25話を投稿したのがこの間だったと思っていたらナチュラルに2ヶ月が過ぎていました。
「少年易老学難成 一寸光陰不可軽 未覚池糖春草夢 階前梧葉已秋声」
とはよく言ったものです(しみじみ)
「ただいま~」陽向が元気よくドアを開けた。
「ささ、二人共遠慮無く入って」友達を家に遊びにきたのは初めての経験である陽向は嬉しそうだった。
「とても遠慮したい気分なんだけど」由香がウンザリとした声で言った。
「今さら言ってもしょうがない。さっさと反省会とやらを終わらせて帰ろうぜ」誠はすでに開き直ったようである。
「おお、遅かったな陽向。楽しいデートだったようだな」リビングから颯太が出てきて出迎えた。
「うん、渋谷に言ったんだけど親切な人が多くてさ。食事を3回もご馳走になっちゃったよ」
「ほほう、相変わらず渋谷はいい人が多いんだな」
「えっ?颯兄も何かあったの」
「うむ、俺達も昔金が無くなるとよく渋谷に遊びに行って色々な人に奢ってもらったもんだ。人を外観だけで判断しちゃいかんぞ陽向。金髪とかタトゥーとかガラが悪そうな人ほど良い人が多いんだ」颯太が懐かしそうな目をしながら言った。
「(それってあのアホと同じように不良殴り倒して無理やり奢らせたってことじゃないのか?)」誠が由香に囁いた。
「(さすが兄妹ね。やってることが全く同じだわ)」由香が感心したように答えた。
「お、そこにいるのはマコちんじゃないか。ハハハ気が早いなぁ。親父とお袋はいないが、長男として土屋家を代表して許可するぞ」陽向の後ろに二人が立っているのに気がついた颯太が上機嫌で誠に言った。
「いきなり何を言い出してやがる。というかあんたまでマコちん言うな」誠が怒鳴った。
「ねえ、陽向。あなたの家庭の公用語は何語なの?あなた以上に何言ってるのかわからないんだけど」由香が途方にくれたような顔で陽向に尋ねた。
「いやぁ、颯兄の考えていることは妹のあたしでも時々何がなにやら」
「とりあえず確認するが、俺は今あんたから何を許可されたことになっているんだ?」
「ん?卒業まで待てないから今すぐ陽向を嫁にくれと言いに来たんだろう?」
「アホかあんたは。俺はまだ高1だという以前に、なんであのアホを嫁にせにゃならんのだ?」
「男が女の家に行くってのは、結婚の許可を貰いに行く以外にないだろう。親父達がいないから俺が許可してやったんだが」全く動じずに颯太が答えた。
「(ねぇ、陽向)」由香が声を潜めて陽向に囁いた。
「(何かな、ユカりん?)」つられて陽向も小声で答えた。
「(あなた達はやっぱり実の兄妹だわ。発想が常人レベルじゃないもの)」
「(いや、それより男の子が女の子の家に来るのが結婚の許可を貰いに以外ないって颯兄は断言しているけど、自分はアンナちゃんと既に同じ家で暮らしてるって忘れてるんじゃないのかな?km単位で墓穴掘っているような気がするんだけど)」
「いや、なんでと言われても陽向は君に預けたと言ったはずだが?」
「あんたらが一方的にアホの世話を俺に押し付けただけだろうが!!」
「荷物は後で宅配で送ってやるから、さっそく今日からでも家に連れて帰って構わんぞ」
「俺の話を聞け、このアホ兄貴」
「ははは、もう義兄(にい)さんと呼んでくれているのか、気の早いマコちんだ。いやいや、俺は全く構わんぞ」
「アホ兄貴ってのは義兄さんって意味じゃねぇ!!」
大声で怒鳴る誠とニコニコと受け流す颯太の会話の様子を見ながら由香と陽向がヒソヒソと話し合っていた。
「(凄まじく話が噛み合っていないわね)」
「(なんだか猫の子をあげるみたいなライト感覚だね)」
「(念のために言っておくけど、話の中心はあんたのことなのよ)」
「(そりゃわかっているけど、あたしもマコちん好きだから別に構わないよ)」
「(あなたの「好き」って言葉の意味を知りたいものだわ。例えばラーメンと竜崎だったらどっちが好きなの)」
「(ユカりん、それはいくら何でもあたしに失礼だよ。ラーメンとマコちんが比較になるわけないじゃない)」
「(じゃ、卵かけご飯と竜崎だったら?)」
「(・・・・・・・・ちょっと考えていい?)」
「(そんな予感はしていたけれど、まさか本当にその程度だったとは思わなかったわ)」
「(だってあたし本当に卵かけご飯が好きで、伊賀じゃ身の危険も顧みずに鎖鎌バアさんの家から卵をくすねてくるのが日課で・・・・・)」
「(そんなんだから、毎朝賛美歌十三番が村中に響きわたっていたんでしょうが!!)」
なぜか由香と陽向の言い争いが始まってしまったのであった。
「ソータ、玄関先でうるさいデス」あまりの騒がしさにアンナがリビングから出てきて言った。
「ああ、アンナ喜べ。マコちんが陽向を嫁にもらいに来たぞ」颯太が嬉しそうにアンナに向かって言った。
「だから俺の話を聞けってんだろうが、アホ兄貴」
「まあ、それは素敵ですネ。陽向たちもワタシとソータのように幸せな夫婦になれればいいですネ」アンナがうっとりしたような顔で言った。
「ちょっと待て、アンナ。何で俺とお前が夫婦ということになっているんだ」それまでニコニコしていた颯太が慌てた様子で言った。
「「ちょっと待て」は俺のセリフだ。人様に妹の面倒押し付けておきながら自分はどんだけ後ろ向きに全力疾走で逃げてやがる」
「死が二人を別つまで陽向とマコちんは一緒ですネ」颯太の発言をそよ風のように聞き流しながらアンナが言った。
「ははは、アンナ君なにをバカなことを言っているんだね」颯太がたしなめるように言った。
「当たり前だ。あんなのと一生一緒にいられるか」
「我が家は仏教徒だからな。輪廻の輪から抜け出るまでマコちんには陽向と一緒にいてもらわないとな。ちなみに仏教にチェンジシステムはない」
「あんた、あれを永遠に俺に押し付ける気だったのか。それとチェンジってのは何だチェンジって」
「それは高校生が知る必要はないシステムだ」颯太が口ごもった。
「ワタシもそれが気になりますネ。チェンジシステムって何ですカ?」アンナが一段低い声で颯太に詰め寄った。
「君は黙ってなさい、アンナ君」
「ワタシの妻のカンが最大音量の警報を鳴らしていますネ」
「はた迷惑な機能を実装しやがって。女には関係はないことだし、マコちんも大人になればわかるとしか答えようが・・・」
「ソータ、後でお話がありマス」
「ごっ誤解をするな、落ち着くんだアンナ・マリア・カリーニン君」風俗通いがバレた亭主のようにウロたえた様子の颯太が言った。
「やかましい!夫婦喧嘩は後にしやがれ。今はあのアホの飼い主の話だ」誠がたまりかねたように怒鳴った。
「おお、そうだった。何やらマコちんは誤解しているようだが、マコちんに陽向を永遠に押し付けるほど我々は無責任ではないぞ」
「あれを押し付けている時点で100%無責任なんだよ」
「常識で考えて永遠などと無理を言うことくらいわかるだろうに、弥勒菩薩が降臨するまでのちょっとの間だけ面倒を見てくれればいいのだ」
「で、その弥勒菩薩とやらはいつ降臨してくれるんだ?」
「うむ、浄土経によればおよそ56億7600万年後には・・・・」
「それはほとんど「永遠」と同じ意味なんだよ!!」
アンナの登場によって事態は混迷の度合いを更に深めた様子であった。
「(竜崎も文月学園何かに入学したせいで凄い災難に見舞われているわね)」由香がため息をつきながらつぶやいた。
「(本当にどれだけ業(カルマ)を背負ってりゃ、そんなハメになるんだろうね?)」
「(一応念を押しておくけど、あれはあなたの話なのよ。竜崎もわけがわかんなくなっちゃって、とりあえずあなたを引き取るという前提で面倒をみる期間に話が移っちゃっているわよ)」
「(ユカりんも参加して一応自分の意見を言った方がいいんじゃない?)」
「(なんで私があなたと竜崎の問題に首を突っ込まなきゃならないのよ)」無意識に距離をおいていることに気がつかない由香であった。
「(だって、ユカりんにはちゃんと「19代目お華」の座があるわけだし、意見があるなら今のうちに言っておいた方がいいよ。たぶん颯兄にもアンナちゃんにも「人の話を聞く」という機能は実装されていないと思うけど)」
「(それじゃ意味ないじゃない。というかあなた本気で猫の名前を私に継がすつもりなわけ)」
「(お華が嫌なら15代目朧の局の座もあるけど、そっちがいいの?)」
「わたしをあんたのとこのスットコドッコイな一族に巻き込むなって言っているのよ。大体誰なの朧の局 ってのは」
段々感情が高ぶってきたのかヒソヒソ声からいつしか普通の声に戻っていることに気がつかない由香であった。
「いや、土屋本家の女中頭で正室の腹心の部下なんだけど、その権力は頭首である土屋正蔵をも遥かに凌ぐと言われており・・・」
「女中頭よりも立場が弱いなんて、土屋正蔵ってのは本当に伊賀忍者の頭領なの?」
「本当に失礼だよユカりん。村の全体清掃や山の下草刈りなどのみんなでやる行事の日なんかがある時には、配下の者が表と裏の門を前日から寝ずの番で警護につくくらいに慕われているんだよ」
「行事にあわせてどこから襲撃されるの?今の時代に頭領ってのも大変だわね、警察に任せた方がいいんじゃない」
「いや、襲われたことはないんだけど、お祖父ちゃんが草刈りの前の夜に逃げ出した翌年からなぜか警護がつくようになったんだよねぇ」
「それは伊賀以外の日本語じゃ「警護」じゃなくて、逃がさないための「見張り」って言うのよ。というか、たかが山の下草刈りで不寝番って伊賀忍者ってのはどれだけ草刈りに命賭けているのよ」
「いや、やっぱり頭領がいないと戦には勝てないから」
「伊賀の雑草は人間でも襲うってのかしら」
「バカだなぁ、ユカりん。草が人間を襲うわけがないじゃない。頭領がいないと誰かが逃げ出そうとして・・・・」
「ええ、たぶんバカなことしているんだろうなぁと想像できるから解説は結構よ。それはそうと朧の局ってのは今は誰が継いでいるわけ?犬の名前なんて言ったら本気で絞め殺すわよ」由香が低い声でスゴんだ。
「親友に犬の名前継がすなんて失礼なことするわけないじゃん」陽向が悪びれずにあっけらかんと答えた。
「その親友に猫の名前継がそうとした女だったのよ、あんたは!!」思わず怒鳴る由香であった。
「14代目朧の局は今は町内の婦人会のオバちゃん達が月交代で持ち回っているんだよ」
「15代目に引き継がす必要ないじゃないのよ!!!」
いつしか玄関での怒鳴り合いが2組になっていた。