切なものを見つけることが出来た

 

「貴様はどれだ?」

 

 オレの問いかけに、妹尾は怯むことなく強い視線をオレに向けた。

 

「……今は、あなたに立ち向かう勇気だ!」

 

 妹尾は学生服の襟を掴んでいるオレの手を払ってそう言った。

 その言葉に、妹尾自身の強い意志を感じ取れる。

 

「……オーケー。なんだ、できるじゃないか。だったら後は分かるだろ?」

 

 この世界で自分以外に問いかけたところで、誰も答えてはくれない。

 だからこそ、自分自身で自分自身に問いかける必要がある。

 自分のことで答えてくれるのは、自分自身しかいないのだから。

 

「また理不尽な憤りを感じたり、迷ったりしたら生徒会室に来い。オレはそこで、ずっと待ってるからよ」

 

 そう言って、オレは教室を去った。

 これ以上、オレのすることはない。妹尾がどうするかは、妹尾自身が決めて、自ら行動に出るべきなんだ。

 

 それで自分に対する問いが見つからないのなら、自分の答えが見つからないのなら。その時こそ、オレ達生徒会が手伝ってあげればいい。

 

 

 生徒達がざわついている教室を後にして、オレは階段を上って生徒会室へと向かう。

 やるべきことを終え、少し気が楽になったところで生徒会室の扉を開ける。

 

「あ、生徒会長。おかえりなさいです。で、どうでした?」

「ああ、大丈夫そうだ。あれなら、きっと自分で答えを見つけられる」

「そうですか。それは良かったです」

「ああ、良かったよ………」

 

 きっと妹尾なら、自分自身で見つけられる。

 記憶もある。自分に向き合い、他人に立ち向かう勇気もある。

 オレ達がわざわざ妹尾の過去を掘り下げることなく、自分自身で答えを見つけることが出来るはずだ。

 

「…………って、良くない! おまえ、なんでまだいるんだよ! 授業受けに行くんじゃなかったのか!?」

「だって生徒会長、生徒会室に帰った時に誰もいないと寂しいと思ったので……良かれと思って」

「だから良かれと思うな! オレは小学生か! 今時の小学生なら、誰もいなくても寂しがらねーよ!」

 

 というか、どんだけオレの精神年齢低く見られているんだ、って話だ。高校生にもなってそんなやついたら、少なくとも学校での生活は厳しいだろう。

 

「で、本当のところはどうなんだ?」

「ふふっ。いやぁ、そういやこの時間帯の授業って自習だったんですよね。教室に入る前に戻ったところです」

「いや戻るなよ、そのまま自習しろよ! 休みじゃないなら、ちゃんと教室に行けよ! 何のための自習だよ!」

「だって、自習なんかよりも生徒会長といるこの時間の方が大切じゃないですか。勉強よりも生徒会長と親睦を深めたいんです」

「そうか……じゃあ一緒に自習するか? ただ喋るよりかは、勉強した方が良いだろ」

「え、それは断固として遠慮したいところです。勉強とかクソくらえですから」

「単に勉強したくないだけじゃねーか!!」

 

 それ以前に、自習ってサボってもいいもんなのか?

 こいつが教室に顔を見せていない辺り、クラスメートとか教師からは休みだと思われているんだろうな。

 

「まぁまぁ、いいじゃないですか。たまには私と2人きりにでもなりましょうよ。こんな性格の良い後輩がいるんですから、お話したいこといっぱいあるはずです」

「お前、ほんと……いい性格してるな」

「そんな、褒めないでくださいよ。少し照れるじゃないですか」

「褒めてはないんだが……まぁ、褒めておいたことにするよ」

「それは、どういうことですか?」

 

 牧野はきょとんとした表情を浮かべている。

 オレの皮肉めいた言葉の意味が、彼女はどうやら分かっていないようだ。

 

「いや、単におまえみたいなやつ。他にはいないなって思ってさ」

「つまり、私って生徒会長にとってナンバーワンじゃなくてオンリーワンってわけですね」

「……ま、まぁ、そういうことにしとくよ」

 

 どういうことなんだとツッコミを入れたくなったが、いい加減ツッコミを入れるのにも疲れてきた。

 それに牧野の言っていることが全く分からないわけでもない。今のところ、オレにとって貴重なNPCの1人であることには間違いない。人間とNPCのことに理解があり、そのうえでオレの手伝いをしてくれているのだから、本当に助かっている。

 

「実際、この世界に来た人間を見つけ出せられるのは、おまえだけだからな。オレとしてはおまえが生徒会に入ってきてくれて、本当に良かった」

「でも私、それくらいしか出来ないですから……他が出来ないんじゃ、微妙ですよ?」

「助かってることには変わりないさ。でも、それならなんで生徒会に入ったんだ?」

「えっ!? そ、それは、ですねぇ……えっと、まぁ……ひ、秘密です!」

 

 牧野は急にそわそわし始めて、落ち着かない様子で答えていた。

 秘密と答えるあたり、オレの前だと喋りづらい理由なのだろうか。

 

「秘密って、どういうことだ? オレには話しづらい内容なのか?」

「べ、べつになんだっていいじゃないですか! それよりも、生徒会長こそなんで生徒会長になったんですか? 実際、生徒会長になる必要はなかったはずですよね?」

「ん? オレか? オレは……」

 

 何でオレが生徒会長になったのか。

 それには色々と理由と経緯があるんだが、さてどうしたものか。

 べつに、人間のことに理解のある牧野に隠す必要はないんだが、だからと言ってわざわざNPCである彼女に話す必要性もない。

 

「そこらへんも含めて、もっと生徒会長のこと教えてくださいよ。時間はたくさんあるんですから、生徒会長がここに来てから今日までどんなことがあったのかとか聞きたいです!」

「……うーん」

「さぁさぁ、全部吐いちゃいましょう。でないと、私がみんなに吐いちゃいますよ」

「うん? 何をだ?」

「寝言で“ママ”とか“パパ”とか“牧野夏奈”とか私の名前まで呟いていたことをです」

「…………ったく、分かったよ。オーケーだ。話してやるからちょっと待ってろ」

 

 オレはホワイトボードに貼ってある1つの写真を取り、イスに座って長机の上に置いた。

 その写真には、死んだ世界戦線のメンバーである“仲村ゆり“日向秀樹”と“直井文人”。そして元生徒会長である“立華かなで”が写っている。

 

 この死後の世界で人間が残したものは、決して消えることはない。

 そして、この写真もそうだ。昔撮った写真は今でも生徒会室に置いてある。

 

 自分と共に過ごした仲間のことを忘れないために。

 自分が人間であることを心に刻んでおくために。

 人間という存在がこの世界にいたという証明のために。

 

「この写真は? って生徒会長、若っ!? 若いですね!」

「約2年前だから、そんなに変わってないと思うんだが……」

 

 てか、年齢を重ねないから、今とそんなに変わらないはずだ。

 でも確かに、この頃のオレってなんか……若いな。まだ希望に満ちた顔というか、何も分かってなさそうなバカみたいな顔してたんだな。

 

「この女の人、すんごい綺麗ですね。まるでお人形さんみたいです」

「ああ。その人はおまえがこの学校来る前の生徒会長だ」

「え、この人がですか!? 名前はなんて言うんです?」

「立華かなで。もう一人の女性が、仲村ゆり。オレがこの世界に来て初めて出会った人が、この2人なんだ」

 

 あの頃の記憶がよみがえってくる。

 この2人との出会いから、この世界での生活は始まった。

 オレは仲村ゆりと出会い、立華かなでと出会い、色んな人間や仲間と出会い、そして最後にはみんなと別れた。

 

 あれからもう1年以上が経つ。

 立華かなでがいなくなってから、色んなことがあった。

 いまだに思い出せない記憶もあるけれど、今日まで過ごした日々を忘れることはない。

 

 イスに座って、腕を組んで、記憶を呼び起こしていく。

 立華かなでがいなくなってから、今日までの日々や出来事を。

 そして、なぜオレが今、生徒会長という座に就いて、この世界に迷い込んだ人間の成仏の手伝いをやっているのかを。

 

 全てを思い出して、オレは牧野に語り始めることにした。

 

 

 

 

 ―――オレの本当の苦難の物語は、卒業式の日から始まる。

 

 

 

 




物語は“ab initio”から“prologue”へと向かう。


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