土曜日も日付が変わろうとする頃、少年の携帯にメールが届いた。
「・・・・・愛子からか。こんな時間に何の用なんだ、あいつは」
メールを開くと「明日、観察。○○駅東口10時、時間厳守」とだけ書かれていた。
「・・・・・何の暗号だ、これは?」
何だかよくわからないが、○○駅東口に10時に来いと言っているようだ。こっちの都合などお構いなしだ。
もっとも電話で伝えられたとしても少年の言うことなど聞く耳を持っていないのだから同じと言えば同じなのだが。
「やれやれ」どうやら明日するはずだった商品の整理は諦めなければならないようだ。
部屋の電気を消してベッドに横になった。
「・・・・・で、人に時間厳守と言っておきながら、何をしているんだ、あいつは?」
すでに時計の針は10時15分を指している。もしかして集合場所を間違ったのかと思い、メールを確認しようとした時に少女の声がした。
「ゴメン。待った?」
「・・・・・待った?じゃない。人に時間厳守とメールしておきながら何をしている」
「だって、デートの時は男の子が先にきて待ってるもんなんだよ」
「・・・・・そういうものなのか?」
「うん、大体のドラマでそうなってるの」
なんだか、いろいろと妙なこだわりを持ってる娘だ。きっとこれもその一つなのだろう。
「・・・・・しかし、俺が本当に遅れてきたら意味がない」
「あ、それは大丈夫。ボク10時前からあそこの柱の陰で、康太が来るかどうかずっと見張ってたから」
「・・・・・お前、俺より先に着いてたのか?それならここにいれば良かったんじゃないか?」
「だから~男の子が待ってて、女の子は後から来て「ゴメンね。待った」って言うものなの」
どうやらそこはどうしても譲れないポイントらしい。
少年は諦めて改めて少女の格好を眺めてみた。
ピンクのキャミソールの上に薄い水色のカーディガン。ミニのスカートに白いショートソックスに肩掛けポーチ。
意識したのか偶然なのか、二人が初めてデートした時と同じ格好だった。
「なに?どうしたの。ボクのあまりの可愛さに惚れ直しちゃった?」
そう言うと少女は顔を真っ赤に染めてうつむいた。
「・・・・・そこまで照れるなら最初から言うな。俺はただ遊園地の時と同じ格好だなと思っただけだ」
「えっ?」少女は驚いたように声を上げた。
「・・・・・どうした?」
「康太、気が付いてくれたんだ。絶対忘れていると思っていたのに・・・・・」
「・・・・・まあ、何となく」
「そっか、そうか。ふふふ」少女が目に見えて上機嫌になった。
「・・・・・どうかしたのか?」
「ふふふ、何でもないよ。さあ、行こう」
「・・・・・少しは説明しろ。今日は何があるんだ」
「えぇ、メールに書いたじゃない」
「・・・・・あんな暗号文でわかる奴はいない」
少年は知らなかった。最初に少女が書いたメールが容量いっぱいに使ったファンシーな文面であったことを。
自分の文書を読み返した少女が、あまりの恥ずかしさに推敲を重ね恥ずかしい単語を
削りに削ったあげくにあの暗号メールになってしまったことを。
「・・・・・察しが悪いなあ。代表たちが今日デートするの。だからボクたちは後を付けて観察するわけ」
「・・・・・デートに理想のカップルも何もないと思うんだが」
「いちいちうるさいなあ康太は。さあ、行くよ」
連れてこられたのはケーキ屋の前だった。
「・・・・・ここは何だ?」
「えっ?ケーキ屋だよ」
「・・・・・お前は俺をかなりのバカと思っているようだな。そうじゃなくて何でここに来たんだと聞いている」
「ここはAクラスの女子の間で一番人気のケーキ屋さん。代表もずっと食べてみたいって言ってたから今日はここに来てるの。
本当はボクも食べたいんだけど、店が小さいから隠れる場所がなくってしょうがないから外で待つの。
デートに使える店だから康太も覚えておくといいよ」
それは遠まわしにデートでここに連れてこいと要求しているのではないかと少年は思ったが、黙っていた。
「じゃ、代表たちが出てくるのを向かいのコンビニから見張ってようよ」少女はそういうと道を渡ってコンビニへ入って行った。
「・・・・・もしもし、愛子さん」
「何かな?康太くん」
「・・・・・立ち読みするならせめてファッション雑誌とかにしてくれ」
「そんなの面白くも何ともないじゃない」
「・・・・・それは女子高生の発言としてはかなり問題があると思うんだが、
だからと言って女子高生がジャンポを立ち読みして大笑いするのはどうかと思うぞ」
「だって今週の金魂はスゴく面白いんだよ。ほら」
「・・・・・毎週、読んでいるのか」
「自慢じゃないけど単行本は全巻もってるよ」
「・・・・・確かに全然自慢にはならんが」
「今週号はね、金さんが・・・・・」
「・・・・・いや、解説はいい。ゆっくり楽しんでくれ」
ふと、窓の外に目を向けると雄二と霧島が店の外に立っていた。