○○駅東口改札付近、一人の少女と女性が柱の陰に身を隠していた。
「あの、愛ちゃん。私たち一体何をしているのかしら?」
「あのですね、由美ちゃん。デートでは男性が先に待っていて、女性は後からきて「ごめん、待った」っていうのがルールなんです。
だけど男性がいつ来るかわからない。そこで約束の時間前に近くに潜んで男性が来るのを見張るわけです」
「そういうルールがあるのね。勉強になるわ」
その時、少女は頭を後ろから小突かれた。
「・・・・・こんなことだろうと思った。お前の妙なこだわりを由美子さんにまで伝染させるんじゃない」
「痛いなぁ。何するのさ康太。何でこんなところいるの?さっさと待ち合わせ場所で待ってなよ」
少年は声を潜めて、離れたところに立ってあらぬ方向を見ている青年を顎でさしながら言った。
「(・・・・・あれのお蔭で1時間も前に到着したのだ)」
「(なんでそんなに早く)」
「(・・・・・昨夜は大変だったのだ。30分置きに俺の部屋にやってきて、「服はこれでいいのか」とか
「ハンカチは3枚でいいか」とか「目覚ましを5個買ってきたが、寝過ごしたらどうしよう」とか」
「(かなり舞い上がってたんだね)」
「(・・・・・遠足前の小学生状態だ。終いには「おやつは300円まで、バナナはおやつに入りません」
と言って部屋から追い出したら、今度は朝6時に叩き起こされた。」
「(陽太君って今までどれくらいモテなかったんだろう?)」
「(で、「遅刻する遅刻する」と大慌てで、出てきて朝9時にここについたわけだ)」
「(同じ初デートでも、中学生の方がずっと落ち着いているような気がする)」
「(・・・・・というわけだ。さっさと初めてさっさと終わらそう。こっちの身がもたん)」
「(よし、まかせて)」
「(・・・・・ところで計画はお前が立てるとか言っていたから、任せたんだが大丈夫だろうな)」
「(ふふふ、完璧だよ。まず、恋愛映画でムードを盛り上げて、イタ飯屋でお食事、
その後お茶をするというデートのお手本のような計画だよ。康太も見習うといいよ)」
二人は打ち合わせを終わるとそれぞれの担当を連れてきた。
「では、改めて紹介いたします。私は土屋愛子。愛ちゃんと呼んで下さい。あそこに立っている土屋陽太の妹で文月学園の2年です。
こちらにいらっしゃるのは、三宮由美子さん。小妻女子大学の2年生です。由美ちゃんって呼んであげてください。
で、あそこに立っている背が高いのが、私の兄の土屋陽太。陽太君って呼んで下さい。T大の2年生です。
最後に、そっちに立っている静かなのが、ボクの彼氏で工藤康太。ボクと同じ文月学園の2年生です。康太って呼んで下さい」
全員、顔は知っているのだがとりあえず頭を下げて挨拶をする。
「それでは、今日は記念すべき初のWデートということで、リラックスしてお楽しみ下さい。
まず、デートの常番と言えば映画です。特にカップルで見るとしたら恋愛映画しかありません。思う存分甘い雰囲気に浸って下さい。
本日の映画はアカデミー受賞作、恋愛映画の決定版「愛と青春の旅姿」です。それでは皆さんこちらにどうぞ」
少女は手に持ったメモを横目で見ながらツアーコンダクターのような説明を始めた。
5分後、一同は映画館の看板の前で固まっていた。
「・・・・・おい」
「・・・・・」
「・・・・・おい、愛子」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・おい、愛子。これはなんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
看板には
「全米No.1大ヒットホラー 日本映画のリメイク」
「呪ング」
と大きく書かれていた。
入口のポスターには「愛と青春の旅姿 来週より堂々公開」と書かれているところをみると、
公開日を1週間違えてしまったらしい。
「(・・・・・おい、愛子)」
「(なっ何かな、康太君)」
「(・・・・・何かなじゃない。これどうするつもりだ?この辺他に映画館はないぞ)」
「(わっわかっているよ。陽太君と由美ちゃんだけ観てもらってボクたちは外で待ってよう)」
「(・・・・・それじゃダメなんだよ)」
「(どっどうしてさ)」
「(・・・・・兄貴はお前レベルの怖がりなんだ)」
少女がそっと青年を見てみると、確かに顔面が蒼白になって硬直したままポスターから目を外せないでいる。
「ごほん、ちょっとした手違いがありまして、演目が違っていましたのでちょっと遠くなりますけど、別な映画館にいきましょう」
その時、由美子が思いがけないことを言い出した。
「あら、これでいいじゃない愛ちゃん。面白そうだわこれ」
「「「ええぇー」」」
「(・・・・・どうするんだ、おい)」
「(こうなったら最後の手段だね)」
「わかりました。由美ちゃんの希望でこの映画を見ることにします。ただ、お二人のお邪魔をするのも悪いので、
あとはお若い方だけでということで、ボクと康太は向かいのファーストフードで映画が終わるまで待っています」
「(・・・・・こいつ、兄貴を切り捨てやがった)」
いつの間にやらFFF団の精神まで会得している少女なのであった。
「あら、いいじゃない。愛ちゃん達も一緒に観ましょうよ。今日はデートの作法を教えてくれるんでしょ」
青年もガシっと少女の肩を掴み、青い顔をしながら言った。
「逃げようなん、いやそんな遠慮はいらないよ、愛子。さあ、「妹」よ。この兄と一緒に仲良く映画を観ようじゃないか」
そういってキャアキャア叫ぶ少女を引きずりながら、映画館に入っていった。
少年は「・・・・・やれやれ」と言いながら後に続いた。
館内は割と空いていたので、真ん中あたりに由美子、陽太、愛子、康太の順で座った。陽太と愛子は、既に抱き合いながらキャアキャア騒いでいた。
やや、呆れ顔の由美子と目が会った。苦笑いしながら「本当に似た者、兄妹なのね」と呟いた。康太も苦笑いして相槌をうつしかなかった。
数時間後、4人は映画館から出てきた。陽太と愛子は支えあうようにフラフラしながら歩いている。
「面白かったわね」由美子が微笑みながら言った。
「そっそうでしたね」陽太が息も絶えだえに答えた。
愛子は返事もする気力もないらしい。