翌日、楽屋に入るなりYukiさんが「来たわね、ヨメーズ。とりあえず衣装に着替えて」と言った。
「あの~Yukiさん。できればその呼び方は止めてもらえませんか?」とボクが答えた。
「あら、Atsushiがそう言っていたんだけど」
「あの人の言うことは一切無視してください」
「じゃ、何て呼ぼうかしら?ヨメーズがダメならWivesでどう」
「もうヨメーズじゃなければ、なんでもいいです」
「それより衣装を準備してきたわ。アンナちゃんはこれ。由美ちゃんはこれ。愛ちゃんはこれね。着替えた順にメイクするから急いでね」と言った。
アンナちゃんは黒のゴスロリ。由美ちゃんも黒のフレンチメイド。ボクはなぜか白のメイド服に白のズボンだった。
「うん、みんな似合うわね。じゃ由美ちゃんが一番出番が近いから、先にメイクしちゃいましょう」
由美ちゃん、ボクの順にメイクが終わった。プロのメイクって凄い。由美ちゃんもボクも素顔とまったく違う。自分の顔じゃないみたいだ。
「ねぇ、アンナちゃん。仮の話だけど素顔で舞台に出たとして困ることあるかしら?」
「どういう意味デスか?」
「由美ちゃんや愛ちゃんは、日本で生活しているからバンドのメンバーってバレると困るからバレないように濃い目のメイクにしたのね。でもアンナちゃんはロシア帰っちゃうし、顔バレしても問題ないかなって思って。アンナちゃんって綺麗だから天使のイメージにしたいの。それだとあまり濃いメイクは合わないと思って」
「お任せしマス」
「わかった。腕によりをかけてやってあげる。いい素材を扱うのは職人冥利につきるわ」
「よし、これでOKね」Yukiさんが満足げに言った。
「「わぁ~、スゴ~い」」ボクと由美ちゃんは歓声をあげた。もともと美人なのにメイクのお蔭で本物の天使か女神様みたいになっている。
「アンナちゃん、ロシア帰ったらモデルになりなさい。絶対にスーパーモデルになれるから」
「私はShuのお嫁さんでいいデス」アンナちゃんが頬を赤らめながら言った。
「はぁ?Shuって颯太のこと?アンナちゃん、あのバカに何か弱みを握られているなら相談にのるわよ」Yukiさんが真剣な声で言った。
「颯太君もすごい言われようだね」
「だって、こんな美人があのバカのお嫁になりたいなんてありえないでしょ。ヘタすりゃ国際問題よ」Yukiさんは確信を持って断言した。
その時、Atsushiが「由美ちゃん、そろそろ本番だから舞台に頼む。愛ちゃんたちは、控室で待機ね」と伝えた。
「あっ、Atsushiさん」と由美ちゃんがAtsushiを呼び止めた。
「ん、なに?」
「アンナちゃんの歌の時のキーボードの音なんですけど、ハモンドBの音にできませんか?」
「ハモンドBたぁ、シブいね」
「ゴスペルならそっちの方がいいと思うんです」
「確かにね。じゃ、3番にプリセットしとくから」
「ありがとうございます」
たぶん日本語の会話だったと思う。
由美ちゃんは舞台の方へ行き、ボクとアンナちゃんは控室に入っていった。陽太君が一人で手持ちぶさたにしていた。
「あれ?康太はどうしたんですか?」
「康太は兄貴に言われてライブ中の写真をとるために会場に行った」
「ボクのメイクどうですか陽太君?」
「ああ、すごくキレイになってビックリしたよ」
「由美ちゃんはもっとキレイですよ」
「あっ、えっ、そうなの。まあ、どうでもいいけど・・・ハハハ」
うーん、実に分かりやすい反応だなぁ。この兄弟は平気で大嘘つくくせに隠すのが致命的にヘタなんだよね。
「でも、Yukiさんってスゴイですよね。あんな美人なのに、こんな技術まで持ってるなんて」
「・・・・・えっ、愛ちゃん。誰が美人なんだって?」
「YukiさんですよYukiさん。ボクたちのメイクしてくれた人」
「・・・・・Yukiさんって男だよ」
「・・・・・・・・・・えっ?」
「中学から兄貴たちの仲間だったって言ったじゃない。兄貴たちが高校辞める時も、Yukiさんも一緒に辞めるって大騒ぎしたんだけどYukiさんは学年でトップだったから、みんなで止めたんだ。
その時兄貴が「バンドが売れるようになるまで5年以上かかる。だからお前は、その間に高校を卒業してその後俺たちをフォローできる仕事についてくれ。その時また一緒にやろう」って言ったんだ。だからYukiさんは、スタイリストとメイクの道に進んだんだ」
「それは良い話だと思うけど、ボッ、ボク、あの人の前で着替えちゃったんですよ。その上ボクより美人だなんて絶対に許せない」
「前半はともかくとして、後半は完全な八つ当たりじゃないのかな」
「乙女の生着替えを見たんですよ」
「そういう表現をするとかなりエロっぽいけど、Yukiさんは仕事で見飽きているからなんとも思わないよ」
「ボクが気にするんです!!」
その時、舞台のほうから音楽が流れてきて、いよいよライブが始まった。