口論(愛子9:康太1)をしながら歩いていると、トランクを持ってホテルの階段に座って途方にくれた様子の外人の少女が見えた。
「あの外人さん、何か困ってるみたいだね」
「・・・・・それはそうだが、あれはアンナ・カリーニンではないか?」
「えっ?」
よく見ると座っているので身長はわからなかったが、
スラリと伸びた手足と何より特徴的な銀髪は彼女のものだった。
「どうしたんだろう。ちょっと声かけてみようよ」
「・・・・・それはいいがお前ロシア語喋れるのか?」
「・・・ロシア人だって英語ぐらい習うんじゃないかな?」
「・・・・・ほほう、お前が英語話せるとは初耳だ」
「美波に電話してきてもらおうか?」
「・・・・・島田が喋れるのはドイツ語だ」
「でも日本より近いからまだ通じるんじゃないかな?」
「・・・・・近けりゃ通じるってものではない」
「諦めたらそこで試合は終了だよ」
「・・・・・何でもかんでもそれで上手くいくと思うなよ」
「とにかく行くよ」
少女はそう宣言し、外人の少女へと近づいて行った。
「アーっ、ミス カリーニン、アイム アイコ・クドー。ハウアーユー」
「・・・・・自己紹介してどうする」
「うるさいなあ、挨拶は大事なの」
「・・・Нуждающийся. Помогите」
「康太・・・・・」
「・・・・・何だ」
「手を出してみて・・・・・」
「・・・・・???こうか?」
少女は自分の掌を少年の掌に打ち付けると
「タッチ。愛しの彼女にいいところを見せるチャンスだよ」と言って少年の背中に隠れた。
「・・・・・おっお前という女は・・・」
その時、銀髪の美少女が恐る恐る口をひらいた。
「あの~、よかったらワタシ日本語喋りまショウカ?」
「あれ?康太、ボク急にロシア語が分かるようになったみたい」
「・・・・・うむ、奇遇だな俺もだ。ただしアンナさんが日本語を話してくれたからだが」
「えーアンナちゃん、日本語喋れるの?」
「えーっと、あなたは優勝した6コースのミス・クドーでしたネ。あと少しで勝てたのに悔しいデス」
「愛子でいいよ。それよりこんなところでなにしてたの?」
ロシアン少女が語るところによれば、財布もパスポートもカードも入ったバッグを落としてしまったのだとか。
警察には届けたものの発見には早くても数日かかるだろうと言われ、
とりあえず服に入っていた小銭をかき集めて二千円近く。
ホテル代も払えないのでチェックアウトして公園で野宿でもしようかと考えていたという。
「アンナちゃんって完璧超人に見えるのに結構ドジなんだね」
「・・・・・まあ、超人でも財布くらい落とすだろう」
その時、「きゅるるる~」と小さな音がしてアンナの顔が無表情なまま真っ赤になった。
「今の音、もしかしてアンナちゃんのお腹の・・・」
「ハイ、すみまセン。お昼からなにも食べてないノデ」
「・・・・・ほっとくわけにもいかんな。ファミレスくらいなら奢ってやるから付いてこい」
「ジャ、アーンナ。レッツ タベール ゴハーンね」
「・・・・・落ち着け、アンナは日本語を喋れるし、お前のは99%が日本語だ。普通に喋れ」
3人は近くのファミレスへと向かった。
少年と少女はドリンクバーをロシアン少女はハンバーグセットを注文した。
「・・・どうもすいまセン。このご恩はお二人がロシアに来て、のたれ死にしそうになった時に必ずかえしマス」
「随分範囲の狭い恩返しだね」
「・・・・一生、ロシアに行くことはないと思うから気にするな」
やがて注文のハンバーグセットがジュウジュウと音を立ててアンナの前に置かれた。
ロシアン少女は「ごくり」と唾をのむと、「アノ?これ食べていいでスカ」と聞いた。
「ああ、お腹空いてるよね。遠慮なくどうぞ」と言った瞬間ハンバーグの1/3が口の中に消えた。
「・・・今、どうやったの?」
「・・・・・バッバカな。俺に見切れなかっただと?」
少女は妖精のような風貌に似合わず早食いで、常人では皿の上にナイフとフォークの残像しか見えない。
あっと言う間に食事が終わった。
「ありがとうございまシタ。助かりまシタ」
「アンナちゃん、飲み物もあるよ。何がいい?」
「それでは、コーヒーをお願いしマス」
「はい、どうぞ。それにしてもアンナちゃん日本語上手いね。学校で習っているの?」
「いえ、独学デス。ワタシ日本のマンガやアニメが大好きで、ちゃんと日本語でみたくて」
「ふぇ~執念だね」
このスーパーモデル級の美少女が漫画やアニメに夢中になっているのが想像できない。
「デモ一番の理由は・・・・」というと少女は頬を赤く染めてはにかんだ。
「・・・・・初めて表情が変わったな」
「なんだろ、好きな男の子がアニメ好きで話題を合わすためとかかな?」
「ビジュアル系の好きなバンドがいるんデス。それで歌詞を理解したくて日本語がんばりまシタ」
少年は嫌な予感がした。いやいやビジュアル系といってもたくさんある。そうそう偶然は続かないはずだ。
「へえ、ボクも好きなインディーズで好きなバンドがいるよ」
「本当デスか?偶然デス」
神様、これ以上厄介のタネを我が家に持ち込まないでくださいと少年は祈った。
「うん。タコ&ライスってグループなんだけど、ロシアじゃ知らないかな?」
「キャアー、それデス私の好きなバンド。ボーカルのShuがとってもとっても好きデス」
少年は、無神論者として一生を生きていくことを固く誓った。