切符を買って入場すると館内は適度な混雑具合で雄二たちにバレることなく首尾よく5列真後ろの席に座ることができた。
「・・・・・何とかうまく雄二たちの後ろに座れたな、愛子っておい」
「もっもう終わった?」
少女は固く目を閉じ、両手で耳を塞いでいた。
「・・・・・座ってからまだ10秒もたってないぞ。終わるどころか始まってもいない」
「なんでこんなに長いのさ」
「・・・・・これで終わりなら観客が暴動を起こす。だから外で待とうと言ったのだ」
「だってそれじゃ理想のカップルになれないもん」
「・・・・・熱意は買うが、努力の方向性が激しく間違っている気がするんだが」
その時、開場を知らせるブザーが鳴った。
「キャア~~~」
「・・・・・大丈夫だ。あれは上演の合図だ」
「しっ知ってるもん。急だったから驚いただけだもん」
「・・・・・なぜそこで意地をはる?」
徐々に館内の照明が落ちて暗くなってゆく。
「キャア、暗いのダメ。明かりつけて、早く早く」
「・・・・・お前は映画というものを理解しているのか?」
やがて音楽が館内に流れてきた。
「イヤァ~、もうイヤァ」少女は思わず隣の少年に固く目を閉じたまま抱きついた。
「・・・・・ちょっと待て愛子。それはヤバい。ちょっと離れろ」
だが恐怖にかられた少女は、なおいっそう抱きついてきた。
「・・・・・ヤバい、このままでは鼻血が」
少年は抱きつかれていない方の手でポケットからティッシュを取り出すと、片手でよじって両方の鼻に急いで詰めた。
「・・・・・雄二」
「何だ」
「・・・・・後ろの席のカップルがうるさい」
「女の子がだいぶ怖がりなようだな。上映するのがホラー映画とは言え、ピザのCMで叫んでやがる。
どこかで聞き覚えのある声なんだがって、ちょっと待て翔子、その手はなんだ?」
「・・・・・浮気は許さない」
「お前の浮気の範囲はどんだけ広いんだ。ただ、聞いたことがある声だというだけだ」
「・・・・・怖がる方が可愛い?」
「まあ、女の子らしいっちゃあらしいだろう」
「・・・・・キャア(棒読み」と言うと、翔子は雄二の肩にコテンと頭をのせた。
「念のために聞くが、何のつもりだ、翔子」
「・・・・・可愛い?」
「無表情で叫ばれても不気味なだけ・・・グワァ」翔子のアイアンクローが決まった。
「・・・・・雄二は私をもっと肯定的に評価すべき」
「今の行動のどこに肯定的な要素があったと」
「・・・・・愛があればわかるはず」
「そんなもの無いからわからなかっ・・・グオォ」
「・・・・・握力には自信がある」
その時CMが終わり、おどろおどろしい映画のテーマ曲が流れだした。後ろのカップルの悲鳴が大きくなった。
「・・・・・チッ」そういうと翔子は手を放した。
「こいつ、チッって言いやがった」
「・・・・・雄二、うるさい。映画が始まる」文月学園2年主席の霧島翔子は、大のホラー映画ファンであった。
2時間後、フラフラになった二人はよろめくように外に出てきた。
「いっ意外と平気なもんだね」
「・・・・・お前のその根拠のない前向きさは称賛に値する。だが、お前は1秒たりとも画面を見てなかっただろう」
「こっ康太だって怖くてそんなに鼻血を出してるじゃない」と少年が両手いっぱいに抱えている血に染まったティッシュを指差した。
「・・・・・なぜ、そこで対抗するのだ?この鼻血は映画とは関係ない。ほぼ100%お前のせいだ」
「ボクが何したっていうのさ」
「・・・・・映画の間中、目をつぶってずっと俺に抱きついていただろう。おかげで俺は5分ごとに鼻のティッシュを詰め替えるハメになった」
「ふふふ。つまり、ボクの色気にあてられちゃったんだね」
「・・・・・その自信はどこから湧いてくるんだ。まあいい、さっさと雄二たちを追おう」
30mほど先にターゲットを発見したので、そちらに向かって歩き出した。
「ふふ、そうか。康太はボクに色気を感じちゃったんだ~」
後ろの方でなにやら盛大なカン違いをした少女が嬉しそうに独りごとをつぶやいていたが、放置することにした。