これが土屋家の日常   作:らじさ

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最終話

「本当、台風みたいな子ね」由美子はクスクス笑ってそう言った。

「すいません、本当に騒がしい奴で」

「いえ、私愛ちゃん大好きよ」

「そう言っていただけると助かります」

 

長い間二人並んで街並みを眺めていたが、陽太は心の中で激しく葛藤していた。

「(言え・・・駄目だ・・・今、言わないでいつ言うんだ・・・無理だ)」

 

突然由美子がクスクスと笑って言った。

「でも愛ちゃんも陽太さんも真面目そうな顔して、嘘つきなんですね」

青年は激しく動揺した。

「え、僕は嘘など・・・」

「ふふふ、ほらまた嘘ついた」

「そっそれはどういう意味ですか?」

「だって愛ちゃんは、陽太さんの妹さんじゃないんでしょ」

「え、それは・・・・・」

「康太君が弟さんで、愛ちゃんはその彼女よね」

「どうしてわかったんですか?」

「どうしても何も陽太さんと康太君ってそっくりじゃない。愛ちゃんが自分は妹だって言いだした時にはビックリしたわ、ふふふ」

「すいません騙すつもりはなかったんですが・・・」

「ううん、何か面白そうだから私も黙って聞いてたんだけど」

「最初から全部知ってたんですか」

「愛ちゃんなりの考えがあったんでしょうけど、でももう嘘はつかないでくださいね」

「はっはい、二度と絶対につきません」

「ふふふ、ありがとう」

 

由美子が意図したことだったのだろうか、その会話のお蔭で少しリラックスできた。

陽太は由美子に向き直って言った。

 

「あっあの、由美子さん」

「はい、なんでしょうか?」

「ぼっ、僕はあなたにお話ししたいことがあります。聞いていただけないでしょうか?」

「はい、喜んで伺います」

「ぼっ、僕は・・・・・」ここで陽太の言葉が詰まった。次の言葉が出てこない。頭の中が真っ白になった。

「僕は・・・・僕は」主観的にかなり長い時間が経ったように思えた。

 

「陽太さん」由美子の包み込むような優しい声が聞こえた。

「お祈りするように手を前で組んでいただけませんか?」

「???」由美子の意図が分からないまま言われるとおりに掌をお祈りするように前で組んだ。

 

「わっ、私これから、今までの人生の中で一番の勇気を出しますね」

そう言うと青年の掌を外側から包み込むと

 

「・・・・・頑張って」と震える声で言った。

 

陽太の手を包み込んだ掌は少し汗ばみわずかに震えていた。それは彼女が人生一番の勇気を出しているということが嘘ではないことを示していた。

 

「(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう・・・・・女の子がここまでしてくれているのに、俺はなにもできない弱虫だ)」

 

また沈黙の時間が流れた。

 

女性がおずおずと言った。

「あの・・・・・陽太さん。わっ私、もっと勇気出さなければいけませんか?」

声は半分泣き声になっていた。

 

青年の中の何かが壊れた。

「(だめだ・・・・・彼女はこんなに勇気があるのに、俺ときたら・・・・・俺じゃ彼女にふさわしくない)」

 

「あの・・・」そう告げようとした時だった。青年の携帯から「天国と地獄」のメロディ鳴り響いた。

さっき別れた少女からのメールの着信音だ。こんな時になんだろう?緊急でなにかあったんだろうか?

 

「あの、ちょっとすいません。愛ちゃんからみたいで」そういうと手を放してメールを開いた。

メールには一行だけ

 

「諦めたらそこで試合終了だよ From エンジェル」

 

と書かれていた。

 

「(試合終了、試合終了・・・・・諦めたらそこで試合終了)」

試合終了?冗談じゃない、まだ試合は始まってもいないじゃないか。心の中に力が湧いてくるのを感じた。

 

青年は女性の方に向き直ると言った。

「由美子さん。さっきの僕みたいにお祈りの手をしてくれますか?」

女性がおずおずと手を組むと、その外側から自分の手で包み込んだ。

 

「由美子さんがこれ以上勇気を出す必要はありません。これからは、必要ならば僕が出します。

聞いて下さい。僕はずっとあなたのことが・・・・・」

 

30分後、二人は手をつないで階段を降りてきた。

「暗いから足元に気をつけて、しっかり手を握ってください」

「はい、ありがとうございます」

「あ、そうだ忘れてた。ちょっとメールを打たせて下さい」

そういうと、青年は手早くメールを打って送信した。

 

「どなたにですかって聞いちゃ悪いかしら?」

「可愛い妹にです」

「あら、もう嘘はつかないって約束してくれたんじゃなかったかしら、ふふふ」

「嘘じゃないですよ。将来の義妹ですから」

 

そのころ康太の部屋では、少女が携帯を睨んで悩んでた。

「・・・・・何を唸っている?」

「陽太君からの返事なんだけど、これってウマく行ったのかな駄目だったのかな?」

「・・・・・何て書いてあるのだ?」

「「愛ちゃん、そういう時はエンジェルじゃなくてキューピッドっていうんだよ」って」

「・・・・・何の暗号だ?それは」

「いや、よくわかんない」

「・・・・・まあ、そろそろ帰ってくるからゆっくり慰めてやればいい」

「既にフラれる前提なんだね」

 

「あ、そういえば康太、この家って体重計ってあったっけ?」

「・・・・・風呂場の脱衣所にあるが、どうかしたか?」

「このところ陽太君の恋愛騒動で部活サボっちゃってるから、体重測定してないんだよね。

家の体重計が壊れているから、ちょっと体重計らせてもらおうかなって」

「・・・・・勝手に行って計ってこい」

「盗撮しないでね」

「・・・・・そんなマニアはいない」

 

少女がトントントンと階段を降りてしばらくすると、「キャアアアアア」という叫び声が脱衣所から聞こえてきた。

慌てて駆け付けると少女が目にいっぱいの涙を浮かべていた。

 

「・・・・・どうした愛子、何があった。大丈夫か?」

「どうしよう、康太。ボク、ボク・・・・」と言って少年に抱きついた。

「・・・・・ちょっと待て、愛子。落ち着け。一体何があったんだ」

「ボク、ボク。体重が5kgも増えちゃってる」

「・・・・・まあ、ここのところ部活サボってケーキ喰いまくってたからな。しかし、その増えた肉はどこに付いてるんだ?」

「何かひっかかる言い方だけど我慢してあげる。もうケーキ食べない。明日から10km泳ぐ」

 

その時、世界一幸せな男が帰ってきた。

 

「ただいま~、愛ちゃんのメールのお蔭で上手くいったよ。お礼にケーキ20個買ってきたから好きなだけ食べて~」

 

この日から2週間、陽太は愛子に口をきいてもらえなかった。

 

 

 


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