これが土屋家の日常   作:らじさ

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第3話

帰宅した僕は、不本意ながら目覚まし時計を3個セットした。あの様子では、寝坊して9時半になった途端に美波が部屋のドアを蹴り破って乱入してくることは火をみるより明らかだからだ。普段は姉さんの邪悪なキスのおかげで無理やり起こされるのだが姉さんがいない今、玄関と部屋のドアを守るにはこの方法しかない。

 

翌朝、9時半ちょっと前に集合場所のコンビニに着いた。変装はサングラス一つで十分だ。どうせムッツリーニも工藤さんも緊張して周囲に気を配ることなんてできないだろう。コンビニにはすでにみんな到着していた。秀吉を除いて全員がサングラスをしている。いくらなんでも安易なんじゃないだろうか?全員並んだらブルースブラザースかMIBだ。

 

「明久、お前の変装ってそのサングラスだけか」

「そういう雄二こそサングラスだけじゃないか。秀吉を見習いなよ。きちんと男装して、完璧な変装じゃないか」

「ワシは普段着じゃ。そもそもお主らは、いつもワシのことを男扱いをせずに・・・・・」

「あの二人はさっきからずーと何をしてるのかしら」と美波が不思議そうに言った。

 

遊園地の方をみると入口を真ん中にして、左端の壁の角に工藤さん、右端の壁の角にムッツリーニが身を隠すようにしていて、時々顔を出してはチラチラと入り口の方の様子を伺っている。

 

「いや、俺と翔子は9時前にここに着いたんだが、その頃からずーっとあの調子なんだ」と雄二が言った。

 

ということは1時間前からあの謎の行動を続けているということになる。

 

「わしは経験がないからわからないのじゃが、あれがデートの作法なのかの」

 

多分、違うと思うんだが否定できるほどの経験と根拠がない。その時、霧島さんが言った。

 

「・・・・・もしかして愛子は」

「何か心あたりがあるのか翔子」

「・・・・・前に愛子が言っていたことがある。ドラマでデートの場面があって、男性が待っているところに、女性が駆け寄って息を弾ませながら「ごめん待たせちゃった?」と謝ったら、男性が「いや、俺も今きたところだ」とさりげなく言ったのが「カッコいいよね、キャアキャア」と」

 

キャアキャアが台本読むように棒読みだったのが気になるけど、なるほど工藤さんなら好きそうなパターンだ。だからムッツリーニより後に来ようと様子を伺いつつ隠れて待っていたのか。

 

「なるほど工藤の理由はわかった。だがムッツリーニは何だ」

「うーん、単に先に待っている工藤さんに「ふっ、待たせたな工藤愛子」ってハードボイルドを気取って、自分はそれほどデートなどしたくないとアピールしたいだけなんじゃないかな」

 

どうせムッツリーニのことだから、それほど深い考えがあるわけじゃないだろうFクラスだし。

 

「つまり、あいつら二人とも理想の待ち合わせパターンに持ち込もうと二人して1時間以上もあんな馬鹿なマネをしているというわけか」

 

全員「「「「「くっ、くだらない」」」」」」

 

「とにかくこのままじゃ、あいつらのデートは永遠に始まらん。下手すりゃ閉園時間まであのままだ。この際多少強引だが二人を待ち合わせ場所に連れ出す。俺たちもカップルでたまたまデートに来ていて、それぞれを偶然見かけたという設定で無理やり入り口まで連れてこよう。ムッツリーニは、俺と翔子が連れていく。工藤は・・・・・」

「わかってるよ。僕と秀吉だね」

 

おや、体が持ち上げられて、そのまま背後に加速度をつけて後頭部が床に叩きつけられる。うん、これは投げっぱなしジャーマンだね。

 

「なんでカップルと言っているのに、あんたと秀吉なのよ。カップルって男と女でしょ。秀吉は秀吉じゃないの」

「だから、それを言うなら秀吉は男だからと言ってくれんかのう」

「とにかくアキはウチと愛子を引っ張りだすわよ」

 

姫路さんをチラッとみたら、なんか眠そうで心ここにあらずといった感じだった。

 

「とにかくもうすぐ10時だ。左右に別れて偶然を装って、無理やりにでも入り口まであの二人を引っ張ってこい。秀吉と姫路は、後から入場してそっとついてこい」

 

僕と雄二達は、こちら側の歩道をぐるりと回って、二人の後ろからそれぞれ回り込んだ。二人とも入り口の方に意識を集中していたから背後を取るのは簡単だった。

 

「愛子、何してるの」美波が工藤さんの肩をポンと叩いた。

「ヒヤッ」と工藤さんが1mほど飛び上がった。

「そんなに驚くことないじゃない。ずいぶんオシャレしちゃってデートかしら」

 

美波がニヤニヤ笑いながら尋ねたけど目が全然笑ってない。全部事情を知っているくせにこの質問。他人がデートしていることがよほど気に入らないらしい。自分も好きな人とデートすればいいのに、工藤さんがかわいそうになる。

 

「いっいや、べつにデッ、デートってわけじゃ。ただ、遊園地に遊びに来ただけで」

「あら、そうなの。じゃ、さっさと入りましょう。入り口まで一緒に行きましょ」

「美波、ボクちょっとここで待ってなきゃいけない理由が・・・・・だから無理やり引っ張らないで」

 

今日の美波は容赦がない。嫌がる工藤さんを無理やり引きずって入り口方面に引っ張っていく。それにしても確かに今日の工藤さんの服装は可愛い。ピンクのキャミソールの上に薄い水色のカーディガン。ミニのスカートに白いショートソックス。これならムッツリーニもきっと・・・・・

 

「即死するね」

「即死するわね」

 

まあ、それならそれで早く帰れるから問題はない。とりあえず工藤さんを入り口まで連れていけば僕らのミッションは終了だ。

 

入り口近くまで行くと雄二と霧島さんに挟まれたムッツリーニが憮然とした顔で立っていた。こっちはこっちで計画を邪魔されて気に入らないのだろう。だけど、二人の計画が始まるのを待っていたらいつまでたっても僕らが帰れないという事情を理解して欲しい。説明してないけど。

 

雄二たちの20mほど前に来たときに、工藤さんが美波の手を振りほどき姿勢を正した後、ムッツリーニの方に向かって走りだした。手前1mくらいで立ち止まり、膝に手をあてて体をかがめてから顔だけあげてこう言った。

 

「ハアハアハアハア。待った?」

 

全員「「「「「ハア?」」」」」

 

何で水泳部のエースが20m走ったくらいで息が切れてるのかとか、待ったも何もムッツリーニが雄二達に引きずられてくるのが見えていたはずだとか、そういう事実を完全に無視して工藤さんは強引に当初のシナリオ通りにデートを進めるつもりらしい。恐るべき強者と言わざるをえない。

 

「・・・・・ふっ、うぬぼれるな工藤愛子。俺は偶然ここに(ブウー)」

 

工藤さんの可愛い恰好を見たムッツリーニがさっそく鼻血を盛大に吹き出した。

 

「デート開始30秒で大量出血か。デートが6時までとして・・・・・確実に死ぬな。とりあえずムッツリーニが持っているクーラーボックスに輸血パックが入っているはずだから輸血しとけ」

 

たまたまそこに来た秀吉が手慣れた様子でムッツリーニに輸血をしてやる。Fクラスにいたら勉強はともかく、いらない技術だけはイヤというほど身につくなあ。


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