「それにしてもイヤになるくらいに人が多いな」誠がややイラついたように呟いた。
「日曜日の渋谷なんてこんなもんじゃない?」
「昔の「国民優生法」ってここにいるような人たちのために作られたんだね、きっと」陽向が楽しそうに言った。
「あんた、随分爽やかに恐ろしい毒吐いているわね」由香が呆れ返ったように言った。
「いや、だってさ。明日ここに原爆としたとしても世界に何の影響もないよ、きっと」
「それ以上言うと人権団体から訴えられるからやめとけ」誠が慌てて止めた。
「変な人が多いみたいだし、ウィンドウショッピングよりもここで人を見ていた方が面白そうだね」
「変な人間なら学校でウンザリするほど見てるわよ」由香がため息混じりに言った。
「ああ、2年のFクラスの黒ミサの人たちや3年の高城先輩のことだね。あれはさすがの渋谷でも滅多にお目にかかれないよね」
「多分、城ヶ崎が言っているのは、ピンポイントでお前のことだと思うぞ」誠が憐れむように陽向に向かって言った。
「え~、だってあたし学校じゃ普通の制服だよ。別に変じゃないと思うけど」
「格好じゃなくて行動と性格のことを言っているのよ!!」由香が怒鳴りつけた。
「まあ、それはそれとしてこれからどうしようか?」陽向が全く意に介せずに答えた。
「馬耳東風って言葉を作った昔の人って偉かったと思うわ」由香が眉間を揉みながら呟いた。
「まあ、昔からこういうアホはいたってだけじゃないのか?」
「あたしだったらその場で絞め殺して、そんな言葉が存在する余地は残さなかったと思うもの」
「お前も大概すさまじい毒吐いているぞ」
三人がいつもの調子で会話をしながら道を歩いていると、前から来たチャラチャラした2人組の男がなれなれしそうな調子で由香に声をかけた。
「ねぇ、彼女一人?俺たちいい店知ってるんだけど飯でも喰いにいかない?」ロン毛の男がニヤニヤ笑いながら言った。
「マコちん、あたしの身体もしかして透き通ってないかな?」陽向が横にいた誠に尋ねた。
「ああ、残念ながらハッキリと見えるな。それにしても三人で歩いている女に「一人?」って声をかけるってのも良い度胸だな」
「あたし達はアウト・オブ・眼中なんだね・・・ってマコちんは何でそんな浮かない顔してんのさ。やっぱユカりんの事が心配なのかな?」陽向が冷やかすように言った。
「いや、というかあの二人組に同情しているんだ」
「なんでナンパ男に同情しているのさ」
「オチが見えているからな。連中は今、生肉を持って草原を歩いていたらサフェリパークのど真ん中に迷い込んでしまっているという状況に気がついてないんだろうと思うと、同情を禁じ得ない」
「何を言ってんのかよくわからないんだけど?」
「まあ、好きにしろ。あまり大騒ぎ起こすなよ」
「いえ、あたしはその・・・・」由香が明らか動揺した様子で言った。
「いいじゃん、ちょうどお昼時だし一緒に食事して親交を深めるということで」金髪の男が言った。
「あたし、あまりそういうこと・・・・・ムグ」由香の後ろに回り込んだ陽向が手を回して口を塞いだ。
「あんた、いきなり何するのよ」由香が陽向の方を振り向いて怒鳴った。
「まあまあ、ユカりん。せっかく優しいお兄さんたちが食事を奢ってくれるって言っているのに断っちゃ失礼だよ」陽向が由香を宥めるように言った。
「何だ、このガキ。いきなりどこから湧いてきやがった」ロン毛が怒鳴った。
「三人で歩いていたのにユカりんしか目に入らなかった集中力を褒めるべきなのかな?」陽向が由香に囁いた。
「知らないわよ。とにかく早くこいつら追っ払いなさいよ」由香が小声で答えた。
「とにかく俺たちはこの女に用があるんだよ。どっかに行きな」金髪がスゴんだ。
「にゃは、あたしたちお金がなくて困ってたんですよ。食事奢ってくれる優しいお兄さんたちに会えて良かったなあ」
「なんで俺たちがチンチクリンのキューピ体型のガキに・・・・・グワッ」金髪の身体が2mほど後ろに吹っ飛んだ。
「やだ、あたしったら。手を振り回したら偶然当たっちゃって、お兄さん大丈夫ですか?」陽向が言った。
「あれ偶然なの?」由香が誠の方を向いて尋ねた。
「俺にはあのアホが正拳で鳩尾を正確に打ちぬいたようにしか見えなかったんだが」
「何をしやがる、このガキ」跳びかかってきたロン毛に向かって身体を沈めて回転しながら足を一閃して薙ぎ払った。足を払われたロン毛は見事に一回転して地面に転がった。
「大丈夫ですか、お兄さん。こんな何もないところで転ぶなんて脚気じゃないですか?」陽向が涼しい顔で言った。
「あれも偶然なわけ?」由香が誠に尋ねた。
「中国拳法では旋風脚という技なんだが、あのアホは相手が自分で勝手に転んだと言い張るんだろうな」誠が確信を持って言い放った。
「倒した人の顔を踏みつぶしても、「あたしの足の下にあの人が顔を滑りこませてきたんです」って真顔で言い張りそうだわね、あの子」由香が呆れ顔でツブやいた。
「お兄さんたち、もっと身体を鍛えないと駄目ですよ。それにはまず食事からです。さあ、行きましょう」陽向が倒れた二人の首根っこを捕まえて引きずって行った。
ファミレスのテーブルに陽向たち三人とその向かい側に哀れな青年二人が向い合って座っていた。
「これ、美味しいね。ユカりんもマコちんも遠慮なく食べなよ」陽向が美味しそうにステーキ&ハンバーグセットを頬張りながら二人に言った。
「なんであんたに遠慮しなきゃならないのよ」
「俺はこの人たちが哀れでな。ドリンクバーでいいわ」
「あの~、お金は払いますから俺たち帰っていいですかね」金髪の方がオズオズと言った。
「何言っているのさ。お兄さんたちが帰ったらただのカツアゲじゃない。一緒にいるから奢りなんだよ」
「これ以上ないくらいの恐喝だわよ」
「こうなるだろうとは思っていたが、やっぱりこうなったな」
「ユカりんもマコちんも遠慮深いんだね。こういう時は遠慮する方が失礼なんだよ。あ、お兄さん、あたしデザートにビッグパフェが食べたいなぁ」
「どうぞどうぞ」ロン毛の青年が涙目で言った。