これが土屋家の日常   作:らじさ

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第3話

両親と兄に見送られるようにして二人は玄関を出た。なぜか三人から安堵の雰囲気が漂ってきたのが気になったのだけど、それでも家族公認の彼女と認められているようでとても嬉しかった。

 

「へへへ、みんなに見送られちゃったね」

「・・・・・ああ、確実に送り出したかったんだろうな」

「どういう意味かな?」

「・・・・・深い意味はない気にするな。それよりも余り俺にくっつくな」

「そんなにくっついてないじゃない」

「・・・・・いや、腕が・・・」

「時々、当たるだけでしょ。康太エロすぎ」

「・・・・・そういう問題ではない。はっ鼻血が(ブシュ)」

豆腐屋の店先で盛大に鼻血を噴き出してしまった。

「おう、康ちゃん。今日も元気がいいねぇ」店の店主が声をかけてきた。

元気さのバロメーターに鼻血の出血を目安にされる奴はそうはいないと思う。

 

「あ、おじさん、すいません。すぐに掃除しますから」少女が慌てて謝った。

「ああ、いいよ愛ちゃん。後で流しておくから。それより康ちゃんに輸血してやりな」

そう言われて少女は俺のカバンから輸血パックを取り出し、手慣れた調子で輸血を始めた。

いつしか彼女も血を見ても動揺しなくなっていた。それはそうだろう、毎日毎日スカートチラッでこれ以上の血を少年から絞り出しているのだから。

 

「あらあら、また康ちゃんが鼻血かい。愛ちゃんが迫ったのかい」奥からオバちゃんも出てきた。

「やだなあ、オバちゃん。ボクそんなことしませんよ」

「そうだよねえ。大方ちょっと肩が触れた位なんだろうけど、愛ちゃんも将来大変だねぇ。これじゃキスもできやしない」

「えっえっえぇ。キッ、キスってボクたちそんな・・・・・」少女が顔を真っ赤にして、両手をパタパタして否定している。

どうせ冗談なんだから受け流せばいいものを何でこんなに必死に否定しているんだろう。

この間からキスとかカレーという言葉に異常に反応するようになっているが何かあったのだろうか?

それよりこの女はいつの間にうちの近所の商店にここまで馴染んでいるんだろう?二人でここら辺の店に買い物に来たことは一度もないはずなのだが。

これではそのうち結婚ということが既成事実として広まりかねない。

「ハハハ、康ちゃんからの行動を待ってたらいつまでたっても先にすすめないよ。オバちゃんが認めるから、愛ちゃんから押し倒しちまいな。多少鼻血出したって人間1/3までは大丈夫らしいから」

赤の他人に太鼓判を押されてしまった。

「あ、っいえ、ボクはその・・・・・」

「愛ちゃんも純情だからなあ。まあ、何かあったらオジちゃんのところに相談にきな」

子供の頃からこの豆腐屋に買い物に来ているが、こんなにフレンドリーだっただろうか?

というか愛子がうちに遊びに来るようになってからまだ一月なのに、ここまで信頼されているというのは、この女は何をしてるんだろうか?

 

いつまでも豆腐屋に関わっていたら遅刻してしまう。この様子ではこの先にある八百屋・魚屋・肉屋・・・etcの全ての店で引っかかりかねない。

すばやく商店街を抜けて普通の道にでる。

 

「もうすぐ三年だけど康太は進路は決めたの?」

「・・・・・いや、まだ決めていない」

「ぼっボク、康太と同じ大学行きたいなぁなんて・・・」

「・・・・・俺は大学に行けるほど成績はよくない」

「じゃ、どうするの?就職?」

「・・・・・この間、スカウトの人が家に来た」

「凄いね。どこ」

「・・・・・よく分からないが、内閣調査室というところと陸幕2部というところだ」

「へぇ、聞いたことない会社だね」

「いや、公務員らしい」

「康太が公務員ってイメージじゃないね」

「・・・・・親が話していたからよくわからない。最後に呼ばれて体格のいい男に「おお、君が康太君か、ところでつかぬことを聞くが朝鮮語と中国語とロシア語と何が得意かね」と質問された。「どれもわかりません」と答えたら、「ふむ、常に最前線にいたいというわけか結構結構」と笑っていたんだが、あれはどういう意味だったんだろう」

「役所の通訳の仕事かな?」

どちらにしろこの少年は公務員で事務仕事をしているイメージじゃないなと少女は思った。

 

「そういえばさ。昨日、上のお兄さん久しぶりに見たけど今までどうしてたの」

「・・・・・ああ、なんかバンドのツアーだったらしい」

「ツアーってどっか旅行行ってたんだ。どちらにしても下のお兄さんがT大ということは、上のお兄さんも頭いいんだろうなあ」

「・・・・・いや、上の兄貴は高校中退だ。バンドをやると言って高校を辞めた」

「ええ、圭君や裕ちゃんは反対しなかったの?」

「・・・・・うちの親は何か一つ抜きんでていればいいという主義だ。下の兄貴がT大に行ったのは勉強ができたからというだけだ。上の兄貴はバンドの才能があったということだ」

「ふーん、で何てバンドなの?あんまりお客さんが少なかったらかわいそうだから、今度コンサートを見に行ってあげようかな」

「・・・・・あまりよく知らないがタコ&ライスとかいうバンドらしい」

「ええっ!!それってインディーズの超有名なバンドで、ボクの好きな忍者アニメの「Chi-ku-wa」の主題歌も歌っているビジュアル系のバンドじゃない」

「・・・・・そうなのか?」

「そうなのかじゃないよ。インディーズなのにコリコンでアルバムが5枚連続一位の記録を作ったんだよ」

「・・・・・何でそんなに詳しいんだ」

「だってボク大ファンで、ああお兄さんにリーダーのShuのサインもらえないかなあ」

「・・・・・いや、そのShuが兄貴なんだが」

「えええぇぇぇ、だって似ても似つかないじゃない」

「・・・・・まあ、一応ビジュアル系とやらだから化粧すれば分からないだろう」

「ああ、今度絶対に料理作りにいってお兄さんにボクの手料理を食べてもらうんだ」

「・・・・・いや、ファンというのならそれは止めておけ」

 

興奮さめやらぬ少女は、タコ&ライスが如何に素晴らしいかを手を振り回して力説したが、

音楽に興味のない少年は聞き流していた。いくら大スターでも所詮は兄貴なのだ。

いろんなところを見てきてるので、そこまで熱中する少女の気持ちが全く理解できない。

というか以前に兄貴のだらしないところを少女もたくさん見てきたはずなのだが。

 

「でも、康太たち兄弟はお兄さんのバンド活動にまったく興味ないの」

「・・・・・基本的に俺たちには関係ないからな。あ、でも下の兄貴は恩恵を受けているようだ」

「どんな恩恵?」

「合コンでShuの弟というととてもモテるらしい。「また女の子の電話番号ゲットしたぜ」といつも自慢している」

「ごっ、合コンなんて許さないんだからね。康太にはボクがいるんだから」

興奮した少女が少年の胸ぐらをつかみ上げた。

「・・・・・おっ落ち着け愛子。俺が合コンするなんて一言も言ってない」

「合コンで女の子の電話番号ゲットしてあんなことやこんなことなんて・・・・・・許さない。

ボクだってまだキスくらいし・・・、何もしてないのにそんなの絶対に許さないんだから。

今日から康太の朝夕と康太の携帯チェックするから」

涙ぐみながら訴える。どうやら頭の中では少年が合コンで他の女の子と仲良くなっている映像が浮かんでいるようだ。

 

「・・・・・いや、だから人の話を聞け。下の兄貴にしろ電話番号をゲットしただけで誰にもかけていない。女の子と話をすると想像しただけで鼻血を出す奴だ。発展するワケがない。単なる電話番号コレクターだ」

しかし、興奮しきった少女には通じなかった。涙で目を真っ赤にしながら

「そんなに合コンしたいなら勝手にすればいいじゃない。もう知らない。ボク先に行くから」と言って駆け出していってしまった。

 

後に残された少年はポツリとツブやいた。

「・・・・・頼むから俺の話を聞いてくれ」

 


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