やがて輸血で息を吹き返したムッツリーニは、立ち上がって何事もなかったように工藤さんに向かって言った。
「・・・・・今日は思ったより気温が高い。のぼせてしまったようだ」
さすがムッツリーニだ。この状況でこれだけ見え透いた嘘をここまで堂々と言い切れる男は世界に二人とはいないだろう。それにしてもこの二人には周囲を取り巻く僕や雄二、秀吉、美波、姫路さん、霧島さんが風景にしか見えていないようだ。変装する必要はなかった気がする。
「だっ、大丈夫そうだね。じゃ行こうか。ボク切符買ってくるよ」
「・・・・・舐めるな工藤愛子。女に奢られるなど男の恥だ。昨日、偶然ウチに来た新聞屋が置いていった切符がちょうど2枚ある。これを使う」
二人は、全く僕たちに見向きもせずに入口から園内へ入っていった。待ち合わせに僕たちの手を借りたことすら記憶にないようだ。ムッツリーニはともかく工藤さんは本当にAクラスなのだろうか?なんというか、ある意味非常にお似合いの二人と言えなくもないような気がする。
「よし、俺たちも後を追うぞ」
「ねえ雄二、僕たちは本当にここにいる意味があるのかな」
「ウチもそう思う。なんかいい雰囲気だったし邪魔しない方がいいんじゃないの」
「いや、俺もそうしたいところなんだが・・・・・ちょっと気になることがあってな」
「気になることってなにさ」
「いや、杞憂ならそれに越したことはないが、とにかく二人をゴンドラに乗せなきゃならんのだ。無駄でも最後まで追おう。無駄に越したことはないからな」
結局、入場することになった。入場料が痛い。今月はゲームを買いすぎてピンチなのだ。
「ねえ、アキ。土屋は愛子に奢ってあげてたわよ」
美波が期待に満ちた目で僕を見ながら言った。無茶を言わないで欲しい。ウチの近所にはデートの前日に偶然訪問してきて、偶然デート場所の無料切符を人数分置いていってくれる都合のいい新聞屋なんていないのだ。
「ああ、入場券は買わないでいい。この間、コンテストで優勝した時に1日無料パスポートをもらっておいたから、これで入場する」
さすが雄二だ。自分の利害が絡んだ時には実に頼りになる。さっそく無料パスポートで入場し、二人の行方を追った。
いた!!この道は、どうやらジェットコースター「フジサン」に向かっているようだ。高さ100メートルから一気に下降するこのジェットコースターは、如月ハイランドの看板イベントの一つになっている。
「それにしても、あれはどう見てもカップルには見えんのお」
秀吉が呆れたように言った。無理もない、二人は5mくらいの歩道の端と端に別れて歩いているのだ。普通に見たら、偶然同じ方向に向かうただの無関係な通行人だ。さすがのFFF団でも、あの現場を押さえたからと言ってムッツリーニを有罪にはできないだろう。
「ちっ、ムッツリーニもだらしねぇ」
「いや、あながちムッツリーニのせいだけとは言えんようじゃが」
よく見てると、工藤さんが人波に押されてムッツリーニの方へ近づくと、ムッツリーニが同じ距離だけ反対方向に離れ、ムッツリーニが人波に押されて工藤さんに近づくと、工藤さんが反対方向に離れている。
「服に同極磁石でも仕込んでいるんじゃないのか、あいつらは」
「・・・・・雄二、私にいい考えがある」
「翔子?あまり期待してないがとりあえず言ってみろ」
霧島さんがバックを探って何かを取り出した。
「・・・・・これ」
「これって手錠じゃねえか」
「・・・・・これなら離れたくても離れられない」
「問題は、どうすれば二人が自然にくっつけるかだな」
「・・・・・・・・・・鍵は私が持っているから大丈夫」
「これじゃとてもデートにならないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・本物だから素人では壊せない」
「だぁぁぁ、せっかく無視してやってんだからそっとしまっとけ」
「坂本、あんたたち普段何やってんの」
「ちょっとまて誤解するな。あれは翔子が勝手に持ってるだけだ」
「・・・・・雄二のために準備しておいた」
「雄二、いつの間にそんな大人の階段を」
「大人も子供も階段なんか昇っちゃいねえ」
「・・・・・雄二がデートの時に抵抗しなければ、こんなものは必要なかった」
「いや、おぬしらいい加減に落ち着かんか。問題はあの二人じゃろう」
秀吉はいつも冷静だ。