やがて背の高い胸の大きなウェイトレスがこちらへやってきた。
「すごいね。見てよ康太、代表ほどじゃないけど結構胸大きいよ」
「・・・・・」
「なんで無視するの?」
「・・・・・罠か?」
「何でボクが罠かけるのさ。言っておくけど康太が考えているほど、ボクは胸にコンプレックスを持ってないんだよ」
「・・・・・人の顔面に2発もストレートを叩き込んだ奴が言っていいセリフではない」
「あっあれは反射だから仕方ないんだってば」
「・・・・・未遂に終わった3発目は、明らかに意思がこもっていたが」
そこへウェイトレスがやってきた。
「ご注文はお決まりですか」
「あ、ボクはアップルティーと、こっちにはアメリカンを」
「かしこまりました。メニューをお下げいたします」
ウェイトレスは厨房に戻ると、すぐに飲み物を持ってやってきた。
アップルティーを少女の前に、アメリカンを少年の前に置くと
「ごゆっくりどうぞ」と一礼して戻ろうとしたところに少女が声をかけた。
「あ、ちょっとちょっとお姉さん」
「(・・・・・止めろ愛子)」
「はい、何でしょうかお客様」
「あの~、ちょっと聞きたいんですけど、ボクたちがここに入る前に背の高い人がケーキ買っていきましたよね」
「えっ?ああ、ハンサム君のことね」
「(今までの中で一番いいあだ名だね)」
「(・・・・・というか何であだ名なんかついているんだ?)」
「ええ、あの人よく来るんですか?」
「あの人ねぇ、ふふふ」
ウェイトレスは意味ありげに微笑んだ。
「あなたたちすぐ後に入ってきたんだったら見たでしょ。あの人、あそこの電柱に隠れてなかった?」
「ええ、何してたんですかね」
「今、レジのところに長い黒髪の女の子がいるでしょ。あの子由美ちゃんっていうんだけど、ハンサム君は由美ちゃんが好きなのよ。
うちのレジは交代制なんだけど、由美ちゃんがレジに入るまであそこで待っているってわけ。
だけどやっぱり恥ずかしいみたいで電柱の陰に隠れているつもりらしいんだけど、バレバレなのよ。かわいいわね、ふふふ」
「それってストーカーなんじゃ?」
「・・・・・話を積極的に悪い方向に持っていかないでくれ」
「うん、私たちも最初はそう思ったんだけど、別に誰の跡つけるわけじゃなし、お店で話かけるわけじゃなし、
由美ちゃんが話かけたら、真っ赤になって動揺しちゃって店中にお釣りバラまいちゃったりするのよ。
それで単に女性に慣れていない恥ずかしがり屋ということが全員一致で決まったわ」
「(中・高・大と安定した評価を得ているね)」
「(・・・・・一体何をしているんだ、兄貴は)」
「最近じゃ面白いから、みんなで「ハンサム君がいつ由美ちゃんに告白するか」という賭けまで始まっちゃったわ。
あなた達も参加する?ちなみに一番人気は「告白できない」で1.2倍ね」
「(ある意味すごい信頼感だね)」
「(・・・・・俺でもそこに賭ける)」
「悪い人じゃないから、もし見かけても知らないふりしてあげてね、ふふふ」
ウェイトレスのお姉さんは軽くウインクして厨房に戻っていった。
「お店の保護対象になっちゃっているね」
「・・・・・というか、完全に可哀想な子扱いだろうあれは」
「じゃ、次の手段だね」
「・・・・・待て、これ以上何をするつもりだ」
「ここまで來たら本人に確認するしかないでしょ」
「・・・・・そんなことをしないでいい。何かあったら俺は兄貴に殺される」
「大丈夫、安心して全部ボクに任せておきなよ」
「・・・・・お前だから心配しているんだ」
少女は義務と権利のように少年の言うことを無視してレジに向かって叫んだ。
「すいませ~ん、由美ちゃんさん。ちょっとお願いします」
少年は頭を抱えた。
やがてレジの方から、やや小柄な今時珍しい染めていない長い黒髪、大きな瞳、ナチュラルに微笑んだホワホワした雰囲気の女性がやってきた。
「はい、私が由美子ですが、何かございましたか」
「(陽太君、なかなかセンスいいね)」
「(・・・・・あいつは大人しそうな女性が好きなんだ)」
「・・・あの?お客様」
「あ、ごめんなさい。ボク愛子っていいます。初めまして」
「はっはぁ、由美子です。初めまして」
「あの?ハンサム君って知ってますよね?」
その名前を聞いた時に、女性の頬が少し赤くなったように見えた。
「ええ、よくケーキをたくさん買ってくださるお客様ですね」
「どう思います?」
「(・・・・・いくら何でもストレート過ぎるだろう)」
「えーっと、とてもケーキが好きな方なんだなあと」
「いっいや、そうじゃなくてですね。あのハンサム君に関してお店で賭けが行われているそうじゃないですか。
そのことについてどう思うのかってことなんですけど」
女性はやや首を傾けて考えてから答えた。
「賭け事はいけないんじゃないかと思いますね」
「(ねぇ、康太。ボクの日本語おかしいのかなぁ?話が全然通じないんだけど)」
「(・・・・・おかしいと言えば全部おかしい。だけどこの人も大概天然だ)」
「(こうなったら最後の手段だね)」
「(・・・・・待て、愛子。これ以上暴走するな。本当に兄貴に殺される)」
「実はですね。ボクはあのハンサム君の妹なんです」
「「えっ?」」
女性は手に持っていたトレーを床に落とし、少年はテーブルに突っ伏した。