数分後、なぜか僕たちはリビングのテーブルに正座で並んで座っていた。
押し黙って脂汗を流している男性陣とは対照的に女性陣はキャアキャアと嬉しそうだ。
ふふふ、もうすぐ地獄をみるハメになるというのに幸せな連中だ。何て人の不幸を笑っている場合じゃない。
同じ不幸が僕の身の上にも降りかかってくるんだから。
「やっぱり私も愛子ちゃんのお手伝いに・・・」姫路さんがとんでもないことを言い出す。
「待つんだ姫路さん、早まっちゃいけない」ただでさえインパクトのある工藤さんの料理に致命力という痛恨の一撃が加わってしまう。
「えっどうしてですか明久君」
「いや、ほらせっかく工藤さんが土屋家のために手作りしてくれた料理を部外者が手を出したら工藤さんの愛情が水の泡になっちゃうだろう」
よく考えてみたらここに土屋家の人間は一人もいないじゃないか。なんで、全く無関係の
僕たちがこんな苦しみを味わなければならないんだろう。やり場のない怒りが湧いてくる。
台所から工藤さんの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。どこかで聞いたことのあるメロディだが思い出せない。
「ワーグナーか」
「ワルキューレの騎行じゃなあれは」
「あいつはどこを爆撃するつもりなんだ」
思い出した。「地獄の黙示録」で爆撃するヘリコプターがBGMにかけていた音楽だ。
無意識に歌っているんだろうけど、無意識ほど本音が出てくるというし・・・・・
そうこうしている間に「出来たよ〜」という声がして、工藤さんがリビングに料理を運んできた。僕たちの前にそれぞれ皿を並べる。
何やら真っ黒い物体がご飯の上にかかっている。
「あ〜、工藤。念のために尋ねるがこれは何だ」雄二が躊躇なく尋ねる。
「え?坂本君、カレーって食べたことないの?シーフードカレーだよ」
「そっそうかカレーだったか。薄々そうじゃないかとは思ってたんだが、ところでこのいっぱい入っている黒い豆は何だ?」
「坂本君、何も知らないんだなぁ。カレーには隠し味でコーヒーを入れるんだよ」
工藤さんはどうだとばかりに胸をはった。
工藤さん、隠し味にコーヒーを入れる、それは正しい。正しいんだけど隠し味にコーヒー豆を入れる人はいないと思うんだ。
「ダメですよ、愛子ちゃん。コーヒーはちゃんと挽いた豆を使わないと食べにくいですよ」
いや、姫路さん。そういう問題じゃないと思うんだ。
とりあえず、この二人を一緒に料理させてはいけないことがよくわかった。
クッキーを作っているうちにイエローケーキくらい作りかねない。
「それはそうと、なんでこのカレー泡立っているの」
「吉井君も何も知らないんだね。コーラも隠し味になるんだよ。炭酸が飛ぶのがもったいないから、できあがり直前に2Lほど入れといたんだ」
僕の方をみて勝ち誇った顔をされても対処に困るんだけどなぁ。
「隠し味どころか目一杯自己主張してるぞおい」
思わずといった感じで雄二がツッコんだ。
「ところで工藤よ」
「何かな木下君」
「シーフードカレーとか言っておったのう」
「そうだよ」
「もしかしてシーフードというのは、この干物のことかの?」
秀吉は箸で干物を一匹取り上げて目の前にかざした。ご丁寧にも各人の皿に干物が一匹ずつ入っている。
「そうだよ。魚だし」
「干物をシーフードの範疇に入れる奴はおらんと思うのじゃが、普通に魚やイカを使えばよかろうに」
「だって・・・・・」工藤さんは言いよどんだ。
「ん、どうしたんじゃ」
「だって、生の魚って触るの怖いんだもの」
「そこまでシーフードカレーにこだわる必要はあるまい。普通のカレーで十分じゃろう」
「普通のカレーよりシーフードカレーの方がかっこいいじゃない」
「かっこいい」という理由だけで、干物入のカレーを食べさせられる僕たちの身になって欲しい。
ここまでくると女性陣も事態の異常さに気がついたらしい。
「とりあえずご馳走になるか」と雄二がヤケクソ気味に一口口に入れた。
しょうがないと僕も後に続いた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おや、意識が飛んでいたみたいだ。
どれぐらい時間が過ぎたんだろう。時計を確認すると30秒は意識が飛んでいたみたいだ。
どうやら他のみんなも同じだったらしくキョトンとした顔をしている。
工藤さん一人がニコニコして「どう?美味しいかな」と恐ろしいことを聞いてくる。
「一段と腕を(いろんな意味で)上げたのう」秀吉がソツなく答える。
「これはもう世界レベルだよね」嘘はついてない
「とりあえず、あの2番目の兄貴にたっぷり食わせておけ」裕二は恨みを忘れていないようだ。
女性陣はまだ魂がこの世に帰ってきていないようで誰も答えない。
「そういえば工藤、ムッツリーニの食事はいいのか」雄二が言った。
「あ、そういえば食事の時間だ。ごめんねみんな。ボク康太に食事させてくる」
そうして工藤さんはリビングから出て行った。