これが土屋家の日常   作:らじさ

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第11話

静かな昼食がなんとか終わった頃にAtsushiが左手首に包帯を巻いて戻ってきた。

 

「なんだ篤、その包帯は」颯太が尋ねた。

「ヤバい。思ったより重症だった。由美ちゃんが言った通り腱鞘炎で、一月は絶対に動かすなとさ」Atsushiが答えた。

「ライブはどうすんだよ」Guuが言った。

「そう言われてもドクターストップじゃしょうがねぇ」とAtsushiが答える。

「Kees dur EnneのKenだったら、俺らの曲全部弾けたよな。奴に頼もう」Gonが思い出したように言った。

「奴は今大阪にお好み焼き喰いに行ってる」とAtsushi。

「小麦粉10kg送りつけて呼び戻せ」と颯太が叫んだ。

 

5人はああでもない、こうでもないと話あっていた。

「しょうがねえキーボード無しでやるしかないか・・・・・」と颯太が悔しそうに言う。

「そういう訳にもいかんだろう」

「だいたいこのマヌケが腱鞘炎になんかなるから・・・・・ちょっと待て、なんで篤の腱鞘炎がわかったんだ?」

「そりゃ、由美ちゃんが俺の手首を押して・・・・・」

「いや、だから何で由美ちゃんは手首を押したんだ?」

「演奏中に篤の左手のベースラインが不安定だったからと」

「はっきり言って俺たちでも、そんなの全く気が付かなかったぞ。素人が気づくか普通?」

 

メンバー全員の視線が由美子に向けられた。

「これはあれだろ」

「そうだな」

 

颯太が由美子に近づいて猫撫で声で言った。

「あ~、由美ちゃん。君はタコ&ライスのファンだと聞いたんだが・・・」

「はい、もう本当に大ファンです」静かにGonが由美子の後ろを取る。

「なるほど、それは嬉しいなあ。で、曲はどれくらい知ってるの?」

「もちろん全曲そらで歌えるくらいですよ」Guuが右側の退路を断つ。

「それは凄いなあ。そんな熱心なファンの由美ちゃんに、僕たちから心ばかりのプレゼントをあげたいんだが」

「ええ、みなさんからですか光栄です」Youが左側の逃げ道をさりげなくふさぐ。

 

「その前に聞きたいんだけど、由美ちゃんってピアノかなんかしてたでしょ」

「ええ、ちょっとだけやってましたけど」素直な由美子は疑うことなく答えた。

「ほほぅ「ちょっとだけ」か、それは素晴らしい・・・・・」颯太の瞳が妖しく光ったのを彼女は知らなかった。

 

数分後、由美子は呆然とした声で言った。

「・・・・・あの~お兄さん、すいません・・・・・私なんでこんなところに立っているんでしょうか?」

由美子はキーボードに囲まれて、事体が全く理解できずに立ち尽くしていた。

「あれ、由美ちゃんはピアノだったから、キーボードって楽器知らないのかな?」

「いえ、それは知ってますけど、問題はなぜ私がここに立っているのかという疑問が・・・」

「これは悪かった、俺の説明不足だった。これが俺たちから由美ちゃんへのささやかなプレゼントだ。

君は晴れてタコ&ライスのバンドメンバー006となった。おめでとう!!さあ、Bros. 新メンバーに盛大な拍手だ」

 

「「「「「パチパチパチパチ」」」」」

「エエエェェェェェ~???」由美子が絶叫した。

 

「そんなのささやかでもプレゼントでも何でもありません。私できません。だいたいAtsushiさんはどうするんですか?」

「ん?由美ちゃんは、篤がいたらやりにくいと言うのかい。それならあのマヌケはクビにするが」

 

「颯太君もキツい冗談いうね」

「・・・・・いや、やつらは本気だ」

「だって幼馴染で、一緒に高校中退までして頑張ってきた仲間だよ」

「・・・・・そんなことやつらには、何の価値もない。そんなものより目先の10円を選ぶ連中だ」

「よくそれで今まで一緒にバンドやれてこれたね・・・・・」

 

「いえ、そんなことは言ってないんですけれど」

「まあまあ、とりあえず試しにやってみようじゃないか。由美ちゃんが一番好きな曲は何?」

「・・・・・Riseですけど」

「よし、じゃやろう。楽譜はそこにあるはずだけど・・・・・」

「暗譜で行けると思います」

 

演奏が始まった。由美ちゃんはやっぱりすごい、全く初めてなのに苦もなく合わせている。

 

「ストップ、ストップ」颯太君が演奏を止めてメンバーに聞いた。

「どう思う?」

「うーん、上手いとは思うんだが・・・」

「音は正確だ。だがノレん」

「やっぱりか」

 

「あのー、颯太さん私何か間違えましたか」

「いや、正確すぎるほど正確だ。まるで楽譜読んでるみたいだ。由美ちゃんはクラッシックのピアニストだったんだろ?クラッシックじゃその正確さ武器になる。

だがロックはそれじゃ駄目なんだ。例えばギターの洋介は走りがちになる。逆にベースの剛二は後ノリぎみだ、そこを由美ちゃんのキーボードのパートで折り合いつけて欲しいんだ。

右手のメロディラインは洋介よりやや遅れて、左手のベースラインは剛二をせかす感じで。初めてじゃ難しいと思うけどやってみてくれないか?」

「わかりました・・・・・」

颯太君は自分の位置に戻りながら振り向いて言った。

「それと言い忘れていたが32分の1拍子程度、前ノリだ」

「はい」由美ちゃんの目が真剣になった。

 

「ふむふむ」

「・・・・・念のために聞くが、わかってるのか?」

「えっ?1から10まで何言ってんだかわかんないよ。とても日本語だとは思えないくらいに」

「・・・・・じゃ、なんで頷いていたのだ」

「感心してたの。颯太君って本当にShuだったんだなぁって」

「・・・・・それは俺も同じ気持ちなんだが」

「こうやってても仕方ないや。ボクたちは休憩用の飲み物買いに行こうよ」

 

演奏が再び始まったのを背中で聞きながら、少年と少女は飲み物を買いに外へ出て行った。


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