静かな昼食がなんとか終わった頃にAtsushiが左手首に包帯を巻いて戻ってきた。
「なんだ篤、その包帯は」颯太が尋ねた。
「ヤバい。思ったより重症だった。由美ちゃんが言った通り腱鞘炎で、一月は絶対に動かすなとさ」Atsushiが答えた。
「ライブはどうすんだよ」Guuが言った。
「そう言われてもドクターストップじゃしょうがねぇ」とAtsushiが答える。
「Kees dur EnneのKenだったら、俺らの曲全部弾けたよな。奴に頼もう」Gonが思い出したように言った。
「奴は今大阪にお好み焼き喰いに行ってる」とAtsushi。
「小麦粉10kg送りつけて呼び戻せ」と颯太が叫んだ。
5人はああでもない、こうでもないと話あっていた。
「しょうがねえキーボード無しでやるしかないか・・・・・」と颯太が悔しそうに言う。
「そういう訳にもいかんだろう」
「だいたいこのマヌケが腱鞘炎になんかなるから・・・・・ちょっと待て、なんで篤の腱鞘炎がわかったんだ?」
「そりゃ、由美ちゃんが俺の手首を押して・・・・・」
「いや、だから何で由美ちゃんは手首を押したんだ?」
「演奏中に篤の左手のベースラインが不安定だったからと」
「はっきり言って俺たちでも、そんなの全く気が付かなかったぞ。素人が気づくか普通?」
メンバー全員の視線が由美子に向けられた。
「これはあれだろ」
「そうだな」
颯太が由美子に近づいて猫撫で声で言った。
「あ~、由美ちゃん。君はタコ&ライスのファンだと聞いたんだが・・・」
「はい、もう本当に大ファンです」静かにGonが由美子の後ろを取る。
「なるほど、それは嬉しいなあ。で、曲はどれくらい知ってるの?」
「もちろん全曲そらで歌えるくらいですよ」Guuが右側の退路を断つ。
「それは凄いなあ。そんな熱心なファンの由美ちゃんに、僕たちから心ばかりのプレゼントをあげたいんだが」
「ええ、みなさんからですか光栄です」Youが左側の逃げ道をさりげなくふさぐ。
「その前に聞きたいんだけど、由美ちゃんってピアノかなんかしてたでしょ」
「ええ、ちょっとだけやってましたけど」素直な由美子は疑うことなく答えた。
「ほほぅ「ちょっとだけ」か、それは素晴らしい・・・・・」颯太の瞳が妖しく光ったのを彼女は知らなかった。
数分後、由美子は呆然とした声で言った。
「・・・・・あの~お兄さん、すいません・・・・・私なんでこんなところに立っているんでしょうか?」
由美子はキーボードに囲まれて、事体が全く理解できずに立ち尽くしていた。
「あれ、由美ちゃんはピアノだったから、キーボードって楽器知らないのかな?」
「いえ、それは知ってますけど、問題はなぜ私がここに立っているのかという疑問が・・・」
「これは悪かった、俺の説明不足だった。これが俺たちから由美ちゃんへのささやかなプレゼントだ。
君は晴れてタコ&ライスのバンドメンバー006となった。おめでとう!!さあ、Bros. 新メンバーに盛大な拍手だ」
「「「「「パチパチパチパチ」」」」」
「エエエェェェェェ~???」由美子が絶叫した。
「そんなのささやかでもプレゼントでも何でもありません。私できません。だいたいAtsushiさんはどうするんですか?」
「ん?由美ちゃんは、篤がいたらやりにくいと言うのかい。それならあのマヌケはクビにするが」
「颯太君もキツい冗談いうね」
「・・・・・いや、やつらは本気だ」
「だって幼馴染で、一緒に高校中退までして頑張ってきた仲間だよ」
「・・・・・そんなことやつらには、何の価値もない。そんなものより目先の10円を選ぶ連中だ」
「よくそれで今まで一緒にバンドやれてこれたね・・・・・」
「いえ、そんなことは言ってないんですけれど」
「まあまあ、とりあえず試しにやってみようじゃないか。由美ちゃんが一番好きな曲は何?」
「・・・・・Riseですけど」
「よし、じゃやろう。楽譜はそこにあるはずだけど・・・・・」
「暗譜で行けると思います」
演奏が始まった。由美ちゃんはやっぱりすごい、全く初めてなのに苦もなく合わせている。
「ストップ、ストップ」颯太君が演奏を止めてメンバーに聞いた。
「どう思う?」
「うーん、上手いとは思うんだが・・・」
「音は正確だ。だがノレん」
「やっぱりか」
「あのー、颯太さん私何か間違えましたか」
「いや、正確すぎるほど正確だ。まるで楽譜読んでるみたいだ。由美ちゃんはクラッシックのピアニストだったんだろ?クラッシックじゃその正確さ武器になる。
だがロックはそれじゃ駄目なんだ。例えばギターの洋介は走りがちになる。逆にベースの剛二は後ノリぎみだ、そこを由美ちゃんのキーボードのパートで折り合いつけて欲しいんだ。
右手のメロディラインは洋介よりやや遅れて、左手のベースラインは剛二をせかす感じで。初めてじゃ難しいと思うけどやってみてくれないか?」
「わかりました・・・・・」
颯太君は自分の位置に戻りながら振り向いて言った。
「それと言い忘れていたが32分の1拍子程度、前ノリだ」
「はい」由美ちゃんの目が真剣になった。
「ふむふむ」
「・・・・・念のために聞くが、わかってるのか?」
「えっ?1から10まで何言ってんだかわかんないよ。とても日本語だとは思えないくらいに」
「・・・・・じゃ、なんで頷いていたのだ」
「感心してたの。颯太君って本当にShuだったんだなぁって」
「・・・・・それは俺も同じ気持ちなんだが」
「こうやってても仕方ないや。ボクたちは休憩用の飲み物買いに行こうよ」
演奏が再び始まったのを背中で聞きながら、少年と少女は飲み物を買いに外へ出て行った。