これが土屋家の日常   作:らじさ

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上のお兄さんの颯太が工藤さんの好きなインディーズバンドのボーカルと聞いてびっくり。
おまけに下のお兄さんの陽太がそれを利用して合コン女の子たちの電話番号をゲットしている
と聞いて工藤さんの心は穏やかでなくなり、やがてムッツリーニと喧嘩をしてしまう。
二人の喧嘩に巻き込まれた明久は散々な目にあるのだが、放課後翔子がムッツリーニを問い詰める。
二人は仲直りできるのか。



4.二人とケンカとお夕飯
第1話


「おい康太、とっとと起きろ」

深い眠りの中からいきなりたたき起こされた。

「・・・・・何だ、いきなり」

「何だじゃねぇ、非常事態だ」

「・・・・・非常事態?」

この兄は、朝っぱらから人を叩き起こしておきながら一体何を言いだすのだろうか。

「寝ぼけてんじゃねぇ。愛ちゃんがお前を迎えにきてんだ。それだけならまだしも、お袋が朝飯作ってるのを手伝うと言ってる。

今、親父が必死に阻止しているところだ、とっと起きて愛ちゃんを止めろ」

間違いなく土屋家始まって以来の非常事態だった。

 

慌てて制服に着替えて階下に降りると、父親が台所の前にさりげなく立ちはだかって少女の侵入をブロックしていた。

「いやぁ、愛ちゃん。康太を迎えに来てくれただけでも申し訳ないのに、この上朝食まで作ってもらったら土屋家に呪いが振りかかっちゃうよ」

そこは普通バチが当たるというんじゃないだろうかと少年は思った。

「そうよ、愛ちゃん。リビングでゆっくりしていて頂戴」母親も何気ないといった調子で言ったが、作業スピードが普段の3倍速になっている。

どうやら少女に手を出す隙を与えないつもりのようだ。

 

「・・・・・何をしている。愛子」

「あ、おはよう康太」

「・・・・・いいかげんに俺の話を聞く癖をつけろ。朝っぱらから人の家で何をしているのかと聞いている」

「うん、朝ご飯を作るお手伝いをしようと思って」

「・・・・・それ以前に何でこんな朝早くから家にいるんだ?」

「・・・・・それは・・・いっ、一緒に登校しようかなっと思って」頬を赤く染めて少女が答えた。

「・・・・・そんな約束をした覚えはない」

「うん、ボクにもないけど、今朝ふと思いついたんだ」

少女は顔を更に真っ赤にして呟くような小声で言った。

確かに少年の家は少女の通学路から途中を少し外れたところにあるのだが、

この時間に来たということは遅くても6時半には家を出なくてはならないはずだ。

とても、ふと思いついてできることではない。

 

「・・・・・そうか、ふと思いついたのか」

「ウン、そうだよ」彼女はひまわりのような笑顔で、堂々と嘘をついた。

どうも我が家の家風に妙な具合に馴染んでしまっているようだ。

 

「・・・・・で、本当はどうしてだ?」

「昨日見たドラマで彼氏と彼女が一緒に登校してるの見てああいうのいいなあと思って・・・」と即答して頬を赤らめた。

素直なんだか馬鹿なんだか、よく分からない。Fクラスの連中との接触は控えさせた方がいいのかも知れない。

 

彼女は夕飯の時には、何度も遊びに来たことがある。その度ごとに夕食の手伝いをすると言いだすのだが、

その都度兄が「愛ちゃん、愛ちゃん。この対戦ゲームしようよ」とか父が「愛ちゃん、晩酌の相手してくれないかなあ。僕は娘のお酌で飲むのが夢だったんだ」と

少女の注意を引いて台所侵入を阻止してきたのだが、さすがに朝っぱらからゲームや酒を飲むわけにはいかない。

 

父親が目で「何とか止めろ」とアイコンタクトしてくる。

「・・・・・愛子、悪いがお茶を淹れてくれないか」少年の朝はいつもコーヒーなのだが、以前にコーヒーをお願いしたら、

コーヒー豆をそのままコーヒーメーカーに入れられた経験がある。

それに懲りて次は紅茶をお願いしたら、紅茶の葉をわざわざパックから取り出してカップに入れてくれた。

どうもパックを紅茶葉の包装だと思ったらしい。

そこで今日は日本茶をオーダーしてみたのだが、これでだめなら後はカルピスくらいしかお願いできるものはなくなってしまう。

 

「えっ、康太お茶が飲みたいの?しょうがないなぁ。ボッ、ボクが入れてあげるよ。圭君お茶淹れていいですか」少女は嬉しそうに言った。

「おお、もちろんいいとも。おーい、母さん。愛ちゃんがお茶を淹れたいそうだ。通すぞ」父親がまるで関所の番人のように台所の母親に声をかけた。

「えーと、今ならOKよ」母親が答えた。

「じゃ、愛ちゃん悪いね。くれぐれもお茶だけ頼むよ」

 

父親のやや意味を含ませた言葉を、少女は別に不思議がる様子もなく台所へ入っていった。

しばらくすると台所から母親のやや焦った様子の声が聞こえてきた。

 

「あ、あの、何しているのかしら?愛ちゃん」

「はい、康太にお茶を淹れているんです」答える声は、嬉しげだ。

「あ、そっそうだったの。康太のお茶を・・・でもお茶っ葉を茶碗に半分も入れなくても。

いえ、お茶の淹れ方なんて家庭によって違うものね。些細なことだわ」

 

不穏な会話が聞こえてくる。お茶なんて日本全国、淹れ方などそうは変わらないはずなのだが、一体どんな器用な淹れ方をしているのだろうか?


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