少女は少しの逡巡も見せずにハキハキと答えた。
「はい、ボクは土屋愛子、愛ちゃんって呼ばれてます。兄は土屋陽太っていいます」
「・・・・・ああ、そうなの愛ちゃん。私は、三宮由美子。由美ちゃんでいいわ」
「そして、こっちにいるのが・・・」
「・・・・・俺まで巻き込むな。通りすがりの少年Aでいい」
「早く自己紹介しなよ」
早くと言われても愛子が陽太の妹と言った以上、土屋を名乗るわけにはいかない。仕方なく少年は言った。
「・・・・・工藤康太です。よろしく」
「工藤康太君。康太君でいいかしら」
「ボクは康太と呼んでます」
「・・・・・この際、それはどうでもいい」
「えーっと、お二人の関係は?・・・・・」
少年は当然の如く友達と言いそうになったが、少女の目が細められ「わかっているだろうな」と威圧してきたので、渋々答えた。
「・・・・・・・・・・付き合ってます」
「彼女なんです、ボク」少女が待ってましたとばかりに笑顔で答えた。
「(・・・・・まさか、これが言いたいためにわざわざ由美子さんを呼んだんじゃないだろうな)」
「まあ、そうなのいいわね」
「由美ちゃんは、彼氏はいないんですか?」
「ふふ、残念ながら小学校から大学まで女子校だったので、男の方と知り合う機会がなくって」
少女は小声で「(よしっ)」と言って、小さくガッツポーズをした。
「ええ、そんなキレイなのにもったいないですよ」
「ありがとう、そんな風に言われたのは初めてよ」
「そこでボクにいい考えがあります」
少年の背筋に冷たいものが走った。少女のいう「いい考え」が、少年というより土屋家にとって「いい考え」であったためしがなかったからである。
「・・・・・ああ、愛子。これ以上由美子さんの仕事のお邪魔をしても悪いから帰ろうか」
「あら、今は他にお客さんもいないから全然大丈夫よ」
女性が言った。いや、そっちが大丈夫でもこっちが大丈夫じゃないんですと叫びたくなった。
「そうだよ康太、邪魔しないで」
いや、邪魔しなければ土屋家に血の雨(主に康太の)が振ることは必至なのだ。
「ボクの兄の陽太君とデートしましょう由美ちゃん」
「・・・・・陽太さんと?」
「はい、陽太君は由美子さんのことが大好きなんです。もう朝から晩まで由美子さんのことを考えていて勉強も手につかない状態で、最近では・・・・・」
「・・・・・ちょっと待て、愛子。興奮して話がどんどん大きくなって行っている」
「ええと・・・・・」女性は少し困ったような顔をしていた。
「それとも誰か、お付き合いしている人がいるんですか?」少女が畳み掛ける。
「いいえ、さっきも言った通りいないのだけど」
「それなら誰か好きな人がいるとか?」
「・・・・・ええと、いるようないないような」女性は少し頬を染めて答えた。
「でもお付き合いしてないなら問題ないですよね」少女は逃がさない。
「・・・・・おい、愛子。いい加減にしろ。由美子さん困っているじゃないか」
「何か困ることがあるんですか?」
「困るというか・・・・・実は私デートってしたことないからどうすればいいかわからないの」
女性は真っ赤になってうつむいた。
「なんだぁ。そんなことですか」
「それに・・・・・」女性はモジモジしながら恥ずかしそうに言った。
「こういうのって、最初は文通と交換日記から始めるべきなんじゃないかしら」
「今の時代ならせめてメル友くらいからにしましょうよ」
「・・・・・天然記念物だな」
少女はこれで問題解決とばかりに晴れ晴れと言った。
「問題は解決ですね。21世紀にもなって文通や交換日記なんてもう犯罪の域です。
そんなことやってたらデートにこぎつけるまでに10年はかかっちゃいますから」
「でも、やっぱり全く何もわからないのにいきなりデートなんて不安だわ」
「由美ちゃん、そのためにボクたちがいるんです」
「何か方法があるの?」女性が不安そうに少女を見つめた。
「ベテランのボクたちと一緒にWデートしましょう。それならオーケーですよね。じゃ、今週の土曜日、○○駅の東改札口で10時に待ち合わせということでよろしく。
あ、普通の格好でいいですよ。完璧なデートプランをボクたちが立ててきますから」
「でも・・・・・陽太さんにご迷惑じゃないかしら」心無しか頬が赤く染まって見える。
少女は薄い胸をたたいて堂々と言い放った。
「大丈夫!!このタイタニック愛子に任せて」
「・・・・・だからそれは沈没船の名前だと何度言えば」