4人が塀に手をかけてジャンプし、塀の上部から顔が出た瞬間、由美ちゃんの手が素早く動いた。
「ゴン!」、「ゴン!」、「ゴン!」、「ゴン!」
女湯を覗こうとした4人の顔面に由美ちゃんの投げた手桶が命中し、4人は塀から転げ落ちた。
「なっ何だ?」
「何かが顔に当たったぞ」
「愛ちゃんが塀の向こうで待ち構えていてパンチをブチこんだのか?」
「いや、それならパンチは篤に集中するはずだ」
「何で俺だ?」
「自覚ないのか」
「一体、あの連中はボクのことをどういう風に思ってるのかな。それにしてもスゴイね、由美ちゃん。どうやったの?」
「ふふふ、祖父が古武道の師範をしていたので、小さい頃から習っていたの。今のは投擲術っていうのよ。本当はクナイとか手裏剣とかを投げるんだけど、ちょっとした応用ね」
「よし、もう一度トライだ」再びAtsushiが叫ぶ。
「ゴン!」、「ゴン!」、「ゴン!」、「ゴン!」命中音が再び浴場に響いた。
「おいお前ら、大丈夫か?」
「いい加減にしとかないと、顔がゆがみますよ」
「・・・・・嫌な予感は当たったな」
「俺は降りた。割にあわん」とGonが言った。
「おれもグラビアアイドルの写真集でガマンするわ」Youも同調した。
「これ以上は顔面がもたん」とGuuも白旗を掲げた。
「ふっ、これぐらいの障害で投げ出すのか。俺は違うぞ。お前らのような負け犬になってたまるか」とAtsushiは叫び三度のジャンプ。
「ゴン!」
「同じところと見せかけて左から攻撃」
「ゴン!」
「移動すると見せかけて一人時間差」
「ゴン!」、「ゴン!」
「うっうーん」
「死んだか?」
「まあ、ある意味凄まじい生き様ではあったな」
「ムチャしやがって」
「うっとおしいから水でもブッカケとけ陽太」
「どうでもいいけど、こんなことばっかりやってるとファン失くしますよ、兄さん達」
「ふっ、心配するな陽太。俺たちは昔から、あのお母様連からですら「あんた達は外面だけはいいわねぇ」とお誉めのお言葉を頂戴している」
「・・・・・それは誉め言葉じゃなくて、思い切り皮肉だと思うんだが」
「Atsushiって大バカじゃなくて、脳みそ自体がなかったんだね。戦隊物のヒーローの必殺技じゃあるまいし、自分がやることを大声で叫んでればボクでも当てれるよ」少女は天敵のあまりの頭の悪さにため息をついた。
「さあ、これでゆっくり温泉を楽しめるわ、ふふふ」
由美ちゃんは何事もなかったかのように微笑んだ。この人も大概得体の知れない人だなあとボクは思った。
アンナちゃんはというと、全く我関せずといった風情で温泉に浸かりながら機嫌よさげに歌を歌っていた。確か全ての騒動の原因はこの少女だったはずなのだが、覗きの危機に晒されたり、プライドをズタズタにされたりと一番被害にあったのはボクじゃないか。何か納得できないものが心に残った。
おっと、康太にはお仕置きフルコースを喰らわせるのを忘れないようにしとかなきゃ、乙女心を傷つけた罪の報いをたっぷり受けさせてやる。
「ふふふふ」
「あっ愛ちゃん、大丈夫かしら?何かすごく悪い顔してるわよ」
「大丈夫です。ねぇ由美ちゃん。生爪剥ぐのと、歯をペンチで抜くのとどっちが効きますかね?」
「えーと、言ってることがよく分からないんだけど、両方やるというのじゃいけないのかしら」
「そうか、その手がありますね。ありがとうございます」
「おい、康太。顔が真っ青だぞ」
「・・・・・何か知らんが、さっきから寒気がとまらないのだ」
「温泉に浸かりながら寒気がするというのも妙な話だな」
「・・・・・寒気と言うよりも禍々しい邪悪な気配というか」
「何か知らんが湯冷めしたんじゃねえか?そろそろ出るか」
颯太はそういうと女湯に向かって「おーい、アンナそろそろ出るぞ」と声をかけた。
すると女湯から「ちょっと待ってくだサイ、ソータ。やり残したことがありマス」という返事が返ってきた。
「なんだ、まだ身体を洗ってなかったのか?」
「ソータ」
「何だ?身体ならさっさと洗え」
「石鹸投げて下サイ」
「はあ?」
「夫婦で温泉に行った時には、一つの石鹸を二人で使うので石鹸を壁越しに投げ合うとマンガで読みました」
「お前は一体どんなマンガを読んでいるんだ。大体ここはボディソープ備えつけだから石鹸なんて持ってないわ」
「ちゃんと準備しておくのが、夫の努めデス」
「夫じゃないという以前に、それは温泉じゃなくて70年代の銭湯での話だ、バカ者」
どうもこのロシアン少女は、日本のことをいろいろと妙な風に誤解をしているようである。